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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第4章 動く世界・三人の友情編
133/136

海の上にて 入院中

「もー、びっくりしたじゃない。いきなり倒れるなんて」


キミは僕の枕元で膨れてそう言った。だから僕は起きて早々、


「いやぁ……ごめん、ごめん。急にふらっと、さ……」


と謝らねばならなかった。

ほんと、キミには謝ることが多過ぎて困る。


正直、頭を掻きたいくらい照れ臭かったが、手を動かすと鋭い痛みがピリピリッと走るから全く動かせなかった。この痛み、噂に聞く帯状疱疹みたいなものだろうか?

僕はそう思う。自分でもまだ体の状況がよく飲み込めていなかったのだ。


それについてキミは


「はぁ、まったく……要安静だって。貧血、しかも血糖値がかなり低くなってるみたい。ちゃんと栄養を摂って、しばらく寝てなさいって船医さんに言われたわ」


と教えてくれる。

なるほど。どおりで腕に太めの点滴が入っているはずだ。僕はそれをちらっと横目で見て、ため息をついた。果たして貧血で神経が痛むのかは謎だが、僕の場合は、思い当たる原因が原因なだけに、常識ではかってみても仕方あるまい。


「ま、ここのところ食べたのは、タミラさんから貰ったパンと氷砂糖だけだったもんな……ほとんど飲まず食わずで、おまけに寝不足、運動不足とくれば、そりゃ遅かれ早かれ倒れるってことだ」


「そうよ。いくら何でも無茶し過ぎよ」


「ははは、だね。無茶し過ぎだ。でも……そうせざるを得ない状況だったんだ」


「知ってるわよ。ラシェットが頑張ったことは。でも……」


キミはそこで一度言葉を切る。そうしてから、


「あの力は、もうあまり使わない方がいいわ」


と、頬杖をついて言った。


それを僕はやっぱりなと思いながら聞く。


「転移術のこと、知ってたのかい?」

「ううん」


キミは首を横に振り応えた。


「詳しくは知らなかった。けど、さっきラシェットの頭の中から色々と記憶が流れ込んできてね、それで」


「そっか。……ねぇ、この貧血……キミの力でもこうなるのかい? だからいつも、あんなに甘いものを?」


僕が引っかかったことを口にすると、キミは


「うーん、ちょっと違うけど……似たようなところもあるかしらね。実は、私もよくわかってないの。あ、でもでも、甘いものはそんなことを通り越して好きなのよ? 砂漠じゃ、あんまり食べれなかったし。確かにエネルギーとして必要な部分もあるんだけどね」


