海の底にて
バカみたいに大きいカレーライスを、サーストンがぺろりと平らげ、賞金5000ペンスを貰うという夢を見た。
でも、それは正確に言うと夢ではなかった。昔、実際にあった出来事だ。
だから最初ベッドで寝てるいることに気がついた時、カジ・ムラサメは、自分は実家のベッドの中にいるのだと勘違いをしてしまった。
「あれ? 俺はいつの間に帰ってきたんだ?」
と。
記憶の一時的な混乱である。
しかし、だんだんと目の焦点が合ってきた時、すぐに違和感を覚えた。
それは天井だ。それに壁。見たこともないグリーンで塗装された金属でできている。見上げれば、照明は必要最小限に抑えられ、それ以外は飾り気も何もない。匂いも違った。新しい塗料の匂いだ。
あと、体が鉛のように重い。
ピクリとも動かせないのだ。でも、感覚はあった。手の先、足の先、頭、背中。それにはちょっと安心した。
そうしてやっとカジは思い出した。
「そっか、俺は撃たれたんだ……そして、助かった?」
と。でも……
「そうだっ!あの船はどうなった!?それに、あの二人は!?」
そう思い、カジは起き上がろうとする。が、それでも体は重く、動かそうと踏ん張ると激痛が走った。
「痛つっ…」
思わず声が漏れる。すると、視界の外から
「お、やっと起きたのね?」
と、聞き覚えのある女の声がした。
カジはそれに気がつき顔の角度を変えようと思ったが、それすらもままならない。
だから、ケニーの方からカジの枕元へ進み出た。ケニーはもうワンピースは着ていない。髪の毛もビシっと整え、パリッとした軍服を着ている。この方がカジも見慣れていた。
「お騒がせ姫さんか……なんで、あんたがここに?」
よく状況が飲み込めないカジが聞いた。だって、わけがわからない。
その様子にケニーはふーっと大きく息を吐きながら
「そっか。やっぱりあんた、ここに運び込まれる直前のことは覚えてないのね? ま、無理もないわね。あんな状態じゃあ」
と言って、ベッドの近くの椅子に座った。
「運び込まれた…?」
そんな言葉を聞き、カジはどうにか頭を働かせようとする。
確かに、俺は撃たれた。
たぶん重症だった。で、どこかへ運び込まれた。記憶はない。目覚めればケニーがいた。軍服を着ている。ということは、ここは十中八九、帝国軍の施設だろう。でも、見覚えは全くない。が、可能性があるとしたら……
「ここは帝国飛行師団の空母か?」
カジは天井を見つめたまま言った。すると、その視線に覆い被さるようにケニーが顔を出し
「ブッブー。不正解。でも、惜しいわねー。よく聞いてご覧なさい? 空母にしては静か過ぎると思わない?」
と言った。
ちょっとイラッとしたが、確かにその通りだ。静かどころか全く移動している感じもしない。ここは船ではないのか?
「じゃあ、ここはもうボードバル国内の病院か?」
「ブブー。そんなわけないじゃない。バカねー、惜しいって言ったのに。それじゃあ正解から遠ざかっちゃうわ」
「おい、俺様はお前さんとクイズ合戦をやりたいんじゃないんだ。さっさと教えてくれ」
いい加減痺れを切らしたカジは言った。
その口調からしても、やっと意識がはっきりしてきた様子だ。それを見て、ケニーもよしと思い、時計を見てから
「別に焦らなくても、それは大尉がご説明してくださるわ」
と言った。
「ん? 大尉?」
コンコン
と、その時、ちょうどドアがノックされた。
そして、ケニーの返事もカジの返事も待つことなく金属性の重そうなドアが開かれる。
「どう? ケニー。彼の具合は」
「はっ、つい今しがた、目を覚ましたところです」
女の声だ。それも美しく、キリッとした声。
その声にも聞き覚えがあった。でも、やっぱり首がうまく上がらない。
しかし、その人物はカジが意識を取り戻したと聞くと「そうか」と言い、すぐにベッドの側までやって来た。
そこで一番初めにカジの目に飛び込んできたのは、タイトなミニスカートと茶色いロングブーツの間に見える、セクシーな太ももだった。
「おっ」
とカジは思う。
視線の高さからして仕方がない。見えてしまうのだから。
でも、カジは決して喜べはしなかった。なぜなら、そんなセクシーな軍服を特注して身につけられる人物など、彼は一人しか知らなかったからだ。
撃たれた傷がなんとなくだが、疼き出す。
「初めまして……でも、ないわね。カジ・ムラサメ上等兵。ご気分はいかがかしら?」
