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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第4章 動く世界・三人の友情編
124/136

ショット:戦いの記憶と……

視界がチカチカと明滅する。


黒く何もない世界と、殺風景な潜水艦の廊下。


どちらの世界にも共通していること。

それは、その場にショットしかいないということくらいか。


そんな皮肉をショットが考えているかはわからないが、彼の目はこの世界を見ながらも、どこか知らない遠くを見据えているようにも見えた。


ショットはふらふらと歩きながら、左手で目の辺りを押さえる。


右腕は既にマリアとの戦闘で失われていた。

着ていた白衣はエリサの剣撃によりボロボロで、体中の機構はミニスの手榴弾の熱風で磨耗し、彼の細い神経は度重なるカジとの攻防で擦り切れる寸前……。


「くっ……これでは…この目も…マグノアリアさんの目も、そろそろ使えなくなってしまいますかねぇ…」


目の周りの神経は特に機械と人間の肉体を繋ぐ唯一の部分だったので、より複雑に、より繊細に出来ていたから、戦闘の影響を受けやすかった。

そんなことはショット自身が一番わかっていたのに、その弱さがよもやこんな大事な場面で出るなんて。


「……ふふっ、僕としたことが、少々手こずりました…。もしかしたら、これが…僕の『運命』というやつなのですかね…」


ショットは思わず弱音を漏らす。


しかし、それと同時に


「ふふふ……こんな作り物の僕にも運命なんてものを用意していただけるとは……天は…あの方々は……なんとお優しいのか…いや、残酷なんでしょうかねぇ……」


という感慨も抱かずにはいられなかった。


ショットは足をもつらせ、蹌踉めく。

が、腕のない右肩で壁に寄りかかり、なんとか転倒を逃れた。

足に正しく信号がいかなくなってきたらしい。

腕を切断したために、体内のナノマシンが漏れ出て、足りなくなってきているのだ。


「うぐっ……なるほど…これはいけませんね……」


ショットは壁に背中を預け、その場にゆっくりと腰を下ろした。


そして、目を瞑る。

スリープモードに移行し、ナノマシンの修復と再生を行おうというのだ。果たしてそれでどこまで動けるようになるかは定かではないが、そうでもしないと、これ以上はもう強がって見せることもできない。


「キミ・エールグレイン。あの小娘のお仲間さん達は、なぜか皆、心が強いですからねぇ……しっかりと目を合わせないとナノマシンの同調もできません。そうなると…接近戦での僕の強味は半減だ…」


ショットは思う。

ここまでの苦戦は本当に久しぶりだった。


もちろん、全盛期の頃の自分には、まだ転移術が使えたし、いつも身近に有能な部下もメカニックもいたから一概には比べられないが、それでもあの娘の目の力、意志の力はショットが今まで戦ってきた守人達とは、どこか異質でやり辛いものに感じた。


と言っても、キミは決して戦いに慣れてなどいない。それはショットにもわかっていた。戦闘中の判断や動きの遅さなど、まるで一般市民と変わらない。


ショットは長い守人との戦いの経験から、彼らの大半が実に戦闘に長け、慣れているのをよく知っていた。

守人の歴史がそうさせていたのか、それとも生まれつきか、教育の成果なのかはわからなかったが、とにかく彼らは兵士としての動きはもちろん、指揮官としての機知にも富み、何度も何度もショットの率いるアストリア軍を苦戦させたのだ。


