姫様来訪4日目 2
絶賛地味展開中の『姫様来たりて』ですが、今回は更に超絶地味展開です(^^)
なんせ、作者のmrtkでさえ、「こんなに地味でいいのか?」と思わず悩んだほどなんですから(^^;)
地味な展開ばかりでフラストレーションが溜まったので、アクションシーンを「おまけ」として最後の方に付けておきます。
なんとなく書いたThe Pentagonal World Episode 2 の下書き(あれ、3だったかも^^;)を手を加えて掲載します。
まあ、作者自らネタバレしてどうすんの? という気もしますが、まだまだ先の話ですから、今回掲載したパートに辿り着く頃には皆さま忘れている筈・・・
だが、そんな両親であったが、一点だけ夫婦の意見が合わない問題があった。
父親は祖父が戦争で戦死した為に高校に行けずに、ここの仮設学校で中学校までしか卒業していなかった。本人は気にしていないと言っていたし、独学で知識も吸収していた。
そして、太郎にも中学校卒業後は直ぐに開墾地の跡を継いでもらいたいと漏らしていた。
それに対して、母親は高校卒業までは最低限必要だと言って譲らなかった。
母親は市内に三つある高校の中で最難関の新狭山高校を出ていた為に教育を重視していた。本来であれば大学部まで進学したかったのだが、事情があって果たせなかった。そして進学を諦めた直後に父親との見合いをしたのだ。
母親は小さい頃の太郎に言った事が有る。
『小国の新狭山市が大国と互角に渡り合えるのは教育がしっかりしているからよ。他国を見なさい。中学校まで義務教育にしている国など無いから、未だに奴隷制度を維持して無理やりに国家運営をしているのよ』
小学生の子供に言う事では無いかも知れないが、その言葉を聞いた時の太郎は嬉しかった記憶が有る。
大人として扱ってくれたと理解したからだ。
太郎の前では言い争わなかったが、こういった事は意外と子供には分かってしまう。ましてや保持者の喧嘩の後はケリュクが乱れてしまう為に、太郎が分かって当然であった。
そして、それさえも太郎には心地よかった。隠そうとする事自体が、自分を思っての事だと考えていたからだ。太郎にとってはどっちでも良かったが、両親の結論に従う事にしていた。二人とも自分の事を考えてくれていると確信していたからだった。
だが、結論が出る前に母親が死んでしまった。母親の葬式が終わって、しばらくして父親から自分の将来を決め付けられた言葉を言われた。
『お父さんも11歳の時に父親を失った。それからはこの村を発展させる事を目標として頑張って来た。かなり立派な村にして来たつもりだ。おまえにはもっと立派にして貰いたい。これからはもっと働いてもらう』
無気力な日々を送ったのは事実だが、太郎にとっては出し抜けの宣告に思えた。
父親なりに心配して、新しい開墾地の様子を話したり、相談したりと気を紛らわそうとしていた事も理解はしていた。
『学校は? 高校に行く話しはどうなるの?』
つい言ってしまった言葉は反射的だった。父親の反応も反射的なものだった。
『いつまでも子供のままではいられないんだ。分かるだろう』
普段の彼らしくなく、声が大きくなってしまっていた。太郎とは仕事の話以外は、亡くなった妻の彩と一緒の時にしかろくに話していなかった。妻がいないとお互いに本心が上手く伝わらなかった。もどかしいまま、言葉を紡いでいた。
『彩はもう居ない。お前にはこの村を継ぐ責任がある。高校に行っても無駄にしかならん』
お父さんはお母さんや僕より村の方が大事なんだ・・・・・・・
太郎の心は負への連鎖に続く坂道を転がり落ち始めた。
そして、一度ずれた関係はどんどんずれてしまった。
父親とは仕事以外の話はしなくなり、自分の殻に閉じ篭る様になっていった。
更には母親という村人との接着剤が無くなった所為で太郎は自分を自分で孤立させていってしまった。
学校も時々サボるようになり、自分の部屋で過ごす事が増えていった。美月が家の中の事を一生懸命にすればする程、孤立感はいや増すばかりであった。
屋敷の使用人のエキ夫婦はこの事態を、彼らなりに何とかしたいと思っていた。
母親の彩が生きていた時の主人一家は傍目で見ても仲睦まじく、仕える事に幸せを感じるほどであった。自分達には子供が居ない為に、太郎を自分達の息子の様に思っていた。昔の素直な彼に戻って欲しかったのだ。
