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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
55/136

予兆 2

その時、カシムは船内入ってすぐの共用トイレの前で、腕を組み、壁に寄りかかり、静かに目を閉じてケニーの帰りを待っていた。


廊下はとても静かだった。乗客はほとんど部屋にいるらしく、あまりここを通らないし、遠くの方を歩く僅かな足音も足元に敷かれたカーペットに吸い込まれてしまうため、やたらとシーンとしている。ただ、電気だけは煌々と灯り、外からの光も相俟って廊下は非常に明るかった。


そんな中で一人佇むカシム。


寝ているわけではない。

彼にはそうやって意識を集中させる癖があったのだ。彼の頭の中はいつも任務のことでいっぱいだった。


なぜなら、辛い過去を持つ彼にとって、今やそれが唯一の存在意義だと思っていたからである。


「……遅いな。しかし、見に行くわけにもいかないからな」


カシムは考える。

その疑問について。また、それに付随するあらゆる危険性、可能性について。

しかし、今この場にどんな危険性があるというのだろうか?カシムには適当な想定が思い浮かばなかった。

カシムは想定できないことは全て「偶発性」というカテゴリーに押し込めることにしている。

具体的に想定できないことを、頭に押し込めるというのも妙な話だが、そうやって一度考え、自分の中に落とし込むことによって、どんなことが起きても臨機応変に対応しようとする、いわば任務に当たる際の彼の心構えのようなものだった。


目の前を男が通り過ぎ、廊下には、また誰もいなくなった。

片目を開け、周りを再度警戒しながらカシムが

「……やはり、男子トイレに案内し、俺も一緒に中について行くべきだったか?」

と改めて考えを巡らせていた、


その時だった。


ズゥドォォーンッ!!


と突然、凄まじい爆発音がし、船体が激しく揺れたのだ。


「なっ!」


さすがのカシムもあまりの唐突な出来事に、壁に強く背中を打ちつけ、思わず床に手をつく。しかし、次の瞬間には冷静にその爆発音が小型の爆弾による「爆破音」であると察し、音のした方向は下。つまり、船底の貨物室かボイラー室だと知る。そして、この規模の爆弾なら確実に船底には穴が空いただろうこと、さらにはこのままではおよそ一時間程で、この船は完全に沈没してしまうであろうことなども同時に理解した。


「ちっ!しまった……」


まだまだ考えたいことは沢山あったが、カシムは素早く立ちがると、腰から愛用のオートマチックを抜き、すぐさまトイレに突入する。

その行動になんら躊躇いなどなかった。

後悔するのもまだ早い。自分にはまだできることがあると瞬時に判断し、扉を蹴り開けたのだが……それでも遅かった。


扉を開けたそこには、既に見慣れないブロンドの女が立っていて、こちらに向け銃を構えていたからだ。


「くっ……」

それを視界に入れるや、素早く横に飛び、壁に隠れるカシム。その行動と、女の発砲はほぼ同時だった。カシムの隠れた壁に撃ち込まれる弾丸。間一髪だった。難を逃れたカシムはそこから銃を出し、発砲。牽制にはなったみたいだが、手応えはなかった。敵も物陰に隠れ、こちらに向かい銃を撃ってきている。


「くそっ!ぬかった……まさか、この船内に既に増援がいたとはっ」

時折、牽制射撃をし、素早く弾倉を替えながらカシムは吐き捨てる。

「しかし……なぜケニー軍曹がこの船に乗ることがわかった?それに、どうやってこの船に乗り込み、あまつさえ武器まで持ち込んだんだっ!くっ…」

壁に弾丸が撃ち込まれる度に、その欠片や埃が飛んできた。それをカシムは首をすくめてやり過ごし、また牽制をしようとすると、今度は


コロコロコロ


と、丸型の手榴弾がすぐ足元に転がされてきた。

「なっ!」

声を出すのも惜しいくらいに、カシムは急いでトイレから脱出する。


ボカァーン!!


