関根家の宝 1
こんにちは mrtkです。
「あらすじ」にも書きましたが、大昔の未完のシリーズを掲載して行きます。
まあ、mrtkの作品らしく、地味な作品になる事間違いなしです(^^;)
(シリーズのエピソード1『始まりの日』は別ですが)
それでは、少しでも楽しんで頂けることを切に祈りつつ・・・・・・
その集落は活気に満ちていた。
小高い丘の上から見える、整然と並んだ丸太小屋からは夕餉の支度をする煙がうっすらと昇っている。 三世代に亘る努力の賜物であった。
この村の大地主として、絶対的な権力者の宮崎利一はこの時間に、この場所から村を眺める事が一番の楽しみだった。集落では唯一の2階建ての我が家を含めた19戸がきちんと夕餉を準備出来る様子は、今までの一族の苦労が無駄では無かった証拠であった。
祖父が自衛隊を辞めて、この地に入植してから58年が過ぎていた。自分が47歳と高齢の手前となり、48歳で開墾を始めた祖父のすごさを改めて実感する毎日であった。
最近新聞に載った記事では、市民の平均寿命はついに58歳を上回ったそうだ。だが、その平均寿命を全うしたとしても、自分にはあと10年強しか残されていない。
利一が小さい頃、祖父は口癖の様に言っていた。
『おまえにも日本を見せてやりたいなぁ。本当に凄かったんだぞ』
祖父の語る『日本』と、ここに来てからの冒険話は余りにも現実離れしていたが、それは作り話としても面白くて、利一はよくせがんだものだった。
特にこの地で出会った『空飛ぶ天使』の話は一番のお気に入りだった。
その天使が自分の身長ほどの巨大な剣を自由自在に振り回して悪い鬼を退治していく、というくだりは幼い彼を熱中させた。この話をする祖父は楽しそうだった。わざわざ木で剣を作って、立ち回りをやってくれたほどだった。
敬愛していた祖父も30年前に天寿を全うした。嫁は3年前に風邪をこじらせてあっけなく死んでしまった。彼には二人の子供が残されていた。小学4年生の娘は健気にも母親の代わりになろうと努力をしてくれている。
だが、跡継ぎになるはずの息子が悩みの種であった。もしかしたら自分の代で宮崎家が絶えてしまうかも知れないと考えると、なんとも言えない寂しさが彼の胸をふさぐ。10分前の幸福感は跡形も無くなり、やや背中を丸めて家路に帰る彼の思いは揺れていた。
しかし、邸宅に戻って、息子がいつもの様に勝手に食事を始めている姿を見た時に決心が付いた。
もう自分だけでは解決出来ない。政治的な問題や開墾地絡みの問題なら解決するだけの知識も経験も能力も有る。身内の恥を晒すようで出来ればしたくはなかったが、祖父の代から世話になり、『足を向けて眠れない』と祖父から言われて来た新狭山市の有力家の意見を聞こう。息子が家出をしたり、犯罪者になってしまったりしまう前に手を打つ必要があった。
『関根さんに相談しよう。何回かあったこの村の危機を救ってくれた時のように、きっと有益な方法を考えてくれる。丁度明後日は郵便局の回収があるから、再来週には返事が来る』
息子の宮崎太郎は自分の運命を変える決心が行われた事に気付かず、いつもの様に使用人に些細な事で難癖を付けていたぶりだした。
利一がいさめると、無言で自分の部屋に戻って行った。
返事は予想通りに次の月に届いた。文面は短かった。
『手紙を拝見させてもらった。家族の苦労は何処でも有るが、君の悩みも良く分かる。
そこで息子とも相談したが名案は浮かばなかった。
だが、意外な所から援護射撃を受けた。
今月22日から孫娘を春休みの間の1週間だけ預ける。
きっと良い効果が有る筈だ。
追伸
祖父殿が生きておられたら驚くかも知れない。私は日々驚いている。
我が家の宝物だ。名前は春奈という。年齢は君の娘さんと同い年だ。
彼女の土産話が今から楽しみだよ。』
そして、もう一通の手紙が届いていた。
可愛らしい字で書かれたそれは、太郎の事には触れずに来訪目的が書かれていた。
驚いた事に、書かれている内容は字とは似つかわしくないほどに大人びていた。
『初めまして、関根春奈と申します。
祖父と両親から宮崎様が開墾された村の自然のすばらしさを聞いております。
是非ともそのすばらしい自然を楽しみたいが故に、我侭を言ってご訪問させて頂ける様に許可を得ました。
またよろしければ、お忍びでお伺いしたいので、私の素性はご家族以外には伏せておいて下さいませ。
お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願い致します。』
