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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第3章 ラシェット・クロード 時の試練編
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記憶への旅 ー別れ

アレクサンダーに初めて乗ってみて、まず意表を突かれたのは、付いてる計器類のその目盛りの大雑把さだった。


現代の最新鋭機であるゼウストはもちろんのこと、僕の愛機である旧世代のレッドベルでさえ、もう少し気の利いた目盛りが振ってある。

これでは、高度もエンジンの回転数も、方角も、天地も、大体しかわかりはしない。


エンジンの馬力が強い割に翼は敏感だし、機体は軽くシャープで、とても扱い難い設定の機体なのは、離陸させただけですぐに理解したが、それにも関わらずまさか、こんなに適当な計器類を積んでいるとは、僕は夢にも思わなかった。


「うぅ……僕はどっちかというと、いつも計器類を見て、チェックしながら飛びたいのに……」


僕は目に見える数値を信用して飛ぶことの方が多かった。

それは軍学校時代にも、ラウル爺さんからも、口酸っぱく教えられて癖になったもので、今まで僕の命を幾度となく助けてくれた技術のひとつだった。

しかし、この機体ではそれは通用しそうにない。僕は嵐の中でどうするべきか考えていた。


けど、この場合答えは一つしかなかった。


それは、計器類に頼らず、自分の感覚に頼って飛ぶということである。


そう判断する……いや、半ば諦めた感じでそう思うと、僕はしっかりと前を見据えた。そして、視界の前方を凄い速さで流れる雲と、その気流を丁寧に目で追い、つんざくような風の音を耳で聞き分ける。


「……なるほど…余計なものがないと、自分の五感に集中できる……こうやってバルスさんはいつも飛んでいたのか…」


僕はそう思いながら、操縦桿に微妙なさじ加減で力を加える。


しかし、考え方はわかっても、いざやってみると、この機体の感覚を自分のものにするのは、相当難しい。それに、こんな嵐の中では、当然視界も悪く、耳も聞こえづらい……そもそも、嵐の中のような場所こそが、本来、計器類に頼るべきところなのだ。


機体は僕の小さな操作ミスで揺れ、ひとつの判断ミスで下降気流に捕まりかける。


「くっ…まただっ。また読みが外れた……なぜだ? なぜ僕はバルスさんのように風に乗れない……?」


僕の駆るアレクサンダーは、バルスが操縦する時のような華麗さは全く出せていなかった。それどころか、これならまだゼウストの時の方が望みがあるくらいに思われた。


しかし、さすがにエンジンの馬力と機体性能は良いので、すぐにリカバリーができ、下降気流や外向きの風にはじき出されそうになっても、なんとか墜落だけは免れていた。


僕はまたスロットルを強く入れ、機体を風に押し戻される前の位置取りに戻す。


このように、何度失敗してもやり直せるのは、その分時間のロスにならないので有難い。

が、いくら墜落しなくても、この嵐を乗り越えられなければ結局意味はないのだが……とにかく僕は粘れるだけ粘っていた。


僕がそんなことを繰り返しながら嵐を見つめ、次の作戦を思案していると、バルスの機体が視界に入ってきた。


見ると、なんと彼はゼウストで、僕よりもずっと嵐の内側を飛んでいるではないか。


僕は驚くと言うより、自信を失いかけた。


僕は飛行機の腕前だけは、帝国軍の中でもドレッド団長とビクトリア副団長に次ぐ、三番手だったのだ。それが今、バルスには到底及ばないと知るとは……世界は広いなと、僕は改めて思わされた気分だった。


「おい、小僧。何をいつまでも、そんな所でモタモタしてやがるっ。さっさとこっちに来いっ! 俺は今日は真剣だと言っただろうが?」


「はい、それはわかっているのですが……こう機体がシビアでは……それに、僕はまだバルスさんのように風を読めないですし…そう簡単に……」


僕はそう弱気になって言った。すると、バルスはなんだそんなこと、といった感じで


「おいおい、なんだ、小僧? お前さん、まだそんなことで足踏みしていたのか? いいか、機体の性能っていうのはな、個性みたいなもんなんだよ。良し悪しじゃねぇ。性能を、良し悪しで考えちまうとな、それについ頼っちまうようになるんだ。お前さんは若いから、まだ少しそういう所があるのかも知れねぇがなぁ……」


