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姫様来訪4日目 1

『姫来た』第9弾を公開します。

 ええ、地味ですよ(^^)

新星暦83年3月25日土曜日【姫様来訪四日目】


 滝への行程は結構厳しい箇所があった。濡れて滑る川底や高低差10mの70度の崖を登ったりしたおかげで、500mを遡るのに1時間も掛かってしまった。滝に到着した時には全員が汗をかいていた。


 その滝は落差7mほどで2段になっていた。

 規模の割には大きな滝つぼが形成されていた。滝つぼの大きさは18m×25mほどで、滝が落ちている場所以外はそんなに深くは無さそうだった。水はきれいに澄んでいる。

 何回か来た事がある太郎以外の大人の警護員にとっては子供心を思い出させる何かを感じさせた。


 春奈が見たところ、岩が散在している箇所ではイワナとアマゴが潜んでいた。どの魚も昨日の魚よりは大きい。中には40cmを越えるイワナが居た。竿は持って来ていたが、こんなに大きなイワナに歯が立つとは思えなかったので釣りは諦める事にした。


 とりあえず一行は水筒のお茶で喉を潤した。春奈愛用の浜茶(カワラケツメイ茶)だった。

 残念ながらこの地では茶の木が発見されていない為に代用のお茶が色々と試されていた。浜茶はほんのりと甘みが感じられる香りとなめらかな口当たりで、健康にも良い(腎臓炎・利尿・便秘・消化不良・整腸に効果が有る)と言われていたので根強い人気があった。

 昼食は美月手作りのサラミの“サンドウィッチ”、春奈手作りの赤色野鶏のつくね“ハンバーグ”、二人合作の出汁巻き卵であった。赤色野鶏の“ハンバーグ”は甘みのある和風“ソース”が中まで煮詰められていて、生姜のみじん切りを混ぜているのでさっぱり感が絶妙で『これならどんどん食える』と好評であった。春奈が作る弁当は、もはや遠出の目玉になりつつあった。


 太郎は滝を眺めながら弁当を食べていた。時折、鳥の鳴き声が滝の音に混じって聞こえて来る。滝つぼの水面の波紋を眺めていると、日頃の事など頭から抜けてしまう。ゆっくりと昼食を平らげてごろりと寝転がる。


 空は澄んでいた。


 おなかが一杯になったせいか、動くのが億劫になっていた。上空を飛んでいる鳥が目に入る。橙色気味の太陽を直接見ないように腕を上げて、目を細めながら鳥の動きを追いかける。上昇気流に乗ってのんびりと旋回している動きはトンビの様であった。丁度鳴き声が聞えた。やはりトンビだった。


『いいよな、自由に空を飛べて。悩みも無いんだろうな。どんな景色が見えるんだろう』


と太郎にしては感傷的な事を考えていると、昼食後のお茶を楽しんでいた春奈がうーんと伸びをした後で声を掛けてきた。


「太郎さん、ちょっと周辺を探検して来るね」

「探検って、お前は子供か?」

「そう言われてもねえ。私は本物の子供だし。それに新しい土地に行ったら、何かわくわくしない?」

「俺はここ生まれだから、わくわくはしない」

「それじゃあ、ここで待っていて。警護員さんを二人残して行くから」


 警護員同士の話し合いの結果、昨日お供したクレスと桑原が残る事になった。春奈を先頭に6人が森林に入って行った。太郎は誰に話しかける訳でなく呟いた。


「何が楽しいんだか。よく判らない奴だな」



 美月は昨日の夕食後に春奈の部屋に招待されていた。そこである本を見せられた。春奈の説明は『明日は山菜を探したいけど、山の中に貴重な原本を持って行く事は出来ないので、ここで見て覚えてね』というものだった。

 春奈が用意していた手袋をはめさせられる。


 その本は美月にとっては日本の技術の凄さを実感出来るものだった。色付きの精細な写真の表紙に書かれた本の名前は『おいしい山菜・きのこを食べよう!』だった。

 今の技術ではこのような本を作る事は出来ない。せいぜい白黒写真を使った表紙くらいがやっとだったし、製本技術もこの日本製に比べれば劣る。

 出版日を確認する。


 2003年(平成15年)3月31日 初版発行

 2004年(平成16年)6月30日 第2刷発行

と印刷されていた。


 美月の心臓が激しく鼓動した。

 今、自分が持っている本が日本から伝わった事を本当に理解した。この地には3月31日も6月30日も無かった。

 ぽつりと彼女は呟いた。


「私が見ても良いの? これは凄い本じゃないですか? 春奈さん」

「うん、美月ちゃんなら良いよ。あ、それから今からお互いに、ちゃん付けにしようね」

「う、うん」

「この季節なら、日本では4月から5月位の山菜が取れるかも知れないよ。美味しいのがあればいいんだけどね」


 春奈は美月にどのページを見たら良いかを教えてくれた。その他にも、どの山菜が有りそうかも一緒に教えてくれる。

 春奈が説明してくれた所では、この村の人々はラミス王国の料理に慣れている所為か、日本で言う『山の幸』に無関心であった。食卓に山菜やきのこを取り入れる事は『季節をより感じる事が出来る事だよ』と言っていた。


