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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
74/136

占拠? 奪還? 2

超巨大潜水艦『ノア』の艦内。

その廊下はいくら巨大な船といっても、かなり狭くできている。さすがに廊下にまでゆったりとしたスペースを割くわけにはいかなかったのだろう。それに、もし艦内での白兵戦になった場合、狭い方が守る側はやりやすい。そういう理由もあったのかもしれない。


しかし……

「まさか本当にこんな事態になるとはね」

とケニーは思った。もしもの時を想定し、事前に訓練をしておいてよかったと。


ケニーはそんなふうに考えながら、狭い廊下の端に気をつけの姿勢のまま立っている。

そこに同じくきっちりと並んだ海兵達。

そして、その先頭。そこには普段は彼らを率いる立場にはない、エリサ・ランスロット大尉の姿があった。


ケニーはエリサを見つめながら、命令を待っていた。

第1空団員のケニーにとってはそれは見慣れた光景だったが、ここにいる海兵達にしてみれば初めてのことだ。やはり緊張の色が見られた。

仕方がない。なにせ、今自分達を指揮しようとしているのはボートバルでは知らぬ人はいないほどの有名人、『バーサーカー』の異名を持つ、あのランスロット大尉なのだから。


ケニーはそう昔を思い出しながら思う。自分も最初の頃は緊張でガチガチになっていたな…と。

エリサは帝国軍の人間にとってみれば、憧れると同時に恐れを抱かせるという稀有な存在だった。

だからこそ、そのルックスから多くの男性ファンを持ち、またその凛とした雰囲気から同じくらい多くの女性ファンを持つ。

ケニーの見る限りでは、ノノとイズミも、元はきっとその類いだったに違いない。

そのイズミは今、ケニーの隣で同じく気をつけの姿勢のまま立っていて、ノノの方はまだカジ・ムラサメの見張り役兼看護をやらされている。本来ならそんな役目ではなくて、ノノもここに並びたかったことだろう。

なんとなくだが、ケニーは気の毒に思った。替わってあげればよかったかな?


「うむ、揃ったな。ブリッジの様子はどうだ?」


ケニーが余計なことを考えていると、エリサがイズミに言った。

それでケニーも一旦考えるのを止め、エリサとイズミの言葉に耳を傾ける。


「はっ!先ほどから何度も呼びかけているのですが、応答がありません。扉もロックが掛かったままです! 」


イズミはエリサの問いに一歩前に進み出て応え、敬礼をした。

それにエリサは頷き

「ふむ、しかし救援要請はないのだな?」

そう問い直す。


「はっ!ありません。オッド大佐からの応答もないとのことですっ!」

「船の進路はわかっているのか?」

「はっ! おそらくではありますが、北西。ボートバルに戻ろうとしているものと思われますっ!」

「ふっ、やはりそうか…」


そこでエリサは笑い、言葉を切った。

そして、少し思案した後、全兵に向け


「聞けっ! 周知の通り、本艦の任務は速やかにラースを攻撃し、無理矢理にでもグランダンとの戦端を開くことにある! そして、本作戦は来るべきボートバルの新時代を築くための、大切な第一歩でもある! そのような大事な役目を我々は負っているのだ。にも関わらず、あのマクベス大佐が任務継続中にその役目を自ら放棄し、ボートバルへ引き返すだろうか? 否、そんなわけがないっ! と、なれば考えられることはただ一つ。ブリッジを何者かに占拠されたということだっ! そして外部からの侵入が不可能な以上、それは内部の犯行である。裏切者だっ! またしても、裏切者が出た。我々はその者達を直ちに突き止め、ブリッジから引き摺り出すっ!容赦は無用だっ! いいなっ!」


