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H.E.L.R  作者: アラック
6/9

第五話 葛巻譲治

 引き続きファミリーレストラン内から状況が続く。

 先程、偶然に合流を果たしたうちの莫迦妹・火花(ひばな)がどこぞの筋から引き受けてしまった依頼。

 それは、今現在ヤクザものに追われているという、写真で見る限りくたびれて薄汚れたおじさんを捕まえるというもの。

 しかしこのおじさん、俺たちが巻き込まれてしまった異能戦ゲームの参加者でもあるのだという。

 火花を立花さんのところに押し込んで安全を確保し、おじさんを捕獲して事なきを得ようとしたところで、なんとこのおじさん、俺たちが食事をとっているファミリーレストランに入店してきたではないか。

 果たして偶然か、運命の女神の悪戯か。

 以上、あらすじ終了。

 状況を再開する。



 ◇



 入店してきたおじさんはひとりだった。

 白髪混じりの髪は整えられておらず、顔には疲れが浮かんでいた。

 着ているカーキ色のコートは薄っすらと汚れが浮き、その下はスーツだったが、アイロンなどはかけているようには見えなかった。

 背はかなり高いはずだが、卑屈そうに曲がった猫背のせいでそうは見えない。


 今しがた家族連れが帰った事で俺たちの後ろの席が空き、店員はそこにおじさんを案内した。

 おじさんは店の奥側に背中を向けて、ボックス席に座る。

 ちょうど、俺や桐生と背中合わせになるように。

 追われているからなのか、なるべく視野を広く保ちたいのだろう。


 おじさんが席に座り一息ついて、メニューを開いて見入るまで、俺たちはじっと息を殺してその気配を見守っていた。

 俺たちが据わっているボックス席とおじさんの席との間には仕切りが設けられてはいるが、あくまで席を区切るだけの役割で、振り返ればすぐにでもおじさんの背中と後頭部が見える。

 たった今話していた人物の突然の登場に、火花がひそかにテンションを上げていた。


「……なにこのビンゴ。あにき、あたし今日すっごいツイてる気がする」

「……おそらくはその逆だ。とてつもなく不運な状況にある気がする」


 ひそひそ話を始める俺たちは、手元の資料を再び広げ、おじさんの素性を再確認する。

 名前は葛巻譲治(くずまきじょうじ)、年齢は39歳。

 最終学歴は大学卒、以来仕事を転々として現在は無職。

 最近では公に出来ない裏の仕事に手を染めはじめたという。

 3歳年下の妻と、今年で中学校に上がる息子がいるが、もう何年も前に離婚していて、ふたりは現在、妻の実家で暮らしている。


「……それで、このおじさん、葛巻さん? は、なんでヤクザに追われてんの?」


 疑問の声を上げたのは桐生。

 スプーンを加えたまま行儀悪く資料を眺めている。


「……ああ、それは、たぶんこの部分ですね」


 梅宮が資料の束から1枚を抜き取り、それを紙束の一番上に置く。


「あ。ちょ、あの、みなさーん? 見てもいいんだけどー、大声出さないようにー、お願いー、します」


 火花が声を落とし気味にして、手で制止するようなポーズを取りながら念を押す。

 そんなに驚く事が書いてあるというのだろうか。


「……えーっと、なになに? ヤクザとブローカーとの麻薬取引現場にて、麻薬(コカインと推定)をこっそりホットケーキミックスにすり替え……」


 資料を読み上げていた桐生と、水を口に含んだ梅宮が同時に噴き出した。

 咽返り咳き込む音を聞いた葛巻氏が怪訝な顔で振り返るが、俺と火花が「大丈夫です。大丈夫ですよ?」とフォローを入れて事なきを得る。


「な、なんで!? なんでホットケーキミックス!? 確かに似てるけど!?」

「桐生、静かに。声が大きいぞ」


 ホットケーキミックスという単語に過敏に反応した葛巻氏が、吃驚してして呑んでいた水を盛大に吹く。

 目を剥いてこちらに振り向いてくるが、火花が咄嗟に「やっぱ、外国産じゃなくて、日本産のミックスじゃないとねー。

 ふっくら具合が違うんだよねー」などと大声で誤魔化した。

 なんだかんだで、うちの家族はアドリブに強いらしい。

 血は繋がっていないが。


 笑いをこらえて読み上げる事が出来なくなってしまった桐生に代わり、俺が資料を読み上げる事にする。


「……すり替えたコカイン(あくまで推定)は、葛巻氏の依頼主に引き渡す事が出来たが、その結果葛巻氏自身がヤクザに目を付けられてしまい、命を狙われている。と」

「……はした金で、トカゲのしっぽ切りみたいな感じ? で、あたしの依頼主さんが葛巻さんの保護をって」

「……その依頼主が彼を、葛巻さんを保護するメリットは?」

「……わっかんない。でも、ブツのすり替えする時に、何か重要な情報聞いちゃったんじゃないかな」

「……なるほど。という事は、敵対勢力か、警察関係者か……。いや、警察関係者なら、こんな回りくどい事はしないな」

「……じゃあ、同じよーな組合って事? 仲介してくれた人って、あたしの知り合いなんだけど、そんなに悪そうなところから依頼持ってくる人じゃないんだけどなー。人やものを見る目、あるはずなんだど……」

