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姫様来訪3日目 1

相変わらず地味に進行中です(^^)

新星暦83年3月24日金曜日【姫様来訪三日目】


 今朝の春奈は早起きであった。午前6時には起き出していた。身支度を簡単に済まして、うきうきと厨房に向かう。

 後ろに付いているのは本日の御付番の藤田であった。可哀想な彼は、ダントンの思惑通りに昨夜の夜半に本日の目的地の下見を済ましていた。下見の時間も合わせると二時間半も掛かった。子供の足で片道一時間ちょっとなら下見も合わせて一時間半も掛からないだろうと甘く考えていたが、気になる点が有って時間を取られた事が大きな理由であった。

 下見の結果を春奈に朝一番に報告したが、返事は二言だった。


「確認しただけで二桁。気にしないで良いですよ」


 彼女の方が上手であった。

 『そう言えば、この村に来た時に全開だったもんな』と自分を慰めた藤田だったが、警護対象に脅威の存在を教えられる事ほど警護員にとって凹む事は無かった。朝の警護員合同ミーティングの後で、ダントンに言われた言葉はいつもの彼らしくもなく、愚痴が入っていた。


「お互い自信無くすよな。凡人の苦労を分かって欲しいもんだ」


 せめてもの救いは2番地と3番地の警護員も気付いていなかった事だった。ごまかそうとしていたが彼らの表情は『本当に確認したのか?』だった。


 春奈は彼らの葛藤とは無縁の行為に没頭していた。まずは出汁巻き卵を多めに作る作業から始めた。

 

 美月はいつものように、朝食の準備をしようと階段を降りている時に異変に気付いた。厨房から聞える物音がいつもと違う。リズムが違っていた。一階の廊下に出たところで藤田の姿を発見した。


「おはようございます。どうしたんですか?」

「おはようございます。春奈さんが昼に食べる弁当を作っていますよ」

「え、それは大変」


 何が大変かは分からないが、美月にとっては大変な事だった。慌てて厨房に突入する。中では春奈が味見をしていたのか指を舐めていた。


「ご、御免なさい。こんなに早く準備すると思っていなかったです。手伝いますね」

「ううん、いいのよ。それより朝食の方をお願い。弁当は任せて」


 春奈は特に気にする事なく、自分の調理に戻った。彼女は出汁に薄口醤油を追加して納得したところで溶き卵と混ぜて焼きに入る。美月は途中から朝食の準備をエキに任せて、自分は春奈の手伝いを買って出る事にした。


「春奈さん、手伝ってもいいですか? 味付けとかも参考にしたいし」


 春奈は一個目の出汁巻き卵を仕上げて、皿に移しながら答えた。


「うん、いいよ。それじゃ最初は料理の流れを見てて。ちょっと難しいけど、すぐに覚えられるよ。まずは・・・・・」


 春奈は美月が見やすい様に“ボウル”の位置を変えて、赤色野鶏卵4つを“ボウル”に割り入れる。その卵はこの村では見た事が無い大きさだった。それを泡が立たない様に且つかき混ぜ過ぎない様にかき混ぜる。


「こんな感じになったら、出汁と薄口醤油とみりんを入れるんだけど、分量は後で書いて上げるね。私のは目分量だから参考にならないの」


 春奈はそう言いながら、新狭山池の湖魚から作った出汁と“インディカ米”を主原料とした代用みりんと薄口醤油を別の器に目分量で注いで、混ぜ合わせて味見をした。


「うん、大丈夫。で、これをこの卵に混ぜて行くの。本当は少し冷やした方が美味しいけど、量も多いし時間も無いからこのまま混ぜるね」


 美月は春奈が手際よく玉子焼きを焼いていく様子を感嘆の面持ちで見ていた。自分でも玉子焼きを焼く事もあるが、春奈の焼き方は自分と全然違っていた。

 まず四角い“フライパン”を使っていた。加熱後の温度調整にも気を使ったり、箸で焼いている卵をかき混ぜたり、小分けに卵を“フライパン”に流し込んだりと手間を掛けていた。とんとんと“フライパン”を持っている右手を左手で叩きながら形を整えて、出来上がった出汁巻き卵を皿に移す時に春奈が尋ねた。


