姫様来訪2日目 2
前回で、春奈が抱えている秘密の一面が徐々に浮かび始めました。
宮崎兄妹に対する彼女の影響はどの様な作用を及ぼすのでしょうか?
当然ですが、地味に話が進行して行きます(^^;)
昼食は宮崎利一も一緒であった。彼は村の経営の為に多忙であった。その証拠に服装は畑帰りの為に作業服を着ていて、泥も数箇所付いていた。彼は春奈に『この様な格好で失礼して』と言っていたが、春奈はむしろ嬉しそうだった。自分の為に仕事を中断するより、気にしないで仕事をして貰う方が気が楽だからだ。
利一は昼食のテーブルで気が付いていた。息子の様子がいつもと違う。今までなら昼食を自分の部屋で食べる事が多かったが、今日はおとなしく食堂のテーブルに着いている。口数は余り多くは無かったが、昨夜の様に無礼な態度を取るわけでもなく、発言も考えた内容が多かった。
美月は相変わらずに春奈を一心に見ていた。利一から見た美月は同い年の春奈に自分の母親を重ねている様な気がしていた。そう思った事に深い理由は無い。
だが、美月の態度は昨日より更に幼い雰囲気を感じさせるものが有った。
関根家の警護の者が同席しているのは昨日と一緒であったが、今日は年上の方が着席していた。自己紹介では確かダントンと言っていた。名前からアメリカの帰化人が始祖と思われたが、彼の記憶には無かった姓だった。
今日中に村を発つ中村屋が会話をリードしていた。春奈は相変わらず上機嫌で中村屋との会話を楽しんでいた。今も市内の上流階級を皮肉る庶民のジョークに笑っていた。特に自分の家のジョークは気に入ったようだ。
内容はある家をお気に入りの庶民が、別の家を気に入っている庶民に向かって、お前は騙されていると云うものであった。一歩間違えれば、中村屋は関根家から恨まれそうであったが、彼の軽妙な会話術も手伝って陰湿な雰囲気になっていなかった。
中村屋は同じシリーズのジョークを更にもう一つ披露していた。
「関根家が好きな庶民は騙されている。何故かって? あれほど神話に彩られた家は無い。それが証拠に関根家を好きだと言っているお前の顔を鏡で見ろ。まるで神様の事を話す様な顔で話すじゃないか。ちなみに守家を好きだと言っている奴らの顔は政治家みたいに油断ならん顔で話すがな」
現在、新狭山市は五つの家がそれぞれの分野の実権を握っていると言われていた。それらの家は始祖の職業と二代目の特性から得意分野が異なっていた。春奈の家と血縁関係が濃い守家は政治と工業関連が強く、彼女の関根家は政治と商業に強みがあった。
そして、関根家が庶民での人気が高い理由は庶民的な家風もあるが、神話じみた話も多かったせいだった。
だが利一も含めて庶民は本当の関根家の強みを知らなかった。
利一は久しぶりに昼食を楽しめていた。更に中村屋が関根家に絡む冗談を言って、皆の笑いを誘っていた。太郎も微かだが笑っていた。
『関根家に相談して良かった。たった二日間で太郎の雰囲気が変わって来た。お嬢様も楽しそうだし、残りの滞在期間を楽しんで頂ければ良いが』
彼にとって、春奈は『幸福を呼ぶ蛇』の様であった。
春奈と宮崎兄妹の三人は昼食後に村人の住居を見て回る事にした。
今日も暑いので、屋敷で時間をゆっくりとつぶす。
春奈は持って来ていた香辛料や調味料を美月にプレゼントしていた。関根家は最大の食料品メーカーを傘下に収めていたから、香辛料や調味料を沢山持って来ていた。中には市販していない貴重な調味料や食品が混じっていた。
少し気温が下がった3時過ぎに屋敷を出た春奈の目に広場で遊ぶ子供達の姿が入った。彼女はリーダーに大きな声で声を掛けた。
「隊長、隊長の家は何処?」
隊長と呼ばれた小学5年生の男の子が返事を返してきた。
「見たいか? なんなら、おやつを食べるか?」
「ありがとー。一緒に行こー」
子供達はわらわらと団体でやって来た。隊長が先頭でしんがりは春奈や美月と同い年の女の子だった。その女の子は小さな子が置いて行かれない様に目を光らせていた。一つ下くらいの男の子が真中で時々後ろを振り返っている。
「ここの子供達は良いね。役割がしっかりしている。市内の子供達にも見習わせたい位だわ」
