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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
52/136

岐路

高度を下げ、ホバリングするヘリコプターの突風も気にならないほど、キミにはラシェットの言葉が不可解でならなかった。


なんで?


どうして、ラシェットはショットと一緒に行くなんて言うの?


キミはラシェットに会ったら、まず真っ先に昨日の約束を破った、文句を言ってやろうと思っていたのだけれど、そんなこともどこかへ吹き飛んでしまった。


そのくらい、キミにはショックだったのだ。


「キミ?聞こえているかい?」


その気持ちがわからないのか、それとも時間がないからなのか、ラシェットはずっと黙りこんでいるキミに、再度話しかけた。しかし、二人はあまり気がついていなかったが、先ほどからずっと、二人の周りを流れる時間は、まるで止まってしまったかのようにゆっくりと流れていた。それは二人の物理的な距離が近づき、互いの声がはっきりとしてくるほどに顕著になってきている。


そのせいか、二人の周りの景色や、音や、空気は徐々にぼんやりと歪んできていたのだが……どうやらそれに気がつけるほどの余裕すら、今の二人にはないらしかった。


ラシェットの言葉を聞くキミ。すると、今度はすぐに


「うん、大丈夫よ。聞こえているわ」


と返事をした。本当はもっと色々と言いたいことがあるはずなのに、キミの口からはそんな言葉しか出てこなかった。

その言葉の調子にラシェットは頭を掻く。そして、キミの様子の原因がやっぱりわかっていたラシェットは


「キミ、昨日は必ず戻って来るって言ったのに、約束を破ってしまって悪かったよ。本当にごめん」

と、また口を開いた。


すると、キミは腰に手を当て、ふーっとひとつ大きく息を吐き


「ううん。いいわ。許してあげる」


とラシェットに向かって優しく答えた。

それを聞いて、ラシェットはほっと胸を撫で下ろす。そして、次の言葉を発せようとしたのだが、先にキミに


「だから、ここまで降りてきて。一緒に行こう?」


と言われてしまったから、また困ってしまった。


ラシェットはキミの顔を見た。

この距離では顔など見えるはずもないのに、その悲しげな表情まではっきりと見ることができた。なぜだかはわからない。それは頭に直接送り込まれてきている映像のように思えた。


「ごめん……キミ、それはできない」

ラシェットは小さく言った。それにすかさず

「どうして?」

とキミは食ってかかる。

その声にはどこか、キミらしくない駄々っ子のような響きがあった。


「キミ……」

今度はラシェットが言葉を埋まらせる番だった。そして、どう言うべきかよく考える。仕方のないことだと、キミにわかってもらえるように。そして、必ずまた会えるし、キミとの約束はもう絶対に破らないとわかってもらえるように。でも、どんなにうまく理由をつけようと、理屈を拵えようと、きっとキミは納得してくれないだろうとラシェットは思った。


ラシェットはサイクリックを握りしめながら俯く。

キミはその顔を真剣に見つめていた。そして、もう一度


「ねぇ、なんとか言ってよ、ラシェット。黙ってたら、わからないもの……」


と寂しそうに言った。


それを聞いてラシェットもようやく肩の力が抜けた。全く、その通りだなと思う。とにかく話してみようと。でないと、物事は何も進まないし、問題解決の道も知らない間に僕達の前を通りすぎて行ってしまう。そうだ。僕達はいつもそうなる前にちゃんと話し合ってきたじゃないかと。


ラシェットは話し出す。


「そうだね、キミの言う通りだ。黙ってたらわからないものな……でもね、キミ。僕は、自分の考えを曲げるつもりはないよ。このショットという男はキミにとって、危険過ぎる」


すると、キミは眉間に皺を寄せ

「む、それは私がショットには敵わないから?」

と言う。

「それもある。でも、それ以上に僕が気にしているのはキミとショットが同じだということ。その事実なんだ」

「ふんっ、私とあんなやつを一緒にしないで」

それを聞いてラシェットは少し、笑う。

「そういう意味じゃないさ。だって、キミにもわかっているはずだろ?ショットの持つ瞳の意味を。共通する力を。そして、キミと違ってショットはその力の意味や使い方を熟知しているってことも」

