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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
53/136

ラシェットの手紙

私はどうして、こんなところにいるのだろう……


男はそう思っていた。


極度の緊張のため、顔は強張り、気をつけの姿勢をとった体は普段以上にピシッと真っ直ぐ伸びている。

ただでさえ鋭い顔つきをしていて、どこか大型の鳥を思わせる彼の顔は、そのために余計に気難しそうになっている。筋肉質な体つきもその印象に拍車をかけていた。


ここは、グランダン民族連邦国大統領、バルムヘイム・アリの邸宅、それも大統領の私室である。

ボートバル帝国の一介の上等兵に過ぎない彼、ダン・サーストンがあっさりとこんな部屋に通されれば、それは緊張するのも当然だった。

しかも、サーストンのすぐ目の前では、執務机に座り、今サーストンが渡した手紙を熱心に読み耽るバルムヘイム・アリ大統領本人がいるのである。


まさか、自分の人生において、このような場面に出会すなんて……想像すらできなかったな。

と、サーストンはそのことをほんの少しだけ誇らしく思い、またほんの少しだけ、ラシェット・クロードからの頼みを受けたことを後悔していた。


サーストンはラシェットから手紙を受け取った後すぐに、まずは近場であるラースの、この邸宅に向かった。ここに目的の人物、アリ大統領、ナジ大佐、カシム軍曹がいるとラシェットから聞いたからである。


意外なことにも、当初想定していた、黒の軍団からの奇襲はその気配すらなかった。だから、案外あっさりとこの邸宅の前までサーストンはやって来れたのだが、そこからが困ってしまった。

何と言っても、大統領の邸宅なのだ。おいそれと訪ねて行っていいものなのか、サーストンは迷った。そんなことをして怪しまれない保証はないし、ヘタしたらいらぬ疑いをかけられ、捕まるかもしれないぞ、と門前で二の足を踏んでいたのである。


しばらくそんなことをしていたら本当に怪しまれてしまったようで、門前の兵士が、用向きを聞きにやって来た。だから、サーストンはそこでやっと踏ん切りをつけ、用件を伝えた。もちろん、ラシェットの名前を出してだ。すると、それを聞いた兵士は少し考えた後、「ここで待っていろ」と言い残し、邸宅の中へ消えていった。

その待っている間の時間はとても長く感じられた。

なぜなら、ラシェットの名前を出しただけで、本当に一国の大統領と面会できるのかと、今更ながら疑問に思ってしまったからだ。もちろん、リー少尉の友人である人の言葉に嘘はないと信じたい気持ちはある。が、話がちょっと突拍子もないことも、また事実だった。

「……ああ、捕まったら、国で待っている奥さんに何と言おう……」

サーストンはそんなことまで思いながら、ただ直立不動で待った。


そして、10分ほど経った頃、ようやく邸宅から先ほどの兵士ともう一人、年若い兵士が出て来た。近づいてくるとわかったのだが、そのもう一人の兵士は年若いというよりも、むしろまだ少年だと言っていい感じだった。しかし、軍服に付いたバッジを見ると階級は軍曹。しかもその表情は、年齢に似合わず、とても冷静で、有無を言わさぬ雰囲気を持っていた。

そのアンバランスさと、事前に聞かされていた情報から、サーストンは彼がカシム軍曹だとわかった。

そして、顔を合わせ話してみると、果たしてそうだったのだ。


そこからは話が早かった。

そうしてサーストンは本当にラシェットの名前を出しただけで、この大統領の私室に通されたのである。サーストンは心の中で、少しでもラシェットのことを疑ってしまったことを、そっと謝った。


サーストンはアリを見つめる。アリはまだ熱心に手紙を読み、隣に待機したアブドラッド・ナジ大佐と時折、小声で何かを検討し合っている。

サーストンがちらっと横目を動かすと、そこにはカシム軍曹が立っており、後ろのドアの前には、もう一人、別の兵士が立っていた。だから、今この部屋には大統領と三人の兵士とサーストンしかいない訳なのだが、一国の大統領の警備がこんなものでいいのかとサーストンは思う。

これがボートバル帝国の玉座の間だったら、兵士だけで100人はくだらない。

大統領は自分の命にあまり重きを置いていないのか?

