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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
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追跡 3

<ユーグリッド暦2399年……侵略……ついに我が国破れん。暦も変わりぬ……しかし、そこに草が生え、木が繁ることはない……人が変われど、国は変わらぬのだ。だが……の文明は、人心はいつか滅ぶであろう……の簒奪者よ……正しい歴史など、後には残らない。あるのは記述だけ……この星の……それを知る者がいるとすれば、それは守人と……のみである。しかし、彼は……彼らは関わってはならぬ……ならば、せめて私が記しておこう。かれら偉大なる簒奪者の歴史を>


「『パンダアラム文書』偉大なる簒奪者……ね」


金髪、灰瞳の男はそう呟いた。


そして優雅な仕草で脚を組み軽く伸びをすると、読書用に掛けていたメガネを外す。


今、この場所には彼以外誰もいないが、もしここに年頃の女の子がいたとしたら、きっと皆、その仕草と美しい顔を見ただけで彼に好意を抱いていたことだろう。少なくとも不快に思う人はいなかったはずだ。


彼は生まれながらにそんな雰囲気を持っている。


別に誰が見ているわけでもないこんな場所でも、いつも彼は優雅に見えるように振舞ってしまうのだが、これは幼い頃からの教育の賜物で、彼自身、特にそれで疲れるというわけではなかった。

自然と育ちが出るというのはこういうことなのかもしれない。

実際、彼の仕草はただ普通の人がするように歩いたり、食事をしたり、挨拶したりするだけでも彼がすると、とてもエレガントに見えた。中にはすごくセクシーだと言う女性さえいたくらいだ。


しかし、それに関しても彼はつい最近まであまりピンときていなかった。

つまり、自分のルックスと仕草が女性を惹きつけるということを全くわかっていなかったのである。

だから、彼はそれを「自分が王族だから皆、近づいて来るんだ」と勝手に決め付けていた。


この認識は正確に言えば間違いだったのだが、あながち見当違いでもない分、性質が悪かった。


まだ多感で難しい時期だった頃の彼は、どんどんこの考えにとりつかれていってしまった。


「まただ。また、みんな同じ目をしている……上っ面だけだ。僕に笑いかけてくれるのも、僕に話しかけてくれるのも、みんな演技に過ぎないのだ。知ったような口を聞いて、耳触りの良い言葉を言うのもそうだ。僕のことを何もわかっていないくせして、みんなが僕のことを褒める。チヤホヤする。僕が何をした?僕はまだ何もしていないし、何もできていない。チヤホヤされる理由がない。それでわかってしまうんだ。みんな、本当は僕がどういう人間かなんて知りもしないし、知ろうともしていないってことが。僕はこんなに人に囲まれているのに、いつも置いてけぼりをくらっているようだ……僕はここにいるのに、誰も僕を見つけてくれやしない……つまらない。ここは本当につまらない。僕は一生こんな人達の中にいなければならないのか……僕はずっとこんな気持ちで生きていかなければならないのか……」


それはひどく寂しい思い込みだった。


しかし、まだ幼く、世界の広さを知らない彼にとってはそれが真実だったのだ。


しかもそれを裏付けるかの様に、父や兄達の何も疑わず、周囲の言葉に乗せられ、偉そうに玉座でふん反りかえっている姿を見せられてしまっては、もう彼は自分の将来に絶望にする他なかった。


