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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
72/136

ふたつのノア

「サーチ完了。回線、開きました。ログを呼び戻します」


そうマリアが言ったのは、当初の予想通り作業開始の3日後だった。マリアの冷静な口調がまるで何かのお告げのように静かな空間に響き渡る。


キミとミニスの二人はその言葉を待ちわびていた。

でも、何の前触れもなく発せられたマリアの言葉に、二人はまだ反応できずに地面に横たわっている。あまりにもお腹が減り過ぎていたし、そのせいで頭もぼーっとしていたのだ。


「マスター。ログを呼び戻します。よろしいですか? 」

「……うん。お願い」


再度確認するマリアの声にキミはやっと気を持ち直し、起き上がる。そんな様子に釣られてミニスも目を覚ました。ミニスに至っては、眠っていたようだ。


しかし、それも無理はない。

二人はこの三日間、ずっと氷砂糖と水だけで生きてきたのだから。


聞くところによると人間は何も食べずとも1ヶ月は生きられるらしいとミニスは記憶していた。そして、それと同時に、水がなければ人間はすぐに死んでしまうとも……

幸いだったのは、ミニスにそんな知識のあったことと、マリアのサーモグラフィーという熱探知機能のお陰で、割と簡単に水の滲み出ている場所を発見できたことだ。それに、水を貯めておく容器もあった。これで二人の生存確率はぐっと上がった。


二人は僅かに貯まる水をケンカせずに交代で飲み、氷砂糖を数時間おきに一つ齧り、命を繋いだ。

そんなふうにできたのも、マリアの作業が終わればここから脱出できるかもしれないという希望があったことと、もう一つ、二人の歳が離れていたことも幸いしていたと思う。


それはミニスが歳下のキミの安全に、使命感のようなものを持ったからで、それが二人の雰囲気をいつも通り保つのに一役買っていた。二人は体力を温存するために横になりながら

「ネズミを食べるくらいなら、死んだ方がマシね」

なんて、冗談も言い合えたのだ。

そういった気分が二人を現在まで生かし、マリアの作業の成功を導き出したのかもしれないと考えたら、少し大袈裟かもしれないが、それは誰もが無意識に考えていたことだった。


でも、そんな感慨もすぐに目の前の問題の陰に消えていった。


「……はぁ、これでやっとここから出られるのね」

ミニスはマリアの横に来て言う。

マリアの手のライトに照らされたミニスの顔は少し窶れて見え、その隣に並んだキミもちょっと痩せたように見える。

元々、細身の二人だ。やはり無理なダイエットは禁物ということか。肌までカサカサだ。


「ミニスさん、まだ喜ぶのは早いわ。それもこれもログとの交渉次第なんだから。今回はナーウッドさんもいないし、うまくいくとは限らないわ」


しかし、肌のことなど気にせずにキミは言う。そう、問題はここからなのだ。

「それはそうね……」

ミニスはそう呟くと、黙り込んだ。

しかし、くよくよしていても前には進めない。

ミニスはそう思うと、キミの目を見て頷きかける。それを受け取りキミはマリアに頷く。そして、マリアは


「了解。では、実行します」


とキミの意思を汲んで頷き、石板に手を置いた。


すると、石板に刻まれた文字が青色に輝き出す。


その光はゆっくりと黄色く変化した。

そして、硬く閉ざされた扉の前にだんだんと集まりだし、やがて人の形をとった。


アスカ遺跡の時と同じだ。


ログが実体を持たない光の体で、眼前に現れたのである。


ログは女だった。

背丈はミニスとあまり変わらず、歳も30歳よりは下に見える。

髪は長く、特徴的な青に染まり、顔つきは大人な雰囲気を持っている。そして、長細いメガネを掛けていた。

メガネの奥、その瞳には、やや驚きの感情が浮かび、彼女は自分の手と体を確かめるように眺めている。

服装も変わっていた。

簡易な民族衣装の上から白衣のようなものを着ている。

メガネに白衣だ。

それだけでどこか科学者っぽく見えるのは現代の常識からだろうか? それとも、彼女もウルクと同年代に生きていた人間なのだとしたら、遥か昔からそういうものだったということか? そんな姿を見て、ミニスはつい、いらぬことを考えてしまう。


