再会 3
僕は無我夢中だった。
格納庫に着いた時には、既に扉は破られていた。
それを見た時は、心臓が止まるかと思った。
だが、その穴から奥が見渡せる位置まで来た時、僕とキミの目がぴったりと合った。
そこからのことは正直、あまり覚えていない。
僕はイメージ云々などすっ飛ばして光剣を呼び寄せ、全力で地を駆けたのだと思う。
気づいた時には僕は、今まさにキミの頭に触れようとしていたショットの腕を根こそぎ切断していた。
頭の中に弱々しくキミの声が響く。
「……遅い。やっと来たのね」
僕はその微笑んだ表情とは裏腹の言葉に苦笑いしつつも、そんな口調がどこか懐かしいのと、その弱々しさに心打たれたのと、本当に迷惑をかけたと思ったとので、
「ごめん。待たせて悪かったよ……」
としか応えてあげられなかった。
キミにそう伝えながらも、僕の目はショットを視界の端に捉え続けている。
すると、異変に気がついたショットがこちらに振り向いた。
ショットの見開いた目と僕の目が合う。
「……ふふっ、ラシェットさん……」
「……お望み通り、来てやったぞ。ショット」
僕はそう言うと手首を返し、さらにもう一太刀、ショットに浴びせようとした。
しかし、その次の瞬間、僕の頭の中に見たことのない光景が、次から次へと洪水のように押し寄せて来た。
それは見たこともない人、人、人。
そして、風景。山、川、海、街、村。
そのどれもが長閑で……でも最後には例外なく全てが大きな炎に包まれ、僕の頭の中で虚しく燃え尽きていった。
「なっ……!?」
そのあまりの情報量に、僕は足がよろめいてしまう。
現実時間にすればほんの一瞬の出来事だったのだろうが、それでその返しの一太刀は、咄嗟の反応をしたショットに避けられてしまった。
ショットは素早く、僕との距離を取る。
僕も背中にキミを隠しつつ、少し退がった。
両腕を失くした今、接近戦は避けなければならないと踏んだのか?
しかし、それ以上にショットの方も、苦痛に顔を歪ませ、ふらふらとしているように見えた。
ということは奴も同じく……。
「これは……ショット、お前の記憶か?」
「なるほど……ラシェットさん、あなたはやはり……」
僕達はほぼ同時にそう口にした。
それで僕も確信できた。
どうやら、先ほど目が合った時にショットの目の力の作用により、互いの記憶を覗いてしまったらしい。
以前までならば、そんなことにはならなかった。
おそらく、キミのチカラが弱っているために、ショットの僕への干渉を許してしまったのだろう。でも、さすがに操られるまではいかなかったようだ。
そのことには僕は少しほっとしたけれど……。
なんだったんだ。あの記憶は。
あれじゃあ、あまりにも……。
「そうか……お前……」
僕が口を開きかけると
「気安く分かったような気になって貰っては困ります!」
ショットがいつになく、声を荒げて叫んだ。
物凄い剣幕に、僕は思わず構えていた光剣の柄をぎゅっと握り、キミは僕の背中にぴったりとくっついてくる。
「あなたにはわかりませんよ……こうする他ない、僕の運命の酷さなど……あなたは何も失ったこともなく、僕は何かを得ることすら許されなかったというのに……なのに……この差が…あなたにわかるとでも言うんですか!?」
それはいつものショットらしからぬ、卑屈で弱気な発言だと思われた。
それに、僕だってそれなりに色々なものを失いながら、なんとかここまでやって来たつもりだ。だから、ショットの気持ちも想像することくらいならできる。
確かに大切な人を失くした経験は乏しいけれど、だからといってショットのしてきたこと、これからしようとしていることを、僕は黙って見ている気にはなれなかった。
断じて同情もしかねる。
