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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第1章 ラシェット・クロード 旅立ち編
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少女 2

僕とこの年の離れた女の子が、どうしてこうも簡単に打ち解けてしまえたのか、楽しそうに僕の話を聞いてくれているキミの顔を見ながら、僕はずっと考えていた。


小さな灯りに照らされるキミの顔は半分くらい濃い色のサングラスに隠されているが、無邪気に笑うその表情は口元を見るだけでわかる。しかし、僕はこの無邪気な少女らしい表情と、彼女の素顔の間に存在するギャップがどうしても気掛かりだった。


あの時、一瞬だけ見たキミの素顔はやはり、はっとするほど美しかった。それは見る前からわかっていたことだったけれどそれ以上に彼女は美しかった。でも、僕は実際に目にしたその彼女の美しさの中に、何か危ういものが含まれているのを直感的に感じてしまったのだ。そして、その危うさ故に、彼女は13歳という年齢に似つかわしくないほどの大人びた美しさを得てしまっているのだということも。


だとしたら、彼女の美しさは、目の前で無邪気に笑っているこの少女らしさと、年齢に似合わない危うい大人っぽさの、なんとも微妙なバランスの上に成り立っているものだと言えるのかもしれない。


では、キミの持つ危うさの原因というものは、一体何なのだろうかと僕は同時に考える。


キミは母親を亡くし、父親は行方不明だ。

おそらく、父親はもう帰っては来ないだろう……残酷かもしれないが僕にはそう思えてならなかった。

それでも、たぶんキミは父親の帰りを待っているのだ。一人砂漠に残り、ラクダを飼って水を汲み、僅かな食材で食いつなぎ、ずっと本を読んだり、部屋の掃除をしたりして。

彼女はまだ13歳なのに、そんなことをしているのだ。


僕の13歳の頃はどうだったろう。

何をしていた?

僕はあのサマルやクラスの友人達と共に過ごした中等学校時代の事を思い出していた。

僕は楽しく遊んでいた。家に帰れば両親が待っていた。勉強をしたり、しなかったりして、自分の将来の事を考えても、明るい脳天気な事ばっかり思い浮かべていた気がする。若さ故に犯した、なかなかに痛々しい失敗も数多くある。

でも、今となってはどれも良い思い出だ。人はそういった懐かしく楽しい思い出によって、現在を強く生きられるという側面を持っているのだと僕は思う。


しかし、キミの場合はどうだ。

キミはこの砂漠の真ん中で、そんな13歳という貴重な時間を擦り減らしていっているのだ。


もちろん、彼女はそんな風には思っていないのかもしれない。

しかし、それでも僕はそんなのはダメだと思った。

キミはもっと色々なものを見て知り、様々な人と出会って、もっと多彩な体験をするべきなのだ。


そのためにも、本当は誰かしっかりした大人がキミの側にいてあげなければいけなかったのに、彼女は両親がいなくなって以来、ずっと一人で暮らしているという。


そういう意味においては確かに、キミはしっかり者だとは思う。

でも、やっぱりまだ幼い。

そして、ものを知らな過ぎる。

自分でお金を稼ぐ術も知らなければ、外の世界のことも知らないし、あと一年経ってお金が尽きてしまった後のことも何もわからないのだ。


そういった知識がないのにも関わらず、キミはこの砂漠の過酷な環境と、両親や大人の不在という状況によって、精神的に強く成長してしまっている。このアンバランスさが、きっと彼女の持つ危うさの原因の一つなのだ。


そしてもう一つ、あの緋色の瞳だ。


彼女が砂漠から出ない理由は、父親の帰りを待っているということだけではない、別の理由がある気がする。それが、あのサングラスの奥に隠された、緋色の瞳にあるのではないかと僕は思う。そのことがどういう重要性を待っているかまではわからないが、僕は以前、大冒険家バルスの著作の中で、赤い瞳を持つ一族の事を読んだことがあるのだ。


