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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
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40/136

ニコ 3

開け放っていた窓から風が吹き込み、大きくカーテンを揺らした。


その揺れるカーテンから漏れる月光が、チラチラとトカゲの顔を照らし出す。


僕はおかしいと思った。

ここに来るまで止んでいたはずの風が、なぜ今再び吹いているのかと。


でも、そんなことも僕の勘違いかもしれなかった。


僕が止んだと思っていた風は、実はずっと僕の近くで吹き続けていたのかもしれない……


それが今、偶然目にしたカーテンの動きによって、初めて認識されたかのように僕には思えてならなかった。


そう。実はまだ、風は吹いていたのだと。


僕が突然現れたトカゲの顔を見た瞬間に思ったこととは、およそこのようなことだった。


僕はまだ頭の整理がつかないまま、ジリジリと身構え

「ふーっ、約束ねぇ……」

と、一呼吸置く。


そして、硬直した指先や足先の感覚を取り戻すように動かし、トカゲの表情を読むためにまじまじとその笑い顔を観察した。

しかし、久しぶりに見るトカゲの顔は、相変わらずあまり愉快なものではなかった。しかも、その顔は僕の記憶の中の顔よりもっと、ひどい顔のように思われた。


それは、先ほどのトカゲの言葉が、僕の後ろめたさを誘っているからかもしれない。

確かに僕はトカゲの言う通り、約束をすっぽかしたのだから。


その内容がどうあれ、僕が依頼を反古にするなんて、この郵便屋の仕事を始めて以来初めてのことだった。


でも、今回に限り、僕はその後ろめたさをそのまま受け入れるつもりなどサラサラなかった。


だから、僕はこの部屋に時計が置いてないか見渡す。しかし、時計はどこにもないようだった。それはそうだ。この部屋の主であるニコは盲目なのだから、時計なんて必要ない。

なので、僕は自分のコンパスを取り出し、付属している時計を見て


「まだ、9時12分じゃないか。約束の時間は過ぎちゃいない。だから、厳密に言えば僕はまだ約束を破ってはいないと思いますが?」


とトカゲに悪びれずに言ってやった。

すると、トカゲは

「クックック、バカ言っちゃいけませんよ、ラシェットさん」

と笑いながらも、さすがに少々頭にきた様子で

「ここからアストリアまで飛行機でも5時間以上は掛かります。もう間に合いませんよ。そんな詭弁は止してください」

と言う。

「詭弁ですか……」

僕は頭を掻いた。


「そんなのやってみないとわからないと思いますよ?もしかしたら、僕の飛行機ならここから10分でアストリアに着くかもしれません。だから、そんな簡単に約束を破ったなどと言われても、僕は心外なんですよ」


僕が反応を見るために、そうやってわざとらしく詭弁を重ねると、トカゲは


「クックック、冗談も止めて下さい。本気で怒りますよ?」


といつになく、真剣な表情で返してきた。


僕はそのトカゲの珍しい表情から、今回の僕の動きが、彼らの計画になにかしらの揺さぶりを与えているのを感じ取った。


やはり、あちらに行かず、ここに来たことは完全にはずれではなかったらしい。


「僕は冗談を言っているつもりはありません。ただの可能性の話です。しかし、あなたこそこんな時間に、こんな場所で何をやっているんですか?リッツ・ボートバルの傍にいなくていいんですか?」

僕がさらなる揺さぶりを期待して、そう聞くと、トカゲはちょっと驚いた様子で

「クック、そうですか。もう、そんなことまでお分かりになったのですか」

と背高帽に手をやった。


「クックック、いやぁ、本当に油断ならない人だ。行方不明と聞いて、探してみた甲斐がありましたよ。クックック」

「へぇー、わざわざ僕のことを探してくれたのかい。ありがたい限りだね。それも、リッツの差し金かい?」

僕はそう言いながら、半歩ほどトカゲとの間合いを狭める。


最初こそ、その登場に驚きもしたが、今はなんなら、とっ捕まえに行く手間が省けたくらいに思っていた。


そして、僕は必死に頭を働かせながら、この機会にトカゲからできるだけ情報を引き出してやるとも思っていた。


「ええ、そうですよ。クック、でも勘違いなさらないでください。私が追ってきたのは、なにも、あなたを助けるためではありません。あなたに渡した手紙の確認のためです」

トカゲはそう言うと、何を考えているのか自分から僕の方へ、てくてくと近づいて来た。


僕はちらっと振り向き、後ろを確認する。そこには、先ほどからずっと体を小さくし、立ち尽くしているニコの姿があった。

それを見て僕は、トカゲはきっとリッツからニコの情報を得たのだろうと思った。そして、もしかしたらここに僕が現れるのではないかと予想し、あらかじめ網を張っていたのだと。


