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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
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緋色 4

僕が小さな通気孔から漏れる光をぼーっと眺めていると、少し先の暗闇にすーっと一筋の光が走った。


それで僕はやっと我に帰る。


結局、あれから一睡もできなかった。

色々と考えるべきことが多過ぎたからだ。


しかし、色々と考えを巡らせていたのにも関わらず、僕の頭は全く冴えていない。最悪な状態だった。


夜と朝の狭間。


その時間帯には不思議な力があるものだ。

僕はかなり長い時間、その洗礼を受けていた気がする。


だからなのか、もうどこからが現実に僕の頭の中で起きたことで、どこからが僕の妄想の産物なのか、それすらも区別がつきそうになかった。


「いや、そもそも、そんなものに厳密な区別なんてあるのか……?」


僕は考える。


答えはない。が、同時にこう考えずにはいられない。

いっそ、僕の中に突然現れた、このオリハルコンの知識も「本当は僕の勘違いでした」ということになればいいのに……と。


僕は心からそう願った。でも、残念なことに、この一晩でこれだけは否定しようもない事実だということをすっかり認識してしまっていた。


僕は欠伸をする。そして、重たい首を回し、光の筋の方を見た。

最初は何が起きたのかと思ったが、なんのことはない、ただ扉が開いただけのようだ。暗くて見えなかったが、どうやら扉はずっとそんな所にあったらしい。


すごく眩しいが、少しするとそこから一人の兵士が入ってくるのが見えた。

随分ずんぐりとした、実にタフそうな男だ。


その彼は迷う事なく真っ直ぐこちらに向かってやって来る。

他に音も声もない。やはり、ここには僕以外誰もいないようだ。


「おい、出ろ。お前に面会だ」


僕が目を瞬かせながら見上げると彼は言った。

「面会?なんだ、釈放してくれるんじゃないのか?」

僕が言うと、男はそれを鼻で笑い


「ふんっ。お前さん、いったい何をやらかしたんだか知らないが、珍しく城のお偉いさんまで来たようだぞ?このぶんじゃ、釈放はまずないと思った方がいいな」


とニヤついた顔で言った。


僕はそれを聞いて、この男は見た目よりずっとおしゃべりだなと思う。

城のお偉いさん? 誰のことだろうか。


「それは残念だね。別に何をしたわけでもないのに。まぁ、いいさ。その人に会えばきっと、誤解も解けるだろう」


僕はそう言いながら立ち上がり、お尻についた砂を叩く。すると男が手錠を手に、牢屋の中に入ってきて


「誤解なんてものはな、された時点で終わりなんだよ。へっ、きっと解けることもないと思うぜ。それが今の上の方針だからな」


と言った。僕はその言葉をとりあえず無視し、手錠を見て

「今更手錠ですか?」

と聞く。

しかし男の方も、その質問を無視して僕の腕を掴むと容赦なく手錠をはめてしまった。


「ふんっ、本当はこんなものなくてもお前みたいなひょろひょろ、どうにでもなるんだがな。今日のお偉いさんはどうも用心深いらしい」


男はそう得意げに言った。


僕の方こそ、こんな奴くらい腕を掴まれた瞬間に一捻りにできたのだが、それは隠しておくことにした。それに、今ここでこいつ一人をのしたところで、ここから脱出できるとは到底思えない。それならば、もう少しチャンスを待つなり、相手の出方を見るなりした方がいい。僕はそう判断した。


それにキミやトカゲがどうなったかも気になる。その情報もない今、僕は迂闊に動いてはいけない。そんな気もした。


「ふんっ、今度はだんまりか。どうした?急に観念しちまったか?」

「まぁ、そんなところだ。ここは大人しくしておきますよ。心象を悪くしたくはないんでね」


僕がそう言うと、男はいい心がけだと言い、またニヤッと笑った。そして、ついて来いこっちだ、と言い先に牢屋を出る。僕は黙ってその後に続いた。


とりあえずこれでいい。今はこうする他にないだろう。僕は前を見て歩きながら思っていた。

開かれた扉から出ると眩しい光が、目いっぱいに入り込んでくる。そのせいで、頭はクラクラし、目の奥はズキズキと痛んだ。しかし、これでいいと思う。やっぱり光というのは素晴らしい。光を浴びるだけで、体は否応なしに覚醒していく。


