姫様来訪4日目 3
只でさえ地味なのに、今回は会話が中心です(^^;)
今回で来訪4日目が終わります。
美月は春奈が思ったより体力がある事に気付いた。自分より小柄にもかかわらずに、急な上り坂も苦にせずに力強く登ってしまう。
今も美月がちょっとした棚状になっている場所で、木に手を掛けて休んでいる間に彼女は両足だけでどんどん登って行く。後ろを振り返ると、藤田とダントンが木に手を掛けながら登って来た。息も上がって来ている。
藤田が美月の横で立ち止まると、春奈に声を掛けた。
「春奈さん、ちょっと休憩しましょう。皆も少しばてて来ています」
春奈は振り向いて、皆を見下ろした。確かに2番地と3番地の警護員2名が美月達より更に15m下で喘いでいた。
「分かったわ。お茶にしましょう」
彼女はくるりと身体の向きを変えると、軽やかに降りて来た。
美月の横で息を整える為に下向きながら、深呼吸をしていたダントンが藤田に話し掛けていた。
「おじさんには、堪えるな」
「なんで、あんなに元気なんだ?」
「分からん。こう言っちゃ悪いが、山猿並みだな」
「誰が山猿って?」
春奈がダントンの横顔を覗き込む様にしゃがんでいた。藤田とダントンは絶句してしまった。
お互いの目が同じ問い掛けをしている。
『今、姫様のケリュクを感じたか?』
二人は同時に首を振った。集中力が切れていた事は確かだが、ケリュクを感じずに5m以内に入られる事は有り得なかった。と言うより、今も感じない。いや、発生した。
「駄目ですよ、ケリュクにばかり頼っていたら。世の中には、私みたいな突然変異も居るのだから」
「まさか、自由に消せるのですか?」
「そうですよ。任意の量に発生させる事も出来るわ」
春香はそう言って、ケリュクを微妙に変化させた。
「内緒ですよ。ほんの10秒ほど消しただけだから、スタインさんもヒルスさんも気付いて無いでしょうけど。だから、警備の時には注意してね」
二人は常識の1項目を書き直さざるを得なかった。
知識としては、一部の保持者が訓練の結果としてケリュクの発生を抑える事が出来る事は知っていた。
だが、今の様に自在に変えられるなど初耳だった。全力か最少の2種類だけのはずだった。勿論、体調や感情などの起伏によって、多少の発生量変動や波長変動は有る。その変動を人為的に起こすように訓練をすれば、ケリュク発生を抑える事は出来る。抑える事は出来るが、自在に変動させる事とは別問題だ。
まるで、春奈は今では居ないはずの第Ⅰ種保持者のようだった。
ここで、ふと思いついた事をダントンが口に出していた。
「まさか、今まで最大だと思っていたのも・・・・・・」
後が続かなかった。
春奈は笑顔で返事をしただけだった。
美月も驚いて、言葉が出なかった。春奈の事を『何が出てくるかが分からない玉手箱』の様な存在と連想した。
いや、少し違う様な気がする。違って欲しい。
『だって、浦島太郎は玉手箱を空けたから、大変な目に遭った。もしかして私達も大変な目に会うのかな? きっと違う。春奈ちゃんは玉手箱じゃあ無い』
休憩が終わって、再び出発した1時間後に春奈がいきなり立ち止まった。それまでに採取出来た山菜は数種類だった。一度に採ってしまうと二度と生えない為に広く浅く、を心掛けていたので思ったよりは量が少なかった。落胆はしないが、もう少し欲しい所だった。
彼女が見つけたのは自然薯の新芽だった。皆で辺りを探したら、結構な量が発見出来た。だが、藤田は別なものも見付けていた。
「春奈さん、これを見て下さい」
「イノシシさんの足跡ですね。しかも比較的新しいわ。罠を持って来れば良かったですね。イノシシさんの好物だから、きっと引っ掛かるのに」
「どうします? いきなり出くわす可能性も有って危険ですよ」
「それは大丈夫。今から確認しますから」
春奈はそう言って、周囲を見渡した。
「近くに居ないですね。もっとも二足歩行をする猛獣が3人ほど居ますけど。まあ、これも害意が無いので問題無しですね」
「ご苦労な事ですね。これからどうします?」
「地図とメモを持って来ています?」
春奈は渡された地図を基に現在地の略図をメモに書いた。そして美月を呼んだ。