「……こ、これは、一体?」


三人が話し掛けるよりも先に、まずそう声を発したのは女の方だった。


やはりその様子はとても驚いているように見える。が、その事情はこちらにもわからない。だから、とりあえずお互いの現状を把握し合おうとキミが


「あなたが、この部屋のログ? 」


と話を切り出した。

「えっ?」

それを最初、怪しい目で見たログだったが、やがてキミの瞳の色に気がつくと、ハッと目を見開いて、


「……あなた、守人?」


と言い、肩の力を抜いた。

さらに、マリアを認めると、

「なるほど、さっきまでのはあなたの仕業ね」

と言い、微笑する。

どうやらこちらに、少なくとも敵意はないらしいと、わかってくれたようだ。

それにはミニスも安心した。


「へぇー。珍しい型のアンドロイドねぇ……あなた、誰の作なの?」

女はマリアに近づいて言う。ウルクと違い、どうやら範囲内なら移動できるらしい。

「アップ博士です」

「ああ……彼ね。データだけなら見たことあるわ。なるほど、通りでねぇ…」

そう言ってマリアをじろじろ見る女。しかし、キミはそれをただ待っているのも、クラクラして辛かったので、


「あの、その前にちょっといい?」


と聞いて、女の気を再度こちらに引かせた。


「…ん? あら、ごめんなさいね。つい気になっちゃって。で? 私を呼び戻してくれたあなた達は、いったい何者なのかしら?」


マリアから向き直って、女は言う。だから、キミとミニスはそれぞれ

「私はキミ・エールグレイン。時の部屋の守人よ。そして彼女は…」

「えっと…ミニス・マーガレットです。ボートバル帝国陸軍の諜報部に所属していて…と言っても、きっとあなたには何のことだかわからないとは思いますが……」

と簡単に自己紹介をした。

すると、それを聞いた女は


「ボートバル帝国…?」


と呟き、警戒心を露わにし、


「なるほど。やっぱりあなた達も私の船が目的のようね……」


と言った。


「船?」


女のその言葉に二人はきょとんとなる。

なんのことだろうか? まるで心当たりがない。しかし、どうやら女が、ボートバル帝国という言葉に反応したことはわかったので、


「ボートバルのことをご存知なのですか?」

とミニスは聞いてみた。その問いに女は


「まぁね。知ってるも何も、さっきまで一緒にいたんだから」


と、やや呆れたように言う。


「さっきまで?」

「一緒に?」

二人は顔を見合わせる。

やっぱりだ。よくわからない。

「ん?」

そんな二人の様子に女もさすがに変だと思ったらしく、

「なに? あなた達は私の船が目的じゃないの?」

と察し、二人にまた聞いた。

だからミニスは

「船って何の話ですか? 私達はただ、ここにある転移装置でここから出して欲しいだけなのですが……」

と言い、ここまで来た経緯を軽く説明した。


それを聞き終わると、女はすっかり納得してくれたらしく、


「なんだ。そんなことね」


と、言って笑った。

転移もしてくれると言う。

ちょっと拍子抜けだが、意外にもあっさり交渉は成立したのだ。ログも元は人間だけあって、性格やその厳密さはまちまちのようだ。


「ありがとう。助かるわ」

キミは女に向かって言った。すると、彼女は首を振って


「いいわ、そんなの。気にしないで。私こそ助かっちゃったんだから。あなた達が来てくれたお陰で、私の最高傑作を、あんなくだらないことに使われないで済んだんだからね…あ、そうそう。自己紹介がまだだったわね。私はノア。ノア・アースライルよ」


そう言い、ノアは手を差し出す。だが、すぐに握手などできないことを思い出して、その手を引っ込めた。

その様子をキミはあえて触れないであげて、

「ノアさんね。よろしく」

と言い、さらに続けて


「ところで、私達の事情はわかってくれたと思うけど、良かったらノアさんの事情も少し話してくれない? まず、なんでここにあなたがいなかったのか。そして、今までどこで何をしていたのかを」


