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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
73/136

占拠? 奪還? 1

「なんとかうまくいったわね……」


というのが、ミニスの素直な感想だった。


彼女はサブマシンガンを手に、この操舵室の唯一の出入口である扉の前を固め、室内を眺めている。

扉には内側からロックが掛けられ、セキュリティー上の対策なのか、これだけでこの部屋には外部からおいそれとは浸入できなくなった。


つまりミニス達は、キミの宣言通り、たった3人でこの部屋、引いてはこの船を占拠したのである。

しかも、とてもあっさりと……


ミニスは信じられない気持ちだった。

ほんと、何もかも信じられない。


仮にも、ここにいる兵達は皆、自分の所属する帝国軍の兵達なのだ。それが、こうもあっさりと船の占拠を、しかも小さな女の子を相手に許すとは……なんだかミニスは自分のことのように情けなくなった。


しかし、もし自分が逆の立場だったら。


そう考えると、ミニスは益々複雑な気分にならざるを得ない。

なにせ、彼らの最高司令官である男が、何も言わずにその女の子に従っているのだから。


軍では上官の命令こそが、行動の最大の指針だ。

それが、発せられないどころか、まるでこの女の子に従いなさいと言わんばかりに、恭しくキミの横に佇む上官の姿は、数では圧倒的に有利なはずの乗組員達の判断を狂わせるには、確かに十分過ぎるものなのだろう。

さらにその上官が、かのマクベス・オッド大佐となれば尚更だ。


ミニスもこんなにも間近にマクベスを見るのは初めてだった。

普段では直属の部下でしか、到底口を聞けないはずの人物である。

まぁ、噂は色々と聞いているし、悪評の絶えない人物ではあるが、どこか憎めないその性格から、合う人とはとことん合うらしいとも聞いている。

そうやって彼はずっと部下をふるいにかけ続けてきたようだから、それはもう悪評もすごいのだが、逆にいえば、今ここにいる乗組員とは付き合いも長く、強い信頼関係があるに違いない。