それとも、自分を狙う人間などいないと思っているのだろうか?サーストンは考えた。

でも、いずれにせよ、この目の前の堂々とした振る舞いを見るにつけ、すごい度胸だと、サーストンは考えれば考えるほど感心していた。


「おや?」

そんなことを考えていると、ふいにアリと目が合った。それに対し、サーストンは少しどぎまぎしたが、アリがすぐに

「すいません、気づきませんでしたが、どうぞそんなところにじっと立っていないで、ソファにお座りください。着いたばかりでお疲れでしょう」

と言ったから、なんとかリラックスすることができた。

「い、いえ。そんな滅相もない。私はこのままで大丈夫です」

「ふふっ、そんなに改まらないでください。それに、これではかえって私の方が気を使ってしまいます。まだ、時間がかかりそうなのです。ですから、どうぞ遠慮なさらずに座ってください」

「は、はぁ……」

そこまで言われるとサーストンも悩んでしまった。いつもなら、そんな言葉でさえも、甘えずに辞して、ずっと立っていることを選ぶサーストンだったが、このアリに言われてみると、不思議とその言葉に従いたくなってくる。いや、というよりも、アリの言葉がとても自然な響きをもっていたから、こちらの張っていた力がすっと抜けてしまうような感じがしたのだ。だから、サーストンは

「で、ではお言葉に甘えて」

とソファに座ることができたのである。

「ふふっ、ありがとうございます」

それを見て、満足げに頷くと、アリはまたナジとの話し合いに戻っていった。


ソファはとても座り心地がよく、甘いタバコの香りがちょっと染み付いていた。

その前には小さなテーブルが置かれ、その奥には一人掛け用のソファがもうひとつある。

部屋の壁には歴代の首長の写真と絵画が飾ってあり、足元には民族模様のあしらわれたラグが敷いてあった。その他には執務机と椅子、飾り棚とドライフラワー、ランプと書類棚くらいしかこの部屋にはない。大統領の私室にしてはとてもさっぱりしていた。

サーストンはそんなところも自国の国王と比べてしまう。


すると、コンコンコンとドアがノックされ、メイドがお茶とお菓子を運んできてくれた。それをサーストンは

「あ、これは、かたじけない」

と受け取る。

そして、待っている間それを少しずつ食べた。


その30分くらい後だろうか。

サーストンがあれこれと、これまでの経緯をカシムと話していると、ふいにアリ大統領が

「サーストンさん」

と呼んだから、サーストンは慌てて立ち上がり、カシムも気をつけの姿勢をとった。

「はっ、大統領」

「ふふっ、まぁ楽にしていただきたい。なにせ、この手紙の内容はとても有意義でしたからね。こちらが改めて感謝を申し上げたいのです」

アリは言う。その言葉に益々、サーストンは固くなり

「いえ、私は特に何も。感謝であれば、ラシェットさんに」

と答えた。


「ふふっ、でもこの手紙に書いてある情報はあなたが教えた情報なのでしょう?ならば、やはり私はあなたにも感謝したいのですよ。しかし……ひとつ、わからないことがあるのです」


「は、はいっ」

そう言われると、今度はサーストンの背中に寒気が走った。


な、なんだ?あの手紙になにかまずいことでも書いてあったのか?それとも、やはり私は疑われているのか……


そんな心配をしていると、アリが

「それは、なぜあなたは祖国であるボートバル帝国を裏切るような情報を、私達に無償で提供したのか、その理由についてです。あなたのもたらしてくれた情報は我々が調べていたものと擦り合わせてみても、非常に信憑性が高く、正確だと判断しました。だからこそ、その理由が知りたいのです。なぜなのかと」

と、口を開いた。


その言葉を聞いてサーストンは少し押し黙り、考える。


「話していただけますか?」

すると、重ねてアリは聞いてきた。

だから、サーストンは素早く決心した。できるだけ正直に話してみようと。

そして、語り始める。

サーストンは、ここがこの任務の正念場だと思ったのである。


「はっ、お言葉はごもっともであります。しかし、私は祖国を裏切ったつもりはありません」


「ん?どういうことです?情報が嘘だとは思えませんが?」


「はっ、情報は本当であります。だからこそ、私は祖国を裏切ったわけではないのです。私はできるならば、侵略戦争などという愚かな選択を、また祖国に犯して欲しくはないと、その一心でこの手紙を大統領に届けるという依頼を受けたのです。それが祖国の未来のためになると」


