姫様来訪6日目 3
話の着地点が近付いて来ました(^^)
市警察と自衛隊から来ている4人は相変わらず直立不動だった。
彼らに春奈は視線を向けた。ダントンも姿勢を正した。
一拍置いて、春奈は宣誓を始めた。その声は彼女の容貌からは似つかない低音だった。
「ラムと関根・モルィジャ・ラキビィス・ラミシィナアス・春奈の名の下で、今夜起こる事の秘密を公務以外で守る事を誓うか?」
「はい、殿下」
彼女はラミス語の祈りを捧げた後で、同じ内容を日本語で捧げた。
「そなた達の誓いと名誉が永遠に守られ、魂が神の世に辿り着かん事を」
春奈は略式に近い形での宣誓にした。あまりきつく縛っては、彼らの報告に差し支える。
次いで、宮崎家の三人に向かって宣誓を行った。
ただし、こちらはあらゆる口外を禁じる厳しいものであった。
それでも、美月が昨晩した保護宣言まで含んだ本格的な宣誓よりは短かった。合計8人の宣誓が終わった後で、春奈は全員に声を掛けた。
「はい、お疲れ様でした。もういつもの様にしても良いですよ」
市警察と自衛隊から来ている4人を除く4人は肩の力を抜いた。市民がラミス王族の宣誓を受ける事など無いだけに精神的に疲れていた。
「皆さん、疲れています? 本番はこれからですよ。さて、庭に出ましょうか?」
ダントンを先頭に9人は庭に歩いて行った。春奈の指示で彼女を中心に直径6mの半円を作る。美月は何が行われるのかの想像がついていた為に、むしろ春奈以上に緊張と興奮をしていた。
相変わらず4人の警護員は真剣だった。彼らはこの為に来ていた。関根家との交渉は上層部がしていたので、末端の彼らは結果を報告すれば良かった。
だが文面による命令は要領を得ない内容だった。
『護衛監視対象が実験する内容を可能な限り報告せよ』
何の実験かも分からないし、どういうフォーマットで報告するかも事前に教えてもらえない事は異例であった。
「では、始めます」
春奈は宣言した後でケリュクを全開にした。美月はこれまでも思っていたが、春奈の発生量は膨大だった。
だが今度は何かの形に沿って流れている様だった。出来るだけその流れを掴むように視覚をいじった。
ある流れが発生した、と思うと途絶える。次々に新たな流れが発生しては途絶える。途中からはその流れを把握出来なくなった。新たな流れが発生しなくなったのは1分後だった。
ケリュクの量が普段より少なくなった様に見えた。
だが、実際は違っていた。減少した分は全て春奈の周囲で吸収されていたのだった。
春奈がもぞもぞとして、何かを確認するかの様に背中を振り向く。
そして背筋を伸ばした。美月の耳に微かな高周波音が聞こえた。足元に微風が吹いていた。春奈の足元を見ると、両足の外側の芝生が上から押し付けられた様に寝ていた。より詳しく言えば、押し付けられながらそよぐ様に波打っている。
高周波音が変化した。耳を塞ぐほどではないが、明らかに大きくなっていた。芝生が大きくそよぐ。風も大きくなった様だ。芝生に気を取られていた美月は他の者が『おー』と言った時に初めて気付いた。春奈の足は地面から離れていた。
春奈当人は何かに集中しているのか、目をつぶっていた。10秒ほどして目を開けて、左右に視線を飛ばしてから足を降ろして皆に伝えた。
「試運転が終わったので、本格運転します。万が一暴走したら悪いので、あと2mほど下がって下さい」
皆が下がった事を確認してから、彼女はスッと浮き上がった。今度は高度を20cmくらいにしていた。姿勢をほんの前屈みにしたと思ったら、スーと前進した。10mほどで器用にターンして戻って来る。皆の前でもう一度ターンすると説明した。
