姫様来訪6日目 1
やっと終幕に近付いて来ました(^^)
もっとスリムにテンポよく展開した方が良かったと、今なら思えますが、この物語を書いた頃は、ひたすら詰め込んでいましたね(^^;)
まあ、執筆2作目(初作は出来の悪さから封印済み)なので、仕方ないのですが、今ならもう少しスマートに書けるかな?
さあて、物語は佳境に向かって加速し始めます。
新星暦83年3月27日月曜日【姫様来訪六日目】
隣で寝ていた誰かが起き上がる気配で美月は覚醒した。何かを抱え込んでいた両腕がベッドに落ちる。
窓幕越しに、春の朝日が部屋に侵入していた。
時計を見た。7時を回っていた。いつもより寝坊だが、今日は特に時間が決まった約束が無いので問題は無かった。
「ごめんね、起こした?」
「ううん、良いのよ。それより今日も良い一日になればいいね」
「そうね。そうなればいいね」
美月は夢で母親に言った言葉を心の中で繰り返した。そして思った。
『私は幸せだわ。だって私は死ぬまでお母様の娘だもの』
春奈は美月の表情を見て、密かに満足した。彼女は母親に私的な依頼を受けていた。
『彩さんの子供達の力になって上げて。少しでも幸せに生きて行ける様に』
春奈は自分の母親が初めて頼んだ私的な頼みを何としてでも叶えるつもりだった。
美月と春奈は身支度を整えてから廊下に出た。ダントンが廊下で立って待っていた。彼が通り過ぎる部屋をノックすると、中から警護官が出て来て集団の後ろに加わる。
美月はずっと気になっていた事をダントンに聞いてみた。
「いつも部屋の外にいますよね。まさか一晩中居るのですか?」
「そうですよ」
「ダントンさんと藤田さんはいつ寝ているのですか?」
「ちゃんと夜は交代で寝ていますよ」
美月は思わず言っていた。
「お疲れ様です」
「いえいえ、仕事の内ですし」
「そう言えば、一緒に食事しているのは藤田さんかダントンさんだけですね。皆さんは食事をいつしているのですか?」
「交代で缶メシをかき込んだり、軍用乾パキをこっそりと食べたりとかしていますよ」
そして、ダントンは声を低めて二人以外には聞えない小声で言った。
「春奈さんには内緒ですけど、今回の旅行は警護員全員に好評ですよ。こんな任務だったら、いつでも来たいと言っていますね」
「あはは、確かに春奈ちゃんには聞かせられないですね」
「もう一度来たいと催促しているの? ダントンさん」
「いえ、そのような事は職務上言いたくとも言いません」
美月と春奈は話し合って、朝食を皆で一緒にする提案をした。警備上仕方なく藤田が一人だけ貧乏くじを引いた。特製マンゴー酒はやはり高く付いていた。
利一が花火大会の苦労をねぎらい、ヒルスの司会ぶりを褒めた。総勢9名の朝食は初めてであったが、警護員達は意外と社交術が上手く、朝食は楽しいものになった。
朝の予定はもう決めていたので、利一と門の所で別れて一行は広場に向かった。広場には子供達が居た。彼らは昨夜の花火のゴミを拾っていた。
「あちゃ、先を越されちゃった。さあ、頑張って私達も拾おうね」
春奈はそう言うとリクの方へ走って行った。太郎を除く全員が追いかける。
「隊長、ごめんなさい。一緒に拾うね」
リクの目を見た瞬間に美月は悟ってしまった。リクが口を開く前に、春奈とリクの手を引っ張り、子供達から離れた場所に二人を連れて行った。春奈も気付いていたので大人しく連れられて行った。
美月はリクに聞いた。その声は真剣なものだった。
「リクさん、いつ気付いたの?」
「昨日、中村屋が来た時です、美月様」
ああ、やはり気付かれていた。楽しかったお友達ごっこも終わりだった。リクは話しを続けた。
「両親から無理に聞き出しました。春奈様はあの関根家のおじょう様だと。そそうをしてはいけない相手だと」
春奈は無言だった。美月が代わりに聞いた。
