表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

関根家の宝 2

相変わらず地味に話が進みます(^^;)

 宮崎美月の関根家令嬢への反応は、父親とは全く違っていた。

 こうであって欲しいと願っていた「関根春奈像」より立派な実物がそこに居た。

 同い年とは思えない、年齢を超えた存在感。声も素敵だった。振舞いにも品の良さを感じさせる優雅さがあった。身長は自分よりはかなり低くて、やや痩せているけれど、身体的な弱さは感じなかった。顔には幼さが残っていたが、これは仕方が無かった。日系遺伝子が色濃く出た場合はどうしても若く見える。

 だが、彼女の本質は外見上の幼さとは掛け離れていた。ケリュク非保持者には全ては分からないかも知れないが、美月クラスの保持者には明白だった。

 関根春奈が進む道を決めた時に、彼女を止める事は並大抵の者には無理だろう。

 彼女と美月の目が合った。思わず頭を下げた。無意識に視線を避けた事は自分自身でも分かっていた。美月を見る春奈の視線に込められた感情を、美月は気付かなかった。

 だが、一瞬だけ春奈の目を覗いた美月は先程の考えを修正する。


 彼女を止める事の出来る人物は居ないかもしれない。

 そう、美月の中では伝説と化している『関根春香』と同じように・・・

 目の前の少女は紛れも無い直系の証拠をその瞳に宿していた。

 『ラミス神国の黒水晶』という証拠を。

 

 後日、宮崎美月は兄に言っている。半ば冗談だったが、半分本気だった。


『春奈様に会ったのも、好きになったのも私が先よ。お兄様より私の方が先輩なんだから』


 美月は少々空想的な事を考える性癖があって、いっその事、関根春奈が男性だったらと考えた事さえあった。


 関根春奈本人は、そんな宮崎親娘の反応を楽しんでいるかの様に微笑んでいた。


 こうして、この開墾地の運命を変える、怒涛の1週間は幕を開けた。

 

 利一はこのお姫様の希望通りに南北に走る村の目抜き通りを歩きながら、村の歴史を説明していた。

 入植した時に一緒に連れて来た5家族の子孫が今も一緒に頑張ってくれている事。その5家族を選んで推薦してくれたのが、関根家初代の関根昌幸だった事。現在は使用人19家族40人に発展した事。村の北4割は今後の発展の余地を見込んで、整地だけをしている事など等。


 美月は二人の後を歩きながら説明を続ける父親を1割、春奈を9割の比率で見ていた。後ろから見ても春奈の身長は自分より低い。

 だが、何故か春奈の方が高いと感じてしまう。足の運びと歩く姿勢が違う様な気がした。こっそりと真似をしてみる。彼女にとっては初めての「淑女」への挑戦であった。

 三人を先頭に行列は全長340mの目抜き通りを歩いて行く。その周りを牛車から降りた3名の警護員が周囲を警戒していた。

 

「わあ、素敵な御宅。風格が出ていて良いですね」


 宮崎家の屋敷に着いてからの彼女の第一声がこれであった。

 宮崎邸はがっしりとした2階建ての木造建築だった。入植後5年してから建築を始めて、3年掛かりで完成した。それまでは宮崎家の始祖家族も使用人達と同じ様に丸太小屋に住んでいた。対外的な事を考えた場合は不利益が多かったが、先立つものが無い為に仕方が無かった。利一が生まれる3年前にやっと屋敷が完成した時は、8年間の近所付き合いで始祖の人柄に触れていた使用人達も喜んでくれた。


 今では建築してから半世紀を経過した為に改修跡も目立つ。

 だが、長い年月使われて来たが故に宿る風格も感じられる。利一も気に入っている点を褒められて、悪い気がする筈が無かった。つい彼も口が軽くなった。


「祖父が日本で見た西部劇風の外観にしたかったそうです。私には西部劇というのが、どんな物か分かりませんが」


 春奈は一瞬どう説明するか考えた後で説明してくれた。


「アメリカの開拓民が活躍した大昔の時代の再現映画です。色々と問題も有りましたが、人間が持つ新しい土地を冒険して征服したいという欲求の一端が現れていると思います。おじい様もそれが分かっていて、あえてこのデザインにしたのでしょう。素晴らしい方だったと私の祖父から聞いています」


 『生まれながらの政治家』

 利一が思った感想であった。知識を披露するだけでなく、さりげなく相手を褒める。こういう言葉を掛けてもらって嬉しくないはずは無い。もし選挙が今あれば、利一はこの子に無効票でも良いから一票を投じてしまいたくなる。彼が日本の知識に堪能ならば『帝王学』と云う言葉を思い浮かべていたであろう。


 美月の案内で牛車を敷地内の牛車小屋に入れる為に、中村屋と村人達や更には警護員の内の3人が玄関で別れた。彼女らはそのまま荷物を屋敷内に運ぶ予定だった。

 その間に利一は春奈と残りの警護員を食堂に案内にしていた。まずは軽い飲み物で喉を潤してもらうつもりだった。

 だが、食堂には先客が居た。利一が一緒に出迎える様に言ったにもかかわらず、姿を消していた息子の太郎であった。利一は息子の顔を見た時に、先程自分がどの様な顔をしていたのかを知った。