と命令を下した。

その命令にその場の全員がはっ! とすぐに反応する。

緊張感を漲らせた兵士達の大きな声は、廊下の空気をピリピリと振動させ、広く艦内に響き渡った……



ーー「な、なんだか外が騒がしいわね……」

ミニスは嫌な予感がしたので呟いてみる。

すると、キミとマリアの二人も


「どうやら気づかれたみたいね」

「イエス。マスター、そのようです」


とわかったように言う。

が、その様子はどこか平然としていた。やっぱり、冷汗を掻いているのはミニスだけらしい。

毎回のことなので、そろそろ慣れてきたが、ミニスはなんだか自分が小心者のように思えてくる。本当はミニスの反応が一番まともなはずなのに。


「みたいねって……悠長に言ってていいの? いくらここの扉のロックが内側からしか外せないって言ったって、扉ごと破壊されない保証はないのよ?」


ミニスは言う。

それにマリアは


「イエス。その通りです。ですがミニスさん、その扉はそう簡単には破壊できないとは思います。特にこの時代の技術ではまず不可能だと」

と答えた。

「うっ…そうなの?」

マリアがそう言うのなら、そうなのかもしれない。

しかし、たとえ今は大丈夫でもいずれは扉を通り、ここから出なければならないのだ。扉の外を固められたままでは、最後には捕まってしまう。


いや、その場合はとにかくこの船を浮上させて、自分達はまた転移でノアの遺跡の前に戻して貰えばいいのではないか? そうすれば、この船の乗組員も自分達も助かるし、船の無力化さえできてしまうのでは……


うん。怪しまれてしまった以上、それ以外に良い手はないのかもしれない。


まぁ、そうすると結局、またアスカ遺跡に戻ることになってしまうが、ここで手をこまねいているよりはずっといい…はずだ。


「でもね…」


ミニスは必死に頭を働かせながら呟く。


問題は、そんな動きを見せたら、ここにいる乗組員達が一斉に反撃に転じる可能性があることだ。


そうなってしまったら、こちらは分が悪い。

転移にも時間は必要だし、それにもし、その隙に扉のロックを解除されてしまったら全員、一瞬で捕まってしまうか、最悪、撃たれてしまうだろう。


だから決めるなら今しかないのだ。長引かせると相手にその分、判断の猶予を与えるだけ。

ミニスはそう思い、このことをマリアとキミに伝えようと扉から少し離れた。


が、それがいけなかった。


その瞬間を待っていたのか、一人の兵士が手元のスイッチで扉のロックを解除したのである。


すると、扉はすぐに無音で横にスライドし、開いた。


そして、そこには銃を構えた一人の女と数名の兵士が立っていた。


「ミニスさんっ!」

それにいち早く気づいたキミが叫ぶ。それと同時にキミはマクベスに、扉を今すぐロックするよう兵に再度、命令させる。

その声でミニスもようやく事態を知った。

そして、振り返りざま横にステップし、マシンガンを放つ。

それは女が放った弾丸と交差し、それぞれ壁や床に着弾した。攻撃は外したが、なんとか被弾しなかったのは完全にキミのお陰だった。もうほんの少しでも反応が遅れていたらミニスはきっと撃たれていただろう。


ミニスと扉の外の女の目が合った。

美しいブロンドの髪に、強気に細められた目。タイトなミニスカートと革のロングブーツ。そして大尉を示す襟章……ミニスも知らぬはずはなかった。

エリサ・ランスロットだ。

そう思った次の瞬間には、また扉は素早く閉められていた。


ミニスは息つく暇もなく、膝をついたままの体勢で周りを見渡す。

見ると、どうやら先程の一瞬だけで、すっかり形勢は逆転してしまったらしく、 操舵員達が一斉に立ち上がり、銃を構えていた。


ミニスはマシンガンを下ろし手を挙げる。


扉はキミが強制的に閉めたようだった。それは石板に手が乗っていることからわかった。


「やられたわね。いつの間に外と連絡を取っていたのかしら」


キミは言う。

しかし、さすがにその問いに答える者はいない。いったいどのようにしてマリアの探知を掻い潜り、外と連絡を取ったのか、それとも連絡など取らずに行った突発的な作戦だったのかはミニスにも興味はあったが、こうなってしまったら、そこを追求しても仕方がないことだ。