「『あの』と付けたのは何故?」
「私の先祖を選んでくれたからです。しかも、この村を応援してくれた家だからです。そして今朝、もう一度聞いた時に新狭山市の市長が関根様だとも教えられました。ラミス王国で言えば王様に当たると。それなら春奈様は王女様になります。父親は本当ならしゃべる事さえできないようなえらい人だと言っていました」
美月と春奈にはリクにほとんどばれている事が分かった。
どんなに言い訳をしても無駄だった。
リクは更に言葉を続けた。
「昨日の夜に母親が持っている昔の事を書いたマンガを読みました。その中で関根二尉と春香様の事が書いていました」
「マンガには、その他にどんな事が書いていたの?」
「日本人がグザリガに無理やりに連れて来られて、彼らを助ける為に機動隊と自衛隊とアメリカ軍が、この星にやって来た時から関根家が出来るまでの出来事が書いてありました」
美月達日系人や米系人はこの惑星に居るべき存在では無かった。今でもその痕跡を探している異星人の所為であった。
現在分かっている大事な事はもう地球には帰れない事と、この惑星自体が大きな実験室と云う事だった。
西暦2005年、平成17年の10月の事だった。まだ全世界的な戦乱期を本格的に迎える前の日本で起こった異常な拉致事件が事の発端だった。
原因も分からず干上がってしまった日本最古のダム式ため池の狭山池から、異形の人類が突如大挙して出現した。この惑星で平行進化した、地球では絶滅した人類の末裔だった。偶々すぐ近くの公園で防災訓練を行っていた大阪府大阪狭山市の市民達がその人類・グザリガ兵に大量に拉致された。当時不明だった拉致理由は現在では分かっている。拉致された側からすると莫迦げた理由だった。
だが、問題はあまりの出来事に日本政府の対応がちぐはぐになってしまった事だった。初動を誤ったつけは1000名を越える機動隊員と自衛官の殉職と、拉致された市民の奪還失敗だった。
そして態勢も整わないまま、拉致された市民と異形の人類を追いかけてやって来た先はこの惑星であった。未だにこの転移の理論は分かっていない。守家に伝わる文書の中にそれらしき理論を書いた物が有ったが、世代が下るにつけて低下した物理学の水準では解明は不可能であった。
混乱した状況の中、民間人の集団が機動隊と自衛隊の合同救助隊に混じっていた。
状況証拠から考えて彼らが辿り着いた先は異星であるが、地球古代の動植物に溢れたこの惑星の秘密を解明すべく送られた学者達と守兄妹、及び二人の従姉の佐々優梨子だった。
そして彼らなくして、現代人の始祖達の存続は有り得なかった。
しかし、本格的な調査が始まる前に地球とこの惑星の転移が不可能になってしまった。この原因も恐らくこの先、解明されないだろう。
この惑星の現実が彼らから、それまでの理想論や価値観を剥ぎ取って行った。生き残る為にはタフに成らざるを得なかった。
家族観までも変質して行った。始祖と呼ばれる第一世代は古い価値観を引っ張り出していた。異常に血族に拘る風習はそうして始まった。その後の混血と移民流入により社会に歪を生む事が分かっていながらも仕方が無かった。
自分達の生が無駄だったと思う事が、彼らには耐えられなかったのだ。
日本人もアメリカ人も祖国を捨て切れないまま、生き残る為に自分達の家と国を作った。だから独自に憲法や法律を作っていながらも、未だに新狭山市は名目的に日本国の一地方都市の体裁を取っていたし、アメリカ合衆国もこの惑星に存続していた。
それはタフな行動の裏返しだった。例えそれが幻想の欠片としても、縋り付くものが彼らに必要だったのだ。
異星に取り残された日本人とアメリカ人子孫のサバイバルは今も続いていた。
春奈がやっと口を開いた。
その口調は美月より柔らかかった。