「……なるほど?しかし、そう考える軍人はいまや帝国内では少ないのではないですか?」

「いえ、決してそうではありません。表面化していないだけで、およそ半数は今でも国の強行路線に疑問を抱いていると思います。でも、私達は帝国軍の軍人ですし、ボートバルは帝国主義国です。大っぴらにはそんなことは口にできませんし、もしバレたりしたら真っ先に最前線に送られてしまいます」


直立不動で真剣に答えるサーストンの目をアリはじっと覗き込む。

アリの瞳にはいつものように、野生的な勘と鋭い知性の色が同時に滲み出ていた。そうやってサーストンの本心を計っているのだ。


「あなたも、その危険を承知で、こんなことをしていると?」


「はっ、もちろん、そうであります。たとえ私のような微力な者でも、今やらねば、今止めねばならないのです。だから私は祖国のために、国王と王子を裏切る決意をしました。祖国を裏切ったつもりはないというのは、つまりそういうことです。そして、そうしてくださいと、私にお願いしたのは、他でもないラシェットさんなのです」


サーストンがきびきびとそう答えると、アリは引き締めていた表情を僅かに和らげ、

「ふふっ、そうですか、ラシェットさんが……確かに、国と国王は似て非なるもの、その通りかもしれませんね……わかりました。だから、あなたがとった、我々に情報を流すという行動は、あくまでも祖国のためなのですね?」

「はっ、そうであります。が、しかしもちろん、連邦国のため、ひいてはこの国の人々のためでもあるのです。すぐには信じていただけないでしょうが……」


サーストンがしりつぼみに言うと、アリは「いや」と言い


「そんなことはありません。私は信じますよ。あなたは嘘を言っていない」


と、さらに調子を和らげ、笑った。アリの隣にいるナジ大佐も力強く、うんと頷く。


それを見てサーストンは、安堵した。

どうやら、自分の思いはちゃんと伝わったようだと。サーストンは初対面の自分を信じてくれたアリに

「あ、ありがとうございます。なんとお礼をすればよいか」

と感謝した。すると、アリは


「いえいえ、お礼をしなければならないのは、むしろこちらの方ですよ。この情報があれば、しかるべき準備ができますからね。ですので、サーストンさん、もし我々にも何かして欲しいことがあったら、個人的なことでも構いません、どうぞ、なんなりと仰ってください」

と、言う。

それに対して、サーストンは

「と、とんでもございません。特にして欲しいことなど……」

とまた、その好意を辞すようなことを言った。

それを聞いて、アリはやはりかという感じで微笑み、そして


「そうですか。では、我々から提案させていただいてもよろしいでしょうかな?サーストンさんへの援助を」

と言ったから、サーストンは驚いてしまった。

「て、提案。ですか?」

「そうです」

「そ、それはどういう……?」

サーストンが不安そうに言うと、アリは足を組んだ。そしてサーストンを真っ直ぐ見て、その提案とやらを話始める。

「ふふっ、いや、ただ単に我々が船の手配をしようというだけですよ。サーストンさんは、これからコスモに向かわれるのでしょう?今から普通に乗船しようと思っても、一週間先くらいまで、速い船は既に埋まってしまっていると思います。しかし、我々政府の分の席を数席、緊急時のために常に余らせてあるのです。その席を提供いたしましょう。いかがですかな?」

そう聞かれるとサーストンは、またビシッと気をつけをして

「はっ、それはありがたい限りです。是非よろしくお願いします」

と答えた。正直、そのことについては、どうしようかと思っていたのである。だから、断る理由がない。


「ふふっ、いいのですよ。このくらい当然のことです。では、すぐに手配いたしましょう。それと、道中の安全のために、一人護衛をつけて差し上げましょう。カシムッ」


「はっ」

アリに呼ばれると、カシムは一歩前に出て姿勢を正す。

「聞いていた通りです。サーストンさんの護衛の任につきなさい。コスモまで無事に送り届けるのですよ?」

「はっ、了解いたしました」

カシムはピッと敬礼した。それを見ていたサーストンは慌てて手を振り

「あっ、い、いいえ、そんな、結構です。こんな、内戦になろうかという大事な時期に、私の護衛など……」

と、その申し出を断ろうとした。しかし、アリは

「いえ、大丈夫ですよ、この情報さえあれば、しかるべき時までに軍備は整います。ですので、護衛をつけさせてください」

と言い、強引にカシムを護衛につけさせようとする。そのことにサーストンは感謝すべきか、どうなのか、少し釈然としないものを感じつつも、最終的にはやっぱりアリの言うことを退けられなくて、