と、僕の疑問をやんわりと否定した。


「へー」


それを受け、僕はそう漏らす。

結局、はっきりしたのはキミの甘党が「本物だった」ということだけだった。なんと言うか……こんなに色々と知ってしまっても、まだまだこの世はわからないことだらけだ。


「ふー。まぁ、いっか。とにかく医者が点滴して寝てればいいと言ってるんだ。それを信用するしかないじゃないか」


僕はそう思うことにした。


そうして、諦めてじっと天井を見つめていると、突然キミが僕の顔の前にぐいっと顔を出してきた。


そして、なにやら嬉しそうに微笑むと


「ねぇねぇ、何か食べたいものある? 取ってきてあげる。それともここにある果物、剥いてあげようか?」


と、サイドテーブルを指差して言ってきた。


その距離の近さに僕は思わず顔を背ける。が、首の神経がチクチクと痛んだので、仕方なくすぐに顔を元の位置に戻す。

キミはまだそこにいて、目を輝かせていた。僕が弱っているのが楽しいのだろうか? 思えば、砂漠で最初に出会った時も、僕は今と同じくらい弱り果てていた気がする……。


「あ……ありがとう。でも、今はそんな感じじゃないんだ。ほんと、もうしばらくは何もノドを通りそうにないよ」


「えー。そんなんじゃ治るものも治らないわよ? 少しずつでもちゃんと物を食べないと」


キミは母親みたいに言う。それに僕は苦笑して、でもな、無理なものは無理だし……とはぐらかしていると、


「じゃあ、せめてこれでも舐めなよ」


とひとつ、飴玉をポケットから出してきた。

いったいなぜそんなものを持っているのか? わからないが、僕は


「ま、まぁ、それくらいなら……」


と、飴くらいなら食べられそうだと答えた。

すると、キミはまた不敵にニコッと笑った。


「よかった。体調が悪い時は、やっぱり糖分よね。それにこの飴には適度に塩分も入ってるらしいから、きっと体にいいはずよ?」


キミはそう言って、飴の包み紙をくるくると外す。飴が体にいいなどと、僕には初耳もいいところだったが、それに関してはコメントしないことにした。

と……、


「はい、あーん」

「えっ?」


キミが僕に口を開けろと、飴を差し出してきた。

これにはさすがに、僕の照れ臭さも最大になる。いくらなんでもこれはない。が、しかしこうでもしないと僕は飴すらも口に運べないのだ。

その事実に僕は愕然とし、すぐに観念して口を開けた。ここで、うだうだと言う方がかえって恥ずかしいと、そうも思ったからだ。


「あーん……あむ」

「はい、いい子ね。ふふっ」


それを聞き、僕の中の「キミのやつ、楽しんでやがるな……」との思いが確信に変わった。もしかしたら、これはキミの優しさと見せかけ、ささやかな抗議なのかもしれない。


僕は飴を転がしながら、キミの顔を見る。


すると、そこにはやはり屈託のない、いつもの少女らしいキミの顔があって、それで僕の疑念など、ただの邪推に過ぎないのではないかと、先程までの考えは簡単に雲散霧消してしまった。


微笑むキミの表情を眺めていると、つい僕も笑ってしまう。口の中には酸っぱいような甘いような飴の香りが広がっていった。


「意外と美味しいかも」

「でしょ?」


語りたいこと、語るべきこと、たくさんあるはずなのに、僕達はたまに冗談を言い合うくらいで、あとはただ静かに時を過ごした。なんだか、そうしているだけで、僕は満足だった。キミも、そうだといいけれど。



ーーしばらく後に、ガラガラっと扉が開いた。


「お、目が覚めたらしいな、ラシェット」


なんと、リンダがお見舞いに来てくれたのだ。

その姿を見て僕は思わず安堵の声を上げる。


「リンダ! よかった……無事だったんだな……」


「おいおい、なんだラシェット。まさか、私が負けるとでも思っていたのか?」


リンダはそう言いながら後ろ手で扉を閉める。そして、ツカツカとベッドサイドまで来た。


「いや、それはもちろん大丈夫だろうとは思ってたけどさ……でも、よかった……あっ! それじゃあ、エリサの方も?」


「ああ、安心しろ。エリサも無事だ。さっき、気が付いてな。今は一応治療にあたっているが……あのエリサのことだ、怪我の方も大したことはないだろう」


リンダは椅子を引き寄せ、座りながら言う。それで僕は益々安堵した。


「そうか……よかった。リンダ、本当にありがとう」

「ふふっ……」


僕がそう言うとリンダは嬉しそうに頬を掻いた。が、すぐに複雑そうな顔になる。そして、少し話難そうに、


「だがな、ラシェット……ひとまず無事だったのは一番良いことだとは思うが、おそらく、エリサには然るべき処罰が下ることになる。なにせ、民間の客船を爆破したのだからな……それに、今回のダウェン王子の一連の軍事行動に大きく関わっているとも聞いた。こちらについても軍事裁判にかけられる可能性が高い……」


と切り出した。

だけど、僕は特に驚きはしなかった。エリサがあの潜水艦にいたことから、そのくらいのことにはなるだろうと、なんとなく予想していたからだ。


「そうか……でも、仕方ない。それがエリサの選んだ道だ。僕はもう何も言える立場じゃないし」


僕は言う。

けれど、それが本音かどうかは、自分でもよくわからなかった。

リンダはそんな僕を見て、表情を和らげると


「ふっ、そうだな。だが、見舞いくらいには行けるはずだろう? 元気になったら久しぶりに、顔くらいは見せに行ってもいいはずじゃないか。いくら袂を分けたとは言え、私達は皆、学生時代からの友人なんだからな」