自分もその子供である事を無視して春奈が二人に話しかける。言われればその通りだった。彼ら自身は一緒に遊ぶ事が無いので、今まで気が付かなかった。
美月はリーダーの子を少し見直した。リーダーのリクは祖先譲りの掘りの深い顔であった。身長は春奈と美月の間くらいで、身体つきはがっしりした筋肉質だった。彼女自身が忙しかった事もあるが、立場上、彼と一緒に遊んだ事が無かった。勉強している時と違った一面を見た気がした。勉強している時は大人しい子だったが、今は堂々としている。
それは太郎にとっても同じであった。と同時に何かの感情も少し浮かぶ。自分でも説明できない感情であった。
「よし、はるな付いて来い。でもおやつはそんなに上げられないぞ」
「うん、いいよ。それよりどんなおやつ?」
「多分、パキだ。昨日もパキだった。それでもいいか?」
「パキは大好き。楽しみだわ」
リクを先頭に8人の子供達、続いて警護員6人に囲まれた春奈と宮崎兄妹が続く。春奈が声を掛けて、警護員の輪から抜け出してリクの右後ろに付いた。彼女はあくまでもリーダーを立てる気だった。
太郎はその姿を見て、本当の彼女の姿がますます分からなくなった。余りにもころころと姿を変える。そしてそれを楽しんでいるみたいにも見える。『市内』の女の子はあんなのばかりなのか、と思ってしまう。
幅10mの大きめの目抜き通りを一団が北上して行く。広場から一本の道を隔てて、北側が使用人の住宅地だった。子供達はそれぞれの家に戻って行った。リクの家は広場から見て2列北の並びにあった。
「お母さん、おやつ出して。それとお客さんを連れて来た」
家から出て来た母親はその場の光景に驚いて、おやつのパキを入れたカゴを落としそうになってしまった。
自分の息子達の横に昨日出迎えた『市内』のお嬢様、その横に村の長の息子と妹、そして周りを囲むようにごつい身体つきの大人達。
なんとかカゴを落とさずに済んだが、どうすればいいのか分からずにパニックになりそうだった。慌ててお嬢様に挨拶をしようとした時に、お嬢様が口の前に指を立てて、『シー』というジェスチャーをした。
それに気付かずに息子は自慢げに言い放った。
「おれより一つ下で新しい手下になったはるなだ。おやつを恵んでほしいと言っている。やっていいか?」
お嬢様のジェスチャーはそのままだったが、目が笑っている。珍しい事に主人の息子も声を出さずに笑っていた。妹は口を両手で押さえて下を向いていた。その背中は大きく脈打っている。周りの大人達は肩を震わしていた。
「リクさんの手下に入れてもらった、はるなです。リクさんの言う通り、おやつを恵んでください」
春奈が真剣な口調で言った途端にその場は爆笑に包まれた。春奈をお兄ちゃんの手下にした功労者の弟とリクは一瞬ぽかんとしたが、母親までも腹を抱えて笑っているのを見て爆笑の輪に入った。
ラミス王国での主食パキを新狭山市では様々なバリエーションにして、主食やおやつにしていた。本当のパキは小麦粉と塩と水を使い、発酵させずに焼くだけだった。第一世代の感想によると、形は違うがフランスパンが一番近いらしかった。
本来であればパンと言って良いが、パキという名前のままでバリエーションを増やしていた。
ただ、日本で作られていた菓子パンを再現した復古調パンだけは日本での呼び名のままで通用していた。特に有名な復古調パンは、実用に足る小豆亜種を発見してから復元された「アンパン」であった。第一世代が喜んで食べたと記録にも有り、今もパンと言えばアンパンであった。
リクの母親が焼いたパキは美味しかった。素朴な味だが、少々の砂糖とオーロックスの乳を混ぜている。おやつに砂糖と乳を使えるという事は生活水準が高い証拠であった。春奈には味もさることながら、この様なちょっとした事も知りたい事であった。2・3番地の警護員は断ったが、ダントンは春奈が二つに割ったパキを味わっていた。
勿論、春奈が口に入れたのはダントンが口に入れて毒物の味がしないかを確認した後であった。春奈がそうしないとダントンらが後で怒るからであった。
皆が食べ終わった頃に、家に帰ったはずの子供達が集まって来た。