だが、使用人夫婦が心配して心を砕いてくれても、どうせ父親の差し金で心配しているからだ、仕事だからだ、放っておいてくれ、と太郎が思う様になるまで時間は掛からなかった。
そして気が付けば父親にぶつけるべき感情の発露を彼らにぶつけていた。
使用人夫婦は度重なる太郎の狼藉に耐えた。『あの優しかった奥様のお子様だから、きっと立ち直ってくれるはず』と云う思いだけで、ただひたすらに耐えた。
太郎はそれさえも重荷に感じた。
喉が渇いた所為で、現実に帰った太郎は大きく息を吐いた。母親を亡くしてからの自分を振り返る事は苦痛だった。今まではそれが嫌で避けていた。
だが、最近の出来事が彼を変えて来ていた。知らなかった事、見ていても気付かなかった事、わざと目を逸らしていた事が一気に分かってきた様な気がしている。
水筒に口を付けて、お茶を直接飲みこむ。喉をなめらかに浜茶が転がり落ちていく。必要以上に飲んでから、また寝転がった。
トンビはまだ上空を舞っていた。
『リクがあんなに成長していたとはな』
リクの家は開拓団の始めから、宮崎家に尽くしてきたモジス家だった。
太郎にとってのリクは3年前の8歳の頃から成長が止まっていた。
いつも足元にまとわり付いて来る子供だった。まだその頃は冬になって、少し気温が下がると鼻を垂らしていた記憶がある。
それが今では子供達の立派なリーダーになっていた。小さな子供達を見守る視線には思いやりが見えたし、子供の集団を機能的にまとめ上げていた。太郎には目下の者を思いやった記憶が無かった。そう言えば、リクは自信が態度にも表れていたような気もする。
知らない間に敬語を使えるようになっていた。確かに昔も『太郎様』と呼んでいたが、春奈を川原に連れて行く時の会話で、太郎に聞いて来た時の発音はもう大人のものだった。思わず返事が遅れてしまった。
自分より上の立場の人間は父親しか居なかったが、肉親に敬語を使う事なんて無いだろう。もしかしたらこれからの一生、敬語を使う事は無いかもしれないとも思う。
自分がこの3年間にリクほど成長したのかと自問したが、答えは否だった。もしかしたら、リクの方が大人になっているかも知れない。
リクとなら、大人同士としての話しが出来そうな気もする。
だが、やはり使用人としての自分の立場を崩す事は無いような気がした。
何故ならリクの方が大人だからだ。
『それなら保持者で使用人では無い、あの娘ならどうだ?』
関根春奈。年齢は自分より3つ下。名家の生まれ。中村屋に聞いた情報では弟が一人。
ケリュク発生量は自分と比較するのも莫迦らしい位だった。それともあんなのが市内にはごろごろしているのか?
特別なのか?
警護員が6人も付いている事から多分特別なのだろう。
一般的に、ケリュク発生量は思考能力や理性、更には自発性と正比例すると言われていた。ケリュクの源泉である前頭葉の発達具合が関わっているからだったが、彼女の思考能力に関しては未知数な点が多い気がする。少なくとも、その片鱗を見せていない。
初日にわざと意地の悪い質問をぶつけてみたが、会話も態度も当たり障りの無いものに終始していた様に思えた。確かに老練と言えば老練であったし、あのケリュクに圧倒されて気後れしていたのも事実だった。
太郎は自分をこの村の異邦人と思っていたが、彼女の方が異邦人にも係わらずに溶け込んでいる気がする。自分を落としても平気な精神。普通は名家の人間ならば、もっとお高くとまるはずだ。
それなのに非保持者で僻地の使用人の息子であるリクを、年齢が一つ年上だからといって自分より上に持ち上げている。何か魂胆が有るのかと思ったが、ごく自然に振舞っている。ケリュクを見る事が出来ないとはいえ、リクも違和感が無い様だった。
最初にケリュク全開で来た理由も分からない。
確かに法律上は違法ではない。強いて言うならマナー違反になるし、長時間の全開発生は「能力の放出」と同じで脳内温度が上昇して自分自身の負担になる。強制力の強い放出を使っていないのでせいぜいのところ、文句を言える程度のものであった。だが圧倒されてそれさえも出来なかった。今思っても悔しいが、不意打ちだったのだから仕方が無い面もあった。
気まぐれでこの村にやって来た?
