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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第1章 ラシェット・クロード 旅立ち編
25/136

再び空へ 3

キミの言った30秒が僕にはとても長く感じられた。


僕はまだか、まだかと指を操縦桿の上でとんとんして待つ。


敵機のバンはまだ着きはしないだろうが、そうはわかっていても僕は気が気じゃなかった。


いや、それ以前に……キミはどうするつもりなんだ?


とその時、家の陰からキミが駆けってくるのが見えた。

「キミ、一体どうしたって……」

と僕が言いかけると、キミは

「いいから、飛行機出して!」

と走りながら大声で叫んだ。

「えっ?まさか?」

と思いつつも僕は指示通りにクラッチを踏んだ。エンジンとプロペラが連絡し、バラバラバラと回り始める。

飛行機が前進を開始するのと、ほぼ同時にキミは飛行機に取りつき、コックピットに飛び込んできた。

「キ、キミ!?」

僕は驚いて操縦席の後ろを見た。そこには、中くらいのバックを肩にかけ、急いでロープを体に巻きつけようとしているキミの姿があった。

僕が声をかけようとすると、キミは手を休めずに僕の方を見て言った。

「結局こうなっちゃうのね」

と。僕はなんと答えていいかわからなかった。

「ごめん。完全に僕のせいで巻き込んだ。やっぱり僕は間抜けだ」

なんとかそれだけ絞り出すとキミは

「済んだことは、仕方ないじゃない。くよくよしても始まらないわ」

と、さばさばと僕に言った。今度は僕の体にロープを巻きつけにかかる。

「でも、僕と一緒に来れば、しばらくここには戻ってこれなくなるかもしれない」

「いいのよ。もう諦めたわ」

キミはロープを結び終え、操縦席の上に顎を乗せながら言う。

「でも、キミの役目は?それにケムとローは……」

「ケムとローの鞍と手綱は今、切ってきたわ。大丈夫。あの子達は頭がいいから、私が1日帰って来なかったら悟るはずよ。その後は自分で生きてくれると思う」

「キミ……」

僕は本当に申し訳なく思った。ケムとローには命を助けられたし、たくさん乗せてもらったのに、これでは恩を仇で返すようなものだ。キミだって本当は心配なはずだ。

「そんな顔しないでよ。本当に大丈夫なんだから。それよりも早く出発させなさい。せっかく覚悟決めたんだからね、切り抜けられなかったら承知しないわよ」

キミはそう言うと僕の頭をコンコンと叩いた。

そうだ。迷っている暇はない。


「うん。キミ、本当にごめん。でも、ありがとう」


「だから、いいって言ってるのに。それに……」

「ん?それに?」

僕は聞いた。


「ううん…さぁ!行きましょ!ラシェットの旅、私がちゃんと見届けてあげるわ」

キミは元気よく宣言した。


「はは、よしっ行くぞ」

キミが言うのと同時に僕はスロットルをフルに入れた。

バォォォンッ!!

機体はギュオーーーッ! っと猛スピードで砂地の上を滑走する。

僕はエンジンの回転数を限界まで高めると、思い切り操縦桿を引き、レッドベルを大空へ飛び立たせたのだった。



僕はレッドベルをずんずんと上昇させた。上空にある分厚い雲を隠れ蓑にしながら、東に進む。

「キミ!酸素マスクを!」

エンジンとプロペラの爆音のせいで大声でないと会話ができない。しかし、キミは聞き取れたらしく、酸素マスクを装着した。

雲の上は流石に空気が薄い。僕のように慣れた者でないと、すぐに航空病になる恐れがある。航空病とは、高山病のように酸素不足が原因で、目眩や頭痛、吐き気を起こすものだ。