それよりも今は、ここからさらにもう一度主導権をこちらに引き寄せる術を考えなければ……


でないと、ミニス達は捕まってしまう。


「マスター。どうしますか? 」

「そうね……マリアさんならどうにかできそう?」

「ノー。申し訳ありませんが。私は戦闘用のアンドロイドではないのです。この数を殲滅するのは難しいでしょう」


マリアの「殲滅」という言葉に兵達は銃口をマリアの方に集中させる。

その様子にミニスは

「あんまり、物騒なことは言わないで……刺激するだけなんだから…」

と思うが、見ると兵達も皆、汗を掻いて顔を強張らせていた。緊張しているのはどうやら向こうも同じらしい。


そして、その主な原因はキミの横にいるマクベス・オッド大佐にあるようだった。

そう。兵達はまだマクベスがキミに操られていることを知らないのである。まぁ、何も聞かずに気がつけという方が無理な話だろうが、もはやこのような状況ではミニス達にとっての優位性は全てそこにかかっていた。


「けど、人質を取るようでなんだか気が引けるわね……」


ミニスはそう思う。

しかし、そんなこと関係ないと言わんばかりに、キミはマクベスの横に立つと、堂々と


「銃を下ろして。じゃないと、この人がどうなっても知らないのわよ」


と宣言したから、ミニスはしばし呆然としてしまった。



ーー「どうなっても知らないのわよ」

と、海兵の一人が持つ小型の無線機から声が漏れた。中にいる兵の一人とずっと暗号音でやり取りしていた子機である。


「ちっ、卑怯なっ。大佐を人質に取るなど……」

それを聞き、ケニーは顔を歪ませ、吐き捨てる。

その少し後方では、弾倉を入れ替えつつも、冷静な顔でエリサが扉を見つめ続けていた。


「落ち着きなさい、ケニー。想定内の事態でしょう? 」

エリサは静かに諭すように言う。


「し、しかしっ、マクベス大佐にもしもことがあったら……そうなれば本艦の指揮にも関わりますし、それに、ダウェン王子も気を落とされます…」

「そうね、でももうしょうがないわ。マクベス大佐も一軍人。とっくに覚悟はできているはずよ」

「えっ?」


そう言うエリサにケニーは言葉を詰まらせた。でも、気にせずにエリサは


「だから今は作戦の継続が最優先事項よ。取引きなどはしない。なんとしても本艦を取り戻す」


と言った。

「は、はい……」

それにケニーは消え入りそうな返事をする。

そのわかりやすい態度に思わずエリサは笑ってしまった。


「ふっ、ケニー。お前は肝心な時に優しさが出るな。でも、それはこういう状況では甘さになるのだぞ?」

「はっ。承知しております…」


エリサの言葉の意味をわかっていたから、ケニーは今度ははっきりと返事をする。しかし、心中は複雑だった。

それにエリサは心の中で


「まぁ、お前のそういうところ…それは本来なら美点なのだろうがな…」


と思ったが、口には出さなかった。そんなことを言い始めたら、きっと指揮官は務まらない。

それがエリサ自身の覚悟だったからだ。

だから、代わりに


「ネガティヴになるな、ケニー。まだ何も決着を見ていない。そうではないのか?」


と笑みを浮かべて言った。

ケニーはその顔を見る。そして少しの間、惚けて口を開けていたが、やがて唇を結ぶとこくっと頷いた。ケニーも覚悟がついたのだ。


「ふっ…しかし、状況がよくわからないのは確かだな。私はすっかり内部犯の仕業だと思ったのだが……奴らはいったい誰なのだ? 何処から侵入した?」


ケニーの態度が落ち着いたので、エリサは問い掛ける。しかし、ケニーにも皆目見当がつかなかったので、当てずっぽうに


