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記憶のうた  作者: 藍原ソラ
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第六章:帰る場所(16)

 ほぼ二月ぶりの王宮の外に、ウィルは空を見上げて目を細めた。

 機械国・ガジェストールから天上国・エアリアルへの出入国は『トア』という施設からのみ可能だ。現在、その『トア』の設置場所に移動中である。

 言葉の雰囲気から古代術に関わる何かだろうと推測はしているものの、『トア』というものが一体何なのか、詳しいことはウィルも知らない。『トア』の設置場所の指定も設置作業もエアリアル側が行い、ガジェストール側は一切介入できなかったのだ。

 それは恐らく、魔法国・クラフトシェイドでも同様だろう。

 正体不明なものを使用して未知の国に行くことに抵抗がないかといえば嘘になる。しかし、魔術に人を転送するようなものがない以上、方法はこれしかないのが現状だ。物を運ぶための転送魔術ならばあるにはあるが、試してみる気はさすがにしない。

 もしかしたら、古代術ならば人を転送できるものもあるのかもしれないが、無いものねだりだ。

 そして、ガジェストールに設置された『トア』は、ガジェストールの首都・アンセルから二日ばかり離れた村の近くに設置されていた。

「わぁ~い! お外、きっもちいい~!」

 リアが嬉しそうにスキップをし、その後ろを後頭部で指を組んだユートが口笛を吹きながらのんびりと歩く。ユートから少し離れた場所を、リュカとティアが何やら真剣な顔で話し込みながら、並んで歩いている。

 微かに漏れ聞こえる内容から察するに、エアリアルの甘味についてだ。

「あの……ウィルさん。本当に、よかったんですか?」

 ウィルの横を歩くソフィアが、ウィルを見上げて尋ねてくる。

「あ? 何が?」

 久々に手にする銃の感触を確かめながら応じると、ソフィアはきゅっと眉をしかめた。

「だって、アレクシス様の結婚式も半年後ですし……。ウィルさん、お忙しいんでしょう? なのに、仕事を前倒しして、時間を作ってまで……。それに、アレクシス様の言葉……」

「……ああ」

 ソフィアが濁した言葉を、ウィルは正確に察して息をついた。兄の言葉が、耳の奥に蘇る。

 ――けれど、これが最後だよ、ウィル。星祭から戻って来たら、さすがにもう旅を許してはあげられない。……結果が、どうであっても。

 彼女はこの言葉の真意を正しく理解しているのだと、この態度が示している。

 エアリアルから戻れば、もう旅立つことは許されない。それは、兄の結婚式兼王位戴冠式が終わるまでなどという期間限定のものではない。戻れば自由はない。この国を支えろという王命に近いものだ。

「……別に、兄上の言葉と今回の件は関係ねーよ。どっちにしろ、そろそろ潮時だったんだ。兄上が王位に就けば、俺もそうそうふらふらしてらんねーし。だから、今回のは最後に自由にしろって兄上なりの配慮だろ」

「でも……ウィルさんに無理をさせてしまってるような気がします。ウィルさんは、ガジェストールに残られた方がよかったんじゃないかって」

 ソフィアがしゅんと俯く。何故だかいつになく思考が暗いソフィアに、ウィルはため息をついてぺしっと額を叩いた。

「わわ!?」

「余計な気ぃ遣ってんじゃねーよ、ばーか。そんな気遣い、今更だ、今更。ここまで来てやっぱ行かないなんて選択肢、あるわけねーだろ」

 ソフィアは額をさすりながら、ウィルを見上げる。

「でも……」

「でもじゃない。……約束しただろ。連れてってやるって。何、俺に約束破らせてぇの?」

「そ、そういうわけじゃ……」

 それでも納得した顔をしないソフィアに、ウィルは肩をすくめた。

「それにだ。……お前らだけで旅をさせるなんて危険行為、放置しておけるか!」

 放置した場合の悪い想像が瞬時に脳裏を駆け巡り、咄嗟に言ったセリフのあまりの説得力にウィルはげんなりした。

 ウィルの言葉に、ソフィアはようやく笑みを浮かべた。若干視線が泳いでいる辺り、ウィルの言葉に説得力を感じているらしい。確かにそうかも、と考えていることが表情に出ている。

 ソフィアが、小さく笑みを浮かべたままウィルを仰ぎ見る。

「……クレメンテ様に挨拶、しました?」

「…………」

 今度は、ウィルが視線を逸らす番だった。心配をしてくれているのは分かるが、やはり苦手だ。

「私、昨日ご挨拶したんです。お世話になりましたし」

 そう言って笑うソフィアは楽しげで、ウィルは内心安堵した。

「ふーん。……結構、お茶したりしてたって聞いたけど」

「はい! クレメンテ様もアデレート様もとてもよくして下さいました! ……素敵な家族ですね」

「……そうかぁ?」

 自分で言うのも何だが、相当変な王族の集まりだと思うのだが。

 だが、ソフィアは仄かに微笑む。

「はい。面白くて、優しい方達でした。……あの温かい場所が、ウィルさんの帰る所なんですね」

 その笑みに微かな羨望や憧憬の色を見て取って、ウィルは息をつくと小さく笑った。

「……なら、来たい時に来ればいい」

 記憶を封じられたソフィアには、故郷とする場所がない。帰る場所がない。それでも、止まり木くらいの役割は果たせるのではないかと思った。

「母上やアデルは、お前のことすっげー気に入ってたし。あんな変な環境でも気に入ったんなら、いつでも来ればいい。歓迎するぞ? ……主に、母上とアデルが」

 物凄く喜びそうだと呟けば、ソフィアは数度瞬いた後、くすぐったそうに笑った。

「……はい、ありがとうございます」

 少しだけ冷たい風が、頬を撫でる。前方を歩いていたリアが振り返って、大きく手を振った。

「みんなぁ~! 村が見えたよ~!」

 『トア』が使用可能になるのは明日。この村で一晩を過ごし、明日になれば。天上国・エアリアルへと入国出来るようになる。

 そして、これが。最後の旅のはじまりだった。

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