海の上にて
戦いというものはいつも、振り返ってみれば、長かったのか短かかったのかわからない。
僕達を乗せた脱出ポッドはノアの自動操縦により、なんとか沈み行く潜水艦から逃れ、再び朝日の輝く、海の上へと顔を出した。
するとすぐに、波に揺られ、映像のぐらつく脱出ポッドのモニターに、数え切れないほどの戦艦が映し出される。
ボートバルのもの、アストリアのもの、そしてラース海軍のもの……。
しかし、そのどれもがこちらに攻撃を仕掛けてくる様子はなく、むしろすぐにこちらに向けて小型のボートを送り出してくれたのを見て、きっと、僕達はようやく認識できたのだと思う。
とにかく、戦いは終わったのだと。
僕達はモニターを見つめながら、誰からともなく自然と歓声を上げ、握手を交わしていた。
カジと、マクベスの部下の人達と、ノノさんとイズミさんという女性海兵と。皆、さっき合流したばかりだというのに、僕達は会っていなかった時間のお互いの苦労を慮り合い、感謝し合い、称え合った。
そして、キミとも。
「勝ったんだよな……僕達…本当に、あのショットに……?」
僕は呆けた声で言う。実感が湧かないのだ。
けど、それにキミは頷き、
「うん。勝ったんだよ、本当に。私、ばっちり見てたから」
と笑顔で肯定してくれる。
相変わらず……なんでこんな笑顔になれるのだろうと僕は思った。
きっと、不満や文句もたくさんあるはずなのに、そんなことは全部飲み込んで、彼女はけろっと笑うのだ。
ほんと、敵わないな。
そう思いつつ、僕とキミは改めて、がっちりと握手を交わした。
「……色々とごめん。何から謝ったらいいかわからないけど、本当に……」
「いいよ、もう。過ぎた事は言いっこなし」
「いや、でも、僕は謝りたいんだ…」
僕がキミとは反対に女々しく食い下がると、
「もう……相変わらずね。でも、いいのよ、ほんとに。終わりよければ全て良しってね。これ、砂漠の鉄則よ?」
とキミに言われてしまったから、僕はそこでこれ以上謝るのはやめた。
砂漠のことを持ち出されたら僕は弱い。何よりも、僕の命を救ってくれたキミと砂漠の決まりだ。逆らうのは抵抗がある。
「わかったよ、キミ。キミがそう言うなら、そういうことにしておこう。まぁ、ここは砂漠じゃないけどね」
「こら、上げ足もとらないの」
「ははは、いや……そうだね……キミ…本当に…ありがとう」
そんなふうに笑い合う僕達のことを、カジはミニスを背負いながら、微笑ましそうに見ていた。
と、
「……うーん……」
その時、ふいにミニスが目を覚ました。
「…? ミ、ミニス!?」
それに気がついたカジはミニスをそっと背中から下ろし、椅子に座らせる。
そこへ、イズミとノノ、僕達をはじめ、全員が心配して集まった。
「おい、ミニスッ……おいっ」
肩を抱き支えながらカジが言う。
それに、ミニスは微睡だ様子ながらも、
「……あれ…? バカジ?」
と返事をしてくれたから、僕達は目を見合わせ、ぐっと親指を立てた。
「キミちゃん……それに、ラシェットさんも……」
「うん……来てくれたの。それに、私は大丈夫だよ……ミニスさんも…よかった……!」
キミはそう言って、堪らずミニスに抱きついた。
ミニスは最初は驚いたような顔をしたが、直にキミを受け入れ、カジに縄を解いてもらうと、そっと両腕でキミを包み込む。
そこへ、イズミも「ミニスさーんっ!」と涙目で横から加わり、女三人で暫し抱き合った。
僕はそんな光景をどこかくすぐったく見ていたが、カジはというと、すっかり行き場を失い宙に浮いたままになってしまった両手を所在無げに上げたり下げたりしていた。
そして、僕と目が合うと苦笑し、やがて僕と同じように三人を温かい眼差しで見守った。
そんなこんなする内に、コンコンコンと脱出ポッドの扉がノックされ、そこから「大丈夫ですか!? 誰かいますか!?」と、ラース兵とボートバル兵が顔を覗かせた。
それに僕が代表して、
「はい、ここに! それと、大丈夫なのですが、怪我人が数人います! どなたか手伝ってください!」