と言う。さらに続けて


「まぁ、だからよ、まずは機体の個性っていうものを、ちゃんと捉えてやらないとダメなんだ。そうすると、自然と動かし方がわかってくる。設定がシビアだの簡単だのは関係なく、今の俺みたいに、初めて乗った機体にもすぐに対応できるようになるし、逆に長く乗った愛機なら、益々うまく乗りこなせるようになる。そうなれば、風なんてのは読む必要はなくなるんだ。お前さんは、何か勘違いしているみてぇだが、風は読むもんじゃねぇ。ただ機体の言うことを聞いて、その感じに忠実に応えてやればいいんだ。そして、機体が間違えかけた時はブレーキを踏んでやればいい」


と、さも簡単なことのようにいうのだが、僕にはそれこそが一番難しい「技術」に思えてならなかった。


「はい……それは、ここ一週間近く、バルスさんの操縦を傍で見ていて、なんとなくわかっているのですが……」


それが頭でわかっていても、体ではわからないのである。

けど、バルスは断言した。


「わかってるならな、小僧。お前さんも俺のようにできるはずだ。わかっているのにできなねぇってぇ、道理はねぇ。あとはお前さんの自信次第だ。きっと、お前さんは知らず知らずのうちに、俺とお前さんの間に、一本の線を引いちまってる。けどな、俺とお前さんは何も変わらない、同じ人間なんだぜ? 違うか?」


それを聞いて僕は苦笑する。

だって、言っていることが無茶苦茶だ。


けど……間違ってはいない。

確かに変な言葉だけれど、完全に否定できない何かが、その言葉の中にはある気がした。


「ふふっ、同じ人間っていうのはどうかと思いますけど……そうですね。僕とバルスさんの間に、そんなに天と地程の差はないはず……技術面でも、洞察力でも……!」


僕はそう言うと、スロットルを押し込み嵐に再度向かう。

その姿を目にしたバルスは、

「へへっ、よし、その意気だっ!」

と言ったが、僕が嵐の中に消えると、彼はもう声は出さなくなった。

あとは、自分でなんとかするしかない。きっと、それくらいしか、手っ取り早く自信を付ける方法などないのだろう。


僕はそれを悟ると、必死でもがき、選択し、なるべく機体の赴くままに任せて、風の中を飛んだ。


そうやって自分の感覚を信じ、そしてバルスの愛機を信じ、時間をかけて嵐をかき分けていく。


それは何か、長い人生における試練みたいなものを、ギュッと短時間に濃縮したような、そんな時間だった。


すると、その内にだんだん、僕は機体と一体になり、そして機体は嵐と同化してしまったような感覚に襲われた。


その間、僕はただ操縦桿を軽く握っていた。


そう。僕はなぜか、ずっと操縦以外のことを考えて飛んでいた気がするのだ……。


そして僕は数時間後。

嵐の中心…その真ん中の海にぽつんと浮かぶ、小さな島を見た気がしたのだけれど、それはまるで幻のように僕の視界から溶け落ち……。


気がつけば、僕とアレクサンダーは嵐の外の海に叩き落とされていた。


海に浮かんで見上げる空は、もう夕焼け色に染まり始めていた。


          ☆


僕を海から引き揚げてくれたバルスは、満足そうな笑顔を浮かべ、


「上出来だ。あとは運次第ってところだな」


と言って、僕に向かい親指を立てた。


「はぁ…自信次第のつぎは、運次第ですか。それはまた難儀ですね」


僕は差し出されたバルスの手を取り、立ち上がる。

僕の言葉を聞いた、バルスは大笑いしていた。そいつは違いないと。難儀なのは認めてくれたらしい。


「なにせ、現実の嵐は俺の作り出したイメージよりも、ずっと厄介な代物だろうからな。規模も違う可能性もあるし、風向きも違うだろう。けどな、俺はお前さんに、どうなってもいいような、基礎技術を教えたつもりだぜ? あとは応用で何とかできるさね」