その脱出と爆発もほぼ同時。またもや間一髪だった。

退避したにも関わらず皮膚は熱でチリチリし、視界は煙でほとんどきかない。壁は黒焦げだ。


「ええいっ!」

カシムは悔しそうに言う。

彼は負けてはいないものの、完全にあの女の後手に回っていると感じたからだ。しかも、この廊下には身を隠す場所が何もない。これでは良い的だ。しかし、ここを引けばみすみす敵を逃がすことにもなる……


が、そう考えている暇さえ女は与えてくれなかった。まだ視界の回復していない煙の中から女が正確にカシムに向け発砲してきたからだ。

カシムは迷っている場合ではなくなった。

悔しさをグッと堪え、急いで甲板に出る扉へと走る。途中、数回脚や腕を弾丸が掠めたが、気にせずに扉へと飛び込んだ。そして、起き上がるとすぐに反転し、扉の影から発砲。もはやこれくらいしかカシムにできることはなかった。


「この船の船内への出入り口は3つ。こことこの裏と、あと右手にもうひとつ……ここを死守は当然だが、しかし、乗客の救助と誘導も早く始めなければ間に合わなくなる…くっ、どうする!?」


カシムが銃を構えながら、そう考えていると甲板の向こうの方から


「カシムさーんっ!!」

「おーいっ!カシムさんよっ!どうしたんだ、何があった?」


と、言いながら駆け寄ってくる、サーストンとカジの姿が見えた。二人とも状況がわからないせいか、不安そうな顔をし、全力で走っている。

それを見るやカシムは

「こっちへ来るなっ!」

と言い、続けて


「ケニー軍曹の増援が現れた!今のところ一人だが、油断できん!先ほどの爆発もおそらくやつだっ!直にこの船は沈むぞっ!ここは俺に任せて、上等兵達は乗客の避難誘導を優先するんだ!」


と叫んだ。


「な、なんだって!?」

カシムのあまりにも唐突な報告にカジとサーストンは驚き、顔を見合わす。


でも、それを聞いた二人は、まだよくわからなかったが、わからないなりにカシムの必死さだけはちゃんと感じ取り、


「わ、わかりました。それは急がなければ……では、乗客のことは私達にお任せください!」

「ああ、そうだな。任せろ!でも、なんでこの船に増援なんか?それにお前一人で本当に大丈夫なのか?」


とそれぞれ言った。

カシムはそれを聞いてふっと笑い、サーストンには頷き、カジには


「分析は後にする。それと、ここは任せてもらうが、大丈夫かはわからない。でも、時間がないんだ。船員と協力して避難優先で頼む」


と、決意するように言った。だからカジもそれに頷き、

「おう。わかったぜ。でも、無茶はするなよ!目処がついたら戻ってくる!」


と言って、サーストンと二人、他の出入り口や操舵室を目指し、それぞれ走って去っていった。


その後ろ姿を頼もしく思いながら見送り、カシムもよしと頷く。そして、一番の心配事を仲間に任せることができたので、カシムはまた集中し直すように、扉の向こうを睨みつけるようにして見た。


そこにはまだ手榴弾のあげた煙がモクモクと残っていて、奥の方まではよく見渡せなかったが、確かに人の気配がした。


このままここで釘付けに出来ればいいが……


と、僅かな望みを託し、カシムが銃を握りしめていた、その時。

その煙の中から突如、一人の女が走り出てきた。


「ん?」

と思いつつも素早く銃を構えるカシム。しかし、その女はケニーでもあのブロンドの女でもなかった。

走り出てきたのは、ただの避難する乗客だったのだ。

「なにっ?」

銃を下ろし、驚くカシムだったが、その後も次々に、船員に誘導され甲板へと急ぐ乗客が続々と走り出てくる。


そのこと自体は喜ばしいことだっが、カシムは嫌な予感がした。


そう気がつくとすぐに、カシムは乗客を避けながら船内に突入した。しかし、予想した通り、既にそこには、ケニー軍曹の姿もあのブロンドの女の姿もなかった。


「くそっ!俺はバカかっ!」


カシムは悔しさのあまり叫んだ。

そう。あの二人はカシムを甲板まで追い出した後、すぐに他の出入り口を目指し、この場を立ち去ったのである。


「まさか、こんなにもあっさりターゲットを変えるとは……それとも、この船からの脱出を優先させただけで、最初から俺達など振り切れさえすればどうでもいいと?……いや、それよりも、この船からいったいどうやって逃げるつもりだ…方法は?」