女は立ったまま言った。カジはなんとかして視線を上に持っていく。
そこには綺麗な長いブロンドの髪を揺らし、優しいとも厳しいともつかない目つきをした美女、エリサ・ランスロット大尉がいた。
「…気分はよくはねぇな。へっ、でもよ、確かに初めましてじゃないが、こんなに近くで話すのは初めてだなぁ」
カジは痛みを堪えて言う。やはり見上げる体勢は厳しいのだ。それを見て取ったエリサはケニーに指示し、椅子を用意させる。そして、自分はそこに座り、ケニーは後ろに立たせる。これで視線が自然に合った。
「ふふ、それはそうね。私とあなたとでは部署も違うし、階級も違う。接点なんてないものね」
エリサは言う。言っていることは鼻につきそうなことなのだが、その口調はすごく穏やかだ。だからカジはなんとも思わない。それよりもやはり座っているエリサのスカートが気になってしまう。
もうちょっと地味なものを穿いてくれと。
カジは気まずくなり、視線を逸らした。
「まぁな。でも、そんな下っぱの俺に、あんたが何の用だ?」
そうカジがぶっきらぼうに言うと、ケニーは
「こらっ。上官に向かって、その口のきき方はなんだ!ちゃんと敬語を使え!敬語を!」
と注意する。でも、カジはそんなこと意にも介さず
「俺の上官はリー・サンダース少尉だけだ。ランスロット大尉は違う」
と言って聞かなかった。
「こ、このぉ……」
「よしなさい、ケニー。いいのよ、そんなどうでもいいことは」
怒るケニーに、エリサは静かに言い聞かせる。カジはそんな様子と、エリサの澄ました表情を見て、さすがだなと思う。これでは、結局どう言ってもこちらのペースにはなりそうにない。
きっとこれから始まるのは尋問だ。
そして、エリサはケニーのように単純ではない。そんなことが、ここまでで十分に分かってしまった。だから、さすがと思う他なかった。
これでは不利だ、とカジがそっぽを向くと、エリサはそんな雰囲気を悟り、
「ムラサメ上等兵、あなたには色々と聞きたいことがあるの」
と早速、話を切り出した。
カジは始まったぞ、と思う。
「聞きたいこと?」
カジは言った。惚けても仕方がないが、ここは相手に合わせ、出方を見たかった。それとカジの中には、まだ帝国軍が敵か味方か判断しかねる気持ちが残っていた。
だから慎重に話をしたいとも考えていたのだ。
「ええ。病み上がりで悪いけど、いくつか。大丈夫、簡単なことよ」
エリサはそう言い、脚を組む。
「病み上がり……か。そういえば、なんで俺を助けてくれたんだ?」
カジはその言葉に、ふとそう思い聞いた。
そうだ。まずは自分の状況を知らなくては。
「なぜ。そうね…それは、どちらかというとケニーに聞いてちょうだい」
エリサはケニーを見て言った。
言われたケニーはバツの悪そうな顔をする。
「ケニーに?」
「ええ、そうよ。あなたを助けたのはケニーだから。しかも、それから丸3日以上目を覚まさなかったあなたを、今日までちゃんと面倒見てくれたのもケニー。だから、あなたは、もっと彼女に感謝すべきじゃないかしら?」
「えっ? ま、丸3日!?」
そう言ってカジがケニーを見上げると、ケニーは照れ臭そうにふんっと言い、視線を逸らした。
「そ、そうなのか…?いや、ほんと、だとしたらありがとうな、ケニーさんよ」
「うるさい。ただの気まぐれよ。礼なんていいわ」
そうケニーは言うが、カジが素直に感謝すると少し嬉しそうになり、笑顔を噛み潰した。
「……へっ、そうか」
なるほど。たとえ、撃ったのが帝国軍であろうとも、助けてくれたのも帝国軍ってわけだ。
これで恨むのは筋違い、かな? カジはさっぱりした性格なので、余計にそう思った。
カジは相変わらず続く痛みに、苦笑いして、
「しかし、丸3日以上か…本当に死ぬところだったんだな」
と、エリサに言う。
「それはそうね。きっとこの艦の設備じゃなかったら、あなたは死んでいたわ。ま、撃った私が言うのも変だけど?」
エリサは言った。でも、相変わらず、表情はまるで揺らがない。そのせいか、カジの中では、まだあの時の「バーサーカー」と目の前のエリサがうまく繋がってこなかった。
「そういえば、もうそろそろ教えてくれてもいいだろ? ここはいったいどこだ? 艦と言うからには、船なんだろうが……」
カジは言う。するとエリサは隠す様子もなく
「ふふ、そうよ。ここは船。でも、海の上じゃないの。これは海の中を移動する船なのよ」
と言った。
海の中を?