「さぁ、どうくる……」

僕は計器類のチェックをしつつ、辺りの警戒を怠らなかった。

「キミ!この辺りは、東の軍の支配地域かい?」

僕が大声で聞くと、キミは酸素マスクをずらしながら

「厳密に言うとそうだけど、こんな砂漠の真ん中じゃ、そんな線引きは意味ないわ!誰も欲しがらない地域だもの!」

と同じく大声で答えた。

なるほど、だから西側のゲリラはあんなに堂々と飛んで来れたわけだな。

「わかった!でも、なんとかして東の軍が目を付ける所まで飛びたい!どうすればいい?」

僕は方角を聞いた。するとキミはコンパスを確認しながら指を差し

「北東よ!そうしたら真っ直ぐ。それが首都ラースのある方角だから!警戒範囲も広いの!」

と叫んだ。

「了解!ありがとう!あとはしっかり落ちないように掴まってて!」

僕は機体を分厚い雲の中に突入させると、機体を少し旋回させ、北東へと向かわせる。機体は気流を受け、ガタガタと揺れ、ギシギシと軋む。僕はバランスの悪い機体を操縦桿で必死に抑えつけながら、もしもバンと戦闘になった時のことを考えていた。


雲の上へと抜けた。辺りは一面、赤と白の世界だ。日が沈みだしているのだ。

「ちっ、いつものようにはスピードが出ないな」

僕は呟いた。いくらエンジンの馬力が強くても機体のバランスとの兼ね合いがある。僕はその限界を考えてスロットルを操っていた。

「頼む。保ってくれよ」

僕はちらりと修理箇所を見る。


「大丈夫かい?キミ?」

僕が話しかけるとキミはうん、と頷いた。

今日初めて飛行機に乗ったのにも関わらず、いきなりこんな上空まで来て、しかも敵機と戦闘になろうとしているというのに、キミは特に怖がっている様子もない。僕はキミのそういうところにも感心する。

僕は地図をみた。

このスピードなら、あと一時間半だ。それだけ逃げられれば敵は引き返してくれるはずだ。

僕はそう読んだ。おそらく敵も東側の空軍とはことを構えたくはないに違いない。しかし、問題はそこまで逃げ切れるほどのスピードが出ないことと、東側の軍が僕達のことをどう判断するかだ。

きっと、なぜ西側のゲリラに追われていたのか追及されるだろう。そのとき、僕はなんと言って誤魔化せばいい?偶然通りかかったら不運にも襲われたと言って、果たして通用するのだろうか?


「ラシェット!あそこ!」

キミが右後方を指差し、耳元で叫んだ。

僕が目視すると、確かに遥か向こうに黒い機体が見えた。一機だけ雲を抜けて、位置を確認しにきたらしい。

「まずいな。思っていたよりも早い」

まだ30分も飛んでいないのに、捕捉されてしまっている。たぶん雲の下にはもっと接近している機体もいるだろう。もう一層高い雲に行くか?いや、ダメだ。もうこれ以上は高度を上げられない。酸素マスクはひとつしかないのだ。

僕はもう一度地図を見た。よし。

「キミ!雲に入って北上する!しっかり掴まって!」

「うん!わかった!って、うわぁっ!」

ボシュッ! と僕はキミの返事よりも早く機体を雲の海に突入させた。そしてなるべく北を目指す。もう少しすれば、そこには高い山々があるはずなのだ。このまま上空を逃げきれないのならば地形を利用して逃げるしかない。山と山の間に入ればそうそう敵も近づけないはずだ。

と、その時。

「ラシェット!右からくる!」

とキミが言った。

「なにっ!もう?」


ダダダダダダダダッ!


「くっ」

僕が左に避けるとキミの言葉通り、右斜め下から来た弾丸が雲を霧散させ、穴をあけた。

「まだよ!また右!」

「ちっ」

キミの助言のおかげで今度も躱す。

でもこれじゃあ、いつかやられるだけだ。

「なんだ?こちらの姿が見えているのか?」

そう疑ったが、かと言って下手に雲の下に出ても敵の餌食だ。結局はこのまま雲の中を行くしかない。

「大丈夫!このまま真っ直ぐ飛んで!」

キミは言った。僕はどうして、先ほどの攻撃をキミが予測できたのか不思議だったが、今はそんなことを考えていられない。とにかく僕はキミのそのずば抜けた勘を信じて、言われた通りにレッドベルを進ませた。


僕達は辛抱強く待った。

機体を揺らし、軋ませる気流に耐えながらさらに進ませたところで、僕はキミを見る。地図を片手に周りを警戒していたキミも目を合わせた。すると、キミはうん、と頷いたので、僕も頷き返した。雲の下へ抜けようという合図だ。