その著作の中でバルスは赤い瞳を持つ一族の事を「守人」と呼んでいた。何の守人であるかは書いていなかった。バルスはその秘密の一端を見せてもらったと書いてはいたが、その詳細を書くことは約束を違えることになるので書けないと記述していた。

この話が本当にあったことかどうか、信憑性のほどはわからない。なぜならバルスは自分の冒険の偉大さを誇張するために、しばしばとんでもないホラ話を書くことでも有名だったからだ。とある研究者の論文に寄れば、おそらくバルスの著作の8割までもが、嘘であろうという意見もあるくらいだ。


しかし、僕はキミの瞳を見て真っ先にバルスの書いていたことを思い出し、直感したのだ。きっと、彼女は何か守らなければならない秘密も抱え込んでしまっているのではないかと。


「ねぇねぇ、何さっきからぼけっとしてるのよ。眠くなっちゃったの?」


気がつくとキミが不満そうな顔でこちらを見ていた。考え込んでいるうちに、口が止まってしまっていたらしい。

「ああ、ごめんごめん。で、何の話してたっけ?」

僕がバツの悪そうな顔で言うと

「もー。ラシェットの訓練時代に住んでいたアルバっていう港町の話でしょう?で、そこにいた鬼教官の話」

とキミは不機嫌そうに言った。

「あー、そうだったね。えっと、実はまだその鬼教官、アルバにいてね。名前は……」


しかし、僕は話ながら改めて思う。

そんな境遇にも関わらずキミは実に優しい、良い子に育っているなと。

きっとキミの両親は、キミ同様、実に良い、素晴らしい人達だったに違いない。僕はそのことを思うと益々、胸を痛めずにはいられなかった。


僕はキミの力になってあげたいと思った。


でも、かと言って僕に何ができるというのか?


僕はキミの親にはなれない。たぶん、兄の様にだってなれないだろう。なにせ僕は今日会ったばかりの、ただの通りがかりの珍客に過ぎないのだから……


でも、そんな初めて会った僕にキミはすぐに打ち解けてくれた。そしてそれは、たぶん過酷な環境故の人恋しさが、彼女の年齢相応の人懐っこさと混ざりあって、できてしまったことなのだと思った。


やっぱり彼女の側には誰かがいてあげるべきなのだ。それも僕みたいな半端者ではなく、もっとちゃんとした大人が。

しかし、僕の身近にいるちゃんとした大人なんて、第1空団の副団長か、ファーガソン夫妻か、故郷の両親か、中等学校時代の担任の先生くらいしか思い浮かばなかった。

そのうちの誰かにキミを預かってもらうのもいいかもしれない。

まずは、外の世界でもっと多くの事を知ることだ。砂漠で生きるかどうかは、その後に決めても遅くはないのではないかと、僕は思った。

でも……僕がそう言ったところでキミがここを離れてくれるだろうか?それに、ここまでして頑張ってきたキミに、今日会ったばかりの僕が知った風な顔をして、そんなことを提案してもよいのだろうか?僕は迷っていた。