「それは…私もわかりかねます。普通に考えてみればこの船に外部から侵入するのは不可能です。しかし、もしかしたら奴と何か関係があるのではないでしょうか?」

と言ってみた。


その意図をエリサは正確に理解し、

「トカゲのことか?」

と言う。


「はい。奴もいつの間にか、この船に侵入していました。どのような方法かまではわかりませんが、奴らと無関係とは思えません」

「確かにな。とすると、奴らもリッツ王子の駒か……? とにかく、引っ掛かる以上、一度トカゲをここに連れてくるべきだろうな」


「あ、あの、少しよろしいでしょうか…?」

「ん?」


そう言われ、議論をしていたエリサとケニーは振り返る。

そこに立っていたのはイズミ・レイだった。イズミは二人が視線を上げるとビシっと背筋を伸ばし、発言の許可を待っている。


「どうした、イズミ? 何か考えがあるのか?」

「い、いえ。考えがあるわけではないのですが……その…知っているんです。先ほど、中にいたダークスーツにサングラスの女性を…」


イズミは恐る恐る言った。それに「なにっ?」とエリサとケニーは詰め寄る。


「それは本当か?」

「は、はいっ! 彼女は私の軍学校時代の寮の先輩でして、名前はミニス・マーガレット。現在は帝国陸軍諜報部に所属しているはずですっ!」

その威圧感にイズミはいつもよりさらに緊張して答えた。

「諜報部? また諜報部なのっ!?」

と言ったのはケニーだった。

しかし、イズミの次の言葉がこの状況を打開する、より強力な決定打になった。


「はい。しかも、私の記憶によればミニス先輩はリー・サンダース少尉の部下。そして、今この船で治療中のカジ・ムラサメとコンビを組んでいるはずです」



ーー操舵室の中は水をうったような静けさに支配されていた。


しかし、それは見かけだけの話で、内情は一触即発だ。どちらかが先に動けば、もう事態は止められない。キミは人質まで取ってしまったのである。まぁ、まさか本当に殺したり、傷つけたりはしないだろうとミニスは思っていたが、だとすると、もう決着は着いたも同然だった。あとはいつこちらのハッタリが見破られるか……その時間の問題なのだ。


「だから……もっと何かうまい案を考えないと」


ミニスはちらりとマリアを見た。

可能性があるとしたら、あとは転移しかない。しかし、あれには多少の時間が掛かる。なんとか、この場から動かずに発動させてもらえないだろうか?


そうミニスがあがこうとしていた時、


「聞こえるかっ! ミニス・マーガレットッ! お前と取引がしたい」


というエリサの声が扉の外から聞こえてきたから、ミニスはびっくりしてしまった。

な、なんで私の名前が割れているの? それに取引って……?


「と、取引?」

ミニスは手を挙げたままの体勢で聞いた。

それにエリサは

「ああ、そうだ。お前達の目的は知らないが、今ならまだ大目に見てやろう。マクベス大佐とブリッジを開放し、投降するんだ。さもないと……」


「お前の相方、カジ・ムラサメの命はない」


と、実に冷たい声で応えた。


「なっ!?」

「えっ? カ、カジさん?」


その意外な言葉に驚くキミとミニス。

「なんで、あいつのことを?」と。

しかし、淡々とエリサは続ける。


「ふっ、驚くのも無理はない。カジ・ムラサメは今、偶然にも本艦に重要参考人として収容されているのだ。ラシェットの手紙の件、その参考人としてな。しかし、ちょうどよかった。情報もろくに取れず、処分をどうしようかと思っていたところだ。裏切り者の末路として殺してしまうのもいい…」


