艦内戦
キミから事情を聞いたカジの第一声は、
「何、水くせぇこと言ってんだよ、お嬢ちゃん」
だった。
「そうよ。それにキミちゃん? 自分でも忘れてるみたいだけど、あなたはまだ子供なのよ? 危険だって聞いたからって、そんなことで私達が今更キミちゃんと別れて軍の任務に就くわけないじゃない。あなたを放ってなんて置けないもの」
ミニスも言う。
「……ミニスさん」
それを聞いてキミはじんわりと胸が温かくなるのを感じた。だから、心から
「ありがとう。カジさん、ミニスさん」
と改めてお礼を言った。
「ったく…それだって水くせぇってのに」
「ねぇ。あんたこそ、何照れてんのよ。見てるこっちが恥ずかしいんだけど?」
そんなことを言い合いながら三人は狭い廊下を走っていた。
その後ろからはノノとイズミの二人もついて来ている。
「ミニス・マーガレット兵長……先程の発言は聞かなかったことにしますが、少々問題ですよ? 軍の任務より、キミさんの護衛を優先するなんて」
走りながらノノが言った。それにミニスは振り向き、すぐさま反論する。
「ごめんなさいね。でも、正確に言えば彼女の護衛は私達に与えられた諜報部からの任務とも言えるのよ。だから、別に軍に逆らおうとか、そんなことじゃないわ。そこだけはわかってちょうだい?」
と。だが、そう言われてもノノはなかなか納得できなかった。
それって、結局はこちらの命令に従わないために、都合のいいことを言ってるだけじゃない、と思ったのだ。
しかし、そんな思いもイズミが困り顔でミニスに味方してしまったから、それで消えてしまった。
「まぁ、こんな時だ。お堅いのは無しにしようぜ。それよりも……ノノさん達こそ本当にいいのかい? お嬢ちゃんの勘が正しければ、相当やばい相手になるぜ?」
「……危険とか危険じゃないとかは関係ありません。そんなことは覚悟の上です。任務なのですから。私達はそれを全うするだけです。ね? イズミ?」
「え、ええ……そうね」
そんなノノの返事にカジは
「あ、あのなぁ……」
と頬を掻く。
そうしてから、少し心配そうな顔になり
「覚悟は立派だがよ、その若さでそんな覚悟なんか決めなくていいんだぜ? まぁ、いざとなったら俺様の後ろにちゃーんと隠れろよ? わかったな?」
と忠告した。
その言葉にノノは不服を感じなくもなかったが、それがカジの優しさだとはすぐにわかったから、
「わ、わかりました…」
と仕方なく頷いておいた。
一行はキミの案内でこの艦の唯一の出入口へと向かう。
キミは頭の中でマリアに案内してもらっていたが、それも途中からは必要なくなっていた。なぜなら、ノノとイズミもいたし、それに、だんだんと同じ方向へ走る海兵達の姿が増えてきたからだ。
キミ達はただその集団についていけば良かった。
通常運行の時は微塵も感じなかった艦の揺れも、今ではグラグラと大きくなってきている。そろそろ海面に出るのかもしれない。
と、そんな風に感じいると、廊下の幅が少し広い場所に差し掛かった。
そして、その少し先の天井に艦の出入口が。どうやら間にあったみたいだ。
「よーし、次はそこだ!急げよっ!」
ドックの整備兵らしき男が声を張り上げる。
そこでは海兵達が集まり、まずは出入口が開けられないように、鉄板で溶接を施しているところだった。
果たしてそれがどの程度耐えられるのかはわからないが、無いよりはマシ、時間稼ぎくらいにはなるかもしれない。
その周りの廊下では盾を持った兵士達が前列に、その後ろにライフルを構えた兵士達がと、既に隊列が組まれていた。
なかなか早い対応だ。これがエリサの行った訓練の賜物だったのだが、キミ達はそんなことは知らない。
それよりも、キミ達はそんな兵士の隊列に阻まれて、それ以上前に進めなくなってしまったことに歯痒さを感じていた。
「ああ、もうっ! 邪魔ね! こんなことしたって、あいつが入ってきたらいいカモなんだからっ! 皆、どいてっ!」
キミは叫ぶ。
しかし、当然ながらキミの言うことなどに誰も耳を傾けるものはいない。ここにはマクベスのように便利に操れる上官もいないのだ。
それに、先程からガヤガヤと指示をする怒号が飛び交い、キーキー煩いキミの声をもってしても掻き消されてしまっていた。
「もう……皆、話を聞いてよ……」
キミは呟く。
が、そんなキミの願いも虚しく、艦はまもなく海面に出ようとしていた。
ーーザッバーッン!