「一か八かか…」

僕は覚悟を決め、操縦桿を押し込み、スロットルを入れる。

機体は急降下し、あっと言う間に雲の下に姿を現した。


その少し後方には4機のバンが既に待ち構えていた。でも、僕は構うことなく機体の降下をさせる。眼下にはもう暗くなりかけている砂漠と目の前には高い岩でできた、乾いた山々が見えた。計算通りだ。

「よし、見えた。さぁ、追ってくるか?」

僕はよりスピードをつけて山の谷間に突入する進路をとった。敵機は2機ずつ前後に分かれて追ってきた。


レッドベルは猛スピードで岩山の肌すれすれを飛び、細い谷間に飛び込んだ。その、まるで天然のレースコースの様なところを僕は全力で東へと進む。バランスの悪い機体の状態だったが、そんなことも言っていられない。ここでビビっていては追っ手は振り払えない。

敵機は追いつき、その谷間の上空から、機関銃を撃ってくるが距離があるため当たらない。距離を詰めようにも岩山が邪魔で、なかなか近づけずにいるようだ。


しかし、そのうちの2機が距離を詰めるべく、谷間に降りてきた。相手も危険を承知でスピードを上げてくる。どうやら僕の狙った通りの展開になったようだった。


「そう来なくちゃね。さぁ、レース開始だ」


僕はさらに高度を下げ、細い谷底へと敵機を誘導した。

飛行機が飛ぶにはギリギリの幅だ。その曲がりくねった谷を猛スピードで駆け抜ける。

僕も敵機も必死だ。敵は機関銃を撃つところまで気を回せないでいる。


「次!左にカーブしたあと、右にカーブ!結構急よ!」

キミが前方を注視して、耳元でナビする。僕はただ目の前のカーブだけに集中し、キミの言葉を信じて操縦桿とフットバーを操る。

「次!左!前方下に岩!少し高度上げて!」

「おう!」

ちらっと計器類を確認する。大丈夫。エンジンはまだご機嫌のようだ。

僕が左の急カーブを過ぎた時、後方で爆発音がした。どうやら、あの岩で一機クラッシュしたらしい。気の毒だが、仕方ない。人の命を狙うということは、そういうことだ。


そのクラッシュを見て奮起したのか、もう一機の方が加速してきた。僕も加速したかったがこれが限界だった。それに敵機のスピードにはいくらなんでも無茶がある。


ダダダダダッ!ダダダダッ!ダダダダダッ!


敵機は機関銃を撃ってきた。僕は避けながら右へとカーブを辿る。どうやら、死なば諸共で突撃してきているようだ。そういう相手を振り切るのはとても厄介でらならない。

「しばらく真っ直ぐよ!どうする?」

キミが言った。ちっ、こういう時に限ってだ。辺りは暗くなってきたとはいえ、これではいい的だ。

機体を上昇させても、今度は上の2機にやられてしまう。

ならば、僕に残されている選択肢は少ない。


読まれていなければいいが……


僕はタイミングを見計らった。


そして、意を決して行動に移る。しかし、ついいつもの習慣で、キミにあらかじめ声をかけておくのを忘れていた。僕が急に操縦桿を引き、ターンに入るとキミの「きゃー!ちょっと、先に教えておきなさいよー!」という声が聞こえた。その声をしまったと思いつつ聞きながら、フットバーを操り捻りを加える。慎重かつダイナミックにターンを決めると敵機の背中が見えた。慌てて回避を行おうとしているらしかったが、僕は狙いを定めた。


ダダダダダダダダダダッ!