「今度は本格的に上空に上がります。明りが届かないので、目視では難しいでしょうから、ケリュクの流れで追いかけて下さい」
彼女は加速度的に速度を上げていった。40m先でフワっと浮き上がった後はそのまま広場の上空12mまで上昇して行った。
そして左へ旋回して行く。使用人達の住宅街の上を通り、屋敷の真北から皆の上空を飛び越えて行った。
それまで無言だった警護員達の内、一人が目は春奈を追掛けながら感想を言い出した。
「本当に飛んでやがる。マンガ絡みで変な噂を聞いた事はある。魔女は空を飛ぶから魔女だと。まさか現実に見られるとは思わなかった」
市警察本部から来ていたスタンレイだった。答えたのは自衛隊から来ていたヒルスだった。
「マンガでは描いてなかったけどな。実は自宅に全巻揃えている。子供も読んでいて、お気に入りだ。自衛隊ではあの主人公の事を“ターミネーター”や“少佐”と呼んでいる。古い話なので、理由も名付け親も分からない。終結させるものという意味らしいがな」
「そのあだ名、警察でも言っているぜ」
「まあ何にせよ、現代にも“ターミネーター”が復活って事だ。また戦争にならなきゃ良いが。折角、平和が続いて来たんだ。せめて俺らの子供が巻き込まれなければ嬉しいんだがな。ここだけの話、グザ公どもが最近活発な動きを始めている。そっちは何か掴んでないか?」
「特に無い。いや、一点だけ有る。今年の予算で増員計画が盛り込まれていたが、ほとんどが機動隊復活関連だ。えらくきな臭い動きだな」
「機動隊って、始祖の時代のか? お互い年金貰えるかどうか分からんな。貰えても遺族年金かもな」
スタンレイが急に真面目な口調で言った。
「息子がこの前初めてお父様って、言ってくれたんだよ。それまでだーだ、と言っていたのだがな。嬉しかったぞ。家族サービスを今の内にしとくかな」
「そうだな、始まっちまったら、それどころじゃ無いもんな。まあ、そうならん事を祈るか。自衛隊も以前よりはましになったが、グザ公ほどの人数は持っていないしな」
美月は少しでも多く、春奈のケリュクを捉えられる様に必死に視覚を調整していた。彼女がこれまでに試した中で最適な調整でも春奈のケリュクはともすれば見えなくなりそうだった。ヒルスが声を上げた。
「おっと、降りて来るみたいだぞ」
春奈は広場上空から徐々に高度を下げて、屋敷の敷地に入った時には3mまで降りていた。最後はストンという感じで芝生へ1mほどを降りる。両足をクッションにして上手く衝撃を吸収した。
周囲のケリュクを通常に戻しながら、皆の前に歩いて来た彼女は宣言した。
「これで実験は終了です。報告に関しては任せます。ただ質問が有ると思いますので、食堂で聞きましょうか?」
飛行自体は5分ほどだったが、春奈本人には1時間ほどに感じていた。本格的な飛行は実は今夜が初めてだったのだ。それまでは自分の屋敷内でこっそりと練習しており、自信が付いたので今回の実験を行ったのだ。たった5分間の飛行だったが、彼女の上半身とふくらはぎは締め付けられた影響か、まだ違和感があった。
『この後で美月ちゃんと一緒にお風呂に入ったら、また言われるなあ』と下らない思いが春奈の脳裏をよぎる。
この実験の模様を見ていたのは、彼らだけでは無かった。
春奈が教官を務めている自衛隊特殊作戦群傘下の新設実験部隊も見ていた。彼らの大部分は一種のパニックに陥っていた。この一年近く春奈に様々な能力を叩き込まれていたが、あの技術も教え込まされるのかと思うと憂鬱だった。
人間は鳥じゃ無いんだから、勘弁して欲しかった。歩兵は歩くから歩兵なのに、空を飛んでどうするんだ?