「へぇ、そんな所まで行ったことあるんだー」

キミが目を丸くして言った。

「まぁね。でも、僕の師匠なんて、もっととんでもない僻地にまで飛んだことがあるんだよ。その時のフライトの記録から作られた地図が今も世界中で使われているくらいのね」

「ふーん」

キミは何か考えるように言った。そして

「なんだか楽しそうね。飛行機に乗るのって」

と言った。

「よかったら乗せてあげるよ!って言っても僕の飛行機は一人乗りだし、今は壊れて砂漠の真ん中にあるんだけどね……」

僕は砂漠の真ん中に置き去りにしてきた、レッドベルの事を思った。ごめんな。すぐに戻るって言ったのに……

「そのレッドベルって子を修理するためにモンドールを目指してたんでしょ?何が必要なの?」

「装甲板っていう金属の板だよ。羽に穴が開いちゃったから塞がないとダメなんだ。まぁ、なければ厚めの板金でもなんでもいいんだけど」

そう僕が言うと、キミは腕組みをして

「うーん、金属の板ならたぶんここにあるわよ。この集落の他の家に。壊れて動かなくなっちゃったサンドバギーもあるくらいだし。それで良ければ使っちゃえば?」

と言った。

「えっ?いいのかい?」

僕は喜んだ。もし、ここに材料があるのならモンドールに行く分の時間が節約できるからだ。

なにせ、Kと接触する約束の日まで、もうあまり日数がないのだ。

「うん。いいわよ。たぶんこの集落にはもう誰も戻って来ないし、板金なんて私には使い道がないしね」

「ありがとう」

僕はそっけなく言うキミに礼を言った。しかし、それと同時に僕は大事なことを失念していたことに気がついた。


僕は大事な旅の途中で、しかも謎の追っ手から命まで狙われているということだ。


こんな状況では、とてもじゃないがキミを一緒に連れていくことはできない。

いや、別に今じゃなくても、サマルを無事に見つけ出し、全て終わらせた後にまたここに迎えに来てもいいわけだ。もしくは、定期的に様子を見に来るだけでも、何か力になれることがあるのではないだろうか?