有り得なかった。何らかの意図があるはずだ。彼女自身が言った『休みの日も無い』と云う言葉から無駄な時間を過ごすはずが無い。
だが、現実は遊びまくっている。今も森の中で何をしているのか分からないが、こんな場所を嗅ぎまわっても何も無いはずだった。何とか本心を聞き出す必要があった。この村の将来に関係する予感が益々強くなっていた。
妹の美月に聞いてみるか?
いや、妹はもう取り込まれている様なものだった。言葉や視線、動作、全てがそれを裏付けている。昨夜も遅くまで春奈の部屋に入り浸っていた。春奈と一緒に居る間の美月は母親が死ぬ前に戻ったかの様だった。
小学生に上がった時から、仮設学校が終わると直ぐに母親の所に飛んで行って、その日習った事を報告する様な甘えん坊だった。その頃が一番幸せだったのだろう。母親が亡くなってからは人が変った様になってしまった。
最初は、こっちが見ていて痛々しい位に家事をしようとしていた。
だが、慣れてくるに従い、ごく自然な雰囲気になって来た。今では母親代わりの様に、太郎に文句を言って来る。そして、それが客観的に見て正しいだけに反発心が起きるという悪循環だった。
そう言えば、美月は母親に何と言われたのだろう? 母親の意識が戻った時に、ささやかれた最後の言葉は美月しか聞いていなかった。あの甘えん坊の彼女が葬式で泣かなかったほどの言葉だったのだろうか?
上空を飛んでいたトンビの姿がいつの間にか見えなくなっていた。
太郎はもう一度お茶を飲む事にした。今度は一口だけで止める。滝つぼを見渡してから、春奈達が姿を消した森へ目を向ける。
この地の植生は日本と違うと、何かの雑誌の特集記事で読んだ事がある。だいたい9000年前から少数ながら5万年前の植生が入り混じっていた。その間の氷河期に全盛を誇った寒冷気候に強い樹木はここではほとんど全滅して、温帯気候から亜熱帯気候に対応できる樹木だけが生き延びていた。
新狭山市の植生は1万年~9000年前の植生が中心になっているらしい。おかげで有益な植物が手に入らない事が多く苦労したそうだ。
特に『お米』から出来る『ご飯』が食べられない事は第一世代にとって、食文化が一度崩壊した象徴であった。
彼らがこの地に来た直後に発生した、『あの瞬間』に日本産の食糧が無くなる事は自明であった。記録では手持ちの食糧は1週間分も無かった。今となっては信じられないが、彼らの中にはグザリガどもに賠償と援助を求めるといった意見もあったそうだ。
そして、人の手が入ったと思われる区画に植えられていた野生の二粒小麦を旧市内周辺で発見した事が後の歴史を決定付けた。彼らは生き残る為に領土が必要と判断した。
だが、グザリガの砦と領土の一部を奪って周辺の野生二粒小麦を収穫しただけでは生き残った861名が生きて行くには心細かった。砦の中に貯蔵されていた小麦粉と合わせて、辛うじて1年間分しか無かったのだ。
彼らは生き延びる為に必死になって食糧を確保した。日本では一部でしか流通していなかった雑穀類(太郎には分からないが、日本では『健康食』と言われる食材として人気もあったらしい)や、どんぐり等の様な日本では見向きもしなかった木の実さえも手当たり次第に食べた。
事情が好転したのはラミス王国と本格的に交易を始めた後だった。
ラミス王国がある平野は、新狭山市がある高原より植生が豊かであった。彼らの食材や食文化が入って来てからは、この地に合わせた効率的な料理が彼らの生命を生きながらえさせた。
とはいえ彼らの肥えた口に合わない料理も多く、食糧事情は貧しいままであった。太郎が知っている限り、春奈の会社はそこを利用してのし上がっていた。今ではラミス王国との貿易も手広くしており、財力は新狭山市でトップ3に入っている。
春奈の父親が数社の会社の社長を兼務していた。それなりに優秀なのだろうが、詳しい事はあまり情報が無かった。太郎の母親の葬式に夫婦で出席してくれたが、真面目そうな印象だけが残っている。確かケリュクは自分とあまり変らなかった様な記憶がある。
むしろ、印象に残ったのは春奈の母親だった。彼女は我が事の様に悲しんでいた。太郎と美月を抱締めて泣いた時は、こちらが対応に困った程だった。