「で、では、かたじけないですが、よろしくお願いします」

とその提案も受け入れた。


「ふふっ、よかった。これで安心です」

サーストンの返事を聞いたアリは、そう言いながら立ち上がったのだが、そこで何かを思い出したかのように


「あっ」


と、どこかわざとらしく言い、今度はカシムを見た。


ん? どうしたのだろう? とサーストンが思っているとアリが


「そういえばサーストンさん、もう一人、一緒に連れて行って欲しい人がいるのでした。ちょっと、お待ちいただけますか?カシム、ここに連れてきなさい」

と言ったのだった。


もう一人?護衛が二人もいるのだろうか?


サーストンが疑問に思っていると、わりとすぐにカシムが戻ってきた。

ドアの外にいる見張りの兵がドアを開ける。

するとそこにはカシムと、もう一人、緑色のワンピースを着た女が立っていた。女は骨折でもしているのか、片腕を包帯で吊っている。

「連れてまいりました」

「ふふっ、ご苦労」

「ちょっと、なんなのよ?最近、部屋から出してくれないと思ったら、いきなりこんな所に連れて来てさぁ?」


部屋に入ってくるなり、なにやら文句を言い出す女の声を聞いて、サーストンはようやく

「なっ!」

と、驚きと共にその人物を思い出した。普段の軍服姿で、髪もまとめている姿とは大きく違う服装と髪型をしていたので、すぐに頭の中で結びつかなかったのである。

「だ、第1空団のケニー・クリス軍曹…な、なぜこんなところに!?」

「はぁ?」

サーストンがそう言うとケニーは不服そうにそう言い

「なによ!?あんた誰!?私はあんたのことなんか知らないわよ?」

と続け、サーストンを睨みつけた。な、なんでこんなに不機嫌なのだろうか? とサーストンは振り返りながら思う。


しかし、諜報部内の噂でケニー軍曹の素行の悪さは色々と聞いていたので、平常時でもこうなのかと思わないこともなかった。ケニー軍曹は個性派揃いの第1空団の中でも特に話題が尽きない人物なのである。まぁ、それもとても外には出せない情報ばかりなので、あまり世間には知られていないが。とりわけ、最近噂になった、とある人物との関係は、諜報部の皆の興味の的になっていた。


「わ、私はボートバル帝国、帝国陸軍諜報部所属のダン・サーストン上等兵であります。ですので、あなたのような方が、私のことを知らなくても、それは当然だと思いますが……」

「んん?諜報部?ちょっと、なんで、諜報部なんかがこんなところにいるのよ!?」

サーストンの言葉に過剰とも思える反応をするケニーに、アリは

「ふふっ、それはね、彼がラシェットさんの依頼を受けてここに訪ねていらしたお客様だからですよ」

と言い、火に油を注いだ。

「ラシェットっ!あの裏切り者の!?」

「ええっ?あっ、あの……」

ケニーの圧力に困るサーストン。その様子を見てアリは

「はははは」

と大声で笑う。もう、よくわからなかった。これはどういうことなのだろう?