しかし、大半はそのような戦好きだが、中には戦闘を好まない守人の一族もいた。


そういった守人達は、人里離れた森の奥や、山の中に隠れ、密かに遺跡を守り続けてきた人達だった。


彼らはショット達、新世界反対派……守人狩りが来ると、決まって抵抗することなく、投降してきた。

先の戦慣れした守人の一族とは、反応がまるで違うのだ。

ショット達は初め、面を食らった程だ。


そんな彼らを本当は殺したくはなかったが、ショットは毎回、手心を加えず、皆殺しにしてきた。


「守人は残さず狩り尽くせ、お前が最後の一人になるまでな…」


ビヨンド・ショット博士の師である、エノク・メート博士の意思が、ネットワークを通じ、いつもショットの意識の片隅でそう呟くのだ。

ショットはその声に抗う力を持っていなかった。


声に駆られ、ショットは自ら銃を取り、虐殺の先頭に立った。


しかし、銃を向けられた彼らの目は、そのような事態になっても、戦いに身を投じようと意気込んだり、復讐の炎に燃え上ったりはしなかった。


皆、じっと諦めたように……いや、まるでこちらを憐れむかのように見つめるのだ。


その目つきに「バカにされた」と逆上し、銃を乱射する部下もいたが、ショットには、彼らがそんな目をする理由もわかるような気がした。


彼らもまた、守人の歩んで来た歴史によって生み出されたのだ。


ある一族はあくまでも戦い、

ある一族はあくまでも戦いを拒む。


ショットはそのどちらの姿勢も正しいものだと思った。


そう。わかっていた。

いつも間違っているのは自分達の方なのだと。


しかし、今この時代で巡り会った、あのキミという小娘の目は、そのどちらの生き方とも違っているように思われた。


できるならば戦いたくはない。しかし、向かってくるというならば、徹底的に抗戦する。手加減などしない。


そう彼女の目は言っていた。


「もしかしたら彼女は…自分の…守人という『運命』から抜け出そうとしているのですかね……」


ショットはうつらうつらしながら、そう思った。

だとしたら、やはり自分は……


「あなたは自分の力を過信している節があります」


つい数時間前にマリアに言われた台詞を思い出し、ショットは苦笑いした。


「確かに、僕は過信していました……それは認めましょうか…」


マリアの幻が消えると、今度は懐かしい顔が目の前に現れた。ショットの最後のマスターと呼べる人物、ジョナスター3世だ。


「ショット……お前の力は今の時代にはそぐわない、強いものだ…だから……すまない。今まで、この国のためにご苦労であったな…感謝する」


それは封印される前に聞いた言葉だった。


「そうですねぇ……僕は…とっくに時代遅れの遺物です……」


ジョナスター3世が消えると、今度はもっと懐かしい顔が出てきた。

黒い髪をショートカットにした、凛々しい顔立ちの女性。泣きぼくろと軍服が良く似合っている。


「ショット様……戦いたくないというお気持ちはよくわかります。しかし、戦い続けなければ、そのお心も、精神系統に調整ミスがあることも、すぐに博士にバレてしまいます。そうなれば…再調整され、今までの記憶も、そのお気持ちも全てが無に帰してしまいます。ですから、どうか……せめて、ご自分に降りかかる火の粉だけは振り払ってください! それが、私の……マスターへの唯一の願いでございます……」


「お願い…ですか…ふふっ」


ショットは呟きながら、眠りについていた。


幸せな眠りだ。


こんなに懐かしい顔に次々に出会えるスリープは、滅多にない……。


でも、それがこんな戦場でなどと……運命というものは、つくづく無粋なものですねぇ。


「降りかかる火の粉だけは……」


確かに、初めはそんなつもりで戦っていました。


しかし、もう無理ですよ……あの頃の、あんな感情にはもう戻れないんです。


あの日から……。


ショットの目の前に、もう二度と見たくないものがフラッシュバックする。


エノクの囁き。

ショット博士のにやけた顔。

台に縛り付けられた自分。

頭をバラバラにされるような調整。


そして、彼女の腹を貫いた自分の手。




ーーザザーン……


波の音が聞こえた。

目を開ける。

眩しい。

そこには海があった。


ショットは穏やかにたゆたう軍艦の甲板から、海を眺めていた。

ふと見ると隣には、いつものように付き従う彼女の姿が。


「なんて、非効率的で、非合理的なのでしょうか……」


記憶の中のショットは言った。


「殺し合いなんかして……それによって失われる資源と人材をもっと他のことに使ったら、人々はもっと豊かに、幸福に過ごせるようになるのではありませんか?」


それはショットの生まれつき埋め込まれた「機械的な部分」が言わせた本音だった。


それを聞いた彼女が思わず破顔する。


「ふふふっ。ショット様……ショット様がそんなことでは、軍の行動に支障が出ます。ですので、今のことは聞かなかったことにしておきます」


彼女のそんな切り返しにショットは困り顔になってしまった。


「僕の質問には答えていただけないのですか?」


「はい。そのような答えの難しい質問には答えかねます。それに、やっぱり軍の指揮官のする質問として、どうかと思います。そんなの、ただの愚痴ですよ。まぁ、ただの愚痴と仰るならば…いくらでも聞いて差し上げますが?」


「愚痴なんかじゃないですよ。僕は至って真面目に聞いているんです。それならば、いっそ命令してもいいんですよ? 僕の質問をはぐらかしてはいけませんと……」


「生憎ですが。ショット様は私への命令機構を放棄いたしました。ですので、私は私の意志でしか、質問にお答えいたしません」


「……ふーっ」


ショットは益々困り顔になってしまった。

まだこの世に解き放たれてから、一週間ほどしか経っていなかったから、わからないことだらけなのだ。まず、人との接し方もよくわからない。特に……女性は苦手だと本能的に思っていた。