だからなのか、どうなのか。今となっては覚えていないが、彼は18歳の時にこの城を出たのである。


それは期限付きではあったが、初めての護衛もなしの、完全なる異国での一人暮らしだった。

王子である彼がそんなことを許されたのも、きっと長年のふてくされた態度が国王の目に余り、後継者として見放されたからだったからかもしれない。


しかし、理由はどうあれ、彼はそこで生まれて初めて自由を得、多くのかけがえのない人々と出会い、たくさんの思い出を作ることができたのだ。


そして、その一番最初の出会いにして、最大の幸運がサマル・モンタナとの出会いだったのである。


ある日、サマルは彼に言った。


「王族が嫌なら、そんなものとは縁を切っちゃえばいい。そんな家柄なんてなくったって、この世界はちゃんと一人でも生きていけるようにできてるんだから。全然難しいことなんかじゃないんだぜ?そうだなぁ……例えばさ、僕みたいに機械の研究・開発機関を目指してさ、一緒に飛行機の開発をしよう。そして、週末はその飛行機でナーウッドの仕事を手伝ってさ。もちろん、みんなも集まれたら集めてね。それでみんなでまた論文を書いたり、くだらない話を朝までしようぜ。そしたら、次の日からまた仕事を頑張ってさ。ってそんな生活。大丈夫、リッツにもできる。それも僕なんかよりずっと上手にエレガントにね。リッツは自分が思っている以上にたくさんのことを、人より上手にできる才能があると、僕は思うな。こればっかりは、お父様に感謝するべきかもね。リッツは本当に良い教育を受けてきたんだと思うよ。それに、いい顔してる。こりゃ、イリエッタが惚れるのも無理ないな。ははは」


彼、リッツ・ボートバルはサマルの言葉を思い出しながら、そっと読んでいた本を閉じた。


サマルのことを思うと彼は切ない気持ちになった。

気がつけば、四六時中サマルのことばかり考えてしまう。


今、そんなことを考えても仕方がないことなのに……


リッツは王族専用の図書室にいた。

ここは、王族とそれに許可を受けた貴族階級しか入れない小さな図書室だった。

部屋の中は四方を本棚に囲まれ、ハシゴで上の方の本まで取れるようになっている。

真ん中には今、彼が座っている長テーブルがあり、椅子が6脚置いてある。テーブルも椅子も重い木材を使った立派なものだ。


そのテーブルの上にはリッツが、一年ほど前からずっと読み漁っている、あらゆる種類の本が雑然と積み重ねられていた。どれも立派な皮装を施されており、金泥のかっちりした文字で細部まで彩られている。

その文字の殆どは古代アストリア文字で、中にはそれよりももっと古い、ユーグリッド文字やカステポー文字で書かれている本もあった。


実はこの図書室に置いてある全ての本がそうなのだ。


それ故に、この図書室に入り浸り、古代の人の知識や見解、またその深い記憶に親もうとする王族や貴族は絶えて久しい。誰も古代文字など読めないのである。もちろん王族や貴族たる者、基礎くらいは幼い頃から習ってはいたが、この図書室に置いてある本はどれもそんな生半可な読解力ではまるで歯が立たないように、文字組みがされていた。


言わば王家の「秘書」と言っていい蔵書ばかりがこの部屋には収めらているである。


しかし、そんな長年の古代文字離れにより、いつしか皆ここの存在を顧みなくなっていった。


それに関してリッツは、きっと歴代の王族はこう思ったのに違いないと考えていた。

「別にこんな知識がなくても、軍事力さえあればボートバル帝国は安泰だ。よって、我々の地位が揺らぐことはない」

と。


それに、王族のような確かな地位に生れながらそんな、たかが古いだけが取柄の本に、玉のような自尊心を傷つけられたくないと誰もが無意識のうちにそう思ったのだろう……


そんなくだらない理由でここは半ば放置されていたのである。

リッツがここに通うようになるまでは、ここの一番の常連は、時折掃除に来るおばちゃんだったのだ。


「これでもないか……」

リッツは席を立ち、他の辞書と類似文献索引を探しに行く。

まだまだ読めない部分、自信が持てない訳がたくさんあったからだ。


「しかし、これでは宝の持ち腐れだな……」


索引を繰りながらリッツは思う。

どうせ、誰も読まないのであれば、もっと広く学者や学生などにこの場所を開放してもいいのに、と。まぁ、ここに置いてある本は、内容が内容なだけに、おいそれと人々の目に触れさせてはならないことはわかっているのだが……