「美月ちゃん、ここの場所を覚えておいて。これが簡単な略図。さっきの滝がここで、こう来て、ここが休憩した所。そしてここはここね。帰りはこのルートを行くね」
美月がそれぞれの場所を思い出して、略図と重ね合わせて記憶に閉じ込める。春奈はその作業が完了した事を確認後に滝に戻る事にした。
帰りのルートには往きのルートよりは多くの山菜が有った。やっと春奈は満足出来た。そして帰り道の間、彼女は美月に自然薯の良さを力説していた。
春奈達が滝つぼへ戻った時、太郎が真剣な顔で考え事をしていた。
春奈達に気付いて、目を向けた表情は今までとは何かが変っていた。
「ごめんなさいね。楽しくて、ついつい欲張っちゃった。もう帰らなくちゃいけないね」
「いや、別にいい。帰ろう」
太郎は言葉少なに返事をして、帰り支度を始めた。滝つぼを離れる前に彼は春奈に聞いてみた。
「何をしていたんだ?」
「食材探しよ。山菜と言って、木の芽や土から出て来たばかりの植物をおひたしやてんぷらにすると美味しいの。日本じゃ結構食われていたんだけどね」
春奈は背負っていた背嚢から地味な植物や木の芽を取り出して、太郎に見せた。
「そんなの食ってたのか? 日本も大した事無いな」
「まあまあ、そう言わずに試して。今夜は灰汁抜きするから、明日食べてもらうわね」
「期待しないでおこう」
前日に遊んだ川原を通り過ぎる時に太郎は振り返った。美月と山菜談議を交わしていた春奈にまた尋ねてみた。
「何故、ここに来た。忙しいんだろう? 何の魂胆がある?」
「何故って、おじ様宛の手紙にも書いたけど、自然を楽しみたいだけよ」
「いや、違う。少なくともそんな表面的な理由ではない筈だ。誰が考えてもおかしいと思う。何かを隠しているような気がする」
「うーん、困ったわね。自然を楽しみたかったのは本当だし、実際に楽しんでいるんだけどなあ。えーと、それじゃ最後の夜までに何かそれらしい理由を考えておくわね」
太郎の判断は即決だった。明らかなはぐらかしだが、この娘は真正面から聞いてもやはり答えないだろう。
それならば一旦引いたと見せかけて、違う角度から切り込んだ方が良さそうだった。
それに今の言葉は何らかの妥協を示すサインかも知れない。徹底的にはぐらかす気なら、この言葉を言う必要が無かった。こちらのペースに持ち込めば隙を見せるかも知れなかった。
「よし、それらしい理由を楽しみにしておこう。夕食が済んだ30分後に部屋を訪ねるからその時に聞く。良い子は早く寝るからとか、女の子の部屋に入らないで、とかは無しだ。良いよな?」
「良い子だから早寝したいんだけど、太郎さんのたってのお願いだから頑張って起きておくわ。それまでに納得してくれる理由を考えないといけないなあ」
そう答えた春奈の顔は神妙な顔をしていた。
だが春奈を疑っている太郎にはそれさえも演技にしか見えなかった。
春奈はそんな太郎の懸念を無視するかのように、藤田に相談をしていた。
「ねえ藤田さん、理由は何が良いですか? この村を乗っ取りに来たっていうのは駄目かな?」
「春奈さん、それは秘密です」
「あ、そうか。それならここに秘密基地を作るのはどうです?」
「駄目です。コストが合いませんし、作る理由も考えないと駄目です」
「えーと、それなら宮崎のおじ様に会いに来たっていうのは?」
「普通過ぎて、却下です。それでは太郎様も納得してくれないでしょう」
「いっその事、太郎様に会いに来た! はどう?」
「そうだったんですか、知りませんでした。それなら大丈夫かもしれません」
「いや、突っ込み方を間違えていると思いますよ。今のは取り消しして、石油が出るかも知れないから、試掘に来たってのは?」
「見え透いています。それに知っての通り、ここでは出ません。ちなみに警護員は護衛対象の個人的趣味に関してはコメントしません」
「伝説の秘宝が眠っていて、それを狙って来た! てのは?」
「春奈さん、もう飽きて来たのですか? 今のは現実離れしていますよ。いくらなんでも、太郎様が怒ります。それに万が一、本当だったら私達がびっくりです」
彼らは屋敷に着くまで、延々と理由作りごっこをしていた。美月も途中から加わっていた。
太郎は呆れながらも聞いていた。
