姫様来訪5日目 5
姫様の来訪5日目が遂に終わります。
自分の秘密と運命を告げられた美月と、徐々に明らかになる姫様の目的。
そして、その結末は・・・・・・
春奈は美月を見詰めながら告げた。
「今からきつい事も言うけど我慢してね。宮崎家で一番弱かったのはあなたよ。お母様はそれが分かっていたから、あなたに生き甲斐を授けたの。お父様とお兄様はそのうちに立ち直る筈だったの。現に遅れていた太郎様も、私という媒体を使ってほとんど立ち直ってしまったもの」
「私が一番弱い?」
「そう。 あなた自身が自分で言ったのよ。『だから頑張れてきた』って。あの時にお母様の言葉が無かったら、あなたは崩壊していたわ。天然の能力者の怖い所は自分の殻に閉じ籠りたいと真剣に思ったら、二度と外界と接する事が出来なくなる点なの。職務上の能力者は管理出来るけど、天然の能力者は上手く接しないと危険なの。市が監視している理由の一つでもあるわ。あなたのお母様は本能的にそれを感じた。だからあなたを現世に縛り付ける為に、最後の力を振り絞ってでもその言葉を言ったのよ」
美月はまばたきも忘れて春奈を見詰めていた。美月の返事を聞いた後の、あの笑顔は自分の娘を破滅の道から救った事に対する安堵の笑みだったのだ。母親の愛情に対する感謝の気持ちが美月の心を覆う。
顔を下向けた美月はしばらくして、どうしても聞きたくなった疑問を尋ねた。
「何故、そこまで知っているの?」
「実はあなた達兄妹は私の遠い親戚なの。あなたのお母様は私の母の従姉なの」
美月は知らない事だったが、春奈の母親は守分家から嫁いでいた。そして、その母親の従姉が宮崎家に嫁いでいた。
「二人は小さい頃から仲が良かったそうよ。手紙のやりとりも頻繁にしていたみたい。そして、私はあなたのお母様の事は母から聞いているの。聡明な女性だったそうよ。お葬式の時にあなたと直接、言葉を交わした時の事も聞いたわ。だから、助けて上げたいの」
春奈は更に追い込みに入る事にした。
旅の目的の一つは美月の処理であった。
その為に、わざと美月を追い込んでいた。美月がこちらの思惑通りに結論を出す様に誘導する為には仕方が無い。失敗は許されなかった。
市は確実な監視下に置く為に、彼女を市内に呼ぶだろう。春奈でもそうする。
そこで待っているのは、大きく行動を制限された暮らしだ。
多感な年頃の少女が思春期を過ごすには辛い日々となるだろう。
『私の保護下に置かないと人生が他人に弄られてしまう。約束もある。彼女だけでも助けたい』
春奈はこの思いに駆られてこの村に来る事を決めた。勿論これ以外の理由も有ったが、心情的には美月の事が一番大きかった。
「私がここに来た理由の一つはあなたよ」
「私?」
「そう、あなた。 悪いけどこれから先は正式な宣誓をしないと言えないけど、その覚悟はある?」
日本と違って、新狭山市での宣誓とは契約書に等しい拘束力を持っていた。宣誓をした後にその内容を破ってしまうと宣誓内容によっては刑法による処罰か、軽くても民事訴訟法での訴訟に発展する。
元々は人治体制のラミス王国内の制度であった。
だが移民者が一気に流入した時代に新狭山市の法治体制だけでは統治出来なくなり、なし崩し的に導入された制度だった。
その後、市は長い時間を掛けて教育及び法治体制強化を行なってきたが、知り合い同士の簡単な内容の場合は未だに宣誓による契約が根強く残っていた。
「正式な宣誓って? それに私は未成年だから効力が無いよ」
「私は『宣誓士資格』を持っているの。だから宣誓内容に関しては、あなたの責任は私が負う事になるの」
美月が生まれて初めて見た『宣誓士資格』保持者は春奈だった。
新狭山市では様々な国家資格があるが、その中で一番お目にかかる事が無いのがこの資格だった。
最近では本格的な法律事務の場合は、ほとんどの市民や企業が弁護士のお世話になるので、『宣誓士資格』保持者とは無縁だった。この資格は一般市民が獲得する場合は司法試験に合格した上で、更に認められた者だけが諮問機関で審査を受ける為に最難関資格とされていた。
ただし一般市民とは関係が無い抜け道があった。ラミス王家に連なる家系か、ラミス王家から直接に名誉王族認定された場合は無条件で資格が与えられた。
そして、資格保持者は宣誓内容の履行責任と、宣誓をした者を代理する権利と責任を負う事になる。美月には未成年者でラミス王家と関係が無い筈の春奈がその資格を持っている理由が分からなかった。
いつか理由を教えてくれるのだろうか?
