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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
71/136

海の底にて 遭難中

結局、暫定措置として電源が復旧したのは、停電から20分ほど経った後だった。


実際、危ないところだった。

もう少し復旧が遅れていたら、艦内の酸素は使い尽くされ、乗組員はゆっくりと、ただ死を待つのみだっただろう。


だが、喜んでばかりもいられない。確かに目前の危機は脱したが、肝心のコントロールは戻らないまま。そもそもなぜ一部の電気や酸素装置などの生命維持システムが復旧したのかもわからない始末なのである。


はっきり言って恥だった。

このあらゆる意味で圧倒的な機体『ノア』の操舵室。そこの、いささか大袈裟過ぎると思えるほど立派な「艦長席」に座り、マクベス・オッド大佐は屈辱感に怒り震えていた。


「これでは私がまるで無能な、飾りだけの艦長のようではないか」


と。実際にはその通りだったのである。

が、誰も言うまい。そんなことを今、言うどころか匂わせただけでも最期、クビになるか、最悪何かしらの処罰を受けかねない。

マクベスのプライドの高さと、何もかも思い通りにならないと気が済まない、ワガママな性格はここにいる兵なら皆、とっくに理解していた。


しかし、今回の場合は誰にも文句などは言えはしない。皆、そうは思っていた。


なぜなら、この機体の制御システムのことを、真に理解している人間など、この艦には誰一人乗っていなかったのだから……


というか、知っていると思われるのは唯一人、リッツ・ボートバル第三王子のみ。

そして、その王子は今、セント・ボートバルにおり、ここにはいない。


リッツはこう言っていた。


「大丈夫。この艦の操舵や維持システムは、このログという存在が自動制御してくれる。あと、個別の命令を出したければ、この石板に手を置いて、命令したいことを思うだけでいい。もちろん、操舵は手動でも構わないし、電気などはスイッチでも操作可能だ……とにかく、マクベス大佐、あなたはここに座っているだけでいいんだよ。なんの心配もいらない」


確か、そんなふうに。

「くそっ!」

マクベスは心の中で悪態をついた。


もしかしたら自分は騙されたのかもしれない。

いや、私が騙されたのだとしたら、ダウェン王子もまんまとリッツに出し抜かれたことになりはしないだろうか? リッツの口車に乗せられ、こんな役立たずを一年がかりで見つけ出し、あまつさえ戦力の半分をここに集中させたのは他でもない、ダウェン王子だ。