と、ノアに尋ねた。

そのキミの言葉にミニスも思わず頷く。そんな二人を見てノアも

「ふーっ。それもそうね」

と言い、腕を組んだ。そして、

「でもねぇ、何から話せばいいか……」

ノアが一人呟くとミニスが


「さっき、ボートバル帝国の人達と一緒にいたって言っていましたよね? まずはそれを聞きたいのですが……」


と、自分が一番気になることを聞く。まずはそうやって一つ一つ疑問を消していきたかったのだ。


「ああ、ミニスはボートバル軍の関係者だったな。でも…知らないとなると、やはり一部の者しか関与していないのだな。あの船には……」


すると、ノアはまた一人で合点したようなことを言う。


「すいません…あの船とは? さっき言っていた?」

「ん? ああ、私の最高傑作『ノア』号のことだ。全長約1キロメートルの高性能原子力潜水艦。この生命の部屋とも連動している、人類にとっての最後の方舟になる予定だったものだ」


ノアはそう言うと、少し不機嫌そうな顔になる。でも、それだけでは、意味がわからないから、やはり何も聞いていないのと同じだ。

ミニスもキミも首を傾げざるを得ない。


「潜水艦?」

「そう。まぁ、平たく言うと海の中を潜って進む船のことよ。その中でも私のノアは、特にその巨大さが特徴で、この生命の部屋のサンプルを丸々積み込み、なおかつ多くの人々をも救助、収容できるようになっている。まぁ、ちょっとした街が移動しているようなものね」


ノアは後半はちょっと自慢げになって言った。

潜水艦『ノア』号。

わざわざ自分の名前をつけるくらいなのだから、余程の出来なのだろう。ミニスにはそれが、どれほどすごいものなのか、正直、見当もつかなかったが、とにかくすごいものらしい。


でも、相変わらず船とボートバルの繋がりがわからなかったので、

「そんなすごい船とボートバルに何か関係が……?」

と聞く。

それにノアは再度表情を曇らせた。しかし、簡潔に


「あなた達に呼び戻してもらう、ついその前までノア号は帝国海軍に占拠、およびコントロール下に置かれていた……船内から私を呼び出し、命令通りに動くよう船の石板に縛り付けて、な…」


と、ため息混じりに言った。

「えっ!? せ、占拠って…まさか。どこにそんな技術が……? それに、そんな船があるだなんて、諜報部にもそのような情報はひとつも…」

ミニスは慌てて言う。

それに、ノアはかえって落ち着いた様子で


「やはりな。極一部の人間しか知らないのだろう。ノア号が見つかったのも、私がコントロールされたのも、かなり最近だしな。それに、石板を使いこなせる人間も、おそらくボートバルには一人しかいない……リッツ・ボートバルという男しかな」


リッツ。

その名を聞くと、


「リッツ王子が!?」

「……リッツ」


と、ミニスとキミは反応の度合いの差はあれど、驚きを隠さずに言う。


「なぁに? 二人ともあいつを知ってるのか?」


「そ、それは王子ですし。それに…」

「たぶん敵よ。私達の」


ノアの質問にキミはあえてそう言った。

まだ確定的ではなかったが、キミはあのトカゲとの戦闘のこと、またラシェットが捕まった時の状況を思い出すと、そうとしか思えなくなるのだ。


「ふふ。敵、ね。それじゃあ私と一緒ね。私の船をあんなくだらない戦争に使おうという奴らは、私にとっても敵以外の何者でもないもの」

「くだらない、戦争って?」


ミニスはその言葉を聞いて、背中がゾッとする。ボートバルが戦争。ついにというか、いよいよそんなことが現実になってしまったというのか。だとしたら相手はグランダン、及びアストリア王国のはず。


そう思い聞いてみると案の定、ノアはその辺の事情も知っていて

「初めにラースという都市を落とすと言っていたぞ。それで船はそこに向かっているところだった」

と言う。


「危ないところだった。実際、あなた達が私を呼び戻さなかったら、近い内にラースという都市は壊滅的なダメージを受けていただろう。なにせ、あの船には数は少ないがミサイルと、それに戦闘機も何機か積めるからな」

ノアは考え込むように腕を組んだ。

「そ、そんな……」

そう淡々と話すノアの言葉にミニスは、かなりショックを受けた。

それはそうかもしれない。

なにせ、自分が所属している組織が、自分の知らない間にそんなことをしようとしていたのだ。

それに本来ならミニス達諜報部は、そのような内部情報をきちんと把握し、軍の行動にある種の抑止力を持たなければいけない存在である。それが今回の場合はまるで機能していないように思えたから、彼女にはなおさらショックだった。