「うっ……」

ラシェットの指摘に、キミは言葉を詰まらせる。


「ね?だから、こいつのことは僕に任せて欲しい。今はそうするしかないと思うんだ」


するとキミは、肩を震わせながら

「私の…ためなの?嫌よ、私はそんなの望んでないっ!」

と叫んだ。

「キミ……」

それでも、ラシェットは落ち着いてゆっくり話し続けようとする。


「大丈夫だよ、むしろこれは僕が進んで受け入れたことなんだ。なぜなら、こいつはサマルに繋がる最も有力な手がかりなんだから。そのために僕は行くんだ。僕の旅を続けるためにね。もちろん、キミのためでもあるんだけど……そのことを僕はなんとも思っちゃいない」


「そんなの……そんなの、勝手だわ。私だって、最後までラシェットの旅を見届けるって言ったもの。私に約束を破らせるつもりなの?」


それを聞いてラシェットは微笑み、思っていた。この子は本当に優しくて、頑張り屋さんなのだと。そして、自分はいつの間にか、この子の持つそんな人柄に甘えていたのかもしれないと。まだまだ子供の、幼い少女に。

でも、そんなことを思っても、ラシェットはこれからキミに、もう一つお願い事をしなければならないのだ。それは、いくらキミにしか頼めないことと言ったって、決して誰にも言い訳はできないな、とラシェットは思った。もし、神様が見ていたら、自分にどんな試練を架してもいい。それで、全てがうまく行くのなら、自分はどうなってもいいとラシェットは無意識のうちに祈っていた。


「ありがとう。約束は破らせはしないよ。だから、キミにお願いしたいことがあるって言ったんだ。今度こそ、僕のお願い、聞いてくれるかい?」


ラシェットが言うと、キミはしばらく黙った。でも、やがて顔を上げ、

「……でも、それを言ったら、もう行っちゃう気なんでしょ?」

と言った。


「うん」

睨むキミの視線を受け止め、ラシェットもキミを見た。

今や、完全に時は止まっているように思われた。しかし、残り時間が少なくなってきているのも確かだった。それをわかっていたからか、ラシェットはきっぱりと頷く。そして、キミにもそれはわかっていた。

だから、意を決して

「……わかったわ。聞いてあげる」

と言うことができたのだ。


ラシェットは腕組をし、そっぽを向くキミを見て笑い、心の底からありがとうと言った。なんとなく、悲しいありがとうだった。

そして、悪いとは思いつつも、早速本題にとりかかる。

「キミにお願いしたいことは、ただひとつだよ。それは僕の代わりに、これからもサマルを探し続けて欲しいってことなんだ。サマルからの手紙の内容を使ってね。キミは内容を覚えているだろ?」

