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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第4章 動く世界・三人の友情編
105/136

リー:マーチングバンドの鳴る日

宇宙の大に比べれば、太陽も一点の燐火に過ぎない。況や我我の地球をやである。しかし遠い宇宙の極、銀河のほとりに起こっていることも、実はこの泥団の上に起こっていることと変わりはない。

芥川龍之介『侏儒の言葉』「星」より抜粋。


第4章が始まります。

セント・ボートバル。


場所は遠くの摩天楼さえ見下ろす、ボートバル城内。その廊下にまで、眼下をパレードするマーチングバンドの賑やかな演奏は聞こえてきていた。


ダウェン第一王子の出陣と、彼の勇ましい開戦宣言を祝うためのパレードである。


しかし、そんなボートバル帝国軍、いや、国をあげてのド派手な演出にも目もくれず、廊下を黙々と歩く数人の男達がいた。


先頭を歩く男の襟章は少尉である。


と、そこへ


「よお、リー。やっと戻ったな」


と、違う軍服姿のガタイのいい男が合流した。どうやら、この廊下でずっとリーの通りかかるのを待っていたようだ。

彼の姿を見た、リーの後ろを歩く二人、ヤクーバとサーストンは軽く敬礼をする。男の階級が自分達より上の准将だったからだ。

その一団の中に帯同しているはずのボッシュの姿がないのは、さすがにこんな時にアストリアの新聞記者が、おいそれと城には入れてもらえなかったのと、彼自身がパレードの取材をして来たいと申し出たからだった。


リーは歩く速度を落とさぬまま、


「やっとだって? バカ言うな、ダントン。俺じゃなかったらな、上の許可もなしにこんなに早く戻ってくるなんて無茶な真似はできなかったはずだぞ?」


と言う。

それを聞いたダントンは静かに笑った。


「ははは、違いないな。もしこれが、あのお人好しに感化された俺達世代じゃなかったら、誰もこんなバカはしまい。いや、しようとも思わなかっただろうな」


「む。そうじゃなくて、俺が言いたいのはだな、俺の調査能力の……や、まぁどっちでもいいか。あのバカのためってのは、確かに一理あるからな……それよりも、ダントン。ちゃんと先に送っておいた土産は渡してくれたか? お前のあねさんに」


リーがそう小さな声で聞くと、ダントン・レウ准尉はこくっと頷き、


「ああ、もちろんだ。予想した以上の土産だと感謝していた。恩に着る」


と応えた。


「やめてくれよ。俺はそんなつもりで渡したんじゃない。これも同期のよしみって…ただそれだけさ。けど…それにしても驚いたぞ。まさか、あの調査任務の発注元が、姉さんのところだったとはな。よくリッツ王子の妨害に遭わなかったな」


「なぁに。人事権に関してはもう手遅れだったが、その先はこっちの方が一枚上手だったってことさ」


ダントンがそう事も無げに言うと、リーはクスッと笑い、


「なるほど…車椅子の王子様の方か……」


と心の中で呟く。

それはまだ大っぴらにしていい事実ではないと、判断したのだ。

だから、リーは話を元に戻す。


「そうか……だとしたら恩に着るのは俺の方かもしれないな。それに今回はどちらかと言うと、俺のわがままを聞いてもらう姉さん達の方が、最終的に割りに合わないのもわかってはいる…」


「いいや、どうかな。それこそ一蓮托生だ。なにせ俺達の方こそ、リーの考えにそのまま乗った口だからな。皆、お前には期待しているんだ。こっちはもう、ほとんどダウェン王子に駆り出されてしまって、誰も身動きが取れん」