「……その仲介者に人を見る目があったとしても、件の依頼主が代役を立てられている可能性もあるぞ。その依頼主も、今頃切られているかもな」

「ふんにゃー」


 火花は奇声を上げて顔をしかめる。

 自分はおろか、自分の知り合いである仲介者までが謀られたかもしれないと知り、憤慨しているのだ


 いまいち背景が見え辛いなと、メロンソーダに口を付けながら資料を見ていると、隣の桐生が肘で突いて来た。

 無視しようかとも思ったが、俺の行動パターンを読んでいたのか、こちらの反応を待たずに話しかけてきた。


「なあ、櫻井兄妹って、こういう事件的なものに、結構首を突っ込んでるのか? なんか、推理小説の探偵みたいだぜ?」

「……桐生。もし仮に、俺と妹が推理小説の探偵ポジションなら、こんな異能戦ゲームに巻き込まれてなどいないよ。異能力バトルものじゃなく、しっかり推理ものとして話が進んでいるはずだ」


 まったく。

 万里夫さんの小説じゃあるまいし。

 そう考えたところで、何か引っ掛かりのようなものを覚えた。

 魚の小骨が刺さっているような感覚だ。

 しかも、刺さっている場所が、喉奥にではなく歯茎に。

 それ程に強烈な違和感だった。


 同時に歯がゆさも感じた。

 キーワードは揃っている気がする。

 パズルのフレームとピースがすべて目の前に揃っているというのに、俺は手を出せないといった具合に。

 組み上げなくともどういった事かはだいたい予測が出来るものの、組みあがらない限りはっきりとした答えを出すことが出来ない、そんな歯がゆさだ。


「あの、ふたりとも……」


 いつの間にか、静かな爆笑から復活していた梅宮の呼びかけで、目の前の現実に呼び戻された。

 小声で呼びかけて自らに注目を集めた梅宮は、火花が広げた資料の余白に持っていたシャープペンで文字を書き始めた。

 それは、丸っこい可愛らしい字で、


『見られています。葛巻さんに』


 というものだった。

 とっさに後ろを振り向こうとしていた桐生の足を踏ん付けて動きを抑え、梅宮に頷いて手元を促す。

 そして、口からは別な事を発する。


「そうだ桐生、キミは車を持っているのか? 免許証は持っていたけれど」

「へ? ああ、免許自体は高校卒業する前に取ったんだけど……」


 俺の問いに咄嗟に反応する桐生は、俺の視線の先、梅宮が資料の余白に文字を書き続けているのを見た。


『時折こちらに目線を向けますが、まだ警戒しているという程ではないようです。そのまま話を』


 なるほどと、桐生が感心したように頷く。


「まあ、俺もこっちには車で来てたんだけどさ。有料駐車場なくって困ったよー。ここら辺って駐車場少なすぎじゃない?」

「あ、それそれ。その理由、あたし知ってますよー」


 火花が桐生の愚痴に手を上げて反応した。

 元々の住んでいた土地であり、それにこうして厄介毎を拾ってくるようなフィールドでもあるのだ。

 お莫迦なりに、そういった土地事情には詳しいのだろう。


「ここら辺、昔に事件があって、住んでた人が軒並み引っ越しちゃったから、区画整理するって話が出たんですよー。だけど、結局予算の都合とかで、なんでか駅前強化にシフトしたみたいなんですねー。もう、土地のお値段もかっなりやっすくなってるのに、だーれも住まなくなっちゃって……」


 火花は独特の調子でしゃべりながら、梅宮が書く文字を横目で追って行く。


『どうやら、こちらばかりに注意を向けていられないみたいですね。追われているせいか、店の入り口付近を見る回数の方が多くなりました。ただ、事件という単語に一瞬強く反応しています。当時の事を知っているのか、それとも異能戦の参加者だからかは、私では判別が付きません』


 ふむ。と、俺は息を吐きながら頷いて、自らの上着のポケットからシャープペンを取り出した。

 入れておいて助かった。


「へえ。じゃあ、桐生は今、駅前の有料駐車場に車を止めているのか。車種はどんなのなんだ? 将来買う時の参考に教えてほしいな」


『話しながらこうして筆談するのも手かもしれない。葛巻さんが異能戦の参加者という可能性もあるから、今のところ異能戦の話題は避けよう』


「えっとな、青の軽だぜ? 小さいやつ。新車で普通車だと高いしよー。親に泣きつくのもかっこ悪いしさー。でも、いつか綺麗なおねえちゃん助手席に乗せて海沿いとか走りたいよなー。えへへ」


『なんかこういうの、いいな。俺ちょっとわくわくしてきた。えへへ(by桐生)』


 俺と梅宮が、桐生の頭に向けて同時に手刀を放った。

 その後、店員が次々に料理を持って来て、筆談は一度中断となった。

 食が少し落ち着くまでの間、異能戦や背後の葛巻さんの事は意識の隅に置きながら、各々の身の上話などに矛先が向かった。

 火花が率先して『はなぐみ』時代の黒歴史を暴露しようとするので、梅宮が慌てて莫迦妹を押さえつけ、身を乗り出して先を促す桐生に俺が手刀をぶち込んでと、端から見ればなんだこいつらは、といった風情だったろう。

