責任
「ふーっ……おやおや、また隠れちゃいましたか…ふふふ、本当に…逃げ回るのは得意な方々ですねぇ…」
ショットはミニスが投げた手榴弾の爆風を払いながら言った。
それをカジは少し離れた廊下の曲がり角から見ている。
カジは、もうこんなことを二、三時間繰り返しているような気がした。だが、実際に時計を確認するとまだ一時間も経っていない。そんな事実に、さすがのカジも厭気が差したから、もうこれ以上は時計を見ないことにした。
「ちっ……わかっちゃいたが……これじゃあ、ジリ貧だぜ」
カジは顔を覗かせていた廊下の角を背にし、ゆっくりと離れながら銃の弾倉を入れ替える。
残弾も残り少ない。
それは、おそらくミニスの方もそうだろう。
もう手榴弾もマシンガンも煙幕も閃光弾もあらかた使い果たした。
しかし、そうでもしなければ乗り越えられない、ここ一時間近くの攻防でもあった。
うまくショットをブリッジと格納庫から遠ざけつつ、あくまでも注意をこちらに引かせ続ける。皆の避難準備と、ノアのコントロール奪還が終わるまでの時間稼ぎ。
あのショットを相手にこれを続けるのは、はっきり言って並の人間では不可能だった。
にも関わらず、カジがここまで持ち堪えられてきたのは、キミの「先読み」の力と、ミニスとの長年のコンビネーションの良さ、それとこの潜水艦が曲がり角の多い造りになっているため、ショットから死角になる場所を見つけやすかったからだ。
でも、それらの武器も徐々にすり減らしつつある。
キミからのテレパシーはあちらの負担が増えたためか、少し前から聞こえなくなってきているし、ミニストとの連携パターンも読まれ始めた。それにカジが艦内の通路を移動する速度も落ちてきていた。
「痛っ……」
カジは移動しながら開きかけた腹の傷口を押さえる。病み上がりの体力もそろそろ限界に近い。
いくら死角が多くとも、移動速度が落ちては話にならないのだ。
「カジさん、ミニスさん。もうこの辺りで、お遊びも終わりにしませんか? 僕もそろそろ本来の仕事に戻らないといけませんからねぇ。今なら、あなた達の頑張りに免じて、あの小娘以外の方々は見逃して差し上げますよ?」
カジが痛みに座り込んでいると、ふいにショットが大声でそんなことを言い出した。
その言葉にカジは拳を握り締め、
「ふざけんなよ……」
と歯嚙みする。
声を出してしまっては居場所を教えるようなものだから反論は我慢したが、頭に来る言い方だった。カジとミニスはそのキミを守りたいと必死に頑張っているのに、自分の命と天秤にかけ、キミをショットに差し出せと言うのか。
カジはそんなことをしてまで生き延びたいとは思わなかった。
それはきっとミニスだって同じはずだ。
大人が子供を差し出すなんて…そんなの悪夢以外の何物でもない。絶対にあってはならないことだ。
カジは傷口を押さえていた手をどかす。
血が滲み出ていた。
でも、こんなもの屁でもない。
カジはまた心を強く持った。
だが、対抗する術は思いつかない。
「……くっ、どうする? これ以上俺達に何ができるって…」
と、カジが思案していると、
「…はぁ。お返事がありませんねぇ。せっかく僕の精一杯の優しさをお見せしたというのに……ふふふ、では仕方がありません……」
ショットが聞えよがしにそう言い、黙り込んだ。
カジはその異様な雰囲気に「ん? なんだ?」と訝しむ。
そうやってショットは少し間を置いた。そうした後、初めてカジ達に凄みを効かせて、
「…出てこないのならば、皆殺しです」
と宣言した。
その宣言を聞いた瞬間、カジの背筋にゾクッと悪寒が走った。
カジは感じたのだ。
その声が先程までとは違い、明らかにこちらの方向に向けられているのを。
「見つかっている…!」
いや、あいつは本当はこちらの動きなど、とうの昔から見透かしていたのかもしれない。
だとしたら、今までの戦闘は奴の言葉通り、ただの遊びだったというのか?