彼女は『困った事があったら私に相談して』と囁いていた。その直後に美月が何か言った様で、更に大粒の涙を流していた。太郎も二言三言喋ったはずだが、あまり覚えていない。
まあ、印象に残らない程度の会話だったはずだ。
そして、連想は現在の関根家を代表する人物、春奈の祖父に移っていった。
関根昌樹。53歳。36年前の最後のグザリガ侵攻時に、英雄となった『生きた伝説』。
そして今は現新狭山市市長。3期目の立候補をするかで注目を浴びている政治家だが、出馬すれば確実に勝てるだろう。対抗馬は小物が多く、勝負にならなかった。ましてや対抗出来そうな政治家が同じ政党にしか居ない現状では仕方がなかった。
聞こえて来る噂では、厳しさと優しさがバランスされた人物らしい。この村では実際に会って言葉を交わしたのは父親だけだった。父親は『ああいう人が居ると分かっただけでも、会った価値が有った』と言っていた。もっと詳しく聞いていれば良かったと思うが、今更聞くのも変かもしれない。むしろ美月に聞いた方が良さそうだった。
思考はとり止めも無く、関根昌樹の職業、政治家について流れていった。一言で言えば、多数の人生を左右する職業という印象であった。
戦乱期のこの地では、小国の新狭山市の舵取りは難しいものが有るし、建国して1世紀にもならない新興国ゆえの苦労が絶えない。
確かに文明・文化で他を圧倒する新狭山市ではあったが領土が狭く、隣接するラミス王国とグザリガとは隔たりが大きい。
太郎の祖先がこの村を開墾した理由の一因でもあったが、領土が森林に囲まれている為に今後は大幅な領土拡大は難しいと言われていた。
そして、一番の問題は人口の少なさであった。900人も居なかった第一世代に比べて1万5千人と格段の増加をしたとは言え、ラミス王国やグザリガに比べれば、吹けば飛ぶ様な人数だった。
万が一にもラミス王国が裏切った場合や、グザリガが今以上の技術を手に入れた場合は悲惨な事になってしまう。
これまでにも幾多の危機を乗り越えて来たとはいえ、新狭山市を生き残らせて行く仕事は明らかに大変としか言えない職業であろう。
太郎には何が楽しくて政治家になるのかが分からなかった。
太郎に関係する政治とはこの村をどういう風に治めるか位であった。
太郎の思考はこの村の事に移っていった。
村は収益を上げる段階に入って久しい。西側の平野部に引く用水路の準備が整ったので、今後は西部の開墾を進める事になっていた。現在の面積とほぼ同等の用地は確保している。今は確実に収穫を上げる為に小麦とインディカ米を中心に植えているが、今後は更に収益が上げる事を考えた作物を植える事が出来る。
問題は正式な村への昇格であった。現在の所、この村は正式には隣村の飛び地扱いだった。だから自治権が無く、かなりの案件は隣町の許可が必要であった。
開墾地は50人を越えた段階で長期的かつ持続的に発展する為の計画を策定して、市が認定すればその開墾地は正式な村として数々の権限が与えられる。
中には70人以上の人口がありながら、認定が下りずに困っている集落がある位に厳しい条件をクリアする必要があった。
太郎も少しは手伝っているが、主に父親が隣り村の役所と相談して原案を作っていた。
生活の上ではより重大な変化があった。正式に村に昇格出来れば、市が予算を出して、村役場、駐在所、小・中学校を開設してくれる事が大きかった。その後も補助金が出る。
現在の所、役場に関しては移行期間として特別に隣村から定期的に人員を派遣してもらっていた。戸籍・納税などの基本的な行政は彼らが面倒を見ていたが、村の規模が大きくなるにつれて無理が出ている。
正式な村に昇格後は一気に業務が拡大する為に常駐で業務する必要がある。計画に盛り込まれている内容では3名の村役場職員が市内から引っ越して来る筈だった(立ち上げが終わると2名だけが残る)。
また、駐在する警察官が単身もしくは家族と一緒に赴任して来る。
その事を見越して、駐在所は大きめにする予定であった。
その他にも、今も1名の教員が派遣されているが、小・中合同学校の教員も2~4名が赴任する予定だった。本来は中学生の太郎は隣町の中学校に入学するはずだった。そうなれば、往復だけで4,5時間は掛かってしまう。
