関根家の宝 3
地味に物語は続きます(^^)
物語の背景が少し出て来ます。
夕食までの時間を利用して一旦旅装を解く為に、関根春奈達は2階に上がって行っていた。
二人きりになった食堂で、宮崎利一は太郎に詰問をしていた。
「何故、あんな質問ばかりをするのだ? お嬢様は気にしなかった様だが、相手によっては非友好的な態度と取られても仕方が無いぞ」
「はん。澄まし顔をどこまで続けられるか見たかっただけだよ。別にどうだって良いじゃないか? もう訊かないし」
「いいか、これ以上機嫌を損ねる様な事はするな。それと明日からお嬢様が外に出掛ける時は、失礼が無いようにしてお前が相手するんだ。さっきの無礼な態度の罰だ」
「もし嫌だと言ったら?」
「今すぐ勘当だ。家の恥をさらすが、これ以上の失礼はわしが耐えられん。お前も13歳だから、それ位は分かるだろう」
「別に勘当でも良いけどね。でもそれが原因でぽっくり逝かれたら寝覚めが悪いから、適当にお相手するよ。所詮は10歳の小娘じゃないか。どうせこんな田舎にすぐに飽きて帰って行くに決まっている。それまでは辛抱するさ」
利一は頭を抱えたくなっていた。太郎が出迎えに来なかった時に抱いた心配は当たってしまった。
そんな会話が行われているとは知らずに、厨房では美月がオーロックス肉の火の通り具合に神経を集中していた。自分も夕食会に同席する為にはそろそろ切り上げる必要があるが、あと少し掛かりそうであった。この料理だけは自分で作りたかったのだ。母親が得意としていた肉料理だった。母親が亡くなった後にエキ夫婦に作り方を習って、自分でも工夫をしていた。最後の味付けを済ませた段階で時間が来たので、美月は仕上げを料理の師匠のエキに頼んだ。
自分の部屋に戻る彼女の顔は笑みが浮かんでいた。今日の夕食はきっと楽しいものになるだろう。
『だって春奈様があんなに素敵だとは思わなかったのだもの。うん、絶対に楽しい夕食になる』
“ドレス”姿になった春奈の最終点検の手伝いをしながら、藤田は疑問に思った事を尋ねていた。
通常、警護員は守護対象にはこの様な質問はしないが、春奈は結構フランクに答えてくれるので、どうしても確認したい事は質問していた。それに答えによっては警備計画を変更する必要も有ったのだ。
「春奈さん、よくあんな失礼な態度に耐えられますね。それとも何か理由があっての事ですか? 私が気付くべき事があったのですかね?」
彼女は警護員達に『お嬢様』『春奈様』と呼ばせる事を許さなかった。
「あら、藤田さんは気付かなかった? あの子はあの程度の質問をする事で、何とか自分の劣勢を挽回しようとしていたのよ。可愛いものですよ。でも、もうあのような態度は取らないと思うわ。だって、本人は無意識に負けた事が判っているもの。次に取る態度は無難な態度でしょうね。本心は別だけど」
「本人が聞いたらグレそうなお言葉ですねえ。年下に子供扱いされて」
「我が家の家訓を忘れた? 『作用と反作用は等しく』よ。わざわざ相手の舞台に上がってあげているのだから、ちゃんと対処して上げないと悪いでしょ? ねえ、後ろ髪はおかしくない?」
「大丈夫ですよ。それで次はどうするのですか?」
「友好的に和やかにディナーを頂くの。他に何かある?」
春奈は彼を見上げ、笑顔を見せながら答えた。
彼にはもう何も言う事は無かった。我らが姫様は状況を楽しんでいる。
「では、参りましょうか」
廊下ではダントンと2番地、3番地の警護員の二人が待っていた。合流した5人は藤田を先頭に食堂に向かった。
屋敷の外では二人の警護員が屋外の警備に付いていた。
食堂にはダントン以外の4人が入り、ダントンは入口での警備を固めた。先程と同じく藤田だけが食卓に着く。ディナーには行商の中村屋も参加していた。
ディナーは和やかなムードに終始した。会話も中村屋の話す色々な土地の話題やこの開墾地に関する事が多かったが、太郎はほとんど会話に参加しなかった。美月は料理を口に運んでいるか、春奈を見ているかのどちらかであった。