 たっぷり1時間ほど二人でその本を見た後で、美月は気になっていた事を聞いてみた。口調がやっと砕けていた。


「ねえ、春奈ちゃん。この本の持ち主は誰なの?」

「春香おばあ様。でもね、何でこんな本を持って来たのかは謎なの。あの状況でこの本を持って来る理由は無いのよね。読むような時間が取れるとも思えないし。正直、何を考えていたのか分からない時があるわ」


 春奈は相変わらず春香の事を話す時は感情がそのまま出てしまっていた。今もごく親しい友達の事を話しているかのように喋っていた。


「そうそう、“マンガ”も結構、持って来ていたのよ」

「あ、それ知ってる。その中の登場人物が教科書に載ってるもの。可愛いよね、よつばちゃん。原作の複写本も面白かったよ」

「え、面白かった? そうかぁ、私のギャグセンスが駄目なのかなぁ?」

「間がいいのよ、あの“マンガ”。それとよつばちゃんのズレ具合が良いの。そうそう、今日だって、私、思わず4巻のお魚を釣りに行く話を思い出しながら釣っていたの」

「そう言えば有ったね。忘れていたわ」


 二人の話し通り、確かに春香は“マンガ”を十数冊持って来ていた。そして春香の日記によると同じ年代の子供達は勿論、大人でさえわざわざ読みに来たそうだ。一番人気は美月が面白いと力説した『よつばと!』という、主人公と近所の人々との交流と日常を描いた4冊の“マンガ”だったそうだ。

 現在は新狭山市立図書館に全ての“マンガ”の複写版と原本が置いている。春奈はそれらの“マンガ”を読んでもあまり面白いとは思わなかった。

 やはり、日本に対する知識の蓄積が足りないのか、同時代に生きないと分からないものかも知れなかった。もっとも美月が面白いと言っている位だから、自分自身に問題が有るかも知れない様な気がしてきた。

 春奈にとっては、春香が残した原本そのものの方が胸に詰まる気がしていた。図書館で“ガラスケース”内に保管されている原本は手垢で黒ずんでいた。

 日記にはギャグ“マンガ”を読みながら泣き出した人の事も書かれていた。その事を知っているだけに、彼らが“マンガ”を読んでいる時の心情を考えるといたたまれなくなる。


 そして、春香の友人(同人誌という本を書いていたそうだが、どんな本かは今では謎となっていた)が、娯楽に飢えた人々の為に資材を自衛隊から提供してもらって、自分たちの為の“マンガ”を書き始めた。

 新狭山市の誕生前後から書き出した日記風4コマ“マンガ”『新世界徒然マンガ日記』は歴史的資料としても価値が高かった。分かりやすい文体でありながら風刺も効いており、絵の上手さもあってその当時の人々の生の声が良く伝わっていた。現に今も増刷版が図書館の貸し出し上位50位には入っていた。

 その中で良く取り上げられたのが、同じ高校で親友だった春香とその兄の義弘であった。同い年と少し年上の二人の行動は彼女の目にはまぶしかったのかも知れない。

 彼女は後に春香を主人公にした、一部実話を取り入れたマンガを書き上げた。守兄妹だけでなく、新狭山市建立に携わった人々へのインタビューを元に新星暦7年から書かれた『春香』は全5巻の大作になった。


 マンガに関する知識は美月が春奈を圧倒的に上回っていた為に、美月の方が一方的に喋っていた。

 そして、美月と春奈のマンガ談義はその『春香』になっていた。

 もっとも、この頃になると、美月は昼の疲れからまぶたが重くなっていた。


「私ね、あの英雄と言ってもおかしくない関根春香様の子孫が来るって、お父様から聞いた時から楽しみにしていたの。どんな人かなーってずっと考えていたの。思っていたよりずっと、ずっと良い人で良かった・・・・・」


