アストリアへ
僕が手紙から視線を上げると
「お読みいただけましたか?」
と男が言った。僕はチラッとそちらを見る。が、僕の思考はというと、まだこちらの方へと戻って来てはいないようだった。
僕は無意識のうちに手紙を畳んだ。
サマルとリッツが仲の良い友人だって?
しかも考古学仲間……?
僕は考える。
このことは一体、何を意味しているのか? と。
トカゲは言っていた。あの手紙に使われていた技術は古代科学技術ではないかと。
あれはもしかしたら、推測なんかではなくリッツから直接聞かされていたことなんじゃないのか……?それに、サマル幽閉の中心人物がKだと言っていたけれども、本当はそいつがジース・ショットだということもわかっていたのかもしれない。
ちっ、しまったな。だとしたら、きっとリッツは知っていたのだ。
サマルの身に何が起きたのか、またどうしてそうなってしまったのかを。
いや、それだけじゃない。僕にはあの手紙の存在自体がどうも引っかかるのだ。
あの手紙に使われていた技術。あれもきっとリッツが用意した物に違いない。どうやって入手したのかはわからないが、おそらくそうだろう。もしかしたら、ショットからその技術を入手したのかもしれないし、サマルから聞いたのかもしれないが、僕にはわからない。僕にはそれを判断するに足るだけの材料がない。
しかし、これだけは言えそうだ。
リッツはサマルの置かれた状況を知っていながら、それを放置しているのだ。
……引き返すか?
一瞬僕はそう考えた。引き返してリッツを取っ捕まえ、全て白状させようかと。でも僕はすぐにその考えを頭の中から追っ払った。今戻っても無駄だろうと思ったからだ。
きっと、今更戻ったところでリッツは捕まらない。もう僕は後手に回ってしまっているのだから。
もしリッツを捕まえたいのなら、この前僕が手紙を隠したように、リッツの裏をかき、少しでも先んじないといけないのだ。そう、現状打破だ。そのためにはやはり前に進むしかないと思われた。
僕は改めて持っている写真に視線を落とす。
やはり、そこにはいかにも仲睦まじそうに笑い合い、肩を組む3人の若者、サマル、リッツ、そしてナーウッドというらしい男が映っている。背景を見る限り、おそらくキャンパス内で撮られたものだろう。サマルは、僕が砂漠で倒れた時に夢の中で出会ったサマルよりも少し若く見えた。リッツも僕の知っているリッツよりもいくらか幼く見える。
こんなに仲が良さそうなのに……なぜ、助けようとも、探そうともしていないんだ?
僕はそう思った。
いや、もしかしたら僕が知らないだけで、水面下では何かしらの捜索が行われているのかもしれない。なんと言っても、リッツは王子なのだ。やろうと思えばいくらでもやりようはある。
が、僕にはどうもそうは思えなかった。
それだと、トカゲがわざわざ僕をアストリアへ行くように仕向けるような依頼をしてきた理由がよくわからなくなってしまうからだ。リッツがもしサマルを助けたいのならば、僕とリッツは目的が一緒ということになる。ならば、こんな回りくどいことをするまでもなく、僕達は本来、最初から協力し合うべき関係だったと言っていい。しかし、リッツには僕と協力し合う気なんて、さらさらないように感じる。なぜならリッツは僕に真実を隠した上で、僕を意のままに操ろうとしていたのだから……
僕にはわからなかった。そうまでするリッツの目的とはいったいなんなのだ?アリの言っていた通り、ダウェン王子を失脚させ、ボートバルの次期国王になること、それだけが彼の目的なのではないような気がする。
しかも、ことはサマルだけに起きたんじゃない。他の研究仲間だって、そのほとんどが行方不明のままなのだ。もし、本当にリッツが自分の地位や権力を使い捜索をしていないのだとしたら、なぜしないのか?みんな友達じゃないのか?
あんな、兄弟同士の後継者争いに現を抜かしている暇があるなら、他にもっとやるべきことがあるんじゃないのか?