ラシェットがそう言うと、キミは

「やっぱりね…」

と呟いた後、

「ええ。覚えているわ。あのヒントの後を追えばいいのね?」

と言った。

「うん。そうだよ。引き受けてくれるかい?」

「はぁ、そんなの……」

キミにはその確認が残酷なもののように思えた。だって、ここまで聞かせておいて私が断るだなんて、本当に思っているのだろうか。


「いいに決まってるじゃない。でも、最後に私からもひとつお願いがあるわ」


その言葉にラシェットは首を傾ける。

「ん?なんだい?」


「絶対に帰って来てよねっ!じゃないと、私の学費を払う人はいなくなっちゃうんだから!それに、生活費も。私の将来設計が狂っちゃうんだからっ!」


キミは涙を拭って、叫んだ。

それを聞いたラシェットはにっこりと微笑み


「ああ、もちろんさ!もう約束を破ったりはしないよ」


と言い、親指を上げた。そして、ヘリコプターの高度を上昇させる。


二人の距離が離れていく。すると、時間もまるで氷が溶け、川が再び流れだすようにゆっくりと動き出した。


気が付くとキミにも、もうラシェットの顔は見えなくなっていた。ヘリコプターは視界の上の方で、どんどん遠ざかって行っている。それに向かってキミはもう一度


「ほんと、今度約束破ったら、ただじゃおかないんだから……」


と呟いた。


「えっ!?ちょっと、あいつらどこ行っちゃうの?まだ、ラシェットさん乗ってるのにっ」

キミが我に帰ると上でミニスがそう言うのが聞こえた。感傷に浸る暇もない。だから、キミはそちらを振り仰ぎ

「ちょっと事情が変わったみたいなの。だから、ラシェットはショット達と一緒に行ったわ」

と大声で言う。

「えっ!?一緒に行った?どういうこと?」

「詳しくは後で話すわ。だから、今はとりあえず、ここをなんとかしないと……」

とキミが言いかけた時、広場の反対の路地から煩いマフラー音が聞こえてきた。それに気がついたミニスは

「あの、バカッ。ちょっと遅いのよね」

と、悪態をつく。

キミがその音のする方向を見つめていると、あっという間に広場を横切り、カジのバイクがすぐ目の前までやって来て、ギュッと止まった。

「ヒャッハァァァー!お待たせだぜ。俺様とこの単車が来ればもう安心だ!さぁ、ショットの野郎はどこだ?」

そのテンションを見て、ミニスははぁ、とため息をついた。そして

「あのねぇ、もういないわよショットは。あそこを見てご覧なさい」

と、前方の空を指差す。そこには、もう遥か遠くに飛び去っていってしまったヘリコプターの後ろ姿が見えた。

「ん?あれ?じゃあ、ラシェットさんはどうしたんだい?首尾よく助けられたのか?」

辺りをキョロキョロ見渡して、カジは言う。それを見ていた、キミが

「いいえ。事情が変わったの。ラシェットは行ってしまったわ。あれを操縦しているのはラシェットなの」

と言うと、今度は二人して

「はぁ!?」

と驚きの声を上げた。

「あれ、ラシェットさんが動かしているの?」

「じゃあ、なんで行っちまったんだ?わけがわからないぜ。追わなくていいのかよ?」


「その辺の事情も後で説明するわ。それよりも今は、ここを突破しましょう」

驚く二人を尻目にキミは冷静に言った。

すると、取り乱しつつも3階から辺りの警戒を続けていたミニスが

「そうね、でもおかしいのよ。さっきから少しずつ兵が撤退しているみたいなの」

と報告した。さらに続けてカジも

「そういやぁ、俺もバイクでここに来るまでに見た兵の数よりも、随分減った感じがするぜ。こりゃ、撤退命令が出たんだな」

と感想を述べる。

それを聞いたキミはそうか……と思った。これもラシェットの仕業かもしれないと。


「はぁ、私は結局、何もできなかったってことじゃない……」


「ん?」

キミが小さくこぼすと同時に、カジはまた辺りを見回し、

「そう言えば、ヒゲのおっさんはどうしたんだ?一緒じゃなかったのか?」

と言った。

「あっ」

それを聞いて、キミはヒゲのことを思い出し、彼が倒れている方へ走り出した。それを見てミニスは

「あっ、ちょっと!危ないわよっ!」

と言い、駆けつけるために室内へと消える。なんだかわからないが、カジもとりあえずキミを単車で追いかけることにした。


「ヒゲさん」

キミが壁により掛かり、血を流しているヒゲに近寄ると、ちょうどカジもそこにやってきた。

「ん?なんだ?敵にやられたのか?」

「ふんっ」

すると、その言葉をヒゲは鼻で笑い

「あんたの相棒のお嬢さんにやられたんだよ……いい腕前だ。軍人なんかにしておくのは惜しいくらいだ」

と言った。それを聞いてキミは

「あなた……ショットの支配が解けているのね?」

と聞く。

「ふふっ、ああ。私にはよくわからないがな。あの飛行機が遠ざかっていったら、だんだんとな。意識がはっきりしてきたんだよ……」

「遠ざかったら?」

キミは疑問に思った。そして、その意味を考えていると、カジが

「なんだ、おっさん。裏切ったからやられたのか?」

と言う。

「ふふっ、裏切ったか……もともと、私はお前たちに雇われた覚えはないがな。まぁ、しかし、そんなことも、もうどうでもいい。とにかく私は、二度とお前達のようなわけのわからない連中とは関わりたくない」

「……そ。わかったわ。でも、最後に応急処置くらいさせてくれない?あなた、このままだと死んじゃいそうだから」

「……ふんっ、好きにしろ」


ミニスも駆けつけ、カジがヒゲの応急処置をしている間、キミはずっと考え事をしていた。

それはラシェットからお願いされた、サマル探しのことと、手紙の内容、それとニコから聞いた遺跡のことだった。それを元に次にするべきことは何か?キミは慣れないことに頭を悩ませていた。


「事情はわかったわ。で、どうするわけ?ラシェットさんのお願いは聞いてあげるにしても、方法が思い浮かばないわ」

カジの手つきを不安そうに見ながらミニスはキミに言う。それで、キミはやっととりあえずの結論を出し、


「そうね……まずは地理的にも近い、アスカ遺跡って所に行ってみましょ。ニコさんが言っていた場所に」


と言った。



ーー「クックック、いやぁ、どうなるかと思いましたけど、なんとかラシェットさんとショットさんを一緒に行かせることが出来ましたねぇ」


トカゲはペンギンから不本意ながら借りパクする形になってしまった双眼鏡を覗きながら、ひとり言った。そこはやや強い風が吹く、高い屋根の上だった。ここからなら街が一望できる。そこから、ことがどう運ぶか見守っていたのだ。


