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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第4章 動く世界・三人の友情編
114/136

価値

キミを殺す……だと?


不吉な言葉が僕の頭に反芻する。

そんな、僕の知る現実とはかけ離れているような、突拍子もない言葉が……。


手にはいつの間にかギュッと力が入っていた。危うく通信機を握りつぶしそうになる。

それでも僕は気をしっかりと持ち、


「面白くない冗談だな」


と自制気味に言った。

が、その次には


「どうやら、お前は僕を本気で怒らせたいらしい」


と言っていたから、さすがの僕も知らず知らずのうちに、我慢の限界に達していたみたいだった。

ショットは如何にも楽しそうに話をしているけれど、僕は今度こそ、こいつとのお喋りはこれで終わりにしようと、そう思う。


「ははは。別に怒らせたいわけではないんですよ? というより、どうでもいいんですよ。ラシェットさん、あなたが僕のことを憎もうが、恨もうがどうでも。なぜならば、いずれあなたは僕の元にやって来て、うやうやしく跪くようになるのですからねぇ…ふふふ」


「言ってろ。僕がお前の元に行く時……それはお前のそのふざけた企みが潰える時だ」


僕は力強くそう宣言する。


それにショットはなおも大声で笑った。


「いやいや、本当に勇ましいことですねぇ。しかし、そんな言葉だけでは僕は止められませんよ? 僕は殺すと決めたら、絶対に殺します。それは誰にも邪魔できません」


「ほんと、言うのは勝手だよな。そう思い込むのも……僕の宣言だって絶対だ! 精々、首を洗って待っているといい」


「ふふふ。はい、首を長ーくしてお待ちしておりますよ。それまでに、ちゃんと用事も済ませてね。ところで……ラシェットさん。あなたはそう仰いますが、そもそも僕の居場所をご存知なのですか? もしよろしければ、今お教えいたしましょうか?」


ショットはまた僕を挑発するように言う。

確かに僕は、ショットの所へ行こうにも、その居場所を知らないのだ。が、僕はもう意地になっていたので


「せっかくだが、お前の親切は受けないよ。お前の居場所はここにいるベットーレにでも口を割らせるさ」


と返す。


「そうですか。なら結構。しかし、僕の邪魔をしたいと仰るならば、ラシェットさんも精々お急ぎください? 僕は決めたら早いんです。そろそろ狩りを開始しようと思いますのでね」


売り言葉に買い言葉だった。

そして、やはりショットはそんなやり取りを楽しんでいる節がある。いつものことだが、僕はもうこれ以上奴を喜ばせたくなどなかった。なかったのだが、僕は最後の部分だけ、どうしても気になったので、そのお喋り心を刺激せざるを得なかった。


「ああ、急いで行ってやる。だが、お前こそどうやってキミのいる場所へ行くつもりだ? お前のことだ、彼女が今、どんな特殊な場所にいるかくらい、見当がついているんだろう?」


と。僕は直接、居場所のヒントとなる言葉をなるべく避けて聞いたのだが、ショットはそんなことは百も承知だったようで


「ええ。もちろん、存じておりますよ? あの小娘が今何処にいて、どんな状態でいるかくらい。そんなことは初歩的な情報網で十分に把握できます」


と言う。さらにショットは続けて


「しかし……それが「特殊な場所」だと言う、あなたの意見には僕はちょっと共感はできませんねぇ。確かにあなたにとってはあれは特殊で、手に負えない代物のように思えるかもしれませんが…僕にとっては、あんなものはただの「大きなおもちゃ」のようなものです」


と得意げに言い始めた。


「へぇ。伝説の艦もおもちゃかい」


「ええ。僕にとっては。「機械」というものは等しくそうです。ふふっ、あなたにも僕の妙技を見ていただきたかったのですが……そこからでは、それは叶いそうになくて残念ですねぇ」