違いないのだが、それがどうやら今のところは自分達に有利に働いているようだった。


それは、まさか当のマクベスがあの少女に操られているだなんて、誰にも想像がつかないことによる。


ミニスは「ほんと滅茶苦茶ね、あの子は…」思う。

でも、もしそのことがバレ、乗組員全員に反撃されようものなら……おそらくミニス達に勝ち目はないだろう。

そういう意味でミニスは「なんとか」うまくいっていると思ったのだ。


「ふーっ」


ミニスはひとつ大きく息を吐いた。そして、マシンガンを油断なく握り直す。

もし。いや、そんなことにならないことを祈ってはいるが、もし形勢が逆転してしまったら、皆の安全の為にも、その時は大人しく投降しよう。

ミニスは密かにそんなことも思っていた……


「マスター。潜水艦の損傷は軽微のようです。これなら航行には問題ないと、そうノアさんも言っています」


ミニスがあれこれ思っていると、操舵室の一番奥、大きなモニター(と、乗組員達が呼んでいた)の前に立ち、機械と睨めっこをしていたマリアがそう言った。

それにキミは

「そ。よかったわ」

と素っ気なく応える。


そのやり取りを乗組員達はそれぞれの仕事をしながら見守っているのだが、こういう時のキミの度胸と冷静さは相変わらずで、ミニスは内心舌を巻いた。

自分だったら、たぶんあそこまで堂々とはできない。これなら、もしかしたらこのままバレずに済むのではないとさえ、ミニスは思ってしまう。


ミニスがそんな心配をしているとは露知らず、キミとマリアは話しを続ける。


「で、どこに向かいましょうか? マスター。まずは地上に出ることが先決でしょうか?」

「そうね。でもアストリアに行くわけにもいかないし、グランダンに行くわけにもいかないし、もちろんボートバルに行くのも危険そうだけど……」

「いずれにしてもこの艦をやすやすと受け入れてくれる場所などないでしょう。それはこの艦に蓄積された音声データと、指令履歴からも容易に想像ができます」

「うーん、そうね……」


おいおい。

そんなに大っぴらに相談したら……とミニスは思う。が、それも仕方ないと言えば仕方ない。「これからどうするのか」それはとても大事なことなのだ。


「じゃあ、いっそサンプトリア大陸に行っちゃおうかしら? そうしたらナーウッドさんとも合流できるかもしれないわ」

「それも選択肢のひとつです。しかし、このままこの艦で移動するのは、別の危険が……」

「あ、ちょっ、ちょっといい!?」


そこで堪らずミニスが話を止めた。

それに二人は不思議そうな顔をする。

が、しかしこれ以上こちらの情報をペラペラと喋り合っては、この奇跡的なバランスで成り立っている今の状況が、あっという間に崩壊しかねない。

誰か一人でもこちらの本当の戦力を見極め、反旗を翻したら、連鎖的にその動きは広がってしまうだろう。そうなったらお終いだ。


だからここは、とにかく一旦地上に出て、自分達の退路を確保すべきなのだ。それも、なるべく未来の戦場となり得るグランダンの地を離れて。そして、そうなると一番怪しまれないで目指せる場所はボートライル大陸以外にはあり得ない。


マクベスに一旦退却の旨を命令させ、方向転換するとすればやはりボートバル方面だ。それならば、この混乱が収まるまでに、というか本当のことを気づかれてしまうまでの間に、無事に地上に出られるかもしれない……


まぁ、それも希望的観測だし、そもそもその後、この船のことをどうするのか、見逃すのか? それとも機能を停止させるのか? などの問題は山積みだが、とりあえず動かないことには、余計に怪しまれるだけだ。


そうミニスは必死に考えたのだが、それを大声で相談できないのももどかしい。

しかし、そのことを察したのかマリアが来てミニスの意見を聞くと

「……そうですね。それが最善に近い考えかもしれません」

と肯定してくれ、すぐにキミにも伝えてくれた。


「うん。わかったわ。じゃあとりあえず、そうしましょ」

するとキミもあっさりと了承する。

そうなるとなったで、今度は俄然ミニスが不安になるのだが、そもそもが行き当たりばったりの作戦だったのだ。何かを選び取らないわけにはいかない。


「じゃ、そういうことだから。行くわよ、えーっと……」

「マクベス・オッドです。キミさん。どうぞお気軽にマクベスとお呼びください」

「そ。わかったわ、マクベス。じゃ、命令よろしく」

「はい。よし、お前達っ! ここは一旦退却し、本艦をドックに入れる! 進路は北西! アルバの一番ドックに向かう! 面舵用意っ!」


「イ、イエッサー! キャプテンッ! 面舵用意!」


マクベスが右手を前に掲げ、声高らかに命令すると、それでようやく船は動き出した。

本当に「やっと」という感じだ。


威勢の良いマクベスの横では、キミが笑顔を浮かべ、足をぷらぷらさせながら椅子に座っている。というか、今思えば面舵も何も、この船の操船はキミの手元にある石板でもできるのだ。それはマリアやノアからも聞いていた。

にも関わらずキミがそうしないのはたぶん、ここの乗組員に任せた方が安全だからだろう。なにせ、キミはこんな船はおろか、たぶん手漕ぎボートすら操縦したことがないのだから。

それは砂漠育ちなら仕方がないことだが、この場合では致命的だ。そんなキミに操船を任せたら、この艦はすぐに岩礁にぶつかり、船底に穴を開けてしまうことだろう。きっと、マクベスのようにうまくはいかない。


「……ん? てことは、マクベス大佐はこの艦の操船については結構慣れていたということかしら?」


そこまで考えて、ミニスはふとそう思った。

しかしそれは奇妙だ。

なぜならマクベスは第1空団の人間、帝国飛行師団の所属なのだから。

なぜそんな男が、こんな「潜水艦」なんていう大きな船を任されているのだろうか? そこは海軍の出番ではないのか?

それに、ここにいる乗組員達。

この人達だってそうだ。この人達がマクベスの直属の部下だとしたら、皆、飛行師団のはず……なぜ、海兵が操舵室にいないのだ?