しかし、これは諜報部がそもそも国王直属の部署だという、その構造自体に問題があるのだが……今のミニスにはそこまでは思い至れなかった。


「そのノアって、そんなにすごいの? その……ラースも一瞬で破壊できるほど」


ミニスが考えている様子だったから、横からキミが聞いた。すると、ノアも顔を上げ

「ええ…それはその通りよ。ノアは決して戦闘用の機体ではないけど、この時代の技術力を見る限りノアに敵はいないわ。武器も迎撃用に積んでいたミサイルで十分だし、それにいきなり海上に現れる空母にもなるんだもの。対抗する力はないと思うわ」

と答える。が、この時ばかりは自慢げな語り方ではなく、どこか申し訳なさそうな、そんな口調だった。


「……じゃあ、このままじゃラースは……」


二人はその考えに辿り着き、顔を強張せる。が、そんな二人にノアは


「あ、でも大丈夫よ」


と言う。ノアはその理由を続けて

「言ったでしょ? 私は縛り付けられていたって。でも私はここに戻ってきた。あなた達と、そこにいるアンドロイドのおかげでね。きっと今頃、あの船はコントロールを失って海の底に沈んでいるはずよ。だから、安心して。もう、あの船は動かない。私が行かない限りね」

と説明した。

それで二人は

「あ…そうなんだ……よかったぁ」

と、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。


「なんか私達、思わぬところで役に立ったみたいね」


ミニスがよくわからないまま言うと、ノアは笑顔で同意し、


「ええ。助かったわ。本当に」


と応える。

が、そこでノアが続けて

「まぁ、あの船の乗組員には諦めてもらうしかないけど、仕方ないわね。自業自得よ。せいぜい苦しむといいわ」

と言ったから二人はまた固まってしまった。


「の、乗組員?」

ミニスは呟き、

「そっか、まだ人が乗っているのね!?」

とキミは大声で言う。


その声にノアは何を今更という感じで

「え? ええ。それはそうよ。一人も降りてないというか、降りる手段もないもの」

と、さして重要なことでもないように、さらっと言う。


二人は今度こそゾッとした。

まさか、そんなことになってしまうとは。戦争は止めたらしいが、それではどちらにしても多くの人が死んでしまうではないか。それも自分達のせいで……


「い、今の状況はどうなってるの!? 船は、船は完全に止まっちゃってるの!?」

ミニスはノアに詰め寄って聞いた。それにノアはびっくりして

「な、なんだ!? そんなの完全に停止させたに決まっている。そろそろ酸素も尽きてくる頃だろうし、電気も点かないから何もできてないはずだ……」

と答えた。


まずい。それを聞いて二人はそう思った。心臓がバクバクと動きを速める。


「い、今すぐ酸素を送って! それと電気も復旧させて! お願いっ、今すぐ!」

「な、なんだ? そんなことをしても酸素は保って一週間だぞ? それに、食糧だって少ない。無駄に苦しめるだけ…」

「いいからっ! 早くっ!」

「……わかった。わかったから、ちょっと離れてちょうだい…」


そうしてノアが船の生命維持機能を回復させると、二人は今度こそ、ふーっと一息ついた。危なかった。まさかそんなことになっていたとは。


「まったく、こんなことをしても時間稼ぎにしかならないぞ? 船は動かせないんだ。私が行けばまた戦争に使われるだけだしな」


ノアは呆れたように言った。

確かにその通りなのだ。まぁ、それも仮にノアの言っていることが全て正しいとしたらなのだが、今の二人には信じるしか方法はない。それに、ノアがまるで見当違いのことを言っているとも思えないのだ。

これには二人は困ってしまった。

とても脱出どころの話ではない。戦争の阻止も乗組員の命も、両方なんとかならないものか。


「ねぇ、船は動かさないで乗組員だけ救助することはできないの?」

「ん? うーん……それはいくつか方法はあるがな……?」

キミの言葉にノアはそう応えた。

「あるのね? でも、何か問題もある」

「ああ、そうだ」


そう言うとノアは思案しながら、二人に話し始めた。


「まず、一番簡単で確実なのは他の潜水艦で直接救助する方法だけど…それは無理そうね。この時代の技術では潜水艦はすぐには作れないでしょうから。同様にノアを直接サルベージするのも無理そうね」