 そのお陰か、葛巻さんの警戒も少しは和らいだようだ。

 時折こちらをかすかに振り向くらしいのだが、その口元に笑みが浮かんでいたと、梅宮が再開した筆談で記していた。



 ◇



 さて、そんな具合で、葛巻さんがこちらに気を取られているせいもあったのだろう。

 彼は、注文を取りに来た店員の後ろを、気配を殺して付いて来ている男に気付かなかった。

 帽子を目深に被りマスクをした男だ。

 店内だというのに厚手のジャンパーを脱いでもない。

 誰が見ても怪しいという印象を受ける男だった。


 俺たちの中では火花が一番に、その不審な男の存在に気付いた。

 しかし、火花もじっと視線を向けるだけで動こうとはしなかった。

 店内のトイレに行くにはこの付近を通らなければいけないため、トイレに行くだけの利用客、という線も捨てきれなかったのだ。


 だが、その男が懐に手を入れている事で、火花の腹は決まったようだ。

 妹は俺の目を力強く見て、一言「あにき」とだけ呟いて、席から立ち上がった。

 面倒かけると、そう言っているのだ。火花の判断は間違ってはいないと思う。

 資料の通りならば、葛巻さんは命を狙われている。

 この不審な男が葛巻さんの命を狙っている可能性は高い。

 取り返しが着かなくなる前に動いて機先を制そうというのだろう。

 もし人違いだったら、俺も一緒に謝ってほしいという合図でもある。


 店員が葛巻さんの席に来て注文を取り始めたところで、火花が動いた。

 店員の後ろにいる不審な男を抑えにかかったのだ。

 しかし、動きは男の方が早かった。

 男は店員を火花の方に突き飛ばす。妹の動きを察知していたのだろう。

 火花が咄嗟に店員を受け止めた時には、男は懐に入れていた手を抜いていた。

 拳銃だ。

 男の手には拳銃が握られていた。


「葛巻さん!」


 席から立ち上がり振り返った俺は、男が葛巻さんに向けて拳銃を発砲する光景を目の当たりにする。

 男は拳銃を両手で構え、呼吸を止めるようにして、続けて何発も撃った。

 鼓膜をひっぱたくような発砲音が幾度も響き、撃たれた葛巻さんの身体が着弾の数だけ跳ねた。


 硝煙の白い煙と客の悲鳴が上がる中、俺はとっさにテーブルの上のドリアの皿を掴んでいた。

 桐生がエビドリアを食べ終えたので、食器には何も乗っていない。

 咄嗟に掴んだ皿を、俺は男に向かって放る。

 距離はほとんどない。

 葛巻さんに意識を集中していた男は、知覚外から飛んできた皿を避ける事が出来ず、肩に直撃を食らう。


「あにきー、ナーイス」


 そして、店員を梅宮に預けた火花がようやく動き出していた。

 身を低くした体勢から一転、足を振り上げての踵落とし。

 狙いは男の手にした拳銃だ。

 直前に皿を投げ付けて男の体勢を崩していた事が功を奏したようだ。

 踵落としは綺麗に拳銃を叩き落とし、両足を床に付いた火花はそのまま身を屈めてためをつくると、男の懐で溜めた力を開放。

 飛びつきから、両手で男の頭を抱え込むよう掴み、跳躍の勢いが乗った膝蹴りを鼻っ柱に叩き込んだ。


 火花の膝蹴りで男は意識を刈り取られた。

 そのまま男を抑えにかかる火花を尻目に、俺はボックス席の敷居を飛び越え、葛巻さんの元に駆け寄った。

 何発もの銃弾を身体に受けた葛巻さんは、果たして生きていた。

 吃驚して過呼吸気味になってはいるが、吐血も出血も見られない。


「撃たれたのに、何故……? 失礼します!」


 一応、断りを入れてから、葛巻さんのシャツをめくる。するとどうだ、彼は腹に週刊誌を三冊も束にして仕込んでいたのだ。銃弾はすべて週刊誌の最後の一冊で止まっていて、葛巻さん自身の身体には傷ひとつ着いていなかった。


「い、いやあ、本当、運が良かった(・・・・・・)よ……」


 引き攣り気味の表情で自虐的な笑い。

 彼がこういった事態に慣れているのだと、何故か直感出来た。


「すいませーん。警察呼んでくださーい。あと、救急車は……」


 いる? と、気を失わせた不審な男を床に押し付け後ろ手に拘束していた火花が聞いてくる。

 さて、救急車はいるだろうか。撃たれた葛巻さんは無傷、他の客にも被害はなさそうだが、ついでに呼んでおくのも筋かもしれない。

 今の凶行に驚いて、心臓発作など起こす客がいるかもしれないからだ。


 問題は俺たちの方だ。

 ここでこのまま警察のご登場を待っていたら、事情聴取で長時間の拘束は免れない。

 ブラックチケットの指定する休息時間内に交戦区画まで戻って来れるかどうか怪しくなる。

 この騒ぎに乗じてこの場を去った方が良さそうだ。

 彼にもご同行願おう。


「……葛巻譲治さんですね?」


 俺が葛巻さんのフルネームを呼ぶと、今さらながらに彼は息を止めて身を固くした。彼の心臓と精神衛生上よろしくないだろうが、ここは単刀直入にわけを話してご協力いただこう。彼我にとって有益なはずだ。