僕は奴の言う「妙技」とやらのことはわからなかったが、その言葉通り、今すぐにでも「何かしらの行動」を起こそうとしていることは、十分に理解した。


本当に時間がないと言うことだ。


僕は奴の何もかもを信用していないけれど、その残酷なまでの「悪意」と、それを具体的な行動に結びつける「実行力」に対しては信用するようになっていた。

だからこそ、急がねば……。


「わかった。じゃあ、その願いも叶えてやる。もう切るぞ」


「ふふふ、はい。名残惜しいですがね。では、是非狩りのご見物に間に合うよう、お急ぎください…」


そう言うショットの言葉が終わるか終わらないかの内に、僕は通信機の電源を消した。


そして、それを無造作に地面に落とすと、上から思い切り踏みつけ、破壊する。


ブリッジに小気味のいい、バキバキッという音が響いた。その音に、今までの会話をずっと聞いていた皆は揃って溜飲を下げたようだが、約1名


「あーあー、ラシェット。相変わらず、お前はそうやってすぐに感情的になるなぁ。お陰でもう連絡しようにも、手段がなくなっちまったじゃねぇか」


と全然別のことを言った人物がいた。

ドレッド団長だ。

僕はそんな元上司の言葉に


「あれで感情的になるな、なんてとても無理な相談ですよ。それに、またあいつと連絡を取ってどうしようっていうんです?」


と反論する。

これも感情に任せてのことだとはわかっていたが、そう言う他なかった。そして、ドレッドの方もそんな僕の気持ちをわかってはいるのだろうが、なお


「連絡したくなくったって、ただ無駄話をするだけで随分と時間稼ぎができただろう? 交渉はできないとしてもな」


と言う。

それは全く持って正しかった。いくら僕だって、これが全然関係ない軍の任務だとしたら、間違いなくそうしただろう。


でも、今回はその場合とは違うのだ。

個人的な感情抜きにしてなんか、考えられない。


「そうかもしれません……ですが、僕は……」


僕はそう言った後の言葉を詰まらせた。

すると、そんな僕の様子を見て、ドレッドは


「ふっ、本当に……やれやれだな」


と、それ以上は言わないでいてくれた。


僕はドレッドとそんなふうにしていると、不思議と昔の軍人時代に戻ったような錯覚に見舞われた。


けど、あの辞める直前のような苦痛はない。

むしろ、すごく居心地のいい場所にいる気さえした。昔も一時期はずっと、こんな居心地のよさを軍と第1空団に感じていたものだ。

なのに……どうしてだろう?