 喋りながら、ついに寝てしまった美月を眺める春奈の心は少し乱れていた。深呼吸をして心を落ち着かせる。美月の頭へ手を伸ばしながら呟いた。


「英雄の子孫も大変だけどね。かわいそうな美月ちゃん」


 5分ほど頭を撫でてから、やっと美月を起こす事にした。


「ほら、美月ちゃん、起きて。歯を磨いて寝ないと虫歯になるよ。ほら、起きた、起きた」


 美月は目をこすりながら、『ここは何処?』と言いたげな顔できょろきょろしてから眠そうな声で呟いた。


「あ、ごめんなさい、寝ちゃったのね。部屋に帰るね。お休みなさい」


 出口に向かう美月の背中に春奈は声を掛けた。


「お休みなさい。明日は6時半から弁当を作るから、そのつもりでね」

「うん。また明日ねー」


 ちなみに、『春香』を書いた漫画家は、この作品の完成後は後進の育成と育児マンガしか発表しなくなってしまった。理由は春香の日記に書いてあった。


『あなたの話以上のストーリーを考えるなんて無理。でも子育ては実話を元にするからネタが沢山有るのよ。あなたもいいネタがあったら教えてね?』


 『春香』は今もトップクラスの貸し出し実績であった。守家と関根家の人気が高い理由の何割かは、このマンガの人気のおかげかも知れなかった。

 


 太郎は上空のトンビを目で追いかけながら、ぼんやりと色々な事を考えていた。日常から離れた自然の中で考え事をするのは久しぶりだった所為か、少しは素直になっていた。


『ここから出たいと思う様になったのは、何故だったっけ?』


 彼は子供の時から使用人がいる事が当たり前の環境で育った。その代償として将来はこの村を治める事が義務付けられていた。小さい頃から父親に言われて来たし、当然の事と思って育った。

 そして客観的に見た場合は、彼は他人からうらやましがられる立場であった。

 この村の使用人は村の規模が大きくなるにつけ増えていっていたが、旧奴隷階級出身者が全てを占めていた為に、ケリュク保持者は彼を含めた宮崎家の4人だけだった。その頃は保持者が自分達しか居ない事に違和感は無かった。

 新狭山市全土では多数の保持者が居たが、そのような者はそれなりの職業に就いている。わざわざ僻地に来るはずも無かった。

 彼にもそれ位の事情が分かっていたので、少ない保持者と云う環境を受け入れていた。

 それに開墾と云う仕事にケリュクが直接役立つ事は少なかった。頭の良し悪しよりも経験の方が重要であった。

 現に宮崎家始祖の利光は純粋の日本人だった為に非保持者であった。彼は慣れない仕事ながらも立派にこの村の基礎を築いた。


 転機は3年前だった。当時の彼は11歳で、学校に行きながら開墾地の仕事も手伝い始めていた。仕事の手伝い自体は面白く、体が疲れてくたくたになってもつらいと思わなかった。

 だが、3年前に母親が死んだ時に何かがずれた。

 母親は優しかったが、教育にはうるさい方だった。元々は市内に住んでいたが、関根家の紹介で、太郎が生まれる6年前に父親と見合い結婚をした。都会育ちとは思えない位にこの村に溶け込んで、よく村の中を麦藁帽子を被って散歩していた。

 夕食の時には、どこそこの家の子供の出産予定日はいつだとか、今度入った使用人の奥さんがまだこの村の生活に慣れていないから、どこそこの奥さんに面倒を見る様に頼んだとかを良く話していた。


 利一は少し口下手な所があり、家庭内と村の奥さん連中の付き合いを妻に任せていた。父親が見通せない所を母親がしっかりとカバーしていたおかげで、家庭内でも村でも余計なトラブルは発生しなかった。父親もそんな妻を頼りにしていて、最高の嫁だと公言して憚らなかった。太郎は自分の両親とはいえ二人の仲が良過ぎるのでは、と逆におかしく思ったものだった。

如何でしたでしょうか?

 地味なんてものでは有りませんね・・・

 次回も・・・ いや、全編が地味です(^^;)


P.S. どうやらTwitterで「読んだよ」という報告をされた読者の方がおられる様なのですが、Twitterをしていなかったので、右往左往しながら登録してみました(^^;)

 いや、Twitter自体の存在は知っていたのですが(食べ物では無い事を知っている程度にですが^^;)、オジサンゆえに手を出していませんでした。

 未だ、よく分かっていないので、ちょっとづつ習熟しますね(^^)

P.S.2 cat_on_the_book様 ご訪問ありがとうございました m(_ _)m  (普通はTwitterで返信するだろう! というツッコミはご容赦のほどを^^;)

 

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