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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
51/136

邂逅 2

「キミッ!後ろだっ!」


と僕はあらん限りの力を使い、叫んでいた。


そのくらいのことしか、今の僕にはできなかったのだ。


でも、悔しいかな僕の声は、このヘリコプターの出す、けたたましい爆音にかき消されてしまい、到底キミには届きそうになかった。


僕は息を飲む。


なぜなら、僕の眼下で、キミが味方であったはずの老紳士に背後からナイフで襲われかけているのだ。


「キミッ!」

と、僕はもう一度、もっと大きな声で叫ぼうと思った。


が、次の瞬間、どうやら僕の声はちゃんとキミに届いていたらしいことがわかった。


その証拠に、キミは突如として豹変した、あの老紳士の背後からの一閃を、辛くも躱すことができたのだから。


「はぁー。あ、危なかったぁ……」


僕はその様子を見て、全身の力が抜けるくらいホッとし、シートにもたれかかった。

そして、

「なんなんだ、あの人は?キミの味方ではなかったのか?」

と、老紳士に向かって怒りを向ける。


でも、それと同時に別のことも考えずにはいられなかった。それは、


「キミにもやっぱり、僕の声が聴こえているんだ……」


ということだ。


そう思ったのは、僕自身、この煩過ぎるくらい煩いヘリコプターの中にいるのにも関わらず、なぜかずっとキミの声だけは小さく頭のどこかで聴こえ続けていたからだった。


だから、キミの行動を見て、同じようにキミにも僕の声が聴こえたのではないかと僕はなんとなく感じたのだ。


「ヒ、ヒゲさん……」

と、今も聴こえてくる、このキミの声が実際に耳に聴こえてきている物理的な声ではないことは、なんとなくわかっていた。それは頭の中で幻のように鳴り響いているのだけれど、本当のところはわからない(わかるはずもない)。

最初は気のせいだと思っていたくらいだ。でも、今眼下でキミが起こした行動を見て、やっぱり気のせいではないし、それ以外に説明のしようがないのではないかと、僕は半ば確信していた。


そして出た結論、というか疑問は

「これは所謂、テレパシーみたいなものだろうか?」

という、相変わらずバカバカしいものだった。


いや……しかし、テレパシーだとしたら昨夜、独房にいた時に使えなかったのは変だ。

と、それでも僕は真面目に考える。


なんで、今だけ? それに聴こえてくる声もやたら小さいし、どこか直接、僕に向けられた言葉ではないような印象がする。言ってみれば、偶然自分の無線機が、知らない人が飛ばした電波を拾ってしまったような感覚。そんな、どこか少しズレているような感じがした。


しかし。

なんにせよ、僕とキミとの間で、何かしらのチャンネルが開いてしまっているのは確かなようだ。それは認めざるを得ない。


「ほんと、なにがどうなって……」


僕は本当は今すぐにでも、キミから色々と聞き出しかったが、もう諦めて、なにもかも受け入れることにした。


ショットの言っていた心のロックにしても、このテレパシーのような現象についても。


だって、それで別に困ることなど何もないじゃないか。むしろ、今の僕には都合のいいことばかりだ。

とにかく、これを僥倖と思い、今を切り抜けるしかない。


なぜなら、僕は全てを受け入れるとは言っても、キミが傷つくことや、サマルを助けられなくなることや、昨夜のニコとの約束を守れなくなることや、もう二度とジンの店でウイスキーを飲めなくなることなどのことは、絶対に受け入れられないからだ。