と言った。

僕はその通りだと思ったので、


「ああ、そうだな……」


と言い、頷いた。


そんなちょっとしんみりした様子の僕とリンダのことを、キミはずっと黙って見ている。

が、ちょうど話の切れ目ができた時、キミとリンダはどちらともなく目を合わせた。そして、リンダがまず口を開く。


「あなたが噂のキミさんかい?」


改めて目が合うと、キミはリンダの身長の高さにびっくりしているのか、目を丸くして


「あ、はい。はじめまして。キミ・エールグレインです。あなたは……リンダさんね?」


と言った。


「おや、知っていたみたいだな。はじめまして。リンダ・グラントだ。ラシェットとは、軍学校の同級生で、まぁ、腐れ縁だ。よろしくね、キミさん」


リンダは手を差し出す。

その手をキミは少しの間、眉間に皺を寄せながら見つめていたが、やがて受け入れたのか


「うん。よろしくね、リンダさん」


と強く握り返した。


僕はそんな光景を見ながら、


「あれ? でも、キミにリンダの話をしたことがあったかなぁ……?」


と思う。が、全然思い出せなかった。まぁ、キミには色々な話をしていたから、もしかしたらその中でしていたのかもしれない。僕はひとまずそう思っておくことにする。


今ここで、改めてリンダのことをキミに紹介してもよかったが、僕にはまだリンダに聞きたいことがあったので、


「そうだ。ところで、ナーウッドさん達は?」


と口を挟んだ。

それでリンダはまた僕の方に向き直る。


「心配するな、彼らも無事だ。簡単な聴取を終えたら、直にこちらにも顔を出すだろう。事情の方は、私からも説明しておいたしな」


「そっか……」


僕はそれを聞きほっと胸を撫で下ろす。

流石はナーウッドだ。あのクラフトⅡの群れの中でよくぞ無事で。タミラもやっぱり腕は確かだ。


「ナーウッドさん? ナーウッドさんもここに来てるの?」


「ああ、そうか。キミとは一緒に遺跡に潜ったらしいね。ナーウッドさんから聞いたよ。キミのことすごく心配もしてた。だから会えたら、きっと喜ぶと思うよ」


「うん……そうだね」


僕がそう伝えると、キミは初めは嬉しそうに笑ったが、すぐに表情を曇らせた。


「ん? どうかしたのかい?」


「う、うん。あのね、ラシェットは知ってるかわからないけど……私とミニスさんとナーウッドさんでアスカ遺跡に入った時にね、もう一人私たちの味方になってくれた人がいたの。それでね、その人のお陰で私達はここまで来られたんだけど……」


キミがそこまで言って僕はやっとキミが何を言いたいのかを理解した。


「もしかして、あのマリアさんっていうアンドロイドのことかい?」

「えっ? あ、うん。それもナーウッドさんから?」


僕の言葉にキミはそう聞き返してきた。けど、僕はもうひとつ思い出したことがあったので、自分の胸ポケットを探ろうとする。が、やはり手が動かなかった。それどころか、よく見ると僕はいつの間にか寝間着に着替えさせられていた。なぜか今まで気が付いていなかったのだ。