あの関根家の当主が宝物と言う孫娘を預かる事の重大性は、到着予定日が近付くにつれて増して行った。
この地で最小の新興国で有りながら、他の大国に衝撃を与え続けている新狭山市の舵取りを担う人物の宝物をどう扱えば良いかは、太郎の事より遥かに難しい問題であった。
彼女を迎えるまで、宮崎利一は祖父から教わった『日本』のことわざの『藪を突付いて蛇を出す』の心境であった。願わくは毒蛇で無い事を祈るばかりであった。
新星暦83年3月22日水曜日【姫様来訪予定日】
宮崎邸の2階にある自分の部屋で宮崎美月は迷っていた。
幼いながらも端正な顔には悩んでいる表情が浮かんでいる。頭まで引き上げていた“シーツ”を降ろして、片目だけ開けて置時計を見た。
春休みになってからも午前6時半に起きていたが、“ベッド”横に置いた置時計はまだ6時前だった。そう言えば、赤色野鶏の鳴き声を聞いた覚えもあった。
昨夜は早目に“ベッド”に入ったが、久し振りにすぐには寝付けなかった。彼女にとっての英雄の子孫が我が家にやって来るのだ。
しかも新学期から小学5年生の同い年だ。色々と聞きたい事があった。
『この“マンガ”に描かれた話しは本当の事ですか?』
『家の中ではどんな人だったのですか?』
『“マンガ”にあったオッチョコチョイってどんな意味なのですか?』などなどの質問を考えていたら眠れなくなってしまった。
もう眠りの世界に戻れそうには無かった。彼女はついに起きる決心をした。勢いを付けて起き上がる。
関根春奈が到着する予定は午後4時を越える筈だったから、まだ10時間はある。それまでにしなくてはならない事を頭の中で確認する。
庭の手入れと水撒きは午前中にする事。
夕食の準備に関して、使用人のエキ夫婦と最後の打ち合わせをする事。
出迎えに行く1時間前にもう一度屋敷内の清掃が十分かを確認する事。
着て行く服は昼食を済ませて直ぐに用意する事。
2階の主賓室前の花が枯れていないかを確認する事。
“シャワー”を浴びるのは清掃確認の後にしないといけないから、時間を調整・・・
頭の中に浮かんだ確認事項を時間別に整理して記憶していく。起きて直ぐに家庭内の予定を確認する事は、彼女にとってはいつもの事だった。彼女の中では当り前の事であり、母親との約束だった。
3年前の冬に亡くなる直前に母親が苦しい息の中で発した一言が、彼女の人生の方向を決めた。聞こえ難かったので、耳を近付けて辛うじて聞こえた一言。
高熱を発していた母親の声は彼女の耳に高温の息と共に届いた。
『美月、お父さんとお兄ちゃんをお願い』
美月の返事が聞こえたのだろう。それまでの苦しげな息が急に静かになった。慌てて見た母親の顔は笑顔になっていた。彼女の母親、宮崎彩はその2時間後に永眠した。
本来の性格や才能があったのか、家庭内を切り盛りする事は苦にならなかった。最初は何も出来なかったが、使用人夫婦も熱心に教えてくれた事もあり、この3年間で彼女の力量は大幅に向上して、今や中断していた宮崎家の家計簿を復活しようとしていた。
また、自分の目標が出来た事で母親を失った痛手も少なく感じた。
特に痛手に関しては兄を見ているだけに実感する。
今では母親と約束を交わした事に感謝をしていた。
作業の予定が無い村人達が村の門前で待っていた。その中には宮崎利一と美月の姿もあった。時刻はやっと午後4時になっていた。
馴染みの行商がそろそろやって来る時間だった。行商と言っても、7名の合資会社で、しっかりとした運営をしていた。仕入先にコネがあるのか仕入れて来る商品は品質も良く、価格も手頃だった。
この村を担当する彼は月に2回は立ち寄り、日用雑貨や2週間分の新聞や雑誌などを運んでくれていた。最寄りの町までは12kmなので、本来なら行商に頼らずに生活は出来るが、彼が仕入れて来る噂話は出張料を払ってでも聞く価値があった。
町につながる砂利道が昼間の日射で温められて陽炎で揺らめいている。
ここのところ、春にしては暑い日が続いていた。汗をぬぐいながら利一は行商の姿が見えないかと、じっと道の先を見詰めていた。
その姿は村人に不安感を与えていた。今日に限り主人と愛娘が自ら出向き、皆も普通着の中で一番綺麗な服を着て来るようにと言われていたのだ。こんな事は初めてだった。
美月も父親の横で緊張をしていた。関根春奈がどんな娘かの情報が少なかった所為だ。もし意地悪だったら? 幻滅する様な娘で、美月が憧れている関根春香まで嫌いになってしまったらどうしよう?
