第二章:めぐり逢う世界(2)
ミルネスに辿り着いたのは、ウィルの予測通り夕方頃だった。
旅慣れていない二人はその日はそのまま宿をとり、翌日から本格的な解呪方法探しをスタートさせた。
街の中央広場に隣接する魔術図書館は、魔術や魔跡に関しての資料を集めた施設だ。こういった交易都市では真偽の程はともかく様々な情報が集まりやすい。機械中心の国とはいえ魔術に関する情報も例外ではない。テーゼル国内の魔術に関する情報ならば、ここで調べるのが一番手っ取り早いとウィルは判断した。
ウィルとソフィアの二人は、昼前からこの図書館に入り資料を読み漁っていた。
「……おい、ソフィア」
「……はい~」
いつも以上にぼんやりとした返答に、ウィルは眉をしかめる。パソコンのディスプレイから目を離し横を見ると、睡魔と闘っているソフィアがいた。
「い~いご身分だな」
自分こそ至上の身分にいるはずのウィルは、そう言って軽くソフィアの額を弾いた。
「うう、すみません……読解力がないせいか……読んでても難しくて……眠くて……」
頬を叩いて本に再度視線を落とした、ソフィアは小さくため息をついた。
「……う~ん。やっぱり、解呪の魔術は載ってないですね……。少なくとも、この街にある古代術の本に載っているものはないみたいです」
元々、古代術は研究中の分野なのだ。解明されている術自体が少なく、出版されている研究書の数も少ない。魔術よりも機械が重視されるこの国では、この街のこの施設以上に古代術の蔵書があるところはないだろう。
「やっぱりそうか。……ソフィア、調べた本の名前、控えとけよ」
「はい。……そちらはどうですか?」
パソコンから視線を外し、プリントアウトした資料に目を通していたウィルは、全く顔を上げずに応えた。
「まず、こっちが現在テーゼル国内で発見されたっていう魔跡内で発見された碑文の写真。古代文字で記されてて、現在解読中。今まで見たことのない古代文字が発見されて手間取ってるそうだ。研究中なんで内容は一切不明。情報見る限り魔跡の規模としては小さそうだな。……古代術なんて大層な代物が封じられてたとは思えないから、俺たちとの関係は薄そうだけど……一応目ぇ通しとけ」
あっさりとしたその言葉に、ソフィアが目を丸くした。
「え?」
「……で、こっちがまだ調査されてない魔跡のリスト。……っつっても、一箇所だけだけどな」
「ええ?」
「まぁ、テーゼルはそんなに広い国じゃないし、『魔力の吹き溜まり』も少ない。古代文明の時代はテーゼルの東側は海だったはずだし、全部のデータを照合すると他に未発見の魔跡がある可能性は低いな。この魔跡だけ調査すればいいはずだ」
「…………」
ソフィアは、もう言葉もないようだ。不思議そうな顔でウィルを見つめている。
「……どうした。かなり間抜けな顔になってるぞ」
「……。どうしてそんなことまで分かるんですか? 普通、その国が行っている調査の状況ってそこまで詳しく公表されませんよね?」
「まぁ、普通はそうだな」
特に調査中の魔跡に関しては、どんな力を秘めているか分からないため、詳細を把握するまでは発見したことすら公表されないこともあるのだ。だが。
「言ったよな? 情報収集は得意なんだ」
にやりと不敵に笑って見せると、ソフィアが感心したような吐息を吐いた。
「……それはともかく。その碑文の内容はどうなんだ?」
「あ、はい。……えっと、所々見えづらい箇所がありますし、読めない単語もありますが……。この碑文自体は、何故この建物が建てられたのかの経緯が書かれているようですね。……魔法の道具が封じられていたみたいです。水、加護、首飾りと読めます」
「水の加護を受けた首飾りを封じた魔跡ってことか」
「はい。恐らくは」
「じゃあ、俺たちとは関係ないな。……するとやっぱ、こっちの魔跡か……」
「あの……調査されていない魔跡っていうのはどこに?」
「ここから西の村だな。ウェードって村があるんだが……そこのロム山って山の中腹にあるらしい」
ウィルが資料を捲りつつ答えると、ソフィアが首を傾げた。
「そんなに詳しい情報があるのに……なんで未調査なんですか?」
ソフィアの疑問ももっともだ。発見されているのに未調査とは珍しい。
「ロム山の半分くらいが切り立った崖みたいになってるんだ。その崖の真ん中辺りをくり貫いた洞窟の奥に魔跡が造られている。……これじゃあ、大規模な調査隊が入るのは無理だな。ここまで人員を運ぶことが難しいだろ」
国が調査を行うにはそれなりの人員を用いることになるのだが、魔跡に続く洞窟は入り口が狭いため、大型の飛行機が着陸できない。大型飛行機が空中に静止できるような技術でも開発されない限り難しいだろう。それ故に、これまで存在が確認されながらも一切の調査もなされてこなかったのだ。
「……あれ? じゃあ私達、どうやってその魔跡に入るんですか?」
ソフィアの当然の疑問に、ウィルはもっともらしく頷いた。
「それが問題なんだ」