カシムは様々なことを考えた。そして、やはり一度戻ってカジとサーストンと合流するべきか、それともこのまま船内で敵を追うべきか迷う。

でも、容易に答えは出なかった。

だから、迷いを抱えたままカシムは船内の奥へと走り出す。

こうするしかないと思われたからだ。あとは走りながら考えようと。


が、4つ目の角を曲がったところで、その判断も間違いだったことに気付かされた。


なぜなら、そこにはあのブロンドの女が、使い捨てのグレネードランチャーを手に、立っていたからである。


カシムは声にもならない声を出す。


しかし、次の瞬間には女はカシムに向かい、容赦なくグレネードランチャーを放っていた。



ーー「速くっ、速く!こっちだぞ、おいっ!早くしねぇと、船が沈んじまうぞっ!あっ、そこの兄ちゃん達!よかったらよ、ここから出たら救命用のボートを降ろすのを手伝ってやってくれねぇか!人出が足りねぇんだ。詳しいことは船員さんに聞けばわかる、頼んだぞっ!はい、そこっ、立ち止まらないでくれ!あと怪我人がいたら教えろよっ!人を向かわせるから!はいはい、そこも……」


その頃、カジはカシムの指示通り、別の入口付近で避難の誘導をしていた。サーストンには操舵室に向かい、艦内放送の呼びかけと、先ほど出港したばかりのビシュルトへの救助要請をしてもらっている。それが終わったら合流する予定だった。


「ったく、それにしても何がどうなってやがる。ケニーの援軍とあっちゃあ、きっと帝国軍だろ?腐ってもお仲間がこんなことをするとは、思いたくねぇなぁ」


カジは思った。しかし、今この現実を見るとそんな思いにも自信が持てなくなってくる。これは軍用艦ではなく、ただの民間の船なのだ。

これではまるでテロだ。

もし、これで本当にこんなことをした犯人がケニーやその援護に来たボートバル兵だとする証拠でも上がり、世界的に報道されることになれば、それこそ戦争の火種になってしまうに違いない。とても、正気の沙汰とは思えなかった。


「……こんなことをするやつといえば、あの人くらいしか……でも、あの人がこんな所にまで?」


と、カジが乗客を誘導しながら考え事をしていると、通路の奥の方をフードを深々とかぶり、腕を隠すようにパーカーを羽織った女が一人、通り過ぎようとしているのが見えた。

それに気がついたカジは


「おいっ、そこの彼女。あんた腕、大丈夫か?」


と声をかけた。

すると、女はピタッと足を止め、沈黙する。

だからカジもそれを黙って見ていた。もちろん、乗客を誘導する手は止めないでだ。


およそ、10秒の沈黙。


そして、その静寂を、破ったのはやはり女の方からだった。


女は覚悟を決めたらしく、甲板へと全力で走り出す。

カジはそれを「あっ!ちょっ、待ちやがれっ」と言いながら追う。


距離と身長差からして、カジに分があった。走っている途中でフードも取れ、それがケニーであることもすぐにわれた。

「このやろうっ」

「きゃっ」

カジは甲板の中ほどで追いつき、ケニーの腕を掴む。


「おいっ、どこに逃げるつもりだ?あんたにはまだ聞きてぇことが、山ほどあるんだけどな?」 

カジは言った。すると、ケニーはそれよりも腕を掴まれていることを嫌がり、

「嫌だ、離しなさいよバカッ!気安く触んじゃねぇ!」

と暴れだした。だからカジはひとまず

「ああ、もう、わかったよ、離すからよ。だから、あんた、知ってたら教えてくれねぇか?こんなバカみたいなことをしたのは、誰なのかをよ。それと、そいつは今どこにいるのかも」

