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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第1章 ラシェット・クロード 旅立ち編
12/136

旅立 1

空はまだ白んでもいなかった。


僕は朝の冷たい空気を吸い込み、空を見た。

空は一見、暗く淀んでいる様に見えるが、湿り気は感じなかった。おそらく、今日は晴れるだろうと僕は思った。


すでに、ガレージの扉は開け放たれ、レッドベルのエンジンもかけてある。

旧代機とはいえ、長年帝国軍の主力を張ってきた機体のエンジンは凄まじい音を立て、飛び立つそのときを、今や遅しと待っている。


早朝の住宅地には似つかわしくない、けたたましい爆音だったが、この近所にはこんなエンジン音ぐらいで叩き起こされるほど、上品な人は一人も住んでいなかったから、特に気にはしなかった。


僕は大きく伸びをし、深呼吸をすると、帽子とゴーグルを装着して、コックピットに乗り込んだ。そして、カチッカチッカチッと計器類を照らすライトを点けた。


滑走路はガレージの前から真っ直ぐ伸びている。嬉しい作りだ。僕はこのガレージが気に入ったから、このボロアパートに住むことにしたのだ。

しかし、少々アプローチが短いのが難点だった。僕は腕の悪い住人達が、滑走路の目の前に立っている大家さんの家の屋根を吹き飛ばすのを何度も見ている。

でも、僕にはこれで十分だった。それに、毎回自動開閉式ではないガレージの扉を、親切にも閉じておいてくれる大家さんの家の屋根を吹き飛ばす気も、僕にはなかった。


僕は高度計、ジャイロスコープ、タコメーターをとん、とん、とんと叩いて確認すると

「よし…行くか」

とひとりつぶやき、

足でクラッチをカチャッと繋げた。

するとプロペラがエンジンと連絡して、勢いよく回り始め、機体が少し前進を開始した。けたたましい音だ。僕は、すかさずタイミングレバーをちょっと引くと、勢い良くスロットルを前にぐいっと押し出した。


ブロロロロォォ バァァァァン!!


と爆発的な音をエンジンがあげると同時に機体は矢のように滑走路を疾走した。

グワアァァァァーッ!と耳に鳴り響く加速音。

僕は操縦桿を握りながら、なおもスロットルを押し出し続ける。機体はますますスピードに乗り、体には凄まじいGがのしかかってきた。

「まだだ、まだだ」

と僕は心の中でつぶやいていた。

まだ、揚力が足りない。

僕はさらにスロットルを押し込んだ。機体はギシギシと音を立て、エンジンの回転数はほぼポテンシャルと同じ数値を示している。

もう滑走路の終わりはすぐそこまで来ていた。しかし、この短い滑走路ではこれくらいやらないとダメなのだ。

僕はタイミングを見計らった。

滑走が短すぎてもダメ、長過ぎてもダメ、その長さを見極め、翼がわずかにフワッと揚力を得た瞬間、


「いまだっ」


と、操縦桿を思い切り引き絞った。

ぐんっと頭を持ち上げ、機体は離陸したが、僕は操縦桿を引き続ける。そして、スロットルを少し戻すと僕は今度は思い切り機体を右に旋回させた。もう、大家さんの家はすぐ目の前まで来ていた。しかし、その屋根すれすれを機体は通り過ぎた。離陸は成功だ。


僕は右にゆるく旋回しながら、高度を稼ぐために急上昇を続けた。みるみるうちにアパートが遥か下へと遠ざかっていく。

しかし、 もう少し高度が必要だ。今日は大陸を南下するため、帝国の摩天楼の上を通らなければならない。

しばらくそのまま上昇を続けた後、高度計を見て

「そろそろか」

と思う所で僕は上昇を止め、今度は機体を南に向けて旋回させ進ませた。

上空はさすがにまだ少し寒かった。僕は首に着けているネックウォーマーを口元までたくし上げ、次に手元のレバーで飛行機の脚と車輪を機体に引き込んだ。


眼下には帝国の旧市街が広がっているはずなのだが、旧市街は街灯が少なく、この時間では家々に灯る明かりもまばらだったため、ほぼ真っ暗に近かった。

旧市街よりも、前方に見える帝国の中心地の方が遥かに目立っていた。まだ少し距離があるはずなのに、そのケバケバしいまでのネオンやサーチライトの明かりは、夜の侵略を拒否するかのように輝き、ここにいる僕まで照らされているのではないかと感じるほどだ。