だがリクが初めて聞く声音だった。太郎様とも美月様とも違う。感情を沸き立たせる何かが含まれていた。
思わず、リクの背筋が伸びていた。
「モジス・リク、あなたは私がきらいですか?」
リクは間髪入れずに答えた。
「いいえ、好きです」
「あなたは私が悲しい思いをしても平気ですか?」
「いいえ」
「あなたが両親の言葉に従うべき事は分かっています。それでも、あえてお願いします。今日までは、私を今まで通りにあなたの『てした』にしておいて下さい」
リクは口ごもった。彼の一生でこれほど悩んだ事は無かった。
ついに決心をした。
「分かりました。・・・今日だけは『てした』だ、はるな」
リクはその直後、笑顔になった春奈と美月の二人から抱き付かれて面食らった。その反応を見て、二人の少女は更に嬉しそうに抱き付いた。ひとしきり抱き付いた後で、春奈がいつもの口調でリクに聞いた。
「隊長、はるなもゴミ拾いしますね」
「よし、頑張れはるな」
「リク隊長、みつきもゴミ拾いをします」
「うん、頑張れ」
その光景を見ながら、太郎は春奈に対する警戒を解いた。この村に害意が有ったとしたら、ここまで徹底してリクの下に付く必要が無かった。
それにあの嬉しそうな笑顔は本物だった。彼女はこの村に遊びに来たと考えて良さそうだった。約束していた今夜の彼女の部屋への訪問は友好的なものになりそうだった。
勿論、彼は間違えていた。
花火のゴミを拾い終わって、宮崎邸にゴミを運びに行った春奈は見慣れない物を持って戻って来た。“ゴム”で出来た3種類の玉だった。それらは全てリク隊長にプレゼントされた。子供達は初めて見る“ゴムボール”に夢中になった。今まで玉遊びに使っていた物は布製だから弾まなかったが、これらの玉は重くもなく適度に柔らかくてよく弾む。大きさも片手で投げ易い大きさから両手で投げる大きさまで有るので、これからの玉遊びに役立ちそうだった。
春奈は市内で流行っている『股抜き』を皆に教えた。遊び方は5mほど離れた二人がお互いに交互に投げ合うというものだった。投げ方は両手で持った“ゴムボール”を股の間にくぐらせてから、下手で勢い良く投げる。受け手が片手で受けたり、交差させた両腕で受けたりすると特別なルールが適用されるので、意外な奥深さがあった。
春奈が思った通りにリクが最初に上手くなった。彼女はこの数日間で皆の能力を掴んでいた。リクはあらゆる面で一番だった。この村の子供達が纏まる訳だった。精神面や理解力でも申し分ない。
あの中村屋とのやり取りの雰囲気で春奈の正体を類推した点は予想外だった。ケリュク保持者なら祖父からの暗号文を解読する為に一瞬使った能力と、その後の感情を消す為に使ったケリュク発生量の増加を見抜くだろうとは思っていた。
自分は他の保持者の様に非保持者を下に見るという愚は犯さないと思っていたが、非保持者のリクに警戒されたのは、まだまだ自分が未熟という事だった。
美月は初めて皆と一緒に遊んだ。新しい遊びが始まった今がチャンスと思ったからだった。
それと心の中で、もしかしたらこの子供達と遊ぶ事はこれが最後という思いが有った事も大きかった。子供達も手加減せずに相手をしてくれた。
楽しかった。
そして、春奈が何故、彼らと一緒に遊ぶ事に拘ったのかの理由が途中で分かってからは涙が出そうになった。
春奈は自分で楽しむだけでなく、美月にもこの村の思い出を新たに作る機会を与える為に行動をしていたのだ。それは一つの結論に結び付いた。
彼女は本当に私を連れて行ってくれるつもりだ。
その日は昼食を挟んで、夕方まで広場で遊んだ。
本当に楽しかった。
そして、悲しかった。彼らとの別れが近付いて来た事が本当に悲しかった。
如何でしたでしょうか?
次回は9月11日(木)か13日(土)の予定です(^^)/




