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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
42/136

追跡 2

「おっかしいなぁ……どこまで行っちゃったんだろう。シュナウザーさん」


ペンギンから渡された無線機を片手に、男は頭を悩ませる。


自分にはいささか不釣合いと思える、高級ホテルの一室で彼、ザック・ペイリーは落ち着きなく窓の外を眺めていた。


彼もシュナウザー同様、ペンギンに雇われた裏の人間の一人で、専門は殺しだった。しかし、今はこの部屋でペンギンから無線で連絡を受けつつ、ターゲットの小娘の動きを見張るだけという楽な仕事をしている。


それもそのはずで、彼はまだまだ駆け出しの殺し屋だが、雇い主のペンギンは中堅どころの何でも屋だし、一緒に雇われているシュナウザーはペンギンよりもさらにベテランの一流の殺し屋だった。だから、自分の出る幕など、鼻からないのはわかっていた。


その割りに報酬がいいのだから、特に文句はなかったが、強いて言えば愉しみがないのは残念だった。


聞けばターゲットの娘はなかなかの美形だと言うではないか。


それを聞いてザックは内心、舌なめずりをしていたのだ。


殺し屋としてはシュナウザーのことを尊敬し、畏怖しているが、もう年でそういう愉しみに関しては枯れてしまっているだろうとザックは思っていた。だから、どうせならその愉しみを自分に回してくれないかなと、大先輩の粋な計らいに淡い期待を抱いていたのだ。


しかし、そのシュナウザーの姿が30分ほど前にロビーから消えてしまって以来、見当たらないのである。


「ふーっ」

ザックは大きく息を吐き出す。


ペンギンからは無線で、どうやら娘が部屋から出たらしいという連絡を受けていた。そして、シュナウザーと一緒にホテルの外に出て行ったようだとも。


「まさか、シュナウザーさん年甲斐もなく、お楽しみ中か?」

 

