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言術師のすゝめ

掲載日:2014/09/21



 実技テストの結果が思わしくなくて、私は裏庭でこっそり落ち込んでいた。

 ここはお気に入りの場所だ。雑草が好き勝手に伸びまくっているだけだから、普段は誰も来ない。

 ベンチなんて高等なものもないから、壁の段差のところ腰かける。

 一人反省会を開くには、ちょうどいい場所。


 ……だったはずなのに。


 カサリ、という草を踏む音に振り返れば、そこにいたのは同じクラスの男子だった。

 ここで人と出くわしたのは初めてのことだ。

 とっさに反応できずに呆然と見上げていると、彼はにっこりと笑った。


「花のせせらぎ」


 そうして、開口一番に意味不明な言葉を口にした。

 わけがわからずに私は眉をひそめる。

 からかわれているんだろうか、という考えが頭をよぎった。


「何、それ」

「君に必要なもの」


 薄茶の髪をなびかせ微笑む彼は、変人と称される同級生。

 けれどその才は並ぶ者がなく、紙一重という言葉の意味を教えてくれるような人だ。

 実技テストで先生にお小言をもらってしまうような私とは、何もかもが違う人。

 努力しなくてもなんでもできる彼には、私の気持ちなんてわからないだろう。

 どこかに行ってほしくて、私は力いっぱい睨みつけた。

 悔しいなんて、妬ましいなんて、そんな醜い感情を覚えさせないでほしかった。


「意味がわからない。せせらぎっていうのは、水の流れる音のことでしょう? 花のせせらぎって何よ」

「想像力を働かせてごらんよ。花の流れる音を聞いてみるといい」

「そんなの聞こえないわよ」


 彼の言葉をバッサリと切る。

 花は流れない。花は液体ではないから。

 流れるとしたら、小川に落ちた花などで、それはただの水の音でしかない。

 水の音は水の音。花のせせらぎなんてものにはならない。

 つまり、花のせせらぎというものは存在しない。


「君の言の葉には遊び心が足りない。事実だけを端的に述べていて、想像を働かせる余地がない」


 彼は、やれやれといったふうな顔をして、そんな指摘をしてきた。

 言われたくないことを言われ、私は思いっきり顔をしかめた。

 それくらい、自分が一番理解している。

 どうやら彼は、私の実技テストの結果を知っているようだ。

 だからこんな助言らしきものをよこしたんだろう。

 大きなお世話だ、と私は思った。

 稀代の言術師の卵に、哀れまれたくなんてない。


「それが、何? 嘘をつくよりは百倍マシでしょう?」


 どうしても、声が刺々しくなってしまうのを抑えられなかった。

 言術《ことじゅつ》は嘘つきの使う魔術だ、と悪しざまに言う人は少なくない。

 言の葉に魔力を込めて放ち、嘘すらも真にする、と。

 嘘は嫌いだ。嘘によって傷つく人がいるから。

 かつて母さんは、父の嘘に苦しめられた。ずたぼろに傷つけられた。

 そんな母さんの姿を見て、私は絶対に嘘をつかないと決めた。

 嘘はつきたくなかった。誰も、傷つけたくなかった。

 ……だから、言の葉が硬いと先生にも言われてしまうのかもしれない。


「そんなことでは言術は習得できないよ」


 静かな声が、事実を告げる。

 わかっている。そんなことくらい。

 私にはきっと、言術は向いていないって。

 でも、母さんと約束したから。

 言術師になると。言術師になって、そして……。


「しょうがないなぁ、見ててごらん?」


 彼はやわらかな表情を浮かべ、人差し指を振る。

 こっちに注目して、と言うように。

 それから、両手を広げて何度か大きく息を吸って、


「花のせせらぎ。雨の合唱。空の地図。風のささやき。水の微笑み」


 彼はゆっくりと言の葉を紡ぎ、それによって術がいくつも同時に展開された。

 宙に鮮やかな薄紅色の川が描かれ、水の音にも葉擦れの音にも聞こえる音がして。

 雨粒が奏でる静かで心に染みるような音楽が聞こえてきて。

 青と白のコントラストがまぶしい、地図のような一枚の紙が私の手元に降ってきて。

 こそこそと楽しく内緒話をするようなやわらかな風が吹いて。

 彼の手のひらの上に出現した水が散って、まるで微笑むように優しくキラキラと輝いた。


「ねえ、わくわくしてこない?」


 水の粒と同じように、キラキラとした笑顔に魅せられる。

 その笑顔すら魔法のように、私には見えた。

 彼の言の葉は、私を傷つけるものではなかった。

 ガチガチに固まっていたはずの私の心すら浮き立たせる、素敵な魔法が込められていた。

 ああ、本当に彼は天才なんだ。

 これだけの差をつけられると、妬ましさすら忘れてしまう。


 言術は人をしあわせにする魔法なんだよ、と。

 母さんの言葉を唐突に思い出した。

 あんなきれいな言術を見せられたからだろうか。

 彼の言術が、私の目指しているものなのかもしれない。


「……ねえ」


 私は、緊張にゴクリとつばを飲み込んだ。

 これから言うことは、いつもだったら絶対に言えないようなこと。

 けれど、自分の夢を叶えるためなら。

 私にとっての理想の、人をしあわせにする言術を修得するためなら。

 つまらないプライドなんて、ゴミ箱に捨ててしまおう。


「私に、言術を教えてくれない?」


 私の言葉に、彼は太陽のように朗らかな、心をとろけさせる笑顔を見せた。







「書き出し.me」にて書いたお話を加筆修正しました。

元文はこちら→https://kakidashi.me/novels/729

書き出し:「花のせせらぎ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「花のせせらぎ。雨の合唱。空の地図。風のささやき。水の微笑み」 ……美しい~!思わずため息が漏れてしまう一節と、術の展開の描写でした。 わくわくしない?って云う彼の言葉に「わくわくした!」…
[一言] 先生( ̄▽ ̄)ノ  これちょっとこのあとの展開が楽しそうですよ、続きを希望しますー
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