「……や、そう言ってもらえると有難いが……ふふっ、まぁ、たまには飛ばされてみるものだな」


そんなことを言いながら一行は絨毯の上を歩く。


城内はいつもに比べれば、かなりガランとしていた。が、どこで誰が見聞きしているかはわからないから、二人は必要以上のことは話そうとしなかった。

もう話さなくとも、あとは互いのこと信じてやるしかないのだ。


既に事は動き出してしまっている。それは聞こえてくるパレードの音で嫌でも認識させられた。


「ま…こうなっちゃ仕方がない。この状況を解消する鍵も、きっとあの王子が握っている。それは確かなんだ。あとはこっちで何とか粘ってみるさ」


「うん。よろしく頼む。ああそれと、頼まれていたデータの書類も大急ぎで手に入れておいた。これだ」


そう言うとダントンは数枚の資料の束をリーに渡す。それをリーは待ってましたとばかりに受け取り、歩きながら斜め読みする。

そして、ひとしきり目を通すと、目つきを鋭くし、その資料をヤクーバに渡した。


「俺にはさっぱりだったんだが…リー、お前には何か役に立ちそうか?」


「ああ、かなりな。ありがとう」


「ははは、そうか。それは良かった。なんだかんだで、お前も相変わらずだな……」


そう言って微笑み合うと、二人はもう話すことがなくなってしまったようだった。

時間内にできる策は尽きたのだ。

あとは、当たって吉凶を占うのみ。目的の部屋も、もうだいぶ近くなってきている。


「じゃあ、そろそろ俺達は本番だ。落ち着いたら、いずれまた連絡する。作戦の変更があってもだ。ここからはタイミングが大事だからな」


「……ああ。頼む。気をつけろよ、リー」


「うむ。お前もな、ダントン」


そう互いの健闘を祈ると、ダントンは敬礼をし、一人廊下を折れて階段を駆け上がって行った。

それを見送り、リーはまた前方を見据える。そして、口元をギュッと引き締め、


「さ……飛ばされっぱなしとはいかないぞ……王子様。せいぜい精一杯、邪魔をさせていただく」


と呟いた。



リーは目的の部屋の前に辿り着くと、呼吸を整え、ドアをノックしようとした。


しかし、リーがノックするより前に、ドアは奥へと開かれる。


リーは不覚にも意表を突かれた形になってしまった。


そして、その隙間からは、初めて会う人物だが、とても縁のある不気味な男が顔を覗かせたのである。


リーはそれで余計に驚いてしまう。


「ト、トカゲ……!」


「クックックッ、初めましてリー・サンダースさん。お見知りおきくださり、光栄です。さぁさぁ、お入りください。リッツさんがお待ちですよ」


「……リッツ王子が……待っていた……?」


トカゲにそう言われ、リーは嫌な予感がした。が、ここで引き下がるわけにもいかないのは、わかりきっていたので、言われるがまま部屋の中へと入る。

リーが視線でヤクーバとサーストンも部屋に入るように促すと、二人も恐る恐る部屋に入ってきた。


「失礼します。リー・サンダース少尉、ヤクーバ・カーチェル曹長、ダン・サーストン上等兵であります」


そう言って3人は部屋の奥に向かって敬礼する。


すると、そこには椅子に座り、ヘルメットのような物を被って窓の方を眺めているリッツ・ボートバルらしき人物と、もう一人、長身の女兵士がその隣に控えていた。


その女の姿を見て、リーはまた驚く。

それも、そのはず。彼女は彼の友人のリンダ・グラントだったのだ。しかも、その軍服には特殊な赤い刺繍が施されているのが見える。それは彼女が王族の護衛役に任命された印だった。


「ちっ…リンダを護衛役にか……どういう意図かはわからないが、やりづらくなったな…」


リーが顔に出さないようにそう考えていると、リッツはヘルメットを取り、立ち上がる。

そして、リー達を一瞥すると、にこっと笑い、


「やぁ、やっとお会いできましたね。嬉しいですよ、リー少尉。しかし……ちょっと早過ぎですがね。まだ兄さんが出立していないというのに、今戻って来られては困ります。こういうことがないように、あなたには予めコスモに行っていただき、そこで大人しく待っていてもらおうと思ったのですがね……やはり、誰かが余計な任務を与えたのが、仇になりましたか…」


と言った。

その笑顔は誰もがうっとりするほどの美しいものだったが、目はちっとも笑っていなかった。


それが、ピリピリした雰囲気と相まり、妙な凄みになっている。


しかし、リーはそんなリッツの、何も悪びれもせず、隠そうともしない言動と態度に、内心ワクワクしてきていた。


そうだ。

やはり、俺の勘は間違っていなかった。

このために俺はここに戻ってきたのだ、と。


今までずっと猫をかぶり、なりを潜めていたこの王子の企みに斬り込み、今のボートバル軍の暴走の根本的な原因が何なのかを暴き出す…! そのために。


そして、これはリーがラシェットや仲間達から任されたことでもある。

リーはそう思っていた。


「……そうですか。それは、許可もなく申し訳ありませんでした。しかし、その言い方ですと、どうやら本当に私はセント・ボートバルにご報告に戻らなくてよかったようですね?」