僕は頷く。

確かに。それはそうだ。

全てにおいて予め答えが決まっていて、それに沿って進めば「はい、到着」なんてことは、あり得ないのだ。僕は嵐の乗り越え方を教わったのではない。


僕はただ、空の飛び方を教えてもらっただけで、その延長線上に嵐の克服法がある。


そう考えれば、バルスの言っていることの意味はよくわかった。


本当に強い力というのは、そういうのもなのかもしれないと。


「……はい。頑張ります」


僕はそれだけ言って、バルスの手をギュッと握った。


それに反応して、バルスもニヤッと笑い、


「おう。期待してるぜ。一番弟子」


と手を握り返してくる。

初めて会った時同様、物凄い馬鹿力だった。しかし、今度は僕も負けじと握り返す。そんな無言のやり取りが、別れの近さを僕に、嫌でも感じさせた。


「ふふっ。僕は、バルスさんの一番弟子になるんですかね?」

「ああ。不本意だろうが、そうなっちまったなぁ」

「ははは。では、至らない弟子ではございましたが、大変お世話になりました」

「けっ、よせやい。そんなにしみったれたことを言う弟子なら、すぐに破門だ」


僕達はよくわからない冗談で、ただただ笑った。

なぜだろう。

僕はそれで言おうと思っていた言葉をつい、引っ込めてしまった。


そんな僕を見て、バルスの方から

「じゃあ、達者でな……」

と、別れの言葉を切り出した。

どうやら、彼は僕の胸の内をすっかりわかっているらしい。


「あの沼にいた兄ちゃんにもよろしく言っといてくれ。…ところで、あの姉ちゃん達には会っていかないのか?」


「はい。ヤンさん達に次に会う時は、ちゃんと現実に戻れる時にしたいので」


僕がそう言うと、バルスは

「そうか。まぁ、それもそうだわな」

と言った。


そして、ちょっと躊躇った後、


「なぁ……これは頼みなんだが…前にも話した通り……もしお前さんが、ここの開発者とスーパーコンピューターのことがわかったらよ…」


と言ったので、今度は僕が


「はい、大丈夫です。その時は僕がバルスさんの代わりにコンピューターを破壊します。そして、全てを終わりにします…」


と言葉を継いだら、バルスは驚いたようだった。


「だから、安心してください」


僕がそう言って微笑むとバルスは目を見開き、そして、今にも泣き出しそうなクシャクシャの笑顔になって、


「へへへっ、そうか。なら安心だ。ありがとうな……」


と言ってくれた。


僕はその感謝の言葉を有り難く受け取る。

けれど、僕には最後に確かめておかなければならないことがあった……それは、


「でも、本当にいいのですか?」


ということだった。


それを聞いてバルスは一瞬動きを止めたが、顔はまだ笑顔のままだ。


けど僕が、そう聞いただけで、バルスは僕の質問の意味をわかってくれたようだった。


「やっぱり…気がついていたか。俺がどういう存在だかを……」


そう言ったからだ。


「ええ。なんとなく。しかし、わからないこともたくさんあります。……バルスさん、あなたはいつこの「完全コピー」をこの世界に作ったのですか?」


僕は聞いた。


<完全コピー>


知識だけはあったが、実際のところは僕もよく知らなかった。

記憶によれば、 その人の記憶や人格を完全にこのコンピューターのデータベースに上書きすることらしいのだが……。

すると、バルスが重そうに口を開いた。


「……コピーしたのは、死期を悟った直後さ。俺にはやり残したことがあったからな。だから、身体にかかる負担なんて怖くなかった。たとえ本物の脳が壊れても、それが原因で死んでしまっても、何もしなかったら、いつか本当に死んで終わるだけだ……あのままじゃあ、やり残したことを置き去りにして死んでしまうと、そう思ったのさ。俺には死ぬことよりも、そのことの方がよっぽど恐怖だった……」


「……だから、バルスさんは、この世界のデータに直接自分をコピーし、紛れ込ませた。本人が死んでもなお、この世界と繋がっていられるように……」


「そうさ。だから、俺は本物の幽霊みたいな存在なのさ。そのかわりにこの世界のことなら手に取るようにわかる。けどな……このスーパーコンピューターの根幹をなす、肝心な情報は秘匿されていて何も見えやしなかった。それは最大の誤算だったなぁ」


