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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
59/136

アスカ遺跡 1

「ミニスさんの持ってるそれ、何?」


「ん?」

向かいに座っているキミがそう聞いてきたので、ミニスは車窓を眺めていた目線を手元に落とした。確かに、ミニスは右手に小さな紙袋を持っていたのだ。


「ああ、これね。これはアストリアではよくあるナッツの粉でできたクッキーよ。私、甘いものは苦手なんだけど、これは塩気があって、あんまり甘くないから美味しいのよ。食べる?」

そう言ってミニスが袋をかざすと、キミは

「うん」

と即答し、袋を受け取る。

そして、まじまじと中身を観察したあと、ひとつをつまみ出し、パクっと食べた。

すると、キミはしっかり味わってから「ふふ」と満足げに笑みをこぼす。


ミニスはその様子を頬杖をつきながら、呆れた目で見ていた。

「ほんと、この子はお菓子が好きね」と。

そうして、キミが美味しそうに2個、3個とクッキーを食べるのを見守ると、ミニスはまた目線を車窓の外に戻す。きっと、あのクッキーが自分の所に戻ってくることはないだろう。たぶんキミには、これはミニスのだから残りは返さないと、とか、そんなことはもう頭にないはずだ。まぁ、全然構わないのだけれど。


「しかし……こうしていると本当にただの可愛い女の子よね。とても、あんな迫力がある子だなんて思えないわ」


ミニスは車窓の外を流れる、のどかな田園風景を眺めながらそう思った。


今朝初めて会った時から、現在に至るまでの十時間あまり、キミはミニス達の前で常に厳しく、ピリピリとした感じで振る舞っていた。

それは状況が状況だったからだ。

キミの保護者(キミは友達だと言っていたが)であるラシェット・クロードが捕まり、これから先、彼はどうなるのか。また、キミ自身もこれからどうしたらいいのか、全然わかっていなかったという不安定な状況。そこからくる危機感が彼女をあんなふうにしていたのだろう。


それが、たとえどんな形であれ解決され、今後の見通しが立ったことで、ようやくキミも本来の年相応の女の子らしさを見せてくれるようになったということか。


「ま、なんにせよ落ち込んでないみたいでよかったわ。それに、向こうから話しかけてくれるってことは、ちょっとは私のことも信頼してくれているみたいだし」

ミニスは窓ガラスに映る自分の顔とキミの顔を見比べながら、そう考える。とりあえず今はそう思っておく他ないと。なにせ、今ここには彼女ら二人しかいないし、これから先しばらくは二人で行動しなければならないのだから。


「それにしても……いくら考えがあるとはいえ、何をどう思ったらこんな危ないことを、キミさんみたいな年端も行かない女の子に頼めるわけ? ラシェットさんは。……まったく、リー少尉のご友人じゃなかったら、私が思い切り蹴っ飛ばしてやってるところだわ」


ミニスはキミから聞かされた事情を思い出しながら、心の中でラシェットに対する不満を漏らした。そして、それは常識的な考え方からすれば、至極もっともなことだとミニスは思っていたが、キミは違うのだった。

キミはラシェットの頼み事を絶対に聞いてあげたい、引き受けるのだと言って聞かなかったのだ。

あれだけ危険な目に遭っておきながら。

そして、それをミニスも、その時はまだその場にいたカジも止めることはできなかった。それはそうだ。誰だってあんな真剣な目をされたら止めることなんてできない。でも、さすがにこのまま無策で、その提案を受け入れることは二人はしなかった。だから、なんとかして、この人数でもできるギリギリの策を考え出した。


その策のひとつがまずリーだ。それは敵の規模の大きさと、戦力を鑑みてカジが提案した。これから先はいくら何でも三人では分が悪すぎる。だから、ここはもう一度リーに頼ろうと。

具体的に言えばミニスとキミ、そしてカジの二手に分かれ、カジの方がコスモのリーの所に会いに行き応援を求めるというものだった。二手に別れることで一時的に危険性は増すことになるが、敵の規模を考えればどちらも同じことだ。それに、あのショットと改めて対峙してみて二人は、リーの知恵がやっぱり必要だと感じたのだ。あと、リーに会えればラシェットのことも伝えられる。ラシェットのことを聞けば必ずやリーが何かしら動いてくれるはずだ。二人はそういう時に頼りになる上司の性格をよく知っていた。