と、盛大に水飛沫を上げ、その嘘のようなスケールの潜水艦がついに海面に姿を現した。
それを初めて目撃したアストリアの兵士、将校達は一様に驚きの声を上げる。
けど、ショットだけは冷静に、その水飛沫が収まるのをただじっと待っていた。手を後ろに回し、まるで庭の巣箱に遊びに来た野鳥でも観察するかのように、微笑ましい顔で。
潜水艦はギギ、ギギギと音を立てる。
無理もない。あの巨体で深海から急浮上させられたのだ。真っ二つに折れなかっただけでも凄いことだ。
3分ほどそうしていただろうか。
波も穏やかになり、水飛沫も晴れた頃、ショットのボート部隊は彼の命令通り、一斉に行動を開始した。
潜水艦に近づくと、反撃や奇襲のないことを確認し、素早く取り付く。潜水艦の表面には引っかかりがないため、ボートには吸盤式の固定具を積んであったのだ。それを駆使し兵士達が次々と、そのさながら「人工島」とでも言うべき機体に上陸する。
ショットもその後に続き、艦の出入口前までゆっくりと歩いてきた。
そして、入口の蓋を開けるのに四苦八苦している兵士達に向かい、
「どうしたのですか?」
と声をかける。
「はっ…そ、それが…」
兵士達は恐る恐る現状を報告した。どうやら、中から溶接されてしまっているようですと。
それを聞きショットは
「なんだ。そんなことですか」
と言う。
そして、おもむろに自分の腰から一振りの直剣を引き抜くと、それを彼の傍らにいたモジル・ハノバ少尉という大男に手渡した。
モジル少尉はアストリア海軍の強面で、髭をモサモサとたくわえたゴリラのような男だ。背はそれほど高くないが、ガッシリしている。
その面構えと体格からはあまり創造できないが、モジルはとても温厚で頼り甲斐のある性格なのだ。
まぁ、もっとも今はショットに操らているから、元の性格など少ししか反映されないが……。
ショットはこの男をこの場面での第一の手駒として選んだのだった。そして、彼に渡した直剣にはショットが自ら作らせた「オリハルコン」が塗布されていた。
「さ、モジルさん。その剣で入口をさっさとこじ開けてください?」
ーー下から見ていても、上に兵士が取り付いてる気配など、全くわからなかった。
けど、艦が海面に出たことはその大きな揺れでわかった。ということは、そろそろ敵が取り付いた頃なのは間違いない。
と、そこへ
「貴様達、ここで何をしている」
とキミ達に声をかけながら、背後からエリサが現れた。彼女の後ろには、これまた多くの兵が付き従っている。
「あ、エリサさん」
キミは言った。
隊列を組んでいた兵士達にもその声は届いたようで、彼等の間で一気に緊張の糸が張り詰める。
「あ、エリサさん、ではない。ここは子供の遊び場じゃあもうなくなったんだ。わかったら、これ以上要らぬ嫌疑をかけられる前に、お前もドックへ行け。そこに脱出用のポッドがある」
「ちょっと、子供子供って皆して……」
エリサの指示に、キミはそう反発する。
すると、その後ろにマリアがいるのを見つけた。さっき言っていた通りに、エリサについてこちらに来てくれたのだ。
「マリアさん!」
「マスター。ただいま参りました。ですが、できれば私もランスロット大尉と同意見なのをお忘れなく。やはりやつは危険だと、ノアさんからも警告をもらいましたので」
けど、マリアはそう言った。
どうやら、マリアも完全にはキミの肩を持ってはくれないようだ。
「もう…マリアさんまでぇ!」
キミはギャアギャア言う。
しかし、そんなキミの頭をガシッとエリサは抑え、
「子供なのは誰にも覆せないだろう? それよりも、マリア。お前、敵の検討がつくのか? 敵はアストリアのどの部隊だと」
とマリアに聞く。
その質問の答えにはその場の全員が注目した。
「イエス。大尉。この潜水艦の異常……こんなことが可能なのは、アストリアの守人、ジース・ショット以外にはないでしょう。まず間違いなく、彼が自ら出向いて来たのです。そして、狙いはおそらくこの艦と……」
そこでマリアはキミのことをじっと見つめた。
それに、その場の全員も視線を合わせる。
「……そう。きっと私よね」
その視線にキミはちょっと冷静になり言った。
そう。彼女にも薄々わかっていたのだ。
得意の勘ではないが、なんとなく。
「イエス。マスター。ご自覚があるなら結構です」
マリアは言う。
その言葉にカジやミニスは少し戸惑った。
が、それよりもわかりやすい性格のエリサは
「ほう……この艦はわかるが、キミをね。トカゲの言っていた通り、やはりこの娘には、何かそれほどの価値があると言うことか?」