そんな無慈悲な言葉が静かな操舵室に響き渡った。


それにキミは顔を強張らせ、ミニスは真っ青になってしまう。


嘘だ。そんなのハッタリだ……あいつがこんな所にいるはずがない……


ミニスは怒りに歯を食いしばりながら、そう自分に言い聞かせていた。

それが冷静に判断した場合の妥当な推理だと思われたからだ。きっと誰か、自分の顔見知りがいて、それであんな出鱈目を言っているのだと。


しかし、そんな考えとは裏腹に体の震えと寒気は一向に収まりそうになかった。


いや、むしろ考えれば考えるほど、その震えは増し、不安は倍々式に膨れ上がっていく。背中からは冷たい汗がじわじわと浮き出てきていた。


「そんなことをしてご覧なさい? 私はこの男どころか、船ごと破壊してやるわよ?」


ミニスが混乱し、何も考えられなくなっていると、キミがエリサに負けないくらいの迫力で言った。


その雰囲気に操舵員達は思わずヒヤリとする。


しかし、エリサは冷静だった。

その強い中にも幼さの残る声を聞き、

「あなたがキミ・エールグレインさんね? 砂漠でラシェットを助けたっていう」

と言った。

だから、それだけでキミとミニスはわかってしまったのだ。

そんなことまで知っているということは、もしかしたら本当にここにカジがいるのかもしれないと……


「聞いたわよ? カジ上等兵からね。あなた、アストリアに行きたいらしいわね? それが、なんでこんな場所で、こんなことをしているのかしら? ふふっ、まぁいいわ。その辺の事情も出てきたらゆっくり聞かせてもらうわ。あの手紙の在処と一緒にね?」


「くっ……」

畳み掛けるように喋るエリサに、キミは悔しさの余り、拳を握る。

確かに、先に人質を取るような真似をしたのはこちらの方だが、話を聞く限り、本当にカジは捕まっているらしい。

これでは手は出せない。

それに……なんとか堪えているみたいだが、今にも泣き出しそうなミニスの顔を見てしまっては、キミにはもう抵抗する気力は湧かなかった……


「ふんっ、いいわ。降参よ。ここは引き渡すわ」


キミは石板から手を離し、そう言った。



ーー「あ!? なんでお前達がここにいるんだよ!?」


カジの病室に集められることになったキミとミニスは、そこでベッドに横になっているものの、ピンピンしているカジの姿を見てほっと胸をなでおろした。


むしろ、その様子にわけがわからないのはカジの方で、部屋に入ってきた二人を見るなり反射的に体を起こしてしまった。

そして、すぐに


「あつっ、痛てててて……」


と、傷口を押さえる。

そんな様子に

「無茶をするからよ」

と見張りをしているノノ・ウェイルは言う。

が、その次の瞬間にはミニスがその前を通り過ぎ、カジの横に来ていた。


「痛てて…ん?」

近づいてきたミニスに気がつき、カジは顔を上げる。しかし、どこかいつもと様子が違うミニスにカジは、なんかヤバそうだ、と思い


「あ、いや、これはよ。不覚にも撃たれちまったていうかよ。なんていうかなぁ……その…あっ! め、名誉の負傷ってやつ? 俺様のおかげでよ、助かった奴らがたくさんいるんだぜ!?」