「……言いたいことはそれだけか?」
僕は言い、今日こそはケリをつけようと、姿勢を前屈みにした。
それを突撃体勢と受け取ったショットは「……ふふっ」と苦笑いする。
「久しぶりにお会いしたというのに、相変わらず……変なところは頭が硬いですねぇ。まぁ、同情などまっぴらですが。理屈と感情は必ずしも同じ質量で計れないものです。 当事者になってみなければその重みは到底わからない……今からあなたにも、同じ苦しみを教えてあげましょう」
「同じ気持ちを、か……その言葉、お前が人の気持ちをわかっていない何よりの証拠だな。普通なら、その気持ちは他の人には味わって欲しくないと思うものだろう?」
「そんなこと、とっくにわかっていますよ。僕には人の気持ちはわかりません。わかるのは自分のこの気持ちのみです。それ以外は不要。全て、僕の中にある炎にくべて燃やして差し上げます」
そう言い終わるや否や、ショットが先に動いてきた。
「ちっ、どっちが頭が硬いんだよ」
僕はそう吐き捨てると、キミに退がっててと合図し、応戦に出る。
ショットは身体を捻り、回し蹴りを繰り出す。
僕はそれを膝を折り、潜り抜け避けた。
そこへ今度は切り返しのかかと落としがくるが、それは予測済みだった。
僕はショットの脚を受け止めると、思い切りぶん投げた。
そして、なんとか着地することのできたショットに肉薄し、追い打ちをかけるように光剣を振るう。
一太刀目は胴体を掠め、二太刀目はショットの左脚を捉える。が、切り落とすまでにはいかなかった。
ショットは素早く態勢を整えると、地面を蹴りもう一度突っ込んでくる。
今度はスピードをつけ、側面から狙いを絞るつもりらしい。
しかし、僕はその狙いが本当はキミであることを動きから見抜いていた。
ショットがフェイントをかける度に、僕はキミのいる方向を塞ぐ。
そして、焦れたショットが僕を牽制しようと繰り出してきた蹴りを、右腕で受け流し、また左の剣で切り上げた。
堪らず、離れるショット。
僕は追い討ちをかけようとしたが逃げられてしまった。
僕達は再び一定の距離を置き、対峙する。
僕は扉の外に待機してもらっているカジ達と、また僕の背中に戻ってきたキミのことを心配しながらも、
「今ならば、もしかしたら……」
とさすがに足技だけを集中してケアすればいい今の状況に、若干の優位性を感じていた。
「油断しちゃダメよ、ラシェット。あいつの目、まだ生きてるもの」
しかし、相変わらず察しのいいキミが僕にチクリと言う。それで僕はまた気を取り直して頷いた。そうだ、油断は禁物だ、と。
と、
「ふふふ、さすがに、これでは厳しいですね……ラシェットさん、やはりあなたはお強い。しかも、そんな懐かしい武器まですっかり使いこなしているご様子。もはや…これまでですかね……」
ショットは唐突に言い出したかと思うと、なんとゆっくりと床に座り込んだ。
僕はその行動を訝しむ。
「なんの真似だ、ショット」
「降参ですよ。だから、せめて最期にもう一度僕の話し相手になってくれませんか?」
「は?」
わけがわからなかった。
ショットはそう言うが僕にはまるで信じられない。大体、信じるに足る要素が皆無だ。それに、さっき自分の気持ちなどわからないと言っていたばかりではないか。
僕は少し考えた末、
「……わかった。好きにすればいい。だけど、降参は受け入れない。話し相手にもならない。諦めて座り込んだのなら、そのままずっと座っていろ。僕が真っ二つに叩き斬ってやる」
と結論を出した。
それを聞いたショットは
「ふふっ……はははははは」
と大声で笑い出す。
いつ聞いても気持ちの悪くなる笑い声だ。