くっ…これはリッツ王子の策略だ。


マクベスはそう思い、歯噛みしたのだが、それはマクベスの完全なる勘違いだった。


リッツもまさか、自分以外の誰かがもう一度システムコントロールを他に移すなど、想定していなかったのである。

ログさえいれば、バカでも動かせると思っていた。

そして、この艦は恐ろしい力を持っているからこそ、マクベスみたいな者に任せるのがかえって安全だと思ったのだ。

が、そんな考えも杞憂に終わりそうだ。

こうなってしまったら、もう一度リッツがここに来て、コントロールを奪還しない限りこの艦は動かない。もしくはリッツと同等以上の理解がある人物がいなければ。


が、そんなことさえ見当もつかないマクベスはただただリッツを恨んだ。

そして、このままではダウェン王子が危ないとも思っていた。


「失礼します。マクベス大佐、艦内各所、チェック終了いたしました」


とその時、操舵室にエリサが入ってきて、マクベスにそう告げた。

それだけで操舵室内のピリピリした空気が、ふっと和らいだ気がする。心なしかいい香りも漂ってくる。


彼女は彼の、自慢の部下であった。

上司に従順で、とても優秀。徹底した成果主義。少々上昇志向が強過ぎる面はあったが、ないよりはいい。

そして何より彼女は美しかった。

ずっと側に置いておきたいと思うほどに。


「ああ、ご苦労だったな、エリサ」


そう言ってマクベスはエリサを労い、笑いかける。

彼は自分の笑顔に自信を持っていた。

まぁ、リッツには遠く及ばないが、マクベスもなかなかの顔立ちをしている。それに一応、彼もボートバルの上流貴族だったので、仕草も声も様になっていた。

が、エリサは

「いえ。では、私は持ち場に戻りますので」

と、だけ言ってさっさとまた、何処かへと出て行ってしまう。

「……あ、ああ。よろしく頼む」

普通の女性ならこうはならないだろうとマクベスは思う。エリサはマクベスの命令には従順だが、とても冷たいのだ。


が、そこがまたいい。


「いつか振り向かせてみせるさ……」


マクベスは持ち上げた手を所在無く下ろしながらそう思った。

そんなマクベスの様子を操舵室の乗組員クルー達は横目でチラチラ見ながら、

「マクベス大佐…可哀想に…」

と思う。

ここにいる乗組員達は、さすがにマクベスの本当の性格やらを知っているから、その笑顔や仕草にときめいたりなどしないのだが、いつもエリサと話すマクベスを見るといたたまれなくなる。

そんな空気が、不思議とマクベスに親近感を抱かせる結果にはなっているのだが、当のマクベスはそれは自分のカリスマ性のおかけだと思っている節がある……愛すべきおめでたい奴なのだ。