 

次に考えた策が、サマルの手紙に沿って行動するということだ。

これはキミが最初提案したが、その後にまた三人でじっくり考え、推測した上で決めたものだった。

サマルの手紙の内容は秘密だとキミはラシェットから言われていたが、あの時ラシェットがキミにサマル捜索のお願いをしたということは、この二人には話してもいいということだとキミは判断した。そして、その内容を二人に教え、話し合った結果、きっとラシェットはショットにサマルの手紙を奪われなかったのではないかという結論に至った。だから、キミにサマルの捜索を任せた。その方が手紙の内容を知られていない分、行動が予測され難く、かえって安全なはずだと、ラシェットはそう判断したに違いないと。


二つともあまり積極的でないかつ、策とも言えないものだったが、今の三人にはそれくらいしかできることが思い浮かばなかった。

二人は一瞬、祖国ボートバルに頼ろうとも思ったが、どうも最近の軍はきな臭くてしょうがない。それにリーの部下とあっては話も通らないだろうと思いやめた。

それを悲しく思いながらもカジとミニスは、本当に久しぶりに別行動をすることになったのだ。


カジは単車でミニス達を駅まで送った後、港町を目指し猛スピードで元来た道を去って行った。その後ろ姿をミニスは何だか不思議な気持ちで見送った。寂しいでも、切ないでもなく、何とも不思議な感情で。


「……うまくやれてるかな……バカジのやつ……」


思わずそんな声が漏れたのでミニスはドキッとしてしまう。

そして、聞かれたのではないかと、慌てて向かいの席のキミを見る。しかし、キミはお菓子の袋を手に持ったまますーすーと静かな寝息をたて眠ってしまっていた。

それを見てミニスはホッと胸を撫で下ろす。そして、その可愛らしい寝顔に微笑すると、寝台から毛布を持ってきてキミにかけてあげた。こうしていると、本当に天使のような顔をしているなとミニスは思う。


「無理もないわ……昨夜からずっと気を張り詰めて起きていたんだもの」


その顔を見ながらミニスは、今日一日に起きた不思議な出来事の数々を、まるで遠い日の出来事のように思い出す。キミにも、もっとずっと昔にどこかで会っていたような、そんな気もする……なぜだろう。


ミニスはまた、車窓から外を見た。もうすぐ夕焼けになるはずの外を。


サウストリアを出発し、アスカ遺跡の近郊の町、アランまで向かうこの寝台列車は今夜中ずっと走り続ける。到着は明日の昼過ぎの予定だ。


だからそれまでは、つかの間の休憩だ。「たくさんお休み」とミニスは思った。


ここからは大人の時間。

ミニスは個室の側を通りかかったワゴンを小声で呼び止めて、二人分のお弁当とキミのためのチョコレート、それとグラスワインの白を注文した。


キリッと冷えた白ワインに口をつける。サウストリアのハウスワインだというが悪くなかった。なんだか、気候にも景色にも合っている気がした。


空は赤く、青く、暗く、染まっていく。だんだんと、だが確実に。


本当は毎日こうしてゆっくりと空は変化しているに違いないのだけれど、そんなことは忙しい日々を送っていたらつい忘れて、見えなくなってしまう。それが、仮にもこんな国外での任務中に思い出されるなんて、変なものねとミニスは思わず笑いそうになった。