僕は眼下を見、前方の席を睨みつける。

ドアの開いたヘリコプターの中では、拡声器を使い、ショットがなにやら話している。その声ですらいまいち聞き取れない。

しかし、キミの不安そうな息づかいだけは聴こえてきていた。早く。早く、なんとかしなければ……

僕は横の男と、その手に持った銃の位置を再度、さりげなく確認する。念のためだ。しかし、残念ながらその位置取りと角度は先ほど同様、憎たらしいほど隙がない。


「くそっ。ここだ。ここさえ、なんとかなれば……そうしたら、まだ僕にも主導権を握るチャンスはあるのに……」


いやいや、でも、ここで焦っては事を仕損じるだけだ。


だから、僕は待つことにした。

そのチャンスがこちらに向かってやってくるのを。

まるで、のろまな鳥が自分のすぐ側を通りかかる魚をじっと草陰で待つように。

僕は集中して待った。


それでも、敵は待ってはくれない。眼下の戦況は徐々に逼迫しつつある。


キミに逃げ場はないに等しい。こんなただっ広い場所では、相手を巻くこともできない。

その様子を楽しむかのように老紳士はゆっくりと近づいている。ショットはもう何も話していないようだ。


じりじりと時間は過ぎていく。

でも、まだだ、まだ待てる。しかし、いざとなったら僕は撃たれても、このキミの状況だけは救わなければ……せめて、せめて手遅れになる手前で……


僕はショットを見た。

すると、ショットはその視線に気づいたのか、少し肩を上げ、続いて拡声機を手に取り、何かを言ったようだった。

僕がまた眼下を見ると、老紳士がショットに向かって頷き、キミの方にまた向き直るのが見えた。


間違いない、時間切れだ!


僕は頭が真っ白になった。そして、何も策がないまま、横の男をどうにかしようと、腰を浮かしかけた、その瞬間。


視界の端、広場の建物の3階の窓から、黒いダークスーツを着、サングラスを掛けた、ソバージュ頭の女が身を乗り出したのが見えた。

その女は素早く広場に向かい、サブマシンガンを構える。


そして、発砲。


その動きには、迷いも躊躇いもないように思われた。なぜなら、その全ての動作が速く、そして正確に癖付けられているように見えたからだ。僕はその動きを目の端で捉えるだけで精一杯だった。


しかし、それでも僕の目はその弾丸の行方を追うことができた。それらの弾丸は全て、あの老紳士に向けられていたからだ。プロペラ音の奥から微かに聞こえる銃声。空気を裂く弾丸の音。そして、彼女の放ったそれらは見事に老紳士の肩とふくらはぎ、更にはナイフを持つ右腕を撃ち抜く。驚くほど正確無比なマシンガン捌きだった。


僕がその様子をあっけにとられながら見ていると、キミの

「ミニスさんっ」

という声が聴こえた。

ミニスさん? やはり聞いたことのない名前だった。でも、あのソバージュの女スパイにはなんとなく見覚えがある気がした……どこだったかな? 僕は最近思い出せないことばかりで、自分が年をとってしまったように思えた。


そんなことに頭を絞っていると、今度はミニス氏がなんと、こちらに向かい発砲してきた。

「あっ、とっと」

と、ショットもその反撃に思わずヘリのドアを閉め、機内に退避する。そして、その銃撃から逃れるために、パイロットは機体を急上昇させた。その反動と急なスティック操作で機体は大きく揺れる。それによってショットも僕も、そして僕の隣の男もバランスを崩し、前のめりになる。


僕はその隙を逃さなかった。


横の男がバランスを崩したと見るや、僕はどうにか体制を持ち直し、男が顔を上げるよりも早く、手錠の嵌められたで両手で銃を押さえ込んだ。


「あっ!き、貴様っ!」


男は慌てた声を上げる。そして、押さえつけられた銃を取り戻そうと手に力を入れた。だから、僕は手に力が入ったと見るや、すぐに銃を離し、男の顔面に思い切り、体ごと肘を食らわせた。

「あがっ!」

と、男は声にならない声を出す。鼻からは鮮血が飛び散るのが見えた。どうやら鼻が折れたらしい。僕はその顔を一瞥し、銃を持つ手に手をかけ、強引に銃を奪う。顔を打たれた彼の手には、もう碌な力は入っていなかった。


ここまで、ほんの数秒だ。

突然のミニス氏の登場で、集中が途切れかけたが、なんとかチャンスは逃さずに済んだ。


僕は銃を右手に持つと、その柄で鼻から血を流す男のこめかみに止めの一撃を加えた。

可哀想だが仕方がない。

これで後部座席は制圧した。


あとは、前方である。


僕はパイロットに向かい、銃を構えた。

セーフティは外してあった。初弾も装填されているみたいだ。


「おやおや、ラシェットさん。いきなり何をするんですか?」


あまりに一瞬の出来事に、さすがのショットも目を丸くして言った。

でも、銃を向けられたパイロットは何事もなかったかのように急上昇を続けている。


「何じゃないさ。撃たれたくなかったら、今すぐにこの空域から離脱するんだ。地上の部隊にも撤退命令を出せ」


僕がそう言うと、ショットは意外そうに笑い

「ははは、そうですか。あなたはいいんですか?降りなくても」

と聞いてきた。だから

「ああ。僕はこのままお前について行ってやる。お前にはまだ、聞かなきゃならないことが山ほどあるからな。でも、あの子達は見逃してやれ。あの子達はもともと、関係ない人達なんだ」