だが今までの前例をたてに、仮設学校で中学までの就学を認めさせていた。
しかし生徒の数が増えるに従って目が届かなくなって来た事は明らかだった。この事も正式な村昇格を目指す理由だった。
赴任者の住宅の割り当てと流通の確保を考える必要もあった。今の段階で20戸分の造成は済んでおり、昇格計画には盛り込み済みであった。流通は現段階では未定であり、今後の課題であった。この流通がしっかりしていないと、新しく赴任して来る者達の生活が成り立たなくなってしまう。
元々、村は自活出来る様になっているが、赴任者には商店が必要であり、また発展していく上で必ず問題となる事だった。行商の中村屋に依頼はしている様だが、行商が本職だからと色よい返事は貰っていなかった。彼らならこの村の事にも詳しく信頼も置けるが、太郎の考えでは残念ながら新規に業者を募集するしか方法は無さそうであった。
そして、村長と村議会の制定もしなくてはならなかった。現実問題の所、村長には自分の父親がなるだろう。選挙をするにはするが、対立候補は多分出ない。太郎から見ても父親は村人に慕われていた。中村屋の話しではこの村は村人への手当てが厚かった。これは始祖が可能な限り村人の生活を向上させる事に心を砕いた歴史から来ていた。中村屋は頼まれるまでも無く、他の村に比べてここは恵まれていると村人に吹聴していた。
そのような状況で、父親以外の者が立候補しても勝てる見込みが無いばかりか、立候補した段階で村人から冷たい仕打ちを受ける事は確実であった。そして村議会も今居る人員で構成される事は明らかであった。
だが、太郎が考える最大の問題は収入と税金だった。宮崎家が土地の所有権を持っている為に、土地保有税は全て宮崎家が納税している。
更に、去年取得した新しい土地の保有税はかなりの納税額だったはずだが、これも宮崎家の持ち出しだった。
税制上、仕方が無かった。宮崎家の名前で土地を所有しないと、使用人名義では更に税金が重くなってしまう。市が開墾促進を進めた時代に定められた、100年間の時限立法の古い優遇措置が今も続いているからだった。
使用人には基本の収穫量の他に、収穫の出来高による追加給を上乗せした方法で富を分配していた。そして不作や思わぬ出費に、宮崎家の資産を使う事によって使用人に皺寄せが行かない様にもしていた。
開墾の時からの方針であった。
村人も所得税及び市民税の納税を行っているが、特別減税措置を受けている為に通常より3割も減税されている。しかも自給自足が基本で、収穫の半分くらいの余剰収穫しか町に出荷していない為に納税額は少ない。
新たに開墾する土地の収穫は全て町に出荷するので収入はかなり増えるが、納税額も増える。正式な村に昇格後の3年間は特別減税期間で据え置きだが、その後は通常の税率に戻る事になっていた。
やはり収益を上げて、村人が負担を感じない様にするしか無さそうであった。
では何を植えれば良いかが問題となるが、太郎にも正解は分からなかった。父親も悩んでいるようだ。
現在の主力のインディカ米か小麦を植えれば無難だが、ここ数年は市場価格が下がりつつあった。このまま価格が下げ止まらないと、出荷しても希望通りの収益にはならないかも知れなかった。減税措置終了後はかなりの増税と感じてしまう。
このあたりをどの様に回避するか、また村人に納得させるかが父親の課題であった。
まあ、長年開墾に打ち込んでいただけあって、父親はその辺に関しては下手を打たないであろうとは思う。
その時に、ふと太郎は父親の言葉を思い出した。
『お父さんも11歳の時に父親を失った』
思わず起き上がった。
父親のあの言葉は、実はもっと深い絶望感が詰まっていたのかもしれなかった。
父親の母親は産後の日経ちが悪く、父親を出産してから半年後に病死してしまっていた。父親は自分の母親の顔さえも知らないはずだった。そして11歳で父親を失い、6年後には始祖たる祖父を失っていた。祖母も祖父と相前後して亡くなっていたから、太郎で言えば3年半後には一人ぼっちになった訳だ。
新狭山市では16歳で成人になるが、どれほど心細かったのだろうか?