と持ちかけてみた。しかし、ケニーは


「ふんっ、誰がそんなこと、教えてやるもんですかっ!」


と言うと、急に体を捻って、跳躍した。


「あっ!」

そうカジが言った時には既にケニーはカジの手を逃れ、くるりと宙を舞っていた。

カジはそれを見上げる。

眩しい太陽を背に、緑のワンピースのスカートがひらひらと揺れたが、その素早い身のこなしに、着地点まで目で追うことはできなかった。

「ちっ、軍隊式軟体術かよ……」

と、カジはいち早く振り向くも、それすらも間に合わなく


「はぁっ!」


と、一気に距離を詰めてきていたケニーの掌底をもろに腹に食らってしまった。


「ぐはっ…」

と、倒れかけるカジ。

しかし、ケニーは油断することなく、さらに攻撃を畳み掛ける。

蹴り、突き、掌底。

それを脚や腕、顔などに的確に繰り出す。しかし、カジもさすがにタフさが取り柄で、すぐに持ち直し、最初の攻撃以外は辛うじでガードし続け、致命傷は免れた。


「くっ、女だと思って甘くしちゃいけなかったな。こいつは、第1空団なんだった……」


カジはなんとか凌ぎながらそう思う。

悔しいが片腕を負傷した女にも、接近戦で押されていることは認めざるを得なったからだ。でも、どこか先ほどまでのケニーとは迫力というか、気合の入り方すらも違う気がした。


「こりゃ、どういうことだ?何か気合を入れるようなことでもあったのか?」

そうカジが勘繰っていると、周りに船員達が俄かに集まりだして、なんだ、何事だ? と騒ぎ始めた。


それはそうだ。こんな避難真っ最中の甲板で男と女が殴り合ってたら、注目を集めないわけがない。


それを見たケニーは

「あ?なんだ?見せ物じゃねぇぞ…」

と鬼の形相で言ったのだが、カジはもっといい事を思いついて


「こいつだっ!この女がこの船を爆破した、張本人なんだ!」


と、ケニーを指差しながら叫んだ。


「なっ、はぁ?」

そのとんでもない言葉に、ケニーは思わず動きを止める。そして

「ちょっ、ちょっと待ってよ!わ、私じゃないわよ!」

と抗議するが、カジが続けて

「いいや、お前だ。俺は見た」

と、堂々と大嘘をついたものだから、船員達は先ほどまで必死に救助活動をしていたカジの言葉を信じてしまった。


「こいつがそうか」

「くそっ、とっ捕まえて、警察に叩き込んでやる」

などと、言いながら取り囲む船員達。どうやら、あっという間に形勢は逆転したらしい。


「ちょっとちょっと、あんた達ねぇ……」


恐る恐る身構えるケニー。さすがの彼女もこの人数相手には太刀打ちできそうになかった。それに下手な抵抗をすれば、本当に犯人だと思われてしまう。まぁ、不本意ながら共犯にはなってしまっているのだが……


「まずいわね……どうしよう」

「ふーっ、よし。これでここはどうにかなりそうだな」


ケニーとカジはそれぞれ、そう思った。

でも、カジはさっきの嘘について、もしこれが本当だったら、ボートバル兵がテロリストだってことになっちまうな……とも思う。しかし、どの道、ボートバル兵が関わっている可能性は高いのだから、確かめる必要はあるなと、思い直すことにした。


「さ、ケニーさんよ。大人しく捕まってくれ。こっちはな、あんたのせいでまだまだ忙しいんだ」


カジがそう言い、ケニーに歩み寄ろうとした時、ふいにケニーを取り囲むその中心に


カランッ、コロコロコロ


と大きな何かが投げ込まれてきた。


「ん?」


船員達は不思議そうにそれを覗き込む。

しかし、ケニーはそれを見るなり、血相を変えて逃げ出したが、血相を変えたのはカジも同じだった。


それはボートバルの軍人ならひと目見ればわかる、特殊装備として支給される大型の手榴弾だったのだ。


「ちっくしょう!」

一目散に逃げ出したケニーには目もくれず、カジは

「爆弾だっ!退避っ!退避しろっ!」

と船員に言いつつも、自分はまっしぐらに手榴弾に突っ込んで行く。

このタイプのものは投げたタイミングにもよるが、爆発まで少しのタイムラグがあるのを知っていたからだ。カジは全力で走り寄る。


「くっ、間に合えっ」


船員達がまだ退避しきれていないのを横目に見ながら、カジは手榴弾のすぐ前まで来るとすかさず、それを誰もいない海の方へ思い切り蹴り飛ばした。


な、なんとか間に合ったか……と思った、その途端に空中で


ボカァァァァーンッ!!!