そう言えば前に木材置場で彼女は『これ以上は私がした誓約に触れるので言えない』と言っていた。その時は比喩で言った言葉と思ったので気にしていなかったが、もっと深い意味だったのだ。
「今から言う言葉を復唱してくれる?」
美月はしばらく迷った後で決心をした。
「うん。分かったわ」
宣誓そのものは2分で終わった。
美月は信じられないという顔になっていた。
それに対して、春奈はさっぱりとした顔で説明を始めた。
「そもそも、私があなたの能力の事を知ったのは3番地からの相談だったの」
「なんで、自衛隊が? 私は自衛隊の人と会った事が無いよ」
「偶然が重なったとしか言えないわ。この村の近辺で潜伏訓練をしていた部隊がいたの。その部隊は能力を戦力として使用出来るかを確認する実験部隊だった。そしてこの村を敵陣地と見做して偵察訓練をしていた時に天然の能力者を発見してしまった。彼らは対処の指示を本部に確認した。本部は悩んだ末に能力の教官に相談したの。それが私」
「え、春奈ちゃんが教官? 子供なのに?」
「びっくりした? 史上最年少で、しかも民間人の教官よ。詳しくは言えないけど事情が有ってね。好都合なことに未成年にも関わらず『宣誓士資格』を持っているしね。実際に使うのは能力に関する事が多いけど。話しを進めるけど、その自衛隊から相談の前にあなたのお父様から太郎様の事で相談の手紙が来ていたの。その段階では来るかどうかは決めてなかったけど、まとめて解決する為に私が直接出向いた訳。納得した?」
「うーん、本当の事と思うけどなんか実感が湧かない」
「とにかく、これだけは覚えていて。もうあなたは宣誓士法により、能力絡みに関しては私の保護下に置かれると云う事になったの。私から聞いた事は誰にも漏らしてはいけないし、警察に捕まっても同じ。何かおかしな事が有れば、まずは私を呼んで。勿論一般生活上はこれまで通りに利一おじ様が保護者だよ。だから転校の事や進路の事はおじ様の許しを得ないといけないの」
「春奈ちゃんが保護者?」
「能力の関係ではそうなるの。でも、幸運だったのよ。自衛隊も民間人の天然能力者を発見したのは初めてだったから、私の耳に入ったの」
春奈は急に態度を変えて、美月の顔を覗き込んだ。
「難しい話は終わりにして、美月ちゃんに一つ聞いて良い?」
美月は嫌な予感がした。
今の話はショックだったが、春奈はかなりの危険を冒して沢山の事を教えてくれた。自分はそれに見合うだけの事を話して上げられるのだろうか?