カジは眉間に皺を寄せ、思った。
なんだそりゃ。と。
本当か? そんなものは見たことも、聞いたこともない。
「ふふっ、疑うのも無理はないわね。でも本当のこと。『潜水艦』っていうものらしいわ。機体の名前は『ノア』。全長は約1キロメートル。まるで街が一つ沈んで、そのまま移動しているようなものよ。こんな化け物の存在を、簡単に信じる方がおかしいわ」
エリサは自嘲気味に言った。
それをケニーが、ちょっと、大尉、悪口は謹んでくださいよと諌めている。
「……ああ、あんたの言ってることが本当だなんて、俺もこの目でちゃんと見るまでは信じられねぇな。んなもん、作れるとも思えねぇし」
「そう。別に作ったんじゃないのよ」
カジのその言葉に、エリサは反応する。
「ん? 作ったんじゃなけりゃどうしたんだよ。まさか、拾ったとでも言うのか?」
「ふふっ、あなたなかなか物分かりがいいのね。羨ましいわ」
「……はぁ?」
当てずっぽうで言ったら、感心されてしまったので、カジは戸惑う。
「拾ったのか? マジで」
だからカジはケニーに聞く。すると、ケニーも
「ええ。そうみたいよ」
と言った。
どうやら本当らしい。なんだか物凄いバカげっぷりだ。
でも、この感じはなんとなく知っている。
そう。これはあの時の感覚と似ている。
初めてキミに出会い、目の力を見た時の感覚。それと初めてあのヘリコプターという機体を見た時の感覚に……
「まさか、な……」
カジがそうつぶやくと、エリサはしっかりと聞きとって、
「何か、心当たりがありそうね?」
と尋ねる。それにカジは無言のまま、首を横に振った。
ダメだ。キミのことは喋るわけにはいかない。あの力のことも秘密だ。最悪、それだけは言わないようにしないと。
カジは瞬時にそう考えた。そして、
「いや、心当たりでもないんだが、アストリアのジース・ショットという男。そいつが乗っていた妙な機体のことを思い出しただけだ」
と言った。
「ほう」
エリサは脚を組んだまま、腕も組み、カジの表情を見ている。だからカジはポーカーフェイスを装うのではく、自然体でいることに努めた。
「ジース・ショット。やつを知っているのか?」
「ああ、まぁな」
「どこまで知っている?」
「アストリアのお偉いさんで、ラシェット・クロードが手紙を届けようとした相手ってこと。で、妙な機体を使い、街中でも平気で暴れる嫌な奴ってことぐらいだな。あと、メガネで中年、中肉中背だ」
そうカジが言うと、意外にもエリサは満足そうに頷いた。
「そう。やはり、あなたはラシェットが届けようとしていた手紙について、少しくらいは知っているみたいね」
「そりゃ、どうせあんたらも知ってるんだろ? それに、俺達が誰に命令されてこんなことをしているのかも」
カジがリーが飛ばされた日のことを思い出しながら言うとエリサは
「ええ。そうね。だから、お互いのためにもここは簡潔にいきましょう」
と応じ、
「あの手紙は今、どこにあるか知っているかしら?」
とカジの目を見ながら質問した。
カジは目を逸らさないように頑張り、エリサを見つめる。
でも、それは案外簡単なことだった。なぜならカジは手紙の在り処を正確には知らなかったからだ。だからどうとでも言えると。
エリサの顔はやはり見れば見るほど、美しかった。カジはエリサとラシェットが昔、付き合っていたという風の噂を思い出し、なんだか、ラシェットのことを羨ましく思った。
「どうなのよ?」
ケニーも口を挟む。それにエリサはちょっと不機嫌そうな顔をした。だからカジは今だなと思い、