「このジャフィネは美味しいですね。お肉が柔らかいし、しかも旨みの閉じ込め具合が絶妙ですね。この微かに残っている風味から考えると、玉ねぎを下処理に使ってお肉を柔らかくしていますね」
春奈が料理を作った使用人の腕を褒めた。思わず美月の顔が火照る。その料理は彼女が今夜の料理で唯一自ら作った作品だった。すかさず給仕をしていたエキ夫人が答えた。
「ありがとうございます。でもそのジャフィネは美月お嬢様がお作りになったお料理です」
春奈は笑顔を美月に向けて言葉を掛けた。
「とてもおいしいですわ。今度、作り方を教えて下さいね」
更に春奈は言葉を継いだ。
「私も料理が好きなので、家でもよく作りますが日本料理の方が多いのです。ラミス料理のレシピも増やしたいと思っていたので、よろしくお願い致しますね」
美月は思わぬ展開に少し動転しながら無難に返事を返した。
「ありがとうございます。お口に合って良かったです。喜んでお教えさせて頂きます」
美月の中の「春奈好き度」が更に上昇した。
利一はその様子をニコニコしながら見ていた。いつもの気が張った美月と違って、多少緊張はしているが今夜の美月は年齢相応に見える。妻の彩が生きていた頃の美月が戻った様だった。
食事も終わり、デザートに移る時に春奈が利一にあるお願いをした。
「私の事を御嬢様では無く、春奈と呼んで下さい。それと言葉使いは丁寧で無くて良いですよ。私は子供なのですから」
「いえ、今まで関根家に受けた恩から言って滅相も無いです」
「あら、それこそがお願いする理由ですわ。私は何も感謝される事をしていないんですもの。その代わりに宜しければ、おじ様とお呼びさせて下さい」
「判りました。では春奈ちゃん、でどうですか?」
春奈は何故か嬉しそうにお願いした。
「もう一度、呼んで下さい」
「春奈ちゃん」
「はい、おじ様」
彼女は笑みを深めて言った。
「実はちゃん付けで呼ばれるのは初めてなんです。新鮮で良いですね。この村に居る間はリラックス出来そうですわ、おじ様」
美月は相変わらず春奈を見ていた。彼女は春奈の仕種を研究する気なのだ。勿論、小さい頃に母親から躾を受けたし、マナー本も読んだ。
だが、完璧な見本が目の前にあれば参考になる。
特に春奈の様な上流階級出身者なら真似をするだけの価値があった。料理を切り分ける時の指の使い方、切り分けた料理を口元に運ぶ角度やスピード、料理を口に入れるタイミング等、見ていて飽きなかった。
そして、太郎は父親と春奈のやり取りを無言で聞いていた。
藤田は太郎の表情を確認しながら、春奈が予想した通りに進行していく夕食に、改めて彼女の観察眼の確かさを思い知らされた。
デザートのマンゴーを食べ終わり、食後の一杯を楽しみながら利一は頭の中で目の前の少女と何かが繋がる気がしていた。
昔の出来事だったはずだ。
だが思い出せずに、自分より16歳年下の春奈の父親の事を尋ねていた。
「毎日忙しそうですよ。社長業も結構重労働ですからね。ましてや歳が若いから年上の方ばかりを相手にするので大変でしょうね。我が家は早婚が続いたから他家に比べて世代がずれていますから。三代続けて二十歳前後で結婚していますからね、一部の方は『我慢が足りない』と言っているらしいですわ。始祖は普通でしたけどね」
「なるほど。祖父が関根司令夫妻の昔話をよくしていました」
この時に利一は先程気になった、少女と何が結び付くのかに気付いた。
「少し待ってもらえますか? 是非お見せしたい物が有るので」
「良いですわ。皆さんとお話ししていますから」
利一は大急ぎで、食堂の向かいにある祖父と父親所縁の品々を置いている倉庫に向かった。早くしないと、また太郎が彼女に失礼を働くかも知れない。
だが今はその心配より自分の考えが正しいのかを知りたかった。ヒントは関根家当主の手紙に書いてあったのに、気が付かなかったとは我ながら情け無い。
『確か、この整理箱に入れているはずだ』
それは宮崎家始祖の利光の身の回りの遺品を納めた整理箱だった。祖父が執務室の机の上に飾っていた大きな写真。変色を防ぐ為にわざわざ透明な膜で密閉していた。