「あんなに明かりを点けて…まだ働いている人がいるのか」

と僕はいつも思う。世の中には色々な事情から、色々な職業についている人達がいるのだ。そして、僕もそんな一人だった。


僕は摩天楼を前方に見ながら、計器類をチェックした。ジャイロスコープ、高度計、エンジンの回転数も問題ない。機体はしっかりと空に腰を据え、安定した飛行を開始したようだった。そうなれば、このまましばらく南下するだけだ。

操縦桿を握る手を少し緩めた。それでも飛行機は問題なく速いスピードで飛んでいる。


帝国の摩天楼の上空もすぐに通り過ぎた。少し高度を下げても良かったのだが、雲の感じも風の感じも悪くなかったので、このままの高度を維持していくことにした。


摩天楼を抜け、住宅地も抜け、少しすると草原に出る。そこはもう首都セント・ボートバルではなく、一応地方の町に属している場所となる。その草原は非常に広大で、ボートライル大陸の中部の殆どを覆っており、首都から僕の故郷ライル村まで続いている。

その草原にも多くの村があり、主に農業、酪農、畜産などに従事している人達が暮らしている。僕はそんな長閑な広い草原の上を飛ぶのが好きだった。群れで駆ける羊や、方々で草を食む牛。草原の真っ只中にぽつんとある農家。そういった人や動物の営みが、まるで道標の様に毎回変わらぬ姿で僕を迎えてくれるからだ。


住宅地を抜け、10分程で草原に出た。

そこは街中よりも、一層深い闇に包まれていたが、なんとなく全体に朝がすぐそこまで来ているという気配がした。

背後のセント・ボートバルはだんだんと、しかし確実に小さくなっていく。僕はそれをちらっと見て

「じゃあ、またな」

とつぶやいた。


やがて朝の光が草原を少しずつ照らし始めた。

草が光を反射して黄金色に輝き、風にせせらぐ。地上にも、少し風が吹いているようだ。右手にはどこまでも続く麦畑が見え、左手には広い牧草地が見える。でも、牛はまだ牛舎で寝ているのか一匹もいなかった。視界はクリアだった。今日は霧もなく、フライトには最適な日だなと思った。


コンパスと地図を見比べ、ジャイロスコープも確認する。目指す方向通りだ。飛行機の操縦は少しの方向のズレで、とんでもない所に行ってしまう。それもたった一時間でだ。だから30分おきくらいの頻度で確認が必要になる。まあ、ベテランの郵便飛行機乗りになると周りの景色だけを頼りに航行できるらしいのだが、僕は軍人あがりのせいか、どうしても計器類を見てしまう。


上空の空気は冷たいが澄んでいて、すがすがしかった。

エンジンとプロペラの爆音で、草のせせらぐ音などは全く聞こえないが、この空気のうまさは飛行機乗りの特権だと僕は常々思っている。


飛行機乗りは危険な仕事だと思われがちなのだが、きちんと訓練をし、確かな技術を身につければ、何も危険なことはない。大体は無事に帰って来られるものだ。


しかし、それにも条件はある。

飛行機乗りが、まず一番に気をつけなければいけないのが天候だ。雨、霧、吹雪、雷、竜巻、突風など天候には様々な危険がある。大事なのはそれらに近づかないことだ。そして、不幸にも遭遇してしまった場合には、なるべく早く離脱することだ。とにかく、それらの天候が飛行機乗りの味方になってくれることなどまずないと言っていい。