「ブラックチケット争奪の異能戦ゲームの参加者として、進言します。このままここにいると、やがて警察がやって来て事情聴取に連れて行かれる可能性が高いです。休憩時間の残りは、大丈夫ですか?」


 葛巻さんは俺を横目で見たまま固まっていた。

 いや、徐々に息が荒くなって来ている。

 命の危機が去っていないと思ったのだろう。

 誤解なのだが、説明している時間がないのでしょうがない。


「最初に言って置きますが、俺たちはチケットを奪い合う気はありません。あくまで俺たちは。それに、この場に留まるのはお互いにとって良くないと思いますが、いかがでしょうか」


 俺たちは、という部分を強調する。

 葛巻さんの目には、俺たち四人が異能戦の参加者に見えているだろう。

 いざとなれば数の暴力に訴えるとも取られているかもしれないが、そうであれば話が早い。


「……わかったよ。言うとおりにするよ。命だけは、助けてくれないかな?」

「俺たちの方こそ、命の無事を保証してほしいくらいですよ」


 俺がため息交じりに笑むと、葛巻さんは苦笑いながらも頷いてくれた。

 信用はされていないだろうが、今はそれでいい。

 この場から一秒でも早く去る必要がある。


「あにきたち、行くの?」


 不審者を拘束したままの火花が聞いてくる。

 残念ながら、こいつを連れてはいけない。

 葛巻さんを殺そうとした実行犯をここに抑えておく必要があり、かつ警察に事情を話す人間が必要だ。

 不審者だけならばそこら辺に縛り付けて置けばとも思うが、いつ意識を取り戻さないとも限らないし、仲間がすぐに駆けつけてくるかもしれない。

 それに、この込み合ったファミリーレストランで白昼堂々起こった凶行だ。

 目撃者は山ほどいる。他の客が俺たちの事を警察に話したとしたら、これから先の異能戦に支障を来すかもしれない。

 まったく無関係な人間を巻き込む事になるかもしれないのだ。

 それだけは避けたい。


 まあ、もしも取り押さえた不審な男に仲間がいて、火花を襲おうとしても、そううまくは行かないはずだ。

 先の一連の動きを見れば一目瞭然だが、火花は格闘技を収めている。

 それも、競技用に洗練されたルールの上での格闘技ではなく、こういった実践を想定した体術や技の数々だ。

 いったいどこで覚えてくるのだと不思議に思ってはいたのだが、こういった事情に首を突っ込んでいるのならば、なるほど、そういった筋の人間に教わっているのだろう。


「火花。お前はそいつを警察に引き渡して事情聴取に応じた後、すぐに万里夫さんのところに行け、くれぐれも俺たちと合流しようなどと思うな」

「事情聴取まではオッケー了解。でも、それ以降はちょっとあにきの命令でも聞けないかな。だって……」


 あにきがこんな事に巻き込まれたの、あたしのせいだよね。


 火花はいつになく神妙な顔でそう断言した。こいつなりに責任を感じているとでも言うのだろうか。

 だとしたら、それは余計なお世話だ。

 黙って言う事を聞いてくれた方が何倍もマシだ。


「だーいじょーぶ。たぶん、あたしの知り合いが今こっちに向かってるから、その人と交代して、あたしも後を追うから」

「追わんでいい! 大人しくしていろ!」


 頭痛がして来た。

 近い距離にいる葛巻さんが苦笑いで「たいへんだねえ」などとしみじみ言うものだから、余計に頭が痛い。

 弱みを見られているようで言い心地ではない。


「それと、会計を頼む。払っている時間がないからな」


 俺はポケットから財布を抜き取って火花へと放る。

 「おお、太っ腹」などとほざきやがったので、拳をグーで掲げて黙らせた。


「櫻井さん、火花ちゃんの資料まとめ終わりました」


 梅宮が火花の持ってきた資料をトードバックに入れて逃げ出す体勢を整えている。

 何だかんだで彼女も適応能力が高い。

 桐生などは未だに机の下に潜ったまま出てこないというのに……。


「それでは葛巻さん、ご同行願いますよ?」

「かつ丼は出るのかなー。お昼食べそびれちゃって……。というか、ここ数日お水だけなんだよね」

「もう少し我慢して下さい。……桐生、梅宮、行こう」


 またねー、などと気さくに手を振ってくる火花に睨みを利かせつつ、俺たちはファミリーレストランから脱出を図った。

 脱出路はトイレの窓、そこから裏口に出ようという算段だ。


「……なあ、櫻井。窓枠、身体通るかな?」

「駄目だったらこっそり厨房から出ようか。店内はまだ混乱してるようだし……」

「いいや、大丈夫だと思うよ? 窓枠」