もしかしたら、ぽろりと本当の理由が出るかもしれなかったからだ。結局は無意味であった。最後までそれらしい理由は出さなかった。
だが、ある意味では春奈の頭の良さを実感してしまった。一時間もくだらない理由を考え出す事など彼には無理だった。
村に帰ると、リク達が広場で遊んでいるのが見えた。
春奈がいつもの様にリクに声を掛けた。
「隊長、明日は川原でバーベキューしない?」
「元気そうだな、はるな。ところでバーベキューってなんだ?」
「お肉や野菜を鉄板で焼いて食べるの。おいしいよ。材料は私が持って行くから、おやつのパキだけ持って来て」
「いいぞ。昨日の時間でいいな?」
「うん。また明日ね」
春奈はこれまた、いつもの様に思いっきり手を振りながらお別れをした。
その春奈を見下ろしながら、太郎の心の片隅では疑念が生じた。
『こいつ、本当に遊びに来ただけじゃ無いか?』
だがすぐに思い直す。
『いや、これも罠だ。なんとか本当の事を聞きたい』
夕食では春奈と美月が利一に、今日訪れた滝の感想を説明していた。
その話を聞いている利一の目尻は下がりっぱなしであった。その光景は太郎の感情にまたもや波風を立てる。
「それで、更に森の奥に入って行ったのですけど、おかげで良い物を見つけましたわ。おじ様は自然薯ってご存知ですか?」
「いえ、知りませんね。何かに使うのですか?」
「実は食べ物なのですが、ほとんど市場に出ないのです。理由は三つ有って、第一の理由はその美味しさが知られていない事です。ラミス系人は小麦を始めとした平野部で栽培できる食用穀物中心の食文化ですし、山の中の植物には無関心な所があります。日系人もその影響で今では食物としての知識は余りありません。第二の理由として一部の日系人が採取していますが、彼らはその美味しさを知っていますから、取れた分はほとんど自分達で食べてしまいます。第三の理由は採取できる量に限りがあって、栽培も難しいので余剰が発生しにくく、市場に回せないという事です」
「そんなに美味しいのですか?」
「私も何回か食べただけですが、味付けの仕方によって美味しく頂けます。それに滋養が有り健康にも良い事が分かっています。日本では天然の自然薯が高価で取引されたほどです。秋から冬が収穫期ですが、私も冬休みに予定さえ合えば来たい位です。無理でしょうけど」
「それほどの物なら食べてみたいですね」
「機会があれば是非食べて下さい。それと自然薯はイノシシの好物でもあるのです。今日もイノシシの足跡を見つけました。冬のイノシシをお味噌で味付けした鍋は本当に美味しいですよ」
「イノシシは私達も食べますが、塩コショウで焙る事が多いですね。我が村でも年に何頭かは捕獲して食べていますよ」
「イノシシ鍋も一度試して下さいね。出来れば私が捕まえて振舞いたい位ですわ」
「ははは、それは是非とも味わいたいですね」
「さて、おじ様は明日もお仕事ですからそろそろ寝ましょうか?」
「いや、春奈ちゃん。明日は日曜日なので、休みにしたからご一緒出来ますよ」
「あら、それは嬉しいですね。実は明日は川原でバーベキューと言って、皆でわいわいがやがやとお食事をする予定なんです。来るのは子供達だけですけど、きっと楽しいですよ。ご一緒しませんか?」
「わしが行っても大丈夫ですかね? 却って邪魔になるだけではないですか?」
「大丈夫ですよ。でも何点か守って欲しい事が有ります。まず子供達の秩序を乱さない事です。子供達のリーダーはリクさんという11歳の男の子です。私は3番目の序列なので、その事を踏まえておいて下さい。それと、子供達の事は子供達に任せる様にして下さい。下手に介入するのは駄目ですよ。子供達には子供達のルールがちゃんとありますからね。最後に、おじ様は参加料としてお肉をプレゼントして下さい。明日9時にリク隊長の家に集合ですから、寝坊しないで下さいね」
「良いですよ。お肉くらいならお安い御用です。一番上等なお肉をプレゼントしますよ」
夕食後、美月はまた春奈の部屋に向かっていた。両手にはマンガの本を抱えている。今日は藤田が部屋の外に居た。両手に抱えているマンガに目を大きくしながら、室内へ声を掛けてからドアを開けてくれた。
5分後には、大きな春奈のベッドの上にはマンガが散乱していた。