「……この世界には、そんなにも戦う理由があるのですかねぇ……」


「マスター。それも愚痴ですか?」


「いいえ。独り言です」


そんなことを言いつつも、ショットはこの時既にわかっていたのだ。

この世界で日々繰り返される戦いは、ショットの「覚悟」など、待っていてはくれないほどに激しくなっていることを。


ショットが見渡せば見渡すほど、目を凝らせば凝らすほど、この世界には戦う理由がいくらでもバラ撒かれていた。

隣人どうしの諍いから、隣国どうしの縄張り争い。

戦いには小さい戦いも大きい戦いもある。

人々が口にする理由も実にバリエーション豊かだった。


でも、結局のところ、その理由の殆どは、人間の感情に起因していた。


そのことだけは、ジース・ショットNo.4も早くから気がついていた。


「……なら…僕が作り変えてしまってもいいですか?」


「はい?」


ショットの言葉の意味がわからなかった女はそう聞き返す。


「この世界を……もっと効率がよく、合理的な世界にですよ」


「……ふふっ。はい。もちろんです。その為の我が軍ではありませんか」


「そうですか。わかりました……」




ーー「約束ですね……カナデ…」


「うわっ…! しゃ、喋りましたよ、艦長! やっぱり、こいつまだ生きてます!」


また声がした。


「落ち着け! いいからまずは距離を取り、隊列を整えるんだ! 全員、戦闘準備!」


でも、今度は違う。騒がしい男の、聞き覚えのない声だ。

ショットはそんな大声とせわしない足音で目を覚ました。


どうやら、思った以上に深いスリープに入ってしまっていたらしい。

一体、何分くらいこうしていたのだろう。


ショットは左手をつく。

そうやって立ち上がり、状況を確認しようとした。


「… 誰です…? あなた方は…」


「撃てーっ!!」


ショットが口を開いた瞬間、司令官らしき人物が号令を出した。


それで、兵士達は物陰から一斉射撃をする。


パリンッパリンッパリンッ! と、ショットの目前で、次々と粉々になっていく弾丸。

ショットは目を細めた。


「そうですか。治ったのですね」


ショットは特に感慨もなさそうに言った。

そして、自分に敵意を向けている人々。


「そうか。そうでした……僕はあなた方と戦っていたのでしたね」


ショットはどの程度ナノマシンが復旧したのか試すために、じろりと兵士達の方を睨んだ。すると……


「下がれっ! 隊列A2だ!」

「イエッサー!」


とすかさず、司令官の号令が飛ぶ。

先頭の兵士が入れ替わり、視線をショットから外す。しかし、攻撃の手は休めなかった。しかもどういう仕掛けか、弾丸は的確にショットを捉えてきていた。


「ふふふ……小細工を…本当ならば褒めてあげたいのですがねぇ。残念ながらもう僕には時間がありません」


やっと覚醒し、立ち上がる。

起きてすぐに現れた兵士達の抵抗に、ショットは少し苛立っていた。


「邪魔をしないでください……」


ショットは今度ははっきりと狙いを定め、キッと隊列の中程にいる司令官を睨みつけた。


ぴったりと目が合う。


「バカですねぇ。今度こそ逃がしません……」


ショットはそう思いながら、じっと司令官の目の奥を見つめ続けた。


が……。


「お、おかしい……そんなバカなことが…?」


「どうしたんだ? ショット。もう終わりか?」


司令官は挑発的に言う。

それを聞き、いよいよショットは驚きの声を上げた。


「ロックされているだと…!?」


「ふんっ……隊列B1! よし、放てぇっ!!」


「……!」


ショットが気がついた時には、もう兵士達の手から、無数のグレネードランチャーが放たれていた。

そして、着弾。

辺りはショットのいた所から、兵士達が退避した位置の直前まで真っ赤な炎に包まれた。

これでは、さすがのショットもひとたまりもあるまい。


「キャ、艦長キャプテン……」

兵士の一人が伺う。それをマクベスは

「しっ」

と、静かに手で制した。

マクベスには残念ながらわかるのだ。

奴の気配はまだ消えていないと……そうキミが頭の中で告げるから。


「来るぞっ」


「ふふふふふふ……はははははは」


炎の海の中からゆらゆらと、ショットが出てきた。


全身焼け爛れているが、まだ人間の形を保っている。まともなタフさではない。その狂気に満ちた笑い声と相まって、兵士達は思わず戦慄した。


ショットは目を輝かせる。


「やっと、ここまで来たんです……やっとここまで!! あと少し……あと少しだけでいいんです。あと少し屍を積み上げれば、届くんです。あの男の居場所に……! あいつを引きずり下ろすまでは……僕は朽ちるわけにはいきません!!」


ショットは叫ぶ。


「さぁ、まだまだ……僕はここからが、しつこいですよ?」




ーーその頃、『ノア号』上空。


そこに、大きな船影が近づきつつあった。


「ほらよっ…! 超特急で着けてやったぜ! 俺に感謝しな、ラシェット!」


「はい。ありがとうございます! 団長」


ラシェットは無線にそう返事をしながら、ヘルメットの調整をする。

背中には大きなパラシュート。

準備は万端。


むしろはやる気持ちを抑える方が大変だった。


そんなラシェットの様子を見かねて、隣で同じように降下の準備をしているリンダがウインクをする。


「大丈夫だ。ラシェット。信じようじゃないか。その子を」


それを見てラシェットはやっと表情を崩した。


「ああ。そうだな……ありがとう、リンダ」

「ふふっ。わかればいい」


ラシェットはすーっと、深呼吸した。

そうしてじっと、ドレッドのタイミングを待つ。

スピードを落とし、あのデカブツの上に来るタイミングを。


「行くぞ……キミ。今、会いに行く」


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