トカゲは僕の目の前までやってくると、僕に向かって短い手を伸ばし、


「クック、さぁ、手紙を返していただきます」


と言った。僕はその差し出された手を見て、ふっと笑った。

「なんだ。だったら最初からあなたがショットに手紙を届ければよかったじゃないですか」

僕が皮肉を言うと、トカゲはクックと笑い

「それじゃあ意味がないんですよ。ククッ、まぁ、あなたのことです。そこまで知っているのなら、もうおよその見当はついているのでしょう?ラシェットさん。私があなたに手紙を届けさせようとした理由も」

と逆に僕に聞いてきた。

だから、僕は確認の意味も込めて、素直に


「僕とショットを接触させるため、そしてサマルを探させるためでしょう?」


と答えた。

トカゲはニタァーっと満足げな笑みを浮かべ


「クックック、いやはや、お見事です。まさにその通りですよ。まぁ、簡単に言えば、ですがねぇ。クック」


などと言う。


「……簡単に言えばね」


僕は呟いた。

そう。確かに、簡単に言えばなのだ。

なぜなら、僕はそのふたつの事柄に付随するはずの「理由」というものが、まるで思い浮かばないのだ。


つまり、


なぜ僕とショットは接触しなければならないのか?


なぜリッツは自分で直接サマルを探さないで、僕に探させようとしているのか?


そもそも、それはなぜ僕じゃないといけなかったのか?


という問題。


これらの問題は今の僕にはわかりそうにない。

僕はまだまだ情報が欲しかった。しかし、その気持ちとは反対にトカゲは

「さぁ、本当におしゃべりはここまでです。クック、早く手紙を出しなさい」

と言う。


いや、まだだ。まだ、おしゃべりを続けさせてもらう。


「わからないなぁ。僕がここで、あなたに手紙を渡してしまったら、僕はもうショットと接触できなくなるかもしれないのに。それはもういいんですか?」

僕がそう疑問を挟むと、トカゲは今までよりも幾分か愉快そうに


「クックック、それはじきにわかりますよ。ご安心ください」

と笑いながら言った。


「ですから、早くこちらに渡しなさい」

なおも、トカゲはしつこく催促する。

僕はトカゲが何を焦って、「早く早く」と言っているのかはわからなかったが、まだまだ聞きたいことはたくさんあったので、懐に手を入れながら

「わかりました。しかし、この手紙には一体何が書かれているのですか?そして、あなたはこの手紙をこれからどうするつもりなんですか?」

と聞いた。

「クックック、ラシェットさん。それもきっともうご存知なのでしょう?だったら、私は何も言うことはありませんよ。それに、知らなくてもいいこともあります。どうせ、その手紙は危険なので、我々が処分する予定なのですから」

トカゲはきっぱりとそう言った。


「自分達で処分?」


僕はそれを聞いて驚いた。全然話が違うじゃないかと。


「そ、それじゃあ、なんでわざわざショットに届けようなんて……もし、本当に届いてしまっていたら、あの手紙はショットによって公開され、戦争の口実に使われていたのかもしれないんだぞ!?」


僕がそう言うとショットはクックックと笑い


「それには別の目的があったからに決まっているじゃないですか。そして、それには良い餌が必要だったんです。でもその目的も、もうすぐ達成されようとしています。クックック、だから、もう手紙は不用なのですよ。そして、目的が達せられる今となっては、あの手紙の存在はただの危険でしかありません」


と真剣な様子で答えた。

そして、さらに続けて


「それと本当にあなたがショットさんに、その手紙を届けていたとしても、おそらく大丈夫だったでしょう。いくらショットさんでも、サマルさんなしで、あの純度100パーセントのオリハルコンで加工された手紙の封を開けることはできなかったと思いますからねぇ」