目の前を通り過ぎていく糸杉の防砂林の緑も夜に染まりつつある。そして、先ほどから町というものがまるで見当たらない。見えるのはひたすら暗くなっていく緑ばかりだ。


「こうやって、人が住んでいない土地なんてたくさんあるのに、なんで戦争までして、わざわざ人の住んでいる土地を奪い合おうとするのかしら?」


ミニスはお弁当の蓋を開けながら思った。

それは今の自国のことであり、ミニスの知る限りの歴史のことでもあった。


でも、もしかしたら、ここにも昔は人が住んでいたのかもしれない。


それがどんな事情でこのような緑に没してしまったのかはわかりようもないが、そう考えても何も不思議なことはなかった。

それは一見、ただの無知と想像の産物のようだが、それと同じように、真実だって誰もわからないのだ。

たとえ、そこを掘り返して見たってわからないだろう。結局は、出てきたものから想像するしかないという点では大して変わらないからだ。

あとは解釈の問題が残るのみ。しかし、その解釈だって人により異なる。だから、本当のことなど歴史の闇の中、遠い過去の中だ……。


そう考えるとミニスは余計に辛くなった。

それは今、自国がやろうとしていることが目の前で形を成し、はっきりと見えてしまうからだ。


それは紛れもなく「今」という歴史の一部だった。


だから想像も解釈も出番ではない。見ようと思えば自分で見ることができるし、関わろうと思えば自分も何かしらの形で関わることができるものなのだ。

だから、言い訳などできない。ましてや、ミニスは帝国軍の軍人だ。見て見ぬ振りをしては、ただこの車窓の緑を車内から眺めているのと、なにも変わらないではないか……


そんな気持ちがあったからこそ、ミニスはカジと共にリーからのお願い事を受けたのだ。そして、その気持ちはリーと一緒にセント・ボートバルで調べものをしている時から、むくむくと育っていたものだ。なぜなら、そこで集めた資料からは、着実に戦争への足固めを進める帝国の姿が透けて見えていたからだ。


そこまで考えてミニスはまたワインを飲む。


しかし、そう思い引き受けた任務は現在、思わぬ方向へ向かいつつある。


肝心のラシェット・クロードとは接触できず、回収予定だった手紙も所在不明。代わりに13歳の「守人」だと自称する謎の力を持った少女と、ラシェットの友人であるサマル氏を探すために行動を共にすることになった。そして今、これまたよくわからない遺跡に調査に向かっているという……


「ほんと、お笑いだわね」

ミニスは苦笑した。

でもそう思う一方で、そのことが何か悪い方向へ向かっているという気は、全然しなかった。


むしろ、このまま成り行きに任せてみるのもいいのではないかとミニスは思っていた。

キミとラシェットの向かう方へこのままついて行ってみようかと。その先にこそ、もしかしたら帝国の起こそうとしていること、その暗部に繋がる道があるのかもしれない。


「結局、ラシェットさんとは直接会えなかったけど……少なくともこのキミさんには、どこか「この子は真っ直ぐに歩んでいるのだ」と、人に思わせる力がある……」


そうミニスはお弁当のおかずを食べながら考える。


大人の私が情けないことだけれど、だからこそ、この子についていってみようと思う。

そして、側にいてあげようとも。

たぶん、そうするべきなんだわ。こういう子だけれど、この子にも絶対に大人が必要で、きっと、ラシェットさんもそう思っていたからこそ、一緒に行動していたに違いないんだから。


ミニスはキミを見ながらそんな感情を持った。


それは、やはりラシェットと同じく親のような気持ちだったが、ミニスはそのことにはまだあまり、気づいていなかった。


そんなふうにして、景色を眺めながらお弁当を食べ、ワインを飲んでいると、やがてキミが目を覚ました。だから、ミニスはおはようと言い、お腹が減ったでしょと、お弁当を勧めたのだが、キミは

「私はチョコがいい」

と言うから、さすがにミニスも怒って

「ダーメ。ちゃんとご飯も食べなさい?じゃないと、体力つかないわよ。チョコはご飯を食べ終わったあと」

と言った。

それをキミは「はーい」と言って渋々受け入れ、お弁当を食べた。そうして二人でちゃんと食事をしたあと、キミはチョコレートを、ミニスは今度は赤ワインを飲み、洗面所で歯を磨いたあと布団に入った。