 確かに第三者の目で見れば、楽しいかも知れない表情の変化であった。



 宮崎太郎にとって、自分はこの村にとっての異邦人という感覚が日増しに募っていた。村の者のほとんどが使用人故に心を打ち明けて話せる人間もいない。村人は、将来の主人になる太郎には丁寧な付き合いをしていたが、本心は別と確信していた。それ位の事が分からない子供ではなかった。

 一番近い年齢の者が2歳離れた使用人の子供という事も孤独感を増長していた。

 妹の美月とも最近は衝突してばかりだった。彼女に小言を言われる様になったからだった。彼女は詳しくは言わなかったが、母親との約束を守る為に忙しい毎日を送っている。

 だが、それも太郎の癇に障る。家の中で忙しくしている彼女はある意味で楽しそうだった。自分との差を見せ付けられている気がしてしまうのだ。


 彼は絶対に認めないであろうが、母親の死が孤独感を感じるきっかけであった。

 厳しくも優しかった母親があっと言う間に死んでしまい、しばらくは無気力な日々を送った。そんな彼を心配した父親が良かれと思って、開拓地に専念しろと言った事が事態を悪くしてしまっていた。父親が思っていた以上に彼は未熟であった。自分の将来を勝手に決められたと感じたのだ。

 本来であれば、彼ほどの素質を持ったケリュク保持者ならば理性が感情を上回るはずだった。

 始祖の時代の文献によると、日本育ちの子供とケリュク保持者の子供は精神の発達過程に大きな差があった。3年から4年ほど早く大人になると言って良いそうだ。

 そして、基本的にケリュク保持者には第一反抗期は若干あるが、第二反抗期はほとんど無い。反抗するまでも無く、自己の自律を自然と確立しまうのだ。父親も自分以上の素質を持って生まれた息子であれば判ってくれるという思い込みがあった。

 だが彼は未熟故に袋小路にはまってしまっていた。この村一番の素質を持った自分の未来を、自分より劣る父親に決められたという、全く子供じみた感情で反応したのだ。

 今も心の中に棘の様に刺さっている思い。


 『自分はもっと大物のはずなのに、こんな僻地で土にまみえて一生を過ごさなくてはならない。なんて理不尽なんだ』


 それからの彼は事あるごとに使用人にきつく当たる事で心の平衡を保つという、下らない只の暴君に成り下がってしまって行った。

 父親の利一はこの3年間で考えられる対策を実行したが、13歳になっても太郎は立ち直るきっかけを掴めずにいた。


 春奈を見た衝撃は利一よりも太郎の方が大きかった。

 市の偉い政治家だか有力家だか知らないが、たかが小娘を迎える為に父親と妹は一生懸命に努力をしていた。お世話になったと言っても昔の事だ。

 そんな事は自分には関係ないし、恩義も感じない。だから出迎えにも行かなかったし、会ったら適当にあしらうつもりだった。

 第一、小娘の『自然を楽しみたい』などと言う我侭に振り回される事は御免である。たまたまここに居たのは、純粋に喉が渇いたので飲み物を飲みに来ただけだった。

 だが実際に会った途端に自分の読み違いを悟った。

 目の前の少女は小娘ではなかった。自分より遥かに大人で、あらゆる面で自信に溢れていた。微笑を浮かべながら視線を真っ直ぐ太郎に向けている。圧倒的な存在感を人の形にしたら、この少女になるのだろう。そんな考えが脳裏をよぎる。


 このまま、あの真っ黒な目で見詰められたら心の奥まで見透かされてしまう。

 ケリュクの影響圏外に居るのに心が自然と彼女に傾く。必死に気力を振り絞ってさりげなさを装う。


「いらっしゃい。こちらに来て飲み物などはいかがですか?」

「よろしいですか? 確かに喉が渇きましたわ」


 少女はにっこり笑いながら利一に承諾を求めて、この場の決定権を利一に譲る形にした。


「勿論ですとも。太郎、使用人を呼んでくれ」

「判りました。では失礼して」


 太郎は平静を装いながら、厨房に向かった。

 春奈はその隙に自家の警護員の藤田に頷いていた。藤田は他の二人の警護員と一言二言小声で相談した後で、利一に誘われるままテーブルに着いた。二人の警護員は食堂の入口と対角線上の隅に立ったままであった。長さ3mのテーブルの両端に利一と春奈が座り、藤田はその間に座る。向かいは太郎の為に空けられていた。

 太郎が男女の中年の使用人を連れて戻って来て、空いている席に着いた。使用人がそれぞれのグラスに飲み物を注いで、お辞儀をして後ろに下がる。女性はそのまま食堂に残るが、男性は食堂を出て行った。