僕は考えれば考えるほど、リッツの不実に対し、だんだんと腹が立ってくるのを感じた。
「あの、よろしいでしょうか」
僕が黙っていると、堪りかねたように男が言った。僕はその声でやっと思考の海の中から、顔を上げることができた。
「あっ、はい。すいません。大丈夫です」
「手紙はお読みいただけましたか?」
男がまた聞いてきた。
「ええ。読みました」
「リー少尉のことについては書いてありましたか?」
男はそう確かめるように言う。
「ええ。書いてありましたよ。あなたはこの手紙を読んでいないのですか?」
僕は疑問に思いそう聞くと、男は
「はい」
と答え、チラッチラッと左右を見渡した。
そうして、周りに人がいないのを確認すると
「リー少尉に読むなと言われていたので。しかし、もしリー少尉のことが書かれていたなら、それは事実です。現在リー少尉は既にコスモにいらっしゃいます」
と小声で話した。
「リーは本当に飛ばされたと?」
つられて僕も小声になる。
「はい、そうです。私も詳しいことはわからないのですが……」
「そうですか」
僕はそう答えるしかなかった。
僕はせっかくエリートコースを歩んでいた友人を巻き込んでしまい、そのコースから外させてしまったことを本当に申し訳なく思った。まさか、そんな身近に敵がいるとは思ってもいなかったのだ。これは僕が軽率だった。しかし、まぁリーならこのくらいの逆境、すぐに跳ね返してくれるだろうと思う自分もいた。
「リーは本当にリッツ王子に?」
僕が聞くと、男はびくっとして首を横に振り
「そんなことは、おいそれと口にしないでください」
と言った。僕はそれを見て
「なるほど、そんなことを言っていたら僕も団長のように檻に入れられてしまいますか」
と試しに言ってみる。
すると案の定、男は僕のことを呆れた目で見て、ため息をついた。
「はぁ、さすがリー少尉のご友人。噂に聞くラシェット伍長ですね。恐れを知らないというか、なんというか。でも団長を逮捕したのはリッツ王子じゃありませんよ。ダウェン王子です」
男はヤケクソな感じで言葉を漏らした。僕はその様子から、聞くなら今しかないなと思い、話を続ける。
「手紙には団長がクーデター騒ぎを起こしたと書いてありましたが、これは事実なのですか?」
男は諦めたように頷いた。
「ええ。一応そういうことにはなっています。しかし、本当のところは誰も知りません。それに、そのことに疑問を挟もうものなら、きっとお察しの通り逮捕されるか、もしくはダウェン王子の部隊に編入させられ、無理矢理最前線に送られることになるでしょう」
男はそう言った。
「最前線?」
「ええ。これはまだ軍内部だけの極秘事項なのですが、ダウェン王子は、近々本格的にグランダン民族連邦国の内戦に介入するつもりなんです。このことはミハイル国王も、将校会議も承認していることです」
その言葉に今度は背中がゾクッとするのを感じた。
なんてバカげたことをするのだ!そんなことをしてもただ帝国の立場を悪くするだけじゃないか。
「そんな大義のないこと!他国は黙っていないぞ。そんなの、いたずらに世界中を敵に回すだけだ」
僕は思わず声を荒げた。すると、男は声が大きいと僕を必死になだめ
「もちろん、そういうふうに言う方もいますが、現在となっては少数派です。この介入には西側を東側の圧政や差別から救うという大義がある。そう思っている兵が大多数です」
と男は言った。
「そんなバカな話があるか。僕はな、つい2週間前までセント・ボートバルに住んでたんだぞ?時々、軍の同期にも会って色々と話も聞いていた。だけど、そんな話は聞いたこともない。いいか、この大陸に来て初めて知ったんだが、帝国のダウェン王子こそ、長年無為に西側に加担し、無駄な内戦を続けさせて来た張本人なんだぞ!?そのこともみんな承知の上で、賛成しているのか?」
僕は言う。しかし男は少々苦しそうな感じになりながらも
「そう言われても、私にもよくわからないんです。これはリー少尉も言っていたのですが、何もかも2週間前、ちょうどラシェットさんが旅立たれた日当たりから、急に事態が動き出したと言いますか、明るみになり出したんです。だから詳しく検討する暇もなく、ここまできてしまったのも事実なんです」
と言った。
2週間前から?
僕は思った。なんでそんな見計らったようなタイミングなんだ?
2週間前に何があった?いや、別に何もなかったはずだ。リーとジンの所で会ったときも特に変わったこと言っていなかったし、新聞を賑わすような出来事だってなかった。
強いて言うなら僕がトカゲからの手紙を持って旅立ったことくらいしか……
「ダウェン王子は何をそんなに焦っているんだ?」
僕はつぶやいた。
男はその様子をただ黙ってみている。でも、ちょっと辟易したような顔をしていた。
僕はふと手に持っている手紙を見た。
手紙。てがみ、てがみ……手紙?
げげっ!まさか!