と答えた。


「関係ないですか……いや、僕にはそうは思えませんね。あの娘も、あのスーツ姿の女も。僕は彼女達のことを直接は知りませんが、僕の邪魔をする人達だということは、よく知っています。だから、今ここで見逃す理由はないんですよ」


「……どうしてもか?」


「ええ。どうしても。まぁ、あの方達が我々に投降していただけるのであれば?少しくらいは対応を考えなくもないですけどね。だからですね、ラシェットさん。こんなことをするくらいなら、あなたから彼女らを説得したらいかがですかね?大人しく捕まった方が利口だぞと」


ショットは言った。

僕はそれを聞き終わると、頭に来るのをなんとか抑え、静かに

「そうか」

と言い、パイロットに向けていた銃をさらにパイロットに近づけた。

すると、パイロットの男はこちらをちらっと見て、ニヤつき

「ははっ、本当に俺を撃つつもりかい?」

と僕を馬鹿にしたように言う。

「はい。そのつもりですが?」


「へっ、そいつは止めといた方がいいな。兄ちゃんがいくら飛行機乗りでも、この機体の操縦はできっこない。仕組みだってさっぱりわからないはずだ。だから、俺がいなくなったら、この機体はここから真っ逆さま。木っ端微塵だよ。自分も助かりはしない。そんな無茶はできないはずだぜ。わかったら銃を下ろしな。こんな無駄な脅しはないぜ。ははは」


僕は自慢げに語るパイロットの言葉を聞くともないしに聞いて、頷いた。

でも、銃は下ろさなかった。もう、時間がないのだ。覚悟を決めるしかない。


「おい、どうした兄ちゃん、銃を下ろすんだ」


パイロットがもう一度、そう言った時、僕は銃を下ろすと見せかけて、


バァンッ!


と、パイロットの左肩を撃ち抜いた。


「ぐわぁっ!」

「な、なにっ!?」


悲鳴を上げ、操縦桿を手放すパイロット。

意外そうに僕を見つめるショット。

急上昇を続けていた機体は、バランスを失い、真っ逆さまに墜落を始めた。


機内が傾き、僕がパイロットのシートベルトを外すと、パイロットは助手席のショットの上へと落ちた。その隙に僕はするりとコックピットに滑り込む。両手が繋がれていて難儀すると思ったが、案外簡単にできた。機体の傾いた方向が良かったのだ。どうやら僕には、まだまだツキが残されているらしい。今まであまり運を使ってこないでよかったな、とこの時ばかりは思った。


僕はフットペダルを操作し、少しバランスを落ち着ける。そして僕は満を持して、ショットを見た。ショットもなにやら言いたそうな顔をしている。


「なんてことをするんですか、ラシェットさん。正気とは思えません」

「そうでもないさ。僕は正気だ。だから、今度こそ取引をしようじゃないか。ショット」

「取引?」

「ああ。あの子達は見逃してやれってやつの続きだ」

僕がそう言うとショットは苦笑した。

「ふふっ、で、あなたの持つカードは?」


「この手錠を外してくれたら、この機体をなんとか立て直してやる。そして、立て直したら、大人しくお前らの城まで飛んでやる」


僕がそう言うとショットはさっきよりも愉快そうに笑い、

「ふふっ、いいんですか?あなたはそれで。それにいくらあなたでも、なんの訓練もしていないあなたに、この機体の操縦は無理だと思うのですが?」

と言った。

「いや、できるね。だから取引なんだ。それと、僕がお前について行くのだって、なにも大人しく捕まるわけじゃない。お前にはまだまだ聞きたいことがある。ただ、それだけだ」