と爆発。


「キャーッ!」

「うわぁー!」

と、すごい音と熱気に、乗客は悲鳴を上げる。しかし、なんとか最悪の事態だけは免れたらしい。怪我人もいないようだ。


「へへっ、よかった……」

とカジがほっとして、その場に立っていると、


「カジッ!危ないっ!後ろだーっ!」

と今度は叫ぶサーストンの声が聞こえた。


「え?」


カジはその声に反応し振り向く。


と、その次の瞬間、バァァンッ!という鋭い銃声が甲板に鳴り響いた。


バシュッと飛び散る鮮血。


突如としてカジの体に激痛が走った。

また、それと同時に衝撃を受けたカジの体は、崩れ落ちるように前に倒れ始める。


カジは音もなくゆっくりと倒れ込んだ。


何とか起き上がろうと手をつき、下を見ると、自分の腹から血がドクドクと溢れ出してきているのが見てとれた。


「へっ、マ、マジかよ……やってらんねぇなぁ…」


自分の血で染まった手を見てカジは呟く。そこへ

「カジッ!大丈夫かっ!おいっ…」

と言いながらサーストンが駆け寄ってきた。その顔を見てカジは

「サーストン…すまねぇな、ドジったぜ…」

と言う。

それを聞いてサーストンはグッと唇を噛む。

「いいんだ、お前はしゃべるな。おーいっ、救護班!頼む、誰かこいつを見てやってくれっ!できれば、ボートの搭乗も優先させてもらいたいっ、頼む!急いでくれっ!」


サーストンは必死に取り巻きに向かい、叫んだ。すると垣根が崩れ、人が慌ててそれぞれに動き出す。


しかし、サーストンがそう叫んでいるのを見ながらカジは、サーストン越しに別の人物を見ていた。


それは操舵室の屋根の上。

そこに銃を手に立っている女。


肩まで伸ばした綺麗なブロンドの髪の毛を風に靡かせ、茶色の革製のジャンバーを着た彼女は、赤い短いタイトスカートを穿いていた。足元は膝まである黒いロングブーツ。見慣れた軍服姿ではなかったが、私服もそのイメージと雰囲気を色濃く残していたから、遠目からでもすぐにわかった。


「エリサ・ランスロット大尉。第1空団の「バーサーカー」かよ…まさか、本当にこんな所まで来ていたとはな……」

カジが苦しそうに呟くと、サーストンも応急処置をする手を動かしながら頷き

「ああ、分が悪い相手だ」

と、その方角をチラリと見る。

その視界の中ではちょうど、ケニーがエリサの元に合流したところだった。


「も、申し訳ございません。また不覚を取りました……」

隣に着くなり、敬礼をしようとするケニーを手で制し、エリサは

「いいわ。今は負傷してるから大目に見てあげる」

と短く言った。

それにケニーは、はっ! とだけ言って答える。そして、気になったので

「ところで、エリサさんがここにいるということは、カシム軍曹は……」

と聞くと、エリサはきっぱりと


「消したわ。大丈夫、あなたが心配することではないわ」


と言ったから、ケニーはちょっとショックを受けた。


ついさっきまで憎まれ口を叩き合っていたカシムが、もうこの世にいないなど信じられなかった。決して好きになれるタイプではなかったが、悪いやつではなかったのだ。こんなことは軍人をやっていれば慣れっこのはずなのに、今回はなぜかひどく心に堪えた。


「で、どっちなの?」

「え?」


そんなケニーの心など、知ったことではないというふうにエリサはケニーに聞いてきた。


それでやっと、ケニーは我に帰り

「あ、はい。それはどちらがサーストン上等兵かということでありますか?」

と言う。

「そうよ」

それにエリサは簡潔に答える。早く言いなさいと言うふうに。だからケニーは改めて

「はっ、それは今、治療をしている男で、サングラスではない方です」

と答えた。

それを聞いたエリサはふーんと言い、銃の残弾を確かめる。

そして、必死に嫌そうな顔をしないように努めるケニーを気にすることもなく、また銃を構え


「じゃあ、順番は最後になってしまったけれど、さっさとあいつも片付けるわよ。そろそろ艦も到着する頃だから」


と冷徹言い放ち、この任務の内容をケニーに再確認させた。



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