と遠慮なくマリアに聞き返す。
「価値、ですか。アンノウン。そんなものは私にはわかりかねます。しかし、ショットがマスターを嫌悪する理由はわかります。それは、マスターがショットと同じ「守人」と呼ばれる特別な存在だからです」
「守人……その言葉も聞いた。トカゲからな。そしてそれ故に持っている「目の力」と言うものも……まぁ、それも単なるデタラメ、この艦を降りるために適当に喋った嘘だったわけだが?」
エリサは言う。
けど、それにはキミが意外にも
「嘘なんかじゃないわよ。デタラメでもない! あれは私がちょっと誤魔化しただけよ。現に、私はまだあのマクベス大佐のコントロールを手放していないもの」
と告白してしまった。
それには、その場にいた兵士達も目を丸くした。
というのも、最近マクベスの様子がどうも変だとは、誰しもが噂で聞き及んでいたからだ。
が、そんな奇妙な話を本当に信じていいものか、信じるのも馬鹿らしいと断ずるべきなのかは、各々では決めかねる。そんな感じだった。
キミはその様子を尻目に話を続ける。
「でも、今はそんなことだってどうでもいいのよ! あいつは私と同じ……ううん、私以上に強力な目を持っているの! だから、皆、赤い目の男…ジース・ショットのあの目だけは絶対に見てはダメ! 見たら、体を乗っ取られるわ! そうなったらもう私じゃ助けられない!」
キミは切実にそう訴えた。
もちろん、カジとミニスにはヒゲの時の経験があるから、その言葉は十分に届いたけれど、その他の者は皆、それでも半信半疑だった。
そんな煮え切らない様子にさすがに危機感を感じたキミは
「ねぇ…見ちゃダメよ! エリサさん! ノノさんも、イズミさんも!」
と近くいる三人に言う。それにノノが
「う、うん……でも、敵を見ないで戦うなんて…そんなの……無」
と言いかけた……
その時だった。
ガシュンッ!
と、何やら金属が差し込まれるような音がした。
皆、一斉に上を見上げる。
すると、そこには出入口に施した溶接を切り裂くように差し込まれた、一本の剣の刀身が見えた。
「な、なに!?」
その光景に、作業を終えていた整備兵達が思わず驚きの声を上げる。
まさか、そんな剣などで切れるような補強ではなかったからだ。
「そんな、バカな……」
と後退りする兵士達。
しかし、エリサの判断はまたしても早かった。
「狼狽えるなっ! 整備兵はB路より後退! A班、C班は撃方用意! 侵入者に容赦はするな!」
その声で目を覚ました兵士達は、一斉に準備に入る。
エリサはというと、手にグレネードランチャーを装備した。そんなものをこんな艦の中でぶっ放したら、廊下が吹き飛びそうだが、彼女は蓋が開いたらそこにお見舞いするつもりらしい。
「エリサさん…」
「下がりなさい、キミ。あなたにはまだ聞きたいことが山ほどあるからね。けど……そうね。忠告だけはありがたくいただいておくわ」
そう言うとエリサはキミを後ろへ押しのけ、一気に前に進み出た。兵士達はエリサのためにさっ道を開ける。
「あっ……エリサさん!」
それをキミは引き止めようとしたが、ダメだった。
本当はいっそのこと、エリサのことを目の力で操っておいた方がいいのではないかと迷っていたのだ。
でも、それもできなかった。間に合わなかった。
あとはエリサが、どれだけキミの忠告を言葉通りに守ってくれるかにかかっていた。
激しい金属音と共に切り取られてた蓋が、ゆっくりとこじ開けられる。
そこから太陽光が漏れ、やがてその光が一人の男のシルエットを浮かび上がらせた時、
「…食らいな」
とエリサが、そこへランチャーを叩き込んだ。
辺りに鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの爆音が鳴り響き、真っ黒い煙が立ち込める。
ボートバルの兵士達はその躊躇いのない先制攻撃に、改めて賞賛の眼差しを送る。が、エリサの
「続いて、撃方! 浸入を許すな!」
という掛け声で、すぐに構え直し、頭上に向け一斉射撃を開始した。
蓋は先ほどのランチャーで何処かへと吹き飛んでいた。これでは修理しないと再び潜水することは不可能だが、そんなことは今は構っていられない。どうせいつ戻るかわからないコントロールだ。それに、いざとなればこの区域を隔壁ごと閉じてしまえばいい。
次々と空に吸い込まれていく弾丸。
これでは敵に、入る隙はありそうにない。
このまま死守できるか?