ザックが退屈しのぎにタバコを咥え、ゲスな想像をしていると、


コン、コン、コン


と、独特なリズムと強弱で、ノックの音がした。

間違いない。これはシュナウザーのものだった。


「お、やっとお帰りですか」

ザックは呟くと、ドアを開けに行く。そして、お帰りということは、首尾よく娘を捕まえられたのだなと思った。

念のためチェーンを外さず、ドアを開ける。

すると、そこには確かにシュナウザーと、シュナウザーに捕まり、遠くのガードマンから見えないように首にナイフを押し当てられている娘の姿があった。


ザックはその姿を見て歓喜した。

さすが、シュナウザーさん。話のわかる人だと。


ザックはすぐさまチェーンを外し、ドアを開けた。


「おかえりなさい、シュナウザーさん。いやぁ、流石です。この警備の中、よく捕まえて来られましたねぇ」

ザックはシュナウザーを部屋に迎え入れながら、調子よく言う。


そして、シュナウザーの方を見つつも、舐めまわすように娘の品定めをした。


少々幼く、体つきは自分好みではないが、悪くない。聞いていた以上の美少女だった。伏目がちにしている仕草も、なかなかの見ものだ。

ザックはその顔をよく覗き込んでみる。すると、緋色に光る美しい瞳が目に飛び込んできた。

それは無粋なザックにも、なんと美しいと思えるような瞳だった。ザックはそんな瞳の色を見るのは初めてだった。


こりゃ、思っていた以上の良い獲物だ。

情報さえ引き出せれば、あとは好きにしていいとペンギンからは言われている。これは嫌が応にも浮き足立ってしまう。

ザックは興奮を抑えられそうになかった。


「へへっ、シュナウザーさん。じゃあ早速、仕事に取り掛かりますか。まずはどうします?あまり最初から痛くすると可哀想ですから徐々に……」

とザックが顔を上げ、シュナウザーに話しかけた時である。


ザックは左太ももに冷たい感触が走ったのを感じた。


「ん?」

ザックは奇妙に思いふと、自分の太ももを見下ろす。


するとそこには、つい先ほどまで娘に突きつけられていたはずの、シュナウザーのナイフが根元まで深々と突き立てられていた。


「なっ……」


ザックは言葉にならない声をあげた。


それは、プロのザックにも気がつけない、小さなモーションでの見事な一撃だった。

これがいくつもの修羅場を潜り抜けてきたシュナウザーという男とこの駆け出しの殺し屋との実力の差らしかった。


痛みというのは、視覚で意識してしまったらもうお終いだ。みるみるうちに、ザックの左脚を激痛が襲う。


彼のズボンには、だんだんと血も滲み始めていた。


「あっ、あっ、あ……な、なんで?なんで……」


意識が遠のくほどの痛み。それでも大声でわめき散らさないくらいの根性はザックにもある。しかし、とても立ってなどいられない。


ザックはシュナウザーの方を不可解な目で見ながら、その場に膝から崩れ落ちた。


一方のシュナウザーはその様子を特に感想もなさげな虚ろな目で見下ろしている。


「シュナウザーさん、どうしたって……」

なお、ザックが問いかけようとすると


「うるさいわね。自業自得よ」


と小娘の方が口を開いた。


「な、なに?」

ザックはまた驚きのあまり声を漏らした。

見上げると、小娘はさっきまでの俯き顔とは正反対の、勝気な顔でこちらを睨みつけていた。

ザックは呆然とその姿を見つめる。

それを尻目に娘はすたすたとザックの横を通り過ぎ、カーテンを閉めた。そして、振り向くと


「このヒゲから聞いたわ。あなた今まで、仕事以外でも随分ひどいことをしてきたのね?それも、自分よりも弱い女の子や老人ばかり狙って。あなた、お仲間からも評判悪いみたいよ?」


と言った。その顔には怒りが満ち満ちている。ザックは益々混乱した。


わけがわからない。なぜ、こんなことになっているのか。


ザックは思った。

しかし、その理由は到底わかりそうにはない。

なぜ、俺はこんな小娘にバカにされなければならないのか。なぜ、シュナウザーは何も言わずこの小娘の味方をし、そしてなぜ俺をこんな目に遭わせているのか……


「くぅっ……」


いくら考えても、「なぜ」だらけだった。それに、ない頭を使うにしても脚が痛すぎる。今にも気絶しそうだ……


「へへっ、シュナウザーさんも俺のことを気に食わなかった口かい?意外だなぁ……あんたはそんな青臭い倫理なんて、とうに捨ててるもんだと思ってたがな……」


痛みに耐えながら苦し紛れにザックが言うと、シュナウザーは僅かに眉根を動かし歩み寄ってきた。そして、側に腰を屈めるとザックの懐から彼のエモノであるナイフを奪い、また立ち上がった。