「ふふっ、どういう意味だい?」


「惚けないでいただきたい。私にコスモで待っていてもらいたかったということは、王子はもちろん、アレの存在をもうご存知だったのでしょう? いや、それだけじゃない。あなたは既に多くの兵を使い、秘密裏に第1空団団長、ドレッド・バラン氏までコスモに送り込んでいた……王子、お言葉ですが、これは立派な国家反逆行為ですよ? バレないで済むとそうお思いでしたか?」


リーは一気に言った。


そうしたのは、まずは自分の持っているカードをチラ見せしておきたかったからだった。本当はまだ多くのカードを持っているのだぞと、相手に思わせる効果を狙って。


それにリーには先ほどからリッツが、わざと多くのカードをリーに見せつけているようにしか思えなかった。

それは、ドレッド団長にしても、リンダにしても、トカゲにしてもそうだった。


皆、多かれ少なかれ、ラシェットに関係している。

それをリッツは、いつかリーに動かし難い強力な取引材料として、突きつけてくる気がしてならなかったのだ。


リーの言葉にリッツは沈黙を守っている。

それは、何かをもの凄いスピードで考えている表情にも見えた。


「さ、どうなのです? 王子。答えていただけないのであれば、今日のパレードは中止です。そして、他国との悲惨な戦争の代わりに、この城内で無益な兄弟争いの幕が上がることになります。そうなれば、あなたは「お友達探し」どころではなくなりますね?」


これ以上何かを考えられぬようリーがそう言うと、リッツはそれでやっと目を向けてきた。

灰色の綺麗な瞳だ。

そして、リッツは暫しリーを見つめた後、


「ははははははは」


と、堰を切ったように高笑いをした。


リーはそれを平静に受け止めようと努めたが、なかなか難しそうだった。リッツの笑い声を聞いていると、心がザワザワと疼くのだ。


「はははは。リー少尉。そうやって僕を脅して、どうしようと言うんだい? 今更、僕をどうこうしたって、もう兄さんは止まらないよ。ボートバルの威信にかけて志を遂げようしている。どう策を講じようと、あなたの手に負えることではないんだ」


リッツは言った。その声はだいぶ抑制されたものになっていたが、勝ち誇ったような気分は嫌でも滲み出ている。それはリーを、益々やる気にさせた。


「いいえ、もとより自分ひとりの力でどうこうしようなどと思ってはいません。しかし私の微力でも、出立の日程を遅らせることくらいはできるでしょうね。だからこそ、王子は私を帝都から遠ざけたはずです。なぜなら、あなたは時間が惜しいからです。あなたは一刻も早く、ダウェン王子に国を出て行ってもらいたかった」


リーがそう言うと、リッツは笑うのを止め、リーを睨みつけた。

それをリーは「正解か」と満足気に受け取り、


「……あなたは時間が惜しいようですが、私は違います。や、私はむしろ、もっと時間が欲しい。時間があればあるほど、まだこの状況を変えるチャンスは巡ってくるはずだからです。しかし、あなたの場合は時間が遅れれば遅れるほど、どうやら困ったことになってしまうらしい…」


と続けた。

リッツはそれを聞くと、ちょっと表情を和らげ頷く。


「ふふっ。おもしろい。けど……それは君の推測に過ぎないでしょう? つまりハッタリだ。いくら口かずを増やしても、君には兄さんを止めるだけの材料がない」


その言葉にリーはニヤッと口角を上げた。


そう、確かにハッタリなのだ。

今、リーが言っていることはサーストンから渡されたラシェットの手紙と、自分の調査の結果を組み合わせて出来上がった推測に過ぎない。


しかし、的外れではないことはわかっていた。


だから、彼は満を持して物証を取り出す。

それは先ほどダントンからもらった書類だった。その書類をリーはリッツに手渡す。


「残念ながら、王子。材料ならこれで十分でしょう。ここには、あなたがこの一年でコスモに流したと思われるボートバルの「飛空艇開発技術」が載っています。暗号化されていますが、諜報部の目は誤魔化せませんよ? そもそも、おかしいとは思っていたのです。なぜ、あれほどの飛空艇の建造をコスモで行うことができていたのかが……しかし、これでやっとわかりました。あなたは飛空艇の技術を売り渡すのと引き換えにあのドッグを手に入れた。つまり、コスモ政府と裏で取引をしていたのですね? それも独断で、です。これこそ、立派な兄弟喧嘩の元にはなりませんか?」