と応じると、
「はっ! わかりました! 至急、救護用意! 早くしろっ!」
と聞こえ、そのかけ声の後に続いてぞろぞろと兵士達がポッド内に降りてきた。そうして僕達にブランケットを掛け、肩を貸してくれる。
「あ、いや……僕はいいんだけど……」
と思ったが、話をややこしくしたくなかったから、ひとまず好意に甘え、ポッドの外までそのまま出してもらってしまった。
タラップを先程とは逆に踏み扉の外に出ると、朝日が僕達を照らし出した。
光が目に染み、ズキズキと痛む。
つい1時間程前まで外にいたというのに……やはり潜水艦の中は暗かったらしい。しかも、外の空気は艦内と比べ、とても澄んでいて涼しく、それだけでなんだか気持ちがほっと安らいだ気がした。
僕とキミ、それにノノは同じボートに案内され、カジとミニスは怪我人として先に別のボートにて搬送されて行った。
そのボートの後ろ姿をノノがじっと見つめていたので、僕は
「大丈夫ですよ。向こうですぐに会えますから」
と何気なく言ったのだが、彼女は肩をビクッとさせ
「な、なにを……!? 別に心配なんかしていません!」
とぷりぷり怒り出してしまったから、ちょっと困惑してしまった。
僕の何が悪かったのだろうか。ほんと、乙女心は僕には複雑過ぎる代物だ……。
間も無く、ボートはラース兵の操船により、ゆっくりとトルスト海の大海原をボートバル戦艦に向け横断を開始した。風がやはり心地いい。
僕はゆっくりと空を仰いだ。
それを真似してかキミも隣で空を見上げる。
薄く白い雲が一筋伸びているだけの、真っ青なパノラマ。
晴天だ。
「典型的な良い一日のはじまり。そんな天気だな」
「そうね……私、空を久しぶりに見た気がする。やっぱりいいね……空って」
キミは言った。
僕はその言葉を聞いて、ふっと反射的にキミの気持ちを推し量った。
それは文字通り、キミが好きだと言う空について。
ひいては、僕との空の旅についてだ。
僕は考える。
こんなことになったばかりで、キミはまた僕についてきてくれるだろうか? と。
いや、そもそも彼女をまたあの危険な旅に連れて行っていいのだろうか?
なにより……彼女本人はどう思っているのだろう?
僕は聞くべき言葉を空に探した。
けど、そこに答えが浮かんでいるはずもなく、僕はしばらくすると顔を下ろし、素直な心に従い、キミの方を見た。
すると、キミも既に僕の方を向いていて、緋色の瞳と僕の目が合った。
そして、彼女はいつもよりちょっと真剣な顔をして
「私、またラシェットと一緒に行くから」
ときっぱりと言った。
それで僕はハッと全てを悟り、そして覚悟して、ただ力強く「うん」と頷いた。
「止めたりしないでね」
「うん」
「約束は守らせてよね? ラシェットの旅を見届ける約束」
「うん」
「だから、ラシェット……今度こそ一緒にサマルさんを見つけよ」
「うん」
「そしたら、私との約束も……」
「うん。必ず果たすよ。約束する。今度こそ、絶対にね」
僕達はまた空を見たり、海を見たりした。
キミは無邪気に足をぶらぶらとさせている。
僕はそんなキミのことを眺める。
思えば、なぜ僕とキミがここでこうしているのだろう。
どんな巡り合わせでここまで流れ着いたのか。
そう思える瞬間が人生には時々ある。
そして、今のこの瞬間もそんな人生における不思議な、ひとつの「運命の瞬間」なのだと、僕はこの時なんとなく理解した気がした。
その間にも僕達を乗せたボートは順調に航行し、やがて目的の戦艦にそおっと横付けされる。
ラース兵が戦艦の側面についたフックにロープでボートを固定すると、上から鎖製の梯子が降ろされた。
それを一段一段登るのだが、甲板まで結構な高さだ。梯子は風にも煽られ、ゆらゆらと揺れる。
けど、僕の先を行くキミはまるで怖がりもせず、さっさと登って行ったので、しきりに皆を感心させた。
かえって評判を落としてしまったのがノノで、彼女は軍人にも関わらず、高所を極端に怖がり、なかなか登れなかった。