「うん…」

「あとはボートバルの兵達を説得してこちらに転移してもらうしかないんだが……それも、たぶん無理だわね。私が戻ってしまったらきっとノアを動かしてしまうもの」


「ん? 転移してもらう?」


俯くノアの、その言葉に引っ掛かってミニスは言った。転移してもらうとはどういうことか……まさか。


「ちょっと待って。もしかしてここと、その船は相互転移装置で行き来できるの?」

ミニスが聞く。

すると、ノアは眉をひそめ

「ああ、なんだ、知らなかったのか?」

と言った。

それはそうだ。知るはずもない。しかし、その可能性は思いついてもよかったかもしれないが。


「じゃあ、あなた達はどこに転移する気だったの? ここから転移できるところは、そのウルクの部屋の前と、ノアの操舵室だけだが……?」

「えっ? 地上には出られないの?」

「地上なら、後ろにある通路ですぐに出られるだろう?」


ノアはそう言う。

だが、その言葉にマリアが、その通路とやらをライトで照らすとノアはすぐに現状を理解して、なるほどな、だから転移なのか、と言ってくれた。


「私も久しぶりにこの姿になった。はぁ、気がつかなったな……土砂崩れとは」

「いえいえ、いいんですけど……」

ミニスは手を振って言った。


しかし。


これで話は大きく言って二択になってしまったようだ。


一つは元来た道を戻り、アスカ遺跡から外に出ること。

そして、もう一つはそのノアという船に行き、助けを求めること……なのだが、どうやらそちらはあまり現実的ではないみたいだ。

ミニスもノアの意見と同じく、とてもボートバルの兵達を説得できるとは思えない。まぁ、もしその場にリッツや、あるいは第1空団のバラン団長くらいの影響力がある人物が乗り込んだら話は別なのだろうが、あいにく今はそんな人物はいない。


「じゃあ、元に戻るしかないか……」

ミニスも腰に手を当て考える。

自分達の安全を考えるなら、おそらくそれがベターだろう。あれから3日も経ったのだ。もう、アスカ遺跡に追っ手が残っていることもあるまい。


しかし、そうなるとボートバルの同胞は潜水艦とやらの中に見捨てていくことになる。

なので、それもできそうになかった。

でも、今ノコノコと乗り込んだところで、説得はできないだろうし、説得できなかったら今度はラースの人々に危険が及ぶ……


ここは一旦、助けを求めに、やはり地上に出るべきではないか? でも、誰に? ミニスにはリー少尉しか思い浮かばない。ラシェットは捕まっているし、キミはアリ大統領と面識があるらしいが、それだって一週間で間に合うか……それにラースが助けてくれるとも限らないのだ。ラースにとってはボートバルは脅威になっているのだから。でも……


ミニスの頭には「でも」しか浮かんでこなかった。結局全部うまくいく、いい考えなんてないのだ。どれかを優先して、どれかを切り捨てるしかない。

けど、問題なのは、その選択をミニスの手が握っているかもしれないことだった。


これには足が震えた。

なんでこんなことになってしまったのかと。


ミニスには決められるわけがない。誰にも恨みがあるわけではないのに、どちらかを切り捨てるなど……


しかし、どちらかというと、ミニスは今目の前で危機に瀕している同胞の方が気になってしまった。

それも仕方がない。

もとより、説得も不可能だとは思うが、自分一人で行けばまだ希望はあるはずだ。この船はもう動かないと言い、皆にここを経由してアスカ遺跡に飛んでもらう。

もちろん、キミ達には先にアスカ遺跡に戻って隠れていてもらうのだ。万が一見つかり、帝国に捕まってしまったら、キミやマリアまで利用されかねない。そうなったら、ミニスは身を呈して抵抗するつもりだが、そうはなりたくなかった。