「な、何? 私は国家機密とか全然知らないよ?」
「好きな男の子って、どんなタイプ?」
美月は身体中の力が抜けそうだった。
本当はこんな話をしたくて、この部屋に来たのだ。
だが、今までの話が凄過ぎて忘れていた。
春奈は早くも行儀悪く、あぐらをかいていた。
更に美月が持って来たおやつへ手を伸ばす。ポリポリと口に入れながら食べる仕種が何故か下品に感じない。
『あー、やっぱり敵わない。こんなに行儀が悪いのに、それでもお姫様だわ』
美月は素直に白状した。ぽつりと呟く。
「春奈ちゃん」
春奈は後ろにのけぞり過ぎてこけていた。慌てて起き上がると両手を前で交差させて、しどろもどろになりながら言った。顔には初めて動揺が浮かんでいた。
「い、いや、私は女の子だし、質問は男の子限定だから、その、あの・・」
美月は春奈の反応に傷付かなかった。想定内だし、春奈の反応が楽し過ぎた。
「もう、そんなに驚かなくても良いのに。本当言えば、この村にも良い男の子は居るわよ。特にリク君なんかは良い子よ。でもね、好きとはまた別の感覚なの。だから今は春奈ちゃんで良い」
「いや、だから男の子にして。それに市内に行けば、きっと好きな男の子が出来るよ・・・。例えば、一緒のクラスにごろごろと良い毛並みの男の子が居るよ」
「で、そう言う春奈ちゃんの好きなタイプはどんな子なの?」
「今、さりげなく男の子と言わないようにした? まあ、でも本当の事を言えば私もあまり男の子の事まで気が向かないの。毎日が忙しいし」
「それでも、選ぶとしたらどうする?」
「そうねえ。おじい様みたいな男の子」
美月はがっくりと肩を落とした。春奈の祖父は53歳の筈だ。彼女はおじいさんの顔をした小学4年生を思い浮かべていた。自分の父親より年上の顔をした小学生? はっきり言って不気味だった。
「春奈ちゃんの趣味こそおかしい。絶対におかしい」
「どこが?」
「想像してみて。同級生の顔をおじい様の顔に入れ替えてみて」
春奈は少し経ってから笑い出した。
「確かに変だ。でもね、私が言っているのは中身の事。将来はおじい様の様な人間になってくれるかどうかって事なの」
「私は春奈ちゃんのおじい様を書物位でしか知らないけど、本当はどんな人?」
「冷静沈着・有言実行かな? でも情にもろい所もあるの」
「まあ、『生きた伝説』と言われている人と比較される同級生に同情するわ」
「家の中では結構お茶目なんだけどね。孫娘に甘いのは弱点かも。おじい様は私が小さい頃は怖かったのよ。それこそ毎日毎日泣いていた記憶があるわ。でも、9歳になったら、今度はその反動で急に優しくなったの。誕生日のプレゼントなんか豪華になってしまって、お父様に怒られたりね」
「どうして?」
「弟のプレゼントと差を付け過ぎだって。昌斗が拗ねるし、年齢相応のプレゼントにしないと私の教育に悪影響が出るって。9歳の誕生日プレゼントはラミス石を散りばめたティアラだったし。怒られた後の去年のプレゼントは護身用の守り刀だったけど」
「はは、私ならティアラより守り刀に突っ込みを入れるよ」
「実は持って来ているけど、見たい?」
「あ、見たい、見たい」
春奈は枕を持ち上げて隠していた小刀を取り出した。その守り刀は長さ30cm位で湾曲している。ぱっと見た感じでは刀とは分からない。丁寧に削られた、曲がった木の棒にしか見えなかった。
「へー、刀に見えないね。中はどんな感じ?」
「本当に見たい? 怖くない?」
「怖くないよ。それに初めて見る刀だから見てみたいな」
春奈が少し力を入れて両手を左右に離すと、金属音がして鞘から刀身が現れた。金属的な輝きが層を成していた。
「刃に模様が有る。すごい、どうやって付けたんだろう」
「可能な限り日本刀の作り方を真似たんだって。守家が資金を出して、3人の職人さんが専任で10年掛かって復元したそうだよ。そして、一部の能力者だけの為に独自の構造をしているの。そこが春香おばあ様の日本刀との違いなの。凄みはオリジナルの方が上だけどね。でも、私みたいなのがこのシリーズを使えば、斬り合っても刃こぼれ一つしないでしょうね。普通に使っても切れ味の良さと折れ難いという点が伝わったラミス王国では人気が出ているみたいで、大刀はすごい注文が入っているそうよ」