結局、最後は僕が手を貸し、励ましながらようやく登りきったのだった。
「よっと……まったく…今時の軍学校は何を教えているんだ?」
「す、すいません…ラシェットさん。助かりました……」
「もう、ラシェットは軍人辞めたんでしょ? 余計なお世話は言わないの。それに、別にいいじゃない。高いところが苦手なくらい。そんなことよりも、ノノさんはとっても美味しいクッキーが焼けるんだから。ね? ノノさん」
「クッキー……?」
「キミさん……それ、フォローなの……?」
僕達がそんなやり取りをしていると、
「ん、なんだ。思ったよりも元気そうだな」
と突然、声がした。
僕はその聞き覚えのある懐かしい声に、すぐさま反応し振り向く。
僕はその姿を見て、つい顔がにやけてしまうのを抑えることができなかった。彼は銀縁の眼鏡をくいっと指で上げる。
「リー!」
「や、ラシェット。なかなか大変だったらしいな」
「何言ってる……お前の方こそ……」
そこには黒い髪をビシッとセットし、猫背をシャキッと伸ばした仕事モードのリーが腕組みして立っていた。
しかも、さらにその横には、もっと懐かしい顔が。
「あ……え? ダ、ダントン!? そ、それに、ビクトリアさんまで!?」
「ははは、見た目もリアクションも、まるで昔と変わらんな、お前は。ねぇ? 姉さん?」
「ええ、本当に。いい反応で嬉しいわ。ラシェットちゃん」
そこにいたのは、僕の第1空団時代の仲間、ダントン・レウ准尉と、ビクトリア・アテンデルト大佐だった。
ダントンとは軍学校からの友人で同期組だ。
がっちりした肩幅に、短く硬そうな髪、そして常に優しそうに細められた目を見れば、ひと目で頼りになる男だとわかるだろう。
僕は昔から、このどこかどっしり構えている雰囲気の男と特に馬が合い、共に「クラフト愛好家」を自負したりなどして、学校ではほぼ毎日一緒に行動していたものだ。
一方のビクトリアの方はというと、彼女は言わずと知れた第1空団副団長で、僕達の世代が入隊した時、既にその地位にいらっしゃったほどの偉い方だ。
なので、年齢も一回り以上、上なのだろうが、決してそのことに触れてはならない。なにせ、この副団長には、マクベス中佐も、ドレッド団長すらも頭が上がらなかったというのだから、ましてや自分など……推して測るべきである。それに、見た目はとてもそんな年上には見えないほど、若々しく美しいのだからそれでいいのだ。見た目年齢通りに接すれば。
リー達三人は僕達の方に歩み寄ってくる。
僕もひとまず、そちらに向き、そうして、改めて頭を下げながら、
「ご無沙汰しております、ビクトリアさん。この度は、僕の個人的なことで多大なご迷惑をおかけしまして……」
と挨拶した。
僕は過去のこともあるし、こんな風に今更ノコノコ出てきた僕に対して、いったいどんな叱責が飛んでくるかとヒヤヒヤしていたが、返ってきたのは予想外の笑い声だった。
「ふふっ、何を謝る必要があるっていうの? ラシェットちゃん」
ビクトリアは言った。
「……えっ? 何をってその……」
そう言われ、僕が思わず言葉に窮していると、
「今回のラシェットちゃんの行動、また、それによってもたらされた情報に対して、私達ボートバル帝国軍は、感謝こそすれ、処分しようなんて全く思っていないわ。これは国としての正式見解と思ってもらって構わないわよ」
ビクトリアは、そうはっきりと断言した。
「あ、うそ……お、お咎めなしですか?」
「そうよ?」
「でも、僕は道中で何機か戦闘機も撃墜していますし……それに、トカゲの手紙のことだって……」
「そんなの、マクベスちゃんとダウェン王子が勝手にやったことだもの。ラシェットちゃんはどちらかと言えば、被害者じゃない? それに、除隊兵に撃墜だなんて情けないわ。そんなことは副団長として、公表しかねます。まぁ、そのかわりと言ってはあれだけど、聴取には協力してもらうけどね?」
「は、はぁ……」