「朝飯くらいは出るのかな?」

「へっ、バカ言うんじゃねぇよ。俺だってまだ食っちゃいないんだ」


頭の方も最初に思っていたほど悪くないみたいだ。一応、こんな男相手にも冗談は言えた。やはり、あまり上等なものとはいえなかったけれど、まずは言えたことが大事だ。贅沢は言っていられない。それに本来、冗談というものは気心の知れたもの同士で言い合った方が、ずっと心地よく、そしてうまく出てくるものなのだから。


そこまで考えて、僕は突然ジンの顔が見たくなった。


しかし、ジンの所へ行けるようになるのは、もっとずっと先のことだろうと僕は感じた。なぜだかはわからない。でも、たぶんそうだろうと。

そしておそらく、そう思う原因のひとつが、僕が今向かっている先。そこで待ち受けている人物にあるのかもしれないと、僕は狭い通路を歩きながら、ヒシヒシと感じていた。


「さぁ、これからどうしようかな……」


僕は悲観するでもなく、楽観するでもなく、心の中でそう呟く。

僕の心は、何とかフラットな位置まで持ち直すことができたようだった。



「少し、ここで大人しく持っていろ。直にいらっしゃる」


僕は狭っ苦しい取調室のような場所に通されると、一人部屋に置いていかれた。どうやら、あの男の役目はここまでらしい。僕はドアが閉まってから、彼の背中に向かい小声で「ご苦労さん」と言った。


「やれやれ……」


そうして、僕は自分の手にはめられた手錠を見下ろし、座り心地の良くない硬い椅子に力なくもたれかかる。

目の安らぐ場所さえない、なんとも殺風景な部屋だった。しかも、やっぱり朝飯は出ないらしい。こんな所で待たせるのなら、せめて朝刊くらい置いていって欲しいなと僕は思った。だから仕方なく目を瞑ることにする。


ここに来るまで、建物の中をかなり長いこと歩かされた。それも、意図的に遠回りするような形で。おそらく、それも例の城のお偉いさんの指示なのだろう。なるほど、確かに用心深い人物のようだった。

しかし、僕は目を瞑りながら、さっきまで歩いていた道のりを正確に思い出すことができた。僕は記憶力だけには自信があるのだ。その記憶を元に大体の建物の見取り図さえ頭の中に描くことができた。本当に警戒するのなら目隠しをするべきだったなと僕は少しほくそ笑む。