寝台は二段ベッドのように上下に分かれていた。二人はそこに、キミは上に、ミニスは下の段にそれぞれ横になる。そうして、二人は寝る前に少しおしゃべりをした。

それは取り留めもない話で、ラシェットとキミが出会った砂漠での話やラースでの買い物の話、キミが興味を持ったボートバルの学校の話はミニスが聞かせてあげた。そして、その話がやがてミニスの恋の話になり、キミが「ミニスさんはカジさんのことが好きなの?」と唐突に聞くと、ミニスは「さすがのキミちゃんにも、まだ女心がわからないのね」と言い、初めてキミをちゃん付けにして子供扱いしたから、それがキミは何だかくすぐったくて、まるで自分にお姉さんができたみたいだと感じた。そんなことを思いながら、布団に潜り、話の続きを考えていたら、キミはいつの間にか眠ってしまっていた。


そうやって寝てしまうまでキミは、今日は嫌なことがあったから、きっと嫌な夢を見るのだろうなと思っていたが、実際はそうはならなくて、朝までぐっすりと眠った。

むしろ、薄暗い部屋の中でいつまでも寝つけなかったのはミニスの方だった……



翌日。


「アラン駅ー。アラン駅ー。こちらが終着です。ご利用ありがとうございました。こちらはアラン、アラン駅。終着です……」


列車は予定通り、昼過ぎに終着駅であるアランに到着した。


かなりの長旅だったが、二人はそれぞれの事情でそういったことにはもう慣れっこになっていたから、疲れは大して感じなかった。


二人は部屋に忘れ物がないか、もう一度チェックをし、荷物を持つと個室をあとにする。そして、列車から出る時にはミニスが先に顔を出して、一応周りに敵がいないか見渡した。

しかし、幸いなことに敵らしき人物は見当たらなかった。同じようにあまり立派とは言えないアランの駅舎から出る時にも、ミニスはよく見渡して確認したが、それらしい影はひとつもない。

まぁ、いないに越したことはないのだが、こう順調に進むとかえって気味が悪いのは、もう職業病としか言いようがなかった。まして、そんなミニスの様子をのほほんと眺めながら、まだ欠伸をしているキミを見ると余計にそう思われて仕方がない。なんだか、こんなに警戒している自分がバカらしくも思えてきた。


「いや、でもそういった油断が命取りになる時もあるんだから。用心するに越したことはないわ」


ミニスはそう自分を励ましつつ

「さ、とりあえず追手はいないみたいだけど、これからどうする?まずは遺跡について聞き込みでもしてみる?」

と、キミに聞いた。

「そうね。ひとまずそうしましょ。観光局にいけばわかるかしら?」


そう言い合うと二人はアランの町役場に歩いて行ったのだが、そこで意外にもあっさりと、アスカ遺跡の場所はわかった。

肉食の野生動物も多く出る、草原の真ん中にある遺跡なので、観光地化こそされていないものの、地元の小学校の教科書にも載っているほど、有名な遺跡だったのである。

それについてミニスは

「そんなに有名な遺跡に、何かまだ知られていない謎とか重要な秘密が残されているなんて、本当にあり得るのかしら?」

と疑問を口にしたがキミは


「ま、そういうこともあるわよ。昔の文明があった所、その全部が全部、秘境に没してしまったわけじゃないんだから」


と、何かわけ知りそうなことを言う。それをミニスは興味深く聞いたが、きっと今はそれ以上聞いても意味がないと思ったので、あえて何も言わないことにした。


アスカ遺跡にはこの町から車で行くのが一番安全で早いということだった。

だからこの町を拠点とし、遺跡にはレンタルした車で通うことに決めると、早速二人は宿と車を確保した。

ミニスのそういった行動はさすがに早かった。すばやい拠点決めや、備品や移動手段の確保、それらは諜報部にとっては必須のスキルだったからだ。


さらには町の区画や、周囲の地形も地図を買って把握する。いざという時の逃げ道を予め設定しておくためだ。そうしておけば、迷うことなく行動できる。


そこまでの作業をホテルの部屋で済ませると、ミニスは愛機のサブマシンガンの分解、清掃を始めた。昨日は時間がなくてできなかったから、今日は入念に行う。こういった細かいことが武器の命中精度に直結するからだ。