僕はビクトリアの言葉にただただ相槌を打つしかなかった。
ここで捕まらなかったのは僥倖だ。
しかし、聴取か……さすがにこれは断れないかもしれない。今回の件に関しては、まだまだ僕しか知らないことも多いのだから。
本当ならば、今すぐにでもサマルを探しに旅立ちたかったが、この規模の戦闘の後処理となれば、おそらく数日はここで足止めをくらうことになるだろう……。
僕が考えていると、
「ま、そう嫌な顔をするな、ラシェット。ゆっくり体を休める、良い機会だと思えばいいじゃないか」
と、リーが言う。
僕はそれを聞き、自分の中でその意味をよくかみ砕いた。それで、やっと納得し
「ふーっ、ああ。そうだな」
と応えた。
そして、先程の話の中で、今ここで言っておくべきことがあると思い、ビクトリアに話を切り出す。
「あの……ビクトリアさん、その前にひとつ、ご報告が…」
「あら、その様子だと、あまり良い知らせではないみたいね」
「はい……マクベス・オッド中佐、いえ、大佐が……潜水艦内におけるジース・ショットとの戦闘において、戦死なされました」
僕は力なく下を向いて報告した。
その報告を聞き、リーは眉間に皺を寄せ、ダントンは驚きに薄い目を開き、後ろで聞いていたノノはえっ……と驚きの声を上げた。ノノ達もまだ聞き及んでいなかったようだ。
そして、ビクトリアは
「そう……マクベスちゃんが……」
と漏らし、そっぽを向いた。
しばらく言葉を失っているようだったが、やがて
「これからは……ちょっと寂しくなりそうね」
と口にした。
そんなビクトリアの様子に、僕はなんとか言葉を繋ごうと歩み寄る。
「ええ……賑やかな人でしたから」
「ふふっ、ラシェットちゃんとは合わなかったわよね? でもね、あの子、ああ見えてなかなか優秀だったのよ? 人望もあるし」
「それは知っています。よく……知っています」
僕がそう言った後、それ以上このことに関して言葉が繋がることはなかった。
ただ、ビクトリアのその崩れぬ表情の中には、言い切れぬ無念さが雄弁に語られていたと、僕はなんとなく思った。
「まぁ、それについても取り調べの時に詳しく聞かせてもらうわ。とにかく、今はしっかりと体を休めなさい。後ろの子もね。部屋はすぐに用意してあげるから」
ビクトリアは、気持ちを切り替えるように、僕とキミに向かってそう言う。
それに、キミは
「はい、ありがとうございます」
と答え、ぺこっと頭を下げた。
「さて。ここはあとは役者が揃うのを待つだけとして……問題は……」
「役者、ですか?」
「ええ、そうよ。と言っても、察しのいいラシェットちゃんなら、誰のことかわかるでしょ?」
いや、そう言われても僕は別に何も察してなどいなかった。
リーが動いていたのは知っていたし、今回のこの終戦までの素早い流れを、リー一人で作れたわけでもないのも十分にわかっているつもりだが、やはりどんなウルトラCを使えば、こんな状況を作り出せるのかまでは、僕にはさっぱりだった。
けど、ビクトリアがいるということはもしかして……
「まさか、ここにグリフィス王子が?」
僕がそう言うと、ビクトリアは不敵に笑った。
「ええ。それだけじゃ、もちろんないけど。でもね、その前に上の状況をなんとかしないと、安心できないのよ」
「上……国王陛下ですか?」
「違うわ。その上じゃなくて、上空のことよ」
「上空……? あっ!」
そう言われ、僕はやっと思い至った。
そうじゃないか。いるじゃないか、僕なんかより、遥かに重い罪に問われそうな男が。しかも、この場に相応しくない思想を持ち、まだボートバルと敵対しかねない奴が。
僕がそう思い至り、空を見ると、それは遥か上空に微かに姿を現した。
飛空艇『アルジュナ』。リッツである。
よく見えないが、目を凝らしてみると、飛空艇はまだ多くの飛行機に囲まれ、攻撃を受けていた。きっと、その乱戦の中にはナーウッドとタミラの機体もあるに違いない。僕はドキッとした。
