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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
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第二の男 3

月は依然としてそこにあった。


その光が浮かび上がらせる屋根の上。そこには十数人のシルエット。


数刻前まではすっぽりと静寂に包まれていた都市郊外には似つかわしくない光景だった。

もっとも、その静寂は先ほどから幾度となく鳴り響く銃声によって、既に破られていたのだが。


ナーウッドはじりっと足を後退させた。


そうして、視線で相手を牽制しながら、足元の銃の位置を確認する。


「ダメだ……こんなの拾ってる暇はねぇ。それに、これを持ちながらこの人数から逃げ切れるわけもねぇ」


ナーウッドは歯噛みした。そして、自分の短気を、短絡さ加減を呪った。


「へっ、これじゃあ本当、ショットの野郎の言う通り、あのラシェット・クロードの方が俺よりか幾分マシじゃねぇか」


少しだけ指の関節も動かしてみる。

手にはじっとりと汗をかいていた。


ナーウッドは頭の中で手持ちの武器を確認する。


「銃はない。ハンドガンは相棒に貸しちまった。ナイフはあるが相手はみんな銃を持ってる。役には立たねぇ。あとは、手榴弾がひとつと、閃光弾がひとつだけだ……」


どうする?

ナーウッドは思った。

使い時を間違えたらアウトだ。

そう考えながらナーウッドは、前方の兵5人の様子をちらっと見た。


「ははは。先ほどまでの威勢はどうしましたか?ナーウッドくん。それとも、大人しく僕に捕まってくれるのですか?いやぁ、助かりますねぇ。無駄な怪我人が出なくて済む。実に経済的です」


ショットは高笑いして言った。しかし、それは勝ち誇っているような感じではなかった。ショットはわかっているのだ。こんなことではナーウッドはそう簡単に捕獲できないと。だから彼は自分にできることを着実にこなしていた。つまり、ナーウッドを怒らせて、冷静さを失わせることだ。


「うるせぇ、誰がてめぇなんぞに……」


ナーウッドがそう言った、その時、


タタタタタタタタッ!


とナーウッドから見て側面にいた兵がいきなりナーウッドの脚目掛けて発砲してきた。


「くっ」


ナーウッドは辛くもそのモーションを目の端で捉えていたため、着弾を逃れる。

ちっ、最悪だ、もうおっ始めやがった。仕方ねぇ、こうなったらやれるだけ暴れ回ってやる!

ナーウッドは瞬時にそう決意すると、勢いよく、今いる屋根から隣の屋根へと跳躍した。物凄い跳躍力、脚力だった。


それを合図に、屋根の上の兵達も動き出す。

全ての兵が陣形を崩さぬように、屋根の上を飛んで移動する。もちろん、ナーウッドのように容易にはいかなかったが、それでも人数で勝る分、兵達はナーウッドの足元を銃で牽制しつつ、包囲を守った。実に統率のとれた動きだった。これではさすがのナーウッドも撃たれないように身を躱すだけで精一杯だった。


「畜生、こいつら、俺が銃を持っていないと思って好き勝手しやがって……」

ナーウッドは動きながら呟く。

見ると、ショットのいる位置からは益々離れてしまった。どうやら、今日はもうショットを殺すことは諦めるしかない。

「くっ、なんて…なんて俺は無力なんだ」

そうナーウッドは思った。

やはり、ここに来るべきではなかった。俺はサマルの言う通り「あれ」の捜索を続けていればよかったのだ。


そうしたらきっと、ショットも、サマルも……


そうだ。


そうなんだ。俺はまだ自分の役目も果たせぬまま、捕まることも、死ぬことも許されない。


タタタタタタタタッ!


「うわっ」

ナーウッドは着地寸前に牽制弾を撃たれ、それを避けるために、バランスを崩してしまった。

思わず尻もちをつく。

そのタイムロスで兵達はまた全員追いつき、いよいよこちらを捕獲にかかろうかとしている。


「ふふふ、そろそろ終わりですかね?」

どこで見ているのか、無線機からはショットの声が聞こえた。


くそっ、まだだ……まだこんなところでっ!

そう思いつつ、ナーウッドが一か八か上着のポケットから手榴弾を取り出そうとした、


その時、


バァンッ!バァンッ!