「いやぁ、とことん嫌われてしまいましたねぇ。降参もダメですか。ははは、こんなことになるならば、王などにかまけていないで、もっと城で話す時間を作ればよかったですね……なんで気がつかなったのでしょうか……やつが時代を旅しているのは知っていたはずなのに……」
なにやらショットはぶつぶつと漏らした。
その意味するところも、おおよその見当はついたが、検証は後回しにする。ショットに確かめるのも止めだ。
今すぐに決着をつける。
そう思い、僕がショットとの距離を詰めようと二歩ほど足を進めた時だった。
ショットが
「ま、そう来ると思いましたがね」
と言い、キミが
「……! ダメッ! 避けて!」
と言うのが、僕の耳に同時に入ってきた。
「えっ?」
気が付いた時には、膝をついた体勢になっていたショットが僕のすぐ目の前まで飛んで来ていた。
ショットの背後には火花と煙が見える。
たぶん、やつはまだ足の裏かどこかに、何かジェット噴射のような機構を隠していたのだ。
それを認識するのが早いか、反射的に腕をクロスしてガードしたのが早いか、とにかく僕は防ぐのが精一杯で、ショットの膝蹴りをもろにくらってしまった。
「……ぐっ!」
鈍い痛みが腕を襲い、僕は遥か後方まで吹き飛ばされる。
僕は素早く起き上がった。
が、事態が最悪の方向に向かっていることに背筋が凍らざるを得なかった。
「キミッ!」
視界の先、そこにはキミと対峙したショットの姿が見えた。
そして、やつは間髪入れずにキミに襲い掛かる。
僕はこの距離でやつを止める術を考えた。
だが、思いつかない。
足と思考は空回りするし、喉も目も渇き、ヒリヒリとする。
「ダメだ……止めろ……」
そう僕は言う。けど、ショットは
「ダメです。僕も、諦めは悪いほうなのでね」
と返す。
そして、また例の足の機構を使い、キミを蹴り殺そうと躍りかかった。
僕はその光景に目をつぶってしまいたいと思った。
と同時に、最後まで諦めてはいけないとも思う気持ちもせめぎ合った。
結果……僕は目を開け続けた。
そして、僕は見たのだ。
キミの顔のすぐ横。
そこでショットの繰り出した脚が。
ピタッと止まったのを!
「……!? な、なにぃ……」
茫然自失の体でショットは声を漏らした。
それを涼し気に見上げるキミ。
「そ、そんな……このような小娘に、同族縛りなど……できるはずが」
ショットが言う。それにキミはふーんと前置きし、
「同族縛りって言うのこれ。名前までは分からなかったけど、使わせてもらったわ。あなたの記憶。ラシェット経由でね」
と腕組みをして、言ってのけた。
それには、さすがのショットも心底驚いたような顔になる。
「ぼ、僕の記憶を……?」
「そうよ。当たり前でしょ? あなた、ちょっとラシェットのこと好き過ぎよ。心ががら空きだったわ」
「はっ……はははっ」
ショットは乾いた笑い声を出した。
僕は事情が見えないが、まだ走り続けていた。
その僕に向かいキミが
「今よ。ラシェット!」
と言う。
言われるまでもない。
僕はその一太刀に全身全霊の力を込めるつもりだった。
「てぇぇぇぇ!!」
大きく踏み込み、放った光剣の刀身が、ショットの脇腹の装甲に深々と食い込む。
ショットがこちらを見た。
僕はまだまだ力を入れ続ける。
剣はどんどんショットの胴体の内部を進んでいった。
そして……ついに体を通り抜け……
ショットは真っ二つになった。
ガチャンと音を立て、横たわるショットの上半身。
やがて、下半身の方も蹴りの姿勢のまま崩れ落ちた。
僕にはそれらの出来事が全てスローモーションのように感じられた。
「…はぁ…はぁ……」
僕はまだ息の上がる中、キミに近づく。
そして、
「大丈夫。無事よ」
と笑うキミを、思わずぎゅっと抱きしめた。
「ちょ、ちょっと……」