そんな疑問が今更ながら、ドレッドの顔を見ると浮かんできた。


「さて。済んでしまったことについてはこの辺にして。とりあえず今のこの状況についての対策に戻るとしますか。おい、そこ兄ちゃん」


ドレッドは僕との話を無理矢理にそうやって切り上げると、次にナーウッドに向かって言った。

それで、俯き、恐い顔をしていたナーウッドが、考え事を止め


「あっ、ああ…」


と顔を上げる。


「な、なんだ?」


「なんだじゃねぇだろよ、兄ちゃん。さっき囮で出てくれるって言っただろう? それでその隙に、こっちはこの空域を抜け出すって。そういう段取りだったはずだ」


ドレッドは言う。

しかし、一方のナーウッドは、先ほどまでの歯切れの良さとは打って変わり


「ああ。そ…そうだったな…」


と口が重い。

それを見ても、僕はその理由についてすぐにはわからなかったが、僕よりも事情に疎いはずのドレッドが


「なんだなんだ? もしかして、兄ちゃんもその小娘…キミって言ってたな、の所に行くって言うんじゃないだろうな?」


と正確に、その心中を当ててきたから驚いた。


そうだった。

詳しく知らないからつい忘れてしまうが、ナーウッドもキミのことを直接知っているのだ。


そんなドレッドの指摘に、ナーウッドは気まずそうにしつつも、やがてはっきりと


「ああ…悪いが、俺もキミさんのところに行ってやりたいと思ってる…」


と言った。

それにやはり事情を知らなかったらしいドレッドは首を傾げる。


「うーん…そうか…それは困ったな。なぁ、どうしてもか?」


「ああ」


「理由は?」


そう問われると、ナーウッドは僕の方をちらっと見た。が、すぐに目を逸し、


「キミさんは絶対に必要な人だから……というのはある。だが、それ以上にキミさんは俺にとって恩人みたいなもんなんだ。とんでもない過ちを犯した俺の気持ちを……何と言うかな…楽にしてくれた。上手く言えないが、俺はキミさんの言葉と態度で、すごく救われたんだ。だから、今、ここにいることができていると思うし……ヤンとケーンとイリエッタ……それとそこにいるリッツにも、顔を見せる事ができたんだと思う。理由は、まぁ、そんなところだ」


とその心中を語ってくれた。


僕はその言葉を聞いて、その感じがなんとなく理解できるような気がした。


僕も似たようなものだったからだ。


僕もキミに命さえ救ってもらった。

しかもそのことによって、僕の存在がキミに苦しい「運命」のようなものを背負わせることになってしまったのかもしれないと、そんなこともだんだんと分かり始めてきていた。


そして、僕にもそれ以上にもっと単純な理由がある。


それは「僕はキミとの約束を守りたい」ということである。

そのことを僕はナーウッドの言葉を聞き、改めて認識した。


「そうか……恩人か」


ドレッドは舵を握ったまま呟く。

そして、僕の方を見て


「お前もそうなのか? ラシェット」


とふいに聞いてきた。


でも、僕はそれにすぐに


「はい」


ときっぱりと頷く。

それでドレッドはため息をついた。


「ふーっ、大の大人が二人。揃いも揃って……まぁ、いいか」


と言って。

結局、ドレッドは僕達の思いを聞き届けてくれたのだ。


「じゃあ、お前達は好きにすればいいさ」


「……団長。ありがとうございます」


僕はお礼を言う。

が、その言葉をドレッドは途中で制し


「いや、まだ話は終わってないぞ」


と言い、そして今度はベットーレの方に目を向けた。


それで僕達もベットーレの顔を見つめる。

そう。この騒動の、そもそもの仕掛け人たるこの男の顔を。

でも、やはりこの場の主導権はドレッドが握っていたから、彼が一番に口を開いた。


「で、次はあんただ。あんたはどうするんだい? ま、と言ってもこの状態じゃ、さすがにあのショットとかいう男への義理を通すわけにもいくまいが?」


「ふっ、まぁ、そうだなぁ」


そう言われてもベットーレは顔色ひとつ変えずに、腕を組んで椅子にもたれかかっていた。

ドレッドの方も別段、厳しい目つきなどしていなく、ごく普通に話している。


それを見て僕は

「団長は駆け引きをするつもりらしいな……」

と勘付いた。こういった駆け引きはベットーレも得意そうだが、団長も相当なものなのだ。


「確かにあなたの言う通り、ここでバレてしまったらもうお終いだ。さっきラシェットさんが知りたいと言っていたショットの居場所も素直にお教えしましょう」


ベットーレはそう言うと懐からメモとペンを取り出し、さらさらっと座標を書いて、隣にいるリッツに渡した。その変わり身は、非常にあっさりしたものだった。僕なんかは見ていて拍子抜けしてしまった。

でも、それを見てドレッドは


「うむ。利口な男で助かるよ。しかし…その座標は本当に信じていいのか?」


と重ねて疑問を投げかける。それに対しては、ベットーレも


「ははは。こればっかりは信じていただけないと困ります。それに、もしこれが嘘だったなら、今度こそ僕はここでナーウッドくんに殺されるでしょうね」


と強く否定した。すると、今度はその横からリンダが、


「どうかな。罠という可能性もある。行ったら、お前の別の仲間が待っていたりしてな」


と疑いの目を向ける。

そんな次々に疑いを向けられるのも自業自得なのだが、その意見もベットーレはなんでもないもののように笑い飛ばした。


「はははは。僕はそんなに友達は多くない方ですから、それは安心してください。それよりも、あなた達こそいいんですか? ショットの所にわざわざ出向くなんて、それこそ単なる罠ですよ?」