「ん? なんだ、お前達っ! 手が止まっているぞ! サボってる暇があったら、さっさと原因を探り出せっ! 本艦はこんな所で足止めをくらっている場合ではないのだぞ!」


そんな空気は感じることができないマクベスだったが、目ざとく部下の手が止まっているのを発見すると、そう大声で言った。それに乗組員達は

「イエッサー、キャプテン」

と答える。「キャプテン」とはマクベスがそう呼べと言ったのである。

誰もがバカらしいと思ったが皆、渋々そう呼んでいる。

まぁ、とりあえず従ってさえいれば、とても部下思いな上司なのはわかっていたから。



ーー「お、電気が点いた」

カジはベッドに横になりながら呟いた。

意識が朦朧としている。

でも、耳を澄ますと自分に繋がれた医療機械がまた小さな音を立て、起動したのがわかったから、そのまま寝ていることにした。


そうして30分、40分と寝ていると、だんだん調子が戻ってくるのを感じる。

よかった。まさか停電が原因で死んだとなっちゃあ、相棒に合わせる顔もない。


カジがそんなことを考え、ウトウトしていると、ガチャリとドアが開いた。


見ると、先ほど出て行った三人と初めて見る女海兵がまた一人。それを見てカジは、この艦は女だらけなのか? と思う。まぁ、別に嫌ってわけではないが。


「……よかったぁ。あんた生きてたのね」

カジを見るなり、そんなふうにケニーは言った。

なんだか、他人事のように言うケニーにカジは腹が立ったが、

「よかったじゃねぇよ。さっさと行っちまいやがってよ。ったく、危うく死ぬところだったぜ」

と、まぁ生きていたからいいことにする。

それよりも、


「で? 何だったんださっきのは? ブレーカーでも落ちたのか?」


と気になったから聞くと、エリサに


「それはこちらも聞きたいんだがな」


と逆に聞きかえされてしまった。エリサの手には銃まで握られている。


「は?」

カジは最初はエリサの言っている意味が分からなかった。が、やがて自分が疑われているのだと気がつくと、心底ビックリした。

いや、あり得ないだろうと。

だから


「ちょ、ちょっと待ってくれ。いくらなんでも滅茶苦茶だろ!? 俺が何をできたっていうんだ? ずっと寝てたって、ケニーが看てたって、さっき自分で言ってただろうが!」


と起き上がれないまま、全力で否定した。

だが、エリサは

「…しかし、お前が目覚めた直後にあんなことになったのだぞ? 偶然とは思えない」

と言って、聞く耳を持たない。

「そ、それは本当にただの偶然だ。確かにタイミングは悪かったが、偶然なんだから仕方ない。そういうこともあるだろうが」

カジはなおも必死に弁明する。


「……本当か?」

「あ、ああ」

「神に誓えるか?」

「ああ。主に誓ってもいい」


「……ふっ、まぁいいだろう」

そう言うとやっとエリサは銃をしまった。


それにカジと、それとケニーもほっとする。

ノノともう一人の海兵、イズミ・レイはあからさまには顔に出さなかったから、その心中はわからない。すると、


「まぁ、そんなことだろうとは思っていた。お前のその身体ではな」

と、エリサは振り出しに戻ったようなことをさらっ言う。

それにカジは

「だったら、言うんじゃねぇ」

と言いそうになったが、それは何とか堪えた。これ以上、長話はしたくなかったのだ。

やっぱりまだ体が痛いし、もうさっさと寝てしまいたい。


「お前じゃないのなら、ここにいても無駄だな。せいぜい、よく休むといい」

カジを見逃したが、エリサは厳しい口調を崩さず言い、踵を返す。そして、三人を引き連れ、また何処かへと消えた。


どうやらカジが思っていたよりも、ずっと事態は深刻なようだった。

でも、カジにはまだよくわからない。

それにこんな状態ではどうしようもなかった。だからカジはエリサに言われた通り、素直に休むことにした。



カジはその後も寝たり、起きたりを繰り返した。

痛みですぐに目が覚めてしまうのだ。

今までは丸3日も寝ていたらしいのに、不思議なものだ。


でも、そうこうしているうちに色々な話が扉の向こうから漏れ聞こえてきたので、なんとなくだが、その危機を察することができた。結構分厚く、機密性の高い扉のはずなのに、皆大きな声で話し過ぎだ。まぁ、それほどの事態が起きているということか。それに、カジは肉体派と言えども諜報部の人間だ。聞き耳を立てるのは慣れている。


