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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第八章:彼女の選択(6)

「ソフィアさん。本当に……譲る気はないの?」

 シャノンが戸惑った表情のまま、それでも声は静かな調子を取り戻して、ソフィアに問いかけてくる。

「ありません」

 それに対するソフィアの返答は短く、素早い。その声に、微塵の迷いも見えなかった。

「……主に……神に、逆らうことになるのに?」

「この方達を殺すというならば、それも仕方がないでしょう」

 打てば響く。まさしくそんな様子だ。躊躇いなく返される淀みのない声に、シャノンが苛立ったような声を上げる。

「ぜ、全部を……全部を、捨てるっていうの!? あなたに約束されていた、地位も、将来も……婚約者も! 何もかもを、本当に!?」

 えっとリアが口を開きかけ、慌てて両手で塞いだ。こんな場面でなかったら、甲高い声で叫んでいたに違いない。

 リュカが、ウィルとソフィアとシャノンを忙しなく見比べている。瞳が何かを訴えたそうにしているし、口が小さく「これって三角関係?」と動いたのも気付いていたが、ウィルはそれを無視した。

「……そうです。この方達と引き換えにしてまで、欲しいとは思いません」

 その言葉を聞いたユートが一瞬だけ目を細め、口の中で呪文を唱えだしたことに、ウィルは気付く。

 ソフィアがこの先、どうしたいのか。その意思を本人にきちんと確認したわけではない。

 だが、ここまで言ってしまえばソフィアがエアリアルで生きていくという選択をすることは難しいだろう。たとえソフィアがそれを望んだとしても、この国が許さないに違いない。

 表面上は冷静なように見えるシャノンだが、やはり動揺しているのだろう。明らかに怪しいユートの動きに気付いた様子はなかった。

 シャノンは震える手をぐっと握り締め、信じられないものを見るような目でソフィアだけを見つめている。

 事実、彼女にはソフィアの考えが理解できないのだろう。この国では神から与えられるもの全てが至高のものであり、それを自ら捨てるなど、正気の沙汰ではないと思われるに違いない。

 しかも、ソフィアに与えられていたのは、エアリアルでも好待遇の部類に入るのだろう。心を封じてまで手元に置こうとしたことからも、神がソフィアを重要視していることが窺える。

「……そう。それで……この前より、更に重い刑罰を科されることになっても?」

「構いません」

 場違いなほどの穏やかな声とそれにそぐわない返答に、ウィルは思わず顔を上げて、ウィル達を庇うように翼をはためかせているソフィアの背を見つめた。

 ソフィアの表情は、ウィルからは窺い知ることなど出来ない。けれど、その声音からソフィアがいつもどおりの穏やかな微笑を浮かべていることは、想像がついた。

「……馬鹿な人っ! サイラス!」

 嫌悪感さえ浮かべて、シャノンが叫ぶ。すると、木に背を預けて何とか体勢を立て直したサイラスの手から、眩い光が生まれていた。

『主の恩恵よ。我らが存在の証よ。ここに還れ!』

 古代の言語で紡がれた呪文の意味をおおよそを理解したウィルが、目を見開いて視線を目の前のソフィアに向ける。魔術を受け、ソフィアの翼が一際、強い光を放った。

「……っ!?」

 何がしかの衝撃があったらしい。ソフィアの身体が小さく跳ね、悲鳴を噛み殺す。同時に、ソフィアの背に輝いていた翼がふっと消失した。ウィルの目線より少し上の位置を飛んでいたソフィアの身体が傾ぐ。

「う、わわっ……!?」

「ソフィア!」

 両手をぱたぱたさせて無駄な抵抗を試みるソフィアに、ウィルは反射的に左手を伸ばした。そのまま、細い腕を掴み思いっきり腕を引けば、ソフィアがウィルの方に落下してくる。空いた右手で、何とかソフィアを抱きとめた。

「つっ!」

「ウィ、ウィルさんっ!?」

 引っ張った反動と、ソフィアの落下の衝撃でウィルは派手な尻餅をついた。その拍子に咄嗟についた左手の手のひらに、鋭い痛みが走る。地面に転がっていた石か何かで切ったようだが、それ以外に大きな怪我を負うことはなかった。ソフィアがそんなに高い位置を飛んでいなかったことが、よかったのだろう。

 ウィルは、一瞬だけソフィアの肩を抱く右手に力を込めた。先程のサイラスがソフィアに対して使った術の正体が何なのか。おおよその予想はついてはいるが、気にかからないわけではない。けれど、それよりも。

 視線を上げれば、ユートがにんまりと笑っていた。

「……っユート! やれっ!」

「はーい、よろこんで~! トランスポ~ト」

 緊迫感のない返答とともに、ユートは魔力を地面に叩きつけるかのように放った。

 シャノンとサイラスの顔色が、変わる。

「転送魔術!? 無茶だわっ!?」

「シャノン様! 逃げられます!」

 シャノン達の言葉に、ユートが楽しげに口角を上げ、二人に向かってひらひらと手を振った。ユートを中心にウィル達一行を包むかのように、魔法陣が展開する。

 そうして、ウィル達の姿はエアリアルから消えた。

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