「ビクトリアさんっ! 今すぐ攻撃をやめさせてください! あそこには関係ない人たちも大勢乗っているんです!」
僕は慌てて進言した。が、ビクトリアはそんなことはわかっているわと言い、
「けれど、リッツ王子の確保は現段階における、最重要項目のひとつなのよ。もちろん、撃墜などはしないつもりだから、その点は安心して。関係のない人たちについても、取り調べ後、すぐに釈放する予定よ」
と、取り合ってくれない。
リッツは自業自得だとしても、巻き込まれた方は可哀想だ。
それにヤン達のこともある……。
僕はそう思うと、おもむろに無線機を取り出し、周波数を合わせた。
すると、間髪入れずに
「はいはい、終わったかな? そっちは」
と向こうのドレッドの声が聞こえてきた。
それに、ビクトリア達は振り向いたが、とりあえず僕が応対することにする。
「はい、お陰様で無事に終わりました。団長、ありがとうございました」
「そうかそうか。よーし、じゃ、俺達はずらかるとするかな」
「はい、そうしてください……って、ええ!?」
僕が団長の発言に、思わず大声を出すと、ビクトリアが僕から無線機を取り上げ、すぐにドレッドに向かい
「こら、ドレッド。約束と違うんじゃないかしら?」
と凄んだ。
僕なら背筋が凍りそうなトーンだ。
けど、無線機からはドレッドの平然と笑う声が聞こえてきた。
「よう、ビクトリア。そっちも首尾通りいったか?」
「当たり前でしょう? だから、後はそちらの処理だけだって言ってるのよ」
ドレッドとビクトリアは言い合う。それで、僕はようやくドレッドの行動も、実は全て計画通りだったことを知った。
いや、もしかしたら、綿密な打ち合わせなどなかったのかもしれないが、長年、団長と副団長としてやってきた二人には何も言わずとも通じる何かがあるのだと、僕は直感的に思った。
「いや……すまねぇけどさ、気が変わっちまったのよ。ちょっくら坊ちゃんのわがままを聞いてくるわ。だからよ、俺と坊ちゃんのお仕置きもその後でよろしく」
ドレッドがそう言ったと思ったら、上空で飛空艇が急旋回を始めた。
そして、加速。完全に飛行機を振り払う気らしい。
僕はその行動に呆れ果て、ビクトリアは珍しくこめかみをピクピクさせる。
「戻ってきた時……その時はわかってるわね?」
「ええ、ええ。その時は、どうかお手柔らかに。あ、それとうちらの船から出た≪セブンス≫は敵対するような奴らじゃないから。そっちに着いたら歓迎してやってくれ、じゃあ、またな」
そんなのんきなドレッドの声を残し、無線機の通信は一方的に切れ、飛行艇は遥か空の彼方へ飛んで行ってしまった。
あれではとてもじゃないが、飛行機で追うのは不可能だ。
「あーあ……まだサーストンやヤクーバさんが乗ってるっていうのに」
僕はそんなとばっちりを受けた二人を不憫に思った。
しかし、僕はリッツ達の最初の行き先もわかっていたので、
「あれを追うなら、メルカノン東部のアップを張ってください。今から配備して間に合うとは思えませんが、そこで下す予定の怪我人たちとはコンタクトできると思います」
と一応、ビクトリアに言っておく。
「ふふっ、早速情報をありがとう。では、すぐに向かわせましょう。さ、逃げられてしまいましたし、あなた達は部屋に行きなさい。聴取の時は呼びに行くから」
「はっ! ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
よかった。やっと解放される。
僕はそう思い、ほっと胸を撫で下ろす。ちょっと気が緩んだのかもしれない。
すると、次の瞬間に体の疲れがどっと表面に出た。
「あ、これはまずい……」
僕は思うが、すぐに立っていられなくなり、ふらふらと甲板に倒れ込む。
「ラ、ラシェット!?」
キミの声がして、体が揺すられた気がした。
そのキミの目を見て思い至った。そうだ、きっと転移術の使い過ぎだと。
そして、キミが甘いものが好きな理由も、たぶん……。
そう考えたのが、僕が気を失う前の、最後の記憶だった。