カジはミニスが何回このことを言っても、まるで聞く耳を持たなかった。だからバカなのよね、とミニスがまたカジのことを考えているとキミが

「ねぇ、まだ時間あるでしょ?シャワー浴びてもいい?」

と言ったから

「あ、ええ。そうだったわね。もちろんいいわよ。私も浴びたいし、先に入って頂戴」

と、作業する手を止め、ミニスは答える。

するとキミは

「はーい」

といってお風呂場に消えていった。



「さて、じゃあ行くわよ」

「うん、行きましょう」

シャワーを浴び、荷物の整理も済ませると、二人は車に乗り込んだ。

時刻は午後13時50分。遺跡に行って帰って来るにはギリギリの時間だ。

しかし、二人は明日になるのを待ってはいられなかった。ひと目だけでもいいからその遺跡を見ておきたかったのである。本当はその場でテントでも張って泊りたかったが、野生動物が出るというのでは無理はできない。今日はやはりちらっと見て帰ってくることになるだろう。でも、それでもよかったのだ。


地図は用意してあった。道も看板も途中まではあるらしい。しかしそこから先は微かな車の轍があるのみということだ。だから

「なんとか、暗くなる前に草原は出ないとね」

とミニスは改めて口に出し、確認した。


二人が借りた車は四輪駆動のオフロード車だった。とても女の子が二人で乗るような車ではない。店員さんも驚いていたが、アスカ遺跡に行きたいのだというと納得してくれた。やはり時々だがそういう人がいるらしい。最近では一年くらい前に同じ目的で車を借りた人がいたと言っていた。


ミニスはさすがに運転も手慣れたものだった。キミが聞いたら、ボートバルでも自分の車にいつも乗っているのだと教えてくれた。

「どんな車なの?」

「ん?別に、普通のコスモ重工製の車よ。私達、そんなにお給料よくないもの」

石畳で舗装されている道路は町の本当に中心部だけで、あとは未舗装の土の道路だった。だから車が通る度に乾いた砂埃が勢いよく舞う。でも、それだってまだマシな方だったのだと、その一時間後、道が途切れたところで二人は気づかされた。そこからはもう草原の中を突っ切るようにして進むしかないのだ。

でも、目印なんて何もない。轍があると観光局の人やホテルの人は言っていたが、それもしばらく人が行っていないためなのか、すっかり伸びた草に覆い隠されてしまっている。

「ふーっ、困ったわねぇ……」

とミニスは言い、サングラスの下の目をゴシゴシとこすっていると、キミが

「あっ」

と言って、何やらバックを漁り始めた。


そうして、取り出したのはひとつのコンパスだった。


「これ、ラシェットのだけど。役に立つかしら?」

それはラシェットが置いていった荷物の中に入っていたコンパスだった。それをキミは持ち歩いていたのだ。

「ええ!もちろん役に立つわ。これがあればなんとかなるわね」

「ふふ、よかった」

キミはほっとして笑う。

「じゃあ、これ、ちょっとお借りするわね」

そう言うとミニスはキミの手からラシェットのコンパスを受け取り、地図の上に重ね合わせる。

「よしっ、これでとりあえず行ってみるわね。あとはこの地図が正確なことを祈りましょ。それでダメだったら、今日は引き返すわ。いいわね?」

ミニスがギアを入れ換えながらながら言うとキミは、うんと力強く頷く。

それを見たミニスはニッと笑い、車を思い切り発進させた。


草原は本当にどこまでも続くようだった。

視線の彼方、地平線も丸みを帯びて見える。そして、確かにそこにはたくさんの動物がいた。キミの見たことのない馬や牛や鹿の仲間、よくわからない首の長い動物もいた。それらの動物は群れを成し、皆で走ったり、寝転んだり、一心不乱に草を食んだりしている。そして、どの動物たちもキミ達の車を見て驚くことはなかった。皆一様にこちらを見るが、平気でのんびりしているのである。それが何だかキミには楽しかった。そして、そんな動物たちが砂漠に残してきたケムとローを思い出させた。でも、悲しくはない。だって、あの子達ならきっとうまくやっているはずだもの。キミはそう思いながら、初めて見る景色と、草原の空気を噛み締める。