と言った。


少しの沈黙が訪れた。


「オ、オリハルコン?純度?」


僕はわけもわからず、その言葉を繰り返した。


「クックックックックックック」


その様子を見て、トカゲは優越感にでも浸るかのように高笑いする。とても耳障りで気に食わない笑い方だ。

「クックック、ええ。そう言ってもラシェットさんにはお分かりにはなりませんかね?クックックッ、まぁ、せっかくです。簡単に説明してあげましょうか?」


「オリ…ハルコン……?」


トカゲがそう言うと、今までずっと黙っていたニコが

「オリハルコン……聞いたことがある……そうだ。サマルくんが言っていた」

とうわ言のように漏らした。


僕はその声に反応し振り返る。見ると、ニコはその綺麗な瞳を小刻みに泳がせ、何かを思い出そうとしているようだった。


「サマルがどうかしたんですか?」

僕が聞くとニコは、こくっと頷き

「はい、確かサマルくんが、そのような聞きなれない単語を使って、リッツくんとナーウッドくんと話しているのを聞いたことがあります」

「リッツとナーウッドと?」


どういうことだ?

あの論文はそういったものとは無関係のものだと、ニコは先ほど言っていたではないか。なのに、サマルはその「オリハルコン」とやらが何か知っている?それに、やはりリッツも……?


「おやおや、私が親切で教えてさしあげようとしているのに、また余計なおしゃべりをするのですね?ニコ・エリオットさん」

ニコの話す内容が、トカゲ達にとって都合が悪いことなのか、いつもに増して凄みをきかせてトカゲは言う。

僕はその微妙な変化を頭に刻み込んだ。


「こ、この人は誰なのですか?なぜ、僕の名前を?それにさっきからリッツくんがどうのって……」

ニコが僕の後ろに少し身を隠しながら尋ねてきた。

「こいつはリッツのお仲間さ。だからあなたの名前を知っているんです。で、こいつは僕の仕事の依頼人でもあり、敵でもある。まぁ、複雑な関係なんですよ」

だから、僕はふわっと説明した。実際のところ、僕にもよくわからないことが多いのだ。


「敵、ですか。クックッ、ラシェットさん、勘違いしてもらっては困りますよ。別に、私はあなたの敵なんかではありません。どちらかというと味方に近い存在なんですから」

「ふんっ」

僕はその言葉を鼻で笑った。

「それこそ冗談だろ。だいたい、味方に近い存在なんて、そんな当てにならないものが味方なわけない。少なくとも僕はそう思いますがね?」

僕がそう言うと、トカゲは

「おやおや、私も信用を失くしたものですねぇ」

とちょっとがっかりした様子だった。


「クック、まぁ、いいでしょう、ラシェットさん。あなたが私のことをどう思おうと関係ありません。結局はあなたは私の思い通りに動くしかないのですから」

トカゲはそう言うと、また改めて手を伸ばし


「さて、少し無駄話が多すぎました。いよいよあまり時間がありません。今度こそ手紙を返してください。さもないと……」


「お連れのお嬢さんがどうなっても知りませんよ?クックック」


と言った。


「なっ!」


僕は思わず声を上げた。


そして、次に全身に寒気が走り、さーっと血の気が引いていくのを感じた。


「クックック、いやぁ、実にいい表情ですねぇ、ラシェットさん」


トカゲは氷ついたように動かない僕の様子を見て笑う。僕はそれを見て怒りを覚え、キッと思い切り睨みつけてやった。しかし、僕にできるのはそれだけだった。


「なんてこった……」


僕は悔やんでいた。やはりキミは巻き込むべきではなかったと。いや、巻き込んでしまったまでは仕方がないとしても、せめて、力づくでもラースに置いてくればよかった……でも、そんな後悔は今となってはなんの役にも立たない。


「クック、どういう事情かは知りませんがね。まさか、あなたがあのような子供連れでいらっしゃるとは思ってもいませんでした。いやいや、お陰で仕事が楽になりましたよ。実際、あなたお一人を相手にするのは少々骨が折れますからねぇ」

「ちっ、ゲス野郎が」

僕はそう漏らした。

「クックック。なんと言われようと結構。さ、これで素直に手紙を返す気になったでしょう?早く出しなさい。あ、それと、もうひとつ。サマルさんからの手紙もこちらに渡してもらいましょうか」