と突如、二発の銃声が鳴り響き、ナーウッドを取り囲んでいた兵の内の一人がその場に力なく倒れ込んだ。


その間のほんの数瞬だけ、また辺りを沈黙が支配する。


「おやっ?」

無線機から聞こえるショットの意外そうな声。


「なっ」

あまりの突然の出来事に、兵達の間に動揺が走った。しかし、さすがに隊長格の男は

「狼狽えるなっ!後方索敵っ!半数はナーウッド包囲を狭めろ!仲間が来たのかもしれんっ、ここで一気にカタをつける」

と言い、兵達の士気をまた立て直した。


ナーウッドはその隙に立ち上がりながら、その隊長格の言葉に首をひねった。


「仲間だって?」


そんなやついたか?いや、全然思い浮かばない。

心当たりといえば相棒しかいないが……あいつは今、一足先に飛行機に行って待機しているはず……

そう考えていると、今度は


タタタタタタタタッ!タタタタッ!


「ぐわっぁ!」

とサブマシンガンの弾丸が雨あられとナーウッドを包囲しつつあった兵達に向かって浴びせらた。

足や肩に被弾して、次々に倒れる兵士達。今度は巧みに急所は避けて撃たれている。なかなかの腕だった。


「んん?なんなんだ、これは」


思わぬ援護だったが、ナーウッドはすぐには、それを素直に受け入れられなかった。


しかし、敵の間にまた動揺が広がり、僅かに陣形が崩れたのはわかった。


……まぁ、いい。とにかく今はこの隙に少しでも遠くへ……とようやくナーウッドが気づき、屋根から跳躍しようとした、その時


「ヒャッハァーッ!」


と言いながら、逆にこちらの屋根へ飛び移ってくる一人の男が現れた。手にはそれぞれ、大型のオートマチックを持っている。

「なっ、今度はなんだっ!?」

またしても起きた突然の出来事に、ナーウッドは思わず言う。

さすがのナーウッドもこれには狼狽え、飛ぼうとしていた足を止めてしまった。おかげで、絶好の逃げるチャンスをひとつ潰してしまった。

男はズサァッとナーウッドの横に着地する。そして、ナーウッドの方を見るなりニカッと笑い


「あんた、ナーウッド・ロックマンだろ?俺はカジ・ムラサメってもんだ。故あって手ぶらじゃ帰れない。援護するぜっ!」


と威勢よく言った。

「はぁ?」

これで益々、ナーウッドはわけがわからなくなってしまった。見たことも聞いたこともない奴だったからだ。


おいおい、誰なんだこいつは。今の状況をわかっているのか?それになんで俺の名前を知っているんだ?ナーウッドは不信に思った。


男はダークスーツに白いシャツ、黒いネクタイを締め、革靴を履き、顔には濃いサングラスを掛けている。なんというか、いかにも「俺、スパイやってます」と言わんばかりの格好だった。これでこいつが本当にスパイだとしたら、スパイのいろはってやつを最初から学び直した方がいい。ナーウッドはそう思った。


「お、おい、あんたは一体……」

そう、ナーウッドが事情を尋ねようとすると


「こらっ!このバカジッ!なんであんたまで、わざわざ敵のど真ん中に突っ込むのよっ!そんなこと必要ないでしょ!?さっさと戻ってらっしゃい!」


と今度は少し離れた屋根の上に女スパイが現れた。このカジという男と大体同じ格好をしている。

彼女はソバージュの髪の毛を風邪に靡かせ、手には小型のサブマシンガンを持っている。きっと彼女が先ほどの援護をしてくれたのだとナーウッドはすぐに理解した。


「いいじゃんか、ミニス!せっかくの汚名挽回のチャンスなんだ!それに、俺達諜報部には、滅多に縁のないドンパチができるんだぜ?久しぶりに暴れてやろうじゃないの!」

カジはそう叫ぶ。

すると、ミニスは髪をぐしゃぐしゃとしながら、呆れた様子で

「はぁ。あのね、汚名を挽回してどうするのよ。それを言うなら汚名返上でしょ!?挽回するのは名誉よ。め・い・よ。まったく、そんなこともわからないバカと組まされてる私って……本当に可哀想。いい!?これは命令よ!さっさとその男を連れてこっちへ戻って来なさい!」

と叫び返した。


諜報部だって? とナーウッドは思った。

こんなにも自分達の素性や名前を大声で喚き散らす諜報部員などいるのか?