そう兵士は考えた。が、その考えは甘かった。
そこへ、先ほどとは違う男のシルエットが現れたのである。
男は手を前にかざしながら、その弾丸の雨の中に入ってきた。
ちょっと正気の沙汰ではない。
普通の状態ならば、盾兵を先行させるなりすればいいのだろうが、この洋上では装備がない。それはボートバル側もわかっていた。しかし、いくらなんでも丸腰で向かってくるなんて、ただの自殺行為だ。
初め、誰もがそう思った。
しかし、それが恐るべき事態へと変わっていく第一歩なのだと、すぐに気づき始める。
男に弾丸が届いていないのである。
いや、よく見ると中には彼の白衣の裾や、肩の辺りを掠める弾丸もいくつかあった。けれど、彼に着弾するはずだった弾丸のその殆どが、彼に触れる少し手前で、パリンパリンと音を立て、砕け散ってしまったのだ。
「なっ……どうなっているんだ…!」
兵士達の間に静かな動揺が走った。
が、それでも命令を変更する様子もないエリサを信頼し、兵士達は撃方を止めない。
男はゆっくりとハシゴを降りてきている。
そして、その中頃に差し掛かった時、彼は急にバッとそこから一息に飛び降りた。
「うわっ……!」
その奇妙な男の行動に恐怖の声を出す兵士。
しかし、それをも掻き消すようにエリサが着地した男に向け、容赦なくランチャーを叩き込んだ。
「おや?」
男は声を発したが、その次の瞬間には爆発。
またもや煙で前が見えなくなった。
エリサは使い捨てのランチャーを足元に転がすと
「…ふんっ。A、B、C班共に後退! まだ来るかもしれんぞ! 奴がアストリアのジース・ショットならな」
と言った。
すると、まだ立ち込めるその煙の奥から
「ふふふ、僕のことをご存知とは。いやいや、さすがエリサ・ランスロットさん。お目が高いですねぇ」
という声が聞こえてきた。
それに兵士達はまた銃を構える。
エリサは兵士達に「上の警戒も怠るなよ」と、目配せし、
「私のことも知っていたか。まぁ、そんなことはどっちでもいいがな。それよりもジース・ショット。私はお前がここに私がいると承知で踏み込んで来た、そのことの方が気に食わんな」
と言った。
「ふふふふっ、噂通り威勢の良い方だ…」
男がそう言うと、突然辺りに静かな風が流れ始めた。それが男の周りの黒煙を払う。
そこから姿を現したのは、白衣の男だった。
歳は中年で、黒く硬そうな髪をし、メガネをかけている。そのメガネの奥の目は不気味に細められ、エラの張った輪郭と笑みを浮かべた口元とも相まり、なんとも薄ら寒い印象を見る側に与えた。
ジース・ショットだ。
エリサは初めて見るが、そう確信した。
この男には、それを確信させるだけの何かがあり、エリサもそれを感じ取れるだけの嗅覚を持っていた。
「しかし……威勢のだけでは僕は止められませんよ……? 今日の僕はせっかくの狩りを楽しむ余裕がないほど、真剣なのですからねぇ」
ショットはエリサを挑発するように言う。
が、エリサは意外にもそういった挑発の類には容易に乗らない方だった。でも一応、
「ふっ……狩りか…我々もナメられたものだな。では、果たして狩られる側はどちらか……試してみるといい」
とだけ言っておく。
が、ショットはそれにも呆れたように首を横に振った。
「いえいえ、そういうことではないんですよ。あなた方は私にとって、狩りの対象にすらなり得ません」
と。そして、怪訝な顔をするエリサの奥、そこに目を向け、
「私が狩ると言っているのは、そこにいる同胞……キミ・エールグレインという小娘だけです」
と言った。
すると、その次の瞬間、
「……! ダメッ! 目を見ちゃ!」
というキミの声が上がる。
彼女には見えたのである。
ショットの発する力の波動。その虹色に光る、力の動きが。
そして、それを彼女も同種の力を使い、なんとか阻止しようとする。が、それも何人かの支配を邪魔しただけだった。
ある部隊の兵はいきなり、隣の兵に向けて発砲した。
また、ある部隊の者は唐突に手榴弾を投げようとし、周りの兵に抑え込まれた。
また、ある部隊の兵も同様に、いきなり隣の兵を殴りつけ始める。
そして、ある部隊の後方にいた兵士は突然反転し、キミ達に向けライフルを放ったのだ。
