第七章:真実の扉(2)
エアリアルに渡航開始になってすぐさま『トア』を使用したせいか、このバスに乗っているのはソフィア達以外は誰もいない。
なので、気兼ねすることなく談笑していたソフィア達だったが、ふと前の席を覗き込んだリアが目を丸くする。
「あれぇ? ウィルちゃん……寝てる~?」
ウィルの座る席から通路を挟んで反対側の席に座っていたユートがパンフレットをくるくると丸めつつ、頷いた。
「だねぇ。お疲れみたいだよ~」
一応気を遣っているらしく、小声で応じる。ソフィアは立ち上がって、すぐ前の席を覗き込むと、ウィルが小さく寝息をたてて眠っていた。
その顔色が若干悪いような気がするのは気のせいではないだろう。
「……ウィル、ずっと忙しそうだったもんなぁ」
ティアの隣にちゃっかりと居座り、何の違和感もなく女性陣に溶け込んでいたリュカがそう呟くと、ティアが小さく頷いた。
ソフィアは小さく眉をしかめると、視線を彷徨わせた。そして、荷物棚にブランケットがあるのを発見し、それを手に取る。
一番後ろの席の真ん中に座っていたリアに少しだけ身体をずらしてもらってウィルの隣まで移動すると、ふわりとブランケットをウィルにかけた。
正面からまじまじとウィルの顔を窺えば、やはり疲労の色が濃く見える。
「おお~。お姫やっさしい~」
ユートの言葉に、ソフィアは苦笑をもらして首を横に振った。
「いえ。……私のせい、ですから」
そう言って席に戻ると、リアがじっとソフィアの顔を見ていた。
「……リアさん?」
「ここ。皺寄ってるよ、ソフィアちゃん」
リアはそう言って、自分の眉間を指し示す。ソフィアは、自分の眉間にそっと手を伸ばした。
「ウィルちゃんみたい」
リアの言葉に、ユートとリュカが同時に吹き出す。
「ウィルさんみたいって……」
ソフィアはそこで口ごもった。
とりあえず、おそろいと喜ぶべきではないことは分かるのだが、どう反応すればいいのか困ってソフィアは首を傾げる。
「……ねぇ、ソフィア」
しばらくぷるぷると肩を震わせていたリュカが、口を開いた。
「ソフィアさ、僕達のこと、仲間だって……友達だって思ってくれてる?」
ソフィアは迷わずに頷いた。もっとも、リュカの質問の真意が分からない戸惑いはあったが。
「じゃあさ、この中の誰かが助けを求めてたら、ソフィアならどうする?」
「……助けに行きます。もちろん」
ソフィアの即答に、リュカは笑う。いつもと違う、大人の笑顔だ。
「そうだよね。僕もきっとそうする。ウィルも……多分、そうしてるんだと思う。ソフィアのせいなんて思ってないよ。だって、自分で決めて動いてるんだから。だからさ」
リュカの言葉を、ティアが継ぐ。
「そんな顔をする必要はない。そんな顔をしてたら、ウィルも怒るのではないか?」
その言葉に。ソフィアはようやく微笑んだ。
確かに、怒られそうだ。その様子は簡単に想像がつく。
だから、謝罪以外の言葉を探す。そして、その答えにすぐに行き着いた。
「ありがとうございます。……みなさん」
ソフィアの笑顔と言葉に、それぞれが笑顔を浮かべる。
「うんっ! やっぱごめんよりありがとうだよねぇ~」
「むぅ~!」
「そうだな。いい言葉だ」
そうして、再び談笑を始めたソフィア達に、ユートは小さく笑みを浮かべた。
「あ、俺様にもお菓子ちょーだい」
そう言いつつ、お菓子に右手が伸ばしやすいウィルの隣まで移動して席に着き、ぽそりと小さく呟いた。
「御大のたぬきー」
その声はあまりに小さく、楽しそうに話すソフィア達には全く届いていない。ウィルは、片目を僅かに開くと、やはり小声で呟く。
「うるせ。お前に言われたかねーな。……周りであんだけ話してて、寝てられるかっつーの」
