4通目の手紙
〈無事か?ラシェット。まぁ、お前が今この手紙を読んでいるということは、なんとか無事に生きているらしいな。ひとまず良かった。なに、俺はそんなことだろうとは思っていたんだがな、柄にもなくリンダのやつが心配していたぞ。無茶もいいが、あまり彼女を泣かせてやるな。あ、まだ「彼女」ではなかったな。すまんすまん。さて、前置きはこれくらいにしておいて、早速本題に入ろう。お前に頼まれていた調査のことだ。
お前とジンさんの店で会った翌日から、俺ともう二人(あの例のドジ二人だ)は調査を開始した。そして、その調査は6日間続けられ、今俺がこの手紙を書いている今日、打ち切らざるを得なくなった。俺に新たな任務が下されてな、コスモに行かなかきゃならなくなったんだ。これはな、全く突然のことだ。それでその任務というのが「コスモ重工業社が新規開発中の飛空挺技術を偵察せよ」っていう、まぁ平たく言えば、どうでもいい仕事なのさ。こんな仕事は別に俺でなくても、新兵でも例の二人でもできる大局に関係のない瑣末な仕事だ。にも関わらず、取って付けたように俺が着任になった。これが、どういうことか、お前ならわかるな?そう。俺は飛ばされたのさ。そして、その原因はたぶん俺が行った調査にある。だから、裏から手を回したやつも大体検討はついてはいる。しかし、そいつは俺なんかじゃ、どうすることもできない相手でね。勤め人の悲しい性さ。今回ばかりはとりあえず大人しく従うしかなさそうだ。でなければ、きっともっと直接的な警告が来るだろうしな。ひとまずは利口になるしかない。でも、ひとまずだ。今回のこの一件には、さすがの俺も個人的に頭にくるものがあるから、いつかまたお前と共同戦線を張ることになるやもしれん。でも、勘違いしないで欲しいのは、俺はお前のように軍を辞めるつもりはないぞ。俺はあくまで内側から変えたいことがある、そういう意味だ。
また前置きになってしまったな。ここからは順を追って書いていく。
まず、俺が調べたのはサマル氏の論文のことだ。まぁ、大した成果は出なかったが、やらないよりはマシだったな。なにぶん、ここセント・ボートバルでは資料が少な過ぎたし、それにアストリアにいる調査員を使おうにも時間がかかってしまったんだ。しかし、調べられるところまでは調べてみた。以下の通りだ。
1、サマル氏が論文を投稿し、掲載の話を進めていたのは『ネイキッド』というアストリアの中堅科学雑誌らしい。「らしい」というのは、その当時の当事者達が揃いも揃って、そんな事実はない。知らない。覚えがない。と口を揃えて否定していて、サマル氏の論文の話を聞いたことがある、とそう証言するのは当事者の知り合い、つまり第三者だけだからだ。不思議に思うだろ?俺もそうだ。なんでも、調査員の話によると、当事者である編集者達は特に何かを隠している様子ではなく、本当にそう思っているようだと言うんだ。しかし、第三者の証言は確かにある。これはどういうことなのだろうな?もちろん、サマル氏の論文が持ち込まれたことを示すような物証もないみたいだ。これでは、どちらの言っていることが本当なのか判断しかねる。
2、サマル氏はその論文を一人で執筆していたが、彼には仲良くしていた研究仲間がいて、論文の元になったのはその仲間達と行っていたある共同研究に関するもののようだ。彼らこそ、以前お前の話していた古代科学研究仲間ってやつだ。彼らはサマル氏も入れて全部で7人いて、なにかと一緒に行動していたようだ。で、俺は彼らの素性を調べ上げたんだが、まずはそれがいけなかったらしい。それは以下のリストを見ればお前もすぐにわかることだろう。俺もこれには驚いた。
サマル氏と考古学仲間 リスト
サマル・モンタナ
男性
諜報部リスト記載なし
アストリア国立機械工学・技術研究室勤務後、一年前から行方不明。父親から捜索願い出る。
出身地ボートバル大陸ライル村
ジェラルダ・ヤン
女性
諜報部リスト記載なし