「サマルからの手紙も?」

僕がそう聞くと。トカゲは、ええと深く頷き

「言ったでしょう?必要になるまではあなたに預けておくって。しかし、これも予定が変わりました。前倒しして、預からせていただきます」

と言った。

「くそっ、わかったよ。全部渡そう」

そう言うと僕は二通の手紙を懐から取り出し、渋々トカゲに渡した。

すると、トカゲは満足げに笑い、手紙を確かめにかかる。


が、ささっと手紙を一瞥すると、その表情は一変し


「なんですか?この手紙は?」

と、今までにない怒りを滲ませた顔で僕に凄んだ。


「サマルからの手紙です。本物ですよ?破ろうとしてみればわかる」

僕が惚けて言うと、トカゲは

「それはわかりますよ。私が聞いているのはこちらの手紙の方です」

ともう一通の手紙を掲げ、益々顔を険しくする。

「それは、グランダン民族連邦国大統領バルムヘイム・アリ氏からリッツ・ボートバルに宛てた親書です。どうせこれから、リッツの所に戻るのでしょう?ついでに届けてください。お願いします」

僕がそう言うとトカゲは表情を変えぬまま頷いた。

「ええ、わかりました。ですが、それもあの手紙を渡していただければです。さぁ、早くあの手紙を寄越しなさいっ!」


「ありません」


「なっ!」


僕はきっぱりと言ってやった。

今度はトカゲが驚く番だった。


「ここにはありません。僕は持っていない。だから渡したくても渡せない」

僕はそう繰り返した。すると、トカゲはいつになく慌てだし

「ないとはどういうことです。あれほど失くすなと言ったではないですか。それとも、あの連れの小娘が持っているのですか」

と僕を問い詰めた


僕はなぜか、その様子を涼しく見ることができた。どうやら、こちらのカードも相当強かったようだ。


「あの子は持っていません。僕が隠したんです。この世界のどこかにね」

「か、隠した?なら、場所を言いなさい。さもないと、あの娘を……」


「あの子に手を出したら、手紙は二度と戻ってきませんよ」


僕はそう言ってやると、トカゲの顔からぶわっと汗が吹き出るのが見えた。きっと、僕もちょっと前まで同じ表情をしていたに違いないという顔だ。

今や形勢は僕の方に傾きつつあるようだった。その理由はまだ不明だが、どうやらトカゲにとってあの手紙は相当重要なものだったらしい。しかし、ここで舵取りに失敗したら、こんな頼りないボートはすぐにでも沈んでしまうだろう。だから僕は、慎重に考えながら話さなければと思った。


「さぁ、どうします?」

「クックック、それで勝ったつもりですか。それならあの小娘を締め上げるまでです。きっと、彼女も知っているのでしょう?」


トカゲはなかなか痛いところをついてきた。しかし、ここで僕が動揺するわけにはいかない。うかつに見破られては、無駄にキミの危険が増すだけだ。僕は少しずつ情報を小出しにして、なんとか凌ごうと考えた。


「彼女は何も知りませんよ。彼女はラースで偶々乗り合わせることになった子です。手紙はその前に僕がグランスール砂漠に隠したんですから」

「グランスール砂漠?なるほど、あなたが一度不時着した時にですね?」

トカゲは言った。


「さすが、よくご存知で。で、その時にふと思い立って、とある場所に隠してきたんです。ですので、安心してください。あれだけ広大な砂漠です。僕以外の人間が見つけることなど不可能でしょう。すなわち、あの手紙はもう処分されたも同然なんですよ。トカゲさん、あなたの望み通りにね」


僕はそう言った。

僕は間違ったことを言っているつもりはなかった。なかなか筋が通っていると思ったのだ。もちろん、遺跡のことは言えないから少し説得力に欠けるが、あの手紙を砂漠に隠したとなったら、もう見つかることはあるまい。だからわざわざそれを、もう一度探し出して処分する必要もないだろうと、僕はそう思ってトカゲにこの話をした。あとは、トカゲが僕の言うことを信じてくれるかどうかだ。


しかし、トカゲは

「そんなことをしてもダメなんですよ……」

と呟いた。


「そんなことをしても、あれが存在するかぎり、あの手紙は必ず歴史の表舞台に出てきてしまうんですよ。クックック、だから処分が必要なんです……クックック、そうですか。ならば、やはりあの小娘を締め上げるしかなさそうですねぇ」

トカゲがそう言うと僕はすばやく

「待てっ、あの子は本当に何も知らないんだ。だから、もし本当に見つけ出したいのなら僕が案内しよう」

と嘘をつき、続けて

「でも、解せないことがあるから聞かせて欲しい。そんなに危険な手紙なら、なぜそんなものを書いてしまったんだ?餌にするにしても、もっと他に適当な内容の手紙はなかったのか?」