いったいどこの所属なんだ、このド素人共は……

ナーウッドは突如として現れたこの二人の増援に、驚いてはいたが、全く頼もしさは感じられなかった。


「へいへい。了解!ったくよー。俺より一階級上だからって、いつも指示しやがって。おい、ナーウッドさんよ、そういうわけだ。まだ動く元気はあるかい?」

カジはそう言うとナーウッドに手を差し出した。すると、ナーウッドもとりあえずは、深く考えるのは止めにして

「誰に向かって言ってやがる。あんたらこそ、ちゃんと俺について来れんのか?」

と言って笑い、軽い握手に応じた。


「へへっ、そう来なくっちゃなっ!」

とカジが言うと同時に、相手の兵達も再び動き出した。どうやら、あちらもようやく状況の整理がついたらしい。いや、単に同じく考えないことにしただけかもしれないが。

「おうおう、おいでなすった、おいでなすった」

と場違いに喜ぶカジだったが、タタタタタタタッ! とミニスが容赦なく正確無比なマシンガンをぶっ放すので、あまりカジに活躍の機会はなさそうだった。

「あっ、ずるいぞっ、ミニス!自分ばっかりっ!」

「おいっ、そんなバカな言い争いは止めて、今のうちに包囲を突破するぞっ!」

そう言うとナーウッドはカジの腕を掴んで、すぐに力いっぱい跳躍した。すごいバカ力だった。大の大人のカジが軽々と宙に浮き、それだけではなく、ちゃんと隣の屋根まで跳んだのだ。

着地するとカジは放心状態で

「すっげぇ。俺、男の人に惚れそうになったの初めてかも」

とまたわけのわからないこと言った。

ナーウッドはそれを苦笑いして受け流す。すると、

タタタタッ!タタタタッ!

と、またミニスが援護射撃をしてくれる。ミニスはサブマシンガンの弾倉を変えながら

「二人共っ!早く後退してっ!敵の増援が来る前にずらかるわよっ!」

と言った。それを聞くとナーウッドとカジは声を合わせて

「了解!」

と叫び、屋根の上を逃走し始める。


「なんか、変なことになっちまったな……」

屋根の上を走りながらナーウッドは思った。でも、不思議なことに、つい先ほどまでナーウッドの中で渦巻いていたショットへの憎しみは、この騒がしい二人が来たことによって薄れてしまったようだった。そのことにナーウッドは正直ほっとした。あのままではきっと、ショットの思い通りに我を失って、あっさり捕まっていただろう。そうならなくてよかった。ナーウッドは突如現れた、この素性の知れない二人の味方に心から感謝した。


サマル……


すまなかったな。俺はこんなことをしている場合じゃなかった。復讐なんて、そんなことしたってヤン達は助けられないし、サマル、お前だって救うことはできないもんな。

ナーウッドは思った。そして走りながら


「見てろよ。絶対にもう一度あのクソ機械を見つけ出して、皆を元に戻してやる。そして、それが叶ったら、サマル……」


「今度こそ、俺が必ずお前を殺してやるからな……」


と決意も新たに呟いたのだった。



「やれやれ、とんだ邪魔が入りましたねぇ」

ナーウッド達が走り去って行く方向を眺めながら、ショットは言った。

「しかし、何者でしょうか。なかなか気配を消すのがうまいですねぇ。僕が気づけなかったなんて。とても素人とは思えません……」

ショットは少し考えた。が、しかしすぐに興味を失って

「ま、いいでしょう。こちらが彼のお仲間を生かしていれば、いずれまたナーウッドくんの方から出向いてくれるでしょうし、彼を逃がしてくれたあの二人組も素性を調べ上げた後、しかるべき罰を与えるよう手配すればいいだけの話です」

そう思うと、きびすを返して車に戻って行った。戻ると運転手がドアを開ける。ショットはそこへ滑り込み、ふかふかのシートに身を沈めた。そして、小さく息を吐き、呟く。


「ナーウッドくん。それにラシェットくんか……もしかしたら二人もサマルくん同様、有資格者なのかもしれませんねぇ。有資格者の周りには有資格者が集まりやすい傾向がありますし……やはり、一度会ってみる必要がありそうですね。ラシェットくんにも……」


今度は深く息を吐く。そのせいで車の窓ガラスが少し曇った。

つかの間の、誰もいない車内。

窓の外を眺めるショットの顔には、どこか寂しげな表情が浮かんでいるようにも見えた。



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