僕はそのとんでもない考えに凍りついた。
まさか、そんなことがあるはずないと。いくらなんでも強行過ぎると……
いや、しかし、それくらいしか考えられない。僕は頭を抱えた。またしても、不本意ながら原因は僕にあるようだった。
「くそっ、あの単純バカが」
僕は苦々しく愚痴を漏らした。
「どうかしましたか?」
男が僕の様子を心配してくれたのか尋ねてきた。僕は男の顔を見た。
そうだ。頭を抱えている場合じゃない。少しでも何か対策を講じなければと僕は思った。
そうして少しでも時間を稼げたら、きっとアリがなんとかしてくれる。
「あなた、名前は?」
僕は尋ねてみた。
「はっ、これは申し遅れました。私は諜報部所属ダン・サーストン上等兵であります」
サーストンはきっちりと答えた。僕はその仕草になんとなく好印象を持った。やっぱりな、このリーの部下なら使えるかもしれない。
「では、サーストンさん。つかぬことをお伺いしますが、あなたは僕がアストリアへどんな手紙を届けようとしていたかご存知ですか?」
僕は聞いた。するとサーストンはその問いに不可解そうな顔をして
「いいえ。そのようなことは存じ上げておりません。私はただ、リー少尉から手紙を渡すように頼まれただけですので」
と答えた。
「なるほど。では、言いますが、僕が運んでいた手紙はそのダウェン王子の長年の内戦介入工作を裏付ける決定的な証拠資料だと思われます。そしてそれは、おそらくリッツ王子から間接的に僕に依頼が来たものらしいのです。それが、どういうことか諜報部のサーストンさんならもうおわかりですよね?そうです。これはリッツ王子がダウェン王子失脚を目論んで仕掛けたものです。僕はその手紙をとあるアストリアの上層部の人間に渡す予定でした。すると、ダウェン王子の工作が明るみに出て世界中から非難が殺到。そうなるとミハイル国王はダウェン王子を切り捨てるほかなくなるという筋書きです」
僕の言葉をサーストンはより一層不可解な顔で聞いている。しかし、なかなか良い反応だと僕は思った。なので話を続ける。
「しかし、そうするとこの大義名分に乗じてアストリアは大手を振って、内戦に介入してくるでしょう。そうなったら一番不幸になるのは、他でもないグランダンの人々です。だからというわけではなかったのですが、僕はもうその手紙を届けるのは止め、ある場所に隠してしまいました」
僕はそう言うとリュックからノートとペンを取り出した。そしてノートに旅立ってから今までにわかったこと、見聞きしたこと全てを書き出し始めた。僕は書きながら話す。
「だから、ダウェン王子はもうそんなに焦ることはないんです。今すぐに彼の悪事が暴かれ、その地位を失う心配はなくなったのですから。しかし、彼はまだ僕が手紙を放棄したのを知らないんです。だから、どうせ暴かれるのなら、その前に先手を打ち、やがてグランダンで始まるであろうアストリアとの戦争を少しでも有利にしようと考えているのでしょう。でも、それは愚策です。それではまるでリッツ王子の思う壷です」
僕はひとつ書き終わるとそのページを破り取り、次のページにまた書き始める。
「きっとリッツ王子はどっちに転んでも良いように計算していたに違いないんです。僕が手紙を届けたらよし、届けなくてもまぁよしと。この計画は僕に手紙の配達を引き受けさせた時点で成功していたようなものだった。そうしてダウェン王子にプレッシャーをかけたんです。きっとダウェン王子ならきっかけさえあれば、証拠があがる前に行動を開始するだろうと読んでいたんですよ。あの単純バカならとね」
僕はそこまで一気に話すと、サーストンの目を見た。サーストンの目には明らかな戸惑いの色が見てとれた。しかし、それは僕を完全に拒否するような目でもなかった。僕はやはりこの男に賭けてみてもいいと思った。
「ところで、サーストンさん。先ほどダウェン王子が近々本格的に介入を始める予定だと言っていましたが、それは具体的に言うと何日後からですか?」
僕は聞いた。するとサーストンは体をこわばらせながらも
「はっ、具体的な日にちはまだ決まっていないと思いますが、まだ少々時間が掛かるとは思われます。早くとも10日程、遅くなれば15日から20日は部隊編成、作戦会議、兵器輸送などに時間が必要と思われます」
ときびきびと答えた。
「ふむふむ」
僕は今聞いたことと、僕が推測したダウェン王子の行動のことを新たにノートに書きつける。そして、それが終わるとそのページを破り取った。
そうして僕は2枚の手紙を作り、最後にそれぞれ宛名を書いた。一通はアリに、一通はリーに宛てたものだ。
「あ、あの……」
僕の作業が一段落したのを見計らってサーストンが口を開いた。