手には春奈に食べさせたいおやつがあった。全員のおやつを食べた頃にはさすがの春奈もギブアップ寸前だった。付き合ったダントンも『夕食が腹に入るかな?』と思わざるを得ない程であった。
おやつ大会が終わり、春奈が皆に改めてお礼を言った頃に、牛車に乗った中村屋が通りかかった。春奈が藤田を呼び、少し話した後で藤田が中村屋を追い掛けて行った。
彼女は直ぐに振り向き、リクに尋ねた。
「隊長、明日行く所って遠いの?」
「すぐだ。ここから一時間ちょっとだ。行けるか?」
リクは少し心配そうな顔をした。新入りの体力がどれ程のものか分からないので心配になったのだ。子供達は助け合いながら上流の遊び場に何度も行っていたので問題は無いが、新入りは身体も小さいし少し痩せている。おぶって行く羽目になったら、帰りがしんどくなる。
「それなら大丈夫。体力には自身があるし、いざとなったら太郎様がおぶってくれるから」
「太郎様が? 太郎様、本当ですか?」
リクは心配そうな、混乱したような顔になって太郎に聞いた。
『この新入りは自分のてしただが太郎様よりえらいという事は結局、だれが一番えらいんだ?』
太郎に訊く口調は春奈と話している時とは違っていた。いきなり振られた太郎は考えながら答えた。
「えーとだな、この子はリクよりも弱いよな。でもリクは隊長だから、皆の面倒を見ないといけない。そこでだな、特別に俺がこの子の面倒を見てやろう。そうすれば、皆で揃って遊びに行けるだろ。分かるか?」
リクは納得した様だった。やはり太郎様が一番偉いらしい。ついでに予定も言った。
「よし、明日の9時に出発だ。お昼の弁当をわすれるな」
「うん、明日の9時にここに来れば良い?」
「ここで集合だ。みんなもおくれるな」
彼は集まっている子供達全員に聞えるように大声で言った。
子供達は明日の予定も決まったので『けんけん』をする事にした。リクが足で三角形や丸、四角の枠を書いていく。三角形(真中で縦に割っている)・丸・並列に四角三つ・縦に四角を三つの順番であった。
春奈は遊び方を知らなかったので、『ごまめ』にされてしまった。
といっても彼女には『ごまめ』の意味さえ全く分からなかった。きょとんとしていると、リクが『こんなことも分からないのか』といった顔で説明してくれた。
「はるなはこんな事も知らないみたいだから、特別に教えてやる。まず自分の石を見つけて来い。こんなのだぞ。そう、それでいい。あとはやりながら教えてやる」
その遊びはコツさえ掴めば難しくは無く、春奈は結構楽しんでしまった。最後の方は手加減をしないといけなくなったが、単純な遊びゆえに皆との距離が近くなった気がして来た。その後に遊んだ『ぼうさんがへをこいた』もおもしろかった。春奈にすれば珍しく二時間以上も遊んでしまった。
美月と太郎は、リクの母親が持って来てくれた木箱に腰掛けて、遊んでいる子供達を眺め続けていた。警護員達は警戒を続けながら、懐かしそうな顔をしてちらちらと見ていた。
気が付けば夕焼けが始まっていて、子供達が帰る時間だった。リクが皆に明日の朝に集まることをもう一度念を押して解散した。春奈は最後の一人になるまで手を振り続けた。
「さて、よく遊んだわ。ごめんね、一人で楽しんで」
「いえ、いいですよ。私も混ぜてもらったら良かったです。本当に楽しそうでしたね」
春奈は照れ笑いをした。その笑顔を見て、美月は何故か感動してしまった。
この人がこんな笑顔を見せてくれる。そこには家柄とか育ちとかに関係の無い、純粋な同い年の女の子が居た。思わず美月も「てへへ」としか表現出来ない笑顔が浮かんでしまう。
太郎にとっても、子供の遊びをこんなに長時間見た事は初めての体験ではあった。
だが、意外な事に時間の無駄と思わなかった。彼はリクの小さな子供達への扱いを見ていた。
『ごまめ』にも色々な段階があって、子供のレベルに合わせてルールが決まっていた。全員が遊べるようにリクが決めているのだが、春奈が入った事により修正をしていた。その様な知恵が子供にもあるとは、今まで考えた事も無かった。
その夜の夕食は春奈が持参した食材が使われていた。酒類のつまみにはオーロックスの燻製と猪のサラミが出されていた。
「おじ様、そのつまみは“ビール”に合いますか?」