カジは聞いたことを頭の中で整理した。


つまり。


何かしらの原因で、この艦は止まってしまい、海の底に沈んでしまった。

その原因は未だ不明。そもそも誰も詳しい人は乗っていない。それよりも、当面の問題は食料と酸素だという。

両方とも保ってあと一週間。

それまでに外部と連絡を取るなりして、危機を脱しないと終わりだ。

それに、このままでは乗組員の混乱も起きかねない……っと。


「なんだ、なかなかにヤバイ状態じゃねぇか」

そこまで考え、カジは呟いた。

これでやっとエリサ達の態度も腑に落ちた気がする。


カジは腕を上げ、枕にした。彼はそうやっていつも考え事をする癖があるのだ。と、すると枕の下に何やら当たるものがあるのに気がついた。


「おっ」

引っ張り出してみると、それはカジのお気に入りのサングラスだった。


なんでそんな所に置かれていたのかはわからないが、今まで全然、気がつかなかった。

カジはサングラスを手に取り、クルクルと眺める。

そして、当然のように掛けた。


「へへっ、よかった。フレームも歪んでねぇみてぇだな」


カジは愛用品の感触をチェックし、無事だったことを確認すると、なんだか嬉しくなり自然と気持ちが前に向いた気がした。


こんな光の全く届かない海底で、サングラスを掛けるなんて、意味のないことのように思えるが、カジは別に普段から日光が眩しいからサングラスを掛けているのではない。

ただカッコイイと思っているから掛けていた。

言わばサングラスはカジの心的象徴なのだ。

だから、掛けるだけで気分がいいのは当然と言っていい。なんなら傷の治りさえも、早くなりそうだ。


「ま、なんとかなるだろ。きっと」

カジはまた呟いた。



ーーだが、そんなサングラス姿の上機嫌なカジを見て、食事を運んできたノノ・ウェイル一等海兵が怪しんだのは無理もなかった。


「な、なんのつもりですか?」

ノノはギョッとして言う。

それにカジは

「気にすんな。これが俺様のトレードマークなんだ」

と笑って答えた。

「……そうですか」


ノノは恐る恐る近づき、カジの前にテーブルをセットすると、食事をそこに置いた。

見ると、食事は暖かくはなさそうだったが、リゾットやら、茹で野菜やら、ゴロゴロ乗っていて美味そうだ。


「サンキューな。嬢ちゃん」

「なっ……嬢ちゃっ……ふんっ」

「ん?」


カジが礼を言うと、ノノはそっぽを向き、部屋の隅っこの椅子に座ってしまった。礼の言い方が、問題だったようだ。なんだかなぁとカジは思う。

でも、腹ペコだったので食事は嬉かった。

だから、ノノには本当に感謝をしているのだ。


「うまそうだなぁ。ありがとうな、ノノさんよ」

カジが改めて言うと、ノノは驚いた様子で

「なんで私の名を?」

と聞いてきた。

「さっきランスロット大尉が名前を呼んだだろ?」

それにカジは簡単にそう答える。

「…そうか。そういえばそうだな」


そう言うとノノはまた黙り込んだ。

なんとなく気まずい。


「…へっ、そう緊張するなよ。俺は何もしねぇよ。暴れもしねぇ。なんせ、この体だからな。あ、でも怪我してなくったって暴れたりしないんだけどよ」


カジはそう言ってノノと会話をしようとする。だが、ノノは話を聞いているのかいないのか、微妙な反応しかしない。


でも、カジは頑張る。

しかし、ノノは一向にカジを見ない。

これにはカジは困ってしまった。


なぜならカジには、是非ノノに心を開いてもらいたい理由があったのだ。

でも、彼女にはそれどころか、カジとまともに口をきく気もないらしい。


でも。カジはお願いしなければならない。

なんだかんだでまた10分ほど経過した。

もう、我慢も限界に近い。


「あのよぉ、ノノさん」

これで何回目になるか、カジはまたノノに話しかける。

「…なんでしょうか?」

やはり全くいい顔をしないノノだったが、もう仕方がない。カジは恥を忍んでお願いしてみた。


「悪いんだが、俺はこの通り腕もロクに上がらねぇ。だから…その、食べさせてくれないか?」


と。


「…は?」

「あ、いやだから、その、あ〜んみたいな感じでさ。こう、食事をスプーンで口に……」


「お断りしますっ」


うっ、カジはその語気に後退りした。

なんだ、そんな声も出るんじゃないか。

それにノノの目つき。

そんな表情もできるんじゃないか。


「いや、変な意味じゃなくてだぜ? だって、そうじゃなきゃ俺、食べられな…」

「だったら、男性海兵を呼んでくれって、そう言えばいいじゃないですか? でも、あなたはそうはしない。だから、ずっと私にしつこく…? そういうのも、セクハラって言うんですよ? 」

「はぁ?」


カジは開いた口が塞がらなかった。

なんなんだ? 自分が間違ってるのか?


「ふんっ、もう不快です。本当は自分で食べられるんでしょ? そんなサングラスまで掛けられるんだから。あとは、ご自分でどうぞ。私は失礼しますっ」

「……あっ、ちょっ」


そう言うと、ノノは部屋を出て行ってしまった。


ノノが去ると部屋の静けさが、より一層強調された感じがした。カジは力無く倒れ込んだ。


「はぁ……あーあ、どうすんだよ。本当に持てねぇのに」


カジはスプーンを握ろうとする。でも、やっぱりうまくいかなかった。持ち上げようとすると、すぐに落としてしまう。

くそっ。

ずっとこうだとは思わないが、食わないと治らない。それに何より腹が減り過ぎていて、余計に力が入ってこないのだ。これでは、悪循環だ。


ギュルルルルー


と、腹も鳴る。

カジの胃腸は、もう受け入れ態勢はできているのだ。


と、その時、また。


ギュルルルルルルルーー


と一際大きな腹の音がした。

その音にカジは笑ったが、次第に


「ん?」

と思う。


これはどういうことだ……? と。


カジは部屋を見渡す。


「……おい」

そして、カジは部屋に声をかけてみた。だが、返事はない。


思い過ごしだったのだろうか?