さらにそんなアドバイスまで付け加えて。誠に図々しい限りだ。


「そんなことはわかりきってるんだよ。でもな、男には行かなきゃいけない時ってもんがあるんだ。たとえ、罠とわかっていてもな」


そうベットーレに応えたのはナーウッドだった。

なかなか青臭い答えだが、僕も同感だった。

たぶん、ここにいる全員が僕達と同じ思いであろうことも、漂う雰囲気でわかる。

そんな空気に辟易しているのは、ベットーレただ一人だと思われた。


「…僕には一生わからない気持ちだね。それは」


「いいんじゃないか? 無理にわからなくても。だから、ロサーリオ・ベットーレ。お前はまた同じように利口に振る舞えばいいんだ。この状況でどうするべきか……お前ならわかるだろう?」


ドレッドが先を促すと、ベットーレは久しぶりに嫌気のさした顔をした。が、すぐに持ち前の皮肉な笑顔を浮かべ、


「もちろんわかってますよ? で? 僕に割り振られる仕事は何かな?」


と聞いた。

それでドレッドはニヤッと笑う。


「さっきも言ったじゃないか? 砲座手が足りないんで、せっかくの大砲も宝の持ち腐れなんだ」


「了解。じゃあ、僕はその大砲で、わざわざ自分が呼んだ飛行機を、もう一度自分で撃退するってことだ」


ベットーレはそう言って肩を落とした。

が、そんななんともわざとらしいベットーレの態度に、ナーウッドとリンダはそれぞれ


「いいのかい? 操縦士さん? こんなバカを野放しにして。また何をしでかすか、わかったもんじゃないぞ?」

「私もそう思います。こういう輩は然るべき場所に放り込んでおくべきかと」


とドレッドに意見する。でも、ドレッドはそれを全然受け入れようとしなかった。


「気持ちはわかるがな。でも、周りを見ろよ。人手不足は否めないだろう? だったら、こちらも利用できるものはしないと。遊ばせておく人材なんて、この艦には乗ってないんだからな。大丈夫。もし、何かあったら全て責任は俺が持つ」