リーは畳み掛けるように言った。


するとリッツはしばし、ペラペラと資料を捲ったのち、少し離れたところにいるトカゲに向かい

「はぁ…」

と、ため息をついた。


そして、隣に立つリンダに目をやると、


「……グラント少尉。リー少尉は昔からこうで?」

と聞いた。

その問いにリンダは気まずそうな顔で

「…はい。そうです。昔から脅しがうまい」

と答える。


それを聞いたリーはとても心外だと思った。


「ふーっ、そうか。確かに、これなら兄さんを立腹させる材料になっちゃうかもねぇ……なら、僕も腹を括ろう。後は覚悟の差だ。僕とリー少尉……どちらがより、脅しに屈しないかのね」


「ん?」

リッツのその言葉にリーは思わず身構える。


しかしそのリッツの脅しとは、まず行動で示されたから、リーは予期することが出来なかった。


リンダが突然、抜剣したかと思うと、リー達に向かい疾風の如く突っ込んで来たのである。


「お、おい……っ!」


その動きは武闘派ではなく、デスクワーク派のリーには早過ぎた。

リンダとの距離はかなり開いていたにも関わらず、リーは腰の投げナイフを構える暇さえもなく、距離を詰められてしまったのだ。

リンダの大剣が、あっという間にリーの喉元に突きつけられる。


「リ、リー少尉…!」


「静かにっ。頼む。動かないでくれ」


リーの後ろで銃を取り出そうとしたサーストンに向かい、リンダはぴしゃりと言う。

それでサーストンは渋々腕を下ろした。

その隣のヤクーバは意外にもボサボサの眉毛の奥の瞳で、事態を冷静に見守っている。


「ふふっ、リー少尉。これでまずはわかったでしょう? 僕はこうやって暴力に訴えてでも、思い通りにことを進めるよって。これでもわからないって言うのなら、次はあなた達ではなく、あなた達の身の回りの人を盾に使わせてもらいます」


リッツは冷たい顔で言った。

その言いようにリーはカチンと来て


「ちっ……まるでやっていることは、アストリアのショットって奴と変わらないじゃないか。あなたは、そうやって人質を取られているんじゃなかったか? なら、その苦しみもわかるはずなのに…」


と言う。

すると、それを聞いたリッツは


「……なんだと…?」


と一際怒りを露わにした。


それは、今までの抑制された表情とは一線を画した、本性のようにも見える。


「君達に……君達にいったい、何がわかるっていうんだ? 誰にも僕の苦しみなんて…わかりはしないと言うのに……!」


そう叫ぶと、リッツの手が黄色く光った。

そして、その光は収束し、やがて小さな筒に姿を変えた。


「なっ、なんだあれは…!?」


リーがそう思っていると、目の前のリンダが目配せをしてきた。


「動かない方がいい」


と。

それは軍学校時代、長年同じ訓練を受けてきたリーだからわかる合図だった。


さらに、リンダはリッツとトカゲに背中を向けている今がチャンスとばかりに、素早く唇を動かす。リーにもリンダにも読唇術の心得があったので、それで会話をしようと言うのだ。


「見ての通りだ、リー。今の王子はとてもじゃないが、冷静とは言えない状態だ。逆らうな」


「逆らうなって……でも、その気になれば、俺とお前だけでもこの場を制圧できるだろう?」


「いや、それは既に一度試みたが、失敗に終わった。あの魔法のような術のせいでな」


「失敗って……まさか、リンダが負けた!?…あのひょろい王子様に?」


「ああ。だから仕方なく従っているんだ。それに、ラシェットも人質に取られている」


「はぁ? な、なんであいつが? だって、あいつは…」


「ああ。けど、どうやらリッツにはアストリアにスパイがいるらしい。嘘かもしれないが、その気になれば、今すぐにでもラシェットを殺せるらしいんだ」


「そ、そんなの…そんなのは嘘に決まっている…」


「ああ、かもな。でも、確証がないなら仕方ないだろう? だから、今は大人しく従ってくれ。それに……リッツ王子が本当に冷静じゃないのなら、そこに必ず付け入る隙がある。そうなった時には、リー、お前の頭が必要なんだ」