まぁ、しかし、それで今の状況が何ら変わったわけでもない。

僕は気を引き締めなおして待つことにした。


一体、誰が来るのだろうか……

そう疑問に思いつつも、実は僕の中には一人の人物の想定しかなかった。

昨日の今日のタイミングで僕の前に現れる人物といったら、あいつくらいしかいないだろうと。


コンコンコン


5分程待った後にノックの音がした。僕はそれに「はい」と答える。すると、ドアが開き、そこから一人の男が現れた。


「ふふふっ、お邪魔しますよ。いやぁ、初めまして。ラシェット・クロードさん。お目にかかれて光栄だ」


そう言いながら入って来た男は大袈裟に両手を広げ、僕の存在を歓迎するかのように笑顔をみせた。


僕はその男の顔を直視する。

少し白髪が混じった黒髪のメガネを掛けた中年男。若干エラの張った顔にはやはり満面の笑みが浮かんでいる。

それらをざっと観察し、僕はいくらか溜めを作ってから


「こちらこそ、初めましてと言うべきですかね。ジース・ショットさん」


と言ってみた。すると、ショットは実に満足げに、

「ははは、さすがラシェットさん。もうお分かりだったのですね。いやいや、これは面白くなりそうだ」

と言った。よくわからないが何とも楽しそうだ。


僕はその様子を努めて冷静に見ようとしていた。

が、それを許さないある一つの要素を既に発見してしまっていたので、僕はその驚きを隠すのに必死だった。


それは無邪気に笑うショットの瞳。

その色だ。

それがなんと、キミと同じ緋色をしているのだ。


僕はショットが部屋に入ってきた瞬間それに気づき、目を疑った。しかし、何回さりげなく確認してみても、その色は紛れもなく深い緋色をしている。


「な、なぜだ?なぜショットがあの目を……まさか、ショットもキミと同じ守人だとでもいうのか……」


そんなバカな、と僕は思った。

そんなにポンポン、奇妙奇天烈びっくり人間がいてたまるか。これはきっと単なる偶然だ。きっと世界的に見ればそこまで珍しい目の色じゃないんだ。


きっとそうだ。いや、そうじゃなきゃ困る。


僕が冷汗を掻きながら、必死に耐えていると、ショットは僕の正面の椅子に腰掛け、


「さてさて、ご挨拶はこの辺りにして。せっかくです、僕と少しお話しませんか?」


と僕の気を知ってか知らずか、なんとも気軽にそう言ってきた。

だから僕は思わず

「話?」

と聞き返してしまった。


「ええ。そうです。今、ちょっと書類上の手続きをしておりましてね、それが終わるまで暇なんですよ。ですからその間、ラシェットさんにお伺いしたいことを、いくつか聞いてしまおうかと思いましてね」


ショットはそう言うと机の上に手を乗せ、僕の顔を下から覗き込むように見た。

僕はその視線をじっと受け止める。

「ふーっ、そうなんですか」

僕は気分を落ち着かせるための深呼吸だと悟られないように、大きく息を吐く。


そして、素早くこう考えた。

仕方ない、ここはショットのペースに合わせよう。どの道、僕はこいつから全ての情報を引き出さなければならないのだ。それまでは帰れない。それに、こいつの目のことも気になる……やれやれ、これで僕は益々脱出どころではなくなってしまったな、と。 だから僕は口を開き、


「まぁ、そうですね。この部屋にはトランプすら置いてなさそうですから。ちょっとお話でもして、有意義に暇を潰すとしましょう」


とショットに向かって言った。すると、それを聞いたショットはまた嬉しそうに笑う。


「ふふっ、賛同してもらえてよかったです。なにせ、僕はおしゃべりが大好きでして……」

「へぇ、そうなんですか」


そう言いつつも、そのおしゃべり好きな雰囲気はまだ会って1分くらいしか経っていないのにわかった。

ショットは僕が事前に想像していたよりもずっと、軽薄な男にみえる。


「はい、そうなんですよ。ですが、最近は中々楽しいお話し相手がいなくてですねぇ。ええ、ちょっと退屈していたところなんです。特にここ一年ずっと僕のおしゃべり相手になってくれていたサマルくんに逃げられてからは……本当にもう毎日が色褪せて色褪せて……」


「……サマルだと?」


調子よくしゃべり始めたショットの言葉の中に、サマルの名が出てくると、僕は先ほどまでに持ち直していた冷静さなど忘れ、ドスの効いた声を出していた。


「おや?」

その様子を不思議そうに見るショット。

僕はその顔を正面から睨みつける。


「何かお気に障ることでも?」

「ああ。あるね。お前が気軽にサマルの名を口にすることだ」

僕がなおも怒りの口調で言うと、ショットは


「おやおや、それのどこがいけなのですか?だって、僕とサマルくんとは友情なんてそんなくだらないものを遥かに越えたもので結ばれていた、言わば同志なんですよ?名前くらい呼びますし、いなくなったのを寂しくも思いますよ」

と、また僕をからかうように言う。


「サマルとお前が同志だと?」


「ええ。そうですよ。サマルくんは私の長い人生の中でやっと巡り会えた、唯一の仲間、同志です」


きっぱりというショットのにやけ顔に、僕は心の底から怒りが込み上げてくるのを抑えられなかった。


そうやって、僕をからかい怒らせようとしているのは頭の片隅ではわかっている。しかし、いくら僕の理性が本能に「おい、いいかげんにしろ」と警告を発せようと、本能の方はまるで聞く耳を持ってくれない。


だから、僕は怒りに任せて問答を続ける。


「けっ、何が同志だ。どうせお前がサマルに何かしたんだろ?それかサマルの仲間を人質にとった。それで意のままに操っていた。それで果たして、本当の同志なんて言えるのかな?」

僕がそう言うと、ショットは苦笑し


「ふふっ、確かにサマルくんには色々と協力してもらいましたし、他の皆さんにも同じようにご協力いただきました。しかし、ラシェットさん、あなたは何か勘違いをなさっていますね。僕が言う同志というものは、あなたの言わんとする、そんなフェアな関係とか、無償の好意とか、そんなものを土台に考えての関係ではないのですよ」