「は、はぁ…」


そこまで言われると二人には返す言葉がないようだった。

僕もその方針に異論はない。それでこの話についてはひとまずまとまったみたいだ。


「よし。決まりだな。じゃあ、よろしく頼むぞ、ベットーレ。精々、たくさん撃ち落として、ちょっとでも信頼を回復するんだな? お前の目的のためにも…」


「ふっ、なんのことだか?…ま、わかりました」


「うむ。それじゃあ次だな。坊っちゃん」


ドレッドはベットーレに関して、早くも何かを嗅ぎつけているみたいだったが、今度はリッツのようだった。

リッツはそんなブリッジ内の様子を司令席から、ぶすっとして見ていた。これではどちらが艦長なのかわからない。


「なんだい? ドレッド」


「坊っちゃん。その例の艦隊がいるっていう座標、それはどの辺りです?」


ドレッドの質問にリッツは


「ポイントx1606、y645だそうだよ」


と、ベットーレからもらったメモを読み上げる。

それを聞いたドレッドは、

「なんだ。思ったより近いな」

と言う。


でも、それを聞いた僕とナーウッドの感想は違っていた。


確かに、大陸間を移動するのに比べたら近いかもしれないが、それは飛行機でも18時間くらいはかかってしまう距離だった。

それもずっと飛びっぱなしでの単純計算でだ。途中で補給を挟むことと、遠回りをしなければならなくなった場合の時間も加味すると、丸一日は見た方がいい。

「まずい…」

もちろん、僕達にはそんな時間はなかった。そうとわかれば今すぐにでも出発しなければ。


僕とナーウッドは目を合わせると、ブリッジの皆に挨拶もせずに、走りだろうとする。

が、そんな僕達の行動もお見通しだったドレッドは


「ちょっと待て。おいおいおい、お前ら…いったいどこに行くつもりなんだよ?」


と言う。それにナーウッドは


「そんなの、格納庫に決まってるだろう。さっきのあのショットの様子だと、もうあまり時間は残っちゃいねぇ!」


と応え、僕は


「すいませんが、ここで降ろしてください」


と言う。

が、僕達のそんな様子を見、ドレッドは益々呆れ顔になり、首を横に振った。


「あのなぁ……時間がないからこそ、俺はちょっと待てって言ってんだ。あのお前らの二人乗りの飛行機とか、俺のゼウストとか、そんなんじゃとてもじゃないが間に合わないぞ」


と。でも、そう言うドレッドの真意は僕達にはまだわからなかった。

だが、続けてドレッドが言った


「俺がこいつで送ってってやる。だからお前らも砲座に着きな」


という言葉で、僕達はやっと理解し、そして


「えっ!?」

「こ、この艦で!?」


と驚いてしまった。


そうなのだ。確かにこの艦を全力で飛ばせば、そのくらいの距離なら5時間もあれば走破できる。なんで、そんなことに気が付かなかったのか。


「い、いいんですか!?」


「ああ。任せな。だからお前はさっさと、あのクラフトを牽制するんだ。うかうかしてるとそこに辿り着く前に、こいつが沈んじまうぞ」


それ聞き、僕とナーウッドはまた目を合わせた。一応、意思確認のためだ。でも、僕達の腹は決まっていた。どうせ賭けるなら、より間に合いそうな方に賭けると。


「わかったぜ、操縦士さんよ。俺の射撃の腕前を見せてやる」


ナーウッドは威勢よくそう言った。

だが、それに水を指すように


「そんなものは見せなくていい」


と言う奴がいた。それはリッツだった。リッツはさっきまで不機嫌そうだったのを、さらに不機嫌そうにして


「アルジュナはこのまま予定通り、アップを目指す。余計な寄り道などしない。ドレッド、このまま直進だ」


と言った。

そんな心ない言葉にナーウッドは


「はぁ!?」


と、青筋を立ててリッツに詰め寄る。


「おい、そりゃねぇんじゃねぇのか? こっちは急ぎなんだ」


「……だからどうしたっていうんだ? ここにはまだイリエッタ達が乗ってる。そんな状態で、そんな戦場に飛び込むわけにはいかない。まずは、皆を安全な場所まで移送する事の方が先だ」