と、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。

すると、トカゲは少し躊躇った後

「それは……いえ。あなたには教えられません。どうしても知りたければリッツさんに直接お聞きください。クックック」

と言った。


そのあと、また沈黙が訪れた。


どうやら僕達は膠着状態になってしまったらしい。


僕は考えた。

だとすると、僕は一刻も早くここから脱出してキミの所に行きたかった。

ホテルでまだ無事にいるのか、それとも既に捕まってしまったのかはわからなかったが、とにかくこうしてはいられない。

サマルについての決定的な情報は得られなかったが、もう十分だとも思われた。

あとはどうやって、このトカゲを振り切るかだ。


「あの、トカゲさん……」

僕が逃げ出す算段をしていると、ニコが突然トカゲに話しかけた。

「クック、どうしましたか?ニコさん」

「はい、あの……リッツくんのこと何ですけど。彼は無事なんですね?」

ニコが恐る恐る聞くと、トカゲは

「ええ。無事ですよ。どういう意味ですか?」

と逆に問い直した。

「いや、どういう意味とかじゃなくて、ただ良かったなと思って。リッツくんはあの時、あの場にいなかったから、本当に無事かどうかがわからなくて……」

ニコは消えそうな声でそう言う。

「クックック、ご安心ください。ご健在ですよ。しかし、あなたはまた余計なことを言……」


とトカゲが言いかけた時、廊下に人の気配を感じた。


僕とトカゲはほぼ同時に身構える。


「おやおや、来てしまいましたか。やはり無駄話が過ぎましたねぇ」

トカゲがそう言うのを聞き、僕はやっとトカゲが「早く早く」と言っていた理由がわかった気がした。


「ちっ、お前が呼んだんだな。たぶんアストリア兵だろう」


僕がそういうと、トカゲはクックックと笑い


「やっとお気づきですか?ええ、その通りです。言ったでしょ?もうすぐ目的は達せられると。あなたにはここで捕まってもらいます。そして今度こそショットとご対面していただきましょう。クックック」

と言った。


「くっ、そういうことか。」

僕は吐き捨てるように言う。

「でも、そう簡単に捕まるわけにはっ」

僕が身を翻し、窓に向かおうとした、その時。


ドアを蹴破り、四人のアストリア兵が部屋に入ってきた。


「動くなっ!両手を挙げてこちらを向けっ!」

兵は厳しい声で言い、マシンガンを構える。


僕はその場で立ち止まり、両手を挙げるしかなかった。

そして、言われた通り振り返る。

見ると、トカゲも両手を挙げ、大人しくしていた。

なんだ、自分で呼んでおいて、捕まるなんて意外とぬけてるなと僕が思っていると、トカゲは僕の方を見て

「クックックックックック」

となにやら、笑いだした。

「貴様っ!」

堪りかねた兵がトカゲに銃を向けた、


その瞬間、


ふっとトカゲの姿が突然、跡形もなく消えてしまった。


「なにっ!?」


僕も含め、その場にいた兵、全員が目を疑った。

しかし、いくら目を凝らして部屋の中を見てみても、やはりトカゲの姿は見当たらない。


そんなバカなことが……

と僕が思っていると


「クックック、ラシェットさん」

と不気味な声だけが部屋の中にまた、響いた。


「では、私はこれで失礼しますよ。これからあのお嬢さんに色々とお聞きしなければなりませんからねぇ。ラシェットさんもお元気で。ショットさんには、くれぐれもよろしくお伝えください。クックック」


「トカゲッ!貴様っ!」

僕がそう叫び動き出すと


「ラシェットさんっ!窓からっ!」

と言うニコの声が聞こえた。


窓か!どういう術かしらないが、そこから逃げるつもりだな!トカゲッ!


そう思い、僕はもう一度窓の方を振り向く。


が、その次の瞬間には、僕の首筋に重たい一撃が加えられていた。


「うっ」


僕はドサッとその場に倒れこむ。意識が朦朧とした。

「ラシェットさんっ!」

ニコの声が聞こえた。しかし、それはどこか遠くの方から聞こえてきているような気がした。

どんどん意識が薄れていく。


「キミ……」

僕は後ろ手を縛られ、薄れいく意識のなかで必死に叫ぼうとしていた。

でも、それは声には全くなっていなかった。


「逃げろ……逃げるんだ、キミ……」


だんだんと頭も重くなっていく。


月明かりが僕の目に飛び込んできた。


しかし、僕が気を失う直前、最後に記憶していたのは「キミ、逃げろ」という言葉を延々と繰り返していた。


その記憶だけだった。


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