 夕食の準備をこの二人で行っていたのだろう。


「それでは、気が早いですがお嬢様の無事の到着を祝って乾杯と行きましょうか?」

「ありがとうございます」


 乾杯の掛け声の後にグラスの飲み物をそれぞれ飲み干す。宮崎家の2人は気付かなかったが、藤田と春奈が飲み干すタイミングは微妙な差があった。

 春奈はこの様な用心が日常茶飯事の世界の住人であった。


 その頃、美月と関根家警護員ダントンの指揮による荷物の運び込みは佳境に入っていた。

 春奈が持ち込んだ大きな荷物や衣装箱、果ては身の回りの品などを入れた化粧箱等が二人の指示で次々と割振られて行く。

 屋敷2階の北側が来客者用の居室となっていたが、春奈が泊まる主賓室は北端の東に張り出した部屋であった。20m×15mを二部屋に区切っていた。

 春奈の実家から派遣された藤田とダントンは、その主賓室の真向かいの部屋が話し合いで割り当てられていた。

 2番地の奴らがその南側、3番地の奴らが更に隣の部屋になっていた。2番地と3番地の警護員は自分達の荷物を部屋に放り込んだ後は、部屋の中の点検と屋敷の構造を頭に叩き込む事に余念が無いのか顔を出さない。この屋敷の構造を事前に手に入れていた彼は後で回るつもりだった。


「それは食料だから厨房に運んでくれ。あ、それはこっちの部屋だ。お、ありがとうございます。そこに置いておいて下さい。後で頂きます」


『くそ、藤田の奴、自分は美味しい所をちゃっかり頂きやがって。今日の不寝番はお前だ』


 ダントンが羨ましがるほど、藤田も楽しんでいなかった。この家の息子にむかむかしていたのだ。表情は勿論、慇懃だったが。


『我らが姫様になんて口の利き方だ。田舎地主の息子風情の癖しやがって』

 

 今も太郎が訳知り顔で、春奈に尋ねていた。


「新狭山市では守家が今一番勢力を伸ばしていると聞きましたが、実際の所はどうなのでしょうか? こちらに居ると情報が曖昧でよく分からないものでして」


 春奈は微かに込められている侮辱を全く気にせずに、にこやかに答えていた。


「そうですね、少なくとも財力は守家の方が上です。御当主様もすごく有能なお方ですから。でも祖父も父も余り気にしていないですよ。元は守家が本家筋ですし、有能なお方が台頭する事は新狭山市にとって有意義な事ですから。私も守家のお嬢様とは懇意にしてもらっていますし」

「そうなのですか。ところで来年の市長選挙におじい様はご出馬なさるのですか?」

「どうでしょう。例え身内とはいえ、その様な重要な事は私には一言も漏らしてくれませんから。ただ議会筋では出馬の意向を固めたという情報が流れているのは事実です。本当の所は彼らにも分かっていないと思いますが」


 13歳と10歳の子供同士の会話では無かった。喉を潤すはずがいきなり微妙な話しになっている。明らかにこの息子は喧嘩を売っていた。

 藤田にとっての救いは、春奈が見事に受け流している事だった。彼は春奈付きの警護員になって2年弱であったが、この子が自分を見失った場面に出くわした事が無かった。9歳になったばかりの時に初めて引き合わされたが、その時の彼女の第一声が変っていた。


『初めまして、関根春奈ともうします。色々とご苦労をおかけしますが、よろしくおねがいいたします。ところで藤田さんのご先祖様はもしかして特しゅ作戦ぐんにいた藤田勝利様ではないですか?』


 自分の先祖の所属部隊をまだ幼い子供から言われて返事が遅れてしまった。どこで聞いたのかは未だに教えてくれないが、確かに先祖は自衛隊の特殊作戦群に所属していた。初期の人口の半分以上が自衛官だったので、先祖が自衛官という家は多かったが所属部隊までは子孫といえども覚えていない者も多いはずだ。もしかしてわざわざ調べたのかと思ったが、その発想自体が子供離れしている。

 いつか教えてくれる約束をしていたが、いつの事になるだろう?


「そう言えば、この前の補欠選挙では共生党の議席が増えましたが、市内ではどう評価しているのですか?」


 太郎が新しい質問をしていた。可哀想にこの家の当主は息子の暴走にうろたえていた。


『よく判らん親子だな。警備計画の手直しが必要になるな、こりゃ』


 春奈が質問に答えた後でやっと、利一は食堂の続きにあるバルコニーに誘導する事に成功した。

 藤田は心の中で『よし、よく頑張った。次はバルコニーからの景色を上手く説明するんだぞ』と声援を送ってしまった。

うーん、地味です(^^;)

 元の設定では、関根春奈嬢の目の色は赤かったんですが、今となってはありふれているので、意外と存在しない(筈^^;)黒い目としました。

 日本人は、目の色を「黒い」と表現しますが、正確には黒い瞳孔と茶色の虹彩となります。

 現実に黒い虹彩の人が居れば、かなり表情の無い目になるのですが(俗に言う「●●●目」という奴)、ま、ファンタジーって事で(^^)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