カジはよく目を凝らす。

しかし、カジは勘違いではないと思った。


さっきのは確かに俺の出した腹の音じゃない。


「…………」


やっぱり、おかしい。微かに気配がする。

だからカジは、もう一度息を整え、何もない部屋へ問い掛けようとした。


が、その前に


「クックックッ」


という笑い声がし、


「おやおや、まさかお腹が鳴ってしまうなんて…クック、とんだ誤算でしたねぇ」


さらに続けてそんな声が、誰もいない部屋に響き渡ったから、カジは驚き、その声のした場所を睨みつけた。


……すると、今まで何もなかった空間から、一人の男が現れたのである。


男はタキシードを着、不釣り合いな大きさの背高帽を被った小人だった。


どうやって今まで隠れていたのか、というか、いつからそこにいたのかもカジにはさっぱりわからなかったが、その不吉そうな顔と服装、そして、その独特の笑い方には心当たりがあった。


「……あれ? なぁ、あんた……ひょっとして、トカゲさんかい?」


カジが自分でも意外なくらい、その存在をあっさり受け入れて言うと、トカゲは


「クックックッ、ええ、そうです。初めまして、カジ・ムラサメさん。クックッ」


と言った。

やはりそうだ。なんだ、謎の多い男とは聞いていたが、ほぼ諜報部にあった情報通りじゃないか。そうカジは思う。

が、にしても……この小男は突然現れたというのに、全然突然な感じがしないのはどういうことか。トカゲはそんな不思議な空気を持っている。


「クックッ、おや? あまり驚いてないないようですねぇ?」

トカゲは言う。

「いや、驚いてはいるんだがよ。なんかな、状況が状況だし、それに俺は動けないからな。今更、あんたを捕まえようなんて思えない。ま、それだけのことよ」

それに、そうカジは答えた。

そう。驚いているのだが、これ以上、そうとしか具体的に気持ちを表せなかったのだ。


「クックックッ、そうですか。いやぁ、そう言っていただけると、こちらとしても助かります。カジさんは、なかなか融通がきく方だ。クックックックッ」

それに、トカゲは笑う。

それでカジもその雰囲気を理解した。

「なるほど、お互いに敵意はないってわけだ」と。


「……でもよ、俺を狙ってじゃないなら、なんでこんな所に隠れてたんだ?」

でもカジは疑問に思ったことを聞く。すると、トカゲはちょっと困った顔をして、


「いやぁ、それがお恥ずかしい話なんですがね? クックッ。私も早急にボートバルに帰りたかったので、この艦に忍び込んだのですよ。これなら2日と少しあればボートライル大陸まで行けてしまいますからねぇ。しかし、まさか、ラース攻略が早まったり、こんな場所でシステムダウンしてしまうとは…いやいや、夢にも思いませんでしたよ。クックックックッ」