「この野郎…話を聞いてなかったのか! 時間がねぇって言ってんだ! そんな所まで行ってたんじゃ、間に合わなくなる! 」


「ふんっ。そんなことは知らないね。急ぎたいなら、君達だけで勝手に行くがいい。僕は別に止めはしないよ?」


リッツは冷たくそう言った。

その言葉に真っ赤になっていたナーウッドも、次第に表情が冷めてきた。そして、最後には諦めたように


「けっ…」


と吐き捨てると、僕の方にやって来て肩をポンと叩き、


「だとさ。行こうぜ」


と呟いた。


「あ、ちょ、ちょっと……?」


僕はそんなナーウッドとリッツを見比べ、キョロキョロする。

がこの場合、悪いのは完全にリッツだから、僕もナーウッドについて行くことにした。


ブリッジの中にも重苦しい空気が流れる。

せっかく、皆がドレッドの言葉でまとまりかけていたのに……。


「リッツは……皆のこととなると、途端にこれだ」


僕は決裂した相手ではあるが、同じサマルの友人としてリッツの態度を残念に思った。そして、ナーウッドに続き、ブリッジの扉を潜ろうとする……が、その瞬間。


突然、グワンッと飛空艇が急旋回をし、機体が大きく揺れた。


「なっ!?」


それで危うくバランスを崩し、転倒しそうになる。


「おっ、悪い悪い。ちょっと急に舵を切り過ぎたな。ははは」


「だ、団長?」


僕とナーウッドが振り返って見ると、なんとドレッドがぐるぐると舵を回し、機体を大きく反転させていた。

その意図は明確だ。

団長はリッツの指示を無視して、ショットとキミの待つ座標に向けて、艦を進ませようとしているのである。


「ド、ドレッド! お前…っ!」


リッツは司令席からずり落ちた状態で言う。

が、そんなことは全く意に介さず、ドレッドはニヤッとした。


「あれ? どうしたんです、坊っちゃん? ちゃんと座っててください?」


「お前……僕の指示を聞かないつもりか?」


「さぁ…本当は聞きたいんですがねぇ。体と心がどうもバラバラで……遅れてきた反抗期ってやつですかな?」


ドレッドは悪びれずにそう言った。

そして、僕達の方を見て、


「というわけだから。若い衆はさっさと砲座に行ってくれや」


とも言う。それに僕とナーウッド、それにベットーレは呆気に取られながらも


「了解!」


と敬礼する。

そうだ。昔からドレッドさんはこういう人だった。いつでも、ちゃんと自分のしたいことをする。そして、したくないことは、体よくあしらう。


「ま、待てっ! 何を勝手に言っている! そんなことは僕が許さない。早く元の空路に戻すんだ! 早く…」


「坊っちゃん」


そう喚くリッツに、ドレッドはいつもよりしっかりとした口調で話しかけた。


それでリッツも喚くのを止める。

それを確認すると、ドレッドは改めて優しくリッツに語りかけ始めた。


「坊っちゃん。いい加減に気づいてください。人っていうのは必ずしも命令だけで動くものじゃない。むしろ、最終的に人を突き動かすのは、その人の心なんです。だから、本当にして欲しい事があるなら、ちゃんと頭を下げないとダメです。そして、してもらえたらきちんと感謝をしなければ…。ま、坊っちゃんは、昔からそういうのが苦手だったですからね。いつの間にか命令ばかりするようになってしまったのでしょうが……でも、私が思うに、そこが坊っちゃんと、そこにいるラシェットとの大きな違いなんです。ラシェットは頼まれたら断れない男だし、逆に自分からお願いしたいことがある時は、いくらでも頭を下げるようなやつです。でも、そんな男だからこそ、自然と周りに助けてくれる「仲間」が集まってくる。つい、助けてやりたくなるんですよ。私もそうでした。あの真っ直ぐな目をした……それでいて、とても傷つき易そうな少年を私は自分の隊に入れたんです。結果、まぁ、相性が悪かったのか、それとも良すぎたのか。あんなことになりましたけどね……」


そう言ってドレッドはちょっと笑い、また話を続ける。


「それとは正反対なのが、坊っちゃん、あなたですよ。あなたの周りには誰もいない。いつも一人だ。それは頼みごとをしないからです。して欲しいことがあったら命令すればいいという環境も悪かったですが、その環境にあぐらを掻いているのも同じくらい悪い。今回の件でもそうでした。坊っちゃんは私に頭を下げるどころか、私が言うことを聞かぜるを得ない「状況」を作り上げることに必死だった。そして、外堀から埋めていって、身動きを取れなくしたあとに選択肢を投げかけるんです。それも、選択肢がひとつしかないようなものを……それが坊っちゃん、あなたを一人にしている原因です。私は悲しかった…いや、寂しかったですよ。ずっと幼いことから見ているあなたが、もし私に頭を下げて頼み事をしてきたら、それがたとえどんな無茶なものだったとしても、私は簡単には断らないつもりですよ?」