 脱出プランに付いて俺と桐生が話し合っている中へ、葛巻さんも参加する。

 確信に満ちた「大丈夫」は、なぜか説得力を感じるものだった。


「前にも、ここのトイレの窓から逃げた事があるんだ」

「……葛巻さん。あなたいったい、何やってるんですか」


 俺と桐生が呆れ顔で呟くのを、葛巻さんは苦笑いで誤魔化しつつ頭をかいた。

 トイレの窓から這い出るようにして裏路地に出た俺たちは、梅宮が抜け出すのを待って交戦区画内へと急いだ。

 女子トイレの窓から出ようとする梅宮が足を滑らせ頭から路地に落下して俺が咄嗟に抱き留めて真っ赤になった彼女から平手を見舞われるというお約束なワンコンボがあったが、描写は潔く割愛しよう。


 交戦区画へ向けて速足で進む俺たちは、そのあいだに葛巻さんとの情報交換も済ませていた。

 俺たちの事情や境遇などだ。

 そこら辺の事情をかいつまんで話すと、葛巻さんも信用してくれたわけではないのだろうが、戦う意思はないというところだけは納得してくれたようだった。

 代わりに、と言ってはなんだが、葛巻さんからも情報の提供があった。

 俺や桐生、梅宮の3人ではたどり着けなかった情報だ。



 ◇



「おじさんはさ……、この異能戦ゲーム、初めてじゃないんだ。これで2回目。1回目の時は何がなんだかよくわからなくってさ、気付いたらゲームが終わってた。誰も殺してないし、誰にも傷付けられてない」


 目元を細めて言う葛巻さんの表情は険しい。

 先ほどまでの、苦笑いや怯えの表情ではない、彼の真剣な部分の表情だ。


「それで、ゲームの終わりに“異能売り”のジャッジがあって、そのゲームは勝利者なしの無効試合。でも、何人か死んじゃった人も見たし、殺しちゃって自分を許せなくなった人も見たよ」


 桐生が顔を青くし、梅宮が息を詰める。

 自分たちがそうなっていたか、またはそうしてしまい、取り返しがつかなくなった場面を想像しているだろうか。


「葛巻さん、生き延びたというのは、貴方ひとりで? 誰の協力もなく?」

「えっと、お兄ちゃんは櫻井くんだっけ。……うん、そうだよ。だーれも信じられなくってさ、というか、キミたちみたいに友好的に話しかけてくる人すらいなかったかなー。もしくは、話が通じたかなと思ったら、最初から戦う気満々でさ……」


 譲れない願いのために決意を秘めて、ただただ非日常と手にした力に酔って、戦う理由は参加者の数ほどあったのだという。

 無効試合となったにも関わらず、終了時の光景は悲嘆に満ちたものだったとは、葛巻さん談。


「それでさ、ゲーム終了時に、“異能売り”からとある提案があったんだ。参加者みんなに。今回のゲームは無効試合になったけれど、ブラックチケットをキープ……、そのまま所持していても構わないって。そうしたら、異能力と、次回の異能戦ゲームの参加資格をキープできるって……」


 葛巻さんの言葉を聞いて、俺の足は止まった。つられて、みんなの足も止まる。


「葛巻さん、貴方は……」

「ああ、そうだよ。おじさんはさ、ブラックチケットをキープしたんだ。異能力を得る事と引き換えに、次回以降のゲーム、そのどれかに強制参加させられて、同じ異能力者に命を狙われるリスクを背負った……」


 何故。

 口に出して問わずとも、言いたい事は伝わっただろう。

 桐生と梅宮も同じような表情をしていたから。


「前の異能戦ゲームでおじさんが得た異能力はね、とっても強運になる異能力だったんだ。怖い人たちに追われていても逃げ切れるし、殺されそうになっても生き延びる事が出来る。たぶん、ビルの何十階って高さから飛び降りても、毒物をひと瓶丸呑みにしても、強運に生かされる。そういう異能力なんだよ」


 強運。

 それは、先ほど拳銃で撃たれたにも関わらず、彼が無傷でこうして生きている事と符合する。

 しかし、何故。

 葛巻さんがブラックチケットを保持した理由は、まさか……。


「キープしたブラックチケットの異能力はね、交戦区画に入らなくても使える力なんだ。前のゲームには常連のような参加者が居てね、その人もチケットをキープしていたよ。その人は、自分の事をアデプターと呼んでいたよ。アデプト、達人者って意味らしい」


 そして、おじさんもアデプターだね。

 葛巻さんはそう言って目を伏せた。

 ブラックチケットを、異能力をキープした事を後悔しているのだろうか。


「えっと、おじさん、いいっすか? おじさんが、その、交戦区画じゃなくても異能力が使える異能力者、アデプターって事は、休息時間とかの縛りはどうなってるんすか? あと、チケットの出たり消えたりとかは……」

