理由 1
僕は早くキミを見つけてあげたかったのに、なにやら厄介そうなやつに捕まってしまったようだった。
いや、捕まってしまったという言い方は、適当ではないかもしれない。なぜなら、小型のリボルバーを構え、相手の手を挙げさせているのは僕の方なのだから。不本意ながら、条件反射でこうなってしまったわけだがさ、やはりそれでもあまり気分のいいものではなかった。
しかも、相手の女の子が
「くっ、銃を隠していたとは卑怯な。さては私のことを知っていて……はっ、ま、まさか私のことを犯すつもりじゃ…くう、この、誰がお前の思い通りなんかに!ひとおもいに殺せっ!」
などと言うから、僕は余計に気が滅入ってきた。
誰が片腕を骨折した女の子を銃で脅して、犯そうなどとするものか。僕は鬼か。血も涙もない人間か。
僕はため息をついた。そして
「あ、あのさぁ。何か勘違いしているみたいだけど、君が先に動いたから僕は…」
と言いながら銃を下ろした。
が、その瞬間
「ハァッ!」
と気合の声を上げ、女の子は思い切り地面を蹴り、僕に向かって飛んできた。
「なにっ!?」
僕はなんとか反応して後ろに下がる。その横を掠めるように彼女の鋭い後ろ回し蹴りが飛ぶ。頬に鋭い痛みが走った。どうやら少し当たったらしい。
「甘いなっ!ラシェット・クロードッ!女だからといって情けをかけるなど!」
と彼女は言いながら、連続で蹴りや拳を繰り出してくる。僕はそれを後退しながらなんとか凌ぐ。が、それだけで精一杯だった。そのくらい彼女の攻撃は鋭かったのだ。これでもし片腕が折れていなかったら、おそらく僕はすぐにやられていただろう。
くそっ。なんなんだ?この猪突猛進女は。
と防ぎながら僕は思った。
僕はこんな女に恨まれるようなことをした覚えはないぞ。
「おい、ちょっと待て!なんでこうなる?わけを聞かせてくれ」
僕は言った。しかし女は攻撃の手を緩めようとはせず
「うるさいっ!裏切り者に話すことなどないっ!」
と叫ぶだけだった。
裏切り者?僕は別に誰も裏切ってなどいないと思うのだが。まぁ、強いて言えばリッツとトカゲの依頼は裏切ることとなったが、それと彼女とは特に関係ないような気がする。第一、そんなことはまだ僕とキミとアリとナジくらいしか知らない。
「ちょっと、いい加減に……」
と僕が言いかけた時、
「そこでなにをやっている」
と、廊下の向こうの方からよく通る声が聞こえてきた。
僕達はその方向を見た。
向こうからすたすたと隙のない歩き方でやってきたのは、カシム少年兵だった。
僕達はその姿を見て、やっと動きを止めた。
カシム少年兵は
「客人同士で喧嘩か?」
と鋭い目つきで、単刀直入に言う。
「客人?こいつが?ねぇ、カシム軍曹わかってるわけ?このすっとこどっこいが何をやらかそうとしてたか」
それを聞いて女の子が言った。すっとこどっこい?また、新しい悪口だ。
僕はため息をつき、銃をまた懐にしまった。
女の子の言葉を聞いてカシム軍曹は
「馴れ馴れしくカシム軍曹などと呼ぶな、ケニー・クリス軍曹。貴様こそ、自分の置かれた立場をわかっているのか?貴様は取調べ中の身なんだぞ」
と釘を刺すように言った。取調べ?僕はケニーと呼ばれた女の子の顔を見た。
「ふんっ。私はもう、知っていることは洗いざらい話したわ。それよりもこいつよっ。こいつこそちゃんと取り調べた方がいいんじゃないかしら?こいつはこの国に戦争を起こそうとしている一派の仲間なんだから」
と言った。なかなか人聞きの悪い言い方だった。でも、まぁ、確かに言われてみればその通りかもしれないから困る。いくら事情を知らなかったとは言え、僕はアストリア参戦の片棒を担ぎかけたのだから。
なるほど。しかし、その言葉でようやく事態が飲み込めた。そんなことを知っていて、この場にいる可能性があるのはひとりくらいしかいない。しかも、僕のことを裏切り者とも呼ぶやつは。
僕はこのケニーという女の子に会ったことはなかったが、戦ったことはあったのだ。
「君は、もしかして、あの時のゼウストのパイロット?」
僕は目を丸くして言った。
「ふんっ」
僕にそう言われると、益々不機嫌そうな顔になりケニー軍曹はそっぽを向いてしまった。
僕は驚いていた。