…とにかく、私はやっぱり見殺しには……


と、ミニスがあれこれ思案していると、突然それまで黙っていたキミがノアに歩み寄り、なにやら耳打ちした。

それにノアは驚き、また一言二言返す。

すると、キミは納得したように頷いた。


ミニスにはよく意味がわからなかった。

しかし、すぐにキミはミニスとマリアの方に向き直ると、実に単刀直入に、ミニスの予想を上回るとんでもないことを言い出したのだった。




ーー「ええいっ! まだ直らんのか! ちゃんと調べているんだろうなっ!」


偉そうに艦長席に座り、マクベス・オッド大佐は誰に言うでもなく言った。誰にでもないが、この場の全員に言っているのである。


それを聞いて誰もが

「言うのは簡単だけどよ……」

と、思う。

しかし、それと同時に、

何もわからないこんな目隠しをされたような状態でも、その普段通りの態度を変えない上司に誰もが、どこか頼もしさを感じるのだから不思議だ。


「でもなぁ、それでも手掛かりすらないと、こっちもやりようが……」


と、操舵員の一人が考えていると、ふと目の前のモニターに反応があるのを見た。

「ん?」

目の錯覚か? と思う。しかし、確かに反応だ。それはつい先ほどまでは見られなくなっていたエンジンの駆動。

それを視認すると、操舵員は

「は、反応あり!コ、 コントロールが戻ってきました!」

と叫ぶ。


それに、皆一様に叫んだ操舵員の方を向いた。そして、口々に「本当か!?」「でも、どうして?」などと言う。


が、そんな一同の視線は、すぐにまた別の方向に向き、そこに釘付けとなってしまった。


そんな急に、騒ぎが治ったことを不審に思い、その操舵員もモニターから目を離す。


すると、そこには黄色い光に包まれた、一人の少女が立っていた。


いつの間に、そしてどうやってそこに現れたのかはわからない。それは本当に突然の出来事だった。


歳はおそらく15歳よりは下だろう。

しかし、その表情は険しく、冷たい雰囲気を持ち、実際よりもずっと大人っぽく見える。

そんな少女の姿と突然光の中から現れたことによる効果なのか、なにか少女が神秘的な人物に見えたのは仕方がないのかもしれない。


誰もが口を聞けなかった。


そんな中を悠然と歩き出す黒髪の少女。

よく見るとその瞳は見たこともない緋色に輝いていた。


しかし、

「…お、おいっ!貴様、どこから現れた! 何のつもりか? 所属と名前を言えっ!」

と、そんな雰囲気の中でも、全く飲まれる様子もなくマクベスは言った。


それはさすがであった。


そのマクベスの言葉に乗組員達もやっと我に帰り、状況を正しく把握しようとする。が、それでも遅かったのだ。

少女は既にマクベスの席の前まで来ていた。


そして、腰の銃に手を掛けようとしたマクベスを睨み


「邪魔よ。そこを退きなさい」


と言う。


すると、なんとマクベスはそう言われた途端にビシッと姿勢を正し、恭しく跪くと、少女に自慢の艦長席を譲ったのである。


「ありがと」


そう言って少女は少々不釣り合いな艦長席に座った。そして、その横にある操縦盤と呼ばれている石板に手を置く。


乗組員達にはわけがわからなかった。

なぜ、マクベス大佐は少女に席を譲ったのか? それになぜ今も気をつけの姿勢のまま、少女の横に立ち続けているのか……何かのデモンストレーションか?

いや、だとしたら最初のマクベスの態度は何だったのか? 少女とは初対面のようにしていたではないか?

いやいや、待て。そもそも……


この少女は誰なんだ?


そうこの場の全員が思ったとき、また黄色い光が出現した。


そして、そこからまた別の女が二人現れる。


この場は物音も声もしなかったが、混乱は極致に達していた。


この現象は何を意味しているのかと。


すると、その意味をわからせるかのように、少女が口を開いた。


「悪いけど、この船は私達が占拠したわ」


と。そして、続けて


「だから、生き延びたかったら、私達の言うことを聞いてちょうだい。じゃないと、全員ここで死を待つことになるから」


とも。

少女は実にきっぱりと言った。


だからなのか、その言葉に反対し、声を上げる乗組員はこの場には一人もいなかった。


それに満足したのか、少女は少し表情を緩めると


「よかった……じゃあ、しばらくよろしくね」


と言う。


ちょっとバカらしいが、その言葉をこの場の誰もが、なぜか天からのお告げのように感じたのも、或いは無理からぬことだったかもしれない……


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