とあれこれ並べ立てた。

しかし、それでもミニスは顔を伏せたまま


「……でも、それであんたが死んだら意味ないでしょ? もっとちゃんと助けなさいよ。じゃないと助けてもらった方も後味悪いわよ?」


と怖い声で言ったからカジはしゅんとしてしまった。


「まぁ……そりゃ、そうだよな…で、でもよ! この通り生きてるんだからさっ…」

「嘘。あんた死にかけたらしいじゃない」

「うっ、そりゃあ……」


そこでカジは黙り込んでしまった。

気まずい沈黙。

でも、意を決してカジは


「すまん。俺の不覚だった。もう心配はかけねぇからよ……」


と言った。

すると、ミニスはやっと顔を上げた。

その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

普段ならそんなミニスの顔を見たら、爆笑してしまうだろうカジだったが、今回はなぜだかカジも泣けてきてしまった。


「すまん……」

カジがもう一度言うと、ミニスはカジの胸に泣き崩れた。カジはそれがちょっと痛かったし、抱きしめたくても腕が上がらなかったけれど、とにかくそっと支えた。

「バカジッ! もう心配かけるのはなしだからねっ!」

ミニスは言った。

「ああ、悪かったよ。もう心配はかけねぇ」

それにカジはそう答える。

正直、かなりくすぐったく、嬉しかったけれど、キミもいるし、ノノもいるし、それにもう一人女の海兵も増えていたから、それ以上のことは言えなかった。


「まぁ、それにこんな時に言うのは卑怯だしな……」


そうカジは思いつつも予期せぬこの展開に、ちょっとだけ心躍らせていた。



ーー「おやおや、やっぱりキミさん達の仕業だったのですね? クックックッ」


ミニス達が感動の再会(と言っても、たかだか数日ぶりだが)をしていると、その雰囲気をぶち壊すかのようにトカゲが連れられてやってきた。

どうやら、厄介者はみんなまとめてこの部屋にぶち込まれるらしい。


「トカゲッ!? なんであんたまでここに!?」


それを見てすぐさま戦闘態勢に入るキミ。

すると、カジが


「よっ、トカゲさん。なんだ、もう取調べは終わったのか?」

と聞いた。

「クックックッ、はい。お陰様で疑いが晴れましたからねぇ」


そんな二人の様子にキミはちょっと拍子抜けし、

「……カジさん、トカゲとはどういう?」

と聞く。それにカジは

「ああ、さっき知り合ったばかりだがな、同じ皿の飯を食った仲だ」

と言ったから、キミは益々わからなくなってしまった。


「でも、こいつはラシェットをショットに売ったのよ!? そんなやつを信用しちゃ……」


「いや、俺だって完全に信用したわけじゃないんだぜ? でもよ、ここは船の中だ。いくらトカゲさんでも、ここじゃあ何もできないと思うぜ? なぁ、トカゲさんよ?」


「クックックッ、ええ。カジさんの仰る通りですよ。私もここでは捕まっている立場なのですから。クックックッ」


笑っているトカゲのその言い分に、若干気にくわない部分があったが、確かにこの状況ではお互いにどうしようもない。ここは一旦、キミも休戦することにした。本当は今すぐにでもギタギタにしてやりたかったが、ここはカジの病室だ。大人しくしていようと。


「わかったわ。カジさんがそこまで言うのならね。でも、少しでも妙な真似をしたら……」

「クックッ、わかってますよ。大丈夫です。なにしろ私は常識ある大人ですから」


そう胸を張って言うと、トカゲは部屋の隅の椅子に腰掛けた。

キミはそれを目で追う。しかし、いつまでもそうしておくわけにもいかないので、視線をカジに戻した。

ミニスはまだカジの側でぐすっぐすっと泣いている。


「で? これからどうするって? 大尉殿は」

カジが聞く。それにキミは

「一人ずつ取調べに応じてもらうと言っていたわ。持っている情報は全て提示しろって」

と答える。


「ふーん、応じなかったら?」

「一人ずつ殺すって」

「なんだそりゃ!? まぁ、大尉殿らしいと言えばらしいか……じゃあ、この船はどこへ? やっぱりラースか?」

「ええ。そうみたい。総攻撃を仕掛けるそうよ…」

「ちっ、くそっ! やっぱりな……結局はそうなるのかよ」


カジはもう止められそうにない船を思い、そうこぼした。

そして、それはこの場の空気の代弁でもあった。


もうラースへの攻撃を止められない。


多くの人が死に、結果戦争の火蓋が切って落とされる。


まるで最初からそう決められていたことみたいに、事態はどんどんと、休みなくここまで来てしまった。


「でも、まだよ。諦めちゃダメ」


しかし、そんな中でもキミだけはそう思っていた。

この場では見張りがいるから口にはできないが、まだ希望はある。

それは操舵室に残されたマリアとキミのテレパシー。

そして、キミがまた最近夢に見るようになったある記述。


だからここは待つんだ。

チャンスはいずれやってくる。


キミはラシェットとの約束のことを思い出しながらゆったりと椅子に座った。

そして、目を瞑る。


「ごめん、ラシェット。もう少し待っていて。皆サマルさんのことを探しているのよ?」


そう暗闇にテレパシーを送りながら。


そうやって奇妙な一行は、暗い海の底を南へと進む。


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