レッドベルの機関銃が火を噴くと、狙い違わず敵機バンの右主翼および胴体はズタズタになり、勢いを失い墜落していった。

勝負は一瞬だった。

僕はふーっと息をつく。しかしキミの

「ラシェットッ!前っ!行き止まりー!!」

という声でまた我に帰った。

「げっ」

と思わず声を上げ、操縦桿をぐいっと引いた。息つく暇もないとはこのことかと僕は思った。機体は岩肌をすれすれで回避し、急上昇する。無事に正面衝突は避けらたが、それを喜んでもいられなかった。

なぜなら、上には2機の敵がいたからだ。

僕達はその目の前に飛び出してしまった。


「ねぇ、勝てそうなの?」

キミは聞いた。

「ああ。2機ならやってやれないこともない」

僕は曖昧だが、勝てると返事をした。と、その時、上空からさらに一機が合流したのが見えた。雲の上で見張りをしていた一機だ。これで敵は3機になってしまった。


僕とキミは苦笑いをした。

もう逃げるしかない。でも、逃げ切れるだろうか。いや、ここはどうしてでも突破しなければ……と僕が思案を巡らせていた、


その時だった。


もう暗くなってしまった、前方の雲の合間から突然5機の飛行機が現れたのは。


その5機は本当になんの前触れもなく、雲の中から現れた。エンジンの音も聞こえなかったし、気配も感じなかった。

その一団の動きは非常に滑らかで、隙のない統率の取れた動きだった。5機のうち4機がそれぞれ2機ずつ左右に散り、隊長機らしき1機は正面から突撃する。

どうやら彼らは僕達の味方らしい。彼らは僕らの機体を素通りし、迷うことなく敵機に向かっていったからだ。

僕はきょとんとして見送るしかなかった。


しかし、すれ違い様に機種は確認できた。

4機は暗めの黄色、言ってみれば「砂漠色」にカラーリングされた、アストリア製新型機OAs-14《オーブ》。

隊長機は同じ色にカラーリングされた、アストリア製最新型機OAs-21《ネージュ》だった。

いずれも新しい、性能の良い機体だ。

エンジンの音は小さく、スピードは速く、旋回は滑らか。装甲には特殊な薄い強化装甲が施されていると聞く。だから、かなり高価な機体なのだ。とてもゲリラや一般人が持てるような機体じゃない。ということは……


「首都ラース空軍の飛行機よ」


僕が結論づける前に、キミが耳元で言った。

やはりそうか。

どうやら、彼らは僕達が目標としてきた地点に入るより前にこちらを発見くれたようだった。


僕はホッとした。とにかくこれで追っ手からは逃げられたのだ。


後ろを振り返り確認する。暗くてよく見えなかったが、敵機はどうやら全機撤退したようだった。それはそうだ。手負いのクラフト一機も仕留められない連中が、あの5機相手に戦えるはずがない。僕が一瞬見た限りでも、あの5機のパイロットの腕は全員、ボートバル軍第1空団のパイロットの腕に匹敵するか、それを上回るものだったのだから。


高度を少し上げ、スピードを落として東進していると、隊長機がレッドベルの横まで戻ってきた。隊長機はこちらに向かい手動のライトで発光信号を送る。僕はその意味を理解できたので、こちらもライトを使い、その旨を伝えた。