「そんなに凄いの? でも、本当にきれいな刀ね」
「一度作る所を見せてもらったの。純度の高い特製の鋼を熱して、叩いて、熱して、叩いて、また叩いて、と本当に手間が掛かっていたわ。最後の工程は見せてくれなかったけどね。出来上がった刀は切れ過ぎるから取扱いに注意がいるし、手入れもちょっと大変だけどね」
春奈は守り刀を鞘に戻して、また枕の下になおした。
「美月ちゃん、私の家に来たい?」
「勿論行きたいけど、お父様が何と言うか・・・。それにさっきも言ったけど、家の事もあるし」
「大丈夫。私が説得するから。まあ、その他にも色々と説得しないといけないけどね」
「え、何? 何? 教えてよ」
「それは明日のお楽しみ」
「けち。でも行けたら本当に嬉しいな。市内ってどんな感じ?」
二人は日付が変っても話し続けた。最初は春奈が話していたが、すぐに美月が話し続ける様になっていた。春奈は意外と聞き上手だった。祖父にその様に躾けられたのだった。
美月は誰にも言っていなかった事や、自分でも気付いていなかった心の中に有るものをひたすら喋った。
そして、ぽつりと呟いた。
「お母様に見せたいな、美月はこんなに頑張っているって」
「そうね、美月は頑張り屋さんだものね」
美月は春奈の言葉を聞いた途端にうつむいた。
「春奈ちゃん、ずるいよ。お母様と同じ事を言っている。いつもお母様に言われた言葉だよ、それ」
「あなたはきっと、幸せになれる。だってお母さんの大好きな娘だもの」
「幸せになれるよね、だってお母様の娘だもの・・・・・。絶対に、絶対に・・・・」
美月の言葉は続かなかった。母親が居た頃の幸せだった時の思い出がとめどもなく溢れて来た。
仮設学校に入学した日の朝、自分の事の様にそわそわしていたお母様。
『おかあさま、みつきはすぐそこにいくだけよ』
『学校で何を教えてくれたのか、何を質問したのかも教えてね、美月』
『はい、おかあさま』
それからは毎日、学校が終わると真っ先にお母様の所に向かった。
お母様は自分の話をいつも最後まで聞いてくれて、最後に抱き締めて耳元で囁いてくれるのだ。
『美月は偉いね、頑張り屋さんだね』
あの日、抱き締めてくれたお母様は異常に温かかった。そして、掛けてくれた言葉はいつもより長かった。
『頑張り屋さんの美月はきっと幸せになれるわ。お母さんの大事な娘だもの・・・』
その後の記憶はしばらく途切れている。後でエキ夫人に聞いた所では、泣き叫びながら意識を無くした母親を揺すっていたそうだ。
エキ夫人だけでは引き離せず、夫と兄の三人がかりで引き離したらしい。
彼女の記憶は、ベッドで寝ているお母様が意識を一時的に取り戻したところにもう一度跳んでいる。お母様は誰かを探しているかの様に視線を彷徨わせた後で、身長の一番低い私を見付けた。
その視線に誘われる様に近付いた私に何か呟いたが、聞こえなかったので口元に耳を近付けてやっと聞こえた言葉。
美月はあの日から悲しくて泣いた事は無かった。
だが悲しみが堰を切った様に溢れて来た。
涙も途切れる事無く溢れて来る。
春奈がそっと抱締めてくれる。
温かな春奈の体温が嬉しかった。
髪の毛を濡らす春奈の涙が嬉しかった。
背中を優しく撫でてくれる手が嬉しかった。
耳元で優しく囁いてくれる言葉が嬉しかった。
そして、何よりも春奈に出会えた事が嬉しかった。
美月は久し振りに素の自分に戻って眠りについた。悪夢を見ない為に始めた、眠る前の『幸せな夢が見られます様に』と願う儀式もしなくて済んだ。
その夜は、夢の中で会った母親に、小学二年生に戻った美月は一生懸命に言っていた。
『みつき、おかあさまのむすめでしあわせだよ』
思い出せなかった記憶が戻っていた。
あの日、彼女は母親にそう答えたのだった。
如何でしたでしょうか?
のどかだった物語が一気に結末に向けて動いて行きます・・・・・
次回更新は9月5日(金)の予定です(「予定は未定」ですけど ^^;)/