だとしても、それまでは何とかこのまま一人で……


「ねえ、聞いてるの?」


「えっ?」

僕はまたキミの不機嫌そうな声で、思考の中から帰ってきた。

「まったく。だ・か・ら、明日その飛行機の修理に一緒に行ってあげようかって言ってんの。一人で行ったら、また迷っちゃうでしょ?」

キミはずいっと身を乗り出して僕に言った。僕は思わず後ずさりしてしまう。

「あ、うん。そうだね。できればお願いしたいけど……でも僕にもレッドベルの正確な位置はわからないから、だいぶ探し回ることになっちゃうよ?」

僕がそう聞くと、キミは

「平気、平気。任せておいて。私、そういうの探すの大得意なんだから。だから、もしちゃんと修理できたら私もレッドベルに乗せてね」

と自信たっぷりに言った。

「うーん。レッドベルは一人乗りだからなー。まぁ、でも子供一人くらいならスペース的にはどうにかなるかもな。わかった。無事に修理できたら乗せてあげるよ」

僕がそう言うと、キミはわーい、やったーとまた、子供らしく無邪気に笑うのだった。


キミがまたコーヒーを淹れてきてくれた。

僕達はそれを両手で抱えて飲んだ。

僕はキミがこのお話会を楽しんでくれているようで、ほっとした。

「何かお菓子があったら良かったんだけど、私甘いもの大好きだから、いつもすぐになくなっちゃうの」

キミがコーヒーを飲みながら残念そうに言うのを聞いて、僕はそういえばと思い、リュックから乾パンの入った缶を取り出した。

キミはそれを不思議そうに見ている。

「ただ甘いだけだけど、こんなので良かったらあるよ」

と僕は缶の中から、氷砂糖をつまみあげた。乾パンと一緒に缶にたくさん入っているのだが、僕はそれを砂漠を彷徨っている間、ほとんど食べなかったのだ。

すると、それを見たキミはきらっと目を輝かせ、スッと手を差し出した。

すごい目力だった。なぜかサングラス越しでも、それはわかった。

「じゃあこれ、全部あげるよ」

僕が缶ごとキミにあげると

「えっ?いいの!?」

と今までにない声をキミはあげた。僕はそれに少々びっくりしたが

「もちろん。こんなので良かったら、まだレッドベルのトランクにもあるから、それもあげるよ」

僕がそう言い終わる前に、キミはもう氷砂糖をぽりぽりと食べていた。それも、とても可愛い笑顔で。

僕はただ呆れて見ているしかなかった。

もし彼女をボートバルやアストリアのケーキ屋に連れて行ったら、どうなるのだろうか。僕はその笑顔を見ながら、そんなことを想像していた。


「ねぇ、今度は私のお話を聞いて?」

キミは缶を抱え、氷砂糖を齧りながら言った。

「うん。いいよ。どんな話だい?」

僕が聞くとキミはちょっと俯いて

「謝らなきゃいけない話。だから怒らないで聞いて」

そう言った。僕はよく意味がわからなかったから、ただ黙って頷き、キミの言葉を待った。


「あのね。わたし、あの手紙読んじゃったの。サマルさんって人からの手紙」


「えっ?」

僕は驚いた。

「でも、ラシェットだって悪いのよ。ジャケット脱ぎっぱなしだったから、掛けといてあげようとしたの」

僕はジャケットがダイニングの椅子に掛かっているのを見た。なるほど、その時に手紙が入っているのが見えてしまったんだな。それでは読んでも仕方がないのかもしれない。一応、僕の素性だって改めて確かめる必要がキミにはあったのだから。

「そっか。いや、別にいいんだ。読まれて困るものでもないし。むしろ、読んでびっくりさせちゃったんじゃないかな?」

僕は言った。

「うん。ちょっとびっくりしちゃった。変わったお友達よね」

「ははは」

僕は笑った。そう言われてしまえば身も蓋もない。キミは冗談だと受け止めたらしい。

「うん。変わった友達なんだ。だから気にしなくてもいいんだよ」

僕はなんとなく、手紙から注意をそらすためにわざとそう言った。

しかし、キミは

「ううん。確かに変わったお友達だとは思うけど、そこに書いてあることは本当だと思うわ」

と言ったのだ。

「なんで、本当だってわかるんだい?」

僕は聞いた。

「わかるわよ。だって、それはラシェットだってわかっているはずよ」

そう言われてしまえば確かにそうなのだ。僕もなんの根拠もなしにサマルの手紙の内容を信じているのだから。


「ねぇ、良かったら私に話してくれない?」

キミは言った。

「サマルの手紙についてのことかい?」

「それもあるけど、それも含めて、ここ来た本当の事情をよ。飛行機も本当はただの故障じゃないんでしょ?」

「なっ」

畳み掛けるように尋ねてくるキミに、僕はなんと答えたらいいのかわからなくなってしまった。


本当の事情?


それを聞いてどうするつもりだろうか?

いや、それ以前にあまり人に話すべきではない事柄を、キミに話してしまっては、彼女を巻き込んでしまうことにならないか?

僕は考えた。しかし、先に口を開いたのは彼女の方だった。


「それに、あともうひとつあったあの手紙」

「あの手紙がどうしたんだい?」

僕は尋ねた。

「うん。あの手紙から何かとても不吉な感じがするのよ。きっと良くないことが起きるって予感がするの。私、昔からそういうのには敏感なのよ。だからね、私に全部話してみて。ラシェット。きっと何か力になれると思うから」

キミは真剣に僕を見つめ、そう言った。


僕はしばらく考え込んだ。


しかし、キミに真剣に言われてしまっては、心はもう決まっていたも同然だった。

僕はキミの勘に頼ってみる気になったのだ。そして、あの広い砂漠で僕を発見してくれたキミの広い視野と直感も僕は信じていた。


「ふーん」

僕が今までの経緯を全て話終えた後、キミは実にそっけなくそう言った。

それは真剣に僕の事情を知りたいと言ったあの表情とはかけ離れたものだった。僕はこの反応が一体何を意味しているのか、測りかねていた。すると、


「やっぱり、ラシェットって間が抜けてるのね」


とキミは言った。二言目がこれだ。

「それって、どういう……?」

「まだ、わからないの?」

またキミは呆れたように言った。


「だって、それってラシェットが全てのカギを握っているってことなのよ?つまり……」

「つまり?」


「もうトカゲの言うことなんて聞かなくてもいいし、Kの所にだって行かなくていいってことよ」


と、キミは僕が予想だにしなかったことを、きっぱりと宣言した。そしてさらに、トカゲからの手紙を持ち


「だから、まずはこれを隠しちゃいましょ。この砂漠に」


とまたまた、僕を驚かせるようなことを言ったのだった。



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