カジは頭が真っ白になり、ただただ座り尽くした。
「皆殺し」なんてただのハッタリではないのか? などという冷静な考えは浮かんで来なかった。
それよりもカジの頭の中は、なぜショットはそんな遊びみたいな真似を、今までずっとしていたのかという疑問でいっぱいになっていた。
その間にも、ショットの足音はヒタヒタと着実にこちらに近づきつつある。
その静かな足音がカジにはまるで、虎の足音のように聞こえた。
これではカジはさながら、草むらにじっと身をひそめる小動物だ。
そう思った時、ふとこれはショットの「狩り」なのではないかという答えに行き当たった。
そうだ。
奴は本当に遊んでいたんだ…狩りを楽しんでいたのだと。
カジは逃げようと思った。
狩られる側の小動物も、本当ならその草むらから飛び出し、せめてもの抵抗として逃げ出さなければならない……そのはずだ。でも、
「ダメだ…体が…動かない… 」
カジはガチガチになった足を地面から引き剥がそうと叩いた。
しかし、ピクリとも動かない。本当に動かないのだ。
「くそっ…どうなってやがる…俺は奴の目を見ていないぞ……? まさか、この俺様が、動けなくなる程ビビってるっていうのか…!?」
「ふふふっ…どうしましたか? 得意の逃げ足はもう使わないのですか?」
ショットのじっとりとした声を聞き、カジは額にぶわっと汗を掻いた。
やばい。これは本当に。
チクショウ…俺の…俺様の覚悟なんて、こんなものだったのか? 俺は兵士だぞ、それもリー少尉の部下だ! なのに…強い力の前では、俺様の心はこんなにも脆くなっちまうのかよ!
カジは自分の不甲斐なさに怒りを通し越し、情けなくなった。
ショットはいよいよすぐそこまで来ている。
もう逃げ場はない。
「さぁ、どうやって殺されたい…おや?」
と、ショットがカジの潜む路地に差し掛かろうとした、まさにその時だった。
空気を切り裂くような音が鳴り響き、無数の弾丸がショットの背中に向け撃ち込まれたのだ。
一点を貫くような正確な射撃だった。しかし、それらの弾丸はことごとくショットの体に届く前に砕け散ってしまう。
オリハルコンを含んだ空気のコーティング。
それでもサブマシンガンの弾を撃ち尽くすまで、ミニスは銃撃を止めるつもりはなかった。
「ほらっ…まだまだっ…!」
ミニスは隠れていた路地から全身をショットの前に晒し、狙いを定めてサブマシンガンを撃ちまくる。
それはショットの気を引くに十分な挑発だった。
「なるほど。あなたが先に殺されるのをご希望ですか」
ショットはミニスの方に振り向いた。けど、ミニスはショットのことなど無視して、
「こらっ! バカジっ!!」
と怒りを露わに叫んだ。
「ミニスッ!?」
その声でようやくカジは我に帰る。
「なに、ぼさっとしてんのよ! まさか諦めたんじゃないでしょうね!? あんたが考えて、自分で引き受けた役目でしょう!? だったら、最期の最期まで責任を持ちないさいよっ!」
「ミニス……」
ミニスは弾切れになると、舌打ちをしながら素早く弾倉を交換し、射撃を続けた。
それをショットは愉快そうに見守っている。
「ふふふ。いい腕前です。あなた、戦場に出たらなかなか活躍できると思いますよ? 僕が言うのだから間違いありません」
「ふんっ」
ミニスはそんなショットの言葉をまた無視し、集中砲火を浴びせ続ける。逃げるつもりはさらさらないらしい。
「ほら、バカジッ! わかったら、さっさと起きなさい! そんでこいつをスクラップにするのよ! 私も手伝ってあげるから! ほんと、あんたが相棒で嫌になっちゃうこともたくさんあるけど……でも、今私達がいなくなったら、一体誰がキミちゃんを守ってあげられるの!?」
ミニスはまた言った。
自分のことなど気にもしない様子で。
カジはハッとした。
そうだ。
守るんだ。
鼻からショットに敵わないことなんてわかっていた。
それでも俺は…いや、俺達は二人で守るって決めたんじゃねぇか。
やれるやれないじゃない。
無茶でもやらなけりゃ、いけねぇんだ。
男にはそんな選択しか残ってねぇ時はいくらでもある。
それを女のお前一人にやらせて、俺は何をやってるんだ。
命懸けは命懸けだ。決まってる。
倒せなくてもいい。
でも、俺達は生き残る。
こんな所で死んでたまるかよ!