二番目に気をつけるべきは「未知」だ。なぜなら、地図こそが飛行機乗りにとっての命綱だからである。地図は先人の飛行機乗り達の多くの犠牲の上に作られた知識の宝庫だ。そこには、飛行機乗りにとっての大敵である山の高さや位置、海や砂漠の広さが示されており、それらを参考に航行すれば無用な危険を回避することができる。しかし、いざ地図にない場所に赴かなければならなくなったとき、僕達はまるで目隠しをされたような状態での航行を余儀なくされる。これには、余計な集中力と体力を使ってしまうので、自然と事故も起きやすくなってしまう。


つまりはリスクをとらず、冒険さえしなければ飛行機は中々安全な乗り物ということだ。


左手に朝日が昇ってきた。

地平線が黄色く染まり、日の暖かさが僕の顔を撫でた。何度見ても綺麗だと思った。

でも、楽しんでばかりもいられない。僕は少しだけ機体を東方向に旋回させた。

そうして海を目指し、海岸沿いを南下するのだ。でないと草原の最南端にそびえるベルド山脈にぶつかってしまう。その麓に僕の故郷ライル村はあるのだが、そんな難所を好き好んで通る理由はない。むしろ迂回した方が今日の目的地には近づくので、なおのことそうしない手はなかった。


太陽が全体を見せ、完全に夜が明けきると

「やっぱり、今日は快晴だったな」

とつぶやいた。油断は禁物だが、これなら暇そうだなとも思った。

コンパスに注意しながら進む。

眼下には小さな村と風車が見え、雲が流れるように去っていく。

僕を包むのはエンジンとプロペラの爆音と風を切る音、それと冷たい空気とガタガタ揺れる機体の振動だけだった。

この状況に慣れきっている僕は自然と考えごとを始めた。


……

そういえばサマルは誰に手紙を託して、僕の所に届けさせたのだろう。

信頼できる人とは書いていたが、誰なのか。それに、どうやってその人に手紙を渡したんだ?一緒にその場所にいたのか?いや、それならその人に自分の死を確認してもらえばいいだけの話だ。こんな回りくどいやり方にする必要はない。だとしたら、何かしらの方法を使って手紙をまずその人の所へ届けたということになる。しかし…どうやって?


などと、次々に考えたが、腑に落ちる答えには辿り着けなかった。



ブロロロロロロ

と音を立て、なおもレッドベルは飛ぶ。

日はだいぶ高くなった。もう6時間は飛んでいるだろうか。今日は天候も崩れそうにないので、この辺りで一度休憩することにした。

この先に時々休憩で立ち寄っている湖があるのだ。そのほとりに着陸しよう。そう思った。


少しすると、前方に湖が見えてきた。僕は機体を着陸態勢に持っていくため、スロットルを緩め、湖上空を螺旋状に旋回飛行した。

着陸する場所は決まっている。その長い草の途切れ目を目指してゆっくりと、機体を降下させていく。

着陸するラインが見えたので、僕は手元のレバーで飛行機の脚と車輪を出した。

スロットルを調整しつつ、操縦桿を徐々に前に押し倒すと、機体は真っ直ぐ綺麗に草の途切れ目に滑り込んだ。

フットバーでバランスをとりながら、車輪を地面にゆっくりと下ろす。ガタンガタンと少し揺れたが、飛行機はしばらく地面を走った後、止まった。着陸成功だ。


僕はエンジンを切ると、帽子とゴーグルを脱ぎ、リュックを手にして、コックピットから降りた。

いい天気だった。やはり少し風が吹いているが、気持ちのいい風だ。

足元はまだしっかりしていた。これが12時間以上連続で飛行するとひどいことになる。地面がグラングラン揺れて、気持ち悪くなるのだ。それがいわゆる飛行酔いだ。特に、クラフトのような振動がひどい機体なら余計にその酔い方はひどくなる。

湖のほとりまで歩き、適当な石に腰を下ろすと僕はリュックからサンドイッチとコーヒーを入れてきたポットを取り出し、食べた。

コーヒーはまだ暖かかった。サンドイッチはハムときゅうりのサンドイッチだ。シンプルだがこれが一番うまいと思っている。今朝作ってきたもので、マスタードを効かせるのがミソだ。