「エンジン出力85パーセント! ノア、発進します!」


操舵員がそう言うと、ノアがゆっくりと海底から離れたのを感じる。

当たり前だが、本当に動いている。

モニターも息を吹き返し、映像を映し出す。

すると、そこにはミニスが今までに見たこともないほどの完璧な闇と、ノアのライトに照らされた岩礁との見事なコントラストが浮かび上がる。


「……すごい」

これにはミニスも思考を忘れ、しばし魅入ってしまった。


そして、今までこの船の存在に半信半疑だったミニスは、ノアの言っていたことは全て、紛れもない事実だったのだと、初めて納得した。

こんなふうに直線目で見、体験しなければ誰が海の中を移動する巨大な船な船という、突拍子のないものを信じよう。


「進路確保のため浮上! 基本水深に戻ります! 許可を!」

「よし、許可する! 進路確保!」


ノアが少しだけグラっと揺れて浮き上がった。

でも、あくまでもその操船は滑らかだ。

そのことでミニスの疑問もまた、浮かび上がる。

乗組員達も操船慣れすぎてはいないか? と。いったいいつの間に訓練をしていたんだ?

しかし、そう思いはするものの、適切な推測は出てこなかった。


船は粛々と進み始めた。

キミはマクベスと少し談笑し、マリアはまた操舵員の横のモニターの前を陣取っている。ミニスは扉の前で待機だ。死角はない。そのはずなのだが…


ミニスはモニターを睨みながら、まだ何か見落としている気がしてならなかった。




ーーバァンッ!

「あんたねぇ…いい加減に吐きなさいっ! この艦に何をしたのよ!?」

「だから、私は何も知らないんですがねぇ……クックッ」


机を派手に叩き、問い詰めるケニーにトカゲは冷汗を掻きながら、もう何回したかわからない否定をする。

既にお互いうんざりしていた。

話が一向に前に進まないのだ。


ここは船の中に幾つかある取調べ室のうちのひとつ。そこの机にケニーとトカゲは向かい合わせに座り、一方的な決めつけの元、取調べは行われていた。

扉の前ではその様子をエリサが腕を組みながら見つめている。


「知らないってねぇ、じゃあなんでコソコソ隠れてたのよ!? やましいところがないんなら、堂々と乗れば良かったじゃない」

ケニーは言う。しかし、なんにも察してくれないケニーにトカゲは


「クックックッ、堂々と乗れと言われましてとねぇ…果たしてあの爆破事件の最中、私が正面から乗せてくださいと言ったところで、簡単に乗せてくれたとは思えませんがねぇ…クックッ、なにしろ私はマクベスさんにも、そしてダウェン王子にも嫌われていますから。ああするしかなかったんですよ。そして、忍び込んだからには、コソコソ隠れていなければいけません。クックッ、ケニーさんはそんなこともわからないのですか?」


と、呆れたように言った。


「なんだと! このっ…バカにしやがって……」


それにいちいちケニーも反応する。

これではラチがあかない。

しかし、ケニーもそしてエリサも、まだこの尋問を続けるつもりだった。


二人も、さすがにこのトカゲという小男が、この船をどうこうできるとは思っていなかった。けれども、きっと他に何か隠していることがあるに違いない、そう踏んでいたのだ。


「クックックッ、すいません、バカにしているつもりはないのですがねぇ……ただ、時間の無駄だと思いましたので。こんなことをしている暇があるのなら、他にもっとすべきことがあるのではないかと…クックックッ」


