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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第八章:彼女の選択(10)

「……だから、後悔はしていません」

 そうはっきりと言い切ったソフィアの表情が、曇る。

「けれど、私……いつ、魔力が暴走してもおかしくない、危険な状態です。だから、皆さんと一緒にいるわけには……」

 やっと少しだけ笑ったと思ったら再び俯いてしまうソフィアに、ウィルは再び息をつく。ソフィアの右手中指に視線を落とした。記憶を封じていた指輪は、もうそこにはない。

「……指輪に記憶を封じられて。何もしなかったら、エアリアルに行くまで、二十年かかったんだろうな」

 唐突にそう切り出せば、ソフィアが顔を上げて首を傾げる。

「……そう、ですね。……私一人では、こんなに早く辿り着けなかったと思います」

「でも、記憶を取り戻そうとお前が努力した結果だろ。その結果、シャノン達も予想外の早さであの場所に行って、記憶を取り戻したわけだ。……だったら、今の状態だって何とかなるかもしれないだろ」

 ユートがそれらしいことを口にしたことは、ソフィアには言わなかった。何やら不穏な言葉が混じっていたし、どうなるかも分からない不確定要素ばかりの話だ。

 それに、ユートの言葉を抜きにしても、可能性はゼロではない。ウィルはそう思っている。

 兄との約束があるから、ウィルはもう旅をすることは出来ない。けれど、たとえもう一緒をすることが出来なくても、ウィルが出来ることがなくなったわけではない。

 たとえ遠く離れても、傍にいることが出来なくなっても。出来ることは、あるはず。だから、ウィルは諦める気はなかった。

 そして、それがソフィア自身の意思もあるとはいえ、ソフィアが命の危険がある道を選択せざるをえなくなってしまったことへの、ウィルなりの責任の取り方だ。

「そう、かもしれませんけど……。でも、私、危険なのに……」

 それでも納得しないソフィアに、ウィルは視線を外し、ふっと笑った。

「……ウィルさん?」

「……覚えてるか? ここ」

「え?」

 そう言って、ソフィアはウィルと同じ方向に視線をやり、硬直した。

 その視線の先には一本の木がある。黒く焦げ、根元まで割れた一本の木が。

「ユートの俺様魔力診断とやらもあながち馬鹿に出来ねーな。ここ、ガジェストールのお前と初めて会った森だ。……お前、ここの『魔力の吹き溜まり』と相性いいのかもな」

 ソフィアが地上に追放されてここに辿り着いたのは、偶然ではないのかもしれない。今回は色々おまけがくっついていたせいか到着点が若干ずれたようだが、彼女一人ならば、やはりここで倒れていたのではないかと思う。

 何の根拠もないが、何故か間違いないと思えた。

「……ここで、俺の真横の木に雷が落ちた時は、もぉ人生終わりかと思ったぞ。マジで」

「いや……あはは……」

 半眼で呟くウィルに、ソフィアは乾いた笑いを浮かべる。

「お前が危なっかしいのなんて、最初から知ってる。……でも、俺はお前と旅することを選んだ。暴発だっていつするか分からないんだ。そんな不確定なことに怯えてたら、何も出来ないし、変わらないだろ。……あとは、お前が選べばいい。ソフィア。お前自身がどうしたいのか」

 そうウィルが言えば、今まで零れなかった涙が一粒、ソフィアの頬を滑り落ちた。

「……私、は……」

 囁くようなか細い声で、ソフィアが言葉を紡ぐ。ぽろぽろと、泣きながら。

「……一緒にいたい、です」

 そう言って手の甲で涙を拭う。それから、改めてソフィアは口を開いた。さっきよりも幾分かしっかりとした声で。

「いたいです。皆さんと、ウィルさんと一緒に」

 その言葉にウィルが微かに笑えば、ソフィアは一瞬だけ目を見開いてから、仄かに微笑む。

 ウィルは、先程から掴みっぱなしだった手をそのまま、仲間達が待っているはずの場所へと、歩き出す。

 そして、しみじみと思った。

「……あいつらに、黙って巻き込まれるような可愛げなんかあるもんか。危険だろうが何だろうが、絶対自分達から首突っ込んでくるに決まってる。……そんなことまでいちいち気にしてたら、馬鹿みたいだろ」

 その言いようが可笑しかったのかもしれない。背後で小さく笑う気配がした。

「……そうですね。皆さん、強いですから。私の悩みなんて、杞憂なのかもしれません」

 そう言われると、戦闘力皆無を自覚しているウィルとしては、耳が痛い。

「悪かったな。弱くて」

「え? そんなことないですよ? ウィルさんは、強いです」

 さも不思議そうに言われ、ウィルは足を止める。振り返れば、花が咲いたようなソフィアの笑顔があった。

「心が強いです。……心が封じられてても、ちゃんと届きましたから。ウィルさんの声。だから私、戻りたいって思えたんです。……ありがとうございます」

 先程、ユートが言っていたウィルがいなければソフィアは戻らなかったという発言が真実に近いらしいことを理解して、ウィルは途端に気恥ずかしい気分になる。

 だが恥ずかしがる前に、言うべき言葉がある。そう思って口を開きかけたウィルを、幼い少女の声が遮った。

「ウィルちゃん、ソフィアちゃん! みっけー!!」

 ぽちを抱いたリアが叫びながらこちらに駆けてくる。その後ろから、にやにやしたユートが続き、さらにその後ろをリュカとティアが並んで歩いている。

 姿は視認出来るものの、彼らがここに辿り着くまではまだ若干、時間がかかるだろう。

「……リアさん。ティアさん、リュカさん、ユートさん……」

 大事そうに仲間の名前を呼んで、愛しそうな視線を仲間達に向けるソフィアに、ウィルは掴んでいた手を離してから、咳払いをした。

「……ソフィア」

「ウィルさん?」

 顔をウィルに向けて首を傾げるソフィアに、ウィルは一瞬だけ言葉に詰まる。タイミングを逃すと、何故か非常に言いづらいが、仲間達がここに辿り着く前に言ってしまった方がいい気がする。

「……お帰り」

 ソフィアは数度、瞬き。それから頬を紅潮させると、ふわりと笑った。

「はい。ただいま、です。ウィルさん」

 その笑顔に、ウィルは一瞬だけ穏やかな笑みを返す。

 二人きりで始まった旅は。

 穏やかな雰囲気のまま、終わりを告げた。この――はじまりの場所で。

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