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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第3章 ラシェット・クロード 時の試練編
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そして、現実

強い決意はあったが、頭がまだ少しぼーっとしているのは否めなかった。


僕は謎の男の顔を見て、こいつが一体誰なのか考えようとする。

けれど、全然うまくいかないのだ。


そして……もっと悪いことには、そもそも現在の状況が全くわからなかった。


すると、また遠くで何かが爆発する音した。


「この男…雲行きが怪しいと言ったな……そして、この何回もの爆発音……」


僕はベッドから起き上がろうと手に力をいれる。しかし、手足は動かない。

「んん?」

それに気がつき、ふと仰向きに寝かされた自分の体を見下ろしてみると、なんと手足が拘束具で縛られているではないか。


僕はそれを見て

「やれやれ……」

と思った。


そうやって、自分が拘束されていると認識すると、やっと頭がまともに動き出してくれたのだからおかしいものだ。


「そうか、僕は本当に現実に帰って来たんだな……」

と。


戻って来て早々、体が縛られているとはなかなか滑稽だが、なんだかこのくらいの方がリアリティがある気がした。

きっと、ショットは僕が現実に戻って来た時のことを考え、このような処置をしておいたのだろう。

まったく……ふざけたことをしてくれる。


僕がそう思っていると、今度は小さく銃声が聞こえてきた。結構派手に戦闘をしているようだ。


その音で僕は、今度こそおおよその事態を把握する事ができた。


ちょっと急展開過ぎるが…きっと例のノアが言っていたやつだ。


つまり、本当にリッツが、この城に乗り込んで来たのだろう。


僕はそれがわかると、天井を見つめた。

まずはいつものように観察だ。

その天井は、あの地下室の天井ではなかった。他の場所だ。僕が寝泊まりしていた部屋でもない。そして、僕が知っているどの部屋とも違っていた。


「窓があるから、普通の客間か何かだろうな…雰囲気からして城の上の方か?」


窓からは日光が燦々と射している……ということは、今は昼間である。


こんな真昼間に攻撃を仕掛けるとは、リッツもかなり大胆だなと僕は思った。「奇襲するなら夜に」というのが、世界の常識ではないのか?


僕が天井を見つめ、そんなことを考えていると


「ふむ……こんな状態なのに、思ったよりも冷静なんですね? ラシェットさん」


と、遠くの椅子に座りながら男が言ってきた。

「こんな状態」とは、おそらく手足を縛られていることだろう。

だから僕も


「そうかもしれませんね。でも、そう言うあなたこそ、かなり冷静だと思いますが? 城が攻められているのでしょう? こんな所で油を売っていてもいいのですか?」


そう思ったので聞き返してみた。

その言葉を聞いた男は、ふふっと華麗な笑みを浮かべた。そして、足を組んで応える。


「いやいや、いいんですよ。僕は元々ここの人間ではないですから。しがない雇われの身なんです。ですから、こうなってしまったら、後は適当に義理を果たして、逃げるが勝ちとします」


「ははは、呆れた人ですね。いくら雇われと言っても、本当にそんなことがまかり通ると思うのですか?」


僕はあっけらかんと言ってのける男を笑って言う。


でも、笑ってはいるが、実はこういうことをさらっと口にする男こそ、敵に回すと意外に厄介なのだとは、直感的にわかっていたから油断はしなかった。


そして、この手の男は決して、迂闊に味方にしてもいけないことも、僕は十分に知っているつもりだ。

僕は話を続ける。


「ふぅ。まぁ、いいです。僕はあなたがこの先どうしようと関係ありませんからね。それよりも、どうせ逃げるつもりなら、この拘束具を外してからにしてくれませんかね? 遅かれ早かれ、裏切るつもりなら、同じことでしょう?」


僕はごく自然な流れで、そう言ったつもりだった。

しかし、男はそんな僕の言葉に目を細め、ちょっと口角を上げると


「ふふっ、いや。それは止めておきましょう。ああは言ったものの、僕は主人の留守を任されているのですから。いくら何でも、もう少しくらい仕事をしなければ、今後の信用に関わります」


と言った。


僕はやっぱりなと思う。


この男は軽薄そうに見えてなかなか侮れない。彼もこちらの腹を探りたいのだ。


けど「留守を任されている」とは聞くことができたのはよかった。それもノアの情報通りだ。

本来なら、この男の嘘を疑うところだが、僕にはノアからの情報があったので、そんな余計な勘ぐりをしないで済んだ。


「へぇ。でも仕事って、何をするんです? もう少しの間、ここで僕を見張っていれば、それでいいということですか? それとも迎撃に出ると?」


「もちろん、どっちもありますね。もっとも、主人にとってはあなたの護衛が最優先事項なのでしょうが……しかし、僕にはそれ以上に関心のある仕事があるんですよ。その観点からすれば、僕にとって、あなたはターゲットをおびき寄せる餌でしかない」


男はそう言った。その真剣な口調から、どうやらそれも本音らしいとわかった。彼は僕のことなど、割りとどうでもいいようだ。


餌か……なら、彼はここを離れないわけか。

けど、だとすると彼はいったい誰を……?