「おいおい、本気かよ。まさかこんなガキに懐柔されたんじゃないだろうな?それとも、色仕掛けか?ははは……」

手痛い一撃を受けた悔しさからか、ザックはせめてもの嫌味を口にする。その言葉にシュナウザーはまたしても少し反応をみせた。

「へへっ、図星かよ。呆れたぜ」

ザックがそう言うと


「おい、小僧」


とシュナウザーは幾分、語気を強め言った。

その迫力にザックは思わず怯む。


「さっき、お前は倫理がどうとか言ってたな?」


「ああ、言ったぜ?それがどうかしたか?」


と、ザックが怖がりながらも精一杯の虚勢を張った、その時である。


シュナウザーはごく自然な動作で、ザックの太ももに突き刺さっているナイフをぐしゅっと、思い切り踏みつけたのだ。


「ぐわぁぁぁぁぁーーーーーー!!」


「当たり前だ。お前の言う通り、そんなものはとうに捨てている」


シュナウザーは素っ気ない顔でナイフを踏み続ける。これには、さすがのザックも声をあげずにはいられなかった。

両目からは止めどなく涙が溢れ出してくる。


「キミさん。サイドテーブルの引き出しです。そこに彼の銃がある」

そんな様子のザックに見切りをつけたシュナウザーは、また抑揚のない声に戻りキミに教える。それを聞くと、キミはうん、と頷きサイドテーブルに向かった。

「あ、あった」

キミはそこにしまってあった小型のオートマチックを取り出すと、珍しそうにしげしげと眺める。それを見かねてシュナウザーが

「もし、使うなら左にセーフティーが付いている。それを外すんです」

と言った。

「ん?ああ、これね。で、あとは引き金を引くだけっと」


「ぐわぁぁ、くっ、い、痛ぇ……もうやめてくれ……くぅっ……」

そんなキミとシュナウザーのやり取りなど全く目に入っていなかったザックは、ただただ床をのたうち回っていた。

そこへキミは近づいて行く。そして、容赦なく銃を向けた。その赤い目はまるで燃えているようだった。

それを辛ろうじで目の端で捉えると、ザックは竦みあがって目で訴えた。

殺さないでと。


「大丈夫よ。殺したりなんかしないわ」


キミはその心を見透かしたように言う。でも、銃は下ろさない。


「ただし、私の言う通りにしてくれたらね。そうしたら、その傷の手当もしてあげるわ。ヒゲさんはそういうのも得意らしいの。よかったわね」


キミは実に素っ気なくそう言った。




「お、シュナウザーが娘を捕まえたか!いや、よくやったよくやった。うんうん、わかった。今からそっちに行こう。それまで娘に妙な真似はするなよ?わかったね」

ザックからの連絡を受けるとペンギンは

「ふーっ、やれやれ」

とほっと胸を撫で下ろした。とにかくこれで一安心である。


正直、少し困っていたのだ。

あんなところにずっといられたら、トカゲの要望通りの日数では捕まえられないのではないかと。でも、それよりもずっと早く捕まえることが出来た。


「よしよし、これで報酬も上乗せしてくれるに違いない」


ペンギンはジャケットに袖を通しながら、上機嫌で考えた。

実は最近、ギャンブルで負けが込んでしまい、金に困っていたのだ。

「しかし、まさかあのトカゲがこんなに報酬のうまい仕事を持ってくるとはなぁ……」

ペンギンは感慨深げに呟く。お互いにうだつのあがらない人生を歩んできた同志の出世に、感じるものがあったのだ。しかも、どうやらトカゲのバックには、相当地位の高い人がいるらしいではないか。その人にもらったあの、光学なんとかとかいう奇妙な術も実に羨ましい限りだ。