まさか、新入りが女性団員だったとは。女性の第1空団員は、僕の在籍していた当時は同期のエリサとビクトリア副団長しかいなかったのだ。そのくらい女性の入団は難しく、珍しい例なのだ。
ということはこのケニー軍曹も相当優秀な成績で軍学校を出ているに違いない。実力は第1空団に入ったという事実だけで折り紙つきだ。
「まさか、新入りが女の子だなんて思わなかったよ」
僕が思わずそう口にすると、ケニーはキッと僕を睨みつけ
「何、先輩面してんのよ。あんたはもう辞めたんだから、関係ないでしょ?」
と言った。
その目には明らかに殺気が満ちていた。
おいおいと僕は思う。そんな目をしなくてもいいじゃないかと。こんな大統領の邸宅で、カシム軍曹も見ているのに、そんな態度では立場を悪くするだけなのではないのか。
だから、僕は穏便に
「そ、それはそうだね。ごめん、つい。でも、ちゃんと救助されてたんだね。よかったよ。本当は、どうなったかと少し心配してたんだ」
と言った。するとケニー軍曹は不思議そうな顔をし、黙った。
お、やっと普通に話をしてくれるのかな? と僕は思った。が、その顔はだんだんとまた、不機嫌な顔になり、ケニー軍曹は
「はぁーーー?」
と言った。般若のような顔だった。
「なに、勝手に余裕ぶっこいてんのよ。あれで勝ったつもりなわけ?ふざけんじゃないわよっ!あれは引き分けよ。引・き・分・け。それも私がちょっと油断しただけのね。それを、なに?心配してただぁ?余計なお世話よ。いい?そんなに心配ならねぇ、今すぐ私にその首差出しなさいよ!そして、あの男から受け取った手紙も!そうしたら、か弱い私に怪我をさせたことも、私の愛機を粉々にしたことも、百歩譲って許してあげるわ」
ケニーは一息にそう言うと、僕の前に左手をずいっと差し出した。
僕はこんなに口の悪い女に出会ったのは初めてだった。
確か、第1空団員には実力と共にそれに相応しい、人格や品性をも求められるのではなかったか。いったい今の基準はどうなっているのだ。
それに……ゼウストが粉々になっただって?よくそれで引き分けなどと恥ずかしげもなしに言えたものだ。ゼウストの性能なら最悪でも不時着にはできただろうに。最近は操縦テクニックのレベルまで落ちたのか?
あんな高級機をむざむざ失くしたら、きっとかなり厳重に怒られるに違いない。いや、もしかしたらもう第1空団はクビかもしれないが、まぁ僕の知ったことではない。いや、しかし考えようによっては粉々になったことにより、ラース側に機体の機密が漏れなかったのだから、むしろ恩情が下るかもしれないなとも思ったが、やはり僕にとってはどっちでもよかった。
僕はもうケニー軍曹と話すのが面倒になっていた。ケニー軍曹が洗いざらいしゃべったということも、後でアリかナジに聞けば済むことだ。
それよりも僕は早くキミのところに行ってあげたかった。
「ところでカシム軍曹、キミは見つかりましたか?」
ちょっと、私の言うこと無視するわけっ!? と、ケニーが言うのもお構いなしに僕はカシム軍曹に尋ねた。
「はい。たった今部屋までご案内したところです。ご安心ください」
カシム軍曹は気をつけをして答えた。僕はそれを聞いて、ひとまずほっとした。
「そうですか。それはよかった。ありがとうございました」
「いえ、問題ありません」
僕達が話していると
「おいっ!聞いてんの?さっさとあの手紙を出しなさい!隠しても無駄なんだから」
とまだケニー軍曹は言っている。僕はやれやれと思った。
「あのねぇ。僕だってさっきまで、取調べみたいなものを受けてたんだよ?それなのに、まだ僕があの手紙を持っているわけがないだろう」
僕は言った。すると
「ん?え、そ、そうなの?」
ケニーは、少したじろぎカシム軍曹を見た。カシム軍曹は頷く。
「そうだ。しかし手紙のことは貴様には言えん。機密事項だ」
カシム軍曹は言った。うん。確かにそうだ。うまい言い逃れを考えたものだ。
「そういうことだ。よって、僕はもう手紙を持っていないし、手紙を届けるつもりもない。だから、君たち黒い軍団はもう僕のことなんて気にせずに、どうぞ西側で内戦拡大の工作の続きでもやってくれ」
「なにっ?」
僕が言うとケニー軍曹は反応した。