「だ、大統領。これはどういうことです?まさかケニー軍曹も一緒に?」

サーストンが恐る恐る聞くと、アリはやっと笑うのを止めて頷き、

「ええ。そうです。我々は飛行機が墜落し負傷していた彼女を助けて以来、ずっと治療していたのですが、そろそろ元気になったようなのでね。サーストンさん、あなたの護衛任務のついでに、カシムにボートバルまで送っていってもらおうと思います。もちろんコスモ経由で、です。よろしいでしょうか?」

と言った。

サーストンはそれをただ黙って聞き、考えていた。なぜだか、嫌な感じがし始めた。

一方のケニーは

「なによ。どういう風の吹き回しなわけ?いきなり送還だなんて。情報は、このサーストンとかいう裏切り者から聞いたから、もう十分ってこと?」

とやはり文句を言う。なんにせよ、この人は文句を言いたいらしい。


「そうではありませんよ。ただ、治療が終わったから帰っていただくだけです。あなたは捕虜でも、人質でもないのですから。それに、まだ表面上は私どもの国とボートバルは敵対関係にはないのです。だから、帰さなければ不自然ですし、なにより国際条約に反します。そんなつまらないことを火種にされたくはないですからね」


アリがそう言うのを聞くとケニーは「ふんっ」とそっぽを向いた。

その態度は、それでなんとか納得したというような感じではなく、これ以上送還を逃れる口実がなくなったから、渋々という感じにサーストンには見えた。

それでサーストンはなんとなく合点したのだった。

「なるほど、アリ大統領は私からの情報で裏付けが取れた段階で、ケニー軍曹をこれ以上ここに留めておくのは危険と判断したのだろう。さらに、私とカシム軍曹の二人をつけ、泳がせればもっと何か動きを見せるかもしれないと踏んだのだ……つまり、私を援助するというのも方便か……」


そう思い、サーストンがアリを見ると、アリはケニーに気づかれないようにウインクをした。アリにもこんなにおちゃめな表情ができたのは意外だった。

それを見て、サーストンはがっくりと肩を落とす。してやられた、と。この人は利用できるものは二重、三重に利用する。それも悪気なく、華麗に。


「で、よろしいですかな? サーストンさんは。ケニーさんもついでに送り届けても。我々としてはボートバルの方がいてくれたほうが安心なのですが」

「は、はっ。大丈夫であります。断る理由などありませんので……」

サーストンが諦めて、そう言うとアリはうんと頷き、

「ありがとうございます。決まりですね。では、早速今日の夜出港の船に、部屋を手配しますので、それまではゲストルームでおくつろぎください。なんなら、一緒にしばらく行動することになる、カシムとケニーさんと親睦を深めていただいてもいいのでは?」

と、またカシムを一瞥した。するとカシムは敬礼をし、

「では、ゲストルームへご案内します。どうぞ、ついてきてください」

と、サーストン達を促したのだった。



ーー「はぁ、なんで私がこんな裏切り野郎と、むっつり堅物男なんかと親睦を深めなきゃいけないわけ?意味わかんない。それに、まだ私は腕が痛いから帰りたくないんだけどー」

「嘘をつくな。俺は貴様がラシェット伍長に襲いかかった時の動きを見ているんだぞ?あれはとても腕が痛いなどという感じではなかった。それに、俺も貴様と親睦を深める気などない」

「はぁ?あんたねぇ、レディに向かって、それは失礼じゃない?」

「失礼かどうかなど、今回の任務には何も関係がない。それに貴様と俺とは階級が同じだ。失礼にはならない」

「あのねぇ、階級とかの問題じゃないでしょ?女性の扱い方、レディに対するマナーの問題で……」

「俺は貴様をレディなどとは思わん」

「おい、てめぇ、調子に乗んじゃねぇぞ、私の腕が折れてなかったらなぁ、今頃お前は…」

「それが、レディの口の聞き方なのか?なるほど、勉強になるな」


「はぁ……」

そんな不毛な言い争いを聞きながら、サーストンはため息をつく。

まだ部屋にもついていない、廊下を歩いているだけでこれである。このふたりの相性は絶望的に悪いように思われた。


こんな二人と長い船旅を……こんなことなら、いっそ一人の方がマシだ。


サーストンは二人の後ろを歩きながら考える。

やっぱり、簡単にはいかないとは思ったが……もしかしたら自分の予想以上のことが、この先ももっと起こるかもしれない。ラシェットさんの頼みごとにはきっと厄介なものが含まれていると、リー少尉は言っていたが、本当にその通りだ。そして、それはまだ始まったばかりなのだ……


前の二人はまだガミガミと何かを言い合っている。サーストンはまた肩を落とした。

そして、

「ああ、早くリー少尉に会いたいなぁ……」

とその立派な背中に、早くも哀愁を漂わせるのだった。



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