だから、僕は目をきょろきょろして、自分のジャケットを探す。するとそれは部屋の端のスタンドに掛けられていた。


「ごめん、リンダ。あのジャケットの内ポケットを見てみてくれないか?」

「ん、わかった」


リンダは席を立ち、ジャケットの中身を探る。

そうすると、そこからひとつの小さな赤い宝石のようなものが出てきた。

それをキミも席を立って見つめる。


「そういえば、あの時、お前はこれを拾って持ち帰っていたな?」

「ねぇ、これって?」

「ああ、それはアンドロイドのコアだ。主に感情と記憶を司ると言われているが……僕には詳しいことはわからない」


僕がそう言うと、キミはその小さなコアをリンダから受け取る。

そして、目を瞑り、両掌でギュッと包み込んだ。


「……うん。確かに……そうよ。ここからはマリアさんの意思を感じる……なんとなくだけど」


キミは目を開けて言った。僕はそれを見て、


「よかった。でも、それをどうすればいいのかはわかるのかい?」


と聞く。


「ううん。たぶん、ノアさんなら何か知っていると思うけど、さっき潜水艦を離れた時から応答がないの。あとは、アスカ遺跡のウルクさんなら何かわかるかも……」


「そっか……なら、旅が終わったら、また改めて遺跡に行ってみないとな」


「うん。その時はついて来てくれる?」


「当たり前さ。でも、僕は専門家じゃないから、ナーウッドさんも連れて行かないとな」


「ふふっ、そうね」


そこまで話すとキミは元の明るい顔に戻っていた。

と、


ガラガラッ


「お、なんだ。両手に花だな、大将?」


噂をすればなんとやらで、ナーウッドも聴取を終えて訪ねて来てくれた。


「ナーウッド……」

「ナーウッドさんっ」


その姿を見て、キミはナーウッドに飛びつく。

ナーウッドは驚いたように眉を曲げ、


「おっと……キミさん……キミさんもよくぞ無事で……」


と、キミを抱き留めて言った。

その言葉使いは僕やタミラに対するそれとは、明らかに違っていた。なんというか、優しいというか、むしろ尊敬の感情さえ籠っているような、そんな声だ。


「へへへっ、お陰様でね。あと、ラシェットもこの通り大丈夫だよ?」


キミは言う。が、僕と目が合ったナーウッドは


「そうなんですか? なんか、とてもじゃねぇが元気そうには見えねぇけどなぁ」


と別の感想を述べた。まぁ、ごもっともだと思う。


「ナーウッドさんの方は、元気そのものに見えますね。あんな過酷な空中戦の後なのに」


「まぁな。こんなもんよ。とにかく、お互いにうまくいって何よりだ」


ナーウッドはそう言って近づいてくると、おもむろに席を探した。が、席はもうなかった。なにせ、船内の狭い個室だ。椅子は二つしかない。それに、ただでさえ狭い部屋にこれだけ大柄の二人が来てしまっては、それだけでもいっぱいだった。


それを見てリンダが


「では、私はここで失礼するかな。まだまだ、後片付けが山積みなんだ」


とナーウッドに席を譲った。


「なんだ、もう行くのか?」

ナーウッドは言う。が、リンダは本当に合間を縫って来てくれたらしい。


「ありがとう、リンダ。忙しいのに……」


僕は言う。

それにリンダは微笑み、


「なぁに、本当に忙しいのはむしろ、リー達の方だ。しばらく顔も見せられないが、よろしくと言っていたぞ。私は……とりあえずお前の顔を見られて安心したから、それでいいんだ」


と応えた。


「リンダ……」


僕はそう言うリンダのことを、名残り惜しそうに見つめる。すると、何を思ったのかナーウッドが


「いやぁ、なんだか、悪ぃなぁ。俺が追い出すみたいでよ。まぁ、あの時のラブラブの続きはまた今度、ゆっくりしてくれや」


と言い出したので、僕とリンダは


「なっ…!?」


と赤面してしまった。


見ると、ナーウッドもちょっと恥ずかしそうにしている。そう思うなら言わなきゃいいのに……たぶん、あの時のことを思い出して、僕達の空気に耐え切れなくなったのだろうが、ナーウッドの発言は本当に小学生がからかう時のレベルだ。


「ごほん……じゃ、じゃあまたな、ラシェット。早く治せよ」

「う、うん。またな、リンダ」


そう誤魔化しながら、リンダは足早に部屋を出て行った。


部屋の中には、なんとも微妙な空気だけが残された。

ほんと、どうしてくれるんだナーウッド。


「ま、というわけで、これでいよいよ本題に入れるな、大将?」


と思ったら無理やり話題を変えてきた。ナーウッドはそういうところも力任せである。が、今回ばかりは助かった。


「ああ、そうだな。ショットの件も片付いたことだし……なぁ、キミ?」

「……そうね」


僕はキミに話を振る。が、キミはなぜかぶすっとむくれていた。

先程までの笑顔はどこへやら、すごく機嫌が悪い。

理由はわからないが、あまり突っつかない方がいいと思われた。僕の勘だ。ここは話題を前に進める。


「これでやっとサマルを探しに行けるな……けど、僕はまだ動けないし、おそらくこのままではリッツが先に辿り着く可能性もある。まぁ、それが吉と出る場合もあるかもしれないけど……」


僕は言う。それにナーウッドは真剣な顔に戻って


「それなんだが、俺にはまだサマルの居場所も、そこがどういうところかもわかってねぇんだが……大将よりもリッツが先に着きそうな要因があるってぇいうのは……?」


と質問してきた。


「ドレッド団長ですよ。たぶん、あの飛空艇だけならリッツはあそこに着ける可能性は低かったと思う。けど、団長がついているのであれば話は別です。団長ならきっとあの嵐をも越えられる……」


「嵐……?」


そう問われ、僕はナーウッドにサマルの居場所について詳しい情報を伝えた。もちろん、僕が仮想現実で体験してきたことも全て伝えながらだ。それを聞いて、ナーウッドはただただ感嘆の声を上げた。


「そ、そんなところに、ヤン達と大将は行ってたってわけか……」

「ああ」

「しかも、あの大冒険家、バルスに直接教えを乞うなんて……」

「ははは、嘘みたいな話だろう?」

「ああ……けど、そんなところがあるなら、俺も行ってみたい……」


ナーウッドはあの世界に入ることの深刻さなど忘れ、本心からそう言っているみたいだった。きっと、ナーウッドもバルスの文庫本や世界地図を持っているクチだろう。気持ちはよくわかった。