そして、そのためには……
「そうだった…俺とお前……「二人」で力を合わせりゃなんとかなる。いつも、そうやって来たもんなぁ!」
カジは鉛のように重たかった足が軽くなるのを感じ、急いで地面を蹴り、立ち上がった。
そして、廊下に出て銃を構えた。
が。
そこで見たのは、まさに今、ショットに距離を詰められ、首を鷲掴みにされたミニスの姿だった。
「……! 止めっ…」
ショットはカジの方をちらっと見、ニヤリと笑いながら、そのままミニスの体をグイッと力強く宙に浮かせた。
ミニスは苦しそうに顔を歪める。
「うぅ…ぐ、ぐぁっ……」
だが、ショットはなおも容赦なく力を加え、
「ふふふふふふ…」
と笑って見せた。
すると、ミニスの手から力が抜け、サブマシンガンが地面にガチャンと音を立てて落ちた。
それを見たカジの手は銃を構えた姿勢のまま、ガタガタと震え出した。
「や、止めろ……もう、止めてくれ…」
「止めてくれ? ふふふ、止めてくれと言われて止める敵などいませんよ。いやぁ、しかし……麗しき友情ですねぇ。……それとも、お二人は恋人同士なのですか?」
「違う……そんなんじゃねぇ……そんなんじゃねぇから、いいから手を離してくれ!!」
カジは叫んだ。
そんなカジの表情を実に愉快そうにショットは眺める。
「おや、そうなのですか? いやいや、その血相は見るからにそうだと思ったのですがねぇ。僕の勘も当てになりませんねぇ」
ショットは首を傾げ、残念そうに言った。
そして、続けて
「恋人なら助けて差し上げようと思ったのに」
とも言った。
「……なっ!?」
そんなショットの気まぐれな発言にカジは絶句した。
最初、言葉の意味がまるで頭に入って来なかったくらいだ。
恋人なら……ミニスは助ける?
ショットはさらに続けた。
「おや、不思議ですか? でも、本当ですよ。恋人を失うというのは悲しいものです。その気持ちはわかりますからねぇ。しかし……あなたがそうでないと仰るならば……」
「こ、恋人だっ!」
カジは自分でも気づかない内にそう叫んでいた。
そんな場違いな言葉が通路中に響き渡る。
「……ふふふ、それは本当ですか?」
「ほ、本当……じゃない。すまない、嘘をついた…」
自分でも言っていてバカらしくなったが、カジはもう止められなかった。
「でも、俺にとって、そいつは一番大切な人間だ。それは間違いない。あいつが俺のことをどう思ってるかは知らねぇが…そんなことはこの際どうでもいい! 俺にとっちゃ、あいつは恋人も同然だ!」
そんなことを言っている内に手の震えは止まっていた。けど、耳は真っ赤に茹で上がっていた。
カジは恥ずかしくて仕方がなかった。
こんなに情けない告白はない。こんなふうに言うつもりなど微塵もなかった。ミニスへの気持ちなど一生伝えまいと、そう思っていたのに……。
「ふーっ、やれやれ。それは僕でもわかりますよ。それは単なる片想いってやつですねぇ」
そう言うショットの顔は、心なしか先程までの殺気に満ちた顔ではなくなっていた。
ミニスの首を掴んでいた手の力も緩めたようで、ミニスが
「ごほっ! ごほっ……!」
と苦しそうにも呼吸をする。
目にはたっぷりと涙を溜めていたが、意識ははっきりしているようで薄目を開けて、カジの方を見ていた。
それを見たカジは、
「……そうだよ。所詮は片想いさ…」
と言い、銃を捨てた。
そして、その場に胡座をかいて座り込み
「だから、情けない俺に免じて、どうかそいつだけは見逃してくれ。俺のことは煮るなり焼くなり好きにしてくれていいからよ」
と言った。
「…! バ、バカジッ…!」
それを聞いたミニスはそう、か細い声で言う。
けど、ショットはいよいよため息をついて、
「…はぁ、なんですか、それ。くだらないですねぇ。それではつまらな過ぎますよ。私の趣味にまるで当てはまりません。せっかく面白くなりそうだったのに…」
と言い、ミニスを地面に降ろした。
そうして少しの間、何やら思案した後、ふと面白いことを思いついたように、急にミニスの顔を自分の顔にグイッと近づけた。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離だ。
そして、
「では、こういうのはどうでしょう?」
と言い出した。