「クックック、それにいいものも見させてもらいました。やはりラシェットさんは守人に選ばれていたんですね……クック」


ヘリコプターの行方を目で追いながらトカゲは双眼鏡をポケットにしまった。そして、リッツが言っていたことを思い出しながら考える。


「だとすると、リッツさん。もしかしたらあなたが予想しているよりも、もっと大きな変化が、この先、起きるかもしれませんねぇ。そして、そのことがサマルさんを助け、そしてこの世界をも助けるのか……クックック」


トカゲは目を細めた。そして、正しき選択を見極めようとする。最近はずっとそうやって、慎重に選んできていた。特にラシェット・クロードと関わるようになってからは、それは見えづらく、ひどく厄介なものになってきていたから。そして、今回の場合もそうだった。そういったとき、トカゲが選ぶのは決まって相談するということだった。もちろん、その相談相手とはリッツのことだ。


「クックック、では私も一度、リッツさんのところに戻りましょうかねぇ」


トカゲは去っていくヘリコプターに背を向ける。そして屋根の端っこまで来ると


「クックッ、では、ラシェットさん。また会える日を、楽しみにしていますよ。クックックックックック」


と笑い、ぴょんっと屋根から飛び降りた。そうしてトカゲは、広いこの街からこつ然と姿を消したのだった。



ーーその頃、ヘリコプター機内。


「いやいや、腕がいいとは聞いていましたが、まさかいとも簡単にこの機体を操縦してしまうとはっ!本当に驚きですよ」


なにやら嬉しそうにショットは言った。後部座席では、僕に鼻をヘシ折られた兵士と、肩を撃ちぬかれたパイロットが僕に向かって鋭い視線を送ってきている。隙あらば殺してやると言わんばかりだ。僕は今更ながらこの自分の置かれた状況に辟易した。


「どこかに似たような試作機でもあったんですか?」

「まさか。そんなんじゃない。ただ、ちょっとパイロットさんが操縦しているのを観察して覚えただけだ。僕は記憶力には自信があるんだ」

「いやぁ、そうなんですかー。だとしたら、僕の部下にも見習わせないといけませんねぇ。どうです?城に着いたら、教官になってみませんか?」

「冗談を。僕は教えるのは苦手なんですよ。それに僕は捕虜扱いなんだろ?」

「とんでもないっ!ゲスト扱いですよ。それは私が保証しますよ。ですからですね……」


僕はショットとのくだらない会話に適当に応対しながら思っていた。こいつは僕がこの機体についての知識を持っているなどとは、つゆほども予想していないのだなと。僕はそれが逆に不思議でならなかった。こんな得体のしれないものを作っておきながら、その基礎理論はサマル頼みだということもそうだ。どういうことなんだ?ショットは一体、どういう知識を持っていて、どういう知識を持っていないんだ?そもそも、こいつの存在とはなんなんだ?それに、さっきからやたらと楽しそうに話しているが、逃したキミ達のことは、もうどうでもいいのか?


「そういえば、さっきの地上部隊はちゃんと撤退させたんだろうな?」

「ええ。もちろん、取引でしたからね。ちゃんと撤退させましたよ。ご安心ください」


それを聞き、僕はそうかと答えた。こいつの性格が未だによく掴めないが、意外と律儀なところもあるようだ。


はぁ。とにかく僕はため息をついた。疑問に思うこと多過ぎる。それにヘリコプターの操縦にも疲れた。ショットのおしゃべりに付き合うのにも疲れた。


僕はキミのことを考える。ふと、その悲しげな顔が目に浮かんだのだ。危険な目に遭っていなければいいなと思う。身勝手だが心から思った。そして、決意を新たにする。絶対にこのショットから全てを聞き出してやると。そして、用が済んだらさっさとこんな所からは抜け出してやるんだと。


僕は高度を上げる。風が来ない分、レッドベルのように心地よくはないけれど、機械に罪はない。これはこれで、なかなか味のある機械だ。あっ、そう言えば、レッドベルを置いてきてしまったな……どうしよう、場所代も3日分しか払ってこなかったぞ……


ここにきて、そんな不安要素を思い出しつつも、僕は一路アストリア王国に向かい、ヘリコプターを飛ばし続けたのだった。



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