と言った。

「ふーん」

そう聞いてカジはなんとなくだがトカゲの事情も理解した。


要するに俺とそんなに変わらないってことだ。


ギュルルルルルルルーー


「あ」

今度は二人の腹が同時に鳴った。


カジはそれを聞いて

「まぁ、いっか」

と、脱力気味に呟くと

「なぁ、これ半分こして食わねぇか?」

とトカゲに持ちかけた。

するとトカゲは

「えっ? よ、よろしいんですか!?」

と目を輝かす。


「ああ、いいぜ。その代わりと言っちゃなんだが、俺にそれを食わせてくれないか? 聞いてたと思うが、手が使えないんだ」

「ええ、もちろんお安い御用ですよ! クックックッ、いやぁ、ありがとうございます」


そう話が決まると二人は一緒にご飯を食べた。

それほどに、二人は腹ペコだったのだ。


「あ。あんたは、そっちのフォークを使ってくれ」

「クックッ、はい」



モグモグ

「しかし、あんたも大変だな。ずっと突っ立てってたのか? 飯も食わずに」


モグモグ

「クックッ、いえ、そういうわけでは。時々、厨房にも行きましたしねぇ。でも、艦内で一番安全かつ、情報が取れそうなのが、ここでしたので…はい」


あ〜ん、モグモグ

「なるほどなぁ。にしても、その服は一体どうなってんだ? 透明にでもなれるのか?」


モグモグ

「クックッ、平たく言えばそうです。『光学迷彩』と言うらしいです。リッツさんからいただきました」


あ〜ん、モグモグ

「へぇ、なんかよくわからねぇが、すごいもんを持ってるんだなぁ。リッツ王子はこの艦のことも知ってるのか?」


モグモグ

「クックックックッ、ええ。もちろんです。むしろ、本当にこの艦を上手く使うことができるのは、リッツさんだけです。だから、今のこの状況も、きっとリッツさん以外にはどうすることもできないでしょうねぇ……クックッ」

「へぇ」


どこまで本当だかわからないが、よく喋るなぁとカジは思う。それに、心なしかリッツのことを話す時、トカゲはとても誇らしげだ。このままどんどん聞いてしまおうか……


モグモグ

「……ところで、あんたラシェットさんから手紙を預かりはしなかったかい? あれは今も持っているのか?」


モグモグ

「クックッ、いいえ。すいませんが、あれはもうこれに乗る前に、とある方に郵便を頼んでしまいました。偶然、ラシェットさんのお知り合いの優秀な郵便飛行機乗りの方がいらっしゃいましたのでねぇ。いやぁ、それだけは先に済ませておいて良かったです。まさか、こんなことになるとは…本当にわかりませんでしたからねぇ…クックックッ」


トカゲはそんなことまで、喋った。

えらく情報と違うな。口が硬いと聞いていたのだが。


「…そっか。それと、もう一つ聞きたいんだが……」


ガチャッ


「すいません……カジ上等兵、先程は言い過ぎました。エリサさんに報告したところ、ちゃんと食べさせてやれとのこと。なので、不本意ですが、私が食べさせてあげ……って…えっ?」


と、そこへ入って来たのはノノだった。


「あっ?」

「おやっ?」


二人の視線の先、そこには扉を開けた姿勢のまま立ち尽くすノノ。


そして、ノノの視線の先、そこにはスプーンであ〜んをしてもらっているサングラスのカジと、スプーンを差し出している一人の不吉な小男おっさんがいた。


はっきり言って気持ちが悪かった。


たがらノノが

「キャーーーーーーッ!!」

と叫んだのも、無理はないと言えば無理はない。


その悲鳴で続々と集まる海兵達。


そんな様子を唖然として見るしかないカジとトカゲ。


そこへ、ケニーとエリサもやって来た。

そして、トカゲを一目見るなり、なにやらヒソヒソと一言二言交わすと、トカゲの両脇を抱え、二人掛かりで連行する。

連れて行かれるトカゲの顔はなんとなく寂しそうだった。


そんな一連の様子をカジはただただ唖然として見ていた。


そして、まだ部屋がざわつく中、やっと気がついてテーブルを見る。

まだ食事は残っていた。

それを見てカジは

「これ……ノノさん、食べさせてくれるかな?」

と思う。

しかし、絶対にダメだろう。

もうノノの顔を見なくてもわかった。いや、カジは気まずくて、ノノの顔を見ることもできない。


はぁ…できれば、見張りをケニーか、他の男性海兵に替えてくれ……


そうカジは切に願っていた……


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