「……うっ…」


リーはそう言われ、迷った。


それっきり、リンダも話すのを止める。これ以上話したらバレそうだったからだ。


「さぁ、リー少尉。戯れはここまでだ。僕には君が必要なんだ。駒としてね。もし、この申し出を拒否し、君があくまでも僕の邪魔をしようと言うのなら……」


リッツはそう言い睨みつけてくる。

しかし、リーはその先の言葉をもう知ってしまったので、リンダをちらっと見、


「……はぁ、わかりましたよ。私の負けです。ここは一旦、諦めましょう。私もあなたに従います」


と言った。


そのリーの言葉にサーストンは渋い顔をしたが、リーが後ろを振り向いて謝ると、すぐに納得してくれた。リーがそう決めたならば、と。


リッツもリーのその決断に溜飲を下げたらしく、


「ふふっ、そうですか。ご協力、ありがとうございます。しかし「一旦諦める」とは、なかなか正直な方だ」


と怒りを収め、手に持っていた謎の筒も消す。


リーにはそれが、どういう仕組みかさっぱりわからなかったが、今、目の前で剣を下ろしたリンダが、あの術によって負けたと言うのならば注意せねばならないと心に留めた。


「それは当たり前でしょう。こんなやり方、まともじゃない。それに、私はまだダウェン王子を立ち止まらせるのを諦めたわけではないんですから」


「ふふふ、まぁ、今は困りますが、僕の目的さえ達せられた後でしたら、それはもう勝手にしてください。僕だって、元からこの国の戦争などに一切興味はないのですから」


それは本当に心の底から興味のなさそうな言い方だった。


その心ない言い方に、リーにだったらなぜ? という思いが込み上げてくる。


「……ちっ、本当に……とことん、俺達をイラつかせる奴だ」


リーがつい、そういつもの口調で悪態をつくと、リッツは大いに喜び、


「ははは、そうそう。別に普段の喋り方でいいんですよ。無理に僕に合わせなくてもね。僕のことはこの国を捨てた人間と思ってくれていい」


と言った。

そして、窓辺に行って、眼下のパレードを見下ろすと、不敵な笑みを浮かべ、話を継ぐ。


「さて。では、リーさんには、早速、ひとつ仕事をしてもらいましょうか。トカゲ」


「はい。クックックッ」


リッツが促すと、トカゲはてくてくとリーの前まで歩いてきて、一通の手紙を手渡す。

それをリーはわけのわからぬまま貰い、とりあえず広げてみた。

しかし、リーはその手紙の内容をすぐに理解すると、バッと顔を上げた。


「こ、これはっ!」


その手紙は今まさに、ダウェン王子が攻めこもうとしているグランダン大陸の大統領、バルムヘイム・アリから、リッツに向けての親書だったのである。


そんな重要なものをいきなり渡されたリーは思わず声を上げてしまった。


そのリーの様子を見て、リッツは続ける。


「ふふっ、読んでの通りです、リーさん。どうやら、バルムヘイム・アリ大統領は私と交渉したいらしい。部分的な休戦と、ボートバル軍の分断を狙ってのことでしょうが、私が興味のあるのはそこではありません。そこから先はわかりますね?」


そう言われ、リーは考えた。

そして、すぐに自分の仕事とやらを知る。


「…そうか……ええ、わかりました。あなたは、もっと手駒が欲しいのですね? この状態では人手不足だ。私やリンダや、ドレッド団長達だけでは戦力として心許ない……その点の人員的な補給をアリ大統領との交渉で獲得しろと?」


「ははは。そうだ。実に話が早くていいね。それに、この交渉は場合によれば、開戦を遅らせたり、止めさせたりすることにも繋がるかもしれないよ? 言うなれば、僕の目的にも、君の願いにも合致するわけさ。どうだい? 最初の仕事にしては、かなりやる気が出る内容だろう?」


「なるほど……確かに。しかし、いくつかわからないこともあります」


「ん? それはなんだい?」


リッツは聞く。

それにリーは応える。


「はい、それは王子がいったいどの程度の戦力を必要としているのかということと、それで何をするつもりなのかと言うことです。それがわからなければ、交渉の方向性が決められない」