「今から彼女に選んでもらいましょう。まず、1つ目はこの場で僕に自分の頭を吹き飛ばされれば、カジさん、あなたが助かるというものです。いいですねぇ、あなたと同じ自己犠牲の精神です。わかり易いですねぇ。次に2つ目は、あなたの提案を飲み、自分だけが助かるという選択です。ここでのミソは、あくまでも彼女がそれを望み、選ぶということです。1つ目とは真逆。ふふふ、これもわかり易い」
何が可笑しいのかショットは笑った。
しかし、カジは怒る気にもなれなかった。
悔しいが、今はショットの言うことを聞くしかない。
「そして、3つ目ですがね? これが僕の一番のオススメです。 それは、彼女が私の手駒になり、あなたと殺し合うというものです! これは簡単だ! ミニスさんはただ私の目を見ればいいだけです。あとは、強い方が勝つか、わざとカジさんが負けるか…もしかしたら二人とも助かる……なんてこともあるかもしれません」
ショットはそう言い、ミニスの顔を見る。
すぐに決断しろというのだ。
しかも、一人で。
ミニスは初めは、じっと目を閉じ、黙っていた。
碌な選択肢がない。
けど、すぐに選択した。
と言うよりも、彼女にはこれ以外の選択肢などありはしなかった。
ミニスはショットの目を睨みつけるように覗き込んだのだ。
「ふふっ、よい選択です」
ショットはそうとだけ言った。
ショットはミニスの顔からそっと手を離した。
時間にしてほんの数秒の出来事だ。
だが、カジはもうわかっていたので立ち上がり、身構える。
ミニスを解放したショットは目を瞑り、顔だけ上を見上げながら
「ほう……そういう作戦でしたか。確かに私をここに閉じ込めるのは良い手ですねぇ。盲点でした。しかし、わかってしまえばそううまくはやらせませんよ。そして、小娘は……作戦が順調ならばもう格納庫に行っていますか。ふむ……では、僕はそちらに向かうとしましょう」
と独り言った。
どうやら、ミニスから情報を奪ったようだ。
そして、
「それでは、本当に時間がなさそうですので、僕はこれで。あとはお二人でごゆるりとお過ごしください。もうお会いすることもないでしょうが、どうかお元気で」
と手を振り、こちらことを見届ける気もないようで、さっさと通路の奥の方へと消えてしまった。
カジはショットを心底憎らしく思う。
けれど、カジの目にはもうショットのことなど入っていなかった。
そのことには申し訳なく思うが、許して欲しいとカジは思った。
作戦は完全に失敗だ。
キミやノノ、イズミにも後で何と罵られようが構わない。けど、ショットのことはもう皆に頼むしかない。
結果的にカジはミニスとキミを天秤にかけ、ミニスを取ってしまったのかもしれなかった。
最低だよな。
マジで俺は最低な大人だ。
ミニス、お前にもいよいよ嫌われたよな。
「けど……俺は何としても、お前を取り戻す……!」
カジは生まれて初めて味わった激しい自己嫌悪に押しつぶされそうになったが、最後、その意地だけで踏み止まる。
ミニスはゆっくりと地面のサブマシンガンを拾った。
しかし、カジは銃を拾わなかった。
そんなもの撃てるわけがない。
ミニスの目つきはいつもの、優しいものではなくなっていた。
けど、カジは最期、ミニスがショットの目を見つめる前に唇を動かして言った言葉に誓って、負けるつもりはなかった。
「信じてるからね…」
そう言ってくれたミニスの思いに誓って。
カジは流れかけた涙を拭った。
「さぁ、来い! 俺が全部受け止めてやる!」
ーーその頃。
キミとマクベス一党はカジとミニスの奮闘のお陰もあり、全員無事に格納庫まで辿り着いていた。
「これは、どうなっているんだ!? なぜ、アストリア兵までここに集まっている!?」
脱出用ポッドから、下を見下ろしたダウェン王子はそうマクベスに言った。
「はっ!それは……」
マクベスはダウェンの前にかしずきながら、今までの経緯を淡々と手短に説明していった。
それをダウェンとその隣にいたケニーは、時々驚きの声を上げつつ、また眉間に皺を寄せながら聞いた。
「そんな……人心を意のままに操る術などと……まさか、そんな…しかも、あんな幼い少女が?」
ダウェンは窓からキミを見下ろして言う。
キミは今、ノノにもたれかかり、ぐったりしながらも皆を順に脱出用ポッドに乗せる整理の手伝いをしていた。
「フラフラで、今にも倒れそうではないか。俄かには信じられん…」
「ご無理もありません。しかし、事実は事実です。現に私は彼女に操られていました。私の存在こそが証拠だと思ってもらうしか……」