利一は愚痴をこぼさない性格だから、その時期の話は聞いた事が無かった。27歳で母親と結婚したから、宮崎家を10年間もの間、たった一人で支えた事になる。
更には結婚して直ぐに授かった長男を3歳で亡くしていた。亡くなった兄は始祖から一字取って、利哉と名付けられていた。両親とも詳しく教えてくれなかったが、かなりのショックだったのだろう。2年後に生まれた男の子を次男にもかかわらず、太郎と名付けてしまった。
小さい頃、母親に『何故、僕の名前には始祖の名前が入って無いの?』と名前の由来を聞き出した事があった。母親の答えはある意味、馬鹿馬鹿しいものだった。
『日本の昔話の主人公に桃太郎や金太郎が居たでしょう? そんな風に立派に育って欲しいと云う思いと、この家を立派にして欲しいと云う願いを込めているの。お父さんは始祖の利光様を尊敬しているけど、あなたが立派に育つ事の方が大事だからと言って、あえて太郎と名付けたの』
幼い太郎は納得と共に、自分への父親の愛情を知った。だが、可哀想にその子供が今ではこの有様だった。
宮崎利一の人生とは何だったのだろうか? 不幸の連続に見舞われながらも、必死に生きて来た人生は? そして太郎はもう一つの自問に辿り着いた。
『でも実は、父親こそが立派に生きて来たのでは無いか?』
太郎は父親の人生を、その様に考えた事が無かった。
いや、わざと考えない様にしていたと思う。自分と比較したく無かったのだ。比較すれば自分が惨めになる。ケリュクの強弱を理由に自分の殻に閉じ籠っていれば、惨めな自分を自覚しなくて済む。半分意識的に逃げていた。
そして苦々しい事に肉親の太郎より他人の春奈の方が父親の人生を認めていた。彼女は明言していた。
『もっとも私から見たら、苦労しながらも村をここまで発展させたお父様も立派ですけど』
あの時は聞き流してしまったが、春奈は誰から話しを聞いたのだろうか? 父親と関根家は頻繁に連絡を取っていたので、親子の会話か何かで聞いたのだろう。
だが、あの時の口調には何故か感情がこもっていたと太郎は思った。その理由が分からない。
やはり、彼女は謎に満ちていた。
【おまけのパート 「剣士」】
自衛隊側は交流イベントの内容をどうするかで悩んでいた。
ラミス側は大部隊の行進や大規模な模擬戦等を予定している事が伝えられていた。王の前では小銃の発砲が出来ないので、少人数の自衛隊の「展示」(演武)では地味になってしまう。
そこで、春香が義弘の許可を得て展示に参加する事にした。内容は「自衛隊銃剣格闘」披露の後に、春香VS自衛隊の展示を行なうと云うものだった。
ここで自衛隊が侮られる事は、砦に残る民間人達に生き残る術が無くなる事と同義だった。
関根一尉以下特戦群小隊25人はラミス短槍を短くして、銃剣の代わりとした。
女性と云う事を出来るだけ知られない様にさらしを巻いて、春香は迷彩服を身に纏った。
自衛隊側の最後の演技の時間となった。
春香が前頭葉の暴走を始める。
会場が戸惑い始めた。ケリュクを持たない種族と言われていたのに、一人の奴隷兵が発散する量は王族並みだった。
展示が始まった。
その奴隷兵は特戦群の槍をことごとく両手のグザリガ剣で切り落としていく。展示は会場のラミス人から喝采を浴びた。ラミス王国では剣の腕は尊敬の対象だからだ。
ラミス王がここで提案をした。
「我が剣の師匠でもあり、ラミス一の長剣士のタカザラと手合わせを願えないだろうか?」
場内は湧きかえった。断る事は出来なかった。義弘の許可を取った春香は承諾の印に尊礼した。
王に呼ばれて、王の前に進むタカザラ。
「わしの目で見た所、新狭山市の剣士は途方もなく強い。それにあの剣筋は初めて見る。我が王国の剣を更に強くする為に、直に手合わせをするが良い、タカザラよ」