「……ドレッド」


「断られると思いましたか?」


「……いや」


リッツはそう一言だけ、絞り出すように言った。必死に何かを考えているように見える。


僕達はそんな二人の様子をただじっと見守った。

ナーウッドの方を見ると、何か言いたそうにしている。けど、どうにも言い難そうだ。

そんな時は他人は口を挟まない方がいいと僕は判断した。あとは友人同士のことだ。タイミングってものがある。


と、その時。久しぶりにズドォォォンと、大きな着弾音がした。


それでぼーっとしていた僕も目がぱっちりとする。そうだ、こんな話をゆっくりできる状況でもなかった。


「…ちっ、やっぱり増員は必須だな……三人とも、ここは任せて砲撃してくれ! 例の座標に近づいたら、放送をかける!」


そう言われると、ナーウッドは思考を切り替えるように


「わかった。じゃあ、頼んだぜ」


と言って、ブリッジを飛び出した。きっと、ここにいるともやもやしてしまうからだろう。

だから僕もベットーレと共に、その後に続く。


「では、行ってきます」


「ま、僕の手並みを見といてよ」


僕達が廊下に出ると、自動ドアが背後でプシューと音を立てて閉まった。


その閉まる直前の隙間からは、リッツの沈んだ顔と、それを無視するかのようなブリッジ内の空気が、部屋の中にいた時よりも、ありありと感じられたような気がした。



「で? その砲座手ってどこ?」

「各所に点在してますよ。この先にも、そのまた先にもって具合にね。行けばわかります」


僕とベットーレは廊下を走る。

すると、前方の扉からタミラが出てくるのが見えた。


「お、あれはタミラ女史」


それにベットーレは反応する。

タミラの方は走ってくるベットーレに気がつくと、これ以上ないくらい嫌そうな顔をした。

僕がもし女性にあんな顔を向けられたら、とても傷つくだろうなという顔だ。


「やぁ、久しいね。タミラ女史。また会えて嬉しいよ」


「な、なんであんたがここにいるのよ!?」


「あ、そうか。タミラさん、知らなかったのか……」


僕達はそう言い合う。が、僕はそんなことよりもタミラが今、手の中に大量に持っているパンが気になって仕方がなかった。大小様々なパンで、クロワッサンやらコッペパンやらベーグルやらが見える。僕は口の中に自然と濁流が押し寄せてくるのを感じた。


「と、ところでタミラさん。そのパンは?」


「ん? ああ、これね? 今そこの食堂で買ったのよ。食料調達は補給の基本でしょ?」


なんと、すぐそこに売っているらしい。

が、残念ながら僕は今財布を持っていなかった。でも、この状態ではろくな射撃もできないだろう。だからここは


「あの……あとでお金払いますので、何個かください。もうお腹が空いて死にそうなんです」


とタミラに恥を忍んでお願いしてみた。

すると、タミラは


「ん? なによそれ。別にいいわよお金なんて。はい、好きなだけ持っていけば?」


となんと、僕にパンを差し出してくれたではないか。


「えっ?」

僕は明日、隕石が降ってくるのではないかというくらいの衝撃を受けた。


まさか、あの守銭奴のタミラが、パンを無料で恵んでくれるなんて……。僕は半ば、一個1000ペンスまでなら出そうと覚悟していたのに。天使か、この人は。


僕はパンを受け取りながら、あまりのことに冷静さを失っていた。そりゃ、目の前で正規の値段で売っているものを店先で転売するバカなどいない。

が、一応念のため、それとなく理由を聞いてみると


「私は食べ物で儲けようなんて思わないもの。私が儲けるのは、私の仕事でだけ」


と至極まっとうな理由だったから、僕は思わずタミラを拝みそうになってしまった。



そして、その後タミラにさらにコーヒーも買ってきてもらうと、僕は急いで砲座手に飛び込んだ。


何を悠長に食べてんだと自分で思わないでもなかったが、これは真面目に死活問題だったので、許してくれと思う。

僕はコッペパンを咥えながら、弾丸を装填し、照準を絞った。

なかなか、滑らかに動く砲座だ。これなら数撃ちゃ当たるかもしれない。


そう思いながらパンを食すが、すぐに喉に詰まった。明らかに食道が狭くなっている。

僕はよく噛んで食べ、コーヒーで流し込むことにした。


そうして、引き金に手を添えつつ、頭はキミの方に行く。


「頼む……なんとか持ち堪えてくれ…今そっちに行くからな!」


と。


そうして、僕達を乗せた飛空艇は、クラフトの大軍をくっつけたまま、またアストリア近海を目指す。



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