キミは戸惑って言う。
僕はうっかりすると涙が目から零れ落ちそうだった。
本当に、僕が不甲斐ないばかりに……土壇場でまたこの子に助けられてしまった。
「もう……やめてよ。ほんと、しょうがないわね。あなた、いい大人でしょ?」
キミはそう言いつつも、僕の背中に腕を回してポンポンとしていた。
キミのその手はうっすらと震えていた。
それはそうだ。怖かったに決まっている。辛かったに決まっている。心細かったに決まっている。
僕はキミから手を放した。
そして、自分のしてしまったことが、今更ながらすごく照れ臭かったから
「そうだな。大人がこれじゃあな……恰好つかないよな」
と笑った。
キミもそうだよー、と言って笑った。
そうだ。この感じ、この空気がとても心地良かったんだと僕は思い出した。
大丈夫だ。
これからは僕がついている。
絶対に約束は果たす。
もう一人に背負わせるような真似は絶対にしない。僕はその笑顔に、密かにそう誓った。
だが、事態は僕達をゆっくりと感傷に浸らせてくれるつもりはないらしく、艦内に突然、けたたましいアラーム音が鳴り響き始めた。
赤色ランプもくるくると回転を開始する。
すると、足元のショットの顔が
「ふふふ…」
とうっすらと笑った。
「また、お前の仕業か? ショット」
と僕が問うと、艦内放送が流れた。
「キミ! 脱出よ! 早く!」
それは聞き覚えのある、ノアの声だった。
しかし、かなり切羽詰まった感じだ。
「ノアさん!?」
僕とキミは応える。
と、その艦内放送と、格納庫内の戦闘が終わったのを感じ取ったカジ達が扉から入ってきた。
「お嬢ちゃん! ラシェットさん!」
「あっ! カジさん! ミニスさん!」
キミがカジの方に駆け寄って行った。キミがカジに抱きつくのが見えたので、僕が
「どうしたんです…これは?」
とノアに言う。
どこに向かって言えばいいかわからなかったが、ノアにはそれで通じたようで
「詳しくは省くけど、ショットがコントロールを急に手放したのよ。そのせいで、私の進めていたノア号の破棄作業が急速に進んでしまったの……ごめんなさい、だからもう時間がないわ。早く残っているポッドに乗って! 間に合わなくなる!」
との返答があった。
なるほど。わからないが、これはいよいよまずいらしい。
僕は早速、言われるがままに残っている脱出ポッドを首を回して探した。
すると、一台だけ小さなものが残っていて、そこの入口でこちらからわかるように、大きく手を振っている女性海兵が二人いるのが見えた。
「早く!」
「こちらです!」
彼女らは叫んでいる。
僕は戻ってきたキミとカジ達にそちらの方向を指し示す。
それを見て、キミは
「ノノさん、イズミさん! 待っててくれたのね!」
と言った。
知り合いのようだ。キミはここでもうまくやっていたのだろう。つくづくすごい子だ。
僕達は、とにかく一目散にその脱出ポッドに向かった。
その去り際、僕は床に横たわったショットの方に振り返った。カジも何か言いたげだったが、そのまま走り去る。
ショットは首が動かないのか、こちらに振り返ることなく、ずっと格納庫の入口の方を見つめていた。
艦内のアラーム音で、ショットが何かをつぶやいていたとしても、もう僕の耳には届かない。
僕は、なんとなく後ろ髪を引かれながら、でも皆と同様、前に向き直ってポッドへと走った。
ジース・ショット。
やつは本当は何者だったのだろう。
僕は思う。そして、ふと、
「もしかしたら、僕は知らず知らずの内に、あいつの想いや目的の一部を引き継いでいるのではないか?」
と思い至る。
しかし、それももう確かめようのないことだった。
僕達は脱出ポッドのタラップを踏む。
船はもう沈もうとしていた。