向こう岸が微かに見えるくらいの大きな湖だ。湖面は晴れ渡った青空と雲をよく反射していたが、風吹いて波が立つとあまり見えなくなってしまうのが残念だった。

僕が何回目かにこの湖に寄った時、レッドベルにも水上離着陸用のフロートを付けようかなと考えたことがある。他の郵便仲間の飛行機には付いていることが多く、何かと便利だと聞いていたから余計にそう思ったのだ。しかし、帰ってから知り合いのメカニックに聞いてみたらクラフトタイプには構造上付けられないと言われてしまった。

しかし、まぁ今のところ特に不便は感じていないから、単にその時の気分だったのかもしれない。


辺りには人っ子ひとりいなかった。いるのは数種類の鴨と大型の水鳥と僕だけだった。

僕はそんな景色をなんとなく眺めながら、もぐもぐとサンドイッチを食べた。


食後、草の上に寝っころがって、空を見上げてみた。こうして見る限りでは平和そのものの空だと思った。

しかし、飛行機乗りにとっては空はいつだって、気難しい隣人なのだ。

雲が西から東へゆっくりと流れていく。

でも、それでも飛行機乗りたちは、その隣人を愛して止まない、愛さずにはいられない。それは一度飛行機に乗って、この気持ちを味わってしまったら最後、飛行機乗りは死ぬまで飛行機に乗り続けるということを意味する。

「僕もきっと、そうなんだ」

僕はそう思った。だから、軍を止めたのにまだ飛行機に乗り続けているのだ。

「そろそろ出発しようかな」

そうつぶやいた。結局僕には飛行機に乗るくらいしか、やりたいことがないのかもしれなかった。



湖を出て一時間程で海にでた。

世界で一番広い海、トルスト海だ。この海を隔てた遥か向こうにアストリアはある。

だから、本当はこの海を突っ切った方が直線距離では近いのだが、今のところそんなことができる飛行機は開発されていない。

噂ではそんな長距離飛行を可能にする「飛行艇」とやらの開発競争がアストリアとボートバル両国の間で行われているらしいのだが、実現するのはまだ当分先のことだろう。


僕は地図とコンパスを確認し、計器類をチェックした。ほぼ予定通りに、航行できている。このまま海岸沿いを南下すれば、あと5時間ちょっとで、今日の目的地である港町アルバに着くはずだ。

前方に注意しながら、僕は操縦席の右に付いている燃料ポンプのレバーをシュコシュコと動かし、予備のタンクからメインタンクに燃料を送り込んだ。これも元々クラフトにはない機構で、これまた知り合いに頼んで作ってもらったものだ。作るのに、かなり骨が折れたらしい。しかし、これが無ければクラフトはせいぜい10時間程しか連続して飛べない。エンジンの馬力がすごいため、やたらと燃料を食うのだ。

そんなことでは仕事に支障が出る。だから作ってもらったのだが、しかしこれがあっても連続して飛べるのは15時間といったところだ。


海の遥か彼方に2隻、貨物船の姿が見えた。現在の主な大陸間の交通手段、貿易手段は船舶なのだ。ほとんどの人や荷物や手紙は、あのような船で運ばれる。飛行機はまだ少数派と言っていい。

しかし、飛行機の優れた点はその速さにある。海路は潮の流れによって、かなり時間を左右されてしまうのが現状で、大体は飛行機よりも一週間は余計に時間がかかってしまう。だからこそ、こんな郵便飛行機なんていう商売が成り立つのだ。


海岸沿いの航路も、問題なく進んだ。トラブルも全くない。計器類もそのことを示していた。どうやら、夕日を拝む間も無く目的地に着きそうだ。


僕は大きく息を吐いた。

こういう、退屈になりそうな時に、僕は頭の中で歌を歌うことにしている。なかなか退屈しのぎにはなるし、集中を切らさないためにも適度にリラックスした方が良いと考えているからだ。