固唾を呑んで見詰める参加者全員。タカザラの装備は盾と剣と軽装とも言える鎧だった。
向き合って、剣を身体の前で天に向けて捧げ持ち、左足を引くラミスの立礼をした後で剣を構える二人。
彼は間近で対峙した、この小さな奴隷兵がただならぬ剣士と云う感想を抱いた。
まるで子供のような身長なのに、間合いが読めない・・・。懐が広いのか、狭いのかさえ掴めない・・・
更には、常識では有り得ない事に、ケリュク影響圏が異常に大きい。
仕掛けたのはタカザラであった。日本人は右利きが多い事を知っていたし、左手の剣筋が若干緩いと先の演武で掴んでいた。
日本人は予想通りの剣筋で左の剣を動かした。相手の予想打撃点を外し、更に予想以上の衝撃を与える為に微妙に剣筋を変更して、剣先の速度を上げた。
だが、剣から伝わって来た衝撃は異常に軽かった。罠の匂いを嗅ぎつけたタカザラは相手の追撃に備える為に右手の盾を前面に出しながら、強引に身体を後方に戻した。
会場から一斉にため息が漏れた。
タカザラの踏み込みは素早く、斬撃は力強く速かった。
しかも、新狭山市の剣士の対応は後手に回った様に見えたが、タカザラは一撃で後退した。
どうやら対峙している本人達で無いと分からない攻防が有ったとしか考えられなかった。
タカザラは改めて相手の力量を感じていた。左手の剣筋は右手と変らない程速い。彼の剣筋を見極めて、直ぐに受け流した反射神経も並みではない。
やはり一撃で優位に立てる相手では無い。虚撃・虚動・連撃を組み合わせて隙を探るしか無さそうだった。それにやはり間合いが掴み難い。やりにくい相手だった。
だが、あの小さな身体のどこに、巨大なグザリガの剣を操る力が有るのだろうか? こうして直接対峙しても謎は深まるばかりだった。
しかし、一つだけ確信した。これだけの剣士と剣を合わせる事は二度と無いだろう。
そして、自分がこれまでに修得した剣技を全てぶつける事が出来る機会も、これが最後だろう。この剣士なら全てを受け止めてくれる。
思わず口元が綻んでいた。
彼はある時期から剣合わせで自制する様になってしまっていた。本気で剣を振るえば、相手に深刻なダメージを与える可能性が出てくる様になってしまったからだった。
それでも、彼は剣の腕を磨いた。自分の最高到達点への挑戦だけが彼の生きがいだったからだ。最前線勤務をいつも志願する理由は、手加減をしなくても済む相手がグザリガだけだったからだ。
しかし、残念ながらグザリガ兵も彼を満足させる事は無かった。彼にとって、力任せに近いグザリガ兵の剣撃は失望だった。自分の命を賭けた闘いという違いは有るが、彼を満足させる斬り合いは無かった。
タカザラは心の中で異国の剣士に礼を言った。
『よくぞ、私の前に現れてくれた。剣に捧げた生涯に対する褒美としか思えん。心ゆくまで楽しませてもらうぞ』
それからの5分間は観客にとって至福の時間だった。
これだけの剣合わせは二度と見る事は無いだろう。
タカザラの剣撃はまさしくラミス王国の剣術の最上の結晶だった。一瞬に3段の突きを打ち込んだと思ったら、急角度の剣筋変更と虚撃のコンビネーション等、ありとあらゆる剣技を駆使した。
だが、それを受け流し続けた奴隷兵の剣士はその底を見せる事が無かった。
ふと気付くと、二人の剣士は離れて立礼していた。
一瞬静まり返った会場から、次の瞬間、万雷の拍手が起こった。王も立ち上がって拍手していた。
タカザラが王の前まで歩いて行く間も拍手は鳴り響いていた。
如何でしたでしょうか?
本編は、もんどり返るほど地味でしたよね(^^)
おまけ編は、あくまでもイメージ作りの為の下書きに、簡単に手を入れただけなので、本編化する時には更に細かい描写が入る筈です(そこまで辿り着けたらですが^^;)。