「味見する? 出来立てで美味しいよ」


 早速、切り分けてもらって一つを口にした。同じく自分も試食した春奈が満足したのか「うん、上出来、上出来」と言っている。

 美月にとっては初めての味だった。ラミス料理とは味付けが根本的に違う。ほのかに甘みを感じる旨みが口の中に広がる。しかもとろける様な柔らかさ。これならあの手間も納得だった。


 思わず目をつぶって味わっていると、春奈が声を掛けてきた。


「どう、美味しい? 気に入ってくれた?」

「美味しい・・・ こんなの初めて。絶対に作り方を覚えたいです」

「とりあえず、失敗を恐れずに挑戦あるのみよ。まあ、今日は時間が無いから私が作るけど、最後の二回は手伝うから頑張ってみる?」

「出来るのかなあ?」

「大丈夫よ。とは言え、私もここまで出来るまでに一ヶ月は掛かったから、道のりは遠いよ」


 二人は残りの出汁巻き卵に取り掛かった。それが終わると、子供用に甘めの玉子焼きを更に10個作る。これだけで春奈が持参した卵のストックが半分になってしまったが、気にしない事にした。


 焼き上がった頃に利一が起き出してきた。厨房に活気がある事に気付いて、珍しく顔を出した彼は春奈と美月が料理を作っている姿を見て驚いていた。意外に春奈の“エプロン”姿が板についている。挨拶をした春奈は照れ笑いをしていた。

 二人は残りの料理を手早く片付ける。春奈がオーロックスの燻製と“サラミ”を薄く切り分ける。その間に美月がパキを“サンドイッチ”に適した大きさに切っていく。出来上がった“サンドイッチ”の内、3つほどを利一の軽食にしてもらい、自分達は余分にパキを持って行く事にする。後は現地で魚を釣り上げる事にした。万が一釣れなくても死にはしない。


 春奈は藤田に荷物の中から釣り道具を出すようにお願いして、自分達は料理を弁当箱の中に詰めていく。詰め終わった頃に、やっと太郎が起きて来た。挨拶もそこそこに二人はパキを頬張って、朝食にしてしまう。行儀は悪いが時間が無かった。

 食べ終わった春奈はエキに今晩の夕食の準備に関して相談した。主菜は自分で作るので、必要な材料を箇条書きにして、用意してもらう事にした。

 二人は慌てて身支度に取り掛かった。

 春奈はまずは“シャワー”を浴びて、用意しておいた二つの荷物の中身を最終確認する。さすがに二つも自分で持って行けないので、ダントンに片方をお願いする事にしていた。あまり重いと悪いので大刀は諦めて、現地で魚を捌く為にも“ナイフ”2種類だけを持って行く予定だった。

 もう“ナイフ”が2本が入っていたが、自分の分の“リュック”に守り刀を追加した。おじい様が直接守家にお願いしただけあって、切れ味と美しさは素晴しい作品であった。

 衣服と“タオル”類は昨夜の段階で用意していたので問題は無い。本日主役の水着も用意してある。懐中時計を確認するとあと30分だった。慌てて最後の身支度を10分で済ませる。

 全部の準備が完了して、美月達と合流後に宮崎邸を出たのは午前8時45分であった。


 春奈一行がリクの家に着いた時には、子供達はもう集合していて騒がしかった。全員が手に小さな包みを持っている。最後にもう一度、人数を確認して早速出発する事にした。

 目抜き通りを通り抜けて、小規模な川港区画に入る。春奈は基本の図面を見ていたが、思ったよりしっかり作っていた。桟橋の作りは川から20mほど流れを引き込んで、浚渫した川底には石を使って深みを確保していた。桟橋には木製の“クレーン”も設置されている。