「あった、これだ」
見付けた時には思わず言葉が出た。大小二枚の写真が一緒に出て来た。大きい写真は未だに再現が出来ない技術で撮られた写真であった。
じっと見る。
そこには12人の男女が写っていた。何が嬉しいのか全員が笑っていた。ただ、唯一の女性の笑顔だけが他の者とは温度が違っていて、印象深い笑顔になっていた。
「やはり似ている」
食堂では春奈と宮崎兄妹の3人が土地の話をしていた。中村屋と藤田は聞き役に回っていた。
「川の上流には池が有りせんでしたか?」
「有りますけど、途中からは道も無くて急な坂が多いですから、往復で2日以上は掛かりますよ」
「体力には自信がありますし、山での活動用に色々と持って来たので大丈夫と思いますが、時間が勿体無いですね。それでは池は諦めて、明日は村を散策させて頂きますね。こういった自然の中は久し振りですし、村の生活も興味がありますから」
「それでは私が案内致しましょう。村人に頼むと無礼を働くかも知れませんし、父に言われておりますので。幸い村の仮設学校もお休みですから、私が適任でしょう」
「春奈様、それでは私も一緒にご案内致します」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますね。実はここに来ると決まってから、色々と計画を考えていたのです。ああ、明日から楽しみですわ」
藤田とダントンはその『計画』を知っていた。春奈に見せられたのだ。元々この土地の開墾前の地図を作ったのは関根家始祖の奥方だった。その地図を元に行商の中村屋の情報を加味して計画は作られていた。
そして、関根家が経営する会社が作成した企画書を読み終わった時に思わず二人は口笛を吹いたものだった。10歳の子供が主導した内容とは思えなかった。
この企画が成功すればこの村は多大な恩恵を受ける。
だが、実現しなくても姫様が自然を楽しむだけで実害は無かった。『まあ、市内では味わえない開放感を楽しむだけでも姫様には良い経験だしな』と云うのが二人の一致した意見であった。
利一が二枚の写真を持って来た。一枚は大きく、そして鮮明な“カラー写真”だった。
「それはもしかして“デジカメ写真”ですか? それだけ大きな写真が存在していたなんて」
「ええ、祖父の宝物でした。春奈ちゃん、この写真の女性に心当たりがないですか?」
春奈は受け取った写真を珍しそうに見たが、直ぐに利一が言っている女性に視線が釘付けになる。その女性は周りの男性達とは場違いな印象だった。男性達は私服の民間人が5名と、見慣れない装備の自衛官が6名だった。
問題の女性の身長は高くない。一緒に映っている男性達より頭ひとつは小さい。年齢は少女と言って良いだろう。服装は、製造方法が分からない為に使われなくなった旧迷彩服だった。写真の少女の髪の毛は黒くて短かった。どこかで見た記憶はあるが、昔に見たのか、最近だったのかも思い出せなかった。
一番の特長はその表情だった。とりあえずは笑顔である。だが何故か不思議な印象を抱かせる笑顔であった。
この時代の写真の特徴は高い解像度と色鮮やかな色彩だった。
しかし、これだけ大きく引き伸ばされているにもかかわらず、その少女の笑顔はぼやけた印象が有った。周りの大人達が心底楽しそうな笑顔をしているだけに対照的だった。春奈はその笑顔の意味を考えたが分かるはずも無かった。
だが、一瞬後にその女性の正体が分かった。
写真の中の少女が細めている目に見覚えがあった。その目とそっくりな目を毎日見ていた。鏡の中の自分と同じ目だ。
彼女は利一におずおずと尋ねた。そのさまはそれまでの自信に溢れていた彼女からは想像も付かない、ただの少女そのものであった。
「もしかして、おばあ様? 春香おばあ様ですか?」
利一はこの少女が初めて見せた感情むき出しの表情を見詰めてからうなずいた。
「そうですよ。この頃はまだ結婚前だったから守春香様ですけど」