「手紙の在り処はわからない。俺達はラシェットさんに接触できなかったし、仮にできていたとしても、手紙は既に隠された後だった。教えてはくれなかったろう」
と言った。
「……それだけ?」
エリサは言う。
「まさか。俺らは諜報部だ。取れるだけ情報は取る。なんでも、手紙はグランスール砂漠に隠したらしい。正確にどことはわからなかったがな。これはラシェットと行動を共にしていた、キミ・エールグレインという砂漠の民の少女から聞いたんだ。彼女は砂漠に墜落したラシェットを助け、そのお礼にアストリア王国まで連れて行ってもらう途中だったらしいんだが……彼女は手紙は見たけど、手紙を隠す作業は見ていなかったんだ。これはラシェットの彼女を巻き込まないようにした、最低限の配慮だろう。そんな気がする」
「……で、その後ラシェットはショットに捕まってしまった。だから彼女は何も知らない。そういうことね?」
エリサは言った。だからカジはああと頷く。
そう思ってくれるのが一番良い。
「その少女は今は?」
「俺の相方が保護している。今頃は王国を目指すなり、ラースを目指すなりしてるだろう」
「……なるほどね」
エリサは頷いた。
どうだ? これでいけたか? とカジは思う。
が、
「では、そのあなたの相方とその少女も連れて来ましょう。ケニー、早速手配を」
と、エリサがケニーに命令したから、カジは
「なっ!?」
と驚いてしまった。
エリサの言葉にケニーは敬礼し応える。
「ちょ、ちょっと待てよ。言っただろ? あの子は関係ない。手紙の在り処なんて知らないんだ…痛つっ」
カジが慌てて起き上がろうとすると、エリサはそんな様子を、何とも思ってないのか、
「それはあなたの判断でしょう?」
と言い放った。
「な、なに?」
カジは不服そうに言う。
「俺の判断が間違ってるっていうのか?」
「そうじゃないわ。私がただ、あなたを信用するに足る材料を持っていないだけ。だから、自分で判断したいの」
エリサは椅子から立ち上がりながら答える。その口調には、有無を言わさぬ迫力があった。
カジは迂闊だった、と思う。
エリサは最初から俺の話す情報なんて、鼻にも掛けていなかったんだ。だから、適当に喋らせてあとは自分で確かめるつもりだった。なのに、俺はうまくミニス達から注意を逸らせることができると思って……
「そ、そんなに大事な手紙なのか? 」
「ん?」
既にドアノブに手を掛け、部屋を出ようとしていたケニーとエリサの背中にカジは、根性で体を起こし、問いかけた。
その真剣な声色に思わずケニーの手も止まる。
「あんた、まだ起き上がるのは早……」
「うるせぇ。こんなのは屁でもねぇんだよ。それよりも聞きたいんだ。あの、リッツ王子の手紙のことをよ」
そう聞くとケニーは眉をひそめ、エリサの方を見た。すると、エリサも
「リッツ王子……そのことはラースで聞いたのかしらね?」
とその言葉に足を止め、振り返る。
「そんなことは知らねぇよ。それよりも、答えてくれ。あんたらは、その手紙を手に入れてどうする気だ? リッツ王子はどんな手紙をなんの理由があってショットなんかに送ったんだ? 頼む、教えてくれ」
「……それを知ってどうするの?」
「どうするもなにもねぇ。ねぇけどよ、俺は帝国が戦争を始めようとしてるなら反対だ。だから、俺はその手紙が何かのきっかけになっちまうもので、あんたらがそれを回収し、処分しようというなら、二人を探すのにも協力する。だがな。もしあんたらが、その手紙を使って戦争を起こそうというのなら……」
「今ここで、俺が全力で食い止める」
カジはそう言うと、痛む傷を抑えながら、ゆっくりとベッドから降りた。