「ねぇ、ミニスさん」

ミニスが真っ直ぐ前を見据え、運転しているとキミが聞いてきた。

「ん?なぁに?」

「なんでミニスさんは諜報部員になったの?」

その突然の質問にミニスはちょっと考える。でも、何も思い浮かばなかった。

「さぁね、なんでかしら。もう覚えてないわ。たぶん、ちょっとカッコいいかもって思ったんじゃない?」

「ふーん、カッコいいの?」

その言葉にミニスはガクッとする。

「やっぱり、カッコ悪いかしら?」

「ううん、ミニスさんはカッコいいと思う」

「ふふ、ありがとう」

ほっとして、ミニスは笑う。そして、気になったから

「でも……なんでそんなことを?」

とキミに聞いた。しかし、キミの返事は

「うーん、わかんない。ただ、なんとなく……」

と言っただけだった。だからそれを聞いてミニスも

「そっか」

とだけ優しく言った。


そうやって、どのくらい走っただろうか。

太陽はもう空の頂点を越えていた。そんな時


「お、見えたわね。きっとあれだわ」


とミニスが言ったので、キミは立ち上がって前を見た。

「あっ、ほんとだっ!」

それを発見して思わず声が出る。


それはこの何もない草原にはいささか不釣り合いな巨大石でできた建造物だった。

元はもっと大きなものだったのだろうが、遠くから見る限りでも半分以上は崩れてしまっている。そして、その崩れてしまったところの隙間からは木が生え、根が張り、草が繁って、すっかり見る影もなくなってしまっている。


「ふーん、思ったよりひどいわね……あんなんで本当に中に入れたりするわけ?」

ミニスがそう言うと、キミは

「でも、サマルさん達はあそこで調査をしたんだから、何かしら入れる所があるはずだわ。早く、近くまで行って、見てみましょ」

と答えた。


遺跡は間近で見るともっと大きく見えたが、もっとさびれても見えた。

二人は車を停め、降りる。野生動物には気をつけなければいけないので、ミニスはマシンガンを肩から掛けたままにしていた。

「これが……アスカ遺跡……」

半信半疑でここまで来たミニスも、さすがに初めて見るこの巨大な遺跡には畏怖の念を感じずにはいられなかった。でも、一方のキミはというと臆することなく、キョロキョロと周囲を見渡し、遺跡の入口を探している。

「あっ、ちょっとあんまり離れないで!虎とか狼とか出てきたらどうするの!?」

ミニスはそう大声で注意したが、キミの耳には入っていないようで、まだずんずんと奥の方へ行ってしまう。

「ああ、もうっ」

それをミニスは急いで追った。


「ねぇ、ちょっとキミちゃん?離れないでって言って……」


ミニスがぐるっと回り込んで追いつくと、そこには驚くべき数の石に彫られた細密なレリーフとそれを見上げるようにして佇むキミの姿があった。


「うわ…見事なものね……」

ミニスはキミの横に並び、思わずそう漏らす。

そのレリーフは半分くらいは壊れてしまっていたり、風化によって見えなくなってしまったりしていたが、残りの半分の保存状態は良いように思えた。そこに彫られた人物や動物、そして文字は今でもはっきりと見ることができる。文字は何が書いてあるのかさっぱりわからなかったが、絵の方はなんとなく雰囲気で感じるところがある。

「これは……何かの神話かしら……?」

ミニスがそんな感想を持ち、考えるために腕を組んで、レリーフのある壁にもう一歩近づこうとした、その時。


「誰だ。そこで何をやっている?」


と、背後から男の声が聞こえた。


それに驚き、キミとミニスは後ろを振り返る。

しかし、ミニスにはその声に聞き覚えがあったので、恐怖はなかった。

まさかとは思ったけれど、だとしたらここにいても全然不思議ではないと思ったのだ。


そして、振り返って見てみると、やはりそうだった。

そこに立っていたのは長身で、金髪の長い髪を後ろで結き、手にランタンを持ったグリーンの瞳の男。

ひと目でわかった。


「ナ、ナーウッドさん!?」


「ん?ミ、ミニス……さん?なぜここに?」


そう。そこに立っていたのは、一昨日別れたはずのナーウッド・ロックマンだった。


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