勿論、後日には認識が変わったが、最初に思った事はこれも教官殿のいじめに違いない、だった。
食堂では各自が好きなポジションに座った。
ただ、例の4人は立ったままだった。春奈の説明を聞き漏らさない様に、彼女を中心にした形になる。美月が全員の分の飲み物を配った。彼女が座った後にヒルスが口火を切った。
「失礼して、私から質問させて頂きます。第一にその技術は誰でも使えるのでしょうか? 第二にもし能力レベルに拠るなら、どのレベルから使えるのでしょうか? 殿下」
浜茶を飲んでいた春奈は麦わらで作ったストローから口を離して、ゆっくりと答えた。
「第一の質問はNOです。第二の質問はAレベル以上で且つかなり高度な適性が必要です」
一旦言葉を切った彼女は再度、説明を続けた。
「適性としては、集中力がかなり必要です。気付いた方が居るかもしれませんが、飛行する為にはかなりの部品を、ある物質で自己生成します」
「ある物質?」
「現在の技術では見る事も出来ない物質です。ちなみに、この飛行技術を作り上げたのは守義弘様と関根春香です」
美月を除く6人が驚いた表情を浮かべた。
「その二人が名付けた名称が有ります。unknownからもじった『UK』と言いますが、かなり安直ですね。でも名前の安直さを別にして、それを感じられる人間自体、本当にごく少数でしょう」
「例えば、美月みたいな奴ですか?」
太郎が口を挟んだ。言葉使いは改まっていたが、公務員と違うので殿下とはわざと言わなかった。
少し笑顔を浮かべた春奈が答えた。
「自分で能力を開発しただけに可能性は有ります。ああ、美月ちゃんの能力に気付いていたのなら太郎様にも可能性は有りますよ」
そう言った後、春奈がまた浜茶を飲んでから言葉を続ける。
「私も『UK』を未だに完全に理解した訳では有りません。『UK』を一番理解していたのは守義弘様と春香の兄妹です。飛行技術が彼女と守優梨子様の二名で途絶えた事はこれと関係します。ご存じ無いでしょうが、後年に警察と自衛隊の能力者に伝えようとしましたが、余りにも複雑過ぎた事と技術を文字に出来ない事から無理でした。だが、記録は残りました。だから2番地と3番地は今回の申し入れに飛び付いたのです」
春奈は理解具合を確認するかの様に皆の顔を見渡した。
「私は祖父に教えてもらった技術を基に、半分は自分で開発しました。ちなみに祖父は飛べません。形だけは縮小版を作れたのですが、揚力も推力もまるで足りませんでした。本題の『UK』の自己生成の話しに戻します。『UK』はケリュクに反応しますが、その反応には数種類の系統が有ります。その中に自己生成が有ります。今からやってみますね」
彼女は立ち上がり、周りを見廻した後でさっきの作業を分かり易い様にゆっくりと時間を掛けて行なった。
美月には春奈の周りでケリュクの断面が内側から外側へ流れるのが見えた。流れから4枚の長さ50㌢位の板状のモノを展開した事が分かった。
「今は翼の部分だけ展開しています。翼は大きい割に一番構成部品数が少ないのですが、それでも24個の部品から成り立っています。そして飛行する為には、更に別に四つの主構成部分が必要です。技術の伝達が出来なかった理由はこの部分でした。少数の部品は生成出来ても、それを維持しながら多数の部品を生成する事が難しく、最高で50個くらいまでしか同時に維持出来ませんでした。要するに途中で最初の部品が消えてしまう訳です。そして、三つある推力部分はそれぞれ42個の部品で成り立っています。飛行に必要な部品を全て足した数は171個になります」
春奈は残りの主構成部分を説明しながら、次々に生成していった。
そして、最後にくるりと回ると発言した。
「さて、『UK』は見えません。見ると言うか感じるには特殊な能力が必要となります。これ以上はお伝え出来ませんが、在るとだけ断言しておきます。さて、他に何か質問が有りますか?」
スタンレイが手を上げた。
「政治的な質問は多分答えてくれないと思いますが、一点だけお教え下さい。何故この村なのでしょうか? 実験なら自衛隊に頼めば人目を気にする事無く出来る筈です。どう考えても分かりません、殿下」
「答えは簡単です。私の我侭です。それ以上でも、それ以下でも有りません。これ以上はあなた達に迷惑が掛かりますので、申し訳有りませんが話せません。もう質問が無ければここの家族とゆっくり話したいのですが、よろしいですか?」
市警察本部と自衛隊の警護員はお互いに見合った。相手はラミス王家とも繋がりがある人物だ。
春奈本人は無理難題を押し通す様な人物では無さそうだった(むしろ好ましい人物という意見だった)が、どこに地雷が有るか分からない。やんわりと地雷原の存在を教えてくれてもいた。これ以上の質問は却って危険であった。
「ございません。これは個人的感想ですが、素晴らしい物を拝見させて頂きました。マンガを持って来ていたらサインをして貰いたいぐらいです。殿下と我らが新狭山市に神の恵みが有らん事を」
ヒルスが皆を代表して発言した。そして4人全員が一礼した。
彼らのこの旅における最大の任務が終了した瞬間だった。
如何でしたでしょうか?
もう少しだけ、話は続きます。