「もしかしたら、俺にもパイプを繋いでくれるかな……」

この仕事を成功させれば、それもありえるかもしれない。

ペンギンは支度を終えると、ウキウキした気持ちで部屋を後にした。

どうやら俺にも運が巡ってきたらしいなと。



コン、コン、コン


ペンギンはザックの部屋のドアをノックした。

そのノックはペンギンを表すノックだった。


すると、すぐにドアが開く。

見ると、そこにいたのは旧知の仲のシュナウザーだった。ペンギンはその見慣れた顔に思わず安心する。

「いやいや、シュナウザー。ありがとう、相変わらず仕事が早い。やっぱり君に頼んで正解だった……」

とペンギンが部屋に入ろうとすると


「ペンさんっ!危ないっ!避けてっ!」


と部屋の奥からザックの声が聞こえた。


ペンギンはその声にすばやく反応する。

これは長年の習慣が為せる技だった。

半分部屋に入ってしまった体を倒しながら、ペンギンはあえて部屋の中に転がり込んだ。


シュナウザーの鋭い一閃が目の前を掠めていく。


きっと、部屋の外へと逃げていたらやられていただろう。


「おっと」

ペンギンはすかさず起き上がる。見ると、腕を少し切られていた。

これでは自慢のジャケットも台無しだ。しかし、これくらいで済んで助かったと言った方が正確だろう。それよりも……

ペンギンは部屋の奥を見る。するとそこには、脚に血の付いた包帯を巻き、椅子に縛りつけられているザックと、ソファにどっかりと座り、氷砂糖をかじっている娘がいた。

「どういうことだい?確か、娘は捕まえたはずじゃ。なぁ?シュナウザー」

ペンギンがシュナウザーに向かって言うと

「ダメだ、ペンさん!シュナウザーは寝返ったんだ。俺も脅されてあんなことを……」

「うるさいわねっ!大人しく座ってなさいよ!傷口が開いても知らないわよ」

となにやら、外野がうるさく言った。


「娘に寝返った?まさか……あの、シュナウザーが?」

ペンギンは信じられなかった。

あの犬のように仕事に忠実な男が? と。でも、確かに目の前に立っているこの男は自分に向かってナイフを突き出している。


ペンギンはじりじりと後ずさりする。

もし、それが本当だとしたら、かなりまずい。ペンギンは歯噛みした。なぜなら、この業界でも指折りの実力者であるシュナウザーとこの距離で勝負しては、自分には勝ち目などないことはわかっていたからだ。


部屋の中に入らず、逃げるべきだったか。そうしてトカゲと合流すればまだ希望はあったかもしれない。

もしかしたら、あのナイフの一閃は自分を部屋の中に誘い入れるための攻撃だったのではないかとすら、ペンギンには思えた。


「ねぇねぇ、ペンギンさん」


とその時突然、娘が話しかけてきた。ペンギンは身構えながらも

「ん?なんですかお嬢さん」

と答える。すると、娘は

「どうして、ペンギンなんてふざけた名前なの?」

と失礼な質問をしてきた。しかし、この質問はいつも言われ、飽き飽きしていたものだった。

「このなりだからね。今みたいに黒いジャケットを着ていると、まるでペンギンみたいだろう?」

だから、適当にそう返した。

「ふーん」

娘は自分で聞いておいて、関心なさそうに言う。


「なんか、ペンギンが可哀想……でも、なんとなくわかる気がするわ。じゃあ、あなたはそのままの名前でいいわね」


そう言うと娘はソファから立ち上がり、ペンギンの正面までやってきた。

「ん?」

ペンギンはあまりの予想外の行動に動くことができなかった。

娘を捕まえるには千載一遇のチャンスだったのに。ペンギンは娘のことを不思議に思い眺める。すると、娘とぴたっと目が合った。


それは美しい緋色をしていた。




その頃。

トカゲはようやく用事を済ませ、ホテルの自室へ戻ったところだった。


「おや?どうしましたかねぇ……」


トカゲはそこにペンギンがいないのを確認すると、辺りを見渡す。

特に書置きなどもないらしい。

「お買い物でしょうか?」

トカゲは思った。しかし、他に誰もいないのにここを空にして買い物など、さすがにしないだろう。


と、いうことはお仕事が進みましたかねぇ。


そう合点すると、トカゲは双眼鏡で向かいのホテルの部屋を確認する。

見ると、娘の部屋も、見張りの男の部屋もカーテンが締め切られており中を窺うことはできなかった。しかし、明かりはどちらも付いているようだ。


「変ですねぇ。見張りの部屋までカーテンを閉めているなんて」

トカゲはそう思うと、顎に手をやり考え始めた。


そして改めて思い出していた、やはりあの部屋にはカーテンはかかっていなかったと。


「きっと、あの部屋にいるんですかね。ちょっと様子を見に行ってみますか」

とトカゲは結論し、後ろを振り向く。


すると


「おっ」


と、トカゲは驚いた。


なんと、そこには見たことのある娘と見たことのないヒゲ面の男が、ドアに寄りかかるようにして立っていたのだ。


「おやおや、これはこれは。クックック」

最初は驚いたトカゲだったが、その思わぬ登場に自然と頬が緩むのを感じた。


「あなたが、トカゲね?聞いていた通りだわ」

キミは言う。

それを聞いてトカゲはほくそ笑んだ。


「クックック、聞いていた。それはラシェットさんから聞いていたということですか?」


「ええ。そうよ」


ラシェットの名前を聞くと、キミは怒りがまたふつふつと沸きあがってくるのがわかった。しかし、ここは冷静にならなければいけない。ラシェットから聞いていた通りの男なら、決して気を抜いてはいけない相手なのだ。


「前置きはいいわ」


キミは深呼吸した。そして


「さぁ、ラシェットの居場所を教えてもらうわよ?いいわね?トカゲ」


と言い、ザックから奪った小型のオートマチックをしっかりと両手で構えたのだった。



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