「そうか。もっともだね」


そう言うとリッツは、窓辺から元の椅子に戻った。

そして、こう宣言したのである。


「僕はあの飛空艇を使って、友人を助けに行くつもりだ。まずは、アストリアに。次に、遥か遠くの島にね。しかし、島はともかく、アストリア城に突入し、友人達を運び出すにはそれなりの戦力が必要なはずだろう? そこを大統領にうまく出してもらいたいわけさ。なんなら、ボートバルの情報を売ってもいい。そして、君達はついでにラシェットくんでも助けるがいいよ。既にグラント少尉はそのつもりらしいし……」


そう言われたリンダは、リーの視線に気まずそうな顔をした。

それを見て、リーは

「そうか。リンダはその餌に釣られたのか」

と思う。が、あえて何も言わなかった。


「僕の目的はこれだけさ。どうだい、明快だろう? リーさん、これで何とかなりそうかい?」


そう問われ、リーは頭をフル回転させるが、いい考えなど何も浮かばなかった。


しかし、もう一度手紙の文面に目を落とし、そこに幾つか散見される

「ラシェットさん」

という名前を見て、しょうがなく決意した。


「……わかりました。何とかしてみましょう」


と。


ラシェットが目覚める8日ほど前のことである。




ーーそして、現在。



ドアを開け、スコットを蹴飛ばして入って来た、その女兵士の姿を僕は唖然として見上げていた。


「お。ラ、ラシェット……良かった……無事のようだな」


「リ、リンダ……!?」


壁に叩きつけられ、すっかり伸びてしまっているスコットから目を戻すと、なんとそこには僕の軍学校時代の同期であるリンダが立っていたのである。


リンダ・グラント。

彼女はボートバル陸軍特殊行動部隊所属の生粋の武闘派で、身長198センチという、その恵まれた体格を活かした彼女の剣術は、陸軍の男女を合わせた中でもトップ10に入るであろう実力だ。


しかし……そんな彼女がなぜここに?


「も、もしかして、僕を心配して……?」


僕はついそう言ってしまったが、リンダはその言葉をまるで無視するように、


「ふんっ……だ、誰が…」


と言うと、大剣を部屋の奥にいたベットーレに向かって構えた。それで僕も、確かに今はそんな話をしている場合ではないなと思い直す。


「あらま……こんなに簡単に突破を許すような布陣にはしていなかったはずですけどね…貴女、顔に似合わずかなりやるようですね」


すると、リンダに大剣を向けられたベットーレはそう言い、両手を手を挙げる。

随分、あっさりとした降参だった。

しかし、僕はそんなベットーレの態度を怪しいと思い、


「リンダ……来てもらって早々こんな事を言うのは何だが…油断するな。この男はそう簡単に折れるような男じゃあない」


と言う。

リンダはそれに頷いて、賛同してくれたが、彼女には別の考えがあったらしく、


「ロサーリオ・ベットーレだな?」


と名前を呼んだ。

それに、ベットーレは眉を上げる。


「おや、そうですか。リッツさんは、もういいと?」

「ええ。そうみたいよ。お役御免らしい。あとは好きにしろと言っていたわ。ちなみに、あなたのお目当ての男はさっきまで城の外にいたみたいよ。今頃は城内まで来ているんじゃないかしら?」


僕にはわけがわからなかったが、リンダがそう言うとベットーレは

「……ふーっ、そうですか。なら、僕はお言葉に甘えて好きにさせてもらいますか」

と言い、僕の拘束を解いてくれた。


「えっ? あ、あの……いいのか?」

僕が軋む体を起こしながら言うと、ベットーレはウインクをし、


「はい、構いませんよ。もうショットさんからは十分にお金も情報も貰いましたから。これからは第二の雇い主に尽くしますよ。長い物には巻かれろって言うでしょ? あれ、僕の座右の銘なんです」


と抜け抜けと言った。

僕はそれを聞いて、益々この男が信用できなくなったが、まぁ、今は拘束を解いてくれたからよしとしておく。


「おい、ラシェット。時間がないんだ。早く起きろ。次に行くぞ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、リンダ。僕は久しぶりに起きたんだ。そんなにすぐには動けないよ…」

