浮上 2
真っ赤なランプの光がクルクルと回る廊下をキミは走る。
途中、同じく慌てた様子で走る海兵、何人かとすれ違ったが、キミのことに気を止める者など一人もいなかった。
皆、何が起こっているのかを把握しようと努めるのに精一杯と見える……。
だからキミは、構わずカジのいる部屋へとひた走る。
というか、この艦内でキミの知っている場所など、そことミニスの部屋くらいしかなかったのだ。
「はぁ、はぁ……ん? あれって……?」
キミは走りながら、その遥か前方、目指す部屋から人が出てきたのを発見し、目を凝らした。
キミはこの艦内ではサングラスを掛けていない。それは最初から掛けていなかったというのもあるが、トカゲに目の力のことをバラされたことが主な要因である。
今更、サングラスを掛け始めたら、逆に怪しまれるからだ。
距離が縮まって来ると向こうも走ってくるキミに気がついた。
それは先ほどカジの部屋に向かったノノと、まだ傷の治りきらないカジだった。
カジは病人服だがキミとは違い、しっかりとご自慢のサングラスを掛けている。
そして、キミを見つけると、
「お。おーい! お嬢ちゃん!」
と手を挙げた。
そんな元気そうなカジの姿を見てホッとしたキミも手を挙げ、
「カジさん! ノノさん!」
と応える。
そうして、まずはキミはカジと合流することができた。
「おお…良かったぜ、お嬢ちゃん。とりあえず無事でな」
「はぁ、はぁ…うん。カジさんもね」
「ところでよ。無事なのはいいとして…こりゃ、いったい何の騒ぎだ? 敵襲か? それとも故障か何かか?」
カジは聞く。
しかし、それはキミにもわからなかった。
だから、代わりにノノが横から
「いえ。これは緊急浮上をする際のランプです。敵襲でも故障でもありません」
と答えた。が、それにもカジが
「んん? だとしてもよ、敵襲でも故障でもないんなら、何のための緊急浮上なんだ?」
と言うから
「そ、それは……」
とノノは言葉を詰まらせてしまった。
キミはそんなノノを見て、
「ま、つまり、誰もどうなってるか知らないってことね」
と身も蓋も無いことを言い、腰に手を当てる。
そして、ほとんど勘に任せて、
「じゃあ、とりあえずブリッジにで行ってみる?」
と提案してみた。
すると、それにはノノが
「こ、こんな時にあなた達をブリッジに近づけるわけにはいきません! キミさん、あなたも自分の立場を考えてみてください!」
と反対する。それでさすがのキミも、
「うーん……ま、よく考えてみれば、それもそうかもね」
と納得した。
仮にもキミ達は一度ブリッジを制圧し、この艦を乗っ取った犯人なのだ。そんな人物達を再び、艦の中枢に近づけさせるわけがない。
しかし、今の艦の状況を正確に知るには、ブリッジに行くのが一番手っ取り早いというのも、また確かなのだが……。
「相変わらず硬いこと言うぜ、ノノさんはよぉ。でも、確かにまた疑われちゃ嫌だしな…そんじゃ、ここはミニスにでも聞いてみるか」
気を取り直して、カジは言った。
その馴れ馴れしい言葉にノノは少々イラッときたようだったが、カジを睨むとその向こうからイズミ達が走ってくるのが見えたから
「そうですね。でも、あっちも同じ考えだったみたいですよ」
と告げた。
その視線の先に気がつき、カジも振り向く。
「イズミー!」
手を振るノノ。それにイズミも長く伸びた黒髪を揺らしながら、
「ノノー!」
と手を振り返す。如何にも友達といった感じだ。
イズミの横にはミニスの姿もあった。
キミはそれに気がつき手を振ったが、カジはチラッと視線を向けただけだった。それはミニスも同じで、キミには手を振ったが、カジには少し目をやっただけだ。
きっと、長年コンビを組んできた二人には、挨拶などこれで十分だったのだろう。
「無事? ノノ?」
「うん。イズミも大丈夫そうね?」
「ミニスさん!」
「キミちゃん、カジ。ねぇ、これ何がどうなってるか知ってる? 海兵達に聞いても、皆知らないみたいなのよ」
ミニスは合流するなり、すぐにキミに聞いた。が、キミが
「そっか…ミニスさん達も知らないのね?」
と言うと、それでお互いにこの状況について、何も知らないことがわかった。
何の事はない、知らない者同士が合流しただけだったわけだ。
それにカジは