「せめて、もう一人手伝ってくれればなぁ……」


と、どうしてもそう思ってしまう。しかし、そんな人などいないことはわかっていた。ましてや、自分と志を共にして、手伝ってくれる人など……


いや、本当は一人だけ心当たりはある。


それも、自分と同じくらい古代文字が読め、自分よりも豊富なアイデアと経験を持ち、長い時間心を通わせた合った親友の男。


「ナーウッド……」

リッツはふとページを捲る手を止め考えた。

しかし、すぐさま頭を振り、その考えを棄て去る。


「ダメだ、あんなやつを頼っちゃ。あいつは、あいつはサマルを殺そうとしたんだっ!」


リッツはまた別の資料に手を伸ばす。


そう。今や、彼を手伝ってくれるのはこの膨大な手記だけと言ってよかった。


聞くところによるとそれらの手記は全てボートバル帝国初代国王の直筆だという。

真偽のほどはわからない。が、リッツはおそらく、それは本当のことだろうと思っていた。この一年、ずっと手記と向き合ってきた彼にはなんとなくわかるのだ。そして、ここにある蔵書の殆ども初代が集めたものだろうということも。


なぜ初代がこんな古文書集めと、そのデータ整理に夢中になり、心血を注いだのか。それすらも、リッツにはもうわかりかけていた。

それだけの価値がこれらの本の中には確かにある。でも、それがわかったのも初代の残した手記や注釈、索引があったからだ。


これだけの蔵書の内容を関連付け、索引を作るのだけでも想像を絶する労力を使ったはずなのに、初代はなおかつ安定した政権運営をし、息の長い都市計画を作ってみせたのだ。

リッツはそれだけの仕事をやってのけた初代に、本当に頭が下がる思いがした。そのことで、初めて自分の中に流れている王家の血のことを誇りに思えたくらいに。


「どんな人だったんだろうな、初代は……」

リッツは思いを馳せる。しかし手を止めることなく調べものを続けた。


「ん?これは……」

それは席に戻り、とある古文書に当たっている時だった。そこでリッツは久しぶりに手を止めた。どうやら、また探していた記述のひとつが見つかったらしい。リッツはそれを注意深く解読する。


アストリア暦478年、567年、611年、698年……アップ、サンド、コゴモ、ベルドラン。


リッツはそれを何にメモするでもなく、口の中で繰り返す。そうして記憶しているのだ。下手にメモなどとって、他人に見られたらいけない。


「ふぅ、いったいどれだけの理由をでっちあげたら、こんなことができるんだ?」


その古文書を見ながらリッツは思った。そして、その恐ろしさに身震いすら覚えた。


「やっぱりサマルの論文は間違いじゃない。でも、これを僕はどうやって……」

リッツが机を注視し考え込んでいると


「あら?やっぱりここにいたのね」

と入口から女の声がした。リッツはそちらを振り返る。と同時にさりげなく今読んでいた本を閉じ、違う本の下にしまった。


「ジョアリー、誰の許可でここまで来たんだい?僕は許可した覚えはないよ」

リッツは言った。

「ふふっ」

するとジョアリーと呼ばれた女はショートボブにした黒髪を揺らして笑う。そして臆することなく、つかつかと図書室の中へと入ってきた。彼女の履いているハイヒールの踵の音が静かな図書室にコツコツコツと鳴り響く。ショートパンツを穿き大胆に露出している、そのすらっとした脚線美もこの空間にはひどく眩しく、場違いに思われた。