「なるほど……そこで大将は、サマルにも会い、場所を知ったんだな? そして、あの転移術も身につけた」


「そうです。そして、その嵐を越える術も」


「うーん……なら、もし俺がサマルの所に行きたいなら、大将の飛行機に乗せてもらうか、もしくは、タミラにラシェットさんが会得したものを覚えてもらうしかないってことか……」


ナーウッドは腕を組んで考え込む。

キミはすっかり蚊帳の外みたいな感じだが、ちゃんと話は聞いてくれているみたいだった。


「いや、実際にはタミラさんに会得してもらうのは不可能だと思っています。僕だってまだ成功させたことはないですし、それに現実世界では特訓のリスクが高過ぎるんです。あと、たぶん、僕の飛行機には三人は乗り込めません」


「はぁ……だよなぁ……なら、どうすればいい? 俺は留守番なんて嫌だぜ。やっとここまで漕ぎ着けたのによ」


「わかってます、けど……方法が……」


そう言うと、この件はすっかり暗礁に乗り上げてしまった。


僕とナーウッドはうーんと唸り、キミは素知らぬ顔で飴を舐めている。


僕は考える。やはりナーウッドには残ってもらうべきなんじゃないかと。

そもそも、ナーウッドとは未だに意見が一致していないのだ。ナーウッドはサマルに会ったら、きっとサマルを望み通り、その手にかけるだろう。それを僕は望んでいない。

しかし、だからと言って、彼を置いていくは卑怯だとも思われた。それに、ナーウッドだって本当に心の奥底からサマルを殺したいなんて思っていないはずだ。サマルに一目合えばきっと……。


「はぁ……こりゃ、置いて行かれる流れだよ。俺だってよ、力になれると思うぜ? なぁ、キミさんだってそう思うだろう?」


僕が悩んでいると、ナーウッドはキミに言った。それを聞いたキミは僕達の方を見る。

そして、コロコロと口の中で飴を転がしながら


「もちろん。ナーウッドさんは必要だわ。ラシェットだけじゃ、心もとないもの」


と何気にグサッとくることを言った。

さらに続けて


「ねぇ、さっきっから何をうだうだ言ってるのか知らないけど、そんなのラシェットがもっと大きな、二人乗り飛行機に乗り換えればいい話じゃないの」


と言ってきた。

それを聞き、僕とナーウッドは目を合わせる。それで、ナーウッドは既にわかってくれていることを知った。


「それはそうなんだけどさ、キミ。ことはそう簡単なものじゃないんだよ。飛行機というのは、サイズが変わると途端に勝手が違ってくるものなんだ。だから一人乗り飛行機で特訓していた僕が、いきなり二人乗り飛行機に乗り換えても、うまくは飛ばせないんだ。それどころか、また一から感覚の調整をしなきゃならない。それにきっと、もうそんな時間はない」


僕が矢継ぎ早に言うと、ナーウッドはうんうんと頷いてくれた。

が、キミはふーんと如何にも無関心そうに、


「そんなものかしらね」


と言う。


「そう……残念だけどね」


「うーん……なら、乗り慣れた飛行機を三人乗れるように改造したらどうかしら? 座席の部分だけを弄って」


なおも、キミは言う。

確かに、それなら多少バランスは崩れるが、いけないこともなさそうだ。

しかし、さすがに二人分の体重が増えるとなるとエンジンも替えなければならない。それに、相当乗りなれた機体でもなければ僕でもすぐには乗りこなせないだろう。


そう。例えば……


そう僕が思っていた時だった。


また、部屋の扉がガラガラッと開かれた。

僕達の視線は自然にそちらへと吸い込まれる。


すると、そこには思いもかけない人物が立っていた。


彼を見て、僕達三人は一様に驚き、言葉を失くす。


すると、何も反応がないことを不安に思ったのか、彼が


「あ、あれ……確かここでいいはずなんですが……ひとつ部屋、間違えたのかなぁ?」


と、オドオドと、か細い声を出した。


その声を合図に僕とナーウッドとキミは同時に声を上げた。


「ニコさんっ!?」

「ニコッ!」

「ニコさんっ!」


いきなり大声で呼ばれた彼は驚いて、小さく飛び跳ねる。


そう。


そこにはナーウッドとサマルの友人である、盲目の天才エンジン技師、ニコ・エリオットがおっかなびっくり、立っていたのだった。


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