トカゲはニタニタ笑って言う。

それにケニーがまた机を叩き、反論しようとした、その時。


グラっと艦が揺れ、ふわっと水中に浮き上がる感覚がした。

「わっ……と」

その揺れに中腰だったケニーは思わずバランスを崩す。

「……ん?」

そして、さすがのエリサもこの事態には目を見開き、周りをきょろきょろと見渡した。

「おやおや、動きましたねぇ……」

トカゲが呟くと


コンコン


と力強く扉がノックされ、そこからイズミ・レイ一等海兵が顔を出した。


「失礼しますっ! 大尉、どうやら艦が再び息を吹き返したようでありますっ!」


イズミはエリサを見つけると素早く敬礼し、言う。

それに三人の視線は集中した。

そして、エリサが

「御苦労。どういうことだ?」

と、真っ先に聞いた。

その視線は決して厳しいものではなかったが、少しだけ疑問の色を覗かせている。


「はっ! つい先ほど、無事にエンジンの再駆動を確認、他のシステムも順次復旧したとの報告を簡易放送にて受けました。ですので、出発の目処が立ったのだと……」


イズミはエリサの質問に簡潔にそしてなるべく具体的に答えようとした。

しかし、それ以上の言葉が出てこなかったため、語尾を濁らせる。


「……ほう、で、詳しい状況は? 何が原因で本艦はコントロールを失い、そして何故に本艦はコントロールを取り戻したのだ?」


そんなイズミにエリサはそう聞き直した。

すると、イズミはその質問に言葉を詰まらせてしまい、

「も、申し訳ございません。状況も、原因等も不明です。それ以外ブリッジからは何の連絡もありませんので……」

と、自分の得ている情報しか答えることができなかった。


「……そうか。わかった」


でも、エリサはイズミを責めようとはしなかった。


そして、腕を組んで考え込む。

イズミはいつもなら「御苦労。よし、行け」と持ち場に戻るよう命令するエリサが、そうしないことを疑問に思いながら、その場に立ち尽くす。


「…ケニー」

「はっ」

エリサの呼びかけにケニーは気をつけをした。そして、エリサの次の言葉を待ちながら自分の考えを整理しておく。


「妙だと思わないか?」

エリサが言った。

ケニーも同感だった。だから

「はい、妙ですね。ブリッジから詳しく状況の説明がないなんて」

と応える。

「ああ。まぁ、動き出したのは、よしとしよう。しかし、その原因を突き止めたのだとしたならば……あのマクベスが放送で説明しないと思うか?」

「いえ、そんなことはまずあり得ないでしょう。きっと自慢気に自ら放送するはずです……」

ケニーがマクベスの悪口を口するのに、少し躊躇いつつも、そう言うと、エリサはふっと笑って

「まさに、その通りだな」

と言った。そして続けて


「ブリッジで何か起きた可能性がある。緊急配備だ。皆を掻き集めろ」


とイズミに命令した。


それを聞いたイズミはビクッとなる。

そして、まだ状況をよく理解できないままだったが、反射的にピンと背筋を伸ばすと、

「はっ! 了解しましたっ!」

と言い、足早に廊下へ消えていった。


それを見届けつつケニーも腰の銃に手を伸ばす。エリサはいつ間にか、既に銃を手にしていた。


「しかし、ブリッジで何かがあったのは否定できませんが……いったい何が……?」


「さぁな。私もそこまではわからない。しかし、妙だと言えば、そもそもこの艦が再び動き出したこと自体妙なのだ。いったい、誰がそんなことをできるというのだ? あの王子しかできないというのに……なぁ、トカゲ?」


エリサはトカゲを脅すように言う。

しかし、トカゲにも心当たりは全くなかったので


「クックックッ、さぁ、私にもわかりかねますねぇ。見当もつきません」


そう堂々と言った。

エリサはその言葉に嘘がないと、すぐにわかったのでふっとまた笑い、

「まぁ、いい。お前の仕業じゃないくらいはわかっている」

そう言った。

そして、さらに

「トカゲ、お前はここで大人しく待っていてもらおう。逃げようなどとは思わぬことだ」

と付け加えると、エリサはケニーを伴い、部屋を出ていった。


その後ろ姿を見ながら、トカゲは

「クックッ、まぁ、逃げだそうにも逃げられませんからねぇ」

と呟く。

そして心の中で


「しかし……まさか、これはあのお嬢さんの仕業なのでしょうか?」


と半信半疑ながら思っていた。


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