「よく知りもしないで…勝手な推測でものを言うな!お前なんぞにダウェン王子の深いお考えはわかるまい」
ケニー軍曹は怒っていた。どうやら本気でそう思っているらしい。
「ああ、わからないね。たとえわかったとしても、やり方が気に食わない」
僕は精一杯の皮肉をこめて言った。それを聞くとケニー軍曹の顔はなお強張った。
「やり方だと?やり方など、崇高な目的の前には些細なことに過ぎん。それにお前は西側の人々が、どんなに貧しい生活をしているか、東側の軍にどれだけ弾圧されてきたか知っているのか?」
ケニー軍曹はもっともらしく言った。しかし、僕はもうそんな大義名分など聞き飽きた思いがした。
「だからって、西側に協力するのか?これは他国の問題なんだぞ。ボートバルには関係ない。帝国による植民地支配はもうとっくに終わったんだ」
僕は歩き出した。この猪突猛進に話しても仕方ないと思ったからだ。しかし、その前に彼女は立ちはだかった。だから僕はまた口を開いた。
「それに、西側につく理由はそれだけじゃないだろ。やがてはこの国をまた乗っ取ろうしている」
「当たり前だ。富めるもの強きものが、貧しいもの弱きものを救済するのだ。この国も帝国の支配のもとに運営された方が今よりずっと幸せなはずだ。この国の民だけに任せていたらずっと内戦が続くのは明らかだ」
ケニー軍曹は言う。
「なんだそれは。それもダウェン王子の受け売りか?」
らしくない正論を吐くケニー軍曹に僕は苛立っていた。しかもそれが、キミの言っていたこととなんとなく似ていたことも、僕をイライラさせた。
「そうやって適当な理由をつけて、自分達の野望を正当化してはいけないんじゃないのか?少なくとも、その台詞は君のような他国の人間がいうべきではない。そういった処置がもし本当に必要ならば、それはこの国の国民に選ばせるべきなんだ。無理矢理押し付けることじゃない。独立を維持するも、他国と併合するも、その判断はあくまでもこの国の自主性を尊重し、決定されるべきなんじゃないか?」
僕は言った。それでもケニー軍曹は反論する。
「それがのんきだと言っている!お前はこの国の現状を知らな過ぎる。だから、そんなことが言えるんだっ!」
ケニー軍曹の目は真剣だった。なるほど、この子も現場で色々見てきたのかもしれない。やっぱり本来の部外者は僕だけらしかった。でも、僕は自分の考えだけは、この後輩に伝えたい気がした。
「その現状に至る原因を作ったのは誰だ?誰がこの国の人達を憎しみの渦の中に叩き込んだんだ?」
僕は言った。
「歴史を考えろ」
と。
「そ、それは……くっ、それとこれとは話が別だ。我々は今を生きているんだ。もう過去は変えられない。なら、せめて今をよくしたい!それのどこが悪いっ!」
ケニー軍曹は力いっぱいそう叫んだ。
僕はふーっと息をついた。
これは、なかなか思い込みが激しそうだ。しかし、ちゃんと自分なりの信念は持っている。それが、たとえ受け売りでも無いよりはいい。この子と僕とでは、今のところわかり合える余地はなさそうだが、この先は期待できるかもしれない。そんなふうに思えた。
「悪くはないよ。みんなそう思って生きているんだから。ただ、その中で色々な摩擦が起きるし、それによって憎しみや格差、様々な痛みが生まれてしまうということも知っていて欲しいだけさ。僕だって、元帝国軍だ。この国の上空を飛ぶ時はいつも複雑な思いがする。僕は帝国に、また同じ過ちを繰り返して欲しくないんだ。だからそのためにも、やり方は重要なんだと言いたかったのさ」
僕は言った。
そして僕はまた歩き出した。今度はケニー軍曹も止める気はないようだった。すれ違い様に、そんなことはわかっている… とつぶやくのが聞こえた。
しかし、少し離れたところで
「ラシェット・クロード。なるほど、団長のお気に入りだったわけだ。まるで団長と同じことを言う」
とケニー軍曹は僕に聞こえるように言った。僕はその言葉に足を止めた。
「団長が?」
僕は言った。
「団長が同じようなことを言っていたのか?」
「そうだ」
ケニー軍曹は答えた。僕は思った。それはおかしいと。
「だったら、なぜこんなことに手を貸している?ゼウストまで真っ黒に塗ってしまって。団長の許可がなくてはこんなこと勝手にはできない。そのくらいの強い権限を団長は持っているはずだ」