その姿をリッツは苦々しい顔をして見守る。本当は別にどうとも思っていないが、そういう演技は必要だとリッツは感じていたのだ。


そうこうしているうちにジョアリーはリッツの隣まで来て

「許可なら毎日ベッドの中でもらっていたはずよ?覚えてないのなら、それはリッツ、あなたのせい」

と言った。それに対し、リッツは

「そんなことはないよ。僕は公私を混同しないからね。ベッドの中はベッドの中、ここはここさ」

と答える。


「あら、ずいぶんひどいことを言うのね。だったら、私だってもう一緒に寝てあげないわよ?」


「ははは。どうぞご勝手に。僕は全然構わないよ。だって、毎日僕のベッドに勝手に潜り込んでくるのは、君の方なんだからね」


リッツは笑った。するとジョアリーは途端に寂しそうな顔になり

「……わかったわ。出て行けばいいんでしょ?出て行けば」

と言った。そして、くるりと後ろを向き、去って行こうとする。だから

「ふふっ、ちょっと待てって。いいよ。わかったからさ。ずっと、ここにいていいよ」

とリッツは仕方なく呼び止めたのだった。


「リッツはここで、何をそんなに勉強しているの?」

ジョアリーは自分をそっちのけにして、ずっと本とにらめっこをしているリッツにそう聞いた。

もうかれこれ20分近く放置されていたので、飽きてきていたのだ。

その言葉に久しぶりにリッツは顔を上げる。

「昔の科学のことさ」

「科学?」

ジョアリーは不思議そうな顔をした。

「科学ってあの科学?」

「他にどんな科学があるのさ」

リッツは答える。

「でも、昔にそんな科学なんて呼べるようなものがあったの?」

ジョアリーは素朴な疑問を口にした。リッツはそれに頷き

「ああ。もちろんあったのさ。それも今よりもずっと進歩したね」

と言う。


「例えばね、昔の人はずっと遠くの宇宙まで見える望遠鏡を使って、宇宙の歴史や星々の歴史を調べようとしていたんだ」


リッツは言った。しかしジョアリーにはその言っている意味の三分の一も理解できなかった。だから大人しく質問だけすることにした。


「それって、どういうこと?」


「ふふっ、実は僕にもよくわからない。でも、そういうことは可能らしいんだ。ずっと遠くの宇宙には、ずっと昔の光が残っていて、それを現在から観測することによってその星の歴史を知ることがね。つまり遥か遠くの宇宙には過去が見える状態で保存されているんだよ」


リッツは目を輝かせて言う。でも、それに対しジョアリーは

「へぇ、そうなの」

と、答えるしかなかった。しかし、ジョアリーのそんな様子などお構いなしにリッツはしゃべり続ける。


「単純に今僕達が見ている、夜空の星もそうだ。あれは今現在光っているんじゃないんだよ。あれは過去からきた光なんだ。それをただ僕達が現在、認識しているだけでね。そう思うと、あの夜の星達も何か特別なものに感じないかい?」


「さぁ、どうかしら?」

そう言うとジョアリーは堪らず立ち上がった。もうこれ以上、わけのわからない話にはついていけないと思ったからだ。

「あれ?もう行っちゃうのかい?」

それを見てリッツは言う。しかし、ジョアリーは既に歩き始めていた。

「ええ。やっぱり退屈なんですもの。リッツもさっさと終わらせて部屋に来てね。待ってるから」

そう言い残すと、ジョアリーはここに入って来た時同様、つかつかと足早に部屋を出て行った。


リッツはそれをにこやかな顔で見送る。そして少し時間をあけたあと、ようやく


「ふーっ、やれやれだな」


と呟いた。やっといなくなってくれたと。

信用している演技をするのも、なかなか骨が折れるものである。それに横にいられては、さすがに本当の調べものはできない。


リッツは先ほど本の下に隠した本を取り出し、また調べものを再開する。


「まぁ、せいぜい利用させてもらうさ。おかげで人払いも早く進みそうだしね」


リッツはジョアリーのことを思い、そう言った。実際にここ数日、城内は戦争の準備でなにやら騒がしい。人員の輸送もそろそろ始まるみたいだ。


でも、もう少しだ。まだ人が多過ぎる。


リッツは本を捲る。


今は待つんだ。それしかない……


リッツはまた顔を上げた。そして

「そういえば、トカゲの方はうまくやっているだろうか」

と、ふと思った。

もちろん、彼のことは信用してはいたが、なにせもう時間がないのだ。早く、あの手紙を回収し、ラシェットをショットと接触させなければ。そうでなければ……


あの時見た通り、きっとラシェットはサマルを殺してしまうだろう。


それだけはなんとしても避けなければならない。


リッツは鋭い目つきになった。そして、


サマルを一番最初に見つけるのは僕だ!決して、誰にも殺させやしない!


と強く心に誓い、また終わる見込みのない作業へと戻っていった。



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