「これはすごいですね。初めて見ました。この写真がここに在るなんて、想像していませんでした。撮影した事は知っていて、探した事もあるのですが見付けられなかったのです。おじい様が私の顔がそっくりだと言っているのが納得です」
その写真の守春香の肌の色を薄めの褐色にすれば、関根春奈の数年後と言っても通用しそうだった。
春香たち第一世代はまだ混血前だったので元の黄色人種の肌の色をしていた。春奈達の時代では混血が進み、第一世代と同じ純血を保っている者は極わずかであった。あと数十年も掛からずに居なくなると言われていた。
春奈が少女の正体を特定できた理由は自分そっくりな目と顔、そして、写真の年代と少女のいでたちだった。
この写真が撮られた時代に迷彩服を着ていた少女は一人しか居ない。春香の姉の守真理は6歳年上だから当てはまらない。それに関根家に伝わる春香の日記にこの写真の事が出ていた。この地に来た二日目の日記の内容はその後に比べて感情的だった。
『平成17年10月26日(水)晴れ
帰れなくなってしまった。おばあちゃんやお母さんやお父さんの事を考えると、胸が詰まる。でもお母さんに撮ったばかりの写真と手紙を出せたのは良かった。真理ネエありがとう。
でも、留美を助けないと後悔するから構わない。絶対に助ける。とりあえず今日は朝から砦上空偵察。大前教授達と記念写真。西山教授があんなにお茶目とは思わなかった。高高度偵察。明らかに私達はモルモットだ。連れて来た者? 物? は見えず。砦偵察。許せない。あんな扱いをした事を後悔させてやる。』
写真撮影をした事は分かっていたが、その写真を地球に送ったと書いているし、実際に関根家には残っていない。おじい様が昔、西山教授の子孫に見せてもらったと言っていたが、その写真は後に発生した西山家の火事で失われていた。
春奈は父親に頼んで、他の学者の子孫が持っていないか確認してもらったが、持っていないという結果だった。日記の記述だけでは、他に誰がいたのか分からなかったのでお手上げだった。
春奈にとっての春香は色々な意味で憧憬の対象であり、同志であった。
そして、諦めていた写真が思いがけず目の前に在る。感情を抑え切れなくても、彼女は恥とは思わなかった。この写真を見られただけでも、10時間も牛車に揺られた価値があった。
写真の笑顔がぼやけている理由も分かった。本当は笑える心境ではなかったのだ。
春奈はその“カラー写真”を3分間は見詰め続けていた。じーと自分を見ていた美月にやっと気付くと、その写真を彼女に渡した。もう一枚の写真を見る。その写真は後年撮られたものらしく、白黒写真で解像度も低くなっている。
二組の中年夫婦が写っている、この写真は関根家にも残っている写真だった。宮崎家の始祖夫婦が開拓地に向かう前日に、関根家始祖夫婦と一緒に撮影した写真だった。
美月は歴史書や雑誌などで関根春香の白黒写真は見た事があるが、ほとんどは表情が分かりにくいサイズだった。彼女にとっての英雄を初めて“カラー写真”(しかもこれだけ大きな写真自体初めてだった)で見た感想は『本物も可愛いし、春奈様にそっくり』だった。
“マンガ”を始め、手に入る限りの関根春香の資料は全て集めていたが、自分の家にこんなすごい写真が残っているとは思わなかった。
始祖達の初期の写真はあまり残っていなかった。一番多く残っている春香でも10枚ほどだった。文明の利器と言われた物資の数量が限られていた為に、彼らは生き残りに必要な情報を優先して写していた。
市民出身者でさえ2枚か3枚写っていれば多い方で、機動隊員や自衛隊員などは集合写真が有れば良い方だった。その集合写真には必ず春香が中心か、もしくはその部隊の隊長の横に写っていた。彼女が如何に両組織から愛されていたかが分かる。
美月が写真を藤田に回したのは5分後だった。
美月のその夜の夢は、関根春香が彼女の王子様役だった。
しかも総天然色の映像だった。
如何でしたでしょうか?
物語は更に地味に続きます(^^;)
うーん、アクションもしくは戦闘シーンを書きたい・・・・・