と言った。そして、そこで一端言葉を切ると、今までずっと顔に貼り付けていた微笑を消し去り


「要するに「同志」とは、僕の隣に並んで歩むに足る「資格」があるかどうか。それだけが問題なんです。だから、僕が人々に寄せる関心もそこだけなんですよ」


と冷たく言い放った。


「は?」


僕はそれを聞き、こいつは自分が王様か何かにでもなったつもりなのかと唖然とした。こいつは単なる一介のアストリア王国の役人ではなかったのかと……


僕は今までの人生でそんな考え方をする人間など、一人も見たことがなかった。強いて挙げれば、現ボートバル帝国国王ミハイル・ボートバルはこれに近い、自己中心的な人物だが、やはり情には流されるし、人から恨みを買うこともなるべく避けようとする。


これはまともな人間なら当然だ。


しかし、ショットの場合はどうもそうではないらしい。彼は人からどんなに嫌われようが、恨みを買おうがそんなことは自分の感情とは一切関係ないみたいに言っている。だから仲間を人質にとり、おそらくサマル自身にも酷いことをしたにも関わらず、彼は自信満々にサマルのことを「同志」などと言えるのだ。そこに、サマル目線の感情は介入しないし、もちろん仲間を人質にとっている後ろめたさもない。相手がどう思っていようが、同志は同志だし、それ以外はそれ以外として完全に無視、もしくは本当に他人事のように扱うのだ。


僕はため息をついた。


僕はこんなわがままな奴は初めて見た気がした。


「サマルのことを何も知らないくせに……」


そこまで考えて、僕は思わずそう呟く。

これは紛れもない僕の本心の言葉だった。そして、僕の今の複雑な感情、その全てがこの言葉に集約されていた。しかし、そんな感情も

「ふふふ、僕から言わせてもらえばですね、ラシェットさん。あなたの方こそ、本当はサマルくんのことを何も知らないんじゃないですか?きっと、僕の方が今のサマルくんについてずっと多くを知っていると思いますよ」

と言うショットの言葉に、無残にも打ち砕かれてしまった。


そうなのだ。本当は、僕だって今のサマルについて、手紙から受けた印象以上のことは何も知らない。僕の中のサマルはずっと中等学校時代のままなのだ。それはわかっていた。しかし、それでも僕はどこか釈然としない気持ちを抱えていた。


「ずっと多くを知っているとか、そんなことは関係ない。問題は一緒に過ごした時間、その質だ……」


僕がなんとかそれだけ絞り出すと、ショットは

「ふふっ、だから僕にはそんなものはよくわかりませんよ。でもまぁ、いいでしょう。あなたがそう仰るのならそれでも」

と、言いまたにやけ顔に戻った。

それを僕は睨みつける。そして、思い切って


「お前はいったいサマル達に何をしたんだ?」


とずっと聞こうと思っていたことを聞いてみた。

もはや、そこには何の計算もない。僕はこいつを相手に駆け引きなんて、ただ疲れるだけだと思ったのだ。ストレートに聞いてみて、ダメならダメでいい。こいつのおしゃべりな性格からしたら、もしダメでもヒントくらいはあっさりくれるだろう。そう思っていた。


「ふふっ、それは……城に着いてからのお楽しみです。こればっかりは口で説明してもわからないでしょうからね。あなたにも同じことにご協力していただきます。まだ端末もいくつか余ってますしね。だから焦らずとも、いずれわかりますよ。ふふふ」


「なるほど、僕も実験台の一人ってことか」


予想以上にストレートな返事がかえってきたが、僕はその言葉にうんざりした。

こりゃ、やっぱりあの時牢屋から脱出しておけばよかったかなと。


「実験台とは、また誤解なさっていますが、まぁいいでしょう。それよりも聞いておきたいことがいくつかあるんでした。城に戻る前にそれだけ聞かせてもらってもいいですか?」

ショットはそんな僕の様子を尻目に言った。

「ええ。答えられる範囲でしたらね」

僕はショットの顔を見ずに言う。


「もちろん、それで結構です。しかし、あまり難しい質問ではございません。僕が聞きたいのは、あなたの元に届けられたサマルくんからの手紙の所在とその内容。それとリッツくんから預かってきた手紙の所在、それだけなんですから。あなたの荷物の中にはありませんでした。ということは、他の誰かが持っているのですか?」