 その桟橋を左に見ながら、リクを先頭に子供達は真っ直ぐに川へ直行した。この辺りの川幅は7mくらいで、両岸に高さ2mの土手が築かれていた。その土手の上を上流の北東へ向かう。

 子供達は慣れた道を行くかのように脇目も振らずに真っ直ぐ前を向いていたが、春奈たち新参者はきょろきょろと周りを見ていた。春奈は川の両岸に広がる開墾地の観察だが、警護員達は警戒だった。朝の合同ミーティングで発表された二桁の謎の集団を春奈は『気にするな』と言っていたが、任務上無視は出来なかった。

 半分ほどの開墾地が種まき前で、あちらこちらで農作業をしている使用人が居た。何をしているのかまでは分からなかったが、オーロックスを使っている事から畑を耕している様だった。警護員の半分は時々立ち止まり、背嚢から取り出した双眼鏡を向けていた。

 使用人達は一団に気付くと手を振ってくれた。子供達も手を振り返したが、春奈が一番熱心に振っていた。土手を歩き出して45分後に、宮崎利一と使用人3人が用水路の補強をしている所に出くわした。その先は直ぐに森であった。


「春奈ちゃん、気を付けて行くんだよ。リク、皆をよろしくな。太郎と美月は春奈ちゃんのお相手をちゃんとする様に」

「はい。おじ様も頑張って下さいね」

「はい、むらおさ様も気をつけて下さい」

「はい、お父様」 と太郎を除く三人は同時に返事をした。


 太郎は手を上げただけだった。


 手を振りながら、更に上流に歩いて行く。土手は開墾地の端で細くなり、一列で土手を歩いて行く。木材の運搬時に使う土手の様だった。周りに木々が覆いかぶさって来る。気温は先程より1度は下がった様だった。源流に近い所為もあり川は澄み切っていた。魚影が水中に見える。

 春奈がリクに尋ねた。


「隊長、今から行く所にもお魚さんはいるの?」

「いるぞ。でもなかなかつかまえられない。すばしっこいし、すぐにかくれるからな。でもな、前に行った時にワナをしかけているから、上手くいけばつかまえられるかもしれないぞ」

「どんな罠を仕掛けたの?」

「川の横を掘って、小さな川を作った。そこに魚が入っていたら、端を閉じてつかまえる。みんなで考えた」

「すごーい。入っていたら良いね。私も道具を持って来たから頑張って釣ってみるね」

「つるって何だ?」

「魚の好きな虫を付けた糸を川に投げるの。それを食べた魚を引っ掛けてつかまえるの」

「それでつかまえられるのか?」

「どうかな。頑張ってみる。みんなの分まで釣れたらいいんだけど」

「よし、つれたらみんなに分けてやってくれ」


 ほのぼのとした会話を二人が交わしている近くで、警護員達は警戒レベルを上げていた。森の中に入った為に視界が狭くなったからだった。



 村の南と東のはずれに監視拠点を設置している集団は、森の中での移動に悪戦苦闘しながら一団を監視していた。昨日の深夜に警護員の一人が上流の下見に出た事から、今日の予定をある程度推測して準備はしていた。

 だが、一団に気付かれずに先回りしたり、監視したりする事は大変であった。ましてや昨夜の段階で監視に気付かれた事が、警護員達の態度で明白だった。任務はどんどん難しさを増していた。

 最初の試験内容が変更になり、子供一人の監視が追加になった。そして村外から来客があってから、状況は複雑かつ困難になりつつある。その来客に彼らの師匠と、警護員が六人も居るなんて事は不公平だった。

 彼らに目視されると3ヶ月に亘った、この部隊の実験が最初からやり直しになってしまうという「状況想定」も追加された。

 彼らも必死だった。

なんだか、新しい登場人物たちが・・・

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