それを素早く感じ取ったミニスは
「キミちゃん!」
と、間一髪キミを押し倒し、なんとか難を逃れる。
そんなことが一瞬のうちに巻き起こってしまったのだった。
しかも、ショットは手を緩める気はないらしく、次々と力を行使していく。
「ああ……そ、そんな! …みんな、ここは引いて! ショットから見えないところまで行くの!」
キミは倒れながらもそう叫ぶ。
が、辺りは異様な混乱に包まれてしまっていて、キミの声などまるで届いていないようだった。
「ふふふ……いやいや、お久しぶりですねぇ、キミさん。それに……あの時、ナーウッドくんとのお遊びを邪魔してくださったお二人も。相変わらず、元気そうでなによりです」
「くっ……ショット!」
キミはショットを睨みつけた。
そんなことをできるのはこの場でのキミくらいのものだ。
カジもミニスもそうしてやりたいのを堪えるのが精一杯だった。
「ははは。そんなに睨まないでくださいよ。ちょっとした余興です。しかし…それにしても、この短期間で僕の力をこうも阻止できるようになるとは、少々驚きですよ。やはり、それが若さってやつですかねぇ……いやぁ、羨ましい。ふふふ」
ショットは愉快そうに笑った。
キミはそんな上から目線の言葉に、悔しさを滲ませる。
それもそのはず、キミがこんなふうに力を使えることを知ったのは、ショットと戦った経験があるからなのだ。それがキミには余計に悔しかった。
「さて……ちょっと待っててくださいね? さっさとここを片付けてから参りますので」
そう言うとショットは外に合図を出し、アストリア兵を呼び寄せる。
艦内は味方同士が争い合う、大混乱状態だ。
これでは絶対絶命と思われた。と、
「ちっ……全部隊! わかるか!? 私の言葉がまだ届く者は一旦引けっ! 体制を立て直し、ブリッジを死守! 作戦を3案へと移行する! 繰り返す! 退却だ! 退路は私が作る! 以後はマクベス大佐に指示を仰げ!」
その時、部隊員の鎮圧を行っていたエリサが、また士気を整えるように凛とした声で命令した。
そして、自身は素早く二刀の剣を抜剣し、ショットへと躍りかかる。
その初撃をショットはなんと右腕で受け止めた。
白衣が裂け、そこから肌が露わになり、火花が飛ぶ。なぜそんなことが可能なのかはわからなかったが、とにかく弾丸よりは剣の方が確実にショットの体にまで攻撃が届くようだった。
そんなエリサの勇ましさに、残された兵達は少し戸惑ったが、
「なにをしている! これは命令だ!」
という二声目で、一斉に退却を開始した。
「さぁ、キミちゃん。私達もここは引くわよ!」
ミニスがキミを起こして言う。しかし、キミは
「けど、このままじゃエリサさんが……」
と二の足を踏んでいる。
そこへ、
「ノー。マスター。心配は要りません。ここには私が残ります。ですから……どうかマスター達は一時、退却を。そして、ドックを目指してください。そこにダウェン王子もいます」
とマリアがやって来て言った。
それにカジも
「ほら。彼女もこう言ってくれてるんだ。それだけここは危険ってことだぜ? それによ、お嬢ちゃん。これは俺の持論なんだがよ。逃げても、諦めちまわない限り、またチャンスはやってくるもんなんだぜ?」
と同調し、説得する。
それでキミは渋々頷いた。
「わかったわ……でも、マリアさん。どうか気をつけてね。その…あいつ本当に得体が知れないから…」
「ふふっ、そうですね。マスター」
こんな時なのに、キミはマリアの笑顔を初めて見た気がした。
しかし、その顔にはどこか、自嘲気味な雰囲気がある。
それが気になって、キミはその場を去る寸前に聞いてみた。
「どうしたの? 何かわかったの?」
と。すると、マリアはまた珍しく困った顔を見せた後、キミに向かって、
「マスター……ジース・ショットは確かにあなたと同じの目を持っているかもしれませんが、残念ながら、あなたの同胞ではありません。むしろ私の同胞のようです」
と言った。
それにキミが足を止め、
「えっ……? それって……じゃあ……」
と聞くと、マリアは今度こそはっきりと
「イエス。ジース・ショットは私と同じ存在。アンドロイドです」
と答えたのだった。