ショットは僕に聞いてきた。だから僕は


「ええ。そうです。昨夜、両方ともトカゲに盗まれてしまいました」


と答えた。疑う余地もないくらい実に堂々と。


「ふふっ、なるほど。トカゲですか。確かに昨夜、ニコ・エリオットの所にあなたと一緒いる姿を目撃されていますね」

そう言うとショットはなにやら考え込むように黙った。

そんなことはしゃべり始めてから初のことだったが、それよりも僕は、やはりショットがトカゲのことを知っているということが気になったので、そのことをしっかり頭にインプットする。


「まぁ、それはそれでいいでしょう。どちらにせよ、その内にわかることです。それではサマルくんからの手紙の内容の方はどうでしょう?ラシェットさん、あなたはその手紙をお読みになりましたね?でしたら、その内容を詳しく教えていただけませんか?」


「それはお教えできません」


僕はまた実に堂々とそう言った。


これはここに連れて来られた時から決めていたことだったから、すんなり口にすることができた。

きっと、ショットには運動会での選手宣誓のように、爽やかな響きで聞こえたことだろう。


「おやおや……そうですか」

僕の宣言を聞き、ショットは浮かない顔をした。その目はやはり僕の目をじっと見据えている。

「うーん、どうしてもですか?」

「ええ。ダメですね、こればかりは。約束ですから」

「そうですか……では、仕方ないですね」

そう言うとショットは姿勢を正し、椅子に掛け直す。そして、僕と目線の高さを合わせると


「少し早いですが直接、記憶に聞いてみましょう」


と言い、僕の目を力込めて見つめ始めた。


僕はそれを見て「まずい」と思うと同時に、心のどこかで「やっぱりな」とも思う。


僕の危惧していた通り、ショットはキミと同じ目を持っているのだ。

これがその証拠。キミがこの間僕の心を覗いたように、ショットも今、同じ方法で僕の記憶の中のサマルの手紙を覗き見ようとしている……僕の悪い予感は、またもや当たってしまったということだ。


しかし、それがわかったところで、今更このショットの瞳から目を逸らすことはできない。そんなことをしてしまったら、この目の能力を知っていることがばれてしまう。まぁ、どちらにせよ記憶を全て覗かれてしまえば、キミのことだって、あの遺跡のことだって、全てばれてしまうのだが、今はこの反応で通すしかない。

それに同じ目を持っていたって、全く同じ能力を有しているとは限らない。たぶん何かしらの個性はあるはずなのだ。僕はその可能性も把握しておきたかった。


僕はただひたすら、じーっとショットの顔を見つめる。こんな中年のおっさんの顔などずっと眺めていたくはなかったが、これも仕方がない。試練だと思って諦めよう。

「しかし……」

僕はショットの顔を眺めながら、妙な違和感を感じ始めていた。何が原因なのかはわからない。とにかく、僕の記憶の中の何かが、強くこのショットの顔と呼応しているようなのだ。


「なんだろう……どこかで…どこかで見たことがある?」


改めて、ショットの顔をよく観察してみると、そのような既視感が涌いてくるのがわかった。


しかし、どこで見たのかは皆目見当がつかない。


もしかしたら、それは僕の勘違いなのかもしれない……いや、やっぱり見たというよりも、むしろどこかで一度会っていると言った方が感覚的には近いかもしれなかった。


僕は思い出してみる。しかし、先ほどショットは僕に向かって「はじめまして」と言っていたではないか。それで僕も自然に「はじめまして」と応えた。そのやり取りには何ら引っ掛かる感覚はなかった。おそらく、僕とショットは本当に初対面のはずだ。


なのに、どうしてだろう。

この嫌らしいにやけ顔を見つめれば見つめる程、僕の中では「僕はこいつを知っている」という直感がむくむくと育っていっている。それは、まるで昨夜突如として僕の中に出現した、オリハルコンに関する知識、それが降りてきた時の状態とよく似ていた。


「まったく。どうなってるんだ?この既視感は……」


いくら頭を切り替えようとしても、この感覚は拭い去れそうにない。

さらに、そのうちに彼の「ジース・ショット」という名前にも、思い当たる節があるような気がしてきた。


「ジース・ショット……ジース…?最近どこかで、その名を目にしたような気がする……あれは、あれはどこだったろう……」


僕が当て所ない考えを巡らせ、そろそろ何かを思い出せそうになっていた時、突然ショットが


ガタッ!