「このお兄ちゃんは、桐生くんだったかな。ええっとね、休憩時間とかはみんなと同じみたいで、チケットの出入りは交戦区画じゃないとないね。だから、チケット奪うなら、同じ交戦区画でやる必要があるんだよ。交戦区画外で異能力者同士が戦っても、ブラックチケットのやり取りは発生しない。敗けて死んじゃったりしたら、それはただのリタイヤになる」

「しかし、数を減らすだけならば、それもまた有効、と?」

「……怖い事考えるよね、櫻井くんは。その通りだよ。だから、前のゲームの終わりからずっと、びくびくしながら暮らしてる。いつ他のアデプターに襲われるかもしれないと思うと、怖くて眠れなくなるよ」


 でもね、と。

 葛巻さんは俯きながらも言葉を続ける。


「おじさんのせいで壊してしまったものに比べたら、こんな怖さなんてどうって事ないなって、そう思うんだ。人を殺す度胸なんておじさんにはないけど、隙あらば勝利者になって、願いを叶えられないかなって考えるくらいの意地汚さはあるんだ。それが唯一の希望なんだ。だから、チケットを放棄せずに、こうしてキープしてる」


 今は現れる事のないチケットを優しく包み込むように手指を曲げた葛巻さんは、ため息とともにその手指を握り、拳にする。

 度胸はないが覚悟はある。おそらく彼は、決めた事は最後までやり通すつもりだ。

 もし、この異能戦ゲームが無効試合に終わったとしても、ブラックチケットをキープして次の機会を待つのだろう。

 命を狙われているかもしれないという恐怖に怯えながら。


「はは。今回はこのまま、無効試合狙いが無難かな。さすがに、みんなに死なれたりしたら寝覚めが悪いし、もうお天道様の下を歩けなくなる。……別れた妻と、息子にも、顔向けできなくなるよ」


 おそらくそれが、葛巻さんの戦う理由だったのだろう。

 異能力者に命を狙われる事を恐れ、裏の仕事にまで手を染めてまで、取り戻したかったもの。

 人間関係の事なのだから、話し合えばいいのではないか、などと、簡単に口には出来なかった。

 そう出来ていれば、彼のような人物がこんなふざけた催しに参加しているはずがない。


 ファミレスで葛巻さんが撃たれた時、彼は最後までその場を動かなかった。

 それ程の強運があるというのならば、テーブルをひっくり返したり近くの客や店員を盾にしてやり過ごす事だって出来たはずだ。

 葛巻さんはそうしなかった。恐怖で顔が引きつり、身体を目いっぱい椅子に押し付けながらも、目は拳銃を構えた男を捉え、身体はそちらを向けていた。

 凶弾が自分以外に向けて発射される事を危惧したのだ。


 葛巻さんは、握りしめた拳を開いて、その片方を差し出して来た。

 右手、握手を求める方だ。


「改めて、葛巻譲治だ。キミたちに協力するよ。死なないため、殺さないため、そしてこの異能戦ゲームを生き残るために協力する」

「ありがとうございます。改めて、櫻井水樹(さくらいみずき)です。ご協力、感謝します」


 応じた握手、葛巻さんの手にはほとんど握力がなく、震えていた。

 俺たちにすら恐怖したままなのかどうかを確かめる事はしない。

 今は彼の協力を信じ、動向を見守ろう。

 有益な情報をもたらしてくれる人物であり、何より前回の異能戦ゲームを生き残った猛者でもある。

 異能戦ゲームのルールや、“異能売り”に関する事も、俺たちの中の誰よりも知っているはずだ。



 ◇



 そうして俺たちは交戦区画に戻った。

 再び顕現したブラックチケットを見れば、本日の休息時間はあと4時間強も残っている。

 食事こそ摂る事は出来たものの、ゆっくり休憩といった風にはいかなかったのが痛手だ。

 葛巻さんなどは結局水しか口にする事が出来なかったので、折りを見てコンビニに行こうという話を桐生たちとしている。

 お腹をさすり気落ちする葛巻さんを見てしまっては、デザートを食べ損ねたなどと不満を口にする事も出来ないだろう。

 まあ、不満そうな顔をしているのは桐生と梅宮だが。


 まあ、空腹の問題はすぐに解決する事になる。

 通りかかった路地に自動販売機があり、そこにおでん缶が並んでいたのだ。

 しかし、ここで問題がひとつ浮上する。

 葛巻さん、ここまで逃げてくる途中になんと、財布を落としてきてしまったらしいのだ。

 ならば俺が出そうとポケットを探ったが、そういえば火花に渡してきたのだと思い出して額を打つ。

 消去法で仕方ないなと得意げにポケットから財布を抜き出す桐生だったが、中身が一万円札に五千円札、十円玉に五円玉数枚と、完全に自販機に嫌われる内容だったのだ。


 結局、梅宮がおでん缶を買って葛巻さんに手渡す事になった。

 俺たちはおでん缶を掲げて女子高生に土下座して感謝に意を示すおじさんというものを初めて目の当たりにした。

 涙ぐみながらおでん缶の中身を貪る葛巻さんを俺たちは何とも言えない表情で見つめていた。

 とは言え、梅宮の方は収穫があったようだ。

 自分の分もと買ったおでんが意外にうまかったらしく、牛筋片手に目を輝かせていた。


 さて、一方うちの莫迦妹の方だ。

 ファミレスに置いて来た火花に電話してみたところ、件の知り合いとやらが間に合わず、現在警察の事情聴取に付き合わされているとの事だった。

 最も、その知り合いとやらも、異能戦ゲームや襲撃された事を鑑みて、改めて依頼主の背景を洗ってみると言っていたそうだ。

 事情聴取が済んだらすぐに合流するなどとほざいていた火花に対してすっこんでいろと電話越しに大声を上げたところ、外野3人がにやにやと笑みで見てくるので鬱陶しい事この上なかった。