横目で父親を見た時だった。
利一が更に緊張した。行商の姿が陽炎越しに現れたのだ。
行商は2週間前に立ち寄った際に、次は特別便を仕立てると言っていたが、その通りであった。
いつもなら牛車1台で来る彼が3台の牛車を率いていた。一台は一頭立てのいつもの牛車だったが、後ろに続く2台は2頭立ての見慣れない牛車だった。豪華と言うより実用性を重視した頑丈な作りだが、作りは丁寧で安っぽくは見えない。
待ち構えていた人垣の前についに3台の牛車が到着した。牛を操っていた行商が利一の姿を認めて、おやっという顔をした。
「わざわざ、ご当主様が門前までお出迎えですか? 私も偉くなりましたね」
「悪いが中村屋、今はあんたの軽口を楽しんでいる余裕は無い。どっちの牛車に乗っておられる?」
「真中の牛車ですよ。御者はお姫様絡みの者ですからね。念の為に言っときますが」
利一は手紙をもらってからこの時が来る事が恐ろしかったが、いよいよ姫様との御対面であった。むしろ『本当に来た』という安心感から緊張は無くなっていた。
二人いる御者に声を掛ける。立ち上がって周りを見渡している御者の方はまだ青年であった。もう一人の座っている方は少し年上だが、二人ともかなり大きなケリュク(ラミス語。意訳としてはオーラに近い)保持者であった。彼らの目の配り方からすると関根家の警護の者か、もしかしたら警察の要人警護課所属の可能性も考えられた。
「大丈夫です。降りても結構ですよ」
やはり警護の者であった。誘拐や“テロ”という、今では使われなくなった言葉を祖父から聞いた事がある。大物政治家の孫娘にはそれなりの警備が付いていてもおかしくは無いのだろう。
牛車の扉が開いた。中から現れた女の子は化け物であった。
利一の精神は衝撃によろめいていた。彼のケリュク発生量判定はD+級だったが、この村に居るケリュク保持者は他には息子の太郎と娘の美月くらいであった。その二人の判定結果がB級。十分に有意な保持者として通る実力はあった。
また、祖父が亡くなった時に葬儀に参加してくれた現関根家当主や、嫁の葬式に出席してくれた、その息子夫婦も隠していた為に詳しくは分からなかったが、それなりのケリュク保持者だった。
だがこの娘は異常だった。
隠そうとしていない事もあるのだが、頭部から漏れてくるケリュクは密度が濃く、全身から漏れている量も半端では無い。正にケリュクの固まりであった。
そこに立っているだけで、全員の目を集めてしまう存在感。
これでは、ケリュクを見る事が出来ない非保持者の使用人たちでさえ、彼女を只者と思う者は居まい。
身動き出来ないでいる一同の前まで降りて来た少女が挨拶をした。
「こんにちは。関根春奈です。1週間お世話になります。おじい様と2番地と3番地がそれぞれ警護員を付けたので大人数になりましたが、後ろの牛車に手土産を持って参りましたのでご容赦下さい」
両手を前で揃えて優雅にお辞儀をした彼女は10歳のわりに外見上は幼く見える。服装は華美なものでは無く、野外での行動を前提にした“ジーパン”に“ポロシャツ”だった。靴も最近流行の平底のごく普通の“スニーカー”だ。
身長は低く140cmも無いだろう。娘の美月より10cm近く低い。身体つきも華奢に見える。
顔は全体的に日本人の面影を色濃く残していた。その証拠に日系遺伝子の影響が強くて鼻がやや低い。
だが、将来はきっと美人になる前兆も見て取れる。黒く光る髪の毛は肩に掛かるくらいの長さだった。声色は優しげな中に芯の硬さを秘めていた。
そして、一番印象的なのが目であった。違和感を感じる目をしていた。
それに自分の娘と同じ歳とは思えない力があった。子供とは思えない、大人以上の意志の強さを窺わせていた。
利一は自分の10歳だった頃を思い出していた。父親が『ラミス内戦』の影響で招集されて、祖父と二人でこの開墾地を守って行こうと話し合った歳だった。父親は結局、次の年に戦死してしまったので、祖父が亡くなった後は一人でここを守って来た。それ故に自分に自信も持っていた。
だが、この娘はその土台を崩すほどの破壊力を発散していた。
『我が家の宝物だ』『我が家の宝物だ』『我が家の宝物だ』
関根家当主の表現は謙遜が過ぎていた。市の宝となるべき少女であった。それが証拠に関根家だけでなく、隠語で言ったが「市警察」「自衛隊」の警護員が付いていると言っていた。
『関根さん、あなたはこの村で何をしようとしているのですか? 我が家の問題を政治問題に発展させようとしているか、いじめているかどっちかですよ?』
宮崎利一は人生最大の難題に直面した気がして来た。
『藪を突付いたら、龍が出た』
笑えない冗談が利一の脳裏をよぎった。
如何でしたでしょうか?
やはり、地味でしたよね(^^)
次回更新は来週のお休み(多分、7月14日月曜日か15日火曜日になる筈です)になります(^^)/