僕は尋ねた。するとケニー軍曹は複雑そうな笑みを浮かべ
「ふん、団長は今、全ての権限を剥奪されて檻の中さ。現在、第1空団を実質的に動かしているのは、分隊長のマクベス・オッド大佐だ」
と言った。
「な、なにっ、団長がっ!?」
僕は思わず声をあげ、ずいずいと、もと来た道を戻りケニー軍曹の左肩を掴んだ。
「おいっ、いったい誰がそんなことをっ!」
僕はケニー軍曹を揺さぶった。彼女は痛そうに顔を歪めた。
「こ、国王とダウェン王子だ。団長が方針に従わなかったから……でも、それが外部に知れたらその影響は計り知れないから、団長の任は解かずに、権利だけ全てマクベス大佐に移したんだ」
「それも、おかしいだろ!順当にいけば団長がいなければ、次はビクトリア副団長に指揮権はいくはずだ」
「副団長も従わなかったんだ。しかし、これで副団長まで抜けたら部隊の指揮が取れなくなる。だから副団長は残されている。もちろん決定権はないがな」
そこまで聞いて僕は手を離した。
どうりで、第1空団らしくないことをしているわけだ。
今まで、あの世界でも最高の戦力を有する部隊が、あまり紛争や戦争に介入してこなかったのは、全て歴代の団長達の人格に寄るところが大きかった。そういった人物にしか、代々団長の座は渡さないような仕組みになっていたのだ。それは第二代国王が、自国の自浄機能としての役割も兼ねる意味で設けた仕組みだった。そして、それが帝国の過剰な帝国主義を抑える役目をずっとしてきたのだ。
そこに制度改革のメスを入れるのはタブーとされてきた。しかし、そのタブーが破られてしまった。つまり、あの国のたがが外れてしまったのだ。
しかも、最悪なことにその司令官には、あのマクベス・オッド中佐が…確か、今は大佐だと言っていたが。僕の同期のクラウス・オッドの兄で、クラウスのボンボン同様、マクベス中佐もいけすかないやつだった。あんなやつが第1空団を動かすと思うと心底ぞっとした。
その話が本当だとしたらまずい。
でも、かといって僕に何ができるのだろうか?やっぱり、あの手紙を早く公開すべきなのか?いや、でもそうしたらこの国はまた、独立を保てなくなってしまう可能性が高い。やはり、ここはアリ大統領の力量に賭けるしかないのか?
僕は考えていた。その様子を見ていたケニー軍曹は
「ふんっ。でも私はマクベス大佐やグウェン王子の考え方の方が正しいと思うけどね」
と言った。僕はケニー軍曹を呆れた目で見る。
本当にそれだけで終わればいいがな、と。
あのマクベスがこの大陸だけで満足するはずないではないか。きっと今回のことも、この大陸もその足がかりに過ぎないのだ。やがては、世界全土を手中におさめる計画だろう。やはり、これは西側の正義うんぬんの話ではなかったのだ。
くそっ。ふざけやがって。
僕はまた歩きだした。もう、それを引きとめようとしたケニー軍曹のことも、ずっと近くで話を聞きながら立っていたカシム軍曹のことも目に入らなかった。
僕はまたわけがわからなくなってしまった。これでは、兄の暴挙を阻止しようとしていた、リッツやトカゲの方が正しいみたいじゃないか。しかし、依頼通りショットに手紙を届けたとしても、どっちにしろ戦争は起こってしまうのだ。どうすればいい?どうすれば……
僕は頭を必死に回転させた。しかし、気の利いた考えなど浮かんでこない。それに、この事態に対して、僕はあまりにも無力に思えた。
長い長い廊下を歩いた。
僕は寝室を目指す。そこにはキミが待っているはずだ。
この国の内戦で、心を痛めているキミ。傷ついているキミが。
僕はこんな気持ちで、キミに何を言ってあげられるのだろうか。
キミは涙を流していた。僕なんかにその涙を拭えるのだろうか。
わからない。でも、傍にいてあげることはできる……いや、本当は僕がキミの傍にいたいのかもしれない。キミと話がしたいのかもしれない。
そうだ。確かに僕はキミの言っていた通り、頼りない男、頼りない大人だ。
寝室の前に着いた。
僕はコンコンとノックをした。
返事はない。しかし、鍵は開いていた。
僕はゆっくりとドアを開け中に入った。そして、なんとか笑顔を作ろうと努力をしていた。