ベッドから降りて初めて気がついたが、カジの体にはいくつも管やコードが取り付けられていた。
それを痛そうな顔をしてケニーは見、平然とした顔でエリサは眺める。
「その体でか?」
エリサは聞いた。それにカジは
「ああ」
と言う。
それを聞いたエリサは、ふーっと、短くため息をついた。
「そうか。私も随分ナメられたものだな」
「た、大尉。ここは落ち着きましょう。あいつはきっと、まだちょっと頭が混乱してるんですよ」
「バカ野郎、俺様は混乱なんてしてねぇ。真剣に言ってるんだ」
ケニーはエリサを必死でなだめた。
しかし、エリサは別に怒ってなどいなかった。だから、カジの前まで進み、
「ここだけの話だがな」
と唐突に切り出した。そして、
「もう戦争は誰にも止められない。私も、もはや止めるつもりはない 」
そうきっぱりと言った。
「……なっ」
その言葉にカジは絶句し、ケニーは悲しそうな表情を隠すように顔を伏せる。
しかし、カジにはそんなケニーの様子など目に入る余裕はなかった。
カジは信じたくなかったのだ。
祖国が、自分も所属し誇りに思っていた帝国軍が、本当にそんな選択するなどと。
到底信じられなかった。
「な、なんでだ!? 理由は!?」
カジは絞り出すように聞く。そして、エリサの方へと一歩近づいた。しかし、エリサは退く様子もなく、
「今の世界を、アストリア中心の世界からボールバル中心の世界に変えるためよ」
と言った。
「な、なんだ? ……そりゃ?」
カジは考えた。でも、それにどんな意味があるのか、さっぱりわからなかった。
「そんなの、なんだっていいだろ。アストリアが何をしたっていうんだ? このままでもいいだろ?」
「説明しても仕方がないからしないが、色々とやってきたんだ。だから、このままではよくない」
「色々って……そんなこと言ったらボートバルだって、過去には色々としてきただろうがっ」
「比べ物にならない」
「ちっ、知らねぇよ。知らねぇけど、でも、今は違うだろ! 」
「今はな。だが、また直に始まるかもしれない。奴が現れたからな」
「奴?」
「ジース・ショットのことだ」
そこでカジは言い争いを止めた。
ショット。
ショットがどうしたっていうんだ?
「た、確かにあいつはイカれた危ないやつかもしれねぇが、たかが一人だろ? あいつさえ何とかすればいいじゃねぇか。それこそ、あんたら第1空団が出向けば、すぐにでも……」
「残念だが、そういう問題でもないのだ」
エリサはカジの言葉を遮った。そして、
「…まぁ、いい。これ以上、お前に教えることは何もない。手紙がないなら見つけるまでだ。それに、見つからなければ、それでもいい。お前はそこで大人しく寝ていろ」
と言った。その顔には先ほどまでは見られなかった殺気が満ちていた。まるで、ここが戦場に変わったかのような変貌ぶりだ。
「お、おいっ…ちょっと待てよ、まだ話がっ」
カジがそう言ってエリサを追いかけようとすると、ケニーが割って入り、カジの耳元で
「あんた、本当にバカね。せっかく拾った命、ここで捨てる気なの?」
と言った。
その言葉で、カジは少し冷静さを取り戻す。が、しかしっ……
「ふっ、悔しければお前も我々に加わるといい。この世界の本当の姿を拝めるかもしれんぞ」
エリサはなおも言った。
でも、カジの耳にはその言葉の半分も入ってこなかった。それは
「……へっ、何と言おうと、どんな理由や屁理屈を並べようと、結局やることは戦争なんだろ?」
と思ったからだ。
だからカジはそう思った通りにエリサに言った。
しかし、エリサもケニーも理由はわからないが、その言葉には何も答えなかった。いや、答えられなかったのか?