マクベスは言う。
また、それを補足するように
「王子。もし、大佐の言う通りならば、今まで艦内で起きたことも、今ここにアストリア兵が何の抵抗もなく集まっていることにも説明がつきます。それに、あのトカゲの証言とも合致します」
とケニーが言ったから、それでダウェンは渋々納得したようだった。
「ふむ……トカゲ…リッツの雇った得体の知れぬ男。それにあの少女か……くっ、どうなっている…一体、なぜこうなった……」
ダウェンは自分の野望への架け橋になるはずだったこの潜水艦で起こっている事態に、思わずそう漏らした。
しかし、今はそれどころではないのだ。
マクベスはそれをまた一から説明するのも、時間がかかると判断し、
「では、私はこれで。王子は合図があればすぐに脱出を」
と言い、その場を後にしようとした。
すると、それをダウェンは見咎めて、
「お、おい、マクベス! どこへ行くと言うのだ!?」
と引き留めた。
マクベスは振り向かずに応える。
「…勿論、戦場でございます」
「せ、戦場へ? しかし、ここは放棄するのであろう? ならばお前もここに残って……」
「なりません。まだ戻らぬ者もいます。それに、ダウェン王子さえ無事にここから脱出いただければ、私ごとき雑兵……どうかお捨て置きください」
「そ、そんなわけに行くか! お前は部下である前に、私の友ではなかったのか!?」
ダウェンは言った。
それをマクベスは嬉しく思い聞いた。しかし、決意は変わらない。
「そのお言葉忘れません。しかし、だからこそ行かせていただきます。少しでも時間を稼ぐために」
そう言ってマクベスは窓の外のキミを見た。
「あんな少女も頑張っているのです。行かぬわけにはいきません。仮にも、私はこの艦の艦長なのですから」
「マクベス……」
それを聞き、ダウェンはもうこれ以上言うまいと思った。
「わかった。なら、行け。だが、生きろ。これは絶対命令だ」
「はっ! 必ずや。それと……大変無礼とは思いますが、私からもひとつお願いがございます」
「…ん? なんだ?」
「はっ。あの少女のことなのですが。あの力のことは他言無用です。それと…どうか彼女のことを利用しようなどと、考えないでいただきたい。あれは心の優しい少女です」
「…ふんっ。何かと思えば。見損なってくれるな。そんなことはしないぞ。我が帝国の誇りに誓ってな」
その言葉を聞いたマクベスは頭を下げた。
そして、二人に敬礼をし、脱出用ポッドを出て行った。
そんなマクベスを面白くなさそうにダウェンは見送り、窓の外の少女を見つめた。
「私に進言などと。ふふっ。マクベス……ようやく大佐らしくなったではないか」
マクベスが格納庫の入り口に着くと、そこには部下達が既に整列して待っていた。
だが、マクベスはそんな命令を出した覚えはなかった。
「…なんだこれは。お前達も来るのか?」
「何言ってるんですか。大佐一人で行って、どうにかなるわけないでしょう?」
部下の一人がそう言った。
すると…
「そうですよ。聞きましたよ? 相手、かなりやばいみたいじゃないですか」
「大佐だけじゃ、1分も保ちません」
「上司が犬死になんて、目覚めが悪くなるっすよ」
「そうそう」
「実力を過信するところがあるからなぁ、大佐は」
「ねぇー。そのせいで何度死にかけたことか……」
最初の一人を皮切りに、皆好き勝手言い始めた。
それをマクベスは唖然として聞いた。
こんなにもあからさまにバカにされたのは、初めてのことだったからだ。
なんだかだんだん腹が立ってきた。
しかし、その内にだんだんバカらしくもなってきて、ついにマクベスは
「ふふっ、はははははは」
と笑ってしまった。
それで部下達の愚痴は止まった。
皆、ビシッと気をつけをしている。
それを見て、マクベスはふんと鼻を鳴らした。
「言いたいことはそれだけか? 今から向かうのは死地かもしれんぞ? いいのか?」
部下達は何も言わなかった。
それを受け、マクベスは
「では、最後に私からひとつ。……私のことは……ここでは艦長と呼べと言っとるだろうが!! 何回言えば覚えるんだ! このバカたれども!!」
と言った。
「イエッサー!! キャプテン!!」
「よし、行くぞ! 全隊、前進!!」
こうして、新たにマクベス隊が格納庫からショットを討つべく出陣したのだった。