薬品会社アストリア製薬勤務後、一年前から行方不明。両親から捜索願い出る。
出身地アストリア大陸スシャール
イニエ・イリエッタ
女性
諜報部リスト記載なし
コスモ重工業営業部勤務後、一年前から行方不明。両親から捜索願い出る。
出身地メルカノン大陸アップ
ナーウッド・ロックマン
男性
諜報部リスト記載あり 以下リスト参照
名うてのトレジャーハンター。
大学院在籍中から各地の遺跡に出没。大学、考古学の教授連からは「墓荒らしナーウッド」「泥棒小僧」などと呼ばれ、揶揄されているが、彼の調査による新発見、再考察は近年目覚ましい成果を上げており、彼のことを好意的に見る教授も少なからずいるようだ。
しかし、現在は行方不明。また、二つの国と地域から指名手配も受けている。
身体的特徴
身長193センチと大柄で細身。金色の長髪をいつも一つに結わいている。瞳はグリーン。手が大きく、足も速い。身体能力の高さは要注意。また狙撃の腕前も超一流で、彼がいつも持ち歩いているジュラルミンケースの中には組み立て式のスナイパーライフルが入っている。これにも注意せよ。
出身地はナン大陸カンタゴと思われる。両親不明。児童養護施設で育つ。
ケーン・ダグラス
男性
諜報部リスト記載なし
コスモ工科大学学生部勤務後、一年前から行方不明。両親から捜索願い出る。
出身地メルカノン大陸コスモ
ニコ・エリオット
男性
諜報部リスト記載あり 以下リスト参照
盲目の天才エンジン技師。
彼は視力こそないものの、その生まれ持った聴力とエンジン音を聞き分ける能力を駆使して、様々なエンジンの改良案を出してきた、現在アストリアで最も重要なエンジン技師のひとりである。目下、帝国陸軍諜報部および飛空師団がヘッドハンティングできないか調査中。アストリア王国近郊の町サウストリアにある研究室に勤務。
身体的特徴
身長160センチと小柄。茶色のパーマ髪。瞳もブラウン。
出身地はアストリア大陸アストリア王国
リッツ・ボートバル
男性
諜報部リスト記載あり
しかし、お前は知っていると思うので省略する。
どうだ?驚いただろ?まさか、お前の古い友人と我が国のリッツ王子が友人同士だったなんてな。俺も初めは何かの間違いかと思ったが、調べてみると、このリストにある7人は全員、コスモ工科大学の同級生でサークル仲間だった。そこに接点があったんだな。確かにリッツ王子はコスモ工科大学に留学し、卒業しているからな。一応辻褄は合う。しかし、まだ納得できなかった俺は、運良くボートバルで見つかった同じ大学の同級生に当たってみたんだ。そうしたら、この手紙に同封した写真が出てきたわけさ。ま、これは決定的な証拠だな。いかにも仲が良さそうだろ?言わずもがな真ん中に映っているのがサマル氏。向かって左側に映っているのがリッツ王子。そして、お前が唯一見覚えがないだろう、右側の人物がナーウッド・ロックマンだ。話によると、特にこの三人は仲が良くて、いつも三人でつるんでいたらしい。でも、その人はそれ以上のことは知らなかった。このリストにある人物のほとんどが、現在行方不明であることもな。
ラシェット。お前はわかっているだろうが、俺は偶然なんてことは信じない。だからこのリストにあるサマル氏の仲間のほとんどが、行方不明だということの裏にはきっと何かかあるはずなんだ。そして、それにはきっとお前が接触したというトカゲや、あのKという男が関与しているに違いないと俺は思う。
くそっ。もう少し時間があれば良かったんだが、俺はトカゲやKの正体まではたどり着けなかったよ。すまんな。でも、まだ俺もこの件に区切りはつけないつもりだ。それに、今度の勤務地は不幸中の幸いでコスモときている。きっと他に適当な理由がでっち上げられなかったんだな。ざまぁみろ。ボートバルを離れたら、もっと自由に調査もできるだろう。どうせ暇な任務なんだ。せいぜい俺も利用させてもらって引き続き、コスモにいる関係者やその家族、大学関係者にも当たってみるつもりだ。だから、お前も頑張って、もう少しだけ待っていて欲しい。頼むぞ。