「そうか。こりゃ、困ったなぁ。どうするか? 俺達はろくにこの船の中も知らないしよ。ノノさんもイズミさんも緊急配備があるんだろ?」
と腕を組む。すると、イズミが
「はい…ですが…さすがにこの状況でミニスさん達から目を離すわけにはいかないので……」
と、遠慮がちに言う。その理由もよくわかった。先ほどのブリッジに行けない理由と同じだ。
「そうかぁ、また見張りか。悪いな、なんか。仕事の邪魔してるみたいでよ」
「あ、い、いいえ…そんなことは…」
イズミは慌てて首を横に振り否定する。が、一方ノノは
「本当ですよ。この緊急時に」
と、前にキミ達が起こした騒動の時にも、自分だけカジの看病をさせられていたので、余計にそう思って言った。
「だ、だから、悪かったって…」
それをカジもなんとなくわかっていたので、首を竦める。
なんだかんだ言って、ずっと看病をしてくれていたノノに、カジは引け目を感じているのだ。
そんなノノとカジのやり取りを横目に、ミニスは何かを考えて込んでいた。
そして、しばらく考えた後、キミに
「ねぇ、キミちゃん。本当に何もわからないの?」
と聞いた。
「うん。残念だけど、エリサさん達もわからずに飛び出して行ったもの」
「ふーん…そう。ねぇ、マリアさんに聞いても?」
しかし、ミニスのその言葉を聞くと、キミはハッと目を見開いて思い出し、
「そ、そうじゃない! マリアさんに聞いてみればいいのよ! なんで忘れてたのかしら!」
と思わず声を上げた。
その声に他の三人は
「マリアさんに聞いてみる…?」
と、顔を見合わせる。
が、キミは説明する気はないらしく、すぐに目を瞑り、意識を頭の中に集中してマリアに向けテレパシーを送り始めた。
そうなのだ。キミはアンドロイドのマリアとテレパシーが使えることをすっかり失念していたのだった。
効果の範囲はキミにも定かではないが、この艦内の広さなら簡単に届くはずだ。
「マリアさん……聞こえる? マリアさん」
キミは心の中で言い、頭に声を響かせる。
何も無い暗闇に声が吸い込まれるような感覚。
本当に届いているのか? と思う。
しかし、少しすると、ちゃんとマリアから
「イエス。マスター。聞こえています」
という返事があったので、キミは心の中で喜んだ。
「マリアさん! 良かった…久しぶりだからちょっと不安だったの」
「イエス。確かに久しぶりです。すいません、あまりご報告するような内容も最近はありませんでしたので…」
マリアは言う。
それ対しキミは見れるはずもないのに首を大きく振り
「ううん。いいの。私の方もあんな、エリサさんにくっつかれた状況じゃ、作戦も何も浮かばなかったし…」
と応えた。そして早速
「それよりもマリアさん、今のこの艦の状況はどうなってるの? ノノさんからは、緊急浮上してるってだけ聞けたんだけど」
とキミは本題を聞く。すると、マリアが
「イエス。マスター。緊急浮上しているのは確かです。しかし、これはこちら側が何か目的があってした対応ではありません。おそらく何者かが、外部からこの艦のコントロールを奪って勝手に浮上させていると推測されます」
といつも通り、冷静に教えてくれた。
しかし、キミはそれを聞いて冷静というわけにはいかなかった。
「外部から艦を? そんなことが本当にできるの? ノアさんもいるのに…」
「イエス。これはノアさんも賛同の上の推測ですので、間違いないかと。しかし、その方法はとても複雑で私とノアさんの計算処理能力を持ってしても割り出すことができませんでした」
「それって…つまり、どういうこと?」
キミが聞くと、マリアは珍しく言葉を詰まらせる。
そうして、やっと言葉を選んで
「アンノウン。情報不足です。しかし、これだけは言えます。こんなことは凡そ、人間にできることではありません」
とだけ言った。
「人間にできることじゃない……」
キミはその言葉を繰り返す。
が、キミはそれだけでなぜか、この艦を浮上させている者の正体がわかってしまった気がした。
そして、おそらくノアも、本当は気がついているはずだ。
その人間とは思えない者の正体に。
「……ねぇ、マリアさん。これからどうなると思う?」
キミは改めて聞いた。