「…まったく、鍛え方が足りないんじゃないのか?」


リンダは僕に容赦なく言うが、そうは言いつつも、ちゃんと僕に肩を貸してくれた。

ちょっと身長差はあるけど、それですごく楽になった。不謹慎だが、なんだかいい匂いもする。


「あ、ありがとう。リンダ…」

「ふんっ、変な勘違いすんじゃないぞ」

「し、しないよ、こんな非常時に」


僕達がそう言い合っていると、ベットーレが

「あのさぁ、お二人さん。盛り上がってるところ悪いけど、次はどこへ行くのかな?」

と聞いてきたから、リンダは顔を赤くし、咳払いをした。


「つ、次は、リッツ王子のご学友の救出だ。別の班が既に向かっていると思うが、私達も向かおう」

「ヤン達か。それは有り難い……けど、あの医療器具はどうするんだ? あれがないと…」

「それは、問題ない。リッツ王子が同じものを既に飛空艇内に準備済みだ」


僕はそれを聞いて感心した。

そうか、リッツはちゃんと色々と準備をしていたのだなと。

しかし、それで僕の中のリッツのイメージがこんがらがってしまった。僕は、彼はもうヤン達のことを見捨てたものとばかり思っていたからだ。


「ヤン達の場所はわかっているのか?」

「ああ。地下室だと聞いている。城内の地図も貰った。しかし、鍵が手に入らなかったのが不安だ」


リンダがそう言ったから、僕は壁際で伸びているスコットを指差し、


「鍵なら、あそこで伸びているスコットが持っているはずだ。上着の内ポケットに」


と言う。

ベットーレが探ると、やはりあった。それをベットーレは、これまたあっさりとリンダに投げて寄越す。どうやら、寝返ったというのは一応本当らしい。


「よし。では行くぞ。作戦終了予定時刻まであと10分ほどしかない」



部屋を出、ベットーレの案内で階段を降りていると、またしても予想だにしなかった顔見知りが交戦しているのが見えた。


それは大きな鳥のような顔をした、生真面目そうな男と、厳しい顔つきの中に幼さを残した、少年兵だった。


「サ、サーストンさんっ! カシム軍曹!?」


僕がそう大きな声で言うと、二人はこっちを振り向き、目を見開く。

そして、僕の驚いた顔を見て敬礼をしてくれた。


「ラシェットさんっ! よくぞご無事で!」

「ラシェット伍長、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


二人はそれぞれに数人のラース軍の兵を引き連れ、廊下のアストリア軍と交戦していた。

しかし、それは見る限り、階段の進路を確保するためだけに戦っているようで、侵攻していくような配置ではなかった。


「ど、どうしてサーストンさんがここに? それになんで、カシム軍曹やラースの人達がリッツ王子の軍と一緒に……?」


僕は妙な取り合わせの人達が、共闘しているのを不思議に思い、聞いた。

すると、カシムが忙しなく銃を撃ちながら


「ラシェット伍長、こうなったのも、あなたのご友人のおかげです。ですが、詳しくは後でです。それよりも今は作戦の完遂を。ここもあと少ししか保ちません」


と冷静に言った。

僕がそれを聞き、サーストンの方を見ると、彼も大きく頷き


「早く行って来てください。王子も既に向かいました」


と言う。


「リ、リッツが…?」


僕はリッツが自ら動いたという事実に驚いたが、これ以上立ち話はできないと言い、リンダが歩き出す。


「そうことだ。さ、ここは皆に任せて行くぞ」

「あ、ああ。すまない、皆。よろしくお願いします」


僕がそう言うと、二人は親指を立てて応えてくれた。


僕はそんな二人の様子を見て、

「あの二人は、なんであんなに仲が良さそうなんだろう?」

と不思議に思った。



そして、僕達が地下室への扉の前に着くと……。


そこには、確かにリッツが待っていた。


リッツは僕の姿を認めると、真剣な目をしたまま


「やぁ、初めまして。ラシェットさん」


と軽い挨拶をした。


それに僕も


「はい。こちらこそ、初めまして。リッツ王子」


と気軽な感じで応えたのだが、その挨拶がお互いに心の底からした挨拶ではないと、その空虚な響きからわかってしまった。


こんな気まずい初対面は久しぶりだった。



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