「はい」
僕は言い、サーストンに先を促した。するとサーストンは
「今の話は本当なのですか?その、ダウェン王子とリッツ王子が……」
「さぁね。僕にも本当のところはよくわからない」
「なっ」
僕がサーストンの言葉を遮って言うと、さすがにこれまで冷静に努めてきたサーストンも少し面を食らったようだった。
「で、ではなぜっ、そんなことを私に言うのです?そんな私には判断しかねることを!」
サーストンは言った。初めて聞く大声だった。
だから僕は少し間を置いた。
そうして、サーストンが少し落ち着くのを待ってから、ゆっくりと口を開いた。
「なぜか、ですか。それはこの場にはサーストンさんしか頼れる人がいないからというのもあるんですが……それ以上に僕はサーストンに是非お願いしたいと思ったんです」
僕はサーストンに今書いた手紙を差し出した。そして
「サーストンさん。祖国のために国王と王子を裏切ることはできますか?」
と言った。
「なっ」
サーストンは驚いたようだった。僕はその様子を不思議な気持ちで見ていた。思えば、いつも驚かされてばかりいるのは僕の方なので、たまには人を驚かせるというのも楽しいかもしれないなと思った。
「お願いします。この手紙を、ラースにいるバルムヘイム・アリ大統領、もしくはアブドラッド・ナジ大佐かカシム軍曹に、そしてもう一通の手紙はコスモにいるリーに届けてください。そうでないと……」
僕は言葉を切った。サーストンはまだ手紙を受け取らずにじっと見ている。
「そうでないと、帝国のためにきっと多くの人が傷つきます。それだけではない。戦争がもっと大きく飛び火したら帝国の人々も傷つくでしょう。そんなことになんの意味があると思いますか?僕はそんなバカげたことは止められるなら止めるべきだと考えます。自国の利益なんて、ましてや王子の面子や後継者選びなんてどうだっていい。そうは思いませんか?」
僕は聞いた。すると、
「わ、わかりません。私には判断できかねます……」
とサーストンは言った。
「それに、今更止められるものなのでしょうか?」
「それはわかりません。止められるかもしれないし、余計に時期を早めることになるかもしれません。しかし、なにもせずに手をこまねいているよりはマシです」
僕は言った。そしてもう一歩前に出て手紙をサーストンの手に押し当てた。
「お願いします。本当なら僕が届ければいいのでしょうが、僕にはもうひとつやらなければならないことがあるんです。どうか、リーの友人の頼みだと思って、今回だけは力を貸してください」
これが最後の殺し文句だった。
僕は深々と頭を下げる。
自分が正しいと思っていることにかこつけて、身勝手な頼みごとをしているのはよくわかっていた。それに、この手紙をアリとリーに届けることが、彼をどれだけ危険にさらすことになるのかもわかっていた。
だからもうあとは、彼の心に頼るしかないのだ。彼が僕の気持ちを汲んでくれることを祈って僕は必死に頭を下げ続けた。
「……わかりました」
どれくらい下げていただろうか、しばらくするとそう聞こえた。
僕は頭を上げ、サーストンを見た。サーストンは微笑を浮かべ、僕の手からしっかりと手紙を受け取っていた。
「えっ?本当にいいんですか?」
僕は自分で頼んでおきながらそう言った。するとサーストンは苦笑を浮かべ
「ええ。いいですよ。というか、本当は引き受けるかどうか迷うような問題でもなかったんです」
と言った。
「リー少尉から言われていたんです。ラシェットさんから何か頼まれごとをされたら、仕方ないから引き受けてやれって」
「リーから?」
僕は言った。なるほどな、さすが我が友。僕がやりそうなことくらい、最初からお見通しというわけか。僕は笑った。
「はい。でも、そう言われていたのに、つい自分の保身にばかり考えがいってしまいました……情けないことです」
「ふふっ、それは仕方ないことですよ。僕が言うのもおかしいですが、話が大袈裟過ぎますからね。僕だってバカバカしいと本当に思います。バカな王子のために、命を張るなんて」
僕が言うと、サーストンも少し笑い
「はは、そうですね。本当に私もそう思います。でもやはり、あんなことは止められるなら止めた方がいい」
とそう言ってくれた。僕はその言葉にほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。そう言ってくださって本当に良かった」
僕達はそう言い合うと固く握手を交わした。
「では、くれぐれもお気をつけて。特にダウェン王子の黒い部隊はグランダン周辺のあちこちに出ますから、決して悟られないようにしてください」