「このまま浮上ということになれば、アストリアの艦隊と鉢合わせになるのは明白です。だとすれば、この艦内での白兵戦ということになるでしょう」
白兵戦。マリアは言った。そうなったら、今度こそこの艦内に多くの血が流れるであろうことを。
キミはギュッと口をつぐむ。
「そっか。わかったわ、ありがとう。その情報だけで十分よ。そういうことなら私は「あいつ」を入口で迎え撃つ。今度は負けない……必ず決着をつけてやるわ」
「ノー。マスター。いけません。この未知の状態ではあまりに不利です。ここはボートバルの軍に任せて、マスター達は格納庫から緊急用の小型潜水艦で脱出してください。それが、一番生存確率の高い作戦です」
キミの決意を押しのけるように、マリアは言う。
その声はいつもに増してかなり感情的だった。
そんな声も出せるのねとキミは思う。しかし、キミの気持ちは変わることはなかった。
「…心配してくれるのね? ありがとう。でも、ボートバルの人達にばかり任せられない。これは私の問題でもあるから……同じ「運命」を背負って生まれてしまったもの同士のね。大丈夫。私は絶対に負けないわ」
「…マスター。わかりました。では、私も先行部隊に入り、そちらに向かいます。ですので、どうかそれまで無茶をなさいませぬよう…」
「……わかったわ。悪いわね」
「ノー。ところでマスターは今、艦のどちらに?」
話がまとまると、マリアがそう聞いてきた。それにキミがカジの寝ていた部屋の前だけどと答えると、マリアはそこから甲板への入口までの道程と、ついでに格納庫までの道程も口頭で案内してくれると言う。
それは有り難い申し出だったので、キミはお願いすることにした。
「うん。じゃあ、よろしくね」
そうしてキミは、パッと目を開けると、
「大体のところはわかったわ」
と言う。それにカジが驚きつつも真っ先に
「本当か!? で、なんだって?」
と聞くと、キミは真剣な目をして
「詳しくは歩きながら話すわ。だから、カジさんもミニスさんも、それを聞いてからどうしたいか決めて欲しい」
と、珍しく二人に選択肢を与えるようなことを言った。
ーーその頃、ブリッジ内。
そこにはさすがに赤いランプの点灯はなかった。
なかったが、その代わりに各種の計器やモニター、コンピューターの画面がそれぞれ、緊急事態の表示で埋まっている。
皆、パニック状態だった。
軍隊にあるまじき失態だが、全員場馴れしていない潜水艦のことで、どうしたらいいかわからないのだ。
冷静だったのは、この『ノア号』のログであるノアと、現在操縦を担当しているマリア。そして、キミに操られ続けていて、自分の意識も半分くらいしかないマクベス・オッド大佐だけだった。
そんな状況の中、司令官席の前で立ち上がり、しきりにマリアに向かい
「どうなっている、マリア! 状況を正確に報告せよ!」
と言っている、線は細いが如何にも肩幅がガッシリとした、男らしい体型の人物がいた。
男はワイン色の特注の軍服をきちっと身につけ、その綺麗な金色の髪の毛をビシッと頭に撫で付けている。顔も体型同様、幾分か彫りが深くガッシリしているが、なかなかの男前だ。二重瞼のブルーの瞳は、静かに燃えるように輝き、その筋肉質だが細い体によく似合っている。
この男が、ボートバル帝国次期国王候補の筆頭…ダウェン・ボートバル第一王子だ。
リッツの実兄だが、リッツとはあまり顔は似ていない。
ダウェンは典型的な父似だった。それに、リッツとは母親が違う。
兄弟の内、上二人は同じ母親で、リッツだけが後妻の子だったのである。
が、それでもこの三人はわりとずっと仲良く育ってきた。
性格が互いに全然違うお陰もあったが、このダウェンのお陰も大きかった。彼はとても弟達に対する面倒見が良かったのだ。
でもそれも、ダウェンが18歳になり、軍隊に入った頃から変わり始めた。
理由には様々なことが挙げられる。もちろん、周りからのつまらぬ入れ知恵も沢山あった。
だが、彼はなるべく自分から情報を取りに行き、帝国の歴史と役割を学び、軍隊の実力も知った。それが父親である現国王の教育方針だったからである。
そこで彼は国が裏でやっている汚いことも、正しい行いも見た。
また、その上で成り立っている人々の清い生活も…彼はじっくりと見てきた。
そうしているうちに彼は自分の生まれついた地位について、本当の意味で自覚するようになっていった。