バルスは髭を触りながら語る。

そして、僕の方を見て、


「けど、嬉しい誤算もあった。それがお前さん達の存在だ。まさか、同じ世代の現代人と、この中で出会うなんざ、思いもしていなかったからなぁ」


と言った。

その嬉しそうな顔に、つい僕まで釣られてしまう。


「それは、僕も同じですよ。まさかこんなところで、あのバルスさんに会うだなんて、思わなかったですから」


「ハッハッハッ。そうだろうそうだろう。しかも、お前さん達の目的は俺と似たようなものだときてる。だから、俺は運命だと思ったね。それでお前さん達に協力したいとも思った。俺の成し遂げられなかった思いを、ほんの少しでも現実に持って帰ってもらいたかったからな……」


バルスはそう言って、腕を組み、空を見上げた。

しかし、僕にはそれになんと答えたらよいか、よくわからなかった。


なぜなら、もし今言ったことが全て本当だとしたら、僕がこの世界を破壊した瞬間……。


この目の前のバルスは跡形もなくなり、死んでしまうからだ。


それは僕にとっては、もはやただのデータ消去などではない。


友人が死んでいなくなることと等しく、悲しいことのように思えた。


けど……


「なぁ、さっき言った決意。あれを曲げるんじゃねぇぞ。それが俺の望みなんだからな」


「……はい。もちろんです。見つけたら、ひと思いにぶち壊します……」


僕の心はそう決まっていた。


その僕の言葉を改めて聞き、バルスは


「ハッハッハッ、そうだ。それでこそ、俺の弟子だ」


と言ってくれた。

そして、背中をいつものようにバシッと叩く。

その痛みにもすっかり慣れてしまっていたから、痛みで泣くふりをすることさえできず、僕は俯いてそっぽを向き、気持ちを切り替えた。


「じゃあ、行ってきます」


僕はもうこれ以上いられなくなり、バルスに背中を向け、歩き出す。


僕は振り向かなかったけれど、バルスが最後に、僕の背中に向け


「頼んだぞ。ラシェット」


と言ってくれたのは、しっかりと聞いていた。


         ☆


戻った暗闇で僕は、アクセスコードを思い描いた。


すると次の瞬間、黒い石の扉のようなものが目の前に現れて、僕に問うた。


「汝はこれから何を為すや?」


と。


そんなことは一言では言い表せなかった。


でも、強いて言うならば……


「僕はこれから友達を助けに行きます」


とは言えそうだった。


すると、次に扉は


「汝は何のためにそれを為すや?」


と問うてきた。


それにだって色々な理由はある。


けれど、


「その友達のためです。そして、僕自身のためでもありますし、もっと多くの人のためでもあります」


と、とりあえず答えておいた。


「では、最後に……汝はそれを為した後、次に何を為すや?」


それは、もう決まっていた。


「もう一人の友達との約束を果たします。また元通りの仕事をして、学費を稼いで。そして、最初に助けた友達と、たまに釣りに出掛けたいと思います。僕はそれ以外に何を為そうとも思いません」


僕はそうきっぱりと言った。


それに、扉は


「よかろう。では、行け……」


と言う。


僕はそれを聞き、なんでいちいち扉なんぞに言われなければいけないのかと思ったので、


「言われなくても、行くつもりだよ……」


と吐き捨て、タバコをイメージした。


でも、もう僕の手にはタバコは出てこなくて、その代わりに、強烈な黄色い光が僕の瞼の裏を包み込んだ。


            ☆


そうして、いつの間にか現実に戻った僕が、一番初めに耳にしたのは、遠くで聞こえる爆発音だった。


また、僕が一番初めに目にしたのは見知らぬ、暗いブロンドの髪の男。


その丁寧に髪を撫でつけた男は、僕と目が合うと驚いた様子でこう言った。


「おやおや、まさかこんなタイミングでお目覚めとは……これはいよいよ、雲行きが怪しくなってきてしまいましたね」


と。


それを聞いて僕は


「そうですか……そりゃ、申し訳ない。なんなら、もう一度寝ましょうか?」


と言う。


それを聞いた男は、ちょっと驚いた顔をした。が、そのすぐ後に、思わずといった感じで苦笑した。


よかった。冗談が言えた。どうやら、僕の頭はぼーっとしているなりに、ちゃんと働いてくれているらしい。


僕はそのことがわかると、ひとまずホッとし、今一度決意を新たにしていた。


「待ってろよ、皆。僕がこの手で必ず……全てを終わりにしてやる」

と。



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