二人はそのマンガを挟んで、向かい合わせに寝転がっていた。美月はマンガの1コマを指差して、あらかじめ用意して来た質問を聞いてみた。
「でね、まず聞きたいのはこのシーンに書かれている建物が本当に在ったのか? なの。こんなに高い建物が在るなんて信じられない。でも日本から持って来た他のマンガにも描かれていたから本当かな?」
「本当よ。もっと高い建物も在ったそうよ。実際の所、今なら市内にも5階建ての建物が在るもの」
「すごーい。一度見てみたいな。それじゃ話が変ってズバリ聞くけど、別れ離れになった春香様と親しかった男の人って誰?」
「知りたい? どうしようかな。あまり教えると、あの世の春香おばあ様に恨まれるからなぁ」
「ヒントだけでも教えて、ね、ね?」
「特別サービスで教えちゃおう。このマンガの中に出てくる同級生の弟よ」
「えー、それっておかしくない? 同級生の弟なら年下よ。ちょっとショック」
「い、いや、そんなに歳は離れてないよ。確か一つかそこらの筈」
「よしよし、メモメモと。それじゃ次の質問はね、オッチョコチョイって何の事?」
今や、好奇心の塊と化した美月のミーハーな質問は延々と続いたが、そろそろ寝ないといけない時間になってしまった。
美月にとっての夢のような夜が終わろうとしていた。
「それじゃ、最後の質問。春香様の子孫ってどんな気持ち?」
春奈は表情を変えずに、明るく言った。
「内緒。そうね、あさっての夜に教えて上げる」
「お兄様の質問と一緒に?」
「うん、そうよ。その前に、上手く行けば明日の夜にお楽しみがあるの。もう言っておくね。花火って知ってる?」
「え、花火って、あの花火? ほら、『よつばと!』にも出て来た花火?」
「えーと、どうだったかな? どんな花火が出てた?」
「どーんと夜空に花が咲くの。詳しくは分かんないけど」
「そんなに凄くないよ。だって私のお小遣いで買える位だから。手で持ってする花火だよ」
「あ、そんな花火も書いてあった。あー、楽しみ。花火なんて売っている事も知らなかったよ。でも春奈ちゃんはびっくり玉手箱だね。ケリュクを消した時も玉手箱を連想しちゃった」
「開けたら、歳を取っちゃうとか、悪い事が起こるとか?」
「うん、それも思った。でも、春奈ちゃんはそんな意地悪じゃ無いって思い直したけど、良い意味での玉手箱だ」
「やっぱり美月ちゃんは優しいね。私ならパンドラの箱と思ったかもね」
「パンドラの箱? 何、それ?」
「ギリシャという所の神話で、神様が人類に災いをもたらす為に贈られた箱なの。パンドラっていう女性が持って来たけど、神様に『開けてはいけない』と言われたから、かえって好奇心をそそられて開けてしまったの」
美月はこういった話が好きだった。家事をこなす事の反作用かも知れない。空想が広がる話は日頃の疲れを癒してくれる気がしていた。
「どうなったの? その女性とか周りの人が死んだとか?」
「その箱にはあらゆる災いが詰まっていて、パンドラがあわてて閉めた時には一つを除いてみんな外に出ちゃった後だったの。だからそれからの人類には常に災難が付きまとう事になるんだけど、箱に残った一つが希望だった・・というお話」
「それは、浦島太郎並みにきつい話しね」
「そうよね、昔の人は暗い話しが好きだったのかな? さあ、もう寝ようか? 明日もバーベキューの準備もあるから、今日と一緒の時間に厨房で集合だよ」
「うん、お休みなさい」
春奈は彼女を見送った後、しばらく立ち尽くしていた。やっと動き出した彼女は日記を書き出した。
春香に倣って始めた習慣だった。
だが、この日記を読んでくれる子孫が居るかどうかの保証は無かった。
春奈は知らなかった。パンドラの箱に残ったのは『希望』では無く、『未来が全て分かってしまう』という災いであった。
そして2日後の夜の彼女は宮崎家にとってはその災いに近いものがあった。
その後に残ったものが、それでも希望だった事は宮崎家にとっては、春奈が言ったパンドラの箱と一緒であった。
如何でしたでしょうか?
あと3日で春奈姫の来訪が終わります。
取敢えず、
『mrtk、会話を要領よく進ませる術を磨くんだ(><)』
と、大声で叫びたい今日この頃(^^)