そして、彼はやがてこう思うようになった。
「私は、この国が好きだ。だから、やっぱり自分はこの国の王になりたい」
と。
それは初めは純粋な思いだった。
そう願った時、彼はふと「自分の父が何を成し、今の地位に座しているのか?」がとても気になった。
だから、それについても参考までにと、自らの手で詳しく調べてみた。
が、それはすべきではなかったのだ。
そして、彼はそこで初めて気がついてしまったのである。
近い将来、自分の一番の脅威に成り得る存在こそ、自らの弟達であると……。
ダウェンはその考えを何回も振り払おうとした。
自分は父とは違うのだと。
しかし、一度彼を捉えた不安はなかなか拭い去れるものではなかった。
そうこうしているうちに、ダウェンは弟達を遠ざけるようになり、兄弟の仲も次第に冷めていった。
弟達がこの国で一人前とされる18歳になっても、その状況は益々悪くなる一方だった。
第二王子のグリフィスは元々体が弱く、車椅子の生活だったせいもあり城に籠もりきり、末っ子のリッツはやがて城を出て行った。
しかし、まぁ、それはそれでよかったのだ。
二人が活動的に生活しなくなったのならば、その分自分が有利になる。
国王になるための地盤固めもし易くなるというものだ。
あまつさえ、自分が手にかけずにも済む……。
そう思ったダウェンは痛む良心を誤魔化すように、より軍に入り浸るようになっていった……のだが。
その数年後、事態は思わぬ方へ向かい始める。
それは今まで、国のことになど何も関心を寄せてこなかったリッツが急に城に戻り、王家の秘蔵書である古文書を読み漁り始めたのである。
聞けば、大学で考古学のサークルに入り、そこの仲間達と本格的に古代文字について勉強を始めたというのである。しかも、リッツはもう既に、たどたどしくではあるが城にある古文書を読み進められていた。
これには、ダウェンは戦慄した。
なぜならば、これらの古文書を読める者など、久しく王家に現れていなかったからである。
そして、これらの古文書を読み熟せることは、国王になるべくして生まれた者の資質として、十分に考慮されるものだった。
危機感を感じたダウェンはリッツが図書室にいない時間帯に、しばしば内密で古文書を読みに行ってみた。
しかし、全く歯がたたない。
もちろん、彼も昔から古代文字の勉強はしている。頭だって悪い方ではない。だが、これはそれ以前の問題……才能の問題だった。
そう苦渋の判断をしたダウェンは、代わりにリッツの行動や言動を監視することにした。そのためにスパイの女もリッツの元に送り込んだ。
するとやはりダウェンの読み通り、リッツはこの国の国王の座を狙っているのだと知れた。
それでいよいよダウェンは焦った。
しかも、そんな時、なんとリッツの方からダウェンにある古文書由来の「情報」がもたらされたのである。
それは、この国とこの世界の本当の成り立ち。そして、自分たちの血筋にまつわることだった。
そんな貴重な情報をなぜリッツがわざわざ自分に教えたのかはわからない。
が、それを知ってダウェンが勇み、行動を起こさない訳にはいかなった。
「やはり…私の信念は間違っていなかったのだ。このボートバルこそ、この世界に新しい秩序と繁栄をもたらすのに相応しい国なのだ」
と。そして……
「だとすれば…その国を統べるのは、やはりこの私でなければならない! この国を愛し、この国の良心と秩序を知り尽くした、この私でなければ!」
とも。
それは最初にダウェンが抱いた純粋な気持ちからはかなり歪んでしまっていたけれども、彼にとってはちっとも変わらないものだった。
いや、むしろ彼はそう信じ込みたいのかもしれない。
ボートバルのもたらす秩序こそ、この世界に平和を約束するものなのだと。
そして、隠したいのかもしない。
その背後にぴったりと張り付いている弟への恐怖を、あの「灰色の瞳」への畏敬の念を……。
彼はその一件以来、目にちらつくのだ。
ボートバル城の大階段に飾られたとある肖像画。
その遥か遠い遠い代の国王の持つ「灰色の瞳」のことが……。
リッツの持つ瞳はあの血筋のものではないか?
そして、その方も確か、あの古文書を読み熟した稀代の王ではなかったか……?