 それと、懸念がもう一点。


「……ところで火花。その知り合いとやらは、男か?」

『あっれー? あーにきー。妹の交友関係が心配っすかー? やっきもちっすかあああ?』

「――3連休明け、全校集会の時に、俺は校長を押しのけ勝手に壇上に昇って、うちの妹が大好きだーと叫び歌おうと思う。大声で。世界の裏側まで届かんばかりの大声で」

『あにきごめんなさいあにき。お願いだからやめて下さい。恥ずかしくて死にます。あたしを道連れにあにきも社会的に自殺しないで下さい。お願いします』


 電話の向こう、真顔の火花が土下座している光景がありありと浮かぶ。

 いい気味だ。

 知り合いとやらは女のようだ。決して安心などしていない。

 莫迦な妹が迷惑をかけているだろう事は明らかなので、いつか詫びを入れに行かねばなるまい。

 菓子折りもって詫びに行こう。


「いやー、仲良いな。あ・に・きー?」


 俺の弱みを握ったとでも思ったのか、桐生が馴れ馴れしく肩を組んで来たので、その手を捻って後ろ手に回し、足を払って地面に叩き伏せた。

 梅宮と葛巻さんが「おおー」と感嘆の声を上げる中、組み敷かれた桐生がひたすら「ぎぶぎぶ!」と叫んで地面を叩いているが、当分このままにしておこう。


「……これが、桐生さんを2秒で無力化する手段ですか。見事なものです」


 目を輝かせてそんな事を言う梅宮。

 俺は一瞬何の事を言っているのかわからなかったが、すぐに先ほど公園で口にした冗談の事だと思い至り、「まあな」とだけ返しておく。


「櫻井さんも格闘技を収めていたのですね。道理で、そういう動きをすると思いました」

「そう言う動き? 背負い投げかい?」

「いえ、腕を取る動きなどです」

「……そちらは、実は練習中なんだ。桐生のように油断しきった者じゃなければ難しいだろうね」


 地面と接吻するか否かという体勢の桐生が不満げに顔を上に向けようとするので、腕を捻じって地面と接吻させておいた。


「知りませんでした。はなちゃんが格闘技やってたなんて話、聞いた事なかったから……」

「梅宮と悪さしていた時代は、やってなかったんじゃないかな。俺たちの両親が再婚したのが、俺が中学二年の時だったよ。その時あいつは中一で、当然、格闘技なんてやってなかったさ。あいつが格闘技やり出したのは、ここ1年かそこらだよ。まっとうな道場ならば俺も目を瞑っているつもりだったんだが、聞く限り見る限り、何やら怪しい筋からの習い事だ」

「辞めさせようとは、しなかったのですか?」

「説得しようとしたら、力づくで説得されたよ。だから、俺も格闘技を初めて、あの莫迦が他から習わなくてもいいように、……と思ったんだが、実践でも格闘ゲームでも惨敗さ」


 実際昨夜も、夕食後から深夜を回るまで、都合4時間程対戦していた。

 ソフトを変え、キャラクターを変え、しかしどうした事か、ただの一勝すら得る事が適わなかった。

 もしあの莫迦妹がアデプターであったのなら、“不敗”の異能力でも持っているのだろうなと、ひとりで無駄な考えに浸ってしまう。


「……そ、それでさ、これからどうするんだ? ファミレスじゃろくに話詰められなかったしさ」


 離してやった桐生が腕の筋などを伸ばしながら、みんなにそう問いかける。


「方針としては、他の異能力者たちに、積極的に接触して行こうと思う」

「マジでか!? 殺されるかもしれないぞ!?」

「だからさ。こちらは頭数こそ多いものの、数の暴力、というわけにもいかないからね。まずは無効試合への強力交渉、拒否された場合は無力化だ。命までは奪わない程度の無力化だがね」

「命奪わずにって、出来るのか……」

「さあ? 梅宮の時のように上手くいけばいいけどね」


 梅宮が非常に不満そうな顔をしたが、気付かないふりをする。


「それに、俺はまだ異能力を決めていない。もし万が一の時は、相手の異能力を無効化する異能力を得る事を選択肢に加えておくよ」

「お、ラノベの主人公みたいな異能力」

「それで上手くやれればいいけどな……」


 さて。

 そうなると、他の異能力者を探す必要がある。

 まさか向こうからこんにちわと挨拶付きでやって来てくれるほど愚かではないだろう。

 この異能戦ゲームにどれだけのチケット所持者が参加しているのかすら把握できていない以上、道行はまだまだ不安だ。


 だが、他の参加者の動向を探るだけなら、葛巻さんに案があった。


「ブラックチケットの機能に、交戦区画にいる異能力者を探知するものがあったはずだよ。前回の異能戦ゲームで何かと追い掛けられる事があったからどういうことだと思っていたんだけどね、最後の方になって、その探知機能のせいだったって知ったんだ」