それと、もう一つ俺には引っかかていることがある。それは、サマル氏の仲間の内、サマル氏も含め5人の居場所がわからないのにも関わらず、我が国のリッツ王子と、もう一人エンジン技師のニコ・エリオットだけは現在も居場所が確認できているという事実だ。まぁ、うちの王子は身分が身分だから例外と言えるのかもしれないが、ニコ・エリオットが今だにサウストリアでちゃんと働いているというのが、どうも気になる。だって、数少ない当事者なんだぜ?いくら貴重な人材でも、ここまで徹底的にサマル氏やその論文の存在を隠蔽しているわりに、その措置はやっぱり不自然だとしか言いようがない。
俺が思うに、きっとそれにも何かしらの事情があるはずなんだ。本来なら俺が行って直接本人に会って確かめたいところなんだが、俺は明日からコスモだ。だからラシェット、良かったらお前が行って確かめてみてくれないか?俺はこの手紙をお前が立ち寄りそうな場所、数カ所にばら撒くつもりだが、きっとお前はまだアストリア王国には辿り着いていないんだろう?俺の読みはよく当たるんだ。もし、俺の読み通りだったらアストリア王国に入る前にサウストリアに立ち寄ってみてくれないか?まぁ、明らかな罠と思わんこともないが……もしその読みが当たっていたとしても、お前ならなんとかなるだろ。こっちも頼んだぞ。
さて、ここまで色々と書いてきたが俺が考えたことはこれだけだ。これで、俺がなんで飛ばされたかわかったろ?そう。リッツ王子だよ。リッツ王子のことを調べ始めた矢先にこれだもんな。まったく、嫌になるよ。しかし、リッツ王子の最近の行動にはどうも不審な点が多いらしいんだ。何か良からぬ連中と一緒に行動しているとの噂もある。しかも、それが今からちょうど一年前あたりから始まったっていうんだから、これも決してサマル氏達のことと無関係とは思えない。いよいよ、きな臭くなってきやがったってやつだ。
なぁ、ラシェット。お前とお前の友達は何かとんでもないことに巻き込まれてしまったのかもしれないぞ。俺はそのことを、たった6日間で感じ取ったんだ。こんなことは今までに経験がない。いいか、十分気をつけろ。お前にその気がなくても、向こうに待ったは通じないぞ。
じゃあな。
以下追記
この手紙を送る直前に軍に新たな動きがあったから追記する。
まず、お前はあまり内情を知らないだろうが、また新たにダウェン王子の指揮する部隊がひとつ編成された。そこには、エリサも加えられているらしい。目的はわからないが、最近のダウェン王子の様子も少し変だと感じる。それもこれもお前の尊敬して止まない団長殿が、クーデター騒ぎを起こして逮捕、監禁されて以来日増しにだ。軍の中にも大声では言わないが、団長逮捕の件に疑問を持っている連中はいる。確かにあの団長殿がそんな真似するなんて到底思えないからな。目撃者もミハイル国王とダウェン王子、それにマクベス大佐しかいないからなおさらだ。しかし、諜報部がそれを調べることなんてできない。なんたって陛下直属の部なんだからな。それに、ここのところダウェン王子に対する兵の支持が急に伸びてきていて、ダウェン王子の方針に疑問を持つ兵は少数派になりつつある。まぁ、俺には不思議だがな。
この部隊編成の目的は、国防強化だと表向きには言われているが、俺にも本当のところはわからん。きっとこっちも俺がいなくなった後に何か一波乱あるかもしれんな……
蛇足だったな。俺もまだ考えがまとまっていないんだ。愚痴だと思って読んでくれていい。
じゃあ、重ねて言うが、くれぐれも気をつけろ。無茶はするなよ。
何か助けが必要ならコスモにきてくれ。力になる。あ、あと微力ながら最後にアストリアへ部下を派遣したんだが、これについては先に謝っておく。すまん。
ラシェット。
お前の友達、見つかるといいな。
俺もそう祈っている。
じゃあな。また会おう。
ラシェット・クロードへ
リー・サンダースより〉