ーー「どうなっていると聞いている! 状況報告!」
「ノー。それはできません、王子。状況は未だに不明のままです。ですが、このままでは約1分後に、海上に艦が露呈してしまいます」
声を張り上げるダウェンに対し、マリアは冷静に言う。
が、そんな冷静な判断を聞いても、納得しないダウェンは
「そんなことでは本艦に乗り込まれる! なんとかならないのか!」
と、なおも言った。
「ノー。なんともなりません。操縦が戻る気配がないのでは手の施しようが…」
マリアがそう言いかけると、ブリッジの扉がプシューッと開き、エリサとケニーが駆け込んできた。
そして、着くなり王子とマクベスにも構うことなく、
「状況は?」
とエリサが聞く。それにマリアがダウェンの時と同様の返答をすると…
「そうか。では、全迎撃用ミサイルを海上に照準! 敵の出先を叩く!」
とエリサはすぐに凛とした声で命令を発した。
一瞬、辺りがシーンと静まり返る。
「りょ…了解!」
が、それもすぐに終わった。
エリサの喝で正気に戻った乗組員達は、それぞれ作業に入る。
マリアも、思わず目を見開いたが、その指示に従った。
準備はマリアの協力もあって、数秒で終わった。
そして、エリサの
「撃て!」
という掛け声で、一気に全弾が真上に向け、発射される。
もし、これで待ち伏せ部隊がいたら、全滅だろう。そうでなくとも、浮上時の安全は確保される。エリサの迷いのない攻撃的な判断にマリアも感心した。
しかし、エリサの方はというと、全く気を緩める様子はなく、その発射の次の瞬間には
「よし…では、次に全艦内に第一種戦闘配備だ! 白兵戦に備え、編隊する! 各自、先日の打ち合わせに応じて廊下に集合せよと伝えろ!」
とオペレーターに命じていた。
そんな矢継ぎ早の命令をダウェンはただ呆然と聞く。いくらタカ派の王子とはいっても、エリサの前では形無しである。
「ラ、ランスロット大尉…」
「王子。王子はケニーを護衛として、今すぐに格納庫へとお向かいください。いざという時の備えです。万が一、私どもがしくじった際にはそこから脱出を」
エリサは銃のロックを外しながら、ダウェンとケニーに言った。
それに、ダウェンは
「し、しかし……」
と戸惑い、ケニーは
「了解しました!」
と敬礼する。
そのケニーの返答を聞き、ダウェンは渋々頷くしかなかった。
「わかった。君の方針に従おう」
「ふふっ、ありがとうございます。……では、ブリッジは任せたぞ!」
そう言ってエリサはケニーとダウェンを伴い、出て行こうとする。
その後ろからマリアが
「私もお連れください。役に立つと思います」
と声を掛ける。
エリサはマリアをじっと見つめた。
「…お前にはここにいてもらいたいのだがな?」
「この状態では、ここに私の役目はもうありません。どうぞ、お連れください」
「必ず、役に立つと?」
「イエス。必ず」
「……わかった。なら、ついて来い」
意外にも、それだけで話がついた。
4人はブリッジを後にする。
廊下を歩き出したところでエリサは改めてケニーに話し掛けた。
「わかっているとは思うが、くれぐれも頼んだぞ」
と。それにケニーは頷いた。
「はい。大尉も、どうかお気をつけて」
そう少し心配そうな様子のケニーに、エリサは微笑む。
「心配するな。キミ達に占拠された時に、一度訓練しているからな」
そして、さらにそこで言葉を切ったエリサは、なんだか血が騒ぐといった感じで
「でも、キミの時とは違う。今度こそ本当に白兵戦だ。ちょうどいい……ここでアストリアを返り討ちにしてくれる……!」
と力強く言ったのだった。
ーーその頃、海上。
海面で潜水艦を待ち受けていた艦隊は、突如として現れた大量のミサイルの反応に、動く暇さえ与えてもらえなかった。
そして、炎上、爆発。
そうなって初めて辺りは阿鼻叫喚に包まれた。パッと見でも、かなりの被害が出ただろう。
今度こそ、確実に両国間の戦端が開かれたとわかった。
そして、それを少し離れた海上のボートから満足気にショットは眺めている。
「おやおや、また随分と大胆なことを……だからあれほど近づくなと言ったのに……しかし、これでは益々こちらに大義が転がり込んで来てしまいますよ?」
ショットは言った。
が、あれだけ関心のあった戦争にも、そして、そこで生まれる大きなエネルギーにも、今となってはもう殆ど心動かされない。
もう、そんなものはどうでもいい。
それよりもショットには、もっと切実に手に入れたいものができたのだ。
「ふふふ。さて、せっかくだから楽しみたいですがねぇ……狩りを…。でも、今回ばかりは失敗の代償が大き過ぎます。さっさと片付けてしまいましょうか」
ショットは独り言を言った。
そして、また大袈裟に両手を広げ、自分の艦隊のボート部隊に向け、突撃命令を出す。
「さぁ、突入です。速やかに敵兵を排除し、艦を占拠してください!」