僕は言った。その言葉に、ショットは少し考え込む。


しかし、その間にも機体はどんどん高度を下げ、早くしないと間に合わなくなりそうだ。


「さぁ、どうする?」


僕が手錠を差し出し、問うと、ショットは呆れたような顔をし、やがて


「……仕方ありません。今回は手を引きましょう」


と言い、ポケットから取り出した鍵で、少々手間取ったが、僕の手錠を外した。


取引成立だ。


「よしっ」

僕は自由になった手で早速、サイクリックとコレクティブを操作し立て直しに入る。そして、今まで足元でずっと微調整していたフットペダルも使い、バランスを取ろうとした。しかし、なかなか機体は安定せず、落下は止まらない。

「ちっ、バランスがかなり不安定だな。力加減が敏感だ……」

僕は再度微調整する。特にテイルローターとコレクティブの噛み合わせに注意した。

「よしよし、いい感じだ」

機体の水平は元に戻った。

僕は素早く計器類をチェックする。どれがどれに連動しているのかは、なぜかすぐにわかったが、それが自分の中でしっくりくるまでには時間が掛かりそうだ。

高度計はまだ順調に下がり続けている。そろそろ、地上も目の前に迫っていた。



ーー「キミさんっ!今のうちに走って、この建物の前まで来て!援護するわっ」


ミニスは言った。キミはその支持に従い、はいっと返事をし、ミニスのいる建物の下に駆け寄る。

追手も続々と集まりつつあるようだった。

ミニスは銃撃でその追手達を路地の出口付近で釘付けにする。しかし、それもいつまで保つかはわからなかった。残弾にも限りがある。

キミは覚悟を決め、懐から小型のオートマチックを取り出した。殺し屋からパクったものだ。しかし、先程まではこれを取り出す暇さえなかった。

そんな恐ろしい相手だったシュナウザーも、ミニスに撃たれ、今は広場の隅で苦しそうに横たえている。

キミはミニスの銃捌きを見て、初めてミニスに感心した気がした。


「ねぇ、キミさん。ところであの機体にはラシェットさんは乗っていたの?」

キミが銃を力強く握っていると、ミニスが聞いてきた。

「ええ。間違いなく乗っていたわ」

「そう。じゃあ撃っちゃまずかったかしら?」

「いいえ、そんなことはないわ。お陰で助かったもの」

「うん、ならよかった。けど、あいつらどっか行っちゃったわね」


ミニスは空を見上げる。

それに釣られるようにキミも空を見た。が、上空の様子は雲がかかっていてよく見えない。


「ううん。まだあそこにいるわ。そのうち戻ってくると思う」

「ふーん、でも戻ってきたところで、どうしようかしらね?あれじゃあ、手も足もでないわよ。せいぜい、牽制射撃をするくらいで」

ミニスは辺りを警戒しながら言う。それを聞いたキミはいくらか俯き加減になり

「そう、そうかもしれない……でも、なんとか…なんとかしないとラシェットが……」

と言った。


その時、


「ん?あ、あれ見て!キミさん!あいつら戻ってきたわ」


とミニスが叫んだ。

「あっ」

見ると確かに、あのヘリコプターという飛行機が広場に向けて、急降下してきているのが見えた。


キミはそれを見つめる。すると、すぐに


「おいっ、聞こえるか?キミッ!聞こえたら返事をしてくれ、キミッ!」


というラシェットの声が聴こえてきた。

だから、キミはすぐに


「ラシェット!?なんで?どこから話しているの?」


と返事をした。


「ん?そうか……これはキミが意図してやっていることではないんだね?」


またラシェットの声がする。


そして。キミはヘリコプターがだんだん近づいてくるにつれてわかってきた。


今、ラシェットはあのヘリコプターを操縦しているのだと。


なんで、そんなことになっているのかはわからないが、ラシェットはあのヘリコプターを奪取したのだと思った。

それを知ってキミは喜んだ。これでラシェットを助け出すことができるかもしれない。


そう思っていると、すぐ近くの上空までヘリコプターは降りきた。ここからではまだコックピットの中までははっきりと見えないが、キミには確信があった。だから、とにかく早く降りてきてと、言おうとした時、ふいにラシェットが


「キミ、ごめん。悪いけど、僕はこのままショットと行くよ」


と言ったときには、ラシェットが何を言っているのか理解ができなかった。


「えっ?」


さらに、続けてラシェットは


「それと、もう一つ。キミにお願いしたいことがある。キミにしか頼めないことだ。どうか聞いて欲しい」


と言うから、キミは余計にわけがわからなくなってしまった。でも、なんとなく悲しい思いが込み上げてくるのはわかっていた。


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