が、
「……この艦は、もうすぐラース近海に着くはずよ」
そう言って沈黙を破ったのは、やはりエリサだった。
そして、どこからか新聞を取り出し、カジへ放る。カジは落としそうになりながらもそれを受け取り、第一面を見た。そして
「あっ!」
と声を上げたかと思うと、夢中で読み耽った。そんな様子を見ながらエリサは解説する。
「それは3日前の朝刊よ。そして、読んでの通り、バルムヘイム・アリは、あの時の私の誘いに乗ってこなかった。だからこの艦はラースに向かうことにした。もう開戦の理由なんてどうでもよくなったのよ。直接攻撃を仕掛け、無理矢理に戦端を開く。それが国の決定よ」
と。
「………」
カジは言葉もなくそれを聞き、新聞を睨んだ。そして、なぜ? なぜ、グランダンなんだ? と思う。
「グランダンを先に落とし、拠点とするのがアストリア攻略のためのセオリーらしいわよ。ふっ、どっかの博学なお坊ちゃんが、古文書を読み耽りながら、そう言っていたわ」
そんなカジの心を読んだかのように、エリサは付け加える。
でもだ。
でも、まだカジには多くの疑問が残っていて、それが頭の中をぐるぐると回った。
「……なんでだ…なんで、そこまでして、ボートバルはアストリアを? ……それに、国王や王子や軍のお偉方は何にそんなに執着して…?」
ショットのことだけではない気がした。そんなのは、口実に過ぎないかもしれない。じゃあ……? その鍵はどこに?
まさか…………例の手紙に?
と、思っていた、その時。
バシュンッ
という小さな破裂音のような音と共に、突然、唐突に、部屋の電気が消え、辺り一面真っ暗になってしまったのである。
「えっ?」
「ん?」
「あ?」
驚く三人。当たり前だが、ここに採光窓などない。 光もない。海底だ。電気が消えると、あっという間に視界はゼロになってしまう。
「な、なんだ? どういうことだ?」
エリサが言った。
カジは初めて動揺したエリサの声を聞いた気がした。
すると今度は
ズズーーーン
と、いう鈍い音と共に、機体が激しく揺れ始める。
「キャッ」
ケニーは言い、横に倒れた。
カジもその揺れに耐えられるはずもなく、その場に倒れ込む。どうやら、機体が海の底か何かに当たったようだ。と、いうことは機械トラブルか? カジはなんとなくだがそう思った。
しかし、この事態にカジほど脳天気に考えてはいられないのか、エリサは必死に非常灯を探している。その雰囲気を感じて、なんだか、思ったよりもかなりヤバイ状態らしいな、とカジは思う。
「……くっ、まさか…あり得ない。こんなことがっ……」
エリサは呟きながら、壁際を探す。と、すると突然ドアが開き、非常灯を持ったショートカットの女海兵が部屋に入ってきた。
「大尉っ、御無事で!?」
「ノノッ! 助かった。これはどういうことだ?」
エリサはそのノノと呼ばれた海兵が現れるなり、そう聞いた。しかし、海兵は
「いえ、私もすぐにここに駆けつけましたので状況はよく……」
と、何も知らないらしい。
「じゃあ、イズミに連絡をすればいいんじゃない? あなたの持ってる無線なら使えるはずよ?」
そう言ったのは、この部屋の非常灯を発見し、手に持ったケニーだった。すると、ノノはそうか! そうですねっ、と言いすぐに無線を使う。そして、それを求められるままエリサに手渡した。
カジはそんな三人の様子を蚊帳の外のような気持ちで見守る。
「……なんだかなぁ。妙なことになっちまったぞ…」
そうカジは思い、ベッドに座る。そして、ふと自分の体に付けられている色々な管を見て、
「そういえば、停電したらこの機械も止まるのかな?」
と思う。どうやら他人ごとではないらしいと、その時ようやくカジは気がついた。
そんなことを考え、カジが機械を眺めていると
「なんだとっ!? そんなこと、あるはずないっ! システムが乗っ取られたなどと……」
と言うエリサの叫び声が聞こえてきた。
システム? 乗っ取られた?
相変わらず、わけがわからない。そんなことより、早く停電をなんとかしてもらわないと。
でなければ、自分の命が危ないのだ。
が、そんなカジの願いも虚しく、三人はカジの存在など忘れてしまったかのように、部屋から走り去って行ってしまった。
「あっ……」
そうして、ひとり真っ暗な部屋に取り残されたカジ。
こうしていると、ここが海の底だと肌で感じられる気がした。そして、
「あーあ、これじゃあ戦争どころじゃないだろうなぁ」
と、なぜかひどく可笑しく思い、ニヤッと笑う。
笑うとカジはベッドに横になり、目を瞑った。