ブランケットをかけられた時も、完全に寝入ってはおらず、まどろんだ状態だったのだ。
「でも、寝ようと思えば寝れたでしょーに。疲れてるんだし」
会話の内容が気になったんでしょ? と目線で問いかけられて、ウィルは視線を外す。
ユートの言葉通りだった。また気にし過ぎて落ち込んでいるソフィアが気になって、寝付けなかったのだ。
だが、それを素直に認めるのはかなり癪だ。ウィルは不機嫌そうに目を閉じる。
「……寝る」
「はい、おやすみ~」
ユートがいつもの曖昧な笑顔を浮かべたのを、気配だけで感じ取りながら。ウィルは再度睡魔に身を委ねたのだった。
◇ ◇ ◇
結局、しっかりと寝入ってしまったウィルは、バスから降りると凝り固まった首を鳴らした。
その横で、リュカがぐっと伸びをする。
「やっと着いた~。結構距離あったね~」
「確かにな」
そう言って、ウィルは視線を上げる。目の前には、大きな街があった。
パンフレットによると、この街はヴェルナという街らしい。エアリアルでも一、二を争う規模の街だ。
リアがぽちを抱き直して、目を瞬かせる。
「うわぁ……天使様がいっぱいいるよぉ」
「……本当に。凄い人手です。……いえ、天使なんだから天使手でしょうか……?」
リアの言葉を受け、ソフィアがどうでもよさそうな事に真剣に悩み始める。
「よく分からん言葉を作るなっ! ってか、言いづらいし!」
ウィルは自身でもよく分からない突っ込みを入れたが、ソフィアは納得したように頷いた。
「そうですね。人手でいいかもしれません」
それはともかく、街は光り輝く羽を背に持つ人達で溢れていた。地上では伝説の存在と化している天使を目の当たりにすることで、エアリアルに来たのだという実感が湧いてくる。
「確かに、多いな。地上で伝説の存在だというのが嘘のようだ」
「うん、そうだね。……っていうか、むしろこんなにたくさんの天使を見ちゃうと、ありがたみが薄れるって言うかなんて言うか……」
リュカが頬をぽりぽりと掻きつつ、呟いた。
その言葉も尤もだ。少なくとも、目の前の出店で焼きそばを口一杯頬張っている天使の姿を見ると、何とも言えない気分になる。
「……まぁ、そんなありがたがるような存在でもないんじゃーん?」
ユートが屋台を見回しながら、へらりと曖昧な笑みを浮かべた。
「地上で会えないからありがたがってるだけで、ここじゃ一般人なんでしょ? 天使って」
「……まあ、そうかもな」
少なくとも、この国では自分達の方が異質だ。
そこまでは口にせず、ウィルはただ頷く。その時、リアがあっと小さく叫んだ。
「見て見て、ソフィアちゃん! あの屋台、面白そうっ!」
そう言って、ソフィアの手を取り有無を言わさず屋台に引っ張っていく。
「……って、おいこら! 勝手に行くな! この人手だぞ、はぐれたらどうすんだっつの! 団体行動だ、団体行動っ!」
すっかり保護者役が板についたガジェストールの第二王子に、リアは唇を尖らせる。
「ええ~っ!? つっまんなぁ~い。ウィルちゃんのけーち」
「はっ、けちで結構! 迷子案内で呼び出されるとか、絶対ごめんだからな!」
その様子がまざまざと想像できて、ソフィアは乾いた笑いを浮かべる。ウィルと出会った当初にすでに一度迷子になりかけた身としては反論できない。
「うむ。この人手でははぐれる危険が高い。観光客が来るようになれば、さらにだ。離れないのが得策だな」
いつの間に買ったのかリンゴ飴片手に、ティアが大真面目な顔で頷く。
「そうだよね!」
「あっはは~。説得力ないけどね~」
エアリアルに来ようが、どこにいようが変わらない光景に。ウィルは額を押さえて息をついたのだった。