「ええ。それにおいしいですよ。いつも食べるのと違って、独特の良い香りがしますね。これもH.S.F社の製品ですか?」
H.S.F社とは関根家が作った新狭山市最大の食品メーカーであった。
元々は関根春香が食料になりそうな植物や動物を収集して、貧弱な新狭山市の食事情を改善する為に興した会社であった。
彼女の実家の母親が料理研究家と言って良い位に「食」に拘った所為もあり(春香と一緒に自宅で手作り醤油やソース、味噌、その他自宅で作れそうな料理をかなり試していた)、春香自身の手料理もかなりの腕前であった。
腕に自信の有る女性と移民達を雇って、設立5年で一人勝ち状態にしてしまった。決定的な要因は材料段階から調達するだけの能力は他者には不可能だったからであるが、味自体もあの時代にしては上々であった。
更には彼女自身の商才も要因として上げられる事も多かった。
ただ彼女の性格上、勝ちさえすれば良いと考えずに共存を模索した為に、破綻した者の後処理を引き受けて行った為に巨大化した面も多々あった。
「実は私の手作りなんです。まだ市場に出すにはコスト的な問題もあって、父とどうしようかと悩んでいるんです」
「これは売れますね。秘密を教えて欲しいと言っても無理でしょうが、市販されたら早速買いますよ」
「ありがとうございます。そんな大層な秘密じゃないんですけどね。あと何種類か手作りのつまみを持参しましたので、感想を教えて下さいね。そうそう、“ビール”も新作を持って来たので試して下さい。私には相性とか分からないので、参考にさせて頂きますね。祖父も父も参考にならないんです。何を食べさせても、美味いとしか言わないから」
春奈には外見だけで無く、グルメという春香のDNAが息づいているようであった。
美月は父親から燻製とサラミをもらって食べてみた。いつも父親がビールと一緒に食べる物も前に試した事があった。塩辛かったり、けもの臭さが残っていたりして、余り美味しいとは思わなかった。
だがこれは違っていた。
父親は単に美味しいと言っていたが次元が違う。両方とも保存の事を考えて、やや強めに塩をきかせていたが肉の旨みを損なっていない。そして確かに香りも違う。特にサラミは上品な香りがケモノ臭さを完全に消していた。
元々、この様な料理はラミス料理には無かったので作り方の想像が付かない。せめてヒントだけでもと思って、思い切って春奈に聞いてみた。
「春奈さん、作り方を教えて貰えませんか? 家でも作りたいんです」
「うん、良いよ。お邪魔しているお返しにレシピを教えるね。でもこの香りを出すのは難しいかも。特別に作った牧場限定の猪だから。おかげでコストが上がって、市場に出せない位なの。あと何年かは試行錯誤するかな。でもそれなりの味に仕上げる、とっておきの方法を教えちゃうね」
「ありがとうございます。お父様、楽しみにしておいてね」
「良いのですか、春奈ちゃん。企業秘密でしょうに?」
「いえいえ。H.S.F社はこれ位ではびくともしません。それに、誰にも漏らさないでしょう、美月さん?」
「勿論。絶対に言いません」
「なら、大丈夫」
太郎にはまた一つ、いや二つの新たな春奈の姿であった。
『こいつの本当の姿はなんだ? それと、本当の目的は?』
彼にとっては、春奈は目を外してはいけない存在になっていた。わざと無邪気に振舞っているようでいて裏がありそうであった。何かこの村に悪い影響を与える存在にもなり得る人物と云う可能性も考えられた。
太郎自身は気付いていなかったが、春奈を見る視点が少し変ってきていた。
如何でしたでしょうか?
いや、本当にビックリするくらい地味です(^^;)
そして、オジサン世代には懐かしい“遊び”が登場しました(^^)
お金も、道具も必要では無い“遊び”って、彼女たちの世界では標準なのでしょうね・・・・・
まあ、mrtkの世代にとっては“ビー玉”、“カード飛ばし”なども小学生の時代には定番でしたね(^^)
特に、“テイキュウ野球”は好きでした(^^)
滅茶苦茶柔らかくて素手でも野球が出来るゴム製のボールを使用して、ピッチャーとバッターを交互に交代しながら行うのですが、地肩がそれほど強く無いmrtkは変化球投手でした(^^)