っと椅子から立ち上がった。


僕はそれにびっくりしてショットの顔を見上げる。その顔には先ほどまではなかった、玉のような汗がびっしり浮かんでいた。


「バ、バカなっ!そんなことがあってたまるかっ!!ロ、ロックが掛かっているだとっ!?」


ショットは吐き捨てるように言った。

僕はその様子をキョトンとして見る。いったい、何事だと。なんだ?僕のことを言っているのか?


「ラ、ラシェットさん……あなたは、あなたはどうして……ま、まさか見たんですか!?この目を。あなたは以前にこの目を持つ人物に力を行使されたことがあるのですか!?」


ショットはそう僕に詰め寄ってきた。僕はその暑苦しさに思わず身を引く。しかし、ショットはなおも僕に顔を近づけて来る。


目を見た?力を行使された?


僕は考える。よくわからない。よくわからないが、もちろん答えはすぐに出た。僕はもうすっかりオカルトや古代文明の類いには寛大な心を持つことようになってしまったらしい。


きっとあの時だ。あの時、キミに力を行使された。それで僕の中で、何かが閉ざされてしまったのではないかと。

そういえば、この前キミに同じことをされた時に感じた鼓動の高鳴りや、視界が狭まるような感じも一向にしてこない。


「僕の質問に答えてくださいっ!」


僕が考えていると、痺れを切らしたのかショットは荒れ狂ったように言う。


僕はその様子を、冷静に観察できた。人は他人の狂気を見ると、なぜか冷静になれるものだ。

だから僕はわざとらしくゆっくりと


「わからないですね。心当たりも全くありません」


と言ってやった。


「くっ……」


ショットはいかにも悔しそうな顔をした。

僕はその顔をみて笑みを浮かべないようにするのが大変だった。


「いいんですか?ちゃんと答えていただかないと、サマルくんのお仲間の命の保証はできませんよ?それに、ラシェットさん、あなたご自身の立場というものも考えてみてください。僕はあなたの命だって、この手に握っているのですよ?」

ショットは言う。

しかし、それが苦し紛れの脅しだということはすぐにわかった。


「そうですか。じゃあ好きにしてください。もとより、サマルの仲間のことなんて僕の知ったことではありませんから。僕の命についてだってそうです。どうぞ、煮るなり焼くなりしてください」


僕がそう言うとショットは黙った。

だから僕も黙ることにする。互いの視線がぶつかる、バチバチという音が聞こえてきそうだった。


「ふふっ」


しばらくすると、ショットが笑いを漏らした。そして額に手をやると、僕から視線を逸らし


「いや、やっぱり脅しなんて、そんなつまらないことは止めましょう。僕がどうかしていました。せっかく、こんなにも面白い話相手が、それも期待以上の方が見つかったのです。殺すなんて勿体ない……」


と言った。そして、続けて


「まぁ、聞きたいことは追々、教えていただくことにして……しばらく僕と一緒に来てもらいますよ。これにはノーとは言えないはずです」

と僕に聞いてきた。


「確かに。この状況ではノーとは言えませんね」


僕がそう答えると、ショットの顔に笑顔が戻った。満足げな、無理のない笑顔だ。


「ふふっ、よかったです。それでは早速ですが、そろそろ行きましょうか。もう手続きも終わる頃です。僕の後について来てください。いいですね?」

そう言うとショットは後ろを向き、ドアを開けた。そこには、先ほどの兵士とは服装の違う2人の兵士が立っていた。

二人の兵士はショットを見ると軽く敬礼をする。僕も大人しく立ち上がった。


僕は考えていた。

ごめん、キミ。しばらくは戻れそうにないよ。すっかり約束を破ってしまったね……心配しているかな、いや、むしろ怒っているかもな……。


そして、願わくばキミ、ここには来ないでくれよ……キミにとってこの男は危険だ、と。




しかし、そんなラシェットの願いも虚しく、この時キミ達は既にこの建物の門の前まで来てしまっていたーー


キミは屋上を見上げる。


そこには確かに、自分達が追ってきた謎の飛行機、ヘリコプターなるものが見切れていた。


それを確認したキミは、前方の建物を鋭い目つきで睨みつける。

そして、小さな声で


「ここね」


と、決戦を決意するように呟き、腰に手を当てたのだった。


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