コンコンコン


とその時、部屋のドアが強めに三回ノックされた。


かと思ったら、僕達の返事を待たず、部屋に見慣れた顔が一人、入って来た。

僕のお目付け役である、スコット・アレス准将である。

なんだか久しぶりの会った気がする。もう彼の顔からは包帯が外され、傷もすっかりとはいかないが、殆ど治っていた。


「失礼する。ベットーレ氏、思ったよりも戦況がよくない……できれば、ここから……んん!?」


そう言いながら男に近づくスコットと、ふいに目が合った。だから僕は


「やぁ、おはよう。スコット准将。久しぶりって、言っていいのかな?」


と言ってみた。

すると、スコットはみるみるうちに、苦虫を噛み潰したような表情になり、


「き、貴様っ……なんというタイミングで……くそっ、本当に次から次へと厄介事を……!」


と、僕に悪態をつく。


「あの……今、どうなっているのか知りませんが、目覚めていきなり、それはないでしょう?」


僕は呆れて言った。

タイミングのことに関してなら、リッツの方に文句を言ってもらいたいくらいだ。


けど、スコットは僕の言葉に益々、虫の居所を悪くしたらしく

「うるさいっ! 貴様こそ、起きてすぐに口答えかっ! 元はと言えば、貴様がここにいるせいでだな」

と、僕よりよっぽど五月蝿く言う。


それを聞いて僕は、元はと言えばというのも心外だなと思った。元はと言えば、先にヤン達を拘束したアストリアこそ悪いのではないだろうか?

まぁ、しかし、相変わらずそんなことを、ここでスコットと議論しても何も始まらないので、僕は無視することにする。


「はいはい。じゃあ、お望み通り出て行くからさ。とりあえず、この拘束を外してくれませんか?」


しかし、僕がそう言うと、スコットはなんと僕の腹に銃口を押し付けてきた。


僕もそれには、さすがに驚いた。


どうやら、今回ばかりは彼も僕と議論などするつもりはなかったらしい。


「ちょ、ちょっと、どうしたんですか? スコットさん…この冗談は笑えませんよ?」


「ふんっ、冗談ではない。私は本気だ。戦況が悪いと言ったろう? だったら、やつらの狙いのお前を先に始末さえしてしまえば、後はどうとでもなる!」


「……いいんですか? ショットの許可は?」


「ない。……ないが…ショット様もこの状況では、私を責めはしないだろう」


これはまずいな、と僕は思った。スコットの目は本気だ。


僕はすぐに頭の中で必死に、この手の拘束具を切れる小さな武器を探す。

確か、バルスとの特訓の中で、そんな硬質なカッターがあったのだ。それを、僕は懸命に思い出し、イメージしていた。


スコットの指に力が入る。


ちっ……ダメだっ! いくら何でも時間が足りないっ!


と、


「はい。そこまでです。スコットさん、銃を下ろしてください」


そこで、椅子に座っていた男が立ち上がり、そう言ってくれた。


それでスコットの手に込めていた力も抜けた。


だから、僕も手に込めていたイメージを一旦中止し、男を見る。確か、ベットーレとか言ったか。


「なっ、なぜですか、ベットーレ氏」


力を抜いたスコットだったが、それでもなお銃を僕に押し付けたまま、不服そうな顔で詰め寄る。

しかし、ベットーレの方は、至って涼しい顔で


「ラシェットさんは殺してはいけません。それがショット氏の絶対の意思だったはずです。そして、それが理由の全てです。それだけでは、いけませんか?」

 

と言う。


「……くっ……わ、わかりました……」


それでスコットは意外にもあっさり引き下がり、銃を下ろした。僕はそんな様子を見ながら、このベットーレという男は一体、どんな地位の男なのかと思う。兵士でもなければ、ただの傭兵でもないのか?


「ふふっ、さて。失礼しましたね。ラシェットさん」

「い、いや……」


僕はそう声をかけられて、戸惑った。

一時的に危機を回避したのはいいが、僕の置かれた状況は何も変わっていなかったからだ。


だから、僕は武器のイメージを再開する。


このままではダメなのだ。

こんなことが続けば、いずれあっちのペースに持って行かれてしまう。

現状を打破するならば、今を置いて他にないのだ。


「では、スコット准将の仰る通り、ここを離れましょうか。しかし、やはり拘束を解くわけにはいかないので、少し兵を呼んできます。それでベッドごと、ヘリに運び込みましょう」


またヘリ? 僕はそれを悪夢のように聞く。


くそっ、まだか? まだイメージが足りないか?


僕は初めての〈転移術〉に、なかなかコツが掴めず、気持ちばかりが焦ってしまった。

そして、あの仮想世界での、システムによるイメージのアシスト機能が、いかに重要なものだったかを、不本意ながらも知る。


「……ちっ。まぁ……観念するのだな。では、ベットーレ氏。私が兵を呼んで参りますので…」


そう言って、スコットがドアに近づいて行く。

そこまでは横目で見えていた。


しかし、その次の瞬間。


ドアが勢い良く開き…そして、そこから現れた人物に腹を蹴られ、思い切り壁までふっ飛ばされたスコットの姿はほんの一瞬しか見えなかった。


「えっ?」


僕はあまりの突然の出来事に、思わず声を出した。


見ると、スコットは壁の前でつんのめり、見事に伸びている。


その一部始終をはっきりと見たであろう、ベットーレは


「あら、そうですか。もうお迎えが来ちゃいましたか……」


と言っている。


お迎え?


僕はそう思い、首を上げる。

すると……


「お。ラ、ラシェット……良かった……無事のようだな」


そこには意外な顔見知りが立っていた ーー



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