 ちなみに、チケット所持者が望めば探知に引っかからないような設定にも出来るのだという。

 信号のオンオフが可能なのだ。葛巻さん自身は探知に引っかからないように設定をオフにしていたが、俺や桐生、梅宮などは、設定がオンのままだった。

 これでは見つけてくれと言わんばかりだ。


「……つか、この機能さ。梅宮ちゃん“異能売り”から聞いてなかったの?」

「……あの老紳士は、聞いた事にしか答えてくれませんでしたから。私の方も詳しく説明を聞こうとしなかったのもいけなかったのでしょうけれど」


 葛巻さんの助言で設定をオフにする中、俺はこの異能戦ゲームの参加者の数をやっと把握する事が出来た。14人だ。

 ナンバー0からナンバー13までの14人。

 それだけの人数が、この異能戦ゲームに参加しているのだ。

 俺たちの他にあと10人、異能力者がいるのだ。


「あれ、これって地図みたいにもなるのな。……ってか、おい、櫻井? すぐ近くに反応あるんだけど?」


 桐生のブラックチケットをみんなで覗き込む。

 チケットの表面は液晶画面のような質感に変化し、この付近の略地図を表示していた。

 そして、今俺たちがいる裏路地から数ブロック離れた場所に、ひとつだけ赤いマークが点灯していた。


「……俺たちみたいに設定のやり方を知らなかったのか。それともわざと、探知に引っかかるようにしてるのかも」

「んな、わざとって……。なんでそんな事?」

「俺たち4人を簡単にあしらえる、それほどの実力者なのかも知れないな。よく考えてみるんだ、桐生。俺たちはさっきまで、設定オンのままこの路地を歩いていたんだぞ? このマークの主が気付いていないとでも?」


 冷や汗を垂らして唾を呑み込む桐生から離れ、俺は赤いマークの方へ歩き出す。


「さっそく交渉しに行ってみようか。知らずにマーク出しっぱなしならば、俺たちと同じ巻き込まれの可能性がある。話を聞いてくれるかもしれない」

「も、もし、やる気満々野郎だったら?」

「逃げるか無力化だな。桐生、怖かったら隠れていてもいいぞ?」


 思わず足を止めてそうしようかなー、などと呟く桐生の横を、梅宮が涼しい顔で通り過ぎる。葛巻さんは苦笑いで。


「……いやいや待った。女の子とおじさん行かせて、俺がいかないのは、さすがにいかんでしょう。……つか、ほんとに待ってー! 俺をひとりにしないでー! 心細いからー!」


 泣きの入った声で最後尾を付いてくる桐生に、梅宮と葛巻さんが苦笑を漏らす。

 至って和やかな雰囲気に見えるが、果たしてこの空気がいつまでもつのだろうか……。



 ◇



 探知に掛かったマークを追って路地を曲がると、向こうに男がひとり、こちらに背中を向けて立っていた。

 身長は高く、全身を包むのは迷彩服だ。軍用ブーツのつま先を規則的に鳴らし、リズムを刻んでいるようにも見える。

 髪は手入されておらず伸び放題なので、自衛隊などの関係者と言う線はないだろう。


「異能力者か……?」


 思わず身構える俺たちへ、男は振り向いた。

 頬のこけ、糸のように細い目の顔だった。


「――そちらの4名。アデプターないし、インスタンターとお見受けする!」


 男は良く通る声で言った。

 裏路地に男の声が反響する中、俺は男の放った言葉に考えを巡らせていた。

 アデプターという単語を使ったという事は、この男もアデプターだろうか。

 ……いいや、ちゃんと説明を聞いていれば、そういった専門用語は把握しているだろう。

 決めつけるのは早計だ。


 それに、インスタンターと言う単語。

 ……これはわかる。おそらく、今回の異能戦ゲームの初参加者の事。

 ブラックチケットを受け取り立ての異能力者の事だろう。

 となると、俺や桐生、梅宮がインスタンターに該当するのか。


「俺の名前は檜山大作(ひやまだいさく)! そちらのブラックチケットを力づくで貰い受ける者だ!」


 男、檜山は宣言と共に、異能力を開放した。

 まるで最初からそこにあったかのような自然さで、オリーブ色の鋼の塊が鎮座していたのだ。


「……せ、戦車?」


 桐生が間の抜けた声で鋼の塊のの正体を、その名を呼ぶ。

 檜山が異能力で呼び出したものは、戦車だった。

 彼の服装や呼び出された戦車を見て、ふと、俺は最悪の可能性を思考する。


「……檜山さん。貴方はもしや、ミリタリーオタクですか?」


 問うた先、戦車の搭乗口から上半身を出した檜山は、顔を悪人のように歪めて笑みをつくった。


「いかにも……!」




 つづく

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