「わかりました、ラシェットさん。そちらこそお気をつけて。私も任務が終わりましたら、またご連絡を差し上げます。それまでお互い、頑張りましょう」
サーストンはそう言うと早速ラースへ向かうと言い、格納庫をあとにした。
僕はその背中を見送る。そして、ふと気づいてリーの手紙を懐にしまった。
ダウェン王子の動きについて、僕ができることはやった。後は結局アリの力に頼むしかない。アリならきっと、あのボートバルの情報さえあればしばらく持ちこたえてくれるはずだ。そうしたら、リーがきっと軍の内側から何か仕掛けてくれるはずだ。リーがコスモにいるということだけは不利に働くだろうが、リーのことだ、きっと僕なんかよりもずっと良い案を思いついてくれるだろう。そう僕は思っていた。
「さて」
僕は仕切りなおすつもりでつぶやいた。
僕には僕のやるべきことがまだまだあるのだ。僕は買い物袋を持ってレッドベルの方へと戻り始めた。
「しかし……」
僕は戻りながら、まだ何か引っ掛かるのを感じていた。それはケニーの言っていたことだった。
ケニーは確かこう言っていた「お前はまるで団長と同じことを言う」「団長は今、全権限を剥奪されて檻の中にいる」と。これはリーの書いていたことより、かなり正確な情報のように感じる。クーデターうんぬんの情報ではなく、まるでその場で聞いていたような、本当はどうして団長が捕まってしまったのか知っているような、そんな口ぶりだ。だとするとおかしい、目撃者はミハイル国王とダウェン王子とマクベスだけじゃなかったのか?その場にもケニーもいた……いや、もしかしたらもっと大勢の目撃者がいたのではないか?
そしてケニーはそれをなんで、わざわざあんなにペラペラと僕に話したんだ?
「おーい」
僕が考えながら歩いていると、レッドベルのコックピットの中からキミが手を振って呼んでいるのが見えた。どうやらとっくにトイレから帰ってきていたらしい。僕は考えごとを中断して小走りに駆け寄った。
「もー、遅いわよ。今まで何してたの?」
「ごめんごめん、ちょっと予想外のことが起きてね」
僕がそう言うとキミはふーんと興味なさげに言って、僕の買い物袋を覗き込んだ。
「ま、なんでもいいけど、ラシェット、ちゃんと私のお菓子も買ってきてくれた?」
「ああ。もちろんさ。はい」
僕はそう言うと袋をキミに渡した。キミはその中身を座席の後ろで一所懸命に吟味し始めた。
ふーと僕は息を吐く。僕はキミのその、のんきそうな感じに救われるような思いがした。
僕は燃料計を見て、ちゃんと補給されているか確認し、各種レバーの感触も確かめた。
なにせこれから12時間もの間海上を飛行するのだ。しかも夜間飛行。少しの不具合が命とりになりかねない。僕は念には念を入れチェックした。
ちらりとキミを見る。キミもちゃんとロープを結びつけ、暇つぶしのお菓子も用意済みのようだ。確かにキミにはやることがないのだ。お菓子を食べながらのんびりしていてもらっても構わない。しかし、これから、いよいよアストリアへ向けて飛び立つというのに緊張感も何もあったものではないなとも思った。
「ねぇねぇ、ラシェット」
すると僕の視線に気づいたのかキミが言った。
「ところで、アストリア大陸に着いたら、まずはどこに向かうのか決めた?」
「ああ、そのことかい?」
僕はそう言った。でも、僕はリーの手紙を見てもう既に目的地は決めていたのだ。
「うん。決めたよ。まずは大陸の南部にあるサウストリアって町に向かうことにしたよ。そこにサマルの友達が住んでいることがわかったんだ」
僕はキミに言った。
「へぇ、そうなの。わかったわ、じゃあまずはそこに行きましょ」
「おう、じゃ早速出発するぞ。準備はいいかい?」
「うん」
僕はキミのその言葉を聞いてエンジンをかけた。
僕はキミがサウストリアに行くことに反対しなかったことにほっとした。キミにはなぜか勘の鋭いところがあるから、もし反対されたらどうしようかと思っていたのだ。
僕はエンジンを再び温める。
ニコ・エリオットまずは彼に会おう。リーは明らかな罠かもしれないとそう言っていた。それには僕も同感だった。きっと罠に違いない。しかし、たとえ罠だとしても、手薄になる日がきっと一日だけ存在するのだ。だから僕はその日を狙って行くことにした。すなわち、Kと接触する約束だった日だ。おそらく、まだあちらは僕が約束をすっぽかす可能性があることに気がついていないはずだ。だから、まずはその隙をつく。それがどう出るかだ。
待ってろよ、アストリア。待ってろよ、サマル。
僕はそうつぶやく。
そしてまた決意を新たにし、
僕は思い切りクラッチを踏んだ。