すると、隊長機が先導し、僕を案内し始めた。その後ろを、僕を挟む形で4機がついてくる。

キミがその様子を見て

「ねぇ!なんて言ってたの?」

と聞いてきた。なので

「是非、ラースに来ていただきたい。悪いようにはしない。だから安心して欲しいってさ」

と僕は答えた。

「それって信用して平気なの?」

キミは珍しく警戒感を示した。しかし、僕は

「うん。大丈夫だと思う。あの腕を見ればわかるよ。あんなに統率の取れた綺麗な動きはなかなか真似できるもんじゃない。そんな一団の隊長が悪い人のはずはないよ」

と自分なりの根拠を示した。

するとキミは

「ふー。よくわかんないけど、まぁ、ラシェットがそう言うなら、そうかもしれないわね」

と渋々ながら了承してくれた。



飛行機は1時間と少しで首都ラースに到着した。

着いてみれば近いものだ。

僕達はラース空軍の第一基地というところに着陸し、レッドベルを格納してもらった。おそらく、特別なことなのだろう。辺りに少し緊張感の様なものが漂っている。


僕がコックピットから降りるキミに手を貸していると、少し横に格納したネージュの方向から一人の男が近づいてきた。


男は浅黒い肌に、無駄のない筋肉質な体をしている。眉は太く、髪は黒く短い。瞳も黒いが、厳しい体つきと雰囲気とは異なり、厳しい中にも優しさを湛えた目をしていた。


彼は悠然とこちらまで歩きてきて、僕達に笑いかけた。

「これは、まさか女性もお連れだったとは。すいませんでした、もう少し早く気がつくべきでした。最近の西側の動きには注意していたというのに」

男は申し訳なさそうに言った。声も太く、どこか優しい響きがした。

「いえ、あれで十分です。おかげで助かりました。ありがとうございました。ええっと……」

僕が言うと

「ああ、これは失礼。私はラース空軍第一分隊隊長アブドラッド・ナジです」

と言い、ナジは敬礼をした。

「僕はラシェット・クロード、郵便飛行機乗りです。仕事でアストリアに行く途中でした。それで彼女は友人の…」

「キミよ。よろしく」

僕が言おうとすると、キミはそうぶっきらぼうに答えた。

「おい、キミ。いくらなんでも、そんな挨拶は」

と僕が思わず注意しようとすると、ナジは

「ははは。別に構いませんよ。こちらこそ、よろしくお願いします。ラシェットさん、キミさん。ははは」

と笑い飛ばしてくれた。僕は恐縮してしまう。


すると、笑っていたナジの横に一人の兵士が走りよってきて「ナジ大佐」と呼びかけた。ナジはすこし表情を引き締めた。兵士は小声で何かをナジに報告し始める。それを聞くとナジはわかった、と小声で返事し、手で合図をした。その合図を見ると兵士はまた入口の方へと走り去って言った。

僕はどうしたのだろうと思ったが、何もわからなかった。


すると

「さ、ここで立ち話もいいですが、実はラシェットさん、あなたとお話がしたいと首長が申しております。つきましては、着いたばかりで申し訳ないのですが、是非お目にかかっていただきたいのです。いかがでしょうか?」

とナジが突然話を切りだした。しかし、なにより僕はその内容に驚いた。

「しゅ、首長と言いますと、連邦国大統領にですか?」

僕は尋ねた?

「はい。是非にとおっしゃっております」

ラースの首長はすなわち、この大陸の連邦国の全ての首長を治める、大統領なのだ。ラースでは自分たち部族の首長でもあるからそう呼ぶのだろう。


しかし、是非僕に会いたいなんて、なぜ?

僕にはもう嫌な予感しかしなかった。

ここ最近の色々な出来事のせいで、良い予感なんて、まるで感じられなくなっている。


「なぜ、大統領が僕と?」

僕は素直に聞いた。すると、ナジは

「それは、会っていただければわかります。大丈夫です。悪いことにはなりません」

とはっきりと言った。

僕に会わないという選択肢などないのは、わかっていたが、返事をしかねているとキミが

「別に、会ってあげてもいいわよ。ね?ラシェット」

とまたもぶっきらぼうに言った。僕はなんでキミが答えるんだと思う。しかし、それを聞いてナジは

「本当ですか?」

と僕に言った。

僕はもう、はいと頷くしかなかった。



格納庫を出、基地を出、少し歩くともうそこに大統領邸宅はあった。邸宅というよりは、むしろ城と言った方がよかった。見た目は中世頃の城をモチーフにしているし、なによりもでか過ぎる。門も頑丈で広く、庭も広いためなかなか玄関まで辿り着けなかった。

「こ、これが家って言えるのかな?」

と先導するナジに聞こえない程度の声でキミに言うと、キミは

「恥ずかしいから、あんまりキョロキョロしないで」

とにべもなかった。


玄関に着くとナジは玄関のガードに敬礼した。すると、ガードは中に取次、内側から扉を開けさせた。

内装も絢爛豪華と言っていいほど、眩しく輝いていた。

と、その真ん中に5人の人物を従えて立っている男がいた。

わざわざ出迎えてくれたらしい。

男はまだ若そうだった。たぶん30代前半、言っても35歳までだろう。整った顔立ちに挑戦的な表情を浮かべ僕のことを見ていた。

僕はその顔を知っていた。しかし、実際に見るのは初めてだった。新聞などで見るよりも、ずっと迫力のある人物だった。

男が口を開いた。


「ようこそ、ラースへお越しくださいました。私がラース首長兼、連邦国大統領、バルムヘイム・アリです。以後お見知り置きを。ラシェット・クロードさん」



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