思いついた歌を片っ端から歌っていく。まずは故郷の歌だ。次に都会で流行っているポップス、昔聞いた古いポップス、飛行機乗りの歌なんてのもある。帝国軍の軍歌だってまだ覚えている。同期がよく口ずさんでいた歌もその部分だけは歌えた。

声に出してもいいのだが、この爆音の中では自分でも聞こえやしない。

しかし、飛行機に乗りながら歌を考えるのはおもしろかった。いつも聞いている歌が、いつもとは全然違う歌のように思えてくる。

歌と飛行機というのは、きっと相性がいいのだろう。そう思った。


日が傾きかけた頃、目的地のアルバが見えてきた。もう少し近づいた所で、僕は計器類の横に付いている無線機を手にした。

「アルバ管制塔、アルバ管制塔、応答ねがう。こちら旅券番号105329AC、機体識別番号722D、ラシェット・クロード機だ。第一飛行場への着陸の許可をねがいたい。繰り返す。こちらラシェット・クロード機だ。着陸の許可をねがいたい」

僕がそう言うと、

「こちら、アルバ管制塔、ファーガソンだ。了解した。問題ない。いつでも着陸されたし」

とイカツイおっさんの声ですぐに応答がきた。馴染みの声だった。

「了解。感謝する。おっさん」

「坊主、数カ月ぶりだな。商売はうまくいってるのか?」

「ああ、おかげさまでね。だから、もう僕は坊主じゃないんだけどなぁ」

着陸態勢に入りながら僕は言った。

「ふんっ、なにがだ。俺からすりゃ、お前なんてまだまだ訓練時代の坊主のままだ」

すると、ファーガソンはそう言った。いつものことだ。ファーガソンにかかれば空軍少佐くらいまでは坊主にされてしまう。

「ははは、かなわないなぁ。ま、とにかく着陸するからよろしく」


機体は無事にアルバ第一飛行場に着陸し、飛行場の格納庫に入った。

僕がコックピットから降りると、ファーガソンが迎えに来ていた。頭は白髪で真っ白だが、ギラギラした目とまだまだ衰えない体つきで、いかにもベテラン飛行機乗りという感じがする。しかし、また少し老けた気はした。

「やぁ、ファーガソン。なんだかもうすっかり、おじいさんみたいだね」

と僕が言うと

「ったく、最近よく言われるよ。特に孫が生まれてからはな」

とファーガソンはおもしろくなさそうに言った。

「へぇ、ついに生まれたんですね」

「まぁな、しかし可愛くて困る。これじゃあ、おちおち死ぬわけにも行かんからなぁ」

とファーガソンは言った。

「なるほど。じゃあいよいよ、おっさんも引退かな?」

僕が言うと

「何をバカなことを。まだまだ腕は衰えちゃいないんだ。引退なんてな、飛行機乗りにはねぇんだ」

とファーガソンは言った。

僕が荷物を持って歩き出すと

「せっかくだから、また女房の所で食べてきな、たくさん食わしてやるから」

とファーガソンは言った。

「わかりました。ありがとうございます」

と僕は答えた。

ファーガソンの奥さんは飛行場内で食堂をやっていて、いつも、とびっきり安くてボリュームのある料理をこれでもかと、僕に食べさせてくれる。そこで食事をし、飛行場内の安いホテルに泊まるのが僕の習慣だった。


ホテルの部屋に入ったのは夜9時過ぎだった。ファーガソン夫人に歓待され、腹いっぱい食べさせられ、酒もたらふく注がれた。長いフライトの後で、これはかなりキツかった。昔の飛行機乗りは、みんなこんなノリで、今よりも遥かに危険な旅に出ていたらしい。昔の人はタフだなと僕は思った。


シャワーを浴び、歯を磨くと、疲れてすぐ寝てしまった。フライトよりもファーガソン夫妻の相手をしたことの方がこたえた気がした。頭がぐわんぐわんした。プロペラのバラバラバラバラという音まで頭の中で鳴っていた。これはよく寝られそうだった。



…………

しかし、